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黎明媚態

露出系、羞恥系の18禁小説を書いています。関連の同人・版権作品のレビューも書きます。18歳以下の閲覧禁止。

バスタオル一枚で異世界転移 第五章 1

 ドラゴンさんに連れて行かれた先は、ドラゴンの巣窟でした。

 ドラゴンには基本的な色というものが存在しないようで、私たちを連れているドラゴンさんのような黒色だけではなく、赤や青、茶色や黄色など、様々な色のドラゴンがそこには集まっています。
 姿もヘビっぽいドラゴンから翼もなくトカゲにより近いドラゴンもいて、多種多様という表現がぴったりです。
 どのドラゴンも私たちを連れているドラゴンさんに負けず劣らずの体格と威厳を兼ね揃えていました。もしかしたらドラゴンさんはドラゴンの中でも別格に強いという可能性も考えていたのですが、ドラゴンの力の平均は恐ろしく高いようです。
 まあ、私の見た感じの印象でしかないので、実際はそうではないのかもしれませんが、弱いということはなさそうです。

(ヨウさんが全力で怯えるわけです……)

 集まっているドラゴンさんたちは、飛んできた私たちを興味深そうな目で見上げていました。そんな風に見られると、居心地が悪くなってしまいます。
 そんな、多種多様なドラゴンに注目されながら、彼らが集まっている開けた場所に私とヨウさんを掴んだドラゴンさんが着地します。
 興味津々な様子で集まってきたドラゴンたちを、私たちを連れてきたドラゴンさんは……ややこしいですね。妖精のヨウさんと同じく、私たちを連れてきたドラゴンさんは私の中ではドラさん……いえ、リューさんと呼ぶことにしましょう。

「グルル……ッ!」

 リューさんは周囲に集まってきたドラゴンたちに向け、一際低く唸りました。
 するとどうでしょう。周囲に集ってきていたドラゴンたちは一斉に身を屈め、犬でいうところの「伏せ」のような体勢になったではありませんか。
 しかし体勢こそ絶対服従の姿勢ではありますが、彼らからはリューさんに恐怖している様子はありません。
 ちゃんとした上下関係、というと妙な感じですが、例えるなら、アスリートが自分よりも結果を出しているアスリートに対して見せるような、そういう純朴な敬意が周りのドラゴンたちからは感じられました。

(やっぱり知性ある存在、って感じがしますね)

 腕っ節だけで君臨する系統のボスとは、明らかに違うのでしょう。
 リューさんは周りのドラゴンの反応を確認したと思われるだけの間を開けてから、私たちをその場に降ろします。
 今回はなるべく地面に近付けてから掌を開いてくれたおかげで、私は無事着地することができました。
 しかし、ヨウさんは崩れ落ちるようにその場にへたり込んでしまいます。

「だ、大丈夫ですか……!?」
 
 大丈夫なわけがありません。その顔は蒼白を通り越しており、瞳には絶望の闇しか宿っていませんでした。
 私たちはリューさんを起点に数多のドラゴンに囲まれた状況です。
 ヨウさんが土下座して許しを請うほどの、リューさん並の存在が数多存在しているわけです。絶望したくもなるでしょう。
 荒れ狂う大海に放り出された木の葉のような感覚に相違ありません。
 そんなヨウさんのことなど気にも掛けず、リューさんが動き出します。

「ぐるる」

 小さく鳴きながら歩き、少し行ったところで立ち止まって振り返り、私をまっすぐに見つめてきます。
 どうやら、ついてこい、と言っているようです。
 私はちらりとヨウさんを見ましたが、彼女はいまだへたり込んだまま動けていません。
 周りのドラゴンたちは動く気配がなく、このままだとヨウさんが孤立してドラゴンたちに囲まれてしまいます。

(こ、困りました……ここにヨウさんを置いていくわけには……)

