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黎明媚態

露出系、羞恥系の18禁小説を書いています。関連の同人・版権作品のレビューも書きます。18歳以下の閲覧禁止。

バスタオル一枚で異世界転移 第四章 1


 眼下を、すごい勢いで景色が流れていきます。
 こうして運ばれるのは初めてではないのですが、気絶してばかりだったのであまり記憶に残っていません。
 しかし、こうして明確に意識を保ったまま運ばれていると、なんとも恐ろしい運ばれ方でした。
 私には空を飛んだ経験がありません。
 飛行機に乗ったことはありますが、そんな経験は「空を飛んだ」とは言えないでしょう。
 気球レベルでも、身体を直接外に晒したことはなかったのです。
 それが経験できているというのは、得がたい経験ではあるのでしょうけど。

(こわっ、怖すぎ、ます……っ!!)

 空を飛ぶ感動より、空を飛んでいる恐怖の方が遥かに勝っていました。
 激しく顔や身体にぶつかる風の強さ。
 ドラゴンに強く掴まれているとはいえ、逆にいえば、いつ手を離されてもおかしくはない不安定な状態ということでもあります。
 身体に唯一纏うバスタオルは、体温が下がることは防いでくれていましたが、それ以外の力までは防いでくれません。
 飛び上がった直後のように、翼がはためく度に上下に揺らされるようなことはなくなりましたが、ものすごいスピードが出ているのは身体で感じます。
 血の気が下がるとはこういうことをいうのでしょう。

(ヨウさんは……平気そうなので良かったですが)

 恐らく妖精の一種である、絶世の美女の姿をしたヨウさんは、私と一緒にドラゴンの手に掴まれています。
 バスタオルの加護がある私と違って、ヨウさんは気温の変化やドラゴンの力などがその身体にもろにかかっているはずですが、いまのところ体調を悪くしている様子はありません。
 ヨウさんはバスタオルすらない素裸であり、もしかすると超高空の低温に耐えられないのでは、とも危惧していましたが、平気なようで何よりです。

(まあ……それくらいは当然かもしれませんけど)

 彼女たちが元いた森を飛び立つ時、ヨウさんたちは森の強者と言えるであろう存在を従えていました。
 ヨウさんたちは森の管理者、もしくは支配者なのかもしれないのです。
 少なくともそれ相応の力を持つ存在だというのは、ひしひしと感じていました。

(案の定……めちゃくちゃ広いですしね……この森)

 ドラゴンはすごいスピードで移動しているのですが、いまだに木々の生い茂った森は途切れません。
 ヨウさんたちの棲む森はとんでもなく広いようです。
 こんな広い森を見たことがないので、どれくらいの広さか検討もつかないほどでした。
 とても自力で歩いていくのは無理だったでしょう。
 ドラゴンがいてくれて助かりました。
 まあ、ここに連れてきたのもドラゴンなので、ドラゴンに感謝するべきかどうかは微妙なところですが。

(そういえば……このドラゴンはなぜこんな森の中心にまで……?)

 果実を食べさせたいということであれば、その辺の森でも別に良かったはずです。
 わざわざこんな森の奥深くまで行く必要はなかったように思います。
 そのことを不思議に思いつつ、私は森から出るのを心して待ちました。
 ここからが重要なところだからです。

(ファーストコンタクトをしっかりしないと……まずは、恥ずかしいですけど、私のことを認識してもらわないといけませんね)

 魔王さんの例があるのだから、魔法が使える人なら意思疎通の可能性があります。
 いち早くその人に気づいて貰わないといけません。
 そして意思疎通さえできたなら、あとは流れで少なくとも私に敵意がないことをアピールしましょう。
 元の世界に帰る方法があるかどうかはいまは考えず、とにかく状況の把握をするためにも、言葉で意思疎通できる相手を確保しなければなりません。

(お願いですから、私の言葉がわかる人がいてくださいよ……!)

 そうして祈ること数分。¥
 相当長い時間が経過したと思われた時、それは見えてきました。
 明らかに、自然に造られるものではない、大きな壁。
 城壁というのがしっくり来る、とんでもなく高く大きな壁でした。現代の感覚でいうのであれば、ダム、というのが一番近い建造物でしょうか。
 その壁が横長に聳え立っています。真下に広がっていた森は、その壁にぶつかって途切れています。まるで森の浸食をその壁が防いでいるようにも見えました。

(ん……? なにか、妙な感じが……気のせいでしょうか?)

 壁の向こう側には、人の街が広がっているようです。
 ただし、森のように隙間なく広がっているのではなく、壁の一点から放射状に広がっているのが見えました。
 現代のような街の広がり方とは違っていて、昔のようにお城や教会のような重要な拠点を中心に街が広がっていっている感じですね。
 ようやく人の住む場所が見え、期待に胸を膨らませたのも刹那のこと。

(…………いやいやいや、こんなのってありですか?)

 期待に膨らんだ気持ちがあっという間に萎んでいくのを感じました。
 なぜなら見えてきた壁の向こうの人間の世界。
 私がこの世界に来て初めて見る人間の街は。
 戦闘の真っ最中だったからです。

(確かに、人が多く存在する場所には違いないですけども!)

 その場所がまさか戦争まっただ中だとは思いませんでした。
 至るところで黒煙があがり、時折新たな爆発が起きて建物が倒壊したりしていました。
 町並みに良く目を凝らして見れば、人と人が剣やら槍やらを持って戦っているのが見えます。
 距離的に砂粒程度の大きさにしか見えないのが幸いしました。
 近くで見ていたら、とても冷静ではいられなかったでしょう。
 人が切られ、赤いものを噴き出しながら倒れているのも見えましたが、どこかミニチュア人形の戦いのようで、現実味が乏しかったのです。

(平和な状況なら、話ができたかもしれないのに……!)

