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黎明媚態

露出系、羞恥系の18禁小説を書いています。関連の同人・版権作品のレビューも書きます。18歳以下の閲覧禁止。
カテゴリー  [ バスタオル一枚で異世界転移 ]

バスタオル一枚で異世界転移 1

 お風呂場を出たら、そこは薄暗い洞窟でした。

「いやいやいや、おかしいですよね?」

 私はバスタオル一枚だけ身に付けた姿で、そんな場所に立っている現実が信じられず、たったいま出てきたばかりの扉を振り返りました。
 そして、目を見開くことになります。

「お、大きい!? なんですか、これ!?」

 そこにあったのは高さ三メートルはあろうかという巨大な岩の扉で、見たこともない幾何学模様と文字が扉の周囲に彫られていたのです。
 どうみても、最近くたびれてきて開けづらくなった、我が家のお風呂場の扉ではありません。
 改めて周囲を見回して見ると、つるっとした岩肌も露わな洞窟が広がっています。私がいまいるところはドーム状の空間で、壁の一角にある扉の前に立っていました。

「あっちにも、扉がありますね……」

 その正面には、私が前に立っている扉とは別の岩の扉があり、扉と扉の間に挟まれる形で、ドーム状の空間の中心に台座、のようなものが見えます。
 壁もそうですが床も綺麗に磨かれているような状態で、完全な自然洞窟、というわけではないようです。
 お風呂上がりで火照った身体に、洞窟内の冷たい空気が触れてきます。

「うわ、ひんやりした風ですね……」

 このままでは湯冷めしてしまいそう、なんて頓珍漢な心配を思わずしてしまいました。
 まさかお風呂の中で寝てしまって夢でも見ているのでしょうか。それとも、立ちくらみで失神したとか?
 まず私はこの状況が夢であるという可能性を考えました。普通は誰でもそう思うと思います。夢かどうかを確かめるために頬をつねってみましたが、普通に痛かったです。

「いたた……夢、じゃないのでしょうか……?」

 どうやら夢ではなさそうです。
 それにしたところでこんな場所に移動している理由がわかりません。
 次に私は、目の前に見えている台座?のようなものの傍に行ってみることにしました。後ろの扉はどう考えても開きそうにありませんし、台座に何か文字が書いているというのは、ゲームなら鉄板です。

「……そう考えると、実にゲームっぽいですよね、この空間」

 私はゲームが好きです。女子らしくない趣味だと言われたこともありましたが、いまどきその考え方もどうかと思います。有名なファンタジー系RPGは大体プレイしています。クリアは……色々あってできていなかったりするのですが。要は下手の横好きという奴です。
 そもそも最近のゲームは属性やら耐性やら確率やら要素が多すぎです。こうげき、ぼうぎょ、すばやさくらいで収めておいて欲しいものです。
 現実逃避気味にそんなことを思いながら私は台座の前まで歩きました。

「うう……変な感じです……」

 その際、足下の冷たさに辟易しましたが、裸足で岩肌を歩いているにしては、一時的にひんやりとするだけで思ったより体温を奪われませんでした。
 明らかに空調設備などなさそうな洞窟ですし、実際にひんやりしている感じはするのですが、お風呂上がりだからそう感じるだけで、実際はそこまで寒くないのかもしれません。
 台座にたどり着き、その上を見てみます。
 台座にはまたも見たこともない文字が刻まれていました。

「……うん、読めませんね!」

 これではこの空間についてなにかしら書かれていたとしても読めません。詰みました。
 いえ、まだ諦めるのは早すぎます。
 台座の上には、腕輪のようなものが置かれていました。金色の金属のようなものでできていて、装飾などは一切ありません。リストバンドの金属版、という感じでしょうか。接合部があって、ちょっと力が必要ですが、その接合部同士を合わせるとぴったり筒状になるようになっているようです。直径が結構あるので、私だと二の腕辺りでぴったりになりそうな感じです。手首なら簡単に引き抜くことができそうです。

「この腕輪を身に付けろ……ということでしょうか」

 ゲームではこういう場合、この腕輪が入場証みたいなものになっていて、装備すればいままで開かなかった扉が開く、というのが鉄板です。
 きっとこの腕輪もそういうことなのでしょう。得体の知れないものを身に付けるという恐怖もありましたが、いまのままではどうにもなりません。
 私は腕輪を左手首に巻き付けます。とはいえ、大きすぎてぶかぶかなのですぐすっぽぬけそうですが。逆にいつでも外せそうなので安心です。
 そう思った瞬間でした。
 急に腕輪が小さくなって、私の腕の太さにぴったり合う太さになってしまいました。
 びっくりして取り外そうとしましたが、接合部がどこにも見当たりません。いくらぴったり合うといっても、切れ目くらいは見えそうなものなのに。

「ひえっ!? な、なんですかこれ!?」

 思わず叫んでしまいました。
 それに対して返答はもちろんありません。都合良く腕輪が喋り出して応えてくれたりはしませんでした。
 なんとか腕輪を外そうとしてみましたが、指を入れる隙間すらありません。幸い手首を動かすのに支障はない位置で止まっていてくれましたが、金属のずっしりとした重さが腕にかかっています。
 思ったより重く感じないのは、あまりにぴったりしているせいでしょう。

「なんなんですか、ほんと……家に帰りたいです……」

 意味不明な状況に泣きそうです。そんな私の呟きにも誰の反応もありませんでした。
 私は仕方なく、私が前に立っていたのとは反対側の扉の前に移動しました。腕輪は気になりますが、どうやっても外せない以上仕方ありません。
 バスタオルが落ちないようにしっかりと巻き付けておきながら、恐る恐る移動します。大きめのバスタオルにしておいて良かったとつくづく思いました。ちゃんと胸の上からお尻の下まで隠せているので、まだマシです。

「せめて、着る物があれば……」

 ノーパンとノーブラの感覚はどうにもなりません。
 扉の前まで来て改めて扉を見上げます。それは本当に大きな扉で、大きな岩をそのまま切り取ったような、切れ目一つ無い巨大な一枚の岩からできているようでした。
 さっきの扉と同じく、幾何学模様と謎の言語が彫り込まれています。
 とりあえず腕輪を付けた手で扉に触れてみます。すると、腕輪が光り、扉が半透明になって、そして消えてしまいました。

「……嘘でしょう?」

 明らかに私の知るどんな技術でもできないことが目の前で起きました。腕輪が私のサイズに合わせて収縮したのは、まあ、理論がよくわからないのは同じでも、なんとなくできるかもしれないという気はします。
 けれど、確かに目の前にあったはずの扉が、忽然と消えるなんてことはありえません。ホログラムか何かだったのかもと思いましたが、私の手には岩の扉に触れた時の感触がはっきり残っています。気のせいではありえませんでした。

「魔法……? いやいや、そんな馬鹿な……」

 扉が消えた先は、階段になっていました。下へと続いています。暗くて奥までは見えませんが、階段の左右には燭台が等間隔に並べられていて、降りていくことはできそうです。
 私は念のため、一度後ろの扉も調べてみることにしました。
 RPGでは新しい場所に進む前に、いまいるところの細かな部分の探索は鉄板でしたし、今回の場合はそっちの扉が開けばお風呂場に帰れるかもしれません。
 物は試しに、と扉に触れてみましたが、残念ながら開きませんでした。どうやら先に進むしかないようです。

「……ええい、女は度胸です!」

 私は覚悟を決め、バスタオル一枚に、腕輪をひとつ追加した、頼りない装備で階段を降りていきました。
 これが私の長い長い――そして、恥辱に満ちた冒険の始まりだったのです。


つづく
 
 

バスタオル一枚で異世界転移 序章 2

 ひた、ひたと私が裸足で歩く足音が岩壁に反響して響いています。
 あんなわざとらしい空間や台座、扉、階段まである時点でわかっていましたが、この洞窟は自然の洞窟ではないようです。かといって、コンクリート造りの人工物とも違います。
 いわゆる、ダンジョンと呼ばれるもの……それに間違いないでしょう。
 細長いまっすぐな道が、時折枝分かれしながらも先の方まで続いています。

「うう……何も出てこないでください……」

 私はバスタオル一枚の格好でそうぼやきました。
 モンスターに出会いたくもありませんが、普通の人にも出会いたくありません。
 とにかくまずは身体を隠せるものが欲しいと思いました。できれば衣服。いっそカーテンみたいな大きな布でも構いません。
 しかし、洞窟の中にそんな都合のいいものは存在しません。ダンジョンというからにはもっと色々あっていいと思うのですが。
 友好的な人に出会えれば服くらい貸してもらえるかもしれませんが、問題はそうでなかった人に出会った場合です。

「危ない人に出会いませんように……」

 私はそう祈りながら歩いていました。
 そうして、歩き出して暫く経った頃。
 誰かに出くわすこともなく、私は延々通路を歩いていました。
 最初はおっかなびっくり背中を丸めて歩いていましたが、さすがにこうも何も起こらないと警戒する気も失せてきます。
 バスタオルがはだけないように気をつけつつも、普通に歩くようになっていました。
 やがて私は、同じ場所をぐるぐる回っているのではないかという気がしてきました。

「目印も、何も作れませんしね……」

 この洞窟、小石のひとつも落ちていないのです。
 そのおかげで足に怪我をせずに済んではいますが、結果として壁や床に印を付けることもできず、延々と歩くことしかできませんでした。
 結構な距離を歩いたとは思うのですが、本当に前に進んでいるのかどうか。
 私が不安に思いだした頃、ようやくいままでとは違う雰囲気の場所に着きました。
 なにやら道に像が置いてあるのです。思わず身を竦めつつ、それに近付きます。

「何でしょうか、これ……?」

 それは変わった石像でした。
 ヘビと人を混ぜ合わせたような姿をしています。ゲーム風にいうと……リザードマン、というものだと思います。
 普通に服のような物を着ていますし、剣や盾といったもので武装しているようにも見えます。ただ、それらは全て石で出来ており、精巧な石像という風情です。
 は虫類の表情はわかりにくいですが、なにやら何かに気づいて驚いているような印象を受けます。
 そんな石像が、道なりに軟体も置かれていました。

「んん……? これは何を示唆しているのでしょうか……?」

 気味悪く思いながら、リザードマンの像たちの横を通り、さらに先に進もうとしました。
 その時です。
 周囲の壁や天井に、大きな目玉のようなものがいくつも出現したのは。
 これでもホラーには耐性がある方ですが、さすがに突如周囲に現れた目玉の群れには心臓を鷲づかみにされたような衝撃を受けました。

「きゃあああああああ!!!」

 悲鳴をあげてしゃがみこみ、どれほど意味があるかわからないまま、両手で頭を抱えて縮こまります。
 ぎゅっと目をつぶって、これから起きる何かに耐えるつもりでした。
 しかし、いつまで経っても何も起きません。恐る恐る目を開けて、腕を退けてみます。
 目玉は気のせいなどではなく、周囲の天井や壁に現れたままでした。
 じっとりとした視線を私に向けてきています。

「な、な、なんなんですか……?」

 そう呼びかけたところで、目玉だけのそれが応えてくれることはありません。
 ただ、じっとこちらを見つめてくるだけです。私はしばらくその場にへたり込んでいましたが、目玉たちが何もやって来る様子がないとわかると、少し冷静さを取り戻すことができました。
 いまだに心臓はバクバク鳴っていますが、身体の震えは止まりました。
 ゆっくり立ち上がり、少しはだけてしまったバスタオルの裾をきちんと直します。

「な、何もしてこないでくださいよ……?」

 恐る恐る、再び道を進み始めます。目玉たちの視線が私の移動に合わせて動きました。
 あまりの異常さに意識する暇もありませんでしたが、歩き出してしばらくすると、その視線の多さに、居心地の悪さを感じ始めてしまいました。
 ほとんど裸同然で、異形のものからとはいえ、視線を浴びせかけられる状況。
 こんな格好で人前に出たことなんてもちろんなく、私は針のむしろに立たされているような心境でした。
 ちくちくとした感覚すら感じるくらいです。

「うう……恥ずかしい……」

 目玉だけということで不気味さが先に立ち、多少は羞恥も軽減されていましたが、やはりじろじろ見られるのは恥ずかしいです。
 私は急ぎその道を通り抜けることにしました。
 やがて目玉の通路が終わり、ようやく目玉たちの視線から逃れることが出来ました。
 恐る恐る後ろを振り返ると、目玉がゆっくりと瞼を閉じるように、再びただの壁になってしまったところでした。

「な、なんだったんでしょう……とにかく、無事抜けられて良かったです……」

 安堵の息を吐き、私はさらに先へと足を進めます。
 やはり何もない通路が延々と続いていました。
 私の歩く音だけが通路に響いています。そろそろ、部屋とかあってもいいと思うのですが。
 そんな私の祈りが通じたのか、小さなドアがあるのを発見しました。あの石作りの巨大なものではなく、私の力でも開けられそうな、木製の小さなドアです。
 石で出来た洞窟に、木で出来たドア。一昔前RPGかというような雑な作りでした。

「やっぱり、何らかのゲーム世界、なんでしょうか……?」

 最近流行の小説では、主人公が遊んでいたゲームと瓜二つの世界に紛れ込んでしまう、というのが多いらしいですし。
 でも私は腕輪を装備してダンジョンに潜る、というゲームをやった覚えがないのです。
 やったことがあれば、そのゲーム知識を持ってどうすればいいのかわかったのかもしれませんが。わからないものは仕方ありません。
 私はとりあえずその部屋に入って見ることにしました。
 着る物があればいいなぁ、という期待を込めて。
 扉は思ったよりも簡単に開いてしまいました。私は軽く押しただけのつもりだったのですが、思った以上の勢いで開いてしまいました。
 結論から言うと、部屋の中に服はありました。ただし――