 ただでさえドラゴンたちを怖がっているヨウさんを一人にするわけにはいきません。
 かといってヨウさんを抱えていけるほどの力は私にはありませんし。
 リューさんを待たせるのも良くないでしょう。なるべく心証は良い状態を保ちたいのですから。
 どうするべきか少し悩んだ末、ひとつの解決策を見いだしました。

「私に掴まってください」

 へたり込んでいるヨウさんの手を取って立ち上がらせ、私の背後から前に手を回して、私の身体にしがみつくように誘導しました。
 背中にとても軟らかく大きなものが当たる感触を覚えましたが、意識して無視します。
 ヨウさんの両腕をちょうど私の胸を覆うように回してもらったので、私の両手が自由になるというのも利点のひとつです。
 こうして、ヨウさんを半ば背負うようにして、動けるようになりました。

「さあ、行きますよ」

 幸い、付いてこいと態度で示していたリューさんは待っていてくれています。
 私はヨウさんを背に、リューさんの方へと歩いて行きました。
 ヨウさんも私の意図を察してくれたのか、途中から半分空中に浮き、私の負担を軽減してくれます。

(浮かべたんですね……軽くて助かりますが)

 これなら抱きついてもらわなくても、手を引けばそれで良かったような気もします。
 いえ、私としては両手が自由になるのでありがたいのですが。
 なにせ片手は街から持ってきた袋で塞がっています。
 なので、もしヨウさんの手を引こうとしたら、私は胸を隠すことが出来ず、露わにしたまま歩かなければならないところでした。

(これなら、ヨウさんを背中に隠すという目的も達成できますし、ね)

 私はそう自分に言い訳しつつ、リューさんの後を付いて歩いて行きます。
 そうしているうちに気づいたのですが、私たちのさらに後ろにさっきのドラゴンたちが付いてきていました。
 後ろから大きなものが動いている時特有の、地面を踏みしめる足音が響いてきています。
 どうやら、私たちの存在はドラゴンたちにとって興味の対象となっているようです。
 恐る恐る後ろを振り返ってみると、ドラゴンたちが私たちを見つめながら付いてきていました。

(……えーと、なんていうんでしたかこういうの……百鬼夜行?)

 ドラゴンしかいませんが、その行列の恐ろしさは妖怪の比ではありませんでした。
 ヨウさんを怯えさせないように、何事もなかった振りをして再び前を向きますが、山のような体躯を持ったドラゴンたちが後ろに付いてきているというのはかなりのプレッシャーでした。
 私は少し歩みを早めて、なるべくリューさんから離れないようにします。
 リューさんはそんな私の行動を見て、なにやら嬉しそうでした。長い尻尾が左右に揺れています。

(……ヒヨコが後ろを付いて歩いてくるような感覚なのでしょうか)

 確かにヒヨコが後ろを付いてくる想像をしてみると、嬉しくなるのはわかります。
 私はリューさんにとって、どういう存在なのでしょうか。
 リューさんに懐かれているような感覚でいましたが、自分に主体があると考えるのは間違いだったかもしれません。
 懐かれているのではなく、珍しいペットとして可愛がられているという方が正しい気がして来ました。

(ドラゴンがペットに対してどう考えているのかわからない以上、下手な動きはできませんね……)

 日本人であれば、仮にペットが気に入らなくなったとしても、その場でペットを殺す人はそうはいないでしょう。生態系的にはあまり褒められた行為ではありませんが、近くの川や山に逃がす、という人が多いのではないでしょうか。
 しかし、いまの私の場合、相手はドラゴンです。その場でぱくりと食べられてしまってもおかしくありません。
 私は一層の緊張感を持って、リューさんのあとをついて歩きました。
 数分は歩いたでしょうか。リューさんは大きな洞窟に入っていきます。

(もしやここがリューさんの住処なのでしょうか……?)