 とてもじゃないですが、冷静に話を聞いてくれる状態ではなさそうです。
 こんな場所に降りていったとしても、言葉が通じない私の話を悠長に聞いてくれるわけがありません。
 敵と思われて攻撃されるのが目に見えるようです。

「……ぐるる?」

 そのとき、ドラゴンが小さく唸りました。
 唸りに応じてドラゴンを見てみれば、手に握った私を覗き込んで来ています。
 ここに降りて良いのか、問うているような気がしました。
 とにかくいまはここを離れなければなりません。
 私は慌てて、ドラゴンに向かって首を横に振りました。
 こんな場所に降ろさないで欲しい。そういう気持ちを込めて、首を横に振ります。
 それがいけなかったのでしょうか。
 ドラゴンは私とヨウさんを掴んでいた手を、無造作に開いたのです。

「ちょっ、ちがっ、そうじゃなくてえええええええええええ!!!」

 いきなりすぎて反応しきれませんでした。
 ドラゴンの手から解放された私はそのまま真下に向かって急降下。
 森でドラゴンに「高い高い」された時は、感覚的に理解できない高さは逆に怖くないとか言いましたが、落ちるという状況なら話は別です。
 あらゆる影響を防いでくれるバスタオルも、落下時の浮遊感までは消してくれませんでした。
 胃の中がひっくり返りそうな感覚。
 バスタオルがめくれ上がって大変な状態になるのを、抑えようとして身体が反転。
 そうやって頭から落ちたら、また頭部が地面に埋まって死ぬ、と咄嗟に思った私は身体を丸め、目を閉じて、遮二無二回転を加えて頭から落ちるのを回避しようと努力して。

 結果、自分にもよくわからない体勢で地面に『着弾』しました。

 表現しがたい感覚が全身を包み、耳が全く聞こえなくなりました。一時的な麻痺、だと思いたいです。
 自分が上を向いているのか下を向いているのかもわかりません。
 気絶しなかったようですが、そのせいでかえって自分の状態を掴みかねてしまいました。
 身体を動かしてみようとすると、なにやら柔らかなものに遮られます。目や口はあけられませんでした。
 それを押しのけるようにして、なんとか腕を動かすことに成功します。
 そうしている内に、ようやく自分の体勢がどうなっているか、身体の感覚でわかるようになってきます。

(……っ、これ、は……土の感覚……? もしかして、埋まっちゃってる……?)

 幸い、森で埋まった時よりは軟らかい土のようです。
 私は土を掻き分けるようにして、自分に被さった土を身体の上から退け、外にでることに成功しました。
 そうしてようやく、私は目と口を開けることができました。
 土から出ると同時に音も聞こえ始めたので、鼓膜も無事なようです。

「ぷはっ!! はあっ、はあっ、し、死ぬかと……」

 呼吸ができるようになって、ほっと一息吐いた私でしたが。
 その喉元に白刃の切っ先が突き付けられ、その息を呑むことになりました。
 切っ先の元を見れば、西洋甲冑に身を包んだ人が、その手に持つ槍の切っ先を私に向けていました。
 頭まで兜に覆われているので、表情はよく見えませんでしたが、視界を確保するスリットから覗く目は、明らかにこちらを睨み付けてきていました。
 いまにも殺そうというような、殺意の籠もった目。そんな視線を向けられたことのない私は、完全に思考が停止してしまいました。

「#%#&$'&()'&!?」

 その人は何か言っているようでしたが、私にその意味は全く理解できません。
 少なくとも音として聞こえてはいるので、まだ意思疎通の可能性はありましたが、状況が状況です。
 この状態では意思疎通の可能性を探ることもできないでしょう。
 だから私は、両手を高く上げ、声を張り上げました。

「私に戦う意思はな、っ――!?」

 手を上げ、声をあげかけた時、その槍を持っていた人は、上げた私の手をいきなり突いて来ました。鋭い槍の切っ先が私の手を弾きます。
 バスタオルのおかげか、痛くはなかったのですが、鋭い切っ先で突かれたというのは、ぞっとする感覚でした。守られていなければ、掌を貫通していたのは間違いありません。

 あとから冷静に考えてみれば、この世界は魔法がある世界なのです。

 突然目の前に落ちてきた相手が、両手を挙げて何かわけのわからない言葉を叫ぼうとした、というのは、私の世界で例えるなら、「素性不明の外国人が目の前で銃を取り出し、銃弾を装填しようとした」くらいの感覚だったのかもしれません。
 私だったら全力で逃げるでしょうし、警察官なら取り押さえようとするでしょう。ですので、その人の行動も無理からぬことでした。
 無論、そのときはそんなことを落ち着いて考える余裕はなく、私は慌てて弁明しようとしてしまいました。

「ちょっと、待ってくださっ、ぐぇ!?」

 痛くはないとはいえ、槍で突かれた手を庇いつつ、斬りかかってきている人に再度話しかけようとしたら、その人はいきなり跳びかかってきました。
 槍では効果がないと思ったのか、直接制圧しにかかってきたのです。
 私は自分よりも遥かに身体の大きな人に押し倒され、口を塞がれてしまいました。
 いえ、塞がれたというか、頬を思いっきり殴りつけられました。
 私が話そうとしていることを、呪文の詠唱なのだと思っているのでしょうけど、とんでもなく荒っぽいやり方でした。
 殴られても痛くはないのですが、衝撃で言葉が途切れてしまいます。

「話をっ、きゃあっ! や、やめっ!」

 彼も必死だったのだとは思います。
 私が敵対する存在かもしれないと思えば、魔法の詠唱らしき行為を見逃すわけにはいかないのでしょう。
 けれど、自分より遥かに大柄な男の人に、必死の様相で殴りつけられるこっちは恐怖でしかありません。
 顔を手で庇おうにも、その人は器用に足で私の手を押さえていて、こっちは顔を殴りつけられるままに殴られるしかないのです。
 心底、怖かったです。

