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黎明媚態

露出系、羞恥系の18禁小説を書いています。関連の同人・版権作品のレビューも書きます。18歳以下の閲覧禁止。

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第七章 おわり


 砂浜で大爆発が起こり、細かな砂が舞い上がった。
 大鹿が絶え間なく攻撃魔法を仕掛けるのに対し、死告龍が恐ろしく正確な反撃をくり出して迎撃しているのだ。ことごとくが空中で撃ち落とされ、炸裂しては爆風を撒き散らす。
 大鹿の攻撃魔法は雷が主体であり、その速さ・鋭さは並みの魔法使いでは対応できない。
 森から魔力の供給を受けていることもあり、物量によって圧倒することも容易だ。
 事実、死告龍の眷族であった大蜘蛛はその飽和攻撃に耐えきれず、屍を晒した。
 死告龍の魔力も無尽蔵ではないが、小さな攻撃魔法で大鹿の魔法を撃墜することで、防御魔法を張り巡らせるより遙かに少ない魔力消費で耐えている。

(遠距離戦では、埒が明かないでござるな……ならば!)

 一息に距離を詰め、大きな角を振るって直接攻撃に出る大鹿。
 その一撃を、死告龍は振るわれる角に合わせ、空中を滑るように動くことで、威力を殺しながら受け止めた。
 見る者が見れば、武術の合気道のように相手の動きを完全に読み切って動いたのがわかっただろう。
 さらに、死告龍は前脚で大鹿の角をしっかと固定すると、今度は逆に、力任せに大鹿を振り回す。

『なんとっ!?』

 大鹿が驚愕する間にも、振り回す勢いは更に増し、空高く放り投げられた。
 死告龍の口が大きく開き、黒い光が口内に集中する。
 背筋に悪寒を感じた大鹿は空気中に魔力で足場を形成。
 その足場を蹴って素早く、大きく移動した。
 即死のブレスが大鹿の一瞬前までいた空間を薙ぎ払うのを感じつつ、大鹿は歯噛みする。

(なんという……! 奴も消耗はしているはず……なのに、どんどん攻撃が鋭くなるでござる! これが、死告龍……!)

 死告龍は幼体化し、確かに弱体している。
 だが、戦いが続くにつれて『現在の状態での最適解』を見出しているかの如く、戦闘技術が向上していた。
 戦い始めた当初は互角だった実力が、時間が経つごとに開いていく感覚を大鹿は覚えていた。その事実に焦りが生まれる。
 この戦いは、主であるヨウと死告龍との間で交わされた契約に違反する。
 そのことを大鹿は半ば知りながら死告龍に戦いを挑んでいるため、時間が経つごとにその力は減じてしまっていた。
 だが、自身の消耗を差し引いても、ここまで急激に死告龍が成長し、差を付けられるのは想定外であった。

(まずい、このまま、では……!)

 砂浜から一端退いて、森との境界線に移動した大鹿。
 死告龍はその大鹿に向けて追撃の攻撃魔法を放った。魔法には即死効果は乗らないため、大鹿も得意の雷撃魔法を放って普通に撃ち落とす。
 『森に向かってブレスを吐かない』という契約は有効であるようで、森を背にすればブレスを封じることは可能だった。
 だが、大鹿は死告龍が直接攻撃に来ないことを不思議に思う。

(なぜ森の中に入って来ない……? ブレスを放つことは出来なくとも、直接即死の効果を乗せて殴ることは出来るはずでござる。木々の生い茂った森の中は、小回りの利くあやつならば有利に戦えるであろうに……)

 無論、大鹿とて森の中が本来いるべきところであるため、自分が絶対に不利だとは思わない。
 死告龍の力を鑑みると、植物を操って動きを封じることは出来ないであろうが、目隠しに利用したり、視界の端で動かして気を散らしたりとやれることは多い。
 森の中での戦闘は完全に有利とは言いがたいが、不利であるわけではなく、もし死告龍が踏み込んでくるのならば迎え撃つ用意は十分にあった。
 だが、予想に反して、死告龍は砂浜から離れようとしない。

(……まさか、あの人間どもを守っている、とでも? 馬鹿な、あり得ぬ)

 戦いが始まってすぐ、水上拠点の中に引っ込んでしまった人間たち。巻きこまれればただでは済まないし、死告龍と連携が取れない以上、邪魔にならないところに引っ込んでいるのは正しい選択だった。
 死告龍が執着している清澄聖羅に関しては、大鹿もヨウを通じて情報を得ているため、気にかけている理由はわかっていた。
 正確には死告龍の真意こそわからなかったが、聖羅が異世界からの来訪者であるという情報は得ているため、何らかの理由でその特異性に惹かれたのだろうと推測が出来たのだ。
 その聖羅がその場にいるのであれば、死告龍が砂浜から動こうとしないのは納得がいく話なのだが、聖羅がそこにいないことを大鹿は知っている。
 この場にいるのは、死告龍にしてみれば取るに足らない人間だけのはずだった。
 それを守ろうとしているとは、大鹿には考え難かった。

(いずれにせよ、このままではジリ貧……ならば!)

 大鹿は狙いを変えることにした。
 森の中で呪文の詠唱を開始し、巨大な雷撃の槍を森の木々に隠れて生み出す。
 その狙いは、人間たちが隠れている水上の建築物。
 死告龍が人間たちを守ろうとしているのなら、必ず受けざるを得ない。
 詠唱を重ね、死告龍の防御魔法では凌ぎきれないほどに強力な魔法を練り上げる。
 意図に気づいたらしい死告龍が攻撃魔法を放ってきたが、それは木々を盾にして凌いだ。木々にダメージを受けるのは、長期的に見れば得られる魔力を削られていることになるが、いまこの瞬間を凌げれば、魔法は練り上げられる。
 魔法を放つ寸前、死告龍が大鹿と水上拠点の間に割り込んだ。

(やはり守ろうとしているのは間違いないのでござるか――)

 災厄の化身とも呼ばれる死告龍が、何かを守ろうとしている。
 その事実に大鹿は死告龍の変化を感じたが、しかし攻撃をやめるつもりはなかった。
 死告龍を倒す機会はいまここにしかないと考えているためだ。
 練り上げた雷撃の槍の切っ先を、死告龍へと、正確にはその向こうの水上拠点へと合わせる。
 必殺の威力を込めた槍。
 いまの大鹿の状態では、それが決定打にならなければ敗北は必定である。
 全てを賭けた一撃。

『これにて仕舞いでござる――喰らえ』

 大鹿の巨大な体躯を遙かに上回る巨大な雷槍が、轟音と共に放たれる。
 その穂先は空中を高速で走り、狙い通りにルレンティアの作った水上拠点に着弾した。
 雷槍に込められた魔法が炸裂し、石造りの水上拠点を粉々に爆散させる。

 飛び散った水上拠点の欠片が湖上に落ち、大きな水柱が立ち上った。




「死告龍の魔界は――要の役割を、その眷族が奪い取りつつある状態にあるからだ」

 アハサから告げられた内容に、聖羅は目を見開く。
 彼女はこの世界の常識にまだまだ疎く、そういった眷族の行動がどの程度危険なのかは、正直実感出来ていないところもある。
 しかし、死告龍の眷族がリューの魔界を乗っ取ろうとしている、ということは理解出来たし、それをアハサが歓迎していないことも明らかだった。

「それは……とてもよくないこと、ですよね?」

「無論だ。現状の奴は死告龍の眷族であることで行動に制限がかかっている。魔界内に囚われている人間たちをひとりも殺さず、すべからく魔力供給源にしているのも、死告龍の契約に縛られているからだと考えられる」

「皆さん、生きていらっしゃるんですか!?」

 ことごとくが規格外の魔界だったため、すでに犠牲者が出ていておかしくない、と聖羅は覚悟していたのだ。
 どういう理由であれ、まだ犠牲者が出ていないとすれば、それは歓迎すべきことである。
 聖羅の驚きの声を、アハサは頷いて肯定する。

「ああ、驚くべきことに、いまのところ囚われた者に死者は出ていない。だが、もしあの眷族が死告龍の眷族でなくなれば、主が交わした契約を遵守しなければならないという制限もなくなる。いまは活かさず殺さず、魔力を搾り取っているようだが……制限がなくなれば、全ての魔力を根こそぎ奪って殺すだろうね」

「そんな……! なんとか、しないと……!」

 聖羅は焦りを滲ませて立ち上がったが、それをアハサが制する。

「落ち着け、清澄聖羅。ここが夢の世界だということを忘れているだろう。焦って目覚めたとして、どうしようもなかろう?」

 アハサに指摘され、聖羅は自身が植物の蔦によって拘束されている現実を思い出した。
 仮にこの夢の世界から醒めたとしても、どうしようもできない。
 浮かび上がらせていた腰を、再び落とす。

「……ど、どうしましょう」

「少々難しいが、蔦の拘束に関しては私がどうにかしてやろう。君が考えるべきは、目覚めたあとどうするか、だ」

「そのあと……? あっ! そういえば……! まずいです、ヨウさんの眷族さんが、リューさんを倒そうとしているんです!」

 早く止めなければ、死告龍が倒され、その時点で要の役割が引き継がれることになりかねない。
 益々焦る聖羅に対し、アハサは顎に手を当てて考え込む様子を見せた。

「……それに関しては心配する必要はないと思うがね。主の大妖精でもどうにもならなかった死告龍を、その眷族如きがどうにか出来るとは思えない。たとえ死告龍が弱体化している状態であったとしても、だ。……とはいえ、戦いにおいて絶対は存在しないし、万が一でも死告龍が倒されることがあれば、囚われた者達は終わりだ」

「とにかく、まずは鹿さんを止めないと!」

「どう止めるのかな?」

 即座に問われ、聖羅は考える。
 止まって欲しいと願ったところで、あの大鹿が止まることはないであろうことは容易に想像できる。ヨウの庇護を受けている聖羅を、縛り付けてまで戦いに赴いたのだ。それを覆すには、聖羅本人の力ではどうしようもなかった。

「……ヨウさんと会って、鹿さんを止めるように頼みます。ヨウさんの言うことなら、聞いてくれると思いますし」

「そうだな。それが現実的だろうね。だが……大妖精のいる場所はわかるのか?」

 アハサの問いに、聖羅は唸る。

「難しい……ですが。鹿さんは私がリューさんが弱体化していることを知るまでは、私をヨウさんの元に案内するつもりがあったようでした。向かおうとしていた方向に行けば……」

 徐々に聖羅の声が小さくなる。
 森の中というのは、方向がわからなくなりがちな場所であり、何の知識も道具も持っていない聖羅が狙った方向にまっすぐ歩けるかといえば、そうではない。
 すぐに方向を見失って闇雲に進むことになるのが、容易に想像出来てしまったのだ。

(それでは、ダメですね……最短でヨウさんに会うためには……どうしたら……)

「ふむ。大妖精のいる場所までには、様々な妨害魔法が張り巡らせてあるはずだ。それならば、やりようはある」

 アハサはそう呟きつつ、目を閉じ、瞼の上から人差し指と中指をそれぞれの眼球に触れさせる。
 すると、青白い光が指先に灯り、まるで鬼火のように揺れた。

「私の『目』を貸してあげよう。君の感覚でいうところの『コンタクト』だと思えばいいから、魔力酔いの心配はないよ。これによって君の目も魔力を見ることが出来る。そうすれば、どの方向に魔法が多いか、わかるはずだ」

 そう告げたアハサが、聖羅に向けて指を振り、その鬼火を放った。
 鬼火は吸い込まれるように聖羅の目に滑り込み、聖羅は思わず目を瞑った。
 目に熱を感じると同時に、体の感覚が揺らぎ、自分が座っているのか、立っているかもわからなくなる。

「ではまたな、清澄聖羅。次こそはゆっくり話が出来ることを祈っているよ」

「……っ、ま、待ってください! アハサさん、なぜあなたは――」

 夢の世界に現れては、親切にも助言をしてくれるアハサ。
 今回に至っては『目』を貸すという助力までしてくれている。
 その真意がわからず、そうまでしてくれる理由がわからない聖羅は、そう口にしかけた。
 目を開けようとしたが、光に眼が眩んだ時のように、瞼を開いてもそこに映像は映し出されなかった。
 ただ、銀河の瞬く夜空のような、強大な存在が見えていた。

「私のような存在にとって――君の存在はとても興味深いからさ」

 楽しげに告げられたその言葉を最後に、聖羅の意識は再び闇に落ちていった。
 夢の世界から、現実の世界へ。
 意識が戻っていくのを聖羅は自覚できていた。

「……ッ、はっ!」

 全身を締め上げられる息苦しさに、聖羅の意識が覚醒する。
 禍々しいオーラのようなものを纏った植物の蔦が、聖羅の体に巻き付いていた。

(これが、もしかして魔力……? こんなにはっきりと見えていたなんて。……いえ、これはアハサさんの『目』だからでしょうか……?)

 新しい視界に聖羅が驚いていると、植物の蔦が宿している魔力とは別の色の魔力がじわりとその植物たちを浸食していった。
 すると、植物たちが枯れ始め、聖羅の力でも引きちぎれるほどボロボロになった。
 バスタオルを腰に巻いて、胸を手で庇っている形になった聖羅は、残った蔦を振り払い、自分の足で地面に立つ。

「アハサさん……! ありがとうございます!」

 聞こえているのかどうかはわからなかったが、アハサに礼をいう。
 その後、聖羅は素早く周囲を見渡した。周囲の鬱蒼とした森は変わらずそこにあり、方向はわからない。
 ただ、遠くから大きな爆発音が轟いたのを、聖羅は耳で捉える。

「急がないと……!」

 目を凝らし、かけられている魔法が多そうな方向を探す。
 聖羅は圧倒的に魔力が多く渦を巻いている方向を見ることが出来た。
 曼荼羅のように複雑に魔力が絡み合っているのを見て、思わず足が竦んだが、バスタオルの加護を信じ、突き進むしかなかった。

(完全な状態にしておくべきでしょうか……? いえ、それだともし誰かが話しかけてきてくれた時にわかりません)

 ヨウならば目の前に現れてくれるかもしれないが、そうでなければ姿は現さない場合もありうる。また、ヨウもすぐに目の前に出てこれない可能性もあり、危険はあったがそのままの状態で走る。
 揺れそうになる胸はしっかり腕で押さえ、聖羅は走った。

(……っ、恥ずかしい、ですけど……! あの時に比べたら!)