「……ギギ?」「ギャギャ?」「ギー、ギー?」

 中身付きで。
 それも、その中身とは素敵な王子様でも頼れる騎士様でもなく。
 その醜悪な顔で、生の肉を喰らっている化け物たち――RPGの序盤で出てくる王道の敵、ゴブリンたちだったのです。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 序章 3

 全力で逃げました。ええ、それはもう全力で走りましたとも。
 そんなに詳しくない私にだってわかるんです。あれは確実に話が通じない相手だと。
 バスタオル一枚の格好で、全力疾走することになるとは思いませんでした。
 裾がはためいてかなり危ないところまで丸見えになっている自覚はあります。
 普通なら、恥ずかしさのあまり燃えるように頬を熱くしていたことでしょう。
 けれどもその時の私には――血の気が引く感覚しかなかったのです。

「「「ギャギャギャギャッ!!!」」」

 だって後ろから引き潰れたカエルの鳴き声よりも、醜い怒号が飛んでいるのですから。
 あれに追いつかれた時、自分がどうなるかなんて考えたくもありません。
 私の脳裏には、彼らが涎を垂らしながら噛み砕いていた生肉の姿が過ぎります。
 その肉が自分の足やら胸やらになっている光景が、はっきりと予想できるのです。
 とにかくいまは逃げるしかありません。人生でこれほど必死になったのは初めてです。
 それでもバスタオルだけは無くさぬよう、胸のあたりの部分を握ってはいましたが。

「ギーッ!!」

 鋭い声と同時に、肩に衝撃が走ります。体勢を崩しかけましたが、なんとか耐えました。
 思わず背後を振り返ると、ゴブリンたちが拳大の石をこちらに向けて投げつけています。
 かろうじてそれを避けながら、肩に当たった衝撃はそれだと理解しました。
 幸いそれほど威力はないのか、軽い衝撃だけで済みましたが危ういところでした。
 もし転倒していたら……と考えると血の気が引く感覚がさらに強くなります。
 目印を作れそうな石はぜひとも欲しいものでしたが、そんなことは言ってられません。
 とにかく逃げるだけで精一杯です。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 けれど、緊張と恐怖で早くも息が上がってきてしまいました。
 ただでさえ走るのに向かないバスタオル一枚の格好で神経を削られているのに。
 その上、捕まったら一巻の終わりな襲撃者との追いかけっこ。
 長く走り続けられるわけがないのです。
 そもそも、私は陸上部出身でも何でもないんです。
 走るのが得意というわけでもありません。
 助けを呼びたかったのですが、ダンジョンで意味があるとは思えませんでした。
 とにかく走る。それしか出来ない私は、がむしゃらに走った結果――

「ひっ……!」

 またあの目玉の通路に差し掛かってしまいました。周囲の壁や天井から目が出現します。
 思わず足が竦みかけましたが目玉は無害なので、ためらっている場合ではありません。
 目を合わせないようにしつつ、私はその通路を駆け抜けます。
 偶然戻ってきてしまっただけでしたが、ある意味これは幸運でした。
 さすがのゴブリンたちもあの目玉の通路には驚くはずです。
 追いかけるのを諦めてくれれば最高ですが、追う足が鈍るだけでも十分です。
 石像の地帯も抜け、角をいくつか曲がったところでようやく立ち止まります。
 ぜえぜえと肩で息をしながら後ろを振り返りますが、追ってきている気配はしません。
 足音もしません。どうやら逃げ切ることに成功したようです。

「ふー……こ、怖かったです……」

 ゲームでは序盤の雑魚敵であるゴブリンが、あんなに恐ろしいとは思いませんでした。
 追いかけてくる醜悪な顔が、しばらく忘れられそうにありません。
 これからはもっと慎重に行動しなければなりません。
 部屋を物色したかったのですが、なるべく入らない方がいいのかもしれませんね。
 私は走ったことで乱れていたバスタオルを、改めてしっかり巻き直します。
 これを失ったら全裸でダンジョン内を歩かないといけなくなります。
 それだけはごめんでした。

「よし……いきましょう……!」

 気合いを入れ直した私は、もうあんな危険な目に遭いませんようにと願って歩き出し。
 突然踏みしめるべき床がなくなったことに気づきました。
 声をあげる暇もありません。
 いつのまに開いたのか、足下が奈落へと開いていました。
 とっさに床の縁を掴むとか、そんなことすら考えられず。
 私は奈落の底へと落ちて行ってしまったのです。

つづく 

バスタオル一枚で異世界転移 第一章 その1

 落下している間に気を失っていたみたいです。
 私は頭の中で鐘が鳴っているかのような衝撃の余韻を感じていました。
 同時に身体が水に浸かっているような感覚を覚えます。
 どうやら水場に落ちたようで、水面をぷかぷかと漂っていました。
 鼻や口に水が入りそうになって、私は慌てて身体を起こします。
 幸い、いま私がいるところはそう深いところではないようで、足が水底につきました。

「げほっ、ごほっ……! し、死んでないです?」

 咳き込みながら頭上を見上げると、野球場のドームか何かの天井かと思うほど、遠くに天井が見えます。
 穴が空いているように見えるので、恐らくそこから落ちたことは間違いないようです。
 改めて身体の状態を確認してみましたが、痛むところはありません。
 水が上手くクッションになってくれたようです。
 バスタオルも無事でした。
 水に落ちた際に裾が広がって、水の中で胸から下が大公開になっていましたが、些細なことです。

(……あんなに高くから落ちたのに、良く無事ですね私)

 いくら水がクッションになったとはいえ……少し妙な気はします。
 もしかして『落下ダメージ』という概念がない世界とか?
 ゴブリンがいたくらいです。異世界に来てしまったのは間違いないでしょう。
 そうなるとその物理法則や何やらが私たちの世界と違うということは考えられます。
 ゲームに似た異世界、なんてそれこそ鉄板ですしね。

(ゲームみたいな世界なら、ステータス画面とかあってもいいですよね)

 もしもステータスが見られればこの世界のことを知る手がかりになるかもしれません。
 試しに手を翳して呟いて見ましたが、何の効果もありませんでした。
 この世界、ちょっと不親切すぎませんか?
 私がこの世界のことをよくわかっていないせいもあるのでしょうけども。
 説明役とか、そういうのがいてくれてもいいじゃないですか。
 転移するときには神様が直接説明してくれたり、そうでなくとも事情を知っている人が傍にいてくれるべきなのではありませんか?
 とはいえ、ないものねだりをしていても仕方ありません。
 私は気持ちを切り替え、周辺の探索をしてみることにしました。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第一章 その2


「地底湖……でしょうか? 広いですね……」

 水場はちょうど私の胸下くらいの深さです。それがドーム状の空間に広がっています。
 ドーム並の広さがあるので、相当広いです。
 明かりがないように見えるのですが、端まで見通すことが出来ていました。
 どうやらこの水そのものがわずかに発光しているようなのです。
 身体に害があるのではないかと思いましたが、すでに頭から浸かっています。
 いまのところ身体に異変はないですし、無害だと信じましょう。

「どこから外に出れば……ん?」

 見回していると、ドーム状の空間の中央付近に、浮島みたいなものがあることに気づきました。中心に高さ数メートルくらいの柱?のようなものも見えます。
 本来なら端に向かっていくべきかもしれませんが、距離的に中心の方が近そうでしたし、まずは一度水から上がりたかったので、そちらを目指します。
 胸の下辺りまで水に浸かった状態だと、かなり歩きにくいのですが頑張りました。
 無事に中央の浮島に到着し、水からあがることができました。
 ずぶ濡れになったバスタオルを一端外して絞ろうとして、その必要が全くないことを知りました。
 水から上がると同時に、バスタオルから水気が一瞬で抜け落ちたからです。

「ええっ!? ど、どうなって……?」

 触ってみると、乾きたてさらさらな感触が返ってきました。
 明らかに異常です。このバスタオルは確かに結構良い品物ではありますが、こんなばかげた速乾性はありえません。
 水滴が足下に落ちたので、頭に触ってみると濡れた髪の感触がありました。
 どうやらバスタオルだけが異常な速度で乾いているようです。
 試しにバスタオルの裾を使って頭を拭いてみると、まだ頭は濡れているのにバスタオルの方はあっという間に乾いてしまいました。

「どうなってるんですか、これ……?」

 バスタオルが異常な性能を発揮していると見て間違いありません。
 思えばいくら剥がれてしまわないように気をつけているとはいえ、ただ単に巻いているだけにも関わらず、ここまでバスタオルが剥がれていないのも妙な話です。
 試しに手を離して身体を捻ってみたり、ジャンプしてみたりしました。
 思った通り、バスタオルは外れそうになる気配を見せません。
 裾は翻るので下半身が丸見えになってしまい、恥ずかしいのは恥ずかしいですが。
 そう簡単なことでは外れないとわかったのはよいのですが、不気味なのも確かです。

つづき

バスタオル一枚で異世界転移 第一章 その3

「鑑定、とかそういう能力もないんですかね……」

 タオルに触れながら何気なくぼそりと呟いた瞬間、とんでもないことが起きました。
 最初に腕に嵌めた奇妙な腕輪。
 それが光り、私がさっきまで思い描いていたような、いかにもステータスを表示する画面を展開してくれたのです!
 まさかこの腕輪がそんな便利なものだったとは。
 私は喜び勇んでその画面を注視し――膝から崩れ落ちました。

「よ、読めません……ッ!」

 そこに表示された文字は、最初の扉や台座にあった文字と同じだったのです。
 いや、それはそうです。普通に考えてこの世界で手に入れた腕輪の効果が、日本語で書いてるわけがないのです。
 だったらなんで「鑑定」という言葉には反応したのかは不思議ですが。
 日本語に反応してくれるのであれば、文字も日本語にしてくれたっていいではありませんか。
 いちいち不親切な世界です。
 今時いちから異世界の言語と文字を解読しながら進む物語なんて流行りません。
 ……いや、それはそれで面白そうですけども。個人的には読んでみたいです。
 でもそれは異世界転移する者が言語学者だとか、異世界の言語を理解する素養を持っている者が行ってこそでしょう。

「ただの一般市民に、未知の言語の解析はハードル高すぎですよ……!」

 冷たい異世界に打ちひしがれていた私は、それに気づくのが遅れました。
 恐らく私が水から上がってから、ずっと機会を窺っていたのでしょう。
 けれど私が他のことに気を取られていたので、機会を失っていたのだと思います。
 いい加減焦れたらしく、強攻策を取った、というのが恐らく真相でした。
 ともあれ。

『#$%%#!!!!』

 よくわからない甲高い音と共に、浮島自体がずしんと揺れました。
 周囲の水が波打ち、荒波に揺られる船のように浮島が揺れます。
 ちょうど膝を突いて項垂れていたので、四つん這いになることで揺れをやりすごします。
 地震大国出身を舐めないでいただきたいです。不意の震動に対する心構えは万全です。
 震度にしてみれば3か4というところでしょう。これくらいは日常茶飯事です。
 というのはさておき。
 私は声のした方を見ました。意味はわかりませんでしたが、声だとはわかったからです。
 その方向とは、浮島の中央。
 このドーム状の空間そのものの中心地点。

 高さ数メートルの円柱の中に閉じ込められた人が、こちらを見ていました。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第一章 その4

 男の人、のように見えます。
 肩幅もしっかりしていますし、体つきも筋肉質で逞しい感じです。
 けれど、現代日本では滅多に見られないほどの長髪で、その顔つきも目が覚めるほどの美しい造形をしていました。
 髪の色は銀で、瞳は赤。明らかに日本人ではありません。
 着ている服も豪奢なもので、なんというか貴族か何かが身に付けていそうなものです。
 そして何より。その額から伸びる二本の角。背中から広がっている黒い皮膜の翼。それで締め上げるだけで人が殺せそうなトゲ付きの尻尾。
 もはやここまで来るとあからさますぎてデザイン的にどうか、というくらいに。
 それは、封印された魔王でした。

『#$%"' ¥`@ "%&$……』

 暫定魔王(仮)さんは私に向けてなにやら威厳たっぷりな様子で話しかけてくれているのですが、全く言葉が理解できません。
 幸い、ゴブリンよりも人に近い造形なので、表情がものすごいドヤ顔なのは理解できるのですが……。
 恐らくですが、「私の前に立って臆さないのは褒めてやる」みたいなことを言っているような感じがします。
 すみません。単に貴方のことが理解できてないだけです。
 たぶん、この人……じゃなくて魔王(仮)さんはすごく有名なのではないでしょうか。それこそ人が出会えば卒倒するレベルの。
 人の手によって封印されたのだとすれば、封印は出来ても滅ぼすことはできなかったのだと推測できます。
 その場合、姿が人間に認知されていておかしくありません。
 なのに私が怯えないのを見て、褒めてくれている、ような感じでしょう。たぶん。

「……ええと、すみません。言葉がわからないんです」

 私は試しにこちらからも呼びかけてみることにしました。
 もしかしたら魔王(仮)さんならこっちの言葉を喋ることができるかもしれません。
 けれど、魔王(仮)さんは眉を顰め、再度よくわからない言語を話します。
 ダメです。通じてないっぽいです。
 普通こういうのって、なんだかんだで封印を解いて仲良くなるものでは。
 それで破天荒ながら強大な力を持つ魔王(仮)さんに助けられつつ、未知の異世界を渡り歩いていく、みたいなのが王道では?
 そもそも意思疎通が出来ないとか、詰んでるじゃないですか。
 やがて魔王(仮)さんも言葉が通じないと悟ったのか、話すのをやめました。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第一章 その5

『…………』

 代わりに、魔王(仮)さんはじろじろと私を見始めました。
 うう、あまりにも浮き世離れした美しさとはいえ、男性にバスタオル一枚のあられもない姿をじろじろと見られるのは恥ずかしいです。
 言葉が違うくらいですし、衣服の文化も認識がかなり違いそうですが、少なくとも魔王(仮)さんは私たちと変わらない、むしろ私たちの感覚でいっても豪奢な衣服を身につけています。
 着衣の感覚に関しては、私たちとそう変わらないと考えて良さそうです。
 そう考えると、ますます恥ずかしくなってしまいました。