「――――」

 不意に、その殴打の嵐が止みました。
 恐る恐る、閉じていた目を開いてみると、私に跨がっていた人の身体に緑色の縄、いえ、ツタが巻き付いていました。
 ツタは屈強なその男の人の動きを完全に絡め取っており、男の人が逃れようとして暴れてもびくともしていませんでした。
 私がもしかして、と思う間もなく、そのツタはその人を持ち上げ、私の上から退けてくれます。
 そのままその人は空高く放り投げられ、空中でじたばたと足掻きながら、遠くの方に落ちていきました。
 瓦礫の向こうからものすごく鈍い金属音が響きましたが、そんなことに構っていられませんでした。

「た、たすかっ、た……?」

 のし掛かられ、殴られ続けた恐怖の余韻がまだ私の身体を震わせていました。
 地面に仰向けに寝転がったまま、呆然と空を見上げていると、その視界に光り輝く人型の存在――ヨウさんが入り込んできました。
 その目はどこか不安そうに私を見ています。
 浮かんでいる表情から、私を気遣ってくれているのがなんとなく理解できました。
 ツタの時点で予測はついていましたが、やはりヨウさんが助けてくれたみたいです。

「あ、ありがとうございます……っ!」

 私は急いで起き上がり、すぐ近くまで降りてきたヨウさんに抱きつきました。
 恥ずかしいとか、そういうことは考えていられません。
 とにかく、少なくとも味方ではあるヨウさんに縋っていたかったのです。
 ヨウさんは戸惑っているようではありましたが、抱き締め返してくれました。
 せっかく人間の街に出てこれたというのに、あまりにも恐ろしい初遭遇です。
 そして、その窮地はまだ続いていました。

 周囲に、完全武装の人たちがぞろぞろと集まって来ていたのです。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第四章 2

 ぞろぞろと集まってきた人たちは、とても友好的には見えませんでした。
 皆揃って武器を持ち、こちらを完全に敵と認識しているようです。
 向こうからしてみれば急に空から降ってきた怪しい存在なのですし、仕方ないでしょう。
 私とヨウさんを囲むように、一定の距離を保ってじりじりと近付いてきます。

(すごい衝撃だったでしょうしね……)

 私が埋もれていた辺りの地面は、ちょっとしたクレーターになっていました。
 まるで隕石でも落ちたかのように、石畳が吹き飛んで土の地面が露わになってしまっています。
 周りにある建物や、吹き飛ばずに残っている石畳にも、余波なのかヒビが走っていました。
 ただ、ちゃんと確認したわけではないので実際のことはわかりませんが、少なくとも落下に巻き込まれた人はいないようなので、それだけは少し安心しました。
 ドラゴンに勘違いされて放り出された結果、巻き込まれて死んだ人がいたら、その人に申し訳がありません。

「――――」

 不意に、ぞくりと嫌な感じがしたかと思うと、足下の地面からなにやら緑のツタが生えだしました。
 ヨウさんの方を窺えば、怖い顔をしたヨウさんが怪しく光り輝いていました。
 どうやら、周りに集まってきた人たちを牽制しているようです。胸に抱きしめた私を庇うようにして、周囲を睨み付けています。
 絶世の美女なだけにその眼力は半端なく、にじり寄って来ていた周囲の人たちが後ずさりしているのがわかります。
 ぼーっとしている場合ではありませんでした。

「ま、待って! 待ってください! 落ち着いて!」

 私は身体を暴れさせてヨウさんの腕の中から抜け出ました。
 不思議そうにしているヨウさんの前に立ち、周りの人たちに向かい合いました。
 バスタオル一枚の私に視線が集中しますが、恥ずかしいとか言っている場合ではありません。
 それでも恥ずかしさのあまり震える声を振り絞って、熱く火照る頬は無視して、声を張り上げます。

「わ、私は敵じゃないです! 誰か私の言葉がわかる人はいませんか! どうか私の話を聞いてください!」

 言葉が通じないのなんてわかりきっていることです。
 ですから、とにかく声を張り上げます。何も起きないことがわかれば、少なくとも敵対行為ではないと判断してくれるでしょう。
 そうすればあとは、言葉をどうにかして理解しようとしてくれるはず。
 魔法による翻訳の手段などがあるのならば、それを試みてくれることでしょう。
 どうか伝わってください、と祈りながら必死に声を張り上げました。
 さすがに笑みを浮かべるほどの余裕はありませんでしたが、少なくとも敵対意思はないと判断してくれるはずです。
 目論見通り、油断なく武器を構えていた人たちも、私の言葉で何も起きないことを悟ったのか、その構えが少し解かれました。

「&$'"$)&#$"……」

 戸惑いつつも、何か言ってくれているようですが、言葉がわからないんですってば。
 私は同じ言葉を繰り返します。
 まずは伝わらないことが伝わればいいのです。
 そうしているうちに、なにやら相談しているような様子が見られました。
 そして、そのうちのひとりが、急ぎ足でこの場を離れていきます。
 これはいい傾向です。恐らくこの状況に対処できる人を呼びにいったはず。
 同じ内容を叫び続けるのも、さすがに疲れてきました。
 その人が誰かを連れて戻ってきてからでいいかな、と私は一端叫ぶのを止めます。

(ふぅ……これでようやく、まともに話が聞けますね)

 そう私が思い、気を緩めた瞬間。
 真上から、真っ黒いものが降りて、いや、『落ちて』きました。
 それくらいの勢いでした。私の真後ろで爆弾でも爆発したのかと思いました。
 暴風が吹き荒れ、危うく身体ごと吹っ飛ばされそうになったところを、ヨウさんがすかさずツタを伸ばして絡め取ってくれたおかげで、私は吹き飛ばされずに済みました。
 落ちて来たもの、それはもちろんあのドラゴンです。
 うかつでした。なぜか私に執着しているドラゴンが、私から離れるわけがなかったですのに。

「グオオオオオ!!!」

 超高空から降りてきたドラゴンの咆哮は、衝撃波を生じさせ、ただでさえ脆くなっていた周辺の建物をなぎ倒してしまいました。
 その衝撃は周囲に集まっていた人たちをもなぎ倒し、ヨウさん相手には一応成立していた包囲の陣は完全に崩壊してしまっています。
 衝撃波によって飛んだ瓦礫とか、そういったものが襲いかかったわけですから、とんでもない被害でしょう。
 せめて人死にが出ていないことを祈ります。