 以前、争うリューとヨウを止めるため、全裸で全力疾走した時のことを思い出していた。
 あの時に比べれば、腰にバスタオル巻いている分、まだましというものだ。
 決してそういった格好になれてしまってきているわけではない、と聖羅は自分に言い聞かせつつ、森の中を疾走する。

「ヨウさん! もしくはヨウさんの眷族さん! 助けてくださいっ!」

 そう叫びながら聖羅は走る。
 大鹿との対話を経て、少なくとも眷族にも話が通じるということは確認が取れた。
 会うまでは話が通じないという可能性を高く見積もって、防御力を最大にしておく必要があった。
 実際、大鹿は出会って即座に襲いかかってきたため、防御力を最大にする判断は間違っていなかった。
 だがいまは状況が違う。
 一刻も早くヨウとコンタクトを取り、大鹿を止めて貰わなければならない。
 そして眷族にも翻訳魔法が周知されているというのであれば、助けを求めて叫びながら走るという行為が最善策になり得る。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……! ヨウさん! 助けてください!」

 ヨウと交わした契約がある以上、明確に助けを求めている聖羅を眷族が傷つけることは出来ない。
 それでもなお攻撃される危険はあったが、それを踏まえても叫ぶことを聖羅は選んだ。
 そして、その結果。

『せいら、せいら。こっち、こっち』

 小さな一体の妖精が、聖羅を呼んだ。
 聖羅はその妖精の先導に従って、その後を追う。
 周囲に張り巡らされた魔法はどんどん数を増し、その密度も途方もないものになっていっていた。

(これは……なるほど、ルレンティアさんたちのいうことがわかりました……!)

 聖羅は見えるだけだが、魔力を持つこの世界の人間はその密度の魔法があるということを感じ取る。
 見えるだけでも尻込みしてしまう威圧感があるのに、感じることも出来るのなら、確かに死告龍や大妖精の前に立つのは恐ろしいだろう。
 聖羅は魔力を持った者の視覚を経験したことで、彼女たちの気持ちを理解することが出来ていた。

(ですが、いまはそのことを気にしてるわけにはいきません……!)

 聖羅は小妖精の導きに従って、森の中を走る。
 ヨウがいるはずの場所に近付いているという確信があった。
 そしてその確信は過たず、確かに聖羅はヨウの傍までたどり着いた。
 木々の開けた広場に、巨大な植物の蔦で形作られた籠がある。
 球形の籠の中には、聖羅と契約した大妖精・ヨウが浮かんでいて、その裸身に無数の蔦を絡ませていた。
 目を閉じ、何かに集中しているようなその姿。
 聖羅はようやく、ヨウの元にやってくることが出来たのだ。

 だが、しかし。
 そこには先客がいた。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第七章 3


 清澄聖羅を木々の蔦を操って拘束し、動けないようにした大鹿。
 聖羅がヨウと呼ぶ大妖精の眷族の一体である彼は、そのような状態にした聖羅を放置し、砂浜へと走っていた。
 そこには憎き死告龍・リューが、四人の人間たちと共に残っているはずだった。
 大鹿が聖羅を無理矢理縛り付けてでも、いま行動したのは至極単純な理屈。

(あの死告龍を斃す機会は――いまをおいて他にないでござる!)

 細かい理由は不明であったが、死告龍の弱体化は本当であると大鹿は確信していた。
 聖羅から聴いた話だけが根拠ではない。
 普通の状態であるならば、大鹿と死告龍が勝負になるはずがないからだ。
 大鹿としては悔しいことだが、本来の力の差を考えれば、大鹿では死告龍の相手にならない。
 死告龍側に森に対してブレスを用いない、という制限はあるが、その程度はハンデにもなり得なかった。

 ブレスではなく、通常の魔法や物理的な手段であれば、森の中で戦えるからだ。

 死告龍の強さはブレス頼りの強さではない。
 様々な攻撃魔法、格闘術、観察眼や探知魔法など、あらゆる面に及ぶ。
 そのことごとくが磨き抜かれているのだ。
 たとえ大鹿が森の中に逃げ込んでも、本来であれば木々をなぎ倒し、大魔法で森を吹き飛ばし、大鹿の優位はあっというまに覆されてしまうだろう。
 だが、いまの死告龍はそうではない。
 弱体化している死告龍はそこまで理不尽な強さではなく、なればこそ、大鹿が優位に立てる環境に引き込めれば、十分に勝てる可能性があった。

(あれが眷族ではなく、本体というのであれば、拙者が命を賭けてでも斃すのは正しいはずである!)

 そう考え、森の中を走る大鹿。
 力強く駆けていた足が、急に傾いだ。
 巨体が揺らぎ、慌てて体勢を立て直す。大木に寄り掛かり、身体を支える。
 大鹿は激しく咳き込み、その口から大量の血を吐き出した。
 先ほどの戦闘で死告龍から受けた攻撃の影響、ではない。
 大鹿の体は、内部から傷ついていた。

(ぐっ……! やはり、完全には誤魔化し切れないでござるか……!)

 この世界では、誠実であることが求められる。
 それは、言葉に出した内容を遵守すればいいというだけの、単純なことではない。
 特に眷族は、自分だけではなく、主が交わす契約にも大きく縛られてしまうものだった。
 直接契約としてやり取りしていなくとも、主と他者の契約に反する不誠実なことを行おうとすれば、自身の魔力が自分自身を傷つけてしまう。
 聖羅の行動を縛り、死告龍を斃さんとする大鹿の行動は、ヨウが交わした「聖羅と死告龍を助ける」という契約から明確に背くものだ。

(知らぬままであったなら……支障はなかったのでござるが……)

 砂浜で戦ったときは、小さなドラゴンが死告龍本体だとは知らなかったし、聖羅の意図も不明だったゆえ、攻撃を仕掛けても辛うじて影響は出なかった。
 しかしいまは聖羅が「ヨウに助けて欲しい」という意図と、小さなドラゴンがヨウと契約を交わした本体であるということを知ってしまっている。
 誤魔化しの利かない状態で、明確に契約と異なることをしようとすれば、自身が傷つくことになるのは当然であった。

(だが……! それでも! ここであやつと刺し違えたとしても! 拙者の命と引き替えでも! あやつはここで斃しておかねばならぬ!)

 死告龍という存在は、この世界に生きる者にとって、災厄そのものなのだ。
 彼の主である大妖精にどんな危害を及ぼすかわからない。
 ヨウの忠臣である大鹿は、それゆえに自分の命と引き替えにしてでも、死告龍を斃さなければならないと考えている。
 決意を新たに、無理矢理体を動かして再び走り出す。
 大鹿は森から魔力を吸いあげ、自身の力を補充していた。
 急激に魔力を回復させる行為は森に負担がかかるが、それを行ってでも決戦を急ぐ必要があったのだ。

(この事実を、我が主が認知してしまっては、契約違反が致命的な域に達する――その、前に!)

 ヨウは「聖羅と死告龍を助ける」という契約を交わしている。
 ゆえに、眷族である大鹿もその契約を極力尊重しなければならない。
 いまはまだ、とある事情からヨウは聖羅・死告龍・大鹿の状況を把握していない。
 その間に死告龍を斃す。
 明確な違反を行った大鹿はいずれにしても死に至るだろうが、何も知らないヨウへのダメージは最小限に留めることが出来る。
 死告龍の脅威から主を解放できるのなら、大鹿は自身の命など惜しくはなかった。

(拙者の死に場所は、ここに定まったでござる!)

 大きな角に雷撃を宿し、大鹿は跳んだ。
 先ほど死告龍と戦った砂浜に到着する。
 戦闘の跡も生々しい砂浜。
 その一角に、聖羅たちが乗ってきた水上拠点が着岸している。
 離れていても大鹿の接近を感知していたのか、拠点の中から小さなドラゴン――死告龍・リューが外に現れていた。
 すでに戦闘態勢を取っており、小さな体に魔力が凝縮されているのがわかった。
 弱体化しているにも関わらず感じる威圧感。
 死告龍と呼ばれる存在の底知れなさを痛感しつつも、大鹿に退く気は一切なかった。
 雷を宿した角の先端を死告龍に向け、殺意を練り上げてぶつける。

『その命、頂戴いたす!』

 死を覚悟した大鹿が、死を司る怪物――死告龍へと挑む。
 大鹿の放った雷が、死告龍の展開した防御魔法に激しくぶつかって、空中で炸裂した。




 聖羅は気づけば、畳の敷かれた小さな庵に、正座で座っていた。

 庵の外に広がっているのは、時間がゆったりと流れているように錯覚するほど、落ちついた和の空間。
 恐ろしいほど精密に整えられた砂地の模様は、聖羅の知る日本庭園そのもので、これまで彼女が見てきた異世界の景色には決して無かったものだ。
 聖羅はイージェルドやオルフィルド、テーナルクに対し、日本での日常生活について色々と話していたが、日本庭園の話は話題に出なかったため、まだ話していない。
 ゆえに、聖羅は日本庭園に自分がいることにすぐ違和感を抱けた。

(この世界に日本庭園が存在するわけがない……ということは……これは……夢、ですね)

 植物の蔦に締め上げられた結果、気を失ってしまったのだと聖羅は察する。
 厳密に言えば気絶と睡眠は違うものであるため、気絶して夢を見る、というのもおかしな話なのだが、状況的にそうだとしか思えなかった。
 そして、どうしてこうなってしまったのかも思い出した聖羅は、がっくりと肩を落とす。

(うぅ……失敗してしまいました……ヨウさんのところに案内していただくまで、リューさんのことには触れないでおくべきでした)

 聖羅とて、ヨウの眷族たちがリューのことを快く思っていないであろうことはわかっていた。
 だが、まさか自分を縛り付けてまで、リューを斃しに行こうとするとは読めなかった。
 聖羅はヨウとリューがそれなりに上手くやっているところを見ていたが、眷属たちは情報としてしかそのことを知らない。
 認識の違いは仕方のないことであったが、致命的な齟齬だった。

(早く眼を覚まさないと……ん?)

 ふと、聖羅は気づく。
 夢にしては、妙に意識や体の感覚がしっかり感じられることに。
 普段普通に見ている夢の中とは違うその感覚に、覚えがあることに。
 それを確かめるため、自分の身体に視線を落とした聖羅は、その感覚が間違っていなかったことを知る。

 聖羅はいまや着慣れた――バスタオル一枚の姿だった。

 純和風な庵の中で、バスタオル一枚でいることを自覚した聖羅の頬が赤く染まる。
 バスタオル一枚の格好にも慣れてきてはいたが、畳敷きの部屋で取る格好としては違和感がことさら大きく、薄れかけていた羞恥心が煽られるのだ。
 とはいえ、バスタオル以外に持ち物はなく、耐えるしかない。
 聖羅は、何か身体を隠せるものが無いかと庵の中を見渡した。

 その眼に、のんびりと茶を点てている、美しい人型の姿が映し出された。

 聖羅が思わず目を点にしてしまったのも無理はないだろう。
 茶を点てる、という行為自体は、庵という場所に合っていると言える。
 だが、その点てている人物は、ファンタジー色の強い真っ白なローブを身に纏っており、明らかに日本人とは違う顔立ちをしているのだ。
 バスタオル一枚の聖羅とて、この場に即した姿とは言えないのに、その人物の異質さ加減は聖羅の比ではなかった。
 そんな違和感は気にしていない様子のその人型は、十分にかき混ぜたお茶を呑み、苦さにか、あるいは別の理由でか、顔を顰めた。

「ふむ……こんなものか。なかなか面白いな。このようにして茶を呑む文化はこちらの世界にはない。わびさび、というのか? 悪くない」

 ゆったりとした動作でお椀を置いたその人型は、自分を呆然と見つめる聖羅へと向き直った。

「さて、しばらくぶりだな清澄聖羅。……まさか私のことを忘れたとは言わんよな?」

 じろり、と睨め付けられた聖羅。
 無論、聖羅がその人型のことを忘れているわけがなかった。

「は、はい。ちゃんと覚えています……アハサさん。お久しぶりです」

 聖羅がこちらの世界に来てから、数度夢を通じて干渉してきている存在。
 人間ならば誰もがその存在を知るという――『月夜の王』アハサ。
 着ているローブだけではなく、その長い長髪や肌の色まで、白で統一された姿をした美しい人型。
 人の形をしているが、果たして本当に人なのかはわからない。
 その超然的な存在感からは、人外の者の気配もしていた。
 王を自称していて、口調も男性寄りではあるが、あまりに容姿が整いすぎていて、男性か女性かも判然としないのである。
 色んな意味でインパクトのあるアハサのことを忘れられるわけがない。
 聖羅の答えに、アハサは満足げに頷いた。

「うむ。まあ当然の答えではあるが、覚えていないなどと抜かしたらどうしてやろうかと思っていたところだ。新たに出会ったあの四人――テーナルク、ルレンティア、アーミア、バラノにも私のことを訊いていないだろう? まさかとは思ったが、忘れられているのかと思ってな」

 若干拗ねているようなアハサの言い様に、聖羅は言葉に詰まる。
 かつて、聖羅がアハサのことを誰にも訊けていなかったのは、以前はルィテ王国の者達を警戒してのことだった。
 騙されるのではないかということを危惧し、ルィテ王国の者とは別の情報源として、アハサを考えていたためである。
 ただ、その彼ら、彼女らと打ち解けてからも、アハサのことを訊けていなかったのは、ただ純粋に訊くのを忘れていたからだ。
 他に訊くべきこと、気にするべきことが多すぎるということもあるのだが、アハサからしてみれば自分のことを気にしていないのか、と感じても無理はなかった。

「うっ……ご、ごめんなさい」

 アハサの存在を軽んじていたつもりはないのだが、実質的には軽んじていたことになるため、聖羅は素直に謝った。
 若干拗ねていたようにも見えたアハサは、聖羅の謝罪を受けて笑顔を浮かべる。

「いいさ、許すとも。私は狭量ではないからな。それに……君がずいぶんと複雑な状況におかれていることくらい、わかっている」

「そ、そういっていただけると、助かります」

「死告龍の魔界に囚われたようだな。だからさっさと離れた方がよいと言ったのに」

「……アハサさんは、こうなるとわかっていたのですか?」

 確かに、聖羅はアハサから「死告龍とは離れた方が良い」という忠告をされていた。
 こうなることがわかっていたのかと、訊いた聖羅に対し、アハサはあっさりと首を横に振った。

「いや。こうなる、とまではわからなかった。だけどまあ、あの域に達する魔物が同じ場所に留まり続ければ、いずれ何らかの騒動を引き起こすだろうとは予想していたのだよ」

 全く迷惑な話だと、アハサは溜息を吐く。
 聖羅はアハサに対し、訊いてみることにした。

「アハサさんはリューさんの魔界の外におられるんですよね? 外はどうなってしまっているのですか? ルィテ王国の街は……どうなっていますか?」

 その問いにアハサはすぐに答えず、まず確認する。

「ふむ。そちらではすでに半日以上の時間が経過したのだったかな? 内と外で時空の歪みが生じることは稀によくあることだが、死告龍の魔界はそれが顕著だ。具体的には、外では魔界が生じて一時間も経過していない」