 光源はなく、私に暗闇を見通すような目はありません。
 どうしたものかと踏み込むのを躊躇していると、背中のヨウさんが動きました。
 片手を離したかと思うと、その片手から光の球体を生み出してくれます。
 光の球体はふわふわと私たちの少し前を浮遊しています。これなら、足下は見えるようになったので、先に進めそうです。

「ありがとうございます」

 振り返って肩越しに御礼を言うと、ヨウさんはドラゴンたちのプレッシャーにか、怯えつつも健気に笑顔を浮かべてくれました。
 本当にいい人、じゃなくて、いい妖精さんです。
 なるべく早めに元の森に帰ってもらえるようにしなければなりませんね。
 私は改めてそう決意を固めつつ、さらに先へと歩を進めました。
 リューさんの身体は真っ黒なため、洞窟の暗闇に紛れてしまうと見失ってしまいます。
 見失わないように、急いでその後を追いかけました。

(……他のドラゴンたちは洞窟内までは付いてこないみたいですね)

 私たちの後ろをついてきていたドラゴンたちは、洞窟の入口で止まっていました。
 興味津々な顔ではありましたが、さすがにこの洞窟の中にまでは入れないようです。
 もし入ってきていたらすし詰め状態だったでしょうし、正しい選択でしょう。
 奥へ奥へと進んでいくリューさんについて歩いてしばらく。
 とてつもなく広い空間に出ました。
 リューさんが翼を広げて飛べそうなほど、巨大な空間です。
 山の内部を丸ごとくりぬいて作られているような、途方もなく広い地下空間でした。

(ここがリューさんの住処……なのでしょうか?)

 そのとき、背中にしがみついているヨウさんが震えているのに気づきました。
 見れば、リューさんが立ち止まってこちらを見ています。
 リューさんは尻尾をゆっくりと左右に振っていて、リラックスしているように見えます。
 やはりここがリューさんの住処なのでしょうか。
 とりあえずリューさんに近付こうと歩を進めかけた時、それに気づいてしまいました。

 巨大なドラゴンの頭が暗闇に浮かびあがったのです。

 地下空間の奥、光も届かない先から長い首に繋がった頭部だけが見えています。
 その頭部だけでリューさんをぱくりといけそうなほど巨大で、他のドラゴンと比べても明らかに威圧感が違います。
 白く長い髭が生えており、このドラゴンには長老という表現が的確な気がしました。

 そのドラゴンの大きな瞳に、私の姿が映し出されています。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第五章 2

 長老と思われるドラゴンが身じろぎするだけで、地震のような地響きが生じます。

 リューさんはそんな長老さんに対しても、特にへりくだった態度は取っていませんでした。さっきのドラゴンたちはリューさんに対して平伏したりして控えめな態度でしたが、リューさんは堂々と胸を張って長老さんの方を見上げています。
 なにやら得意げな風なのは気のせいではなさそうです。
 一体、この二頭はどういう関係なのでしょうか。
 そう考えていると、不意に長老さんの顔がこちらに向きました。
 真っ正面から巨大な瞳に射貫かれ、思わず全身に緊張が走ります。

「……ひゃっ!?」

 突如、洞窟内全体が光り輝き始めました。
 ヨウさんの光球が比べものにならないほどの光量です。
 何事かと思って光に目を凝らして見ると、曼荼羅のような魔方陣が何重にも展開されたのだということがわかりました。
 それらは私とヨウさんを囲むように広がり、そして収束していきます。
 まるで私を飲み込もうとしているかのように、回転する魔方陣が私に触れて来て――硝子の割れるような音が響いて、すべての魔方陣が砕け散りました。

(いぎゃああ――!! み、耳がっ、耳が痛いですっ!)