(ヨウさんがいなかったら、私もその礫のひとつになってましたけどね……)

 そして、さらに、混乱は続きました。
 ドラゴン襲来の衝撃を乗り越え、再び立ち上がった人たち。
 かなり根性のある人たちと見ました。
 そんな人たちは一様に決死の覚悟を持って再び私たちを包囲しようとして。
 私とヨウさんの傍に降りて来たドラゴンを目にしました。
 その目が驚きに見開かれ、固まっていたのも数秒のこと。

「ヒ、ャアアアアアアアアアーーーーーッ!!!」

 蜘蛛の子を散らすように、全速力で逃げ出してしまいました。
 言葉はわからずとも、彼らがあげた声が悲鳴だというのはわかります。
 屈強な姿や装備を携えた人たちだとは思えないほど、もう大変な騒ぎでした。
 剣も盾も放り出し、転がるようにして逃げていきます。

「え、あっ! 待ってください!」

 呼び止めようとしましたが、それがドラゴンをけしかける合図だとでも勘違いされたのでしょうか。
 一際激しい悲鳴と怒号を響かせながら、人っ子一人いなくなってしまいました。
 その大騒ぎはどんどん伝播して言っているようで、ただでさえ騒がしい町が騒がしくなっているのがわかります。
 鐘が激しく打ち鳴らされ、私たちを中心に人が離れていくのがわかります。
 取り残された私は、呆然とヨウさんとドラゴンを見やりました。

(これじゃあ、さっき人を呼びに行ってくれた人も戻ってきませんよね……)

 まさかこれほどこのドラゴンが恐れられているとは。
 別にこのドラゴンに限ったことではないのかもしれませんが、いずれにせよこのドラゴンがいると人に逃げられてしまうのは確実なようです。
 こうなるといよいよ困ってしまいます。
 ドラゴンがいる以上、人との会話が無理なのだとすると、なんとかドラゴンに離れてもらうしかないのですが。
 それを正確にドラゴンに伝えられるのなら、そもそも苦労していないのです。

「ああ……もう! どーすればいいんですか!」

 やけくそ気味に叫びます。
 かといってヨウさんやドラゴンが応えてくれるわけもありません。
 いよいよ困窮極まった、というところで、ふと、私は周囲を見渡してあることに気づきました。

「……そうだ、街なんですよね、ここ」

 予想外の到着の仕方をしてしまったので失念していましたが、ここは人の街です。
 そして、街ということは人の営みがあるわけで。

「――服! 服があるのでは!?」

 そんな単純なことに、いまさら思い至りました。
 現地の人たちとコンタクトを取る計画は、予想以上のドラゴンの恐れられっぷりによって潰えてしまいました。
 しかし、街に来た目的はそれだけではありません。
 街である以上、人の営みに必要なものは一通り揃っているはず。
 つまりは、服です。
 街で服が手に入らないわけがないのです。

(結構いい縫製技術をしているみたいでしたしね)

 さっきまで周囲に集まっていた人たちが来ていた服を見る限り、さすがに現代みたいな機械レベルの縫製技術はないようでしたが。
 それでも着るのに支障がなさそうなレベルの服を着ていました。
 魔王さんが普通に服を着ていたので、この世界の全てが裸族というわけではないということはわかっていましたが、どの程度の被服文化があるかはわからなかったので、一安心というところです。
 その服を得ることができれば、この街に来た甲斐があったと言えるでしょう。

(このバスタオルは手放せませんが……これを下着代わりに、この上から服を着ればいいだけですし!)

 そうすればかなり余裕を持って構えることが出来るようになります。
 願わくば下着や上下の服まで、一通りの服が揃えば最高なのですが。
 私はまず周囲を見渡し、服の類が落ちていないかを確認します。
 しかし、道ばたに都合よく服が落ちているということはありませんでした。
 あったとしても、土塊塗れになって着ることはできなかったかもしれませんが。
 こうなると、家の中に入ってみるしかありません。

(勝手に人の家に入るのは少し気が引けますが……)

 私はさっそく、近くの崩壊していない家に向かいます。
 と、その前に。
 私はドラゴンを見上げ、その場に留まってもらうようにジェスチャーを行います。
 ドラゴンは物理的に付いて来れないとは思いましたが、建物を壊されては溜まりません。
 すぐ戻る、という主旨のジェスチャーを行います。
 これはドラゴンに、というよりはヨウさんに向けたものでした。
 ヨウさんたちにはこのジェスチャーが通じていましたし、ドラゴンと会話が出来ているようなので、通訳して貰うのです。
 幸い、察しのいいヨウさんは頷き、ドラゴンに向けて何か喋っています。

「グルル……」

 なにやら不機嫌そうなドラゴンですが、ヨウさんが説得してくれたようで、その場に座り込みました。
 ヨウさんは明らかに顔色を悪くしています。人間にとってだけではなく、彼女にとってもドラゴンは本当に恐ろしい存在なのでしょう。
 負担をかけてしまっていることが申し訳ありませんでした。
 言葉が通じるようになったら、ヨウさんには山ほど御礼を言わないといけませんね。
 ヨウさんに危害が及ばないよう、急いで用事を済ませるべく、私はすぐ近くの家に駆け込みます。
 その家はごく普通の一般家屋という感じで、人の生活臭が強く残っていました。
 残ってはいましたが。

「うわぁ。これはひどいですね……」

 家の中はぐちゃぐちゃでした。大地震でもあった直後のようです。
 実際、私やドラゴンが落ちてきた時の衝撃はそれくらいの震動になっていたのでしょう。
 家主はとっくに逃げ出しているのか、家の中に誰かがいる様子はありませんでした。
 私は申し訳なく思いつつも、落ちている小物などを踏み越えて家の奥へと進みます。
 バスタオルの加護のおかげで足の裏が傷つくということはありませんでしたが、裸足で砕けた皿や瓶の破片を踏みつけるのには勇気が要りました。
 なるべく考えないようにしながら、家の中を物色していると、それっぽい棚を見つけました。
 いまさらですが、完全に火事場泥棒の行動ですね、これ。

(ごめんなさい、お借りします!)