「そんなに、ズレが……!」

「ちなみに、魔界に飲まれたのはルィテ王国の王城のみ。城下町までは影響は出ていない。王城にいた三百二十八人は、ほぼ全員取り込まれたがね」

 淡々と告げられた事実に、聖羅は青ざめる。

「そんなに取り込まれた人が……!」

「完全に展開する前の混乱に乗じて、魔界化から逃れることに成功したのは、イージェルドのみのようだ。小国の王でも、王は王と言ったところか」

 アハサの告げた事実に、聖羅は少し安堵する。
 色んな国の重要人物が取り込まれている時点で大問題であるが、国の頂点に位置する王が魔界から逃れているというのは、数少ない明るい情報だった。
 だが。

「ちなみにそのイージェルドは今現在、魔界に取り込まれた者達を救出すべく、戦力をまとめ上げているようだ。もっとも、外と中では時間の流れが違うから、実際に彼らが突入できるのは、取り込まれた君たちの感覚では何週間も経ってからのことだろうけどね」

 明るい情報を塗りつぶすほどの絶望的な情報を示され、安堵に緩みかけた聖羅の表情が再び強ばった。

「そ、そんなに……! それでは、ダメです……!」

 聖羅は焦りと共にそう呟いた。
 助けが来るにしても、そんなに時間が経ってからでは遅すぎる。
 取り込まれた人々が助かる可能性も低くなってしまう。
 聖羅はアハサに対し、必死になって尋ねた。

「アハサさん、どうにか、どうにかならないんでしょうか……!」

「ふむ……そうだねぇ」

 アハサは少し考え込む様子を見せてから、聖羅の問いに答える。

「死告龍の魔界化は極めて特異なものだ。外側からの干渉が難しい以上、内側で対応するしかないだろうね。……ただ、少し調べてみたが、魔界の対応策として基本である『起点となっている主を斃す』という対応は現段階ではお薦めしない」

 その方針はすでに一度話題に出ていたことであった。
 聖羅としては出来れば取りたくない方針であったため、アハサから「お薦めしない」と言ったこと自体は、聖羅には歓迎できることだ。
 しかし、死告龍に対して良い感情を抱いていないらしいアハサがそう言った理由は気になった。

「どうして、ですか?」

「うむ。魔界を発生させた主を斃すというのは、もっともシンプルで確実な対応策ではある。魔界における主という存在は、基盤であり、要だ。魔界がなくとも主は存在出来るが、主がいなければ魔界はその存在を維持できずに自己崩壊してしまう。それはどんな魔界でも変わらない基本なのだよ」

「では、それを推奨しないという理由は……?」

「なに、とても簡単な話だよ、清澄聖羅」

 アハサは相変わらず超然とした態度であったが、わずかに、忌々しげな表情を浮かべていた。
 そして、その理由を口にする。

「死告龍の魔界は――要の役割を、その眷族が奪い取りつつある状態にあるからだ」

つづく

露出旅行記 温泉街道編 おわり


 単純な人の多さでいえば、有名な温泉地に比べて遙かに少ない。
 けれどそこが寂れているわけでもない、普通の温泉地には違いなくて。

 私たちの踏み出した表街道には、普通に人が行き交っていた。

 何事もなく、普段通りに歩く人たち。
 そんな中で私は――あそこと肛門に玩具の剣玉の持ち手と玉を入れ、歩いている。
「…………っ!」
 ゾクゾク、と悪寒のようなものが背筋を這い上がった。
 手は後ろで固定されているから、自分で自分の体を抱きしめて暖めることもできない。
 そんな私の傍にエミリさんが立って、肩に手をそっとかけてくれる。
「あ、あの……っ、エミリさ……っ」
「落ちついて。変に声をあげると、その方が目立っちゃうわよ?」
(いや、もうなんか十分目立ってないですか!)
 そう言いたくなるのをぐっと堪え、私はせめて変じゃないように歩こうと、脚に力を込めて前に進む。
 けれど、わかる。
 いくら私が頑張って何事もないと装って歩こうと――女性がふたり、身を寄せ合うようにして歩いていて、片方はなぜか両手を後ろに回したままで、もうひとりがその肩に手を添えていて。
 おまけに手を後ろに回している方は、茹で蛸のように真っ赤な顔をしている、なんて。
 どう見たっておかしくて、奇妙で、普通の人なら注目せざるを得ない姿だ。温泉にのぼせたと考えてくれるというのは余りに都合のいい話だろう。
 遠くから、こちらを見ている人が何人もいるのがわかる。私の状態が正確にわかっているわけではないと思う。
 でも、何かがおかしいということには気づいているようだ。
 怪訝な視線がちくちくと、体に注がれているのが、薄い浴衣越しにわかる。いまさらだけど、いまの私は下着を身に付けていないのに。
 凝視すれば胸の先端が浴衣の布を押しあげていることに気づかれるかもしれない。
 そう。

 私のイヤラシい体は、こんな異常すぎる状況で興奮しているのだ。

 いや、異常な状況だからこそ、かもしれない。
 エミリさんに誘われて、露出の道に踏み込んでしまった私の身体は、もうすっかり変わり果ててしまっていた。
 恥ずかしい格好をして道を歩くだけで、股の間からはしたなく液体を垂らすように。
 歩く度に、体が疼くのがわかる。
 視線が集まるのを感じ、体が火照る。
 ふわふわと雲の上を歩いているかのような、現実感のない状況。
 私は頭が混乱して、いまどこを歩いているかもわからなくなりつつあった。
(あ……ああ……っ)
 両足の内側、太ももの辺りに愛液が筋を作っているのがわかる。剣玉の持ち手の柄が突き込まれているだけで、新しい刺激を与えられているわけじゃないのに、私のそこは次から次へと新たなオツユを垂らしていた。
 思わずあそこに力を入れると、突き入れられている剣玉の柄の形がよりよくわかるようになる。
 お尻の穴の方はまだマシだった。剣玉の玉は完全に私の身体の中に入っていて、出てこようとはしないから。異物感はあるけど、そんなに意識はしなかった。
 問題はやはり、筋を作るほど愛液を垂れ流している前の方だった。
(気づかれちゃう……気づかれちゃうよぅ……)
 そんな風に、大量の潤滑油が出ればどうなるか。元々細い剣玉の持ち手は、だんだんと私の中から自重で抜け落ちつつあった。
 その事実に焦る。なんとか落とさないようにと意識して膣を締めてみるけど、とてもそれじゃどうにもならない。
「え、エミリさん……っ」
 助けを求めると、エミリさんはわかっているのかいないのか、変わらぬ笑顔で私を促す。
「もうちょっと頑張って」
 温泉街の表街道を抜けるには、まだ少し歩かなければならなかった。
(こ、こんなの……無理……っ)
 必死の抵抗は虚しく終わった。
 どれほど強く締め付けようと思っても、露出プレイによって興奮しきった私の身体はちょっとしたことで気持ちよくなり、自然と全身から力が抜ける。

 ずるり、と嫌な感触がした。

 私の濡れに濡れた秘所は、とうとう剣玉の持ち手を離してしまった。ぶらりと垂れ下がり、愛液の垂れた太ももに、剣玉の持ち手が当たる。
「はぅっ……!」
 それだけでは済まなかった。
 垂れ下がった持ち手は糸で肛門に入れた玉と繋がっている。剣玉自体が射的屋の景品だけあってチープなものだから、そんなに重いわけじゃないけど、それでも確かな重みはある。
 持ち手が揺れる度に、体の中を引っ張られるような感覚が私を襲う。
 おまけに、脚の間に垂れ下がっている持ち手が邪魔で、普通に歩くことも難しくなる。がに股で歩くわけにもいかず、かといって脚が持ち手に触れると垂れ下がるのとはまた違う感覚が生じて、翻弄されてしまう。
 垂れ下がっているとはいえ、浴衣の裾から持ち手が見えてしまうほどそれぞれを繋ぐ糸は長くなかった。
 だから、それを見られて変態行為をしていることがバレることはない。
 そうは思うのだけど、それで私自身が私のしていることを忘れられるわけもない。
(もう……だめ……っ)
 足下がおぼつかない。ふらりと体が傾いだ拍子に、思わず脚を大きく動かし――その拍子に剣玉の持ち手を強く引っ張ってしまった。
 その衝撃が最後のトドメになった。
「んぅ……っ! ぁ……っ!」
 堪えようとしても体が勝手にびくんびくんと跳ねてしまう。
 ガクガクと脚が震え、目の前の景色が明滅して一瞬霞んだ。
 恥ずかしい私の身体は、色んな人が行き交う温泉街道のど真ん中で、激しい絶頂に達してしまったのだ。
 ぱた、ぱた、と私のあそこから液体が地面に零れるのがわかる。
 絶頂の余韻でぼうっとしていた私の肩をエミリさんが抱き、その場を離れるように促す。するりと私の手を後ろで戒めていたスプリングを抜き、普通に手を引いてくれる。
「ルミナちゃん、ちょっと移動しましょうね」
 エミリさんはいつも通りの態度だったけど、そうしようとしている理由は明らかだ。
 明らかに悪目立ちしてしまっている。
 ひそひそと、遠くで交わされているのは私たちに関係のない話ではなさそうだった。
 改めて、とんでもないところで絶頂してしまったことを自覚し、顔から火が出るかと思うほど恥ずかしい気持ちが心から沸き上がってくる。
 心持ち急ぎ足でその場を離れる。
 幸い、私たちを追いかけてくる人はいなかった。
 エミリさんは表街道を外れ、遊歩道が整備されている山道へと入っていく。そこはお風呂上がりの火照った体を冷ますにはちょうど良い自然の道であり、浴衣姿で脚を踏み入れても不自然なところではない。早朝や夕方などの時間帯が人気らしく、いまの時間帯はほとんど人が見当たらなかった。
 それは、私たちにとっては最高の時間帯ということである。
 遊歩道に入り、しばらく進み、人の視線が届かないところまで来た。
 すると、エミリさんは感極まったように私に抱きついてきた。
「ルミナちゃん! さっきの、すごく、可愛かったわ! うふふ。もうあの場で襲わないように堪えるのが大変だったんだから!」
「あ、ありがとうございま、す?」
 エミリさんも大興奮してくれたようで、私としても嬉しいような恥ずかしいような。
 そんなことを考えていたら、エミリさんが「もう我慢できない」とばかりに。

 浴衣の帯を解き、そして、浴衣をばさりと脱いでしまった。

 均整の取れた、素晴らしいエミリさんの体が露わになる。
 匂い立つ女の気配に、見慣れている私ですら、思わず圧倒された。
 そんな私に対し、エミリさんは笑顔を浮かべた。

「次は――私の番ね」

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第七章 2


 清澄聖羅は大鹿と対峙していた。
 大鹿からはいまだ殺意と敵意が滲み出ており、それと相対している聖羅は、緊張でごくりと生唾を飲み込んだ。
 頬を冷たい汗が流れていく。

(あ、危なかったです……!)

 聖羅は内心、そう呟いていた。
 彼女にはバスタオルの加護という絶対防御がある。
 その加護は彼女の意思に従って、その効果を増減することがわかっていた。
 ゆえに、攻撃に怯みさえしなければ、例え大鹿が全力を込めた一撃を振るおうと、その一撃を完全に防ぎ、それによって吹き飛ばされたり、地面に埋め込まれたりしなくなるのだ。

(ルーさんと簡単な実験をして、おそらく大丈夫なのはわかってはいましたが……やはり、実践は怖いです)

 聖羅は数十分前のことを思い返す。
 大鹿と一対一で対話すると提案した時のことを。




 聖羅が独りで大鹿との対話に望むと宣言した時、最初に声をあげたのはバラノだった。
 戦略家にして策略家たる彼女は、反対の意思を表明する。

「それは無謀すぎると考えます。……確かに現状を鑑みると、犠牲者を出さずに済む道はそう多くありません。あの鹿との交渉が成る道としては……攻撃されても生き残れるセイラさんが単独で交渉を行うことが理に適っています」

 しかし、とバラノは首を横に振る。
 観察と分析を得意とするバラノは、その方針の成功率の低さも導き出していた。

「先ほどの戦闘でセイラさんは鹿の一撃によって砂に埋められてしまっていました。もし助けがない状態でああなった場合、セイラさんは窒息して死んでしまいます。その対策は取れますか?」

 絶対防御の神々の加護があったとしても、聖羅自身は魔法が使えない普通の人間だ。
 先ほどの戦闘で起きたことを考えれば、単独で大鹿に対峙することは危険だった。
 もちろん、それは聖羅もわかっていてその対策を考えていた。

「たぶんですけど……大丈夫だと思います。ルーさん。私の手を軽く叩いてみていただけますか?」

 そう言ってルレンティアに向けて手を差し出す。
 ルレンティアは怪訝そうな顔をしながらも、その差し出された聖羅の手に向けて、自分の手を振り下ろした。
 バシッ、という鋭い音がして、ルレンティアの掌が聖羅の掌と重なる。
 聖羅の手は、微塵も動いていなかった。いくらルレンティアが加減していたとはいえ、勢いからすると聖羅の手を多少なりとも動かしておかしくなかったが、全く動かなかった。
 むしろ、ルレンティア側が驚いたように手を引く。

「なんだか、すごく硬い感触だったにゃ。まるで地面が何かを叩いたような……」

「大丈夫、そうですね」

 ルレンティアの反応を見て、聖羅は満足げに頷く。

「一体どういうことですか? 説明していただけますか、セイラさん」

 説明を求めるバラノに対し、聖羅は「はっきりとわかっているわけではないのですが」と前置きをしてから言った。

「着用者の意思によって加護が増減するという話を聴いて、『攻撃を完全に受けきる』ことが出来るかもしれない、と思ったんです」

 絶対防御と呼んではいるものの、聖羅もバスタオルの加護がどういったものか完全に理解できているわけではない。
 少なくとも死告龍の『即死』の効果を無効化出来る程度には、何らかの力を打ち消すことが出来るということは確かだった。
 死告龍の『即死』効果は、普通は防ぎようのない力であり、打ち消すには神々の加護がいるほどの特殊な力だ。
 それなら、腕力のような、誰にでも振るえる普通の力程度なら、完全に防げるのは道理だった。

「完全に力を無効化出来るのであれば――吹き飛ばされることもないはずです」

「しかし……それでもやはり危険です。あなた自身を吹き飛ばさなくても、地面自体を掘り下げ、巻きあげた土でセイラさんを埋めたり、植物を操って絡みつかせ、行動出来なくするようにすることは出来るはずです」