「み、見ないでください……」

 当然ながらそう言っても通じないので、魔王(仮)さんは私をじっと見つめていました。
 私はどうすべきか本気で悩んでしまいます。
 浮島には魔王(仮)さんが封印されている円柱以外、何もないようです。
 円柱を中心に、ものすごく大きな魔方陣らしきものが広がっています。
 恐らくこれが封印なのでしょう。
 もしかするとこの魔方陣に傷を付けることで、魔王(仮)さんを解放することができるかもしれません。
 しゃがみ込んで試しに魔方陣に触れてみます。ぴりっとした静電気のようなものを指先に感じて思わず引っ込めてしまいましたが、それだけです。
 でも魔方陣は浮島の地面に直接刻んであるようで、ちょっと擦ったくらいでは消えそうにありません。

「……そもそも、解放していいんでしょうか?」

 いえ、いいわけがありませんよね。
 事情がわかればまた話は別かもしれませんが、この人がどういう人かもわからないうちに解放するのは危険です。
 さっきは王道なら、この人は破天荒なだけで気はいい魔王(仮)だろうと思いましたが。
 そんなわけがないのです。
 そんな都合のいい相手が出てくるくらいなら、そもそも最初の段階で親切な説明役が登場しているはずですし、言葉も難なく通じるはずなんです。
 きっとこの魔王(仮)さんは本当に極悪非道な魔王で、解放したが最後、私は最初の犠牲者Aとなるに違いありません。
 私はすっかりこの世界に対して疑い深くなっていました。

(まあ、どうしようもなくなったら解放するしかないですけど……)

 ここから出られるのかが最大の問題です。
 この場所はいうなれば『封印の間』というところなのでしょう。
 となれば、普通は出られないようにしてあるのが当然です。
 入るのがあっさりだったのは気になりますが。
 とにかくまずは天井以外に出入り口がないか探ってみることにします。
 そう考えた私は、浮島の縁を歩いて、ドーム状の空間の壁をぐるりと見渡してみました。
 残念ながら扉の類は見当たりません。
 天井の穴はいくつか見つけましたが、当然届くわけもありません。
 壁を登る技術も腕力もありませんし。

『…………』

 その間ずっと、魔王(仮)さんの視線が追いかけてきていました。
 向こうからすれば滅多に来ない珍しい客なのだとは思いますが、恥ずかしすぎるのであまり見ないでいただきたいところです。
 彼が封印されていて良かったと思いました。それで動けないというのがなければ、こんなに落ち着いて行動できはしなかったでしょう。
 いつ襲われるかわからず、ビクビクしなければならないところでした。

「うーん……ダメですね出れそうにありません」

 私は一通りこの場所の様子を見て、そう結論付けました。
 そもそもが物理的に閉じた場所のようです。
 空を飛べるわけでもない私には逃れようのない完璧な牢獄でした。
 多少は危険を覚悟の上で、魔王(仮)さんの解放に挑戦してみるしかなさそうです。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第一章 その6

 緊張して先の見えない道を進んだり、ゴブリンから逃げて走り回ったり、穴から何十メートルも下に落ちたり。
 いい加減お腹も空いてきていました。
 早めにどうにかしないと動けなくなって、餓死してしまいます。
 出来れば早めに人里に出たいのです。
 こんな格好でも、飢えて死ぬよりはマシなはずです。

「とはいえ……どうすれば……」

 ちらりと魔王(仮)さんの方を見ました。めっちゃこっち見てます。
 その目は酷く苛立っているようでもあり、目を合わせにくくて仕方ありません。
 ふと、その目線が初めて私からずれました。私の背後を見ています。
 その方向になにかあるのでしょうか?
 振り返った私が見たものは、ただの水だと思っていたものが隆起しているところでした。 思わずぽかんと見上げてしまいます。
 わずかに発光している時点で、本当にただの水とは思っていませんでしたが……。
 まさか、それそのものが動き出すなんて予想外すぎます。
 それはそれ自体が巨人のような形を作ったかと思うと。

 その拳と思われる部分を、私目掛けて振り下ろしてきました。

 私の少ない人生経験でいうならそれは、海水浴で波に呑まれた時のような衝撃でした。
 立っていられずに水の勢いにもみくちゃにされ、上下もわからなくなるような。
 咄嗟に目をつぶったのでそれは余計に顕著でした。
 とにかく水面に上がろうと手足をばたつかせますが、水の勢いの前にはどうにもなりません。
 私は激流に流される木の葉のごとく、翻弄されていました。

「――フン、無様なものよ。だが、余を解放に至ったことは褒めてやる」

 その言葉は、水中なのに明瞭に聞こえました。
 私を翻弄していた水の流れが止み、同時に首根っこを掴まれて水から引き上げられます。
 ちょ、ちょっと! 首締まってます! 苦しい!
 その人の手は私の首を一蹴するほど大きかったので、首が締まっていました。
 猫みたいな扱いです。それもダメな奴。
 幸い、その人は私をすぐ解放してくれました。
 さっきの浮島の上に放り投げられたのですが。
 尻餅をついてしまい、お尻がものすごく痛かったです。

「カハハ! なんと無様なことよ! 転ぶだけで余を興じさせるとは大した道化よな!」

 自分が放り投げといて酷い言いぐさです。
 私はお尻の痛みに涙目になりながら、その声の主を見ました。
 予想通り、さっきまで柱の中に閉じ込められていた魔王(仮)さんでした。
 背中の大きな翼を広げ、空中を優雅に飛んでいます。
 さっきまでのただ美しい感じは消え失せ、いまは何か底知れぬ荒々しさを感じさせます。 ゆらゆら揺れてる尻尾ですら、岩をも砕きそうな力を醸し出しています。

「おい、道化。貴様、余の言葉はわかるであろう?」

 魔王(仮)さんはそう呼びかけてきました。
 言葉を理解できてはいたので、頷きます。
 なぜ急に理解できるようになったのか、その答えは明白でした。
 私の反応を受け、魔王(仮)さんは満足げに頷きます。

「カハハ! 封印状態では魔法を使えんかったからな。だがこうして解き放たれた以上、自在に魔法を使える。異世界人であろうと会話を交わすくらい、造作も無いわ」

 やはり、魔王(仮)さんがそういう魔法を使って理解出来るようにしてくれたようです。
 そんな便利な魔法があるのなら、この腕輪にも付けてくれれば良かったのに。

「む……? なるほど、小賢しいことを考えよるわ。人間」

 私の視線を追ったのか、魔王(仮)さんが私の腕輪に気づきました。
 そしてふわりと近付いてきて、腕輪ごと私の腕を掴むと。

「『破壊の魔手』」

 その呟きと同時に魔王(仮)さんに掴まれている部分が光りました。
 そして、腕輪が粉々に粉砕されます。
 私がどうやっても外れそうになかった腕輪が、細かな残骸になって崩れ去りました。
 え、ちょっとなにしてるんですかこの人!?
 魔王(仮)さんは一瞬、不思議そうな顔をした後、余裕のある笑みに戻ります。

「いまの腕輪は人間どもが用意したつまらぬ安全策よ。この封印の間に近付こうとした者に警告を与え、それでも進むようなら強制的に呼び戻す役目があったようだな。余の封印を解かれては敵わぬとはいえ、余の影響を受けて生まれたダンジョンを放置するのは惜しい。ゆえに挑戦者に対してそんなものを用意した……というところであろう。貴様には利かなかったのか、貴様に聞く気がなかったのか……まあよい」

 つらつらと述べられる魔王(仮)さんの言葉に、なにやら不穏な内容があったような。
 私は恐る恐る、魔王(仮)さんから離れます。それに対し、魔王(仮)さんはゆっくりと近付いてきました。

「何を怯える? 犯されるとでも思っておるのか。痴れ者め。誰が人間などという下賤な者と交わりたいと思うか。本来なら、挽肉にして配下の獣の餌にするところだ」

 嫌な予感は見事に的中しました。
 ダメです。この人完全に人類の敵のパターンです。
 解いちゃいけない封印を解いてしまったパターンです。

「安堵するが良い。余の封印を解いたという功績に免じて、挽肉にはしないでおいてやる」

 魔王(仮)……いえ、本物の魔王さんの背後に、無数の幾何学模様が刻まれた陣が出現します。
 そこからいかにも凶悪な魔物や、触手、様々なものが這いだしてきました。綺麗な人型は魔王さんだけで、他はもう醜悪だったりそもそも人型ですらなかったり様々なでした。
 そうですよね、魔王の軍勢っていったらそういうのですよね。

「余の配下の中には、人間の雌をいたぶることを好む者もおるからな。そいつらの慰み者にしてやろう。余の役に立てるのだ。素晴らしいだろう?」

 それのどこが素晴らしいんですか!
 逃げようとした私の身体に、気持ち悪い触手が巻き付きます。速くて逃げる暇もありません。
 ヌメヌメしてて気持ち悪いです!

「ちょ、ちょっと待って――むぐぐっ」

 なんとか話し合いが出来ないかと開きかけた口に、触手が潜り込んできました。
 言葉すら奪われて、抵抗する機会も、和解する機会も奪われてしまいました。

「カハハ! 余を封印した愚かな人間どもに死を与えてやろう! 貴様は特等席でその光景を眺めておるがよいわ。……まあ、いつまで正気を保てるかは、保証せんがな」

 上半身が牛の化け物が近付いてきました。その股間にあるものが大きく立ち上がっているのをみて、私はそれで犯されようとしていることを嫌でも理解します。
 触手によって大股開きにされてしまった私には抵抗することもできません。
 無様な私の格好を笑ってか、魔王たちの笑い声が響き渡っています。

 こうして、異世界に転移した私は、悪辣極まりない魔王を解き放ってしまい、そしてその生涯を悲惨な形で、理不尽に終え――




 その時、地を裂くような咆哮が、天井を突き破って落ちてきました。


つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第一章 おわり

 咄嗟に魔王さんが張ったシールドっぽいものが落ちてくる瓦礫の一部を防ぎますが、防ぎきれなかった瓦礫によって召還された何体かの魔物が挽肉になってしまっていました。
 というか、とんでもない分厚いシェルターの壁っぽく見えるんですが……本当にこの魔王さんはやばい存在だったみたいですね。
 幸い私は運よく瓦礫の直撃を免れましたが、目の前に迫っていた牛の化け物は頭が潰れて死んでしまいました。
 私と魔王さんも含め、その場にいた全員が頭上を仰ぎ見ます。
 すると、ドーム状の天井を突き破って降りてくるものがいました。
 漆黒の鱗、燃える様な緑の瞳。
 堂々たる体躯は巨大。
 その身から放たれる覇気は、魔王さんのそれを陵駕していました。

 ……単純に見た目が大きいからかもしれませんが。

 それが何なのか、私は一言で言い表すことが出来ました。
 なぜならそれはゲームがメジャーな存在となった現代社会では一種の共通認識として、どんなゲームでもよく見かける存在だったからです。
 ドラゴン。
 あらゆる世界で最強に位置づけられる存在が、現れていました。
 突然の登場に魔王さんも驚いていたようですが、さすがはこの世界の覇者。
 驚きから回復すると、余裕のある笑みを浮かべていました。

「ふん。飛ぶトカゲ風情が余に挑もうなど……!?」

 余裕たっぷりだったはずの魔王さんが、突如その顔を恐怖に満たしました。
 魔王さんに何が見えたのか私にはわかりません。
 ただ、魔王さんに余裕がなくなったことは確かです。

「よ、余の盾になれ! 『空間転――」

 逃げようとしているのは明白でした。
 あれだけ自信家で傲慢だった魔王さんがどうして、と思いましたが、その答えはすぐもたらされることになります。
 緑眼のドラゴンがその口内に黒い光りを宿したからです。
 ブレス。ドラゴンにとって鉄板の攻撃にして、最強の攻撃。
 恐らくそれが原因なのでしょう。魔王さんは逃げようとしていたものの、間に合いませんでした。

 ドーム内の空間に暴風が吹き荒れました。

 それは台風の暴風なんて目じゃないほどの凄まじいもので、私は触手に手足を押さえられていたおかげで吹き飛ばずに済みました。そうでなければこの部屋の端まで吹っ飛ばされ、壁に激突していたことでしょう。
 何が幸いするかわからないものです。
 けれど、破壊力自体はそうでもないようで、私を抑えている触手も、魔王さんもその場に留まっています。
 これが魔王さんがあんなに恐れていたブレスの威力なのでしょうか?
 あまりにも普通、と考えていた私は、すぐにその印象を撤回することになります。

「ば、馬鹿な……この余が……こんな……とこ、ろで……」

 魔王さんの身体が端から崩れていました。
 あれだけ強者らしい強者だった魔王さんが、ブレスの一撃でやられてしまったようなのです。
 それだけではありません。
 魔王さんが召還した、ラストダンジョン級ですよと言わんばかりの屈強な魔物たちも、次々倒れてしまっていました。
 私の手足を押さえていた触手も、力を失い、私は解放してもらうことができました。
 あれ? ちょっと待ってください。
 そんなすごいブレスに巻き込まれて、なんで私は無事なんでしょう?
 消えかけていた魔王さんが、そんな私を見て、目を見開きました。

「き、貴様……!? そうか! 耐性持――」

 消えました。
 ちょ、ちょっと魔王さん!? 最後まで言ってから消えてくださいよ!
 死ぬときまで不親切とか、なんなんですかもう!
 『耐性持ち』、という言葉が辛うじて聞こえました。どうやらドラゴンのブレスは単純な破壊力が問題じゃないようです。
 このドラゴンのブレスには何らかの特殊な効果があって、それに対する耐性を私は持っている……ということなのでしょう。
 それくらいは予想できます。できますが。