 心の中で謝罪しつつ、小躍りしたい気持ちを堪えて、その棚を開けてみます。
 中には、喉から手が出るほど欲しかった服が、いくつも詰まっていました。
 男性のもののようですが、この際贅沢は言ってられません。
 棚の中には、シャツとズボンがありました。
 下着は別の場所に仕舞われているのか、見当たりませんでしたが。
 そもそもこの世界の下着ってどういうものなんでしょう。
 わからないのは仕方ありません。ひとまずシャツとズボンを着ることにしました。

(まずはズボンを履きましょう……ああ、これで漸く心細い状態から解放されます……!)

 お風呂上がりに異世界に召還されてからいままで。
 下着すら身につけていない状態で、バスタオル一枚でずっと過ごしてきました。
 いまだ自分に何が起きたのか、起きた事象の解決策どころか、この世界のことすら良くわかっていません。
 けれど、とにかく。
 バスタオル一枚という痴女スタイルからは、これで脱却できます。
 こうやって問題をひとつひとつ解決していけば、いずれはきっと元の世界に帰る事も叶うでしょう。
 私は浮かれた気持ちでズボンに足を通し――男物だけにかなり大きかったですが――そして、バスタオルを巻いている腰に被せるように、ズボンを引き上げました。

 爆発しました。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第四章 3

 何を言っているのかわからないと思いますが、何が起きたのか私が一番訳がわかりませんでした。
 もう一度言います。ズボンを履いたら、そのズボンが爆発しました。
 幸い、その爆発は熱くもなんともなかったので怪我はしていませんでした。
 ズボンを引き上げる際の手の動きのまま、固まってしまいます。
 手に掴んでいたはずのズボンは、足を通した膝のあたりまで吹き飛んでいました。
 いえ、正確にいえば足首辺りにズボンの裾の残骸のようなものは残っていましたが、もはやズボンとは言えません。

(この世界のズボンは爆発するんですか……?)

 そんな馬鹿なと言いたいところですが、ここは異世界。
 ズボンに爆発物を仕込むのがトレンドなのかもしれません。
 そういう衣服もひょっとしたらあるのやも。
 現実逃避気味に考えていた私は、下半身が妙に心許ないことに気づくのが遅れました。
 ズボンを履きかけていたために、それが急になくなったことによる違和感かと思いましたが、見下ろしてみてそうでないことは明白でした。

 なぜなら、さっきまでバスタオルに覆われていたはずの私の下半身が、丸出しになってしまっていたからです。

 私が愛用しているバスタオルは寸法が大きめなもので、胸からお尻の下くらいまでをきっちり覆えるくらいの大きさがあります。
 そのため、いままでは自然と胸と股間の両方を隠すことが出来ていました。
 ところがいま、そのバスタオルの丈が短くなっていて、どんなに頑張っても、おへそくらいまでしか隠せない状態になってしまっていました。
 そのことに気づいた私は。

「ッ――きゃあああああああああっ!?」

 思わず、大声で悲鳴を上げてしゃがみ込みました。
 それまでだって頼りない状態であったことは確かですが、普通にしていれば胸も股間も隠せていただけに、いまの状態になってしまった衝撃は激しいものでした。
 心臓がばくばくと音を立てて暴れ出し、恥ずかしさのあまり、顔に血流が集まって真っ赤になるのがわかります。

(なんでっ、なんでこんな……もしかして、さっきの爆発!?)

 しゃがみ込んだ状態で改めてバスタオルの裾を見ると、なにやら不思議な感じに光っています。
 その光りはさっきの爆発が起きた時に見た光とよく似ていました。
 このことから、私は嫌な発想にたどり着いてしまいます。
 先ほどの爆発は、このバスタオルが『別の衣類に対する拒絶反応』を起こした結果なのではないかと。
 だってそれまではなんともなかったんです。
 なのに、ズボンを履こうとした瞬間、それを嫌うかのように爆発したんですから、そうとしか思えませんでした。
 違う理由があるのだとしても、私にそれはわかりません。
 わかるのは、このバスタオルを身に付けている限り、他の服は身につけることすら出来ないということ。

(なん、で……なんでこの世界はこんなにも不親切なんですか――ッ!!)

 何の説明もなく、バスタオル一枚で放り出されただけでも不親切なのに、そこに来て「バスタオル一枚の姿以外は許さない」というような現象が起きました。
 もはや不親切を通り越して、理不尽だとすら感じます。
 やり場のない憤りを、その辺りにぶつけてしまいたい激情に駆られました。
 ですが、それすら許されませんでした。

 突如、私の頭の上をものすごい『何か』が通り過ぎていったからです。

 わかりやすく現代で例えるなら、新幹線が真横を通り過ぎていった時のような感覚でしょうか。
 私はその余波らしき衝撃で地面に押さえつけられて「うぎゅ!」と、ものすごく無様な声をあげてしまいました。
 しゃがみこんでいた体勢で、そこから上からの力で押さえつけられたせいで、まるで土下座でもしているかのような状態になってしまいました。
 しかも、いまの私はお尻が露わになってしまっている状態なので、情けないやら恥ずかしいやら。
 大変なのは、そこからでしたが。

『グルオオオ――ッ!!!』

 大音声で吼えるドラゴンが、瓦礫を踏み潰しながら、すぐ目の前までやって来ました。
 あれ、家は、ということは考えるまでもありません。
 さっき私の頭上を通り過ぎていった何か。それはドラゴンの放ったブレスだったのです。
 一瞬前まであったはずの家は木っ端微塵に吹き飛び、頭上に青空が広がっていました。
 恐る恐る顔を上げて後ろを振り返ってみると、どこのバトル漫画ですかといいたくなるような、強力な熱線が通り過ぎていったらしき跡が遠くまで続いています。
 無論、その軌跡の途中にあった建物は、見事に円の形にくりぬかれるように消滅しています。