「でもおそらく、最初は先ほどのように蹄で攻撃してくると思うんです。それさえ防げれば、呼びかける時間くらいはあると思います。そこでお聞きしておきたいんですが……」

 聖羅は確認しておかなければならないことを聴く。

「あの鹿さんは……喋っていましたか?」

 そもそも言葉を解さない相手には、交渉もなにもない。
 聖羅は大鹿の目に理性の輝きを見たが、それが正しいかどうかは、他の四人に聴かなければわからないことだった。
 その質問に答えていいものか、四人は悩んでいたが、嘘を吐くことの出来ない彼女らは観念したように応える。

「ちゃんとした言葉を聞いたわけじゃにゃいけど、言葉を理解してる感じではあったにゃ」

「そう、ですね。死告龍様を死告龍様だと認識していたようで、明らかに」

「怒りが強くてわかりにくかったけど……あれは理性ある者。本能に従って暴れるだけの知性のない魔物とは違う」

 彼女たちの言葉を受け、聖羅は安堵する。
 もし大鹿が全く会話の通じない相手であれば、聖羅独りで交渉にいくのはそもそも無意味となるからだ。

「でしたら、やはり私が独りで交渉してみるべきです」

「せいらんはなんで交渉できると思うにゃ? その根拠が聴きたいにゃ」

 ルレンティアの疑問は四人の総意でもあるようで、興味深そうにその答えを待っていた。
 聖羅はその疑問を当然のものとして受け、交渉が出来ると考える最大の理由を答える。

「あの鹿さんなのですが……一度、お目にかかったことがあるんです。本当に、一瞬だけでしたけど」

 聖羅は思い返す。
 それは、リューと共にヨウの大森林に行った時のこと。
 森を離れる時、聖羅はヨウ以外の、森に残った大妖精ふたりの傍に、森の住民らしき様々な魔物が現れるのを見た。
 彼らは恐らく、大妖精の眷族たち。
 その中にあの大鹿もいたのである。

「あの鹿さんは――おそらく、ヨウさんの眷族です」

 あの広い大森林を支配下に置く大妖精たちが、最も傍においていたくらいなのだから、相応の実力者であろうことは想像に難くない。
 下手な戦力は余計な刺激にしかならず、そして唯一対抗できそうな死告龍は、もっとも敵視されているのも道理だ。
 魔界の主とその眷族たちとの関係は、その魔物次第ではあるようだが、大妖精たちの眷族は彼女たちを慕っていたようだから。
 だが、ヨウの眷族だということは、その性質を多少ならずとも受け継いでいるということである。

「ヨウさんの眷族であれば……話をしようとする私の言葉を完全に無視することはできないはずです」

「それは……そうかもしれませんが」

「せいらんひとりで行かせるのは心配だにゃ」

「鹿さんを刺激しないためには仕方ありません。そういうわけですので……」

 聖羅は腕に抱いたリューの様子を窺う。
 リューは閉じていた目をパチリと開け、聖羅を見上げていた。
 聖羅はそんなリューをいったん腕から下ろし、真正面から見つめ合う。

「リューさん。私がいない間、皆さんを守っていてくださいませんか?」

 果たして、いまの状態のリューにそういった交渉が通じるのか、賭けではあったが、聖羅はただ誠意を持ってリューにお願いする。
 結果として、その誠意は通じたようだった。

「くるる……」

 大変不満そうな顔をして、聖羅の腕に擦り寄る。
 その様子に内心申し訳ない気持ちになりつつ、聖羅はリューの身体を優しく撫でる。

「お願いします、リューさん。襲いかかってくる敵は鹿さんだけとは限りません。いまの皆さんを守れるのは、リューさんしかいませんから……」

 再度聖羅がお願いすると、リューはやはり不満そうに啼きながらも、渋々と言った様子で頷き、半身を起こしていたアーミアの傍にいくと、その膝の上に飛び乗る。
 アーミアは驚いたが、伊達に普段から最大級の魔物と触れあっているわけではないのか、落ちついた様子でその行動を受けとめていた。
 種族的に魔力などに敏感で、死告龍を恐れがちなルレンティアはほっとした様子で胸を撫で下ろしていた。
 同じように膝の上に乗って来られでもしたら、何も出来なくなっていただろう。

(リューさんも本能的なものかもしれませんが……なんとなく恐れられているのは理解しているのでしょうか)

 ともあれ、リューにこの場の守護を任せることが出来るとなれば、あとは聖羅が大鹿との交渉を成功に導けるかどうかが問題だ。
 聖羅は交渉術に長けているわけではないが、それでも己にしかできない役割を持ち、その決心は定まっていた。
 善は急げ、とばかりに立ち上がる聖羅。
 実際、大鹿が消耗しているうちに行く方が、交渉の成功率は高いと聖羅は踏んでいた。余力があると、聖羅に攻撃を仕掛ける選択肢が増えてしまうからだ。

「それでは……行ってきます」

 こうして、聖羅は単独で大鹿との交渉に挑んだのだった。




 聖羅の考えは見事的中し、大鹿の初撃を防ぐことに成功し、大鹿に呼びかけるところまではたどり着くことができた。

(問題はここから……)

 聖羅は改めて深呼吸を行って気持ちを落ち着け、睨んでくる大鹿の目を見つめ返す。
 大鹿は聖羅の出方を窺っているようだ。続けざまに攻撃を仕掛けてこないのは、聖羅に攻撃が通じないとわかっているからだろうか。
 聖羅はそんな大鹿に向け、言葉をかける。

「鹿さん。私の話を聞いていただけませんか? ……聴いていただけるのであれば、首を上下に動かして、頷いていただけますか」

 聖羅のバスタオルは、魔力を用いた干渉を完全に無効化してしまう。
 ゆえに、大鹿が喋っていたとしても聖羅の耳には届かない。
 動作で意思を示して欲しいという聖羅の求めに対し、大鹿はしばらく動かなかった。
 言葉が通じていない可能性もあったが、おそらくそれはないと聖羅は信じていた。

(翻訳魔法を改良したのはヨウさんですし、他の大妖精さんたちとは知識や記憶を共有しているという話でした……なら、この鹿さんにも、その魔法は伝わっているはずです)

 聖羅について森から出てきたのは特殊な例だが、大妖精が外界に出る基本的な理由は、森の中に籠もっているだけでは得られない、新しい知識や経験を蓄積するためだという。
 そういった習性のある彼女たちならば、当然、改良した魔法を知識として蓄積しているはずだった。
 いまのところ、その魔法が活きるのは聖羅を相手にするときだけだが、今後もしも聖羅のような存在が増えるとすれば、その知識が存分に活かされることになる。
 可能性は高いと考えられたが、伝達されているかは賭けだった。

 幸いにして、大鹿は聖羅の言葉を理解しているようで、その首を上下に動かした。

 聖羅はほっと息を吐きつつ、さらに言葉を続ける。

「いまの状態だと、私はあなたの言葉を聴くことができません。聞こえるようにしますから、攻撃しないでくださいね?」

 そう告げると、聖羅は身体に巻いていたバスタオルを腰まで下げた。
 露わになる胸を左腕で隠しながら、聖羅は四人の内の誰かから胸を覆うための布を借りてこなかったことを後悔する。

(相手が鹿さんで良かったです……イージェルドさんやオルフィルドさんのように人間の男性だったら、恥ずかしくて仕方ないところでした)

 そんなことを思いつつ、トップレスの姿になった聖羅。
 改めて大鹿に向けて口を開こうとしたところ、大鹿が先に口を開いた。

『それだけで、言葉が通じるようになったのでござるか?』

 なぜか、語尾がござるだった。
 思わず笑ってしまいそうになった聖羅だったが、翻訳魔法の効果でそう聞こえているだけなのだということを思い出す。
 ルレンティアの語尾が「にゃ」であるのも同じ原理であり、あくまで聖羅の認識上それが相応しいとされているにすぎない。
 この大鹿の語尾も、聖羅の感覚的に照らし合わせ、それがもっとも適切な訳であるというだけなのだ。相手がそういった古めかしい言い方をしているのかもしれないが。
 ごほん、と聖羅は咳払いをし、笑いを誤魔化す。

「はい。このバスタオルはこの形で身に付けることで、加護の強弱を変えることが出来るんです。いままでは弾いてしまっていたあなたの声もちゃんと聞こえます」

 その聖羅の言葉に、大鹿はフン、と鼻息を荒くする。
 そして、瞬く間に聖羅との距離を詰めた。
 巨大な大鹿の体躯は小山のようで、聖羅は象に目の前に立ち塞がれたかのように感じた。

『ならば――攻撃も通るということでござろう?』

 蹄を振り上げる大鹿。
 その蹄は聖羅の胸板ほどはあり、聖羅など一撃で踏みつぶすことが出来るのだと暗に示していた。
 大鹿が蹄を振り上げたことで、ただでさえ巨大な大鹿の体躯はさらに巨大に見え、気の弱い人間であればその場から逃げ出して誰も責められないほどの威圧感を醸し出している。
 だが、聖羅は怯まず、大鹿の目をじっと見つめていた。

「話を聞いてくださるのでしょう?」

『……怯みもせんとは。ただのひ弱な人間の小娘かと思えば、とんだ変わり者でござったか』

 面白くなさそうに、大鹿はその蹄を下ろす。
 元々本気で攻撃する気はなかったのだ。
 もし大鹿が本気で攻撃するのであれば、聖羅は反応すら出来ないのだから、聖羅には大鹿が攻撃をしないことがわかっていた。
 目の前で蹄を振り上げた、ということを聖羅が認識出来る時点で、大鹿は本気ではないのだから。

「私は弱いですから。逆に開き直れるんです」

『それが出来るのが、変わり者の証でござるよ』

 大きな溜息をついた大鹿は、『それで?』と聖羅を促す。
 四肢を折り畳んでその場に体を横たえ、話を聞くつもりがあると言うことを、その態度で示していた。

『拙者と話をしたいとのことでござったが?』

 促され、聖羅は目的を果たすべく口を開いた。
 何を言うかは、決まっているのだ。

「ヨウさん……あなたの主である大妖精さんに会いたいんです」

『会って、なんとする? 我が主を利用するのでござるか』

 大鹿の敵意が膨れあがり、その威圧感はより強くなった。
 実際の圧力すら感じるその迫力に、聖羅は思わず身を引いたが、目は逸らさない。
 震えそうになる体をその場に抑え付け、ぐっと顔をあげて応じる。

「そう取られても仕方ありません。ですが、ヨウさんは私を助けると誓ってくださいました。それに甘えるのは心苦しいのですが、無力な私にはヨウさんの助けが必要なんです」

 聖羅の本心であった。
 彼女にしてみれば、ヨウの助力はとてもありがたいものであるが、同時にそれに頼り切りになるのは心苦しいところでもある。
 だが契約を重んじるこの世界で、『助けになる』と誓ってくれたヨウは、聖羅にとって唯一頼りに出来る存在であることも事実。
 例え心苦しくとも、その誓いに頼らなければならなかった。

『……なんとも、手前勝手な話でござるな』

「返す言葉もありません」

 大鹿になんと言われようと、聖羅がヨウの助けを必要としているのは事実で、ヨウは聖羅を助けることを誓っている。
 それを知ってしまった大鹿は、聖羅の提案を拒否することは出来ない。
 溜息を吐きつつも、重い腰を上げた。

『ついてくるでござる』

 そういって、歩き出した大鹿。
 後について歩きながら、聖羅は笑顔を浮かべた。

「ありがとうございます! ……そういえば、ヨウさんはどうしていらっしゃるんですか? この森はヨウさんが作り出した魔界、なんですよね?」

『作り出したのは我が主でござるが、正確には魔界ではなく、我が主の力のひとつでござる。植物を操るのは我が主の得意とするところ。その力を用いて生み出した、いうなれば仮初めの森でござる』

 ただ、と大鹿は呟いて周囲の森を見渡した。

『この規模の森、それも眷族を召還することが出来るほどの森を造り出すには、我が主といえども時が足りぬ。この空間の特異性が良い方向に働いた結果でござるな』

「リューさんの魔界が影響している、ということですか?」

『いかにも。時空の歪みというものは通常の魔界でも生まれうるが、この魔界は普通とは比にならないほど歪んでいるようでござる』

「なるほど……それもあって、リューさんの魔界は普通ではあり得ないほどに広がっているのでしょうか」

『それでも規格外すぎるゆえ、他にも秘密があるのでござろう。……そういえば、さきほどお主が抱えていたあの死告龍の眷族は、他の眷族と雰囲気が違ったでござるな。もしやあれが何らかの要になっているのではござらんか?』

 その大鹿の推測を聞き、聖羅は首を傾げる。
 彼の言う眷族が何のことかわからなかったのだ。しかし、該当するのは一頭しかいないことに気付く。

「私が抱えていたのは、眷族ではなくて――リューさんそのもの、だそうですよ? 幼体化してしまっているようですが」

 ぴたり、と大鹿の歩みが止まる。
 ぐるりとその首を聖羅の方へと向けた。

『あれが、死告龍そのもの、であると?』

「私は感覚的なものでしかわかりませんが……魔力を感知できるルレンティアさんやアーミアさんは、リューさんであると確信しているようでした」

 そう告げた聖羅は、気づけなかった。
 立ち止まって聖羅の方を向いていた大鹿の視線が、一瞬別方向を見やったのを。
 大鹿は聖羅から視線を外し、再び前を向く。

『そうでござったか……確かに生まれたての眷族にしては、戦巧者であると感じていたでござるが、死告龍そのものでござったか』

 聖羅は大鹿の静かな語調に、なぜか嫌な悪寒を感じた。
 何か言おうと、聖羅が口を開こうとしたその時。

 脇から伸びてきた植物の蔦が、聖羅の全身に絡みついた。

 聖羅が驚く間もなく、その蔦は強い力で聖羅の体を締め上げ、食い込ませ、彼女の肺から空気を絞り出す。
 加護が完全な状態であったなら蔦に行動を遮られようと、喋ることに影響が出るほど締め上げられはしない。
 大鹿と会話するために、加護を緩めていたがために、発声を阻害されるほどに締め上げられてしまったのだ。
 声もあげられずにもがく聖羅を、大鹿は申し訳なさそうな目で見つめていた。