「グルル……」

 どうしましょう。
 魔王さんの魔の手から逃れられたかと思えば、これです。
 私が恐る恐る唸り声のした方を見上げると、そこには巨大なドラゴンの顔が。
 ずらりと並んだ牙が、いまにも私に襲いかかってきそうな迫力を持って迫ってきています。
 ドラゴンの鼻からは火傷しそうなくらいに熱い吐息が噴き出していて。
 私は迫ってくる怪物の圧迫感に耐えられず、意識を手放しました。

 この不親切な世界で――私はドラゴンの餌になってその人生を終えるようです。


第一章 おわり

第二章につづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二章 1

 目が覚まして半身を起こすと、目の前に巨大なトカゲの頭がありました。
 私を一口で食べてしまえそうなほど巨大なトカゲというのは、私の記憶にある限りでは地球にはいません。
 というか、人間を食べるだけならともかく、一口で食べれそうな巨大な生き物自体が、あまり地球にはいない気がします。一呑みならアナコンダとか大きなヘビが出来るらしいですけど。一口でぱくりといけそうなのはそれこそ鯨くらいでしょうか。
 ですから正直、目の前にそんな生物がいるという時点で恐ろしすぎて、私は何も出来ずに固まってしまいました。
 一方、トカゲ……いえ、ドラゴンは動かない私をじっと見つめています。
 明らかに呼吸音がしますし、吐き出される熱い息が顔にかかっていますので、作り物ではないことは確かです。
 やがてこちらに動きがないのを観て焦れたのか、あるいは別の理由があるのか、ゆっくりとその大きな口を開き――

「……ッ、ひゃっ!?」

 口内から出てきた赤く大きな舌が、私の身体の前面を舐めてきました。
 幸い猫の舌のように表面がざらざらしているわけではないようで、痛くはありませんでした。
 どろりとしたものは涎なのでしょう。
 これは間違いなく、私を食べるつもりです。
 私は思わず目を瞑り、身体を硬くして食べられるその時を待ちました、が。

「……ッ、うぁ……ッ、ん……っ……ん、ん……あれ?」

 なぜか、いつまで経っても牙が身体に食い込む感覚がしません。
 何度も何度も舌が私の身体を舐めて、舐めて、舐め続けて来ます。
 私は現在、バスタオル一枚しか身に付けていません。
 その状態でドラゴンが舌で私の身体を舐め上げていたらどうなるか。
 ドラゴンが意図しているいないに関わらず、バスタオルはめくれ上がりドラゴンの舌が私の身体を、あそことか胸とかを舐めて行っていて――

「ちょ……ふぁっ、ちょ、まっ、やめてっ、舐めないでぇ!」

 私は変な気持ちになりそうになるのを堪えて、ドラゴンの鼻先を押しやって抗議します。
 このまま舐められ続けていたら、変な気分になってしまいそうでした。
 けれど私の抵抗など、ドラゴンにとっては小鳥が押しのけようとしているのと変わらないのでしょう。
 まったく止まる気配もなく、私の大事なところを舐め上げてきています。
 私が慌てて逃げだそうとして、四つん這いになったところを、ドラゴンは構わず後ろから舐め上げてきました。
 股間にドラゴンの舌が入り込み、掬い上げられるようにして、私は盛大にひっくり返されてしまいました。

「ひ、ゃあああああ!?」

 私は勢いよく前転して、そのまま浮島の周りを満たす液体の中に落ちてしまいます。
 背中から勢いよく水に叩きつけられた感触があって、水が全身を包み込みます。
 さっきは変な動きをしていた液体でしたが、いまはただの水と変わらないようで、私はそれをかき分け、なんとか水面に顔を出します。
 水が気管に入り込んだので咳き込んでいると、ふと頭上が暗くなりました。
 見上げるとそこにはドラゴンの顔が。
 浮き島にいながらにして、長い首を伸ばして私の様子を伺っているようです。

「ぐるるる……」

 私はその威圧感に震えつつも、ドラゴンがこちらに危害を加える様子がないとようやく理解することができました。
 ドラゴンに食べる気があるなら、もうとっくに喰われているはずです。
 さっき舐めてきたのも、犬や猫がそうするように、こちらのことを気遣ってのことだったのではないかと思えたのです。
 実際、そう思って観てみると、ドラゴンの目はこちらを見つめて優しげな光りを放っているような……ような……。
 無機質な爬虫類の目が私を無感動に映し出しています。
 ごめんなさい。やっぱり獲物として見られている気しかしません。
 私はドラゴンを刺激しないように、浮き島に上がりました。
 ドラゴンはこちらを見ているだけで、何かしようという気はないようです。
 また舐めてこられたらどうしようかと思っていましたが……ひとまず安心です。
 しかし。

「ど、どうすればいいのでしょう……」

 今は亡き魔王さんと違い、ドラゴンには言葉が通じるような様子もありません。
 私はドラゴンに見つめられながら、途方に暮れてしまいました。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二章 2

 とりあえず、ドラゴンがこちらに危害を加える気がなさそう、というのならば少しは落ち着いて考えることができます。
 私は水に落ちたにもかかわらず、水から上がった途端、一瞬で乾いてしまった不思議なバスタオルの裾を使って頭を拭きます。
 裾をめくってしまうので身体が丸見えになってしまうのですが、ここにはドラゴンしかいないので気にしないようにします。
 そういえば全然意識していなかったのですが、最初に水からあがった時、同じ事をやったので、たぶん魔王さんにばっちり見られてましたね。
 いまさらながら恥ずかしくなってしまいます。
 さすがに、裸を見られたからといって、いなくなって良かったとまでは思いませんが、結果としていなくなったのは、私にとって幸いだったかもしれません。

「……さて、と」

 濡れた髪も乾き、さっぱりしたのに合わせて気持ちを切り替えます。
 ドラゴンは伏せた姿勢のまま、こちらの様子を目で追いかけてきていますが、特に動く気配はありません。
 犬がする『伏せ』みたいな姿勢のため、長い首の先にある頭が私のすぐ目の前まで降りてきています。
 ここまでの感じ、言葉による意思疎通は出来そうにないですが、とりあえず話しかけてみましょう。

「えーと……ドラゴンさん、私の言葉がわかりますか?」

 身体の大きさが違うのですから、声もなるべく大きく張り上げます。
 距離も近いですし、聞こえていないということはないはずです。
 しかしやはりというか、ドラゴンは反応を示しませんでした。
 じっとこちらを見つめているだけです。
 言語が違うせいなのか、それとも単純にドラゴンは会話できないのか。
 でも魔王さんの例を考えると、もしドラゴンが喋っているなら、意味はわからなくとも音として聞こえはするはずなんですよね。
 つまり、ドラゴンはそもそも喋れない、という可能性が高いようです。

(困りました……犬猫だったら、身振りや手振りで……ん?)

 言葉が通じないのは犬猫と同じです。
 そして、いま大人しくして私の様子を伺っているように、ただ本能のままに暴れる獣とは違うようです。
 知性はある、と思っていいはずです。
 ならば、言葉が通じないものの、仲良くしたいという意思を伝えることはできるのではないでしょうか。
 私は緊張から、ごくり、と生唾を飲み込みました。
 犬猫相手なら舌でも鳴らしながらそっと撫でればいいかもしれませんが、ドラゴン相手にどうしたら敵意がないことが伝わるでしょうか。

(まずは……そう、スキンシップですね!)

 とにかくまずは触れてみることにします。
 向こうは舐めて来たくらいですし、たぶん敵意はないはず。
 なら、こちらからも触れてあげれば、こちらも敵意がないことの証になるはずです。
 ふと、自分からも舐めた方がいいのかもしれないと思いましたが、さすがにそれは難しいので、触れるのに留めておくことにしました。
 恐る恐る、ドラゴンを見上げ、近付いていきます。
 腰が引けている自覚はあったのですが、なるべく身体は近付かないようにしながら、ドラゴンの身体に手を伸ばしました。
 私の動きに対し、ドラゴンに動きはありません。
 やがて、指先がドラゴンの鼻先、鱗で覆われた体表面に達します。

(……! な、なんというか、すごい……です……これ……)

 これほどの巨体の生物に触れるなんて、初めてのことです。
 じんわりと熱い体温が鱗越しにも感じられます。
 ドラゴンはトカゲとかの爬虫類に似ていますが、変温動物ではないようです。
 鱗も硬いは硬いのですが、金属みたいな無機質な硬さではなく、どこか柔らかさも兼ね揃えていました。
 実際ナイフなどの刃が立ちそうにないほどに硬いとは思うのですが。
 指先で触れてもドラゴンが特に反応を見せなかったので、私は少し大胆になって、掌を押しつけるようにして撫でてみました。
 鱗の一枚一枚が私の掌より大きいので、ドラゴンを撫でるというよりは鱗を撫でるような感覚でしたが。

(……意外と、柔らかいし暖かい……うん、ちょっと怖くなくなってきました)

 さっきまでは無感動に見えた瞳も、どこか愛嬌が感じられます。
 そういえば瞼のようなものが動いているのが見えますし、構造的にはヘビより人間の方が近いのかもしれません。
 大きさによる威圧感ばかりはどうしようもありませんでしたが、私は少しドラゴンに慣れて来ていました。
 じっとしてくれているのも大きいです。なにせちょっと身じろぎすれば私を押しつぶしてしまいそうな大きさなのですから。
 もしドラゴンが忙しく動いていたら、とてもいまの心境にはなれなかったでしょう。
 そうして少し余裕が出来たからでしょうか。

――きゅるるる……

 我ながら、そんなに大きく主張しなくてもいいと思うくらい大きく、腹の虫が鳴り響きました。
 ドラゴンに食い殺される心配がなくなったせいか、とうとう私のお腹の方が空腹を訴え始めたのです。
 この場にドラゴンしかいないとはいえ、私はそのあまりに大きなお腹の音が恥ずかしく、思わずお腹を押さえてしまいました。
 恥ずかしいのはともかく、当初の問題を思い出しました。

(な、なにか食べるものを探さないと……いえ、まずはここから出ないと……)

 ドラゴンがここに入って来た時に天井に穴が空いて、その穴から陽光が差し込んでいるのはわかっていました。
 問題は結局そこに登る方法がないということですが……。
 積み上がった瓦礫を足場にすればなんとか出れないでしょうか。
 私はそう思って、穴がどこまで繋がっているのか改めて見てみました。
 この場所は相当地下にあったらしく、穴は洞窟のように外まで続いていました。
 縮尺がおかしいですが、出来たばかりのアリの巣みたいな感じでしょうか。

(これ……地上まで何百メートルあるんですか……?)

 途方もない深さを目の当たりにして、私は気が遠くなってしまいます。
 これをえっちらおっちら登っている余裕はありません。というか、登れません。
 考えてみれば、ドラゴンはこれほどの穴を一瞬で作ったわけです。
 改めて凄まじい力を持った怪物なのだ、と実感せざるを得ませんでした。

(……そういえば、なんでこのドラゴンさんはここに来たんでしょう?)

 ドラゴンに助けられたわけですから、そこは感謝すべきなのでしょうが、どうしてドラゴンがここに飛び込んで来たのかは謎です。
 タイミング的にはまるで私を助けに来たようにも感じましたが、それにしては最初のブレスに躊躇無く巻き込んでくれていました。
 例えば私をこの異世界に連れてきた神様のような存在がいたとして、その神様の使いとしてドラゴンが助けに来てくれた、という可能性はあります。
 ありますが、もしわざわざドラゴンを使いに出して助けてくれるような神様なら、何の説明もしないままこんな風に放り出すはずがないのも確かです。
 もしも本当にそうだとしたら、はっきり言って世話を焼くところを間違えているとしか思えません。

(ううーん。結論を出すには情報が足りなさすぎですね……まずはここから出るのが先決……でしょう。けど……どうしたものでしょうか)

 脱出出来そうな穴は険しく、高く、長く、そして危うそうな気配しかありません。
 その時、私は穴を見上げて途方に暮れていたので、気づきませんでした。
 私の背後で、伏せていたドラゴンが立ち上がったことに。
 なんとなく圧を感じて、後ろを振り返ったら、ドラゴンがその口を大きく開き、私に迫ってきているところでした
 悲鳴をあげる間すらなく、私の上半身はドラゴンの口の中に入ってしまっていました。

「ひ、ゃあッ!? う、ぐぅっ――!」

 ずらりと並んだドラゴンの牙が、私のお腹と背中に食い込んでいます。
 死んだ、と思いましたが、圧迫されて苦しいだけで痛みはありませんでした。
 タオル越しとはいえ、尖った牙が刺さっているのに、です。
 もしドラゴンが本気で食べようとしているのなら、私の身体はとっくにふたつに千切れていることでしょう。

(あ、甘噛みってことですか? 一体なぜ――っひゃあああ!?)

 脚が地面から離れ、全身が空中に浮くのが感覚でわかりました。
 どうやら、ドラゴンが私を咥えて持ち上げたようです。
 思わず脚をばたつかせましたが、そんなことでどうにかなる体格差ではありません。
 はしたない姿を晒しているという自覚はあったものの、暴れずにもいられません。
 いままで大人しかったのに、どうしてそんなことをするのか。
 私はドラゴンの口の中で、ばさりという翼の広がるような音を聞きました。
 何をしようとしているのか、朧気ながら理解します。

(ちょっと、まっ――!!)