(魔王さんのところではこんな破壊は……いえ、そういえばありましたね。こういう跡)

 私もろとも魔王さん達に向けて放たれた時はこんな破壊は生じませんでしたが、ドラゴンがあの地下空間に飛び込んで来たらしい穴がこんな感じでした。
 あのときも思いましたけど、とんでもない破壊力です。
 あそこだと非現実的すぎて実感が湧きにくかったのですが、町並みが破壊されているのを見ると、その破壊力を肌で感じられます。
 現実に例えると、『大型の竜巻が通っていった跡』というのが一番近いですね。
 消滅しているのですから、それ以上の破壊力だと言っていいでしょう。

(恐ろしすぎです……人々やヨウさんがこのドラゴンをあんなに恐れるのも無理はありませんね……)

 いまのブレスに人が巻き込まれてないことを祈ることしかできません。
 ドラゴンを見た段階でたくさんの人が逃げ出していたので、範囲外まで逃げたと信じましょう。
 ブレスの跡は相当遠くまで伸びていた上に、その先で爆発まで起こしたのか、クレーターが見えたので望み薄だとは思いましたが。
 そんな風に、起きてしまった惨劇に呆然としていたのが、良くなかったのでしょう。
 私の様子を伺っていたドラゴンが、唐突にその舌を伸ばして来ました。

「ひ、あっ!? うあっ、ちょ、やめっ!」

 べろん、と身体の側面を舐め上げられます。
 くどいようですが、私とドラゴンでは体格差がとんでもないのです。
 ドラゴンの舌、というのは、表面積にして車の座椅子並の大きさがあります。そんな大きさの舌で舐め上げられるところを想像してみてください。
 当然、私は耐えきれず、横倒しにされてしまいます。ドラゴンはそんな私をさらに舐めて来て、家の残骸の中に埋め込まれてしまうかと思いました。

「ちょ、まっ、やめっ、やめてくださいっ!」

 手で押しのけようにも、ドラゴンの力強さには叶いません。踏ん張った手の分、さらに押しつぶされるように押さえつけられてしまいます。
 腕の骨が折れなかったのは、バスタオルの加護があったからこそでしょう。そうでなかったら全身の骨が砕かれて悲惨なことになっていました。
 あまりの力の差に抵抗を諦めると、ドラゴンはひとしきり私の身体を舐めたあと、少し離れてこちらの様子を窺っているようでした。
 体中ドラゴンの唾液でべとべとです。バスタオルの力か、すぐに消えていきましたが。

(……心配してくれている、ん、ですよね?)

 相変わらずドラゴンの表情はとても読みづらいものでしたが、初対面の時のように突然襲いかかってくる心配まではしなくなっていたので、細かな変化を見る余裕がありました。
 それからすると、やはり心配してくれているのは間違いなさそうです。
 いきなりとんでもないブレスを吐いたのも、私が悲鳴を上げたからでしょうし。
 下手したら巻き込まれていましたけども。
 理由は相変わらず不明ではありますが、少なくとも気遣ってはくれているようです。

(よくよく見ると、動きにちゃんとした知性が感じられますし……)

 あまりに外見の圧が強すぎて感じる余裕がなかったのですが、犬や猫のような動物とは全く違うのが確かに感じられました。
 考えてみれば、このドラゴンとヨウさんは会話が出来るんです。
 つまりドラゴンも言語を解するだけの知性はあるわけで、私の言葉が通じないだけです。
 そうなると、ドラゴンを化け物みたいに考えるのは間違いかもしれません。
 例えるならば……日本語の出来ない超大柄な黒人さん、みたいな感じでしょうか。
 何か違う気もしましたが、いっそのことそう考えていた方が気が楽になります。

(向こうは気遣ってくれてるのに、こっちがいつまでも怯えていては気分も良くないでしょうしね……フレンドリー精神を心がけましょう)

 それでも体格差を考えて欲しかったですが。
 バスタオルの加護がなかったら何度死んでるかわかりません。
 瓦礫に埋もれた状態からなんとか起き上がり、手を伸ばして近付いて来ていたドラゴンの鼻先を撫でます。
 まだ少々怖いですが、とりあえずこれくらいならなんとか。
 大丈夫だという意思が伝わったのか、ドラゴンは首を離して、少し高い位置から私の様子を見守る姿勢に戻りました。

(さて……とりあえずバスタオルは、と……)

 私の胸からおへそくらいの丈になってしまったバスタオルを改めて確認します。
 ずっとこのままだとしたら絶望するところでしたが、キラキラ光る裾をじっと見つめていると、ほんの少しずつではありましたが、再生しているような気配があります。
 時間はかかりそうですが、自己修復機能があると考えていいでしょう。
 バスタオルに服を被せるまでは平気だったのですから、下半身が露出している今なら、ズボンだけは普通に履けるかもしれません。
 けれど、爆発の条件が不明な以上、これ以上爆発が起きるかもしれない行為は避けるべきでした。

(このバスタオルを失うわけにはいきませんからね……)

 とはいえ、下半身丸出しの格好というのも悲惨です。
 私は悩んだ末、バスタオルが再生するまでの間、バスタオルの残った部分は腰に巻くことにしました。
 こうすると胸が隠せなくなるのですが、片手で隠そうと思えば隠せますし、上を隠すほうがまだ動きやすいはずという判断です。
 トップレスかつ、ノーパンスカートという痴女スタイルではありますが。
 なんで私がこんな辱めを受けなければならないのでしょう。

(うう……でもこれからどうしましょう)

 人とのコンタクトに失敗し、服の入手にも失敗してしまいました。
 やれるはずだったことにことごとく失敗し、私は途方に暮れてしまいました。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第四章 おわり