『安心するでござる。お主を殺しはせぬ。あとで我が主の元に案内もしよう。だが――』

 主が交わした契約を、眷族は無視できない。
 ヨウが聖羅を助けると言ったのなら、眷族である大鹿もそれを最大限守らなければならないのだ。
 だが、である。

『これは死告龍を殺す千載一遇の機会――活かさせてもらうでござる』

 固い決意も露わに、大鹿が駆けだした。
 蔦に縛られ、動けない聖羅を残して。
 聖羅は大鹿を止めようと、声を振り絞ろうとしたが、口から出たのはか細い呻き声だけだった。

(まって……! くぅ……っ! う、くっ……これ、息も、できな……っ)

 ギシギシという軋む音を立てているのは、蔦か、あるいは聖羅の体か。
 いずれにせよ、締め上げる蔦の力によって呼吸が出来なくなった聖羅の意識は、為す術もなく暗転してしまった。

つづく

露出旅行記 温泉街道編 3


 身体の中に硬くて丸い物がある感覚は、率直に言って気持ち悪いものだった。
 違和感が大きく、排泄物が出かかっているのに出ないような、酷い便秘の時の感覚にも近い。いますぐにでも息んで出したくなる。
「ふふふ……出しちゃだめよ」
 けれど、それは許されない。エミリさんの指が私の肛門に指をあてがって、出ないように出入り口を塞いでいるからだ。
 括約筋にエミリさんの指が触れている感覚と、出ようとする玉を押し戻している感覚がある。そうしているうちに、だんだん違和感にも慣れ、なんとか落ちついてきた。
 エミリさんはそれを確認したあと、肛門から手を離し、剣玉の本体の持ち手を手にした。
 私の身体の中に入れられた玉と、その本体は糸で繋がっている。
 糸が肛門から出ていて、エミリさんが手にしている本体を動かす度に、軽く出入り口が刺激される。
「うふふ。もう少し糸が長ければ、これをリードにするというのもありだったわね」
 とんでもないことを言っているという自覚は、エミリさんにあるんだろうか。
 さすがにそれはやらないつもりでいてくれて助かる。肛門から飛び出た糸をリード代わりに牽かれて歩くとか、想像しただけで死にたくなるほど恥ずかしい。
 でもそれなら、その剣玉の本体はどうするつもりなんだろう。
 そう思った私の疑問はすぐ解消された。
 エミリさんはその剣玉の柄を、私の前の穴に擦りつけてきたからだ。
「え、エミリさん……まさか……」
「柄は細いから、ちゃんと締め付けておかないと、抜け落ちるわ。気をつけてね」
 気をつけろと言われても。
 私がそう抗議する前に、エミリさんの手はその柄を私の中に押し込んでいた。
 普段私たちが使っているバイブとかとはまるで比べものにならないほど細いそれは、確かに意識して締め付けていないとすぐに落ちてしまうだろう。
 私はそこに意識を集中して、柄を離さないように努めた。
「んん……っ、んぅ……ぅ……ッ」
 柄の根元まで押し込むと、エミリさんはあっさりとそれから手を離して、私を解放する。乱れていた浴衣の襟や裾をエミリさんが直してくれた。
 ただ、後ろ手に嵌められたおもちゃのスプリングはそのままだったし、股間には剣玉の本体と玉がそれぞれの穴に突き刺さっている感覚がある。見た目は手を後ろに回しているだけかもしれないけど、あまりにも変態的な状態だった。
 エミリさんはニコニコと笑いながら、そんな私と腕を組む。
「さあ、支えてあげるから安心してね。いきましょ」
「い、いくって……」
 どこに、という疑問の答えは、わかりきっていた。
 エミリさんは私の腕を引いて――温泉街道の、表道に踏み出した。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第七章 1


 それは――真正面から正々堂々と現れた。

 深い深い森の中。
 生い茂る梢によって、本来頭上から差し込むべき光は遮られ、昼間でも鬱蒼としている。
 そんな森の中を、茂みに密かに隠れることもせず、木々を素早く伝うわけでもなく。
 まるでそれが当然のように堂々と。
 森の中に歩むべき道があると言わんばかりの、力強い足取りで前へと進んでくる。

 その異様な光景に、違和感を覚えなかったかと言えば否だろう。

 それが森の中にいること自体がおかしなことなのに、それ以上にその態度は奇妙だった。
 ほんの一時間前、為す術もなく己に押し潰されていた存在と同一個体だとは思えない。
 それの前に立ちはだかりながら――大鹿は違和感を押し殺し、それを観察する。
 現れた大鹿の姿を見て、一枚の白い布を胴体に巻いただけの姿をした人間の女性は、一瞬身体を竦ませ、しかしすぐに背筋を伸ばして彼と対峙した。

 彼女――清澄聖羅の瞳が、確かな意思を持って大鹿を見据える。

 大鹿は聖羅から圧のようなものは一切感じていなかった。
 神々の加護を得ているゆえに、どれほどの魔力を有しているかも感知できない。そういう意味での異様さはあったが、脅威に感じることなど何もない。
 一時間前と同様、地面に叩きつければそれで終わる。
 ゆえに、大鹿は即座に動いた。聖羅が瞬きするほどの間に、蹄が届く位置まで移動し、前脚を振り上げる。
 その段階に至っても、聖羅は反応できていなかった。

 だから、大鹿は彼女が囮であると確信していた。

 森の中で大鹿の知覚能力は森を通じて広がっている。
 例え隠蔽の魔法を使おうと、攻撃のために動けば大鹿には必ずわかるはずだった。
 聖羅を攻撃する隙を狙って、仲間の人間達や死告龍が必ず攻撃してくるはずだと、彼は読んでいた。
 ゆえに、聖羅に向けて蹄を振りかぶりながらも、周囲の警戒は一切怠っていなかった。
 一切の油断なく、いつでも回避行動を取れるように備えていた大鹿。

 だが、蹄を振り下ろし始めても、周囲から敵が跳びだしてくることはなかった。

 反射魔法によって引き延ばされた思考の中で、大鹿は考える。
 どうして他の者が出てこないのか。聖羅は本当に囮なのか。
 何か見落としていることはないか。
 考え、考え、ひたすら考えても答えは出ない。
 森を通じて広がっている感覚に引っかかるものは、依然ない。
 ならば、大鹿が行うことはただひとつ。
 まずは目の前の聖羅を地面に叩き伏せ、埋めて完全に無力化してしまうこと。
 それはとても容易いこと――のはずだった。

 大鹿はとてつもなく重い反発を前脚に受け、思わず仰け反った。

 一時間前と同じく、聖羅の頭部を狙った大鹿の一撃。
 先ほどはその勢いのまま聖羅を砂に埋めることに成功したのが、今回は逆に大鹿の方が凄まじい衝撃を受けて吹き飛ばされそうになった。
 周囲の警戒に幾分かの意識を割いていて、全力でなかったことが功を奏した。
 もし本気で聖羅を殺そうと蹄を振るっていたら、その反発によって大鹿の前脚はへし折れていたことだろう。
 大鹿は接近した時と同様、目にもとまらぬ早さで後退する。
 今度こそ周囲から聖羅の仲間が攻撃してくると思ったためだ。

 しかし、相変わらず周囲から敵が接近してくる様子はない。

 いまの接触の瞬間、大鹿には確かな隙が生まれていた。
 あっさり倒せると思っていた相手からの思い掛けない反撃を受け、いかに大鹿といえど、驚愕に心が染まった。
 もし攻撃を仕掛けるのであれば、千載一遇の好機だったはずである。
 だが現実には攻撃を仕掛けてくる者はおらず、どういう理屈か大鹿の攻撃を防いでみせた聖羅自身も、攻撃を仕掛けて来る様子はない。
 ただ、その場に立ち続けている。否、その口が動いた。

「鹿さん。私の話を聞いていただけませんか?」

 恐怖がないわけではないはずだ。
 大鹿の巨躯は人の身には小山のように見えているはずで、それが友好的ならともかく、相手の命を奪わんと敵意と殺意を撒き散らしている。
 神々の加護があったとしても、本能的な恐怖というものは変わらない。
 それでも、微かに震えていながらも、聖羅はまっすぐに大鹿の瞳を見ていた。
 彼女の瞳には、自分の役割を果たそうとする決意があった。
 そしてそんな瞳を、大鹿はよく知っていた。

 それは――己の瞳と同じだったから。




――少し時間は遡る。

 大鹿の襲撃を受けた五人と一頭。
 激戦を繰り広げたものの、死者は出ずに済んでいた。だが、無傷で退けられたわけでもなく、五人と一頭は大きな損害を被っていた。
 テーナルク、ルレンティア、アーミア、そして死告龍・リュ-。
 戦闘でも平時でも頼れる三人と一頭が負傷、もしくは消耗し、頼れなくなった時、それによってかえって聖羅の覚悟は固まった。
 砂浜に乗り上げた水上拠点の建物の中で、負傷度合いの高いテーナルクとアーミアは横になり、彼女たちの世話をバラノが焼いていた。
 感知能力の高いルレンティアは、痛む身体をおして入り口脇に見張りとして座り込み、そのルレンティアの傍に、消耗して蹲るリューを抱えた聖羅が座っている。

「……いまのところ静かだけど、いつまた来るかわからないにゃ」

 砂浜の向こうに広がる森を見ながら、ルレンティアが呟く。
 その口から小さな息が零れた。傍に座っていた聖羅にしか聞こえない吐息だったが、そこに疲弊感が籠もっていることを感じた聖羅が、心配そうに声をかける。

「ルレンティアさん、休まなくても大丈夫ですか?」

 その質問に対し、ルレンティアは苦笑で応じた。

「正直辛いけどにゃ。ボクは普通の人間よりは丈夫だから平気だにゃ。……せいらんのほうこそ大丈夫なのかにゃ?」

「……私は大丈夫です」

 絶対防御の神々の加護を持つのだから、それは当然のことだった。
 だが、ルレンティアは皮肉気味に笑う。

「にゃはは、なるほどにゃ。せいらんは嘘が吐けるのに嘘が下手なんだにゃ」

「…………」

「さっき雷撃を受けたあと、少し足下がおぼつかなくなってたよにゃ? 完全に防げていたなら、そんなことはないはずにゃ」

「…………はい、そうですね」

 誤魔化せないと判断したのだろう。
 聖羅は素直に認めた。

「でも不思議だにゃ。死告龍様のブレスも防ぐ神々の加護を、あの雷撃程度が貫通したということになるにゃ」

 程度とはいうものの、魔法で防御を固めたテーナルクを瀕死に追い込むほどの威力であり、侮れるものではない。
 あの雷撃程度、というのは単に死告龍のブレスとの比較での話である。
 そのことは聖羅も同意なのか、自分の手を見つめた。

「そう、ですね……魔法や加護の原理を知らない上での推測ですが……テーナルクさんを守ろうとしたから、ではないかと」

 聖羅の推測を聞き、ルレンティアはなるほど、と手を打った。

「てーなるんの負傷度合いが比較的軽くて良かったと思っていたけど、そういうことだったなら納得にゃ。着用者の意思に従って、てーなるんにも少しだけ加護がもたらされたのかもにゃ。ただ……」

 ルレンティアは言うべきか少し迷った後、結局言うことにしたようで、口を開いた。

「あまりそれは使わない方がいいにゃ。特にせいらんは魔法でさえ扱う経験がないにゃ。加減を間違ってしまったら……」

「……そうですね」

 ルレンティアは最後まで言わなかったものの、その結論は聖羅にもわかっていた。
 今回は多少身体が痺れる程度で済んだが、もっと聖羅本人の防御が緩んでいたら。
 魔法に抵抗力を持たない聖羅は、死んでいてもおかしくはなかった。

「神々の加護についてはボクたちにもわかっていないことが多いけど……ある程度の制御が利くというのは知らなかったにゃ。せいらんも無自覚だったんだよにゃ?」

「はい。リューさんやヨウさん……私を守護してくださっている大妖精さんと、このバスタオルの加護がどういうものか、色々と試してはいたんですが……他者に付与できるかということに関しては全く想定もしていませんでした」

「なるほどにゃあ…………その辺は、軍事国家のザズグドズ帝国さんなら、もっと細かく検証しているんじゃないかにゃ?」

 そう揶揄するようにルレンティアが言うと、負傷したふたりの世話を焼きつつも聞き耳を立てていたらしいバラノがふたりの元にやってきた。

「そうですね。我が国にも神々の加護を宿した武具や防具はいくつかありますから。検証していないわけがありません」

「その辺、話せることはせいらんに話しておいてあげた方がいいんじゃないかにゃ?」

 自分は聴かなくてもいい、ということを示すように、ルレンティアは頭の上の猫耳をぺたんと寝かせる。
 そんなルレンティアの気遣いに対し、テーナルクは淡々とその場で話を続けることで応えた。

「残念ですが、セイラさんが持つバスタオルほどの加護を宿した装備は我が国にはありません。ゆえに参考にはならないと思います。ただ……平時の実験と、戦時の実践では加護の効果がまるで違うという事実はあります」

「それはやっぱり、神々の加護には着用者の意思が関わっているということかにゃ?」

「間違いなく関わっているでしょうね。そうでなければ、説明がつかないことが多いですから。ただ、他者に加護を移せるかについては、不明です。参考になりそうな実験としては、両手に剣を持ち、加護を持たない方の剣に、もう片方の剣の加護が乗るかというものがありますが……」

「どうなったんですか?」

「そもそも、両手に剣を持った時点で加護が弱まってしまったのです。もちろん、もう片方の剣に加護が乗ることはありませんでした。二刀流の剣士が持てば加護の減少は抑えられたようですが、加護を別の剣で振るうことはやはりできなかったのだとか」

「その話だけでも、神々の加護に使用者の意思が反映されるっていうのは間違いじゃなさそうだにゃ」

「ただ、武器と防具という違いは大きいですからね。防具に関してはアーミア様の方がお詳しいのでは?」

 バラノが水を向けると、話を聞いていたらしいアーミアが身体を起こして応じる。

「緊急事態だから喚びだしたけど、本来この『神聖法衣』は儀式用のもの。戦闘に使われることはほぼなかったし、実験もほとんどされていない」

「そうなんですか? 服を喚びだして着替えるのに慣れていらっしゃったようですが……てっきり、そういった練習をされているのかと思っていました」

 聖羅は何気なくそう呟いた。
 最初に迷い込んだ森の中で、巨大な花型の魔物に掴まりそうになった際、アーミアは『神聖法衣』を呼び出すと同時に、元々着ていた服を脱ぎ捨てていた。
 それは実に素早い着替えであり、何度もそういったことをしていた経験があったのだろうと聖羅は考えていたのだ。
 聖羅の指摘を受け、アーミアはなんとも形容しがたい微妙な表情をする。