 無論、ドラゴンが待つわけもなく。
 私はすごい慣性の力が自分の身体にかかるのを感じました。
 例えるなら、後ろ向きに発射するジェットコースターに乗った時のような感覚です。
 ジェットコースターは嫌いではありません。何度も乗る程度に好きなくらいです。
 ですが、ほぼ全裸で、巨大生物に咥えられて、空を飛ぶ、というのはさすがに勝手が違いすぎました。
 あとから思えば、よく失禁したり、吐いたりしなかったものだと自分を褒めてあげたいです。

「い、やあああああああああああッッッ――!!!」

 悲鳴は出ましたけど。
 私はドラゴンに咥えられての初飛行、という未知の恐怖体験を存分にしながら、その意識を手放しました。
 これもあとから思えばの話ですが、何百メートルもの高空でドラゴンの口から下半身を丸出しにして運ばれていたわけです。
 その光景を客観視できなくて良かったと思います。
 そんなあられもない姿を誰かに見られていたら、私は間違いなく死にたくなっていたでしょうから。

 こうして情けない姿を晒しつつも――私は文字通り異世界へと飛び出したのです。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二章 3

 突如、後頭部に硬い物がぶつかりました。

 さほど痛くはありませんでしたが、その衝撃に驚いて私は文字通り飛び起きます。
 頭を抑えながら状況を確認しようとして、目の前にあのでっかい黒いドラゴンがいるのがまず目に飛び込んできました。
 思わず身構えてしまいましたが、ドラゴンは大人しくこちらを見ているだけです。
 私は開いてしまっていた脚を慌てて閉じつつ、改めて周囲を見渡しました。

「ど、どこですか……ここ……?」

 そこは岩場でした。さっきまでいた浮き島の石は明らかに人の手で切り取ったような滑らかな平面でしたが、ここは表面がでこぼこしていて、自然のままの石という感じです。
 地底とは違って頭上には空も見え、明らかに野外です。周りの様子からすると、相当高い山の上とか、そういう場所のようですが。
 恐らくドラゴンが私を咥えてここまで運んできたのでしょう。さっきの後頭部への衝撃はドラゴンが咥えていた私を離したため、背中から地面に落ちた結果だったようです。

(……たんこぶはできてないみたいですけど)

 ドラゴンの顔の位置からすると、結構な高さから打ち付けたはずです。
 なのに後に引く痛みもないというのは少し意外でした。
 なにげなく、頭を打ち付けたはずの後ろを振り返ってみると、なにやらそこだけ妙に細かいヒビが入っていました。
 まさか私の頭突きで岩が砕けたとでもいうのでしょうか。
 いや、そんなわけがありません。ありませんが。

(……あれ? なんで、いまいるところより下に雲、が……)

 私は周りの景色を見渡していて、その異常に気づきました。
 スケールが大きすぎて見逃してしまっていましたが、見えている山の斜面、私がいる位置よりも低いところに白い雲が見えます。
 一瞬霧じゃないかと思いましたが、明らかにあれは雲です。
 つまり、私はいま、相当高い山の上にいるはずです。
 この異世界の物理法則がどうあれ、基本的な法則が変わらないとすれば、標高が高ければ高いほど気温は下がるはずです。

(なのに、バスタオル一枚でも全然寒くない……? というか、おかしくないですか?)

 なぜ私の身体はなんともないのでしょう。
 ドラゴンに咥えられて運ばれたのは確かです。
 なら、私は高空をほとんど全裸で運ばれたことになります。
 ハングライダーのような形で、空中を飛んだ経験は私にはありませんが、高空が相当風が強く寒いのは想像出来ます。
 もし私が今回やったみたいに全裸であったなら、相当身体が冷えてしまうはず。
 なのに私の身体は指先がかじかみすらしていません。

(環境に適応している……いえ、そもそも環境の変化が感じられない……?)

 わからないことだらけです。
 魔王さんすら倒すドラゴンの謎のブレスが利かなかったことといい、もしかすると異世界に転移したことによって「影響を受けない」というチート能力を得たのかもしれません。
 そう考えるとこれまでのことに納得がいきます。
 とはいえ、それが本当かもわからない以上、それを前提に行動するわけにはいきませんでしたが。
 そんなことをつらつらと考えている間に、ドラゴンはいつの間にか姿を消していました。

「……え? ちょ、ちょっとドラゴンさん!?」

 こんないかにも人がいなさそうなところに連れてくるだけ連れてきていなくなるとか、最悪にもほどがあります。
 私が慌ててドラゴンの姿を探して周囲を見渡していると、幸いドラゴンはすぐに戻ってきました。
 ほっと一安心したのも、つかの間でした。
 なぜならドラゴンは恐ろしいものを咥えて来ていたからです。
 私は思わず唖然としてそれを見上げてしまいます。

「お、大きな鳥さんですね……ッ!?」

 いや、ただの鳥じゃありませんでした。
 前半分がワシ、後ろ半分はウマ。
 確か、こういう生き物はヒポグリフ、というのでしたか。
 ドラゴンの巨躯には及ばずとも、ゾウくらいの大きさはあります。
 地球では想像上の動物であるそれは、見るも無惨に首をへし折られた状態で、ドラゴンに咥えられていました。
 そして、それを私の目の前に放り出します。
 相当な重量があるのでしょう。地面が震えて、思わず私はその場に尻餅をついて転んでしまいました。
 ドラゴンはどこか得意そうな様子で、前足を使ってそれを私の方に押し出してくれます。
 このときばかりは、言葉が通じなくとも、その意図は明白でした。

「……食べろと?」

 お腹が減ると腹の虫が鳴る、というのは世界共通だったようです。
 恐らくヒポグリフはドラゴンが普段食事にしているものなのでしょう。
 それをわざわざ狩って、私の前に持ってきてくれたのですから、ドラゴンに私に対する敵意がないのは間違いありません。
 餌を分け与えるといえば、地球の動物でもよくあることです。
 少し意味合いは違うと思いますが、飼い猫が狩ったネズミを飼い主に見せに来るとかいう話を、猫を飼っている友達からよく聴きます。
 そう考えると、どうあれ、ドラゴンはそれなりに良い感情を私に対して持ってくれているということなのですが……。

(……これを、食べろと!?)

 目の前の転がる、仕留められたばかりのヒポグリフ。
 まだぴくぴくと動いている気配すらあります。
 当然、血抜きなどされているわけもなく、私の足下に血だまりが出来つつありました。
 そもそも獣臭くて、これ以上近付くことさえ出来そうにありません。
 生々しい傷跡は見ているだけで気分が悪くなりそうです。
 肉を生で食べるなど、日本育ちの私はしたことがありません。
 一度だけ焼き肉屋でユッケを食べたことはありましたが、正直日本の徹底管理された食肉ですら、生で食べるのは怖くて、怖い物見たさで食べたその時以降、一度も食べたことがありません。
 そんな私です。現代日本に住んでいればその方が普通だと思います。
 それなのに。

「……ぐるる?」

 ドラゴンは「なぜ食べないの?」という風に首を傾げています。
 挙げ句、食べても大丈夫であることを示すように、ヒポグリフの胸筋に噛みついて、力任せに食い千切って見せてくれました。
 くれやがりました。
 血が噴出し、血の雨となって周囲に降り注ぎます。
 それは当然私にも降りかかって来まして――

「……ふぅ」

 濃密な血の臭いが立ちこめる中、私は三度意識を手放しました。
 あと何回気絶すればいいのでしょうか。
 日本に帰りたい。
 私の中で、その気持ちだけが強くなるのでした。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二章 4

 なにやら身体の芯まで震えるような衝撃が走って、目が覚めました。
 瞼を開けると、逆さまになった景色が目に映りました。
 首が痛いです。私はいま、景色が逆さまに見えるほど、仰け反った状態にあるようです。

「……な、なんですかこれーっ!?」

 慌てて状況を把握しようとして、身体にほとんど自由が利かないことに気づきました。
 両手両足が動きません。なにか硬い物が身体の周囲にあるような。
 そう思ってなんとか首を起こして自分の身体を見ると、その理由が明らかになりました。
 原因は、ドラゴンでした。
 ドラゴンがそのトカゲみたいな前足で、私の身体を掴んでいたのです。
 その手は意外と器用なようで、しっかりホールドされているので落ちる心配はありませんでしたが、掴まれているので身動きが取れないというわけでした。
 ドラゴンは翼を使い、空高くで滞空しています。そのせいで結構な勢いで上下に揺さぶられて、首ががっくんがっくん揺れてしまいます。

(私、よく首がもげませんでしたね……)

 咥えて運ぶのはやめてくれたようですが、いずれにしても乱暴な運び方でした。
 不意に、ドラゴンが勢い良く地上に向かって降り始めます。
 当然、急激な落下の負荷が私にもかかり、死にそうになりました。
 地上すれすれのところで翼を使って減速。後脚から地面に接地します。
 地震でも起きたのかというほど、凄まじい震動が走りました。
 地面がめくれあがり、亀裂が遠くまで走ります。

(うわぉ……めちゃくちゃですね、ほんと……)

 やること成すことスケールが大きすぎて、だんだんこちらも感覚が麻痺してきました。
 ドラゴンが降り立った場所は、どうやら森の中の広場のようです。
 いえ、違いました。よく見ると、その場にあった大木らしき森の木々が、ドラゴンが降りられるように薙ぎ倒されています。
 私の目を覚ました衝撃は、空中からこの木々を薙ぎ倒した時のものだったようです。
 あの魔王さんすら殺したブレスでも吐いたのか、木は倒れてるだけでなく、枯れてしまっているようです。
 しかし、こんな深い森の中に、わざわざ木をなぎ倒してまで降りたのはなぜでしょうか。
 不思議に思っていると、ドラゴンが私を地面に降ろしてくれました。
 油断していたので、もんどりうって転がってしまいましたが、ドラゴンに出来る最大限の優しさは感じられました。

「あたた……降ろすなら降ろすって言って欲しかったです……」

 話せないようなので無理な話なのはわかっていましたが。
 バスタオルや身体についた木の葉や土を払いながら立ち上がります。
 その際身体を触って気づきましたが、かかったはずのヒポグリフの血の跡はどこにもありませんでした。
 真白いバスタオルは真白いままでしたし、顔は見れませんが、肩や腕も綺麗な状態です。

(ん……? いや、ちょっとだけ汚れてる……?)

 自分の肩を見た私は、あからさまに血こそ残っていないものの、少し赤みがかっていることに気づきました。
 ついた血を洗い流した後、くらいの感じです。
 それに対して、もっと汚れが残りそうなバスタオルは真っ白でした。
 それが意味することは。

「グルル……」

 ふと、頭の上でドラゴンの唸り声が響きました。
 サイズ差がサイズ差ですから、ただの唸り声も地響きのように感じます。
 驚いて上を見上げてみると、ドラゴンの視線は私ではなく、森の方を向いていました。
 その視線の先を追いかけてみると、何を見ているのかすぐにわかりました。
 森の木々の間から、三人の裸の女性が現れたからです。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二章 5

 三人の裸の女性は、いずれも目を見張るほど美しい人でした。
 同性の私から見ても三人の顔や身体のバランスは完璧でした。
 整った綺麗な顔立ちも、張り出した胸の大きさも、すらりとした腰のくびれも、細長い手足も、おおよそ美しいと形容するすべての要素を兼ね揃えています。
 そのあまりの人から外れた美しさと、もう一つの理由から私は半ば確信しました。

(人間じゃない……のかもしれませんね)

 この世界特有の人種の可能性もありますが、三人の身体はわずかに発光していたのです。
 比喩じゃなく、文字通り身体から光を放っていたのです。
 というか、よく見たら背中から向こう側が透けるほど薄い羽のようなものが生えているではありませんか。
 彼女たちはどうやら人間ではなく、精霊とか妖精とかいう類の存在のようでした。
 ただ、三人の美女の表情は暗く、恐怖に染まっています。
 その恐怖を向けている対象はもちろんドラゴンです。
 ドラゴンはそんな三人を睨み付け、そして三人はドラゴンに話しかけているようです。

(……? あれ? 何も聞こえないのですが……)

 私から見ると、三人は口を動かし、何かを話している風なのですが、そこに音が伴っていませんでした。
 そしてドラゴンの方は睨み付けているだけのように見えます。
 唸り声すら立てていません。
 でも明らかに三人はドラゴンの方を向いていたのに、不意にこっちを見て驚いたような顔をしたり、その後もちらちらこちらを見ていたりするところを見ると、会話が成立しているような空気があります。
 もしかして、ドラゴンは喋れないのではなく、私にドラゴンの声が聞こえてないだけ、だったりするのでしょうか。

(だとすると非常にマズくないですか……ずっと話しかけてきてたのかも……!)

 そんなつもりはありませんでしたが、向こうが何か話しかけて来ていたとすれば、私はずっとそれを無視していたということになります。
 印象は最悪なのではないでしょうか。
 いや、ヒポグリフを食べさせてくれようとしていたのは、言葉が通じないのはわかった上でのことでしょうから、そんなに心配することはないのかもしれませんが。
 私がひたすら頭を抱えている内に、なにやら話がついていたようです。
 気づけば、三人の美女が目の前にいました。
 同性とはいえ、全裸の絶世の美女三人が目の前にいて、思わず顔が赤くなります。
 まあ、私もバスタオル一枚の格好をしているのですけども。
 美女たちは明らかに恐怖に震えながら、その手に持ったものを差し出してきました。

「これは……木の実?」

 それは林檎のような木の実でした。
 ただし、金色に輝いています。なんというか、食欲の失せる色でした。
 どうやら美女さんたちはこれをくれるようですが、まさか食べろということでしょうか。
 私が恐る恐る美女さん達に視線を向けると、美女さんたちはなにやら必死な様子で、林檎を囓るような仕草をして見せてくれています。
 やはり、喰えと。
 正直金色をした何かを口にするなんて避けたいところでしたが、お腹は空いています。
 それにヒポグリフのような生肉よりはまだ食べられる余地がありました。

(ええい……ままよ……!)