 頭のいい人であれば、ここからでも起死回生の一打を放てるのかもしれませんが、一般人の私にはどうすればいいのか見当もつきません。

(何か……翻訳機とか、都合よく落ちてないでしょうか……)

 出来る人ならその辺に転がっている本を回収し、それを解読してこの世界の文字を学ぶのかもしれません。
 私はたまたま近くに落ちていた一冊の本を手に取って中の文字を見てみました。
 たぶん、元の世界にはなかった文字でしょう。少なくとも英語でも漢字でもありませんでした。
 世界を探せば似たような文字はあったかもしれませんが、いずれにせよ解読の糸口すら掴めない類の言語です。

(単語単位で区切れてすらいない……これは解読できませんね)

 単語ごとに分かれていればまだ推測も付いたかもしれませんが、文章ごとになるともはやお手上げです。
 ぱっと見ではミミズがのたくったような文字にしか見えないのです。ある程度の規則性はあるようですが。
 崩し字のような文字から解読するのは、とてもではありませんが無理でした。

(語学堪能な仲間がいれば…………いえ、なにも、仲間にいる必要はないのでは?)

 要は、私の意思が伝わればいいわけです。
 異世界の言葉をリアルタイムで翻訳出来る魔法があるのですから、こちらの書き文字を理解できるようになる魔法があってもおかしくありません。
 必ずしも、私が向こうの言葉を理解する必要はないんです。

(置き手紙! これです!)

 ドラゴンが恐れられていようとも、置き手紙なら向こうはじっくり確認することができます。
 書いてある文字が日本語だったとしても、魔法でなら解読してくれるかも。
 私は急いで周囲を見渡し、紙とペンを探します。
 いま見ていた本に書く事も考えましたが、もっと目立つ方がいいでしょう。

(地面に書くのは風で消えてしまいそうですし、ちゃんと残るものに書かないと……)

 何かないかと探していると、どこかから剥がれたらしい木の板を見つけました。
 ペンも見つかりましたが、書けませんでした。
 恐らくインクをペン先につけて書くタイプなのだと思いますが、インクが見当たりません。
 ボールペンやマジックペンが当たり前にある現代とは違うので仕方ありません。
 それに木の板に書くのなら、小石などを使って傷をつけた方が早そうですね。

(なんて書きましょうか……えーと、『お騒がせして申し』……いえ、無駄なことを書くべきではないですね)

 シンプルに行きましょう。

『 私は 日本から 来ました 清澄 聖羅 です 』
『 言葉が 通じなくて 困っています 助けて ください 』

 これでよし。
 私はその言葉を刻んだ板を、わかりやすいところに立てかけておきました。
 万が一にも誤解されないよう、極力マイナスイメージのある言葉は避けました。
 つまり『戦』とか『殺』とか『死』とかですね。
 敵対する気はありません、とか。殺さないでください、とか。死にたくないです、とか。
 よくある話ではありますが、漢字の意味だけ解読され、「この者は我々と敵対する意思がある」なんて誤解されるのを避けるためです。
 文章で残すのですから、ないとは思いますが……大抵のお話ではそのはずだった物が後々の火種になってしまっていました。

(そう考えるとこの置き手紙も思わぬ形で伝わるかもしれませんが……何も残さないのはそれこそ最悪の結果になりそうですし)

 いまのままだと、突然街に現れてドラゴンをけしかけて破壊を振りまき、去って行っただけの存在ですからね。
 置手紙が吉と出るか凶と出るか。
 この世界の良識と、私の運命にかけるしかありません。
 向こうの人たちも解読が出来ずに読まれないという可能性もありますが、少なくとも意思を伝えたいという意図だけは伝わることでしょう。
 それさえ理解してもらえば、まずは交渉から入ろうとしてくれるはず……だと信じます。

(他に街で出来ることは……)

 出来れば、様々な物資を持っていきたいところでした。
 また森の中に戻るとしても、何もないと色々試すこともできません。
 もう完全に火事場泥棒でしかありませんでしたが、袋のようなものを見つけたので、その中に手当たり次第に目に付いた物を放り込んでいきます。
 ペンや本、皿や布など、とりあえず入れるだけ入れました。
 とはいえ、片手で持てるくらいの量にしないといけなかったため、持って行ける量はそれほどありませんでしたが。
 ひとまず、これ以上この街で出来ることはなさそうです。
 あまり長居すると危険なことになりそうですし、ここから離れましょう。

(そういえば、ヨウさんは……?)

 私が家に入った時は、ドラゴンと一緒に残っていたので、ブレスに巻き込まれたということはないはずです。
 辺りを見渡して見ると、瓦礫の影に特徴的な光が見えました。
 その瓦礫の傍に近付いて見ると、身体を極限まで小さく丸めたヨウさんが、瓦礫の影に隠れて震えていました。
 どうやらドラゴンが放ったブレスに怯えているようです。
 無理もありません。私はバスタオルの加護があるから大丈夫ですけど、普通なら容赦なく消滅させられそうな威力ですからね。

(すみません……私に付いてきてもらったばっかりに)

 私はヨウさんの傍にしゃがみ、その背中にそっと手を当てます。
 触れたヨウさんの背中は震えていました。触れると、ヨウさんも私に気づいて、こちらを涙目で見てきます。その表情が少し安堵したような気がしました。
 慰めることには成功したようです。
 ドラゴンに気遣われている私が傍に居る限りは安全だと思っているのかもしれません。
 これから、ヨウさんにはドラゴンへの通訳をしてもらわないといけないのが心苦しかったですが。
 ヨウさんが落ち着いたのを見てから、私は地面に伝えて欲しいメッセージを描きます。

(えーと、元いた森を同じように示して……と。で、いま私たちがいるところを示して……矢印で繋いで……)