「……それはまた別の理由」

 彼女が服を呼びだして即座に着替える、という動作に慣れている理由は、守護亀グランドジーグと対話する儀式の後、狙ったかのように毎度現れるヘルゼンという青年神官のせいである。
 『神聖法衣』はその性質上、下着の上から半透明の衣服を身につけているのと変わらず、年頃の女性であるアーミアはそれを身に付けた姿を異性に見られることに羞恥心を覚える。ゆえに、素早く服を着替えるという技術を体得する必要があった。
 ただ、そのことを説明するのは身内の恥を広めるようなものだ。
 そのため、アーミアは言いたくないという気持ちを言外に乗せて、言葉を濁して応えた。
 しかしアーミアはふと、何度忠告しても儀式の後に現れることをやめないヘルゼンが、本当に考え無しでそうしていたのかを疑問に感じた。

(まさかヘルゼンは……こういう状況を案じて……? いえ、まさか……ね)

 異界に飲まれた直後、触手型の魔物に不意を突かれた時、アーミアは無防備な状態で身体を締め上げられ、危うく死にかけた。
 そのことからもわかるように、例え『神聖法衣』という切り札を持っていたとしても、喚びだしてすぐ着替えることができなければ、その防御力は発揮されない。
 実際早着替えに慣れていなかったら、巨大花の魔物に襲われた際、『神聖法衣』を身に付けるのは間に合っていなかった。
 ヘルゼンが何度も叱ってもやって来ていた理由は、そういった有事の際のことを考えていたためかもしれない。
 さすがに考えすぎかとアーミアは首を振っておかしな考えを振り払った。

「ともあれ、神々の加護はとても強力ですが不確定要素も多いものですから……それを軸に作戦は考えられませんね」

 話を総括して、戦略家としてバラノはそう告げる。
 それは妥当な結論であり、ルレンティアやアーミアはそれに同意する。
 だが、それに異を唱える者がいた。

「いいえ、バラノさん。私からひとつ、提案があります」

 神々の加護を宿すバスタオルを身に付けただけの存在――清澄聖羅。
 彼女は意外そうに自分を見る三人の視線を感じつつ、端的に自分の考えを告げた。

「私独りで、あの鹿さんと話をして来ようと思います」

つづく

露出旅行記 温泉街道編 2


 エミリさんの舌技に踊らされ、温泉街の裏路地でディープキスを交わした私たち。
 ひとしきり身体の熱と唾液の交換を行った私たちは、絡み合うようにして寄り添っていた。私はエミリさんの身体に寄り掛かるようにして、乱れた呼吸を必死に整える。
 さすがというべきか、エミリさんの方はまだ余裕があるみたいで、ちゃんと周囲にも気を配っているのがわかった。
 だから安心してエミリさんに身体を預けていたのだけど。
 そのエミリさんの脚が私の脚の間に差し込まれ、脚を閉じられないようにされた。
 そして、元々濡れていただろうに、ディープキスの刺激によってより濡れてしまった私の秘所に――エミリさんの指が入り込んでくる。
「はふっ……」
 思わず身体を跳ねさせて反応してしまった私に対し、エミリさんは楽しそうな笑みを浮かべていた。
「うふふ……うん、十分濡れたわね。ルミナちゃんの中……すっごくぬるぬるして……温かいわよ」
 そこを弄りながら、耳元でエミリさんが囁く。熱の籠もった息が耳にかかって、ひどくこそばいというか、背筋にぞくぞくとした快感が走った。
 その感覚に溺れかけたのも、刹那のこと。

 ひやりと冷たいものが、私のあそこに触れてきた。

「ひゃっ!?」
 思わず少し大きな声をあげてしまい、いまいる場所を思い出して慌てて口を噤む。
 自分の股間を見下ろせば、浴衣の裾を開けさせたエミリさんの手に、射的屋さんで取った景品のひとつである剣玉が握られていた。
 エミリさんは糸で本体に繋がっている玉だけを手にしていて、本体は糸でぶら下がっている。
 少し予想していたことだったけど、その持ち方をしていることで、どうするつもりかわかってしまった。
「ま、まさか……その玉を……」
「これだけ濡らせば、十分かしら?」
 私のあそこから零れる愛液を、剣玉の玉に馴染ませているエミリさん。
 そして十分に濡らしたその玉を。
 私の割れ目に押し込んだ。
「ひゃう、ぅ……っ!」
 小さな剣玉とはいえ、玉の直径はそれなりにあったからかなり圧迫感がある。身体の中が押し広げられる感覚が凄まじい。異物感が強く、私は思わず脚の間に差し込まれたエミリさんの脚を強く挟み込んでしまった。
 エミリさんはそんな私の反応を楽しげに眺めている。
「ルミナちゃん、いい反応ね……でも、これだと少し不安かしら」
 言いつつ、エミリさんがぶらさがっていた剣玉の本体の方を手に取った。
 糸を通じて私の身体に入れられた玉が引っ張られて、ずるり、と身体の中から抜けてしまう。糸によって垂れ下がった剣玉の球から、愛液が垂れて地面に落ちる。
「……やっぱり、抜けちゃうわね……こっちの方がいいかしら?」
 そういって再び剣玉の玉を手に取ったエミリさんは、今度はそれをお尻の穴の方に押し当ててきた。
「そ、そっちは……っ」
 プレイの嗜みとして、毎日綺麗にしているとはいえ、綺麗にしてから少し時間が経っている。そんな感じはしないけど、もしかするとすでに便が降りてきているかもしれず、汚いと思った。
 けれど、エミリさんは躊躇鳴く、愛液塗れになった指を私のお尻の穴に差し込む。排泄する場所から何かが入ってくるという感覚に、思わず悲鳴が零れる。
「大丈夫そうね」
 素知らぬ顔でいうエミリさん。
「え、エミリさん……っ」
 さすがに強引すぎる、と軽く睨み付けると、エミリさんは微笑みながら謝った。
「ふふっ、ごめんなさい」
 謝りつつも、エミリさんの行動は止まらず、剣玉の玉が肛門に押しつけられる。
「軽く力んでちょうだい?」
 言われるままに肛門に力を入れてしまうのは、私がエミリさんに甘いからだろうか。
 それとも、エミリさんの指示に思わず従ってしまうように、巧妙に躾けられてしまっているからだろうか。
 どうあれ、私はエミリさんの指示通りに、出す時のように肛門に力を入れ――

 剣玉の玉が、括約筋を押し広げる一瞬の感覚の後、その玉を肛門の中に飲み込んでしまった。

つづく

露出旅行記 温泉街道編 1


 エミリさんの指が、私の中に入ってくる。
 こういうプレイをすることを前提としている私たちは、常に爪を短く切り、ヤスリで丁重に整えている。だからそういう意味での心配はしていなかったのだけど。
「エミリ、さ……っ、こんな、ところで……っ」
 温泉宿街の裏路地は滅多に人がくるようなところではないけど、数メートル離れた表通りにはそれなりにたくさんの人が行き交っている。
 いつこの裏路地に人が迷い込んで来るかわからず、私は気が気でなかった。
 見つかったらどうするつもりなんだろう。
 エミリさんは私の正面に立っているので、エミリさん自身が壁になってはくれているけども、明らかに不自然な状態なのは見てわかるはずだ。
 けれど、エミリさんはそんな私の反応をこそ楽しんでいるようで、浴衣の裾から忍び込ませてきた手で、私のあそこの状態を確かめて来ていた。
「うーん、これ以上ルミナちゃんのここを刺激する必要は無さそうね?」
 悪戯好きの子供のような笑みを浮かべて、エミリさんがそう耳元に囁いてくる。
「うっ……」
 エミリさんに指摘されるまでもなく、私は自分のそこが十分な湿り気を帯びていることに気付いていた。射的屋さんで散々恥ずかしい思いをさせられて、私の身体は反応してしまっていたのだ。
 だからエミリさんが一度指を抜いて、その指の間に糸が引いているのを見せつけられると、その感覚が確かだったことを改めて突きつけられ、顔が赤くなるのが自分でもわかる。
 エミリさんはそんな私の顔を見て、蕩けるような笑顔を浮かべたかと思うと。
「んっ」
「むぅっ!?」
 いきなり唇を合わせてきた。意識を下に向けていたので、ほとんど不意打ちのようなものだ。エミリさんは私の口の中に舌を伸ばしてきて、どろりとした唾液が絡んだそれを私のものに絡めてくる。
 それがとても熱くて、私の脳を痺れさせ、正常な思考力を奪ってくる。
「んんっ……んぁ……」
 いつ人に見られてもおかしくない状況であるというのに、いや、だからこそ興奮は高まり、いつしか私の方からもエミリさんの口内に舌を伸ばしていた。
 しばし戯れたかと思うと、私を弄ぶようにエミリさんの舌が逃げていく。
「あっ……」
 思わず、舌を身体の外まで伸ばし、エミリさんのそれを追いかけてしまう私。
 はしたなくも伸ばした私の舌を、エミリさんは優しく口の中に迎えてくれた。
 どろりとした情欲がエミリさんの瞳の中に見える。

 それはもしかすると、エミリさんの瞳に映った私のものだったのかもしれない。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第六章 おわり


 ルレンティアは獣人である。
 ゆえに、彼女は動物的な直感に優れており、本能的に物事を判断することに長けていた。

 そんな彼女は、現れたその大鹿を一目見て――勝てない、と悟った。

 フィルカードの王族であるルレンティアは、他の国の王族に比べても、様々なことをひとりで出来るように鍛えられている。
 その様々なことの中には、当然戦闘も含まれており、元々肉体的にも優れた獣人であるルレンティアは、下手な戦闘専門の人間よりも強いのは確かだ。

 だが、その彼女をして、大鹿は明らかに勝てない相手だった。

 その研ぎ澄まされた肉体美にうっかり見惚れてしまいそうになるほど、その大鹿の身体能力は明らかに高かった。
 さらにその内包する膨大な魔力量は、少し距離が離れている状況ですら明瞭に感じるほどだった。
 そんな大鹿の巨大な角に、青白い雷光が灯る。

「――ルレンティア!」

 そう叫んだのは、アーミアだった。
 戦力差を誰よりも正確に理解したがゆえに、大鹿の迫力に飲まれていたルレンティアがその叫び声で正気に戻る。
 彼女は大鹿の行動に反応し、五人の足下に魔方陣を展開していた。
 杖を地面に突き刺し、渾身の魔力を注いでいるのがわかる。
 展開された魔方陣が光り輝き、半透明の白いドーム状の結界が五人を覆った。

 その結界に向け、大鹿の角から迸った雷撃が叩きつけられる。

 雷撃は結界にぶち当たり、轟音が生じた。
 一瞬で結界にヒビが入って、伝播した衝撃が術者を襲い、アーミアがその場に膝を突く。
 杖が激しく震動していた。それを抑え込むようにアーミアは杖を握り続ける。
 その掌から血が噴き出した。

「ぐっ……ッ!」

 アーミアの口から押し殺した呻き声が漏れる。その口の端から血が一筋零れた。
 雷撃の嵐は数秒続き、唐突に止んだ。
 それと同時に、アーミアの張った結界が砕け散る。
 大鹿は鼻息荒く、苛立っているのを隠そうともせず、その場で蹄を地面に叩きつけた。
 角に宿っていた雷光は消えている。

「……ッ、さすがに、無尽蔵ではないよにゃ!」

 ルレンティアはそう分析し、斜め前に向かって駆けだした。
 固まっていては再度雷撃を撃たれた時にその一撃で全滅する。まっすぐ走らなかったのは、少しでも大鹿の意識を散らすためだ。
 同時に、攻撃魔法の詠唱を終えたテーナルクが、掌に宿した火球を大鹿に向けて投げつける。
 火球はうなりを上げて空を駆け、大鹿の胸の辺りに着弾した。
 だがテーナルクは悔しげに呻く。

「だめ、ですわ……!」

 大鹿の体表面を多少焦がした程度だった。
 火球の威力は申し分なかったが、大鹿の身体には常に電撃が流れている。
 火球が大鹿の身体に接する前に、その電撃が走って爆発させられていたのである。
 それは、ルレンティアの機動力を活かした突撃も封じていた。

(下手に近づけば電撃の餌食……にゃら!)

 ルレンティアは渾身の力で掬い上げるように腕を振るい、砂浜の砂を盛大に舞い上げた。
 砂浜の細かい砂粒が大鹿へと襲いかかる。身に纏う電撃が砂粒に反応するが、すべてを撃ち落とせるほど、襲いかかった砂粒は少なくない。
 大鹿は視界を遮られるのを嫌ってか、素早くその場から横っ飛びで逃れた。一瞬で十数メートルは跳び、砂粒がかからない位置まで移動する。
 その隙にルレンティアは森の中に身を潜めようと走った。

 だが、森に入る寸前で思いとどまる。

 ルレンティアの侵入を拒むように、植物の蔦が蠢いているのを見てしまったからだ。
 直感に優れたルレンティアでなければ、気付かずそのまま森の中に入り、蔦に脚を取られていたことだろう。

(くっ……! あの触手型の魔物と違って、植物自体に意思があるようには感じにゃい……ということは……!)

 ルレンティアは砂埃の向こうにいる大鹿を睨む。
 大鹿の眼は、砂埃越しでもルレンティアを見据えるように、爛々と光っていた。
 その様子から核心に至ったルレンティアは、絶望的な気持ちになりながらも、情報を共有する。

「あいつ、植物も操るにゃ!」

「なんですって!?」

 テーナルクが絶望的な顔をして叫ぶ。
 それは無理もないことだった。開けた砂浜で遙か格上の相手と対峙するほど、絶望的なことはない。
 森の中に入ることができれば、死角からの強襲を狙うことも出来るが、身を隠すことの出来ない砂浜ではそれも望めない。
 植物を操るのであれば、森の中に逃げるのは自殺行為だ。
 かといって、水上拠点に乗って逃げようにも、射程外に逃げる前に、巨大蜘蛛のように雷撃をお見舞いされてしまうだろう。

(詰んでるにゃ……!)

 改めて絶望的な状況を実感し、ルレンティアが思考を止めたのは一瞬。
 その一瞬で、大鹿が彼女の目の前まで迫っていた。
 近づかれたことで、大鹿の身に纏う電撃が走り、ルレンティアの身体を硬直させる。
 大鹿の振り上げた前脚の蹄が、逃げられない彼女に振り下ろされようとしていた。

(しまっ――)

 死を悟ったルレンティアの眼に、大鹿の振り下ろす蹄がスローモーションに映る。
 その彼女の身体を、真横から飛んできた空気の塊が突き飛ばす。わずかに位置がずれたことにより、大鹿の振り下ろした蹄は外れ、砂浜に巨大なクレーターを作りながら衝撃波を周囲にまき散らした。
 ルレンティアはそれに巻きこまれ、きりもみ状態で吹き飛んだが、負傷度合いは軽い。

 見れば、バラノが肩で息をしながら、手を翳していた。

 バラノは戦闘員ではなく、魔法も得意な方であるとは言いがたい。しかし使えないわけではない。
 彼女が翳した手には小さな魔石があり、それが砕け散っていた。
 彼女自身の魔法は弱いものだが、魔石の力を使って増幅させ、ルレンティアを突き飛ばすほどの威力にしたのだ。
 万が一の切り札として、バラノが密かに持っていたものだ。
 素の対応力に劣る彼女が、そういった仕込みをするのは当然である。

(助かったにゃ! ――けど!)