 私は思いきって黄金の林檎を口に運びます。
 思った通り、普通の林檎のような感触がして、しゃりっと一口含みました。
 うん、林檎です。
 派手派手しい見た目と対照的に、その味は普通の林檎でした。
 普通というと少し語弊が生じますね。すごく美味しい林檎でした。
 冷たくはありませんでしたが、その濃厚な甘みが口の中一杯に広がり、とても美味しいです。林檎ジュースにしても美味しいでしょうし、アップルパイにしても美味しいでしょう。
 林檎らしい林檎という感じで、とても素晴らしい味でした。

「――――」

 思わず夢中になって食べていたら。
 ふと、美女さんたちが私を見ながら口を動かしているのに気づきました。
 なにやら必死な様子で、三人ともが口を動かしています。
 けれど、相変わらず私の耳には何も聞こえません。
 思わず首を傾げると、三人の美女さんたちはものすごく絶望したような顔になります。

(え、ちょっと、なんでそんな顔を……?)

 そう思う間も、刹那。
 突然背筋がぞわりと泡立ち、びくりと身体が震えました。
 美女さんたちもそれを感じたのか、ものすごい勢いでその場に伏せ、いえ、伏せたというかこれっていわゆる土下座ですね。
 両手と額を地面に擦りつけ、傍目にも明らかに肩を震わせています。
 私は林檎を食べていただけなのになぜ。
 そう思いつつも、実際のところ理由は明らかだったのです。
 なぜなら、真後ろからものすごい威圧感を覚えていたから。
 私がゆっくり背後を振り返ると、そこにドラゴンがいました。
 その目を赤く輝かせ、翼を大きく広げた姿。
 ぎらぎらした牙を覗かせ、口内の奥からわずかに黒い邪気のようなものが漏れています。

(な、なんで激怒してるんですかこのドラゴンさん――!?)

 意味がわかりません。
 いまにもブレスを吐きそうな様子で、その視線は私の頭上を超え、美女さんたちを射貫いています。
 私はその視線を向けられていないからこそ、少し余裕がありました。
 そうでなければ動くことなんて出来なかったでしょう。それくらいドラゴンから怒りが迸っているのがわかったのです。
 事情はわかりません。美女さん達が何かドラゴンを怒らせるような事をしたのかも。
 けれど、美女さん達は私に林檎を食べさせてくれただけです。
 少なくともあの魔王さんをも殺すブレスを吐きつけられるようなことはしていないはずです。

 私は咄嗟に、両手を広げてドラゴンの前に立ち塞がっていました。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二章 おわり

(や、ややややってしまいました……!)

 一秒でも遅れていたらドラゴンがブレスを吐きそうだったから、というのはあるのですがそれでもあまりに無謀でした。
 どうもこのドラゴンは私に対して何らかの好意を持ってくれていることは確実なのですが、それでもどういう意図があるのかわからないのに、こんなことをすれば不興を買いかねません。
 果たしてドラゴンの反応は、とドキドキしながら相手の動きを待ちます。

「グルル……?」

 幸い、ドラゴンは牙を収めてくれました。
 美女さんたちの前に立ちふさがっている私に、不思議そうな目を向けています。
 そのことにほっとしつつも、ドラゴンはまだ目が赤いままですし、怒りがくすぶっているのがわかりました。
 何かきっかけがあれば、また怒りが再燃しそうな感じがします。
 私は緊張で生唾を飲み込みつつ、なけなしの勇気を振り絞って、声を張ります。

「だっ、ダメです……ッ!」

 強く首を横に振って、再度ドラゴンの眼を見つめます。
 三人の美女さんたちが揃って土下座のような姿勢を取っていたことや、浮かべている表情がちゃんと読み取れたことなどから、この世界の者にも基本的なジェスチャーのようなものは通じると確信していました。
 そうでなければ、私の首を傾げる仕草にも反応しなかったでしょう。
 だから、この美女さんたちを殺さないで、という意思表示も通じるはずです。
 ドラゴンの不興を買う可能性があっても、彼女たちを見捨てるという選択は出来なかったのです。

「ぐるる……」

 渋々、という様子ではありましたが、ドラゴンの怒りがゆっくりと収まっていきました。
 どうやらわかってくれたみたいです。
 真正面から見ると、ドラゴンの表情というか、そういう何か感情というか、表情めいたものが浮かんでいるのがわかりました。
 それから察するに、とても不満そうな感じはありましたが、その怒りを収めてくれるようです。
 私は思わず安堵から、頬が緩んでしまいました。

「ありがとうございますっ」

 伝わらないことはわかっていたのですが、思わず声に出していました。
 すると、ドラゴンは一瞬きょとんとした表情を浮かべた後。
 ドラゴンもまた、笑みらしきものを浮かべたのです。
 笑みというには少々恐ろしいものではありましたが。
 そして、その大きな前足が、私の方に伸びてき――

「ひゃあっ!?」

 いきなり吹っ飛ばされました。
 いえ、転ばされたという感じでしょうか。
 前足に押しのけられるように、私は地面に転がされていて、そのまま地面に擦りつけられるように翻弄されます。
 長い爪が私の巻いているバスタオルをめくりあげ、足にひっかけたかと思うとくるりと回転させられ、いま自分が上を向いているのか下を向いているのか、なにがなにやらわからなくなります。
 体勢を立て直そうとするのに、そのたびにドラゴンがちょっかいを出してくるので全然上手くいきませんでした。

「ちょ、まっ、なっ、ひゃっ、わっ、ひぃッ!」

 ようやくドラゴンがそれを止めてくれたときには、私は眼を回してグロッキーになっていました。
 そこに、ドラゴンの哄笑が響き渡ります。
 聞きようによってはとても恐ろしい鳴き声にも聞こえたのですが、どうも表情などを見る限り、楽しんでいるようなのです。
 ドラゴン的には軽くじゃれついたくらいの感覚なのでしょう。
 いや、体格差を考えて欲しいです。
 例えるなら、自分よりも体格のいい大型に押し倒されて顔や首を舐め倒されたみたいな、そんな感じです。犬は楽しくても、押し倒された方はたまったものではありません。

「グルルル……」

 散々私を弄んでくれたドラゴンは、一際低い声で鳴くと、翼を広げて飛んでいきました。
 ……って、置いてけぼりですか私。
 私は地面に寝転がったまま、空高く飛んでいくドラゴンを見送っていました。
 散々もみくちゃにされて、ものすごい格好になっている自覚はあったのですが、動く気力が湧いて来ません。
 そんな私の元に、三人の裸の美女が集まってきて、涙を浮かべた目で私に抱きついてきました。
 どうやらドラゴンを止めたことを感謝してくれているようです。

(って、この人たち結構力強い……っ、っていうか、窒息するからやめて-!)

 とても豊満な身体をしている美女さんたちに抱きつかれると、その立派なものに顔が埋もれて息が出来ません。
 せっかくドラゴンという脅威から逃れられたというのに、こんなことで死んだらばかばかしいにもほどがあります。
 私は渾身の力を持って暴れましたが、頼りないほど細い腕に反して、美女さんたちの力はめちゃくちゃ強かったのです。

(ちょ……ほんとに……息が……できな……)

 あまりに柔らかく大きなものに顔が押しつけられ、鼻も口も塞がってしまっています。
 呼吸しようとしてもどうしようもできず、私は意識が遠ざかるのを感じました。
 せっかく今回は気絶無しで乗り越えられたと思ったのに。
 もはやこういう運命なのかもしれません。
 必死の抵抗虚しく、私の意識は薄らいで消えてしまったのでした。

第二章 おわり

第三章につづく

バスタオル一枚で異世界転移 第三章 1

 私は三人の裸の美女に囲まれながら、黄金じゃない普通の果実を食べていました。

 男性の方ならば羨ましく思えるシチュエーションなのかもしれませんが、あいにく女の私にとっては劣等感に苛まれる、苦痛でしかない状況です。
 なにせ三人が三人とも絶世の美女なのですから。
 その身体には何も身に纏っていないのですが、それゆえに完成されたプロポーションというのがはっきりわかり、その傍でバスタオル一枚でいる私にとっては何の拷問かと思ってしまうほどです。
 比べないでください。
 相手は人間ではない人外ですし、気にすることはないのかもしれませんけど。

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

 私は一通り果物を食べ、満足したところで手を合わせて御礼を言いました。
 言葉は伝わっていないようですが、三人はにっこりと笑顔を浮かべていたので、私の感謝の念はちゃんと伝わっているようです。
 三人は私に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていました。
 ドラゴンのブレスから守ったことを感謝しているようなのですが、ドラゴンが来る原因は私が作ったようなものなので、感謝してもらうべきなのか悩むところではあります。
 さて、そのドラゴンというと。

「グウ……グウ……」

 一端はこの森から飛び去ったドラゴンでしたが、私が三人に果物を食べさせてもらっている間に、戻ってきていました。
 例の木々がなぎ倒されて森が開けた場所で、ドラゴンは暢気に丸まって眠っています。
 その口元がべっとりと血で濡れているところを見ると、どうやらドラゴンも食事をしに行っただけだったようです。
 ドラゴンから解放されたと思っていたのですが、そう上手くはいきませんね。
 今のところ眼を覚ます様子はないですし、いまのうちにやれることを試しておくとしましょう。

「これがリンゴ、です」

 美女さんたちのおかげでお腹を満たすことができたので、彼女たちと少しでも意思疎通ができないかと試みてみました。
 果物の余りを使い、地面においた果物の傍に「リンゴ」と文字を書いてみたのです。
 もしこれで美女さんたちが同じように文字を書いてくれれば、それがこの世界においての「リンゴ」という文字になるわけで、その要領で文字の語彙を増やすことができます。
 しかし、この試みは上手くいきませんでした。
 美女さんたちは「リンゴ」の文字をリンゴのことだと認識してくれましたし、何か喋ってくれてはいたのですが、相変わらずその言葉は音として聞こえませんでしたし、文字を書いてくれることもありませんでした。

「ううーん。少なくとも私の声は聞こえてるんですよね……わっ!」

 ちょっと悪いとは思いつつ、不意に大きな声をあげてみました。
 美女さんたちはその声に反応して驚いていたので、こちらの声は音として聞こえているのは間違いないようです。
 もしかすると英語とかフランス語とかなのかもしれないと、知りうる限りの言語を言ってみましたが、反応はありませんでした。
 言語での意思疎通は無理、なのかもしれません。
 でも、ジェスチャーのことといい、文字をリンゴと認識してくれたことといい、相互理解が完全に不可能なわけではないはずです。
 試しに文字では無くリンゴの絵を描いて示して見ると、複数ある果物の中から正確にリンゴを手にとって見せてくれました。
 意思疎通できる素地は間違いなくあるはずなのです。しかし、どうすればいいのか。

「ううん……困りました。……あ。そうです!」

 計画の頓挫に頭を抱える寸前、閃きました。
 少なくとも絵で「リンゴ」を示したことがわかってくれているのなら、人の絵を描いても通じるはず。
 私は簡単な人型を地面に描き、それと自分を交互に指し示します。
 三人の美女さんたちが頷くのを見てから、次にその人型の絵をたくさん書き、その近くに家のような図を書きました。
 これで「たくさんの人がいる場所」を示せたはず。
 もし美女さんたちが村とか町とかの場所を知っていれば、そっちを指し示してくれるはずなのです。
 美女さん達は顔を見あわせた後、ある方向を指さしてくれました。

(やりました! 成功です!)

 そっちに村か町か、とにかく人の集まる場所があるはずです。
 問題は歩いていけるほど遠いのか近いのかなのですが。
 自分たちのいる場所を「人型ひとつと、羽の生えた人型みっつ」で示し、さっき三人が指し示した方向に向け、矢印を短いのと長いのを書いて示しました。
 近いのか遠いのか、という問いのつもりです。

「どうでしょうか?」

 三人はしばらく話し合ってから、揃って長い矢印を指さしました。それどころか、その矢印を延長して示して見せてくれます。
 相当遠いようですね。さて、困りました。
 彼女たちの「遠い」がどれくらいの感覚なのかはわかりませんが、下手をすると歩いて行けるような距離ではないのかもしれません。
 そうなるとドラゴンになんとかお願いして運んでもらうしかないのですが、まずその意思疎通が出来るのかということ。
 さらに、よしんば意思が通じて運んでもらえたとして、その時ドラゴンに対してこの世界の人たちがどんな反応をするのかが未知数でした。

(いかにもヤバそうな魔王さんを倒せちゃうような、恐ろしげな……いえ、立派なドラゴンさんですもんねぇ……)

 人類最大の敵、といわんばかりだったあの恐ろしい魔王さんを瞬殺してしまうようなドラゴンです。
 恐らくですが、その強さはこの世界でも屈指のものでしょう。あの魔王さんが見かけ倒しの本当は弱い魔王だったというのでも無い限り。
 そんな魔王級のドラゴンが突然村に現れたとしたら、住民が恐慌に陥ることは間違いありません。
 混乱で済めばいいですが、最悪の場合、攻撃を受けてドラゴンが反撃し、あのブレスで村や町をなぎ払いかねません。
 三人の美女さんたちの時はなんとかなりましたが、同じように立ちふさがったとして、ドラゴンが攻撃をやめてくれるという保証はありません。やめてくれたとはいえ、結構渋々でしたしね。
 ちゃんとドラゴンの意思がわかっているならともかく、無闇に命を危険に晒したくはありませんでした。

(むむむ……弱りました……ここにいればとりあえず命の危険はなさそうですけど……)

 美女さんたちに迷惑がかかっている自覚はあるのです。
 いまはドラゴンが大人しく眠ってくれているからいいのですが、放っている威圧感は相当なものです。
 美女さんたちにしてみれば住んでいる森を破壊した元凶ですし、いまもことあるごとにドラゴンの方を見て警戒しているのがわかります。
 明らかに怯えているのです。
 このままここに居続けるのは、彼女たちに申し訳がありません。
 さりとて言葉も通じないドラゴン相手にどうすればいいのか。
 私は途方に暮れているのでした。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第三章 2