 『元いた森に帰ろう』という意図が通じると良いのですが。
 何度かやっているだけに、その絵からヨウさんは私の意図を理解してくれたようでした。
 しかし、その目を見開くと、私の肩を掴み、激しく首を横に振ります。
 戻りたくない、という意味であると推測できます。
 どうして元いた森に戻りたくないのか、というのは愚問ですね。
 ヨウさんは恐怖に満ちた様子でドラゴンをちらちら見ていましたから。

(なるほど……ヨウさんが私に同行してくれた目的は、私に対する親切というよりは、むしろ、森からドラゴンを引き離すことにあったわけですね)

 森の管理者の彼女たちにしてみれば、このドラゴンは最大の脅威です。
 ゆえに、三人いる内のひとりが犠牲となってでも、森からドラゴンを引き離す。そういう判断をしたのでしょう。
 だからこそ、いまの私の提案は受け入れられないのです。
 迷惑しかかけていないのですから当然かもしれませんが、ヨウさんが親切心などの好意で同行を申し出てくれたわけではないことに、私はショックを受けていました。
 そして、ショックを受けているということを、自嘲します。

(私は、何を勝手にショック受けてるんでしょうね……当たり前じゃないですか)

 ヨウさんたちにしてみれば、私という存在はドラゴンが森にやってくる原因となった、諸悪の根源です。
 そんな私に対して、ヨウさんたちが好印象なんて持つわけがないのです。
 実際、私はドラゴンに対して怯えきっているヨウさんに、まだ通訳をしてもらおうとしているのですから。
 本当にヨウさんのことを思うのであれば、森に帰ってもらうべきでしょう。
 そうできないのは、ヨウさんに甘えているからです。

(いまヨウさんに離れてもらうわけにはいきませんから……)

 私は地面に描いた絵から、ヨウさんが元いた森を示す絵を消します。
 矢印も消し、明後日の方向に矢印を書き直しました。
 とにかくこの街からは移動しなければなりません。
 出来ればこの近くの、人がいない場所がいいのですが、果たしてそれが伝わるかどうか。
 少なくとも元いた森じゃなくてもいいことは伝わったようで、ヨウさんがドラゴンを見上げて、通訳をしてくれました。
 私はなるべくヨウさんの傍から離れないように立ちます。

「グルル……」

 不思議そうに首を捻りつつも、ドラゴンは移動に了承してくれたのか、再び私とヨウさんをその手に掴みます。
 その際、手に提げている袋の中身が潰れやしないかとひやひやしましたが、上手くヨウさんと私の間に挟まったらしく、潰れたり落としたりする心配はなさそうです。
 ドラゴンが翼を広げ、その場から飛び立ちます。
 徐々に高度があがっていきます。
 だいぶ慣れたのか、余裕を持って周りを見ることが出来ていたので、私はそれに気づくことが出来ました。

 私たち目掛けて、ドラゴンと同じくらい巨大な火球が飛んで来ていました。

 私はそれに反応して声をあげることすらできませんでした。
 その火球はロケットランチャー並の早さで飛んできていたからです。
 不意の銃撃を避けられる人間などいません。
 人間の反射速度には限界があり、だからこそ奇襲や強襲といった作戦行動は意味を成すのです。
 そしてその火球は、私の反応を完全に上回った攻撃でした。

 しかし、それでもドラゴンには通じませんでした。

 ドラゴンとて、火球に気づいたのは私と同じタイミングだったはずです。
 もしかすると何か私にはわからない感知能力があるのかもしれませんが、少なくとも私の目には、ドラゴンは火球が飛んできた段階で反応したように見えました。
 視線を火球に向けると同時に、その火球を遮るように幾何学模様の紋章が空中に浮かび上がり、火球の爆発を完全に防いでしまったのです。
 さらに、ドラゴンは間髪入れず、その火球が飛んできた方向に向けて、ブレスを一閃。
 吐息というにはあまりにもビーム的な黒い閃光が虚空を走り、町の一角を吹き飛ばしてしまいました。

(……うわぁお)

 内心思わずそう呟いたのも仕方ないと思います。あまりのことに呆然とせざるを得なかったのです。
 攻撃されたから反撃しただけ、というにはあまりにも一方的でした。
 このドラゴンが強すぎるのか、それとも元々人とドラゴンの間にはこれだけの力の差があるのか。
 それはわかりませんが、このドラゴンを力でどうにかするのは無理だというのがはっきりとわかりました。
 このドラゴンの機嫌は極力損ねないようにしなければなりません。

(言葉すら通じないのに、機嫌取りも何もないですけど……)

 ドラゴンは満足げに一声啼くと、翼をはためかせて移動を開始しました。
 どこに連れて行ってくれるのかはわかりませんが、誰の迷惑にもならないところならいいのですが。
 ドラゴンの意思に任せたまま、空中を移動すること数分。
 数分とはいえ、また結構な距離を移動してしまいました。
 置き手紙を残してきたわけですし、あの街から離れすぎたくはなかったのですが、仕方ありません。
 まずはドラゴンがどこに連れてきてくれたのかを確認しなければ。
 見たところ、人の街とかではないようですし、ヨウさんの森でもありません。
 険しい山がいくつも連なった山脈、でしょうか。
 風景を見極めていた私は、ヨウさんが震え出したことに気づきました。

(よ、ヨウさん……?)

 元々人形みたいに白く透き通った肌をしていたヨウさんですが、その顔色が死人のようになっていました。
 恐怖を通りこし、絶望しているようです。目に光がまったくありません。
 もし現代日本でこんな顔をしている人がいたら、即救急車を呼ぶでしょう。
 それくらい、ヨウさんに生気が感じられませんでした。

(ヨウさんがこんなになってしまうような理由が、この山にあるのでしょ……う、か……ッ!?)

 推測する必要もありませんでした。
 なぜなら、ドラゴンが高度を下げ始め、山の一角に降りて行ったためです。
 そして、その降りようとしている一角を見れば、ヨウさんがどうして絶望しているのかの理由もはっきりとわかりました。
 ドラゴンの降りていく先には――

 多種多様なドラゴンが、数多集まっていたからです。


第五章につづく

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