 ルレンティアの命は助かったが、大鹿に影響を与えられたわけではない。
 大鹿は砂浜に埋まった蹄をこともなげに抜き、ぐるりと身体を反転させてバラノたちのいる方向を見る。
 その四肢に力が籠もり、バラノもろとも蹴散らそうとしているのがわかった。

「まずい……っ! こっちだにゃ!」

 咄嗟にルレンティアは魔法を用いて、拳大の石を生成し、いくつか大鹿に向けて放った。
 だが、相手をするに値しないと判断されたのか、大鹿が身体に纏う電撃が自動的にそれらを迎撃し、大鹿自体はバラノたちの方へ向いたままだ。
 同様に少し移動していたテーナルクも攻撃魔法を放つが、自動迎撃されて大鹿の気すら引けなかった。
 止められない、とふたりが思うのと、ほぼ同時に。

「鹿さん! 待ってください!」

 聖羅がバラノよりも前に出ながら、彼女を庇うように両手を広げ、そう声を張り上げた。抱えていたリューは先ほどまで立っていた場所に降ろしている。
 彼女は神々の加護が宿ったバスタオル一枚で、絶対防御の効果こそあるが、攻撃手段はない。
 ゆえに声をかけることしか出来ないのだ。
 そして大鹿は、そんな彼女の呼びかけを聞き――

 一瞬で距離を詰め、その身体に向けて前脚の蹄を振り下ろした。

 蹄は聖羅の後頭部を抑え、そのまま真下に降ろされたため、聖羅は上半身を砂浜に埋めることになった。
 容赦のない一撃であり、普通の人間ならば熟れた果実の如く頭の中身をぶちまけていたところだ。
 加護を持つ聖羅ゆえに、頭が潰れることはなく、負傷することもなかった。
 ただ、彼女自身はただの人間であるため、上半身が砂浜に埋められ、呼吸が出来なくなったために下半身をばたつかせて暴れる。

 あられもない姿ではあるが、そんなことを気にしている余裕は、本人にも他の四人にもなかった。

 一方、大鹿は大鹿で、潰すつもりで蹄を叩きつけたにも関わらず、聖羅が潰れていないのに戸惑っているようだった。
 再度蹄を振り上げるべきか、そのまま砂の中に埋めてしまうか考えているようだ。

 その巨体が、横薙ぎに吹き飛ばされる。

 一瞬で距離を詰めたリューが尾で大鹿を吹き飛ばしたのだ。大鹿はもんどり打って砂浜に倒れ込み、水柱ならぬ砂柱を立てる。
 リューは小さな身体からは想像できないほど、激しい威嚇の咆哮をあげて大鹿に追撃を行う。
 口内が黒い光に溢れ、即死のブレスが大鹿へと放たれた。

 だが大鹿もさるもの。

 即座に体勢を立て直し、砂浜を蹴ってブレスの範囲外へと逃れる。
 大鹿が後退しながら角を振ると、雷光が丸まって出来たような球体がいくつも中空に発生し、その球体からトゲが伸びるように雷撃が発生した。
 襲いかかる雷撃を、リューは紙一重で避け、大鹿へと再度ブレスを放った。
 大鹿は胴体と同じくらい大きな角を用いて、砂浜の砂をひっくり返すように巻き上げる。ブレスは巻きあげられた砂を物ともせず貫いたが、その先に大鹿はいなかった。
 一瞬、相手を見失ったリューが視線を巡らせる。

 そのリューの頭上から、大鹿は降ってきた。

 巻きあげた砂に紛れて跳んだのだ。
 巨体であることを逆手に取った、意識の外からの攻撃。
 直前で気付いたリューが、振り下ろされた大鹿の蹄を角で受けとめる。
 轟音が周囲に響き渡り、衝撃派が砂を押しのけながら、二頭を中心に広がった。
 怪物同士の戦い。人が巻きこまれればただではすまない攻防の嵐の中、テーナルクが砂に埋もれた聖羅を救出する。

「セイラさん! しっかりですの!」

 砂に埋もれて呼吸が出来ていなかった聖羅は、激しく咳き込み、口の中に入った砂を吐き出した。

「げほっ、げほっ! な、なんとか大丈夫です……」

 テーナルクが聖羅に手を貸し、立ち上がらせている間も、戦いは続いていた。
 広範囲に広げられた雷雲が渦巻き、そこから無作為に雷撃が落ちて砂浜の至るところにクレーターを生じさせる。リューのブレス並みの広範囲攻撃だった。
 聖羅はそのうちの一本が、自分たちの頭上で渦巻いているのを見てしまう。

(まずい……! 私はともかく、テーナルクさんが!)

 聖羅は咄嗟に、テーナルクの腕を引き、胸に抱き締めるようにして彼女を庇った。
 守らなければと感じたがゆえの、咄嗟の行動。
 その聖羅の背に、雷が直撃した。
 衝撃が彼女の身体を通じて足下に抜け、ふたりの立っていた場所の砂を舞い上げる。

「せいらん! てーなるん!」

 青ざめたルレンティアが悲鳴をあげる間にも、大鹿とリューの激闘は続く。
 リューが大鹿の胸元に蹴りを入れ、大きく吹き飛ばす。そこに追撃のブレスを吐いた。
 大鹿はそれを素早く後退することで回避する。
 本来のリューの体格であれば回避が難しいほどに極太なブレスとなるのだが、現状のリューの体格では十分回避可能なブレスしか放てないのだ。

 だが、それでも即死範囲攻撃が連発可能という事実は変わらない。

 連続でブレスを放ち、徐々に大鹿の逃げ道を塞いでいく。
 いよいよブレスが大鹿を捉える、というところで、溜まらず大鹿が森の中へと退いた。
 木々という遮蔽物が多い場所ならばさらに回避の目はあがるのだから、判断は間違っていない。
 それでもリューのブレスならば、木程度の遮蔽物など関係なく穿つことが出来ただろう。

 だが、リューはブレスを撃たなかった。

 大鹿はこれ幸いとばかりに森の奥へと逃れていく。
 もう少しで大鹿を仕留められるところだったはずのリューは悔しげに唸り、ゆっくりとその場に降りて蹲る。
 今のリューにとって、大鹿はかなりの強敵であったようだ。かなりの体力を消耗してしまったらしい。
 ともあれ、大鹿の脅威は一端去った。
 ルレンティアは電撃を喰らって痺れの残る身体を奮い立たせ、現状を見渡す。

「みんな、生きてるよにゃ……?」

 最初にその呼びかけに答えたのは、バラノだ。
 地面に伏せ、砂を被ってしまったらしく、砂まみれになった頭を払いながら立ち上がる。

「こちらはなんとか……ルレンティア様、先ほどは乱暴に申し訳ありませんでした」

 咄嗟に風の魔法で突き飛ばしたことに対する謝罪だと理解したルレンティアは、軽く手を振って答える。

「気にしないでいいにゃ。あれがなかったら死んでたしにゃ」

 緊急回避というには乱暴だったが、魔法の扱いに長けているわけでもないバラノの精一杯だったのはルレンティアもよくわかっている。
 次に動いたのは、杖を抱えて蹲っていたアーミアだった。

「わたしは、少し、きつい……」

 一撃目の極大雷撃を結界で防いだアーミアは、その代償に体内器官にダメージを負っていた。
 その献身がなければ、聖羅とリュー以外は全滅していたかもしれず、またリューにも多少のダメージが入って大鹿を撤退させられなかったかもしれない。
 ある意味最大の功労者な彼女に、文句のある者がいようはずもない。

「命があればいいにゃ。問題は……」

 ルレンティアは急いで聖羅とテーナルクの元に駆け寄る。
 聖羅が庇ったとはいえ、大鹿の雷撃をまともに受けたのだ。絶対防御の加護がある聖羅と違い、テーナルクは致命傷の可能性がある。
 テーナルクを抱きかかえた聖羅は、近づいてきたルレンティアに潤んだ目を向けた。

「ルレンティア、さん……! テーナルク、さんが……っ」

 ルレンティアは聖羅の傍にしゃがみ、テーナルクの様子を見る。テーナルクは眠っているように目を閉じている。
 ルレンティアが最悪の覚悟をして触れようとすると、その目が少し開かれた。

「てーなるん!」

「テーナルクさん!」

「だい、じょうぶ、ですわ……しびれて……うごけ、ませんけども……」

 ひとまず生きて喋れる程度ではあることがわかり、聖羅とルレンティアはほっと胸をなで下ろす。

「喋れるなら、ひとまずは安心にゃ……せいらん、こっちは任せて欲しいにゃ」

 ルレンティアはそういって、聖羅からテーナルクを預かる。
 聖羅はその意味をすぐに理解し、立ち上がった。その足下は少しおぼつかなかったが、すぐに安定する。
 そして、地面に降りて蹲っているリューの元へと急いだ。
 リューは聖羅が近づいてきたことを感じ取ったのか、首だけを持ち上げて、聖羅の方へ顔を向ける。

「くるる……」

「リューさん、皆さんを助けてくださってありがとうございます」

 力無く鳴くリューを、聖羅は抱え上げて抱きしめる。
 リューが戦ったのは聖羅を助けるためであり、他の面子を助けようとしたわけではないのだろう。
 だが、結果として全員が助かったことは事実であり、聖羅はその思いをそのまま言葉にした。
 リューは内容よりも聖羅に褒められたことが嬉しいのか、聖羅の首筋に擦り寄る。
 聖羅はこのときばかりはリューの好きなようにさせた。
 そんな聖羅とリューの様子を窺いつつ、バラノは状況を見定めていた。

「これは……大変厳しい状況ですね」

 聖羅とバラノにはほとんどダメージはない。だが、この二人は率先して前線を張れる能力を持たない。
 防御の要であるアーミアは、結界を強引に突破されたことによる反動で体内外にダメージを負っており、回復に時間を有する。
 攻撃と探索を引き受けられるルレンティアは比較的軽傷だが、ダメージがないわけではない。電撃によって受けた体の痺れは、彼女の最大の長所である機動力を削いでいる。
 魔法を扱いこなし、補助に長けたテーナルクは雷の直撃を受け、一番深刻な状態だ。聖羅が庇ったことで即死こそ免れたが、しばらくは動くこともできないだろう。
 そして最大の戦力である死告龍・リュー。大鹿を退けるほどの力を持つが、激戦による消耗が激しい。再度大鹿が襲撃してきた際には、凌げるかも怪しい。
 大鹿も無傷ではなく、その回復には時間がかかるだろうが、敵が大鹿だけではない可能性もあり、楽観は出来ない。

 極めて危険な状況に、彼女たちは立たされていた。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第六章 3


 清澄聖羅は、自分のことを平々凡々の一般庶民だと考えている。

 実際、この場にいる他の四人の女性に比べれば、特別秀でた能力はなく、こちらの世界にとっての異世界出身であること以上の、特別な出自であるわけでもない。
 だが、そんな聖羅でも――あるいはだからこそ――アーミアの問いかけを聞いて、自分と相手とで、前提とする常識に齟齬がある事に気付いた。
 聖羅のいた世界が「嘘や偽りが当たり前に存在する世界なのかどうか」を訊くということは、それはつまりこちらの世界では「嘘や偽りが当たり前ではない」ということだ。
 その事実を認識した聖羅は、いままでうっすらと感じていた違和感の正体がそれだということを、ようやく明確に認識することが出来た。

(そういうことだったんですね……理解できました)

 聖羅は平凡ではあっても愚鈍ではない。
 アーミアの質問からこちらの世界では嘘や偽りが普通に存在しないことを理解した。
 そして同時に、そんな世界で『平然と嘘や偽りを告げることが出来る自分』が、相当な優位に立てることにも考えが至っていた。
 相手が嘘を吐けないのなら、情報戦において優位に立つことは容易だ。対して自分の側は虚偽のし放題となれば、そのアドバンテージは計り知れない。
 ゆえに聖羅はここでアーミアの問いに対し、「そうではない」と答えるべきだったのかもしれない。
 嘘や偽りを自然と口に出来るということを知られるのは、マイナスの印象を抱かれる可能性も高く、今後自分の言動を信じて貰いにくくなるということも考えられる。
 だが。

「そう、ですね。私の元いた世界では……悪徳ではありましたが、嘘や偽りは当然のように行われていました。約束したことを直前になって平然と覆す人がいたり、聞こえのいい嘘の話で人を騙し、金銭などを不当に奪い取る犯罪が横行していたり……しました」

 聖羅は真実をそのまま告げていた。それが自分の立場を悪くすると知っていても、真実をそのまま口にすることを選んだ。
 聖羅は平凡ではあっても、悪辣ではない。
 絶対的な優位を捨て、不利な立場に甘んじることを躊躇いはしなかった。
 それは愚かな行いであるともいえ、一歩間違えば完全に孤立した立場に置かれかねない選択だった。

 だが、そんな選択をしてしまう聖羅だからこそ――最悪の展開は回避出来た。

 聖羅とアーミアのやり取りを聞いて、最初に動いたのはテーナルクだった。
 彼女はアーミアを睨むように見て、口を開く。

「アーミア様、どういうことですの? どうしてそういう話になったのか、説明していただけますか」

「魔界に呑まれる直前、セイラさんと雑談をした。その内容は好きなもの、嫌いなものについて。嫌いなものについて語る際、セイラさんは『約束を守らない人が嫌い』と言った」

 アーミアから端的に示された経緯を聞いて、テーナルクを含むその場にいた全員が、納得したと言わんばかりの反応をする。
 この世界において、『約束を守らない人が嫌い』というのは、聖羅の世界で『殺人鬼が嫌い』というのと変わらない。
 殺人鬼は忌避されるものだが、好き嫌いの基準で語られる存在ではないだろう。ゆえに、アーミアは自分と聖羅とで前提とする常識に齟齬があることに気づけたのである。
 経緯を理解したテーナルクは、深々と溜息を吐く。