 これから私はどうすればいいのか。
 まずは、言葉が通じる存在とコンタクトを取ることです。
 魔王さんの例から考えると、魔法が使える人ならば、言葉が通じるようにしてくれる可能性があります。
 あの魔王さんの使っていた魔法がどの程度の難易度の魔法になるのかはわかりませんが、まさか魔王さんしか使えないような魔法ではないでしょう。
 いずれにしてもまずは人里を訪れて見る、というのが妥当な方針なのですが、そうするために立ちふさがる大きな問題がドラゴンです。

(いっそ小さくなったり、人型になったりしてくれたら話は楽なんですけどね……)

 物語では、人外の存在は「人化の術」とかで気軽に人型になるものなのですが。
 もちろん、もしかしたらこのドラゴンもそういったことが出来るのかもしれません。
 ドラゴンの目が覚めたら、絵を駆使して出来ないかどうか尋ねてみようと思っています。
 まあ、とはいえ。
 この不親切極まりない世界でそんな都合のいいことはないだろうな、と半ば確信しており、それは諦めていました。

(……ん。ちょっと一息つけちゃったせいですね……)

 程よくお腹も満ち、周囲に目立った脅威もなく、悩みの種であるドラゴンも寝ている、という状況になったためか、尿意を覚えました。
 いままでは気にする余裕がなかったので、かえって催していなかったのですが。
 私は椅子代わりにしていた倒木から立ち上がります。
 その私の動きを敏感に察知したのか、三人の美女さんたちが一斉に私の方を見ました。

「あ……えーと……」

 どう説明しましょう。
 人間相手ならまだしも、彼女たちは明らかに人間ではない存在です。
 彼女たちが排泄がしている姿は想像できませんし、ジェスチャーで伝わるでしょうか。
 恥を忍んで、股間を指さし、そこから何かがでるような仕草をしてみましたが、案の定あまり伝わっていないようです。
 困りましたが、とにかく付いてこないようにしてもらえばいいだけです。
 私がその場を離れようとすると、三人はついてこようとします。
 それを手で制し、すぐ戻ってくることを手振り身振りで示します。
 渋々、という様子でしたが、三人はその場に留まってくれました。

(……まあ、彼女たちからすれば私はドラゴンが連れてきた存在ですもんね)

 ブレスを吐こうとしたのを止めたのもあって、何らかの重要な存在だと思われているのではないでしょうか。
 私から眼を離して、いなくなったということになれば、ドラゴンは彼女たちにその責を押しつけるかもしれません。
 そう考えれば、私から眼を離したくないというのが本音でしょう。
 それでも私の意思を優先してくれたことに感謝しつつ、彼女たちやドラゴンからあまり離れない位置で、ほど良い茂みを探します。

(ん……ここなら、背の高い草に隠れていいですね)

 私は茂みを掻き分け、程よいスペースを確保して用を足します。
 野外でおしっこなんて、子供の頃にトイレもないような山道を登ったとき以来です。
 あのときも恥ずかしかったですが、大人になったいま、恥ずかしさはその時の比ではありません。
 しかもバスタオル一枚の格好で、なんて。
 こんな非常事態でもなければ、羞恥のあまり死にたくなっていることでしょう。
 とにかく早く人里に行って、服くらいは着たいものでした。

「ふぅ…………あっ」

 そこで私は、致命的なミスに気づいてしまいました。
 用を足した後、拭くものを何も用意していなかったのです。
 いえ、バスタオルはあります。
 濡れてもあっという間に乾くという不思議な力を持つようになったこのバスタオルなら、汚れてもすぐ綺麗になるとは思いましたが、それはあくまでそうらしいというだけです。
 そもそも心情的に、最後の砦であるバスタオルで尿を拭くのは、ためらわれました。

(う、うーん……かといって拭かずにかぶれてしまっても困りますし……)

 私は葉っぱでもいいので何か拭く物がないかと周囲を見渡します。
 すると、少し向こうに小さな池があることに気づきました。
 水で流したあとなら、直接拭くよりはだいぶマシです。
 私はバスタオルの裾が汚れないように軽くたくし上げつつ、急いでその池に近付きます。
 池の水はとても綺麗で、かつ、小さな魚が泳いでいるのも見えました。
 これなら身体に害はないはずです。

(問題はどれくらい深いかですが……)

 私は池の縁に腰を下ろし、恐る恐る足を池の中に入れていきます。
 ほどなくして、池の底に足が着き、膝下くらいの深さしかないことがわかりました。
 綺麗な水を汚してしまうのは少し申し訳なかったのですが、洗剤を流すわけではありませんし、構わないでしょう。
 私は腰を下ろして股間を洗おうとして、バスタオルが水に着きそうになり、慌てて腰をあげました。

(濡れてもすぐに乾くでしょうけど……一端外しましょうか)

 それは普通の常識に則った判断でした。
 いくらすぐ乾くとわかっていても、バスタオルが水に浸かって濡れるのは、気持ちが悪かったのです。
 再度周囲を確認し、三人の美女さんたちも他の存在も近くにいないことを確認してから、身体に巻いていたバスタオルを外しました。
 そして、軽く折り畳んで池の縁に置き、手を離した――その瞬間でした。

「……ッ、ひゃぁっ!?」

 突然、水に浸かっていた足が、ひやりとした感触に包まれたのです。
 最初は、いままで普通の水だったのが、急に氷水になってしまったのかと思いました。
 けれど、すぐに全身の肌が粟立ち、私がいままで普通に感じていた周囲の気温が、嘘みたいに下がったのを感じました。

(な、な、なんですかいったい!?)

 歯の根が合わなくなって、震え始めるのを感じ、私は慌ててバスタオルを再度手に取りました。
 バスタオル一枚でも、全裸よりはマシだと思ったのです。
 ところが、バスタオルを手に取って身体に巻き付けていると、感じていた寒さが嘘のように消えていきました。
 粟立っていた肌もすぐさま落ち着き、水に浸かっている足からも普通の水の温度が伝わってきます。

「……え?」

 あまりに変化が唐突だったので、事態を理解するまでしばらく時間が必要でした。
 私は何の変化もない周囲の状況を呆然と見つめつつ、自分が身体に巻き付けたバスタオルに視線を落とします。
 これまでの経験上、なんとなく察してはいましたが。
 これはもしかして、もしかしなくとも。
 私は再度バスタオルを身体から外し、池の縁にそっとおきます。
 触れていた手を、ゆっくりと離しました。

「……ひっ!」

 すると、案の定。
 私の全身に鳥肌が立ち、足は氷水に漬けているように凍えました。
 慌ててバスタオルを掴み、胸にかき抱きます。すると、それだけで寒さがなくなっていくではありませんか。
 これは、もう間違いありません。
 このバスタオルが、外気温などの様々な影響を打ち消してくれているようです。
 考えてみれば不思議でした。
 私自身の身体能力はほとんど変わっていないのに、石が当たっても痛くなく、高所から落下しても平気で、魔王を倒すドラゴンのブレスにさえ耐え、超高空を移動しても凍えもせず、ドラゴンの牙が食い込んでも血すら滲まない。
 異世界に転移、もしくは転生する際、チート能力を得るというのはその手の物語の鉄板です。
 私の異世界転移の場合も、その「おやくそく」は適用されていたのです。

 ただ――そのチート能力は私ではなく、バスタオルに宿ったということなのでしょう。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第三章 3

 手早く股間の洗浄を済ませ、私は池からあがりました。
 そして、茂みの中で頭を抱えつつ、現状わかったことを整理することにしました。
 正直なところ、私自身ではなく、バスタオルに不思議な力が宿っているのではないかというのは、半ば予想できていたことでした。
 水から上がったとき、私の髪は濡れていたのに、タオルの方はあっというまに乾いたこと。同じようにヒポグリフの血に汚れたはずなのに、身体の方には若干汚れが残り、タオルの方には全く汚れが残っていなかったこと。
 それらのことから、タオルの方に何らかの力が宿っていると考えるのは自然でした。
 ただ、それでも自分の方にも何かしら力が宿っていると思いたかったのです。ゴブリンの投石があたったとき、当たったのはむき出しの肩でしたし。
 だから、タオルだけでなく、自分自身の身体も多少は頑丈になったと思いたかったのです。それが裏切られた形でした。

(私にも何か力が宿っていればいいんですけど……望み薄ですね)

 一応、私自身にもなんらかの力が宿っている可能性は、完全には否定されていません。
 ステータス画面のようなものを見たわけではないのですから。
 環境変化の無効化だけがタオルの力で、自分自身にも何らかの力が宿っていると思いたいところです。
 それこそドラゴンのブレスを無効化した力とか。
 けれど、それを安全に確かめる術もない現状、そう考えるのは危険でした。

(とにかく、このバスタオルは、ぜったいに手放せませんね)

 現状、私の持っている物はこのタオルだけです。
 人里に行けたら物々交換を持ちかけてでも服を手に入れようと思っていましたが、その方針は転換せざるを得ないようです。
 このバスタオルが生命線だとわかった以上、決して手放すわけにはいきません。
 そうなると、何か代わりになるような物を用意したいところですが、それはいまはおいておきます。

(このバスタオルが、どの程度耐えられるのか探らないと……)

 私は自分には何の力もなく、このバスタオルがすべての無効化能力を持っていると仮定して考えることにします。
 少なくとも私とバスタオルが揃っている状態なら、環境の変化にもドラゴンの挙動にも耐えられることは確実なのですから、ひとまずはそう考えるべきでしょう。
 巻き付けている状態のバスタオルは、自分の動きではほとんど落ちません。
 一度確認しましたが、飛んだり跳ねたり、回転したりしても落ちないのです。
 意識して身体を捻ってみたり、曲げたりしてみましたが、結び目というか、折り返して止めている部分は小揺るぎもしません。

(普通ならとっくに解けてるはずですから……きっとこれもバスタオルの力ですね……)

 また、ドラゴンがじゃれついて来た時、爪が引っかかったりしてかなりタオルを引っ張られましたが、それでも外れませんでした。
 ドラゴンにそのつもりがなかったからかもしれませんが、他者に無理矢理脱がされるということもひとまずは心配しなくてもよさそうです。
 そうなると考えられる最大の問題は、不慮の事故で外してしまう、ということでしょう。
 例えばうっかり指が引っかかった、とかです。
 私はバスタオルの折り返しに指を入れ、そして、肘を近くの木の幹に押しつけるようにしてタオルが外れる方向に力を入れてみました。
 すると、タオルは身体に沿って回っただけで、外れませんでした。

(これでも大丈夫……なら、引っ張ってみるのは……)

 私はタオルの裾を持って、広げる方向に引っ張ってました。
 あとから考えると、まるで裸を晒す露出狂のような動作でしたが、真剣に考えていたので気づいていませんでした。
 そうしてタオルをぐいぐいと引っ張って見ても、折り返しが解けて脱げてしまうということはありません。
 明らかに不思議な力が働いています。
 それだけしっかり脱げるのを阻止してくれているのに、脱ぐつもりで折り返しに手をかけてみると、あっさりと外れてしまいました。

(うーん……不思議ですね……なんというか……電磁石のオンオフを切り替えてるみたいです)

 一体何がどう作用すればこういうことになるのか不思議でした。
 とにかく、このタオルは私が脱ごうとしない限り、少なくとも不慮の事故で外れる、ということはなさそうです。
 この訳のわからない不親切な世界に来てようやく、初めての良い情報です。
 私は改めてタオルをしっかり巻き直して、外れないようにしました。さっきのことからすると、この辺りはものすごく気温が低いようですし、裸でいたら死んでしまいます。
 他に調べられそうなことは、と思考を巡らせようとしたとき、私を隠してくれていた茂みが急に倒れ、視界が開けました。
 驚いて周囲を見渡すと、どうやらあの三人の美女さんたちが何かしたようです。
 手を翳して、何らかの力を使っているようです。サイコキネシスというものでしょうか。
 どうしてそんなことをしたのか、という疑問は一瞬で氷解しました。

「ぐるるる……」

 寝ていたドラゴンが起き、此方を見ていたからです。
 どうやら起き出したドラゴンが私を探し始めたので、美女さんたちが私の姿が見えるように茂みをどかしたようです。
 三人のうちのひとりが慌てた様子で私の傍に来て、手を取って引っ張るので確実にそのようです。
 私を探してドラゴンが森の中に入れば、森の木々をなぎ倒してしまいますもんね。
 三人の美女さんたちの気持ちがなんとなくわかったので、引っ張られるのに抵抗せず、ドラゴンの傍に戻ります。
 ドラゴンは私が傍に近付くと、上機嫌に鼻先をすり寄せてきました。
 サイズ差がなければ、純粋に懐かれている仕草なので悪くないのですが、例えば象の手加減なしのスキンシップに耐えられる人間がいるのかという話でして。
 私は物の見事に押し倒され、ぐりぐりと地面に押しつけられてしまいました。

「ぐえっ……! ちょ、お腹を押さないでください……っ!」

 恐らくこのドラゴンは人に接した経験がないのでしょう。ドラゴン同士ならじゃれつきで済む行動も、私にしてみれば交通事故です。
 というか、私が押しつけられた地面が私の形にわずかに陥没していました。軟らかい地面というわけでもない、普通の地面なのにです。
 普通こんな力でお腹を押さえつけられたら、内蔵が破裂するか、背骨が折れるか、あるいはそのどちらもか、でしょう。死にます。
 しかし、これもバスタオルの力か、私はちょっと苦しいくらいの感覚で済んでいました。
 文字通り無邪気に殺しにかかられてるわけですが、私は冷静でいることができました。バスタオル様々です。

(ほんと、じゃれついてくるだけなら可愛いんですけどね……)

 風貌は世にも恐ろしげなドラゴンですが、慣れてくると愛嬌が感じられます。
 ちょっと大きすぎる大型犬だと思えば、怖くはなくなっていました。
 ただ、懐かれているからいまはいいのですが、その懐いたらしい要因がバスタオルの力だというのが問題です。
 バスタオルを人に渡せば、改めてその人に懐くかもしれません。
 このドラゴンは私という存在に懐いているわけではないのです。
 それは、この先ドラゴンと行動を共にするには恐ろしい事実でした。

(もしこのバスタオルを誰かに奪われたら――いえ、危惧すべきはそれだけではありません……)

 不慮の事故で外れそうにないのは確認しましたが、ここは魔法がある世界です。
 私の思いもかけない方法でバスタオルが奪われるかもしれません。
 さらに、奪われるというだけではなく、バスタオルの効力が突然切れることも考えられました。
 なにせ、どういう理屈でこの効果が発動しているのかもわからないのです。
 身体を動かすとお腹が空いたように、この世界でも『何かを動かすために何かが必要』という基本原則は変わらないと考えられます。
 それなら、このバスタオルにもその効果を発揮するための『何か』が消費されているはずで、それが何かもわからない今、いつその効果が消えてしまっても不思議ではありません。
 私は現状をまとめてみることにしました。

(異世界の住民との意思疎通が困難で、最高の防御力はあっても攻撃的な装備はなく、世界に対する基本的な情報すら不足していて、さらに私を守ってくれている力に時間制限があるかないかも不明……うん、ほんとふざけてますね)

 さらに、いまは好意的ですがいつなにがきっかけでそれが覆るかわからない、魔王級ドラゴンのおまけつき。
 ドラゴンがいなければ魔王さんの時点で詰んでいたので、感謝するべきなのでしょうけど、ドラゴンがいるために今後の行動は相当難しくなってしまっています。

(とにかく、まずは落ち着いて、目標を整理しましょう……)

 最終目標はこの世界から元の世界に帰ること。
 中期目標はこの世界での生活基盤を確保すること。
 短期目標はこの世界の基本的な情報と、装備を手に入れること。

(……いえ、それよりもまず、ドラゴンさんとの意思疎通ですね)

 それができないと、まず人里にいくことが出来ません。
 今の段階では途方もない話ですが、一つずつクリアしていくしかありませんでした。
 私は改めてドラゴンとの意思疎通を試みることにします。
 美女さんたちにやったように、絵を描いてこちらの意思を伝えるのです。

つづく
 

バスタオル一枚で異世界転移 第三章 4

 私はドラゴンの傍の地面に、木の棒を使って絵を描いていきます。
 まずは自分の表す人型と、美女さんたちを表す羽根の生えた人型。そしてドラゴン。

(……これがドラゴンだって、通じるでしょうか……?)

 人型はともかく、ドラゴンを図示するのって難しいです。
 とりあえずトカゲに翼と角みたいなものを描き足してみましたが、通じるでしょうか。
 私は自分たちとその絵を交互に示して、なんとかそれが私たちを示しているものだと伝えようとしました。
 しかし、ドラゴンはじっと私の方を見て……いや、絵を見て……いえ、やっぱり私を見ている、ような。
 ドラゴンの目は大きくて、視線がどこを向いているのかわかりにくいのです。私を見ているかどうかくらいはわかりますが、手元を見ているのか顔を見ているのかとなると。

(あれ……これ、伝わっているのでしょうか? わ、わかりません……っ)

 理解してくれているという前提で、私は少し離れたところに人型をいくつも描き、人の集まるところを図示し、そこ目掛けて矢印を引きます。
 これで「人の集まるとこに行きたい」ということが示せたはずです。
 果たしてドラゴンの反応は、と見上げて見ると、ドラゴンに動きはありませんでした。
 変わらない様子で私の方を見ています。

(もしかして……サイズが違いすぎて認識できていないのかも……?)

 私は一端地面の絵を消し、大きく描き直します。
 まず私を示す人型の絵、次にドラゴンの絵、と描いていると、不意にドラゴンがその前足を動かしました。
 ドラゴンの前足はドラゴンの身体全体からすると細いですが、私の胴体くらいの太さはあり、かつ、先端にある五つに分かれた指の先には、私の手首ほどの鋭い爪があります。
 私の身体を掴めるくらいには器用な指先なのですが、その内の人間でいう人差し指に当たる指だけをまっすぐ伸ばしたかと思うと。

 ドラゴンはその一本の爪で地面を抉りました。

 恐らく私が地面を木の棒でひっかいて遊んでいる、とでも勘違いしたのでしょう。ドラゴンにしてみれば私の真似をしたつもりなのかもしれませんが、そこには力の差という絶対的な違いがありました。
 ドラゴンの爪の一撃は、まるで爆発物でも仕込んでいたかのように地面を抉り飛ばし、そこに残っていた切り株を高々と空中に舞い上げたのです。
 小枝を、とかじゃないんですよ。しっかりと地面に根を張っていた切り株を、です。

(わー……結構木の根って深くまで伸びてるものですねー……)

 私が現実逃避気味にそう思ったのも仕方ないでしょう。
 ぱらぱらと土塊が降り注ぐ中、思わず呆然としてしまいました。
 呆然としながらも、ドラゴンが破壊を振りまく様を見て、三人の美女さんたちの顔が絶望に染まるのを見てしまいました。
 ドラゴンはそちらに目を向けることなく、また指を振るおうとしています。

(これ以上やらせるわけには……!)

 ただでさえ森に住む美女さんたちに迷惑をかけているのです。
 私は咄嗟に振り上げられたドラゴンの腕にしがみつきました。無論、私の体重程度ドラゴンに何の影響も与えられず、私は大人の腕にぶら下がる子供みたいになってしまいます。
 それでも爪を振るうことは止められたようで、ほっとします。
 代わりに、ドラゴンは私を腕にしがみつかせたまま、腕を高く持ち上げました。

(うわわわっ! 怖い怖い怖いです!)

 なまじ半端に『高い』分、逆に怖さがありました。
 超高層ビルの上から下を見ても高さの実感が湧きませんが、二階建ての家の屋根の上からだと、落ちたときにどれくらいの衝撃が来るのかわかりやすい、みたいなものです。
 ドラゴンは自分の視線の高さに持ち上げただけなのでしょうが、私にしてみれば大怪我必死の高さです。バスタオルの不思議な力で怪我はしないだろうと理解していても、怖いものは怖いのです。
 腕にしがみついてなんとか落ちないようにするしかありません。
 ドラゴンはそんな私の努力をあざ笑うかのように、腕を左右に振り始めました。

(ちょっと――っ!?)

 私の身体はそれに伴い、振り子のように思いっきり揺れます。バスタオルの裾がはためき、めくれ上がって、下半身が丸出しになっているのがわかります。
 恥ずかしいのもそうなのですが、羞恥より深刻な問題がありました。
 全体重を支える腕の筋肉がぷるぷると震え始めたのです。
 鍛えているわけでもない私には、あまりにも酷な運動でした。
 ドラゴンは遊んでいるつもりかもしれませんが、こっちは全身運動です。

(おちっ、落ちる……っ!)

 いよいよ腕が限界に達しようとしたとき、ドラゴンの腕がぴたりと止まりました。
 思わずほっとしてしまったのがいけなかったのでしょう。
 腕から力が抜け、相当の高さから落下してしまいます。
 一瞬の浮遊感の後、私は頭から地面に落ちました。
 地面に落ちる直前、不思議と暖かい風が吹いたような気もしましたが、まったく減速することなく、思いっきり顔を打ちました。
 普通なら首の骨が折れていたでしょう。けれど、幸いにしてそうはなりませんでした。

(い、いたく……はない、ですけど……っ)

 バスタオルの力でしょう。頭が地面にめり込んだだけで済みました。済んだ、と言って良いのか疑問ですが、とりあえず死んではいません。
 私は埋まった頭を引き抜こうと両手を使って踏ん張りますが、抜けそうにありません。
 頭だけが地面に埋まって脱出に苦労するとか、もはやギャグ漫画の描写です。
 バスタオルの力がなかったら頭が潰れていたか、首の骨が折れていたかでしょうから、よかったのかもしれませんが、想像するとすごく情けない格好です。
 手だけでは無く、膝を立てて足も使おうとすると、バスタオルの裾がめくり上がり、胸の辺りまで露わになるのがわかりました。

(絶対に人に見せられない格好ですよねいま……!)

 頭が地面に埋まって呼吸できないことによる苦しみもありましたが、死にたくなるほどの羞恥も一緒に襲いかかってきます。
 けれど、呼吸を確保しなければならない以上、恥ずかしいとか言ってられません。
 早く済ませてしまおうと、手足を踏ん張って頭を引き抜こうと試みます。
 その瞬間、頭の周りの土が急に動いて、私はあっさりと頭部を引き抜くことができました。勢い余って尻餅をついてしまいましたが、些細なことです。
 呼吸ができるようになって、激しく咳き込みながら目を開けます。
 見れば、三人の美女さんのうちのひとりが、私の頭が埋まっていたであろう穴のすぐ傍の地面に手を突いていました。

(もしかして……魔法か何かで助けてくれたのでしょうか……?)

 その美女さんは私の方を心配そうに窺ってくれていましたが、ちらりと私の頭が埋まっていた穴を見ました。
 すると、勝手に地面が動いて穴が塞がっていくではありませんか。
 何らかの力で助けてくれたのは間違いないようです。
 私は口の中に入った砂をつばと一緒に吐き出しつつ、彼女に向けて御礼を言いました。

「ぺっ、ぺっ! あ、ありがとう、ございます……っ」

 言葉は通じていなくとも、感謝の気持ちは伝わったようで、彼女は少しだけ笑みを浮かべると、すぐさまその場を去って行きました。
 ドラゴンが怖いでしょうに、傍まで来て助けに来てくれたことに感謝です。
 一方、私を殺しかけたドラゴンは不思議そうに私を見つめています。どうやらドラゴンのはいまので私が死にかけたことを理解していないようです。
 確かにドラゴンであれば頭が地面に埋まって抜け出せなくなる、ということはないのでしょう。指先ひとつで発破を使用したような地面の抉り方をするんですから。
 ドラゴン基準で人を扱うのは本当に止めていただきたいところです。
 私は土まみれになった髪の毛を払いながら、ようやく落ち着いて結果について考えることができました。
 絵を使ったドラゴンとの意思疎通はできない、ということに。

(さて……困りましたね……詰みました……)

 美女さんたちとは少し意思疎通ができていただけに、落胆は大きなものでした。
 ドラゴンと意思疎通ができないとなると、人里に向かうことも難しくなります。
 というか仮に意思疎通ができたとして、このドラゴンを人里に連れていっていいものかどうか。
 私はバスタオルに宿った不思議な力があるので死にませんでしたが、いまのを普通の人がやられたら落ちた時点で死んでます。
 よくて首の骨が折れて寝たきりになるくらいでしょうか。危険すぎる存在です。

(ん……? でも、異世界なんですし……もしかすると人の丈夫さも違うのでは……?)

 私はドラゴンが加減知らず、という方向で考えていましたが、もしかするとそうではない可能性もあることに気づきました。
 魔法らしき何か、があるような世界です。
 当然、人もそれを扱いこなしていることでしょう。それなら、いままで私が受けてきた死ぬような仕打ちも、実はこの世界の人なら普通に受け流せる、という可能性もあるのではないでしょうか。
 魔王さんを倒したブレスは置いておくにしても、じゃれつかれる程度は許容範囲なのかもしれません。
 希望的観測でしたが、そう思わないと身動きが取れません。

(……いずれにせよ、人里に行ってみるしかないですね)

 そして結局、問題は意思疎通が取れないというところに戻ってきます。
 言葉は音すら聞こえず、絵でもダメとなると、いよいよドラゴンと意思疎通の可能性が無くなってきます。
 頭を抱えて悩んでいた私は、ふと、重要なことを思い出しました。

(そうです……確か、彼女たちはドラゴンと話していたはずです……!)

 どういう方法かはわかりませんが、ドラゴンと美女さんたちが話していた様子はありました。それならば、美女さんたちからドラゴンに言ってもらえばいいのではないでしょうか。
 美女さんたちとはある程度意思疎通ができるのはわかっています。完全ではなくとも、仲介してもらえば、『人里に行きたい』くらいは伝わるかもしれません。
 私はその期待を持って美女さんたちを見て――それが難しい事に気づきます。
 なぜなら、美女さんたちは思いっきりドラゴンに怯えていたからです。
 いま私はドラゴンのすぐ傍に立っているのですが、美女さんたちは十数メートル離れた木の幹の影からこちらを窺っています。

(あんなに怯えている彼女たちに、ドラゴンと話してくださいとは言えませんね……)

 ただでさえ迷惑をかけていると言うのに。
 彼女たちに代弁してもらった結果、それが運悪く逆鱗に触れて彼女たちに向けてブレスが吐かれでもしたら……それは避けなければなりません。
 自分でなんとかするしかありません。

(こうなったら肉体言語です! ジェスチャーなら多少は通じるはず……!)

 美女さんたちがドラゴンに向けて土下座していたことや、私の笑顔に反応したことなどから、少なくとも動きや表情を読むことはできるはずです。
 私はなんとかジェスチャーでドラゴンに意思が通じないか改めて試してみることにしました。
 両手を翼みたいに上下に動かしてみたり、立ち位置を頻繁に変えて複数の人を表現しようとしてみたり、服を着るような仕草を見せたり……色々試してみました。
 ですが、ドラゴンはそんな私の頑張りをじっと見つめて、たまにちょっかいをだしてくるだけで、私の意図を理解しようとしてはくれませんでした。

(うー……バスタオル一枚でなにやってるんでしょう、私……)

 バスタオル一枚の格好で、馬鹿みたいなジェスチャーをしている自分の姿を想像してしまい、私は穴があったら入りたくなるほど恥ずかしくなってしまいました。
 ドラゴンの前で体育座りになって、膝を抱えながら溜息を吐きます。
 いったいどうしたらドラゴンに意思が通じるのでしょうか。

つづく 
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