「だからといって、何もこの場で……いえ、この場だからこそ、ですわね……」

 テーナルクがちらりと見たのは、バラノの方だった。
 ルィテのテーナルク、ログアンのアーミア、フィルカードのルレンティア。それぞれ国での立場はあれど、三国は友好関係にあり、この三人は基本的には味方である。
 もし「三人が結託して自分を騙そうとしている」と、嘘や偽りに慣れた聖羅に判断されてしまえば、今後の交流に悪影響が生じかねない。それは避けねばならなかった。

 だが、この場には敵対国家であるザズグドズ帝国のバラノがいる。

 バラノは唯一、三人と立場を異にする存在であり、いわば第三勢力だった。
 三人と足並みの合わないことが、この場合は良い方向に働くのだ。

「……ログアンの姫御子様はこういった搦め手は苦手だと思っておりましたが」

「実際苦手。だから、共有したかった」

 聖羅が「嘘や偽りを普通に口に出来る世界から来た」ということにアーミアが気付けたのは偶然だ。
 他の三人が気付くかどうかは運次第であり、うまく立ち回ればアーミアだけがその情報を握ることは出来ただろう。
 さらにその上で、自らとのみ共謀できるように聖羅を説得できれば、情報戦においてアーミアは他の三国を完全に出し抜き、状況を思い通りに操作できる可能性もあった。
 ルレンティアはまた性質が違うが、政治や交渉に長けたテーナルクやバラノであれば、当然その道を模索したはずだ。
 アーミアがそうしなかったのは、彼女自身がそういった交渉戦に特化していないということを自覚しているためである。
 さらに加えて。

「それに――セイラさんに謀略は無理だと思った。それは皆も感じたはず」

 アーミアがこの段階まで気付いた事実を口にしなかったのは、それ自体が聖羅の仕掛けた罠ではないかと考えていたからだ。
 テーナルクやルレンティアも同席した場で行われた、最初の顔合わせの際、三人は聖羅のことを「底の知れない存在」だと感じた。本人が言うような一般人には思えなかったのである。
 そのために育てられ、教育を受けた自分たちと対等に駆け引きをし合える存在なのではないかと考えたのだ。
 それは世界そのものの前提が違うことによる差であったわけだが、聖羅の背後に控える死告龍という最悪のカードが切られた時のことを考えると、聖羅を警戒しすぎるに越したことはなかった。
 ゆえに、いまのタイミングまでアーミアは「聖羅のいた世界が虚偽を前提とする世界」である可能性を黙っていたのだが。

「セイラさんは本人の言うとおり――極普通の、人間」

 奇しくも、死告龍たるリューに向けた無防備な笑顔がアーミアの警戒を解いた。
 聖羅が、真実を隠し、人を騙し、利を得ようとする、そんな悪辣な人物ではないと。
 そのことをアーミアは読み取り、自分が――ひいてはログアンだけがアドバンテージを得る道を放棄した。
 聖羅の性質も考えれば、もし聖羅を取り込むことに成功したとしても、その謀略が良くないタイミングで他の三国に露見する危険性の方が高かったためだ。
 そのアーミアの説明に、他の三人も納得したようだった。

「あーみんらしい判断だと思うにゃ」

「そうですわね……こうなってみると、セイラさんとの交流開始が遅くなったのは、かえって良かったかも知れませんわね」

「……テーナルク様だけがこの情報を握っていた時のことを考えると、震えが来ますよ」

 バラノはそう言って息を吐く。
 もしテーナルクがもっと早くから聖羅と交流を持っていたらどうなっていただろうか。
 話す回数が増えれば増えるほど、仲が進展すればするほど、聖羅の世界の真実に、聖羅の持つ特質に気付く可能性は高まっていただろう。
 一対一で交流している間にそのことに気付いたのなら、当然テーナルクは聖羅の特質をルィテ王国の利益のために秘する道を選んだだろう。
 そうなっていた場合、他の三国はかなり不利な立場に立たされることになっていたはずだった。

「理想をいえば、第三者視点の立場には死告龍様や大妖精様がいてくれればよかったんだけど。死告龍様はその状態だし……ともあれ、セイラさん。わたしたちの言葉が信じられなければ、そのお二方に訊いてみるといい。お二方は、わたしたちの立場を斟酌しはしない」

「アーミアさん……大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 聖羅はアーミアに気を遣われている事に気づいていた。
 なるべく聖羅が不安に思わないように、立場の違う存在からそれぞれの話を聞くように促されているのだと。

(それにしても……基にする常識が違うと気付いたからといって……それにすぐ対応できるあたり、この人たちは、本当に……)

 いまだに元の世界の常識を引き摺る聖羅とは、やはり出来が違うのだ。
 それはそれ相応の教育を受けているかどうかの違いではあるのだが、聖羅は改めてこの四人と腹の探り合い、駆け引きのし合いをするには自身が力不足であることを自覚する。

(幸い、この人達は善良な方達のようですし……ここまで気を遣ってもらいましたしね)

 彼女たちを信じて任せるべきかもしれないと聖羅は考えていた。
 国を背負っている立場にある以上、彼女たち本人の善良さは必ずしも絶対ではないが、そもそも本気で策謀の張り合いになったら聖羅に勝ち目はないのだ。
 最低限の警戒心を持っておくことは忘れられなかったが、聖羅は彼女たちを信用すると決め、少し心が軽くなったことを感じる。

「聖羅さんの特性については、この五人の間での秘密ということにいたしましょう。皆さんも、それでよろしいですわね?」

 テーナルクがそう口にすると、全員が躊躇なく頷いた。

「外に漏らしてもいいことないからにゃあ」

「不要な疑心を生むだけ」

「セイラさんは善良な方ですし、問題ないと思います」

(……言われているほど、私は善良ってわけでもないと思いますけど)

 聖羅は善良ではあっても、平凡な存在である。
 なるべく誠実であろうとは努めているものの、彼女はそれを死ぬまで貫き通せはしないとも考えていた。
 いざというとき、自己保身に走ることがないとは言えないのだ。
 とはいえ、少なくともリューやこの場にいる四人の助けがあるうちは、強いて保身に走る必要が生じることがそうそうあるとも思えない。
 聖羅にも人並みの欲はあるものの、かといって溢れんばかりの金銀財宝を差し出されると困ってしまう庶民でもあるのだ。
 衣はさておき、食と住が最低限保証されているいまの状態で、全く困ることはなかった。

「せいらんのことはひとまずそれでいくにゃ。さしあたっても、この魔界からどう脱出するかを考えないとにゃ」

 聖羅の特質がわかっても、彼女たちが現在やるべきことは変わらない。
 ルレンティアがそう締めくくり、全員が意識を切り替える。

「ほい、せいらん。まずはご飯を食べるにゃ」

 そういって、ルレンティアが石を削り出して作ったお椀に注いだスープを聖羅に向けて差し出す。
 目に見える言動こそいままでと変わらなかったが、聖羅はルレンティアたちの気配がどことなく柔らかくなったのを感じていた。
 いままでが刺々しかったわけではないが、どこか一線を引いている感覚があった。
 しかし、真実が明らかになった今、彼女たちは聖羅を必要以上に警戒することがなくなっていた。
 その柔らかな気配は、聖羅を不要な気負いから解放する。

「ありがとうございます、ルーさん。……いつのまに作ってたんですか?」

「話を聞いている間にちょちょいっとにゃ」

 得意げにいうルレンティアから、聖羅はスープを受け取る。
 石の器は見た目重そうに思えたが、相当薄く切り出しているのか、思ったよりは軽い。女性の聖羅が片手で支えられる程度だ。さらに魔法を用いて強度や熱伝導まで調整しているのか、不安な感じは全くしなかった。
 中身は柔らかく煮込まれた魚と海藻らしきもののスープだ。
 器と同じように石から作られた匙を用いて、聖羅がそれを口に運ぶ。魚は柔らかく煮込まれており、海藻の味がよくしみ出したスープは、聖羅の身体を内側から暖めてくれた。

「美味しいです。……この魚、しっかり処理されているようですが、刃物はどうやって……あ、いえ、なんでもないです」

 聖羅が質問を途中でやめたのは、ルレンティアがその手をひらひらと翳したためだ。
 彼女は、植物型の魔物を切断できるほど鋭い爪を持つ。
 それを上手く使えば、魚の調理くらいは容易いことだと言われなくてもわかったのだ。

「爪がなくても魔法で切断できるけどにゃ。食材を魔法で調理すると、なぜだか美味しくならにゃいんだよにゃあ」

「魔法で処理をすると、その者の魔力が食材に移ってしまうからだと言われていますね。地域によってはその方が好まれる場合もあるようですが。……確か、ログアンにそういう料理がありませんでしたか?」

「捧食のこと? あれはグランドジーグ様への感謝の気持ちを伝え、今後も共に生きていくことを誓う祭典の時に作られるもので、どちらかといえば儀式」

「色んな風習があるんですね……」

 様々な人が生きている世界である以上、色々な風習や慣習が生まれるのは当然だったが、聖羅は改めて知的好奇心を刺激されるのを感じていた。
 相互理解が進み、妙な警戒や気負いがなくなったことで、そういったことに意識を向ける余裕ができてきていた。

(リューさんのお気に入りの狩り場に連れて行ってもらう約束をしていましたっけ)

 息抜きに出かける提案をされていたことを聖羅は思い出す。
 思い出した流れで、腕の中のリューを見ると、リューは聖羅の顔をじっと見つめていた。
 観察されていることに気付いた聖羅は、少し気恥ずかしくなり、スープを飲むついでにその器で顔を隠す。
 その際、スープの中で海藻のような具がゆらめているのが見えた。

「そういえば、海藻……みたいなものも生えてたんですね」

 周りの水が塩水ではないのは、確認済みだ。
 風景だけを見れば完全に大海原だが、環境的にはどちらかといえば地底湖に近いらしい。
 そんな場所で海藻のようにしか見えない水草が採れたことは、よく考えれば不思議なことだ。
 その認識は間違っていなかったらしく、ルレンティアが溜息交じりに答える。

「水底に普通に生えてたにゃ。食べられる種類のもので良かったけどにゃ……なんで生えてたんだかにゃあ」

「いくら水草の成長が早いとはいえ、半日やそこらで生えていていい規模ではなかったんですよね」

 そうバラノが確認すると、ルレンティアは頷いて肯定した。

「そうだにゃ。かといって何年も前から生えていた感じでもなくて……わけがわからないにゃ」

「元々、魔界という中では方向感覚や時間が狂うことがままありますが……この魔界はまた別格ですね……中と外で時間の流れが大きく変わっている可能性も出てきました」

 バラノは真剣な表情で分析を続けている。

「流れる時間が遅くなっているならまだしも、早くなっていたとしたら困りますわね……」

 テーナルクはそうぼやく。王城が魔界に呑まれているという状況は、極めて深刻な事態であり、それが長期化すればそれだけでルィテの国力の低下は免れない。できる限り早く事態を解決したいのが本音であった。
 五人が真剣に話し合っているうちに、遠くに見えていた何かの影の姿が霧の向こうに見えてくる。

「みんな、念のために戦闘態勢を取るにゃ」

「言われなくとも」

「バラノ様とセイラさんは後方に下がっていてくださいませ」

 戦える三人が前に出て警戒をし、残るふたりは並んで後方に退いた。
 聖羅は絶対防御を持つ自分は最前線に立つべきではないかと思ったが、リューを抱えているため、大人しく後方に下がる。
 仮に戦いに巻きこまれても、リューならば平気な可能性も高いが、いまのリューがどれほどの防御力を持っているかはわからない。
 いざとなれば自分の身で守ることも考えつつ、聖羅は近づいてきたその影をしっかりと見据えた。

「これは……島……でしょうか?」

「大きな島ですね……全景が視界に収まりません」

 それはかなり大きな島のように見えた。
 木々が生い茂り、中央には小高い山らしき岩肌も見える。
 聖羅が持つイメージでいえば、冒険物の物語で登場人物がよく漂着する無人島、というべき島だ。
 山を囲むように森が周囲を覆っていて、島の形は今ひとつ判別できない。

「砂浜が見えるにゃ。あそこに船を接岸するにゃ」

 ルレンティアが上陸できそうな砂浜を見いだし、その砂浜へ水上拠点を押しあげた。
 碇はなかったが、浮力を与えていた魔法を切ってしまえば、自然と水上拠点の重さで砂浜に拠点が埋まり、波の力程度では流されないようになる。
 水上拠点から五人と一頭が降りた時、先頭に立って島の奥を警戒していたルレンティアが声をあげる。

「全員警戒! 何かくるにゃ!」

 ルレンティアが砂浜の中央まで後退し、警戒を促す。
 その段階で、他の四人の耳にも森の奥から騒音が聞こえてきた。
 木々がなぎ倒される騒音と、何かが争っているような激しい擦過音。
 その正体は、すぐに知れた。
 森の奥から砂埃を巻き上げつつ、巨大な何かが飛んで来たからだ。

 複数の脚を持つそれは、テーナルクとバラノの見覚えのある、あの巨大蜘蛛であった。

 ただ、その八本あったはずの脚はいくつかが半ばから千切れており、それだけではなく全身に深い傷が刻まれていた。
 蜘蛛は飛んできた勢いそのまま、砂浜で何度かバウンドした後、水の中へと落下し、大きな水柱をあげる。

「何と戦って……? ――ッ! 伏せるにゃ!」

 ルレンティアがそう叫び、他の三人が反応して地面に伏せる。
 反応しきれなかった聖羅は、近くに立っていたバラノが抱えるようにして、一緒に砂浜に伏せた。
 そんな五人の頭上を、複数かつ極太の雷が走り、浮かび上がりかけていた巨大蜘蛛に殺到した。
 雷は凄まじい轟音を立てて蜘蛛の身体を焼き、一部は水面を走り回って水しぶきをあげ続けた。

 そして――最終的に爆発した。

 巨大蜘蛛の身体が内部から爆散し、破片が周囲に飛び散る。
 ほとんどは水中に沈んだが、脚のうちの一本が、砂浜に伏せていた五人の近くに落ちてきた。
 深々と砂浜に突き刺さったその脚部は焼き焦げており、先ほどの雷にどれほどの威力があったのかは一目瞭然だ。

 そんな雷を放ったと思われる存在が、五人の前に姿を現す。

 それは、巨大な牡鹿であった。
 全身を覆う黄金色に輝く体毛だけでも神々しいが、それ以上に神々しいのは、その頭部に生えた立派な角だった。
 ただでさえ見上げるほど大きな体格なのに、その身体に匹敵するくらい角も大きく、雷を宿し、危険な音を立てて光り輝いている。
 結果として全体から感じる威圧感が倍増していた。
 明らかにただの牡鹿ではないその大鹿は――

 聖羅たちにも、その殺意を向けていた。

つづく
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