 想像してみてください。自分の周りに鏡や硝子が所狭しと置かれた状態で、それら全てが一度に割れた時の騒音を。
 気が遠くなるくらいの衝撃で、思わず荷物を取り落として両手で耳を塞ぎました。
 私の体に両手を回しているヨウさんは大丈夫なのかと思って振り返りましたが、ヨウさんは平気そうでした。
 いえ、顔色は依然悪いままなのですが、先ほどの魔方陣が砕ける時の音は大して影響なかったようです。

(うう……大丈夫なら良かったですけど……)

 それにしても、リューさんが炎の塊を魔方陣を展開して防いでいたことからわかっていましたが、ドラゴンも普通に魔法を使うんですね。
 砕けてしまった理由はわかりませんが、魔法というのはそういうものなのでしょうか。
 リューさんと長老さんの様子を伺ってみると、リューさんは驚いているような顔をしていました。長老さんの方は大きすぎてよくわかりません。
 地響き、ではなく長老さんが唸り声をあげると、こちらを見ていたリューさんが長老さんの方に向き直ります。そしてリューさんも何か唸った後で、再びこちらを向きました。

「ぐるる、ぐる、ぐ、るる」

 なにやらしきりに唸っています。意味がある言葉とは思えないのですが。
 何か伝えたがっていることはわかっても、それ以上のことはわかりません。
 察しが悪いと思われるのは避けたいのですが、さりとて何のとっかかりもなく、全身に冷や汗が滲みます。

(まずい……どうしましょう……!)

 焦りばかりが募って、喉の奥が乾く感覚がしました。
 そのとき、不意にヨウさんが私の身体から腕を外し、背中から離れました。
 裸の胸が晒されそうになって、慌てて自分で胸を隠します。
 ヨウさんは私の前方に移動してくると、なにやらしきりに口を動かし始めました。
 そして、手のひらで長老さんの方を指し示すジェスチャーも加えてくれました。
 その行動から、私は何を言いたいのか、察することができました。

「喋れ、ということですか?」

 実際に声を出して見ると、ヨウさんが嬉しそうに何度も頷いてくれます。
 私の言葉の意味が理解できたわけではないでしょう。
 取った行動が合っている、という意味だと理解しました。
 私はヨウさんに感謝しつつ、長老さんに視線を向けます。
 巨大な長老さんに果たして私の声が届くのか。わかりませんが、とにかく声を出してみるしかありません。

「……はじめまして! 私は清澄聖羅と申します! ……恐らくは異世界の、日本というところからやってきました!」

 なるべく声を張り上げ、自己紹介を始めます。
 それと同時に、今度は長老さんを中心に巨大な魔方陣が展開されました。今度は砕けたりせず、魔方陣は長老さんの額に収束し、吸い込まれるように消えていきました。
 このタイミングでの魔法の発動。いまのが言語を翻訳する魔法である可能性は高いです。
 再度私は同じ言葉を繰り返します。
 私の言葉が終わると同時に、地響きが発生しました。
 長老さんが唸ったようです。

(……あれ?)

 てっきり何か喋ってくれたものかと思いましたが、そうではないようです。
 さらに続いた音も、ただの唸り声でしかありません。
 これはやはり、ヨウさんの声が聞こえずに口パクしているようにしか見えないのと同じく、ドラゴンの声も私には届いていないという可能性が高いようでした。
 ようやく魔王相手以来の会話が出来ると思ったのに。
 気落ちしかけた私は、肝心なことに気づきました。

「すみません。私にはそちらの声が聞こえないのですが……もしや、私の言葉の意味はおわかりいただけているのでしょうか? ……理解していただけているのなら……首を縦に動かして、頷いてみていただけますでしょうか」

 ごくり、と生唾を飲み込みます。
 もし一方的にでも言葉を理解してもらえているのだとしたら。
 それはとても大きな意味を持ちます。
 この不親切で不透明な世界を、理解するための足がかりになるのですから。
 果たして、返答は。

 地響きを轟かせながら、長老さんは『頷いて』くれました。

 急に視界が開けたような想いでした。
 いままでは暗く濁った水の中を、上も下も右も左もわからないまま、ひたすら手探りで進んでいたようなものです。いつ何にぶつかるかもわからず、少し先に怪物が口を開いて待ち構えていてもわかりませんでした。
 そこに、いま、一筋の光が差し込みました。
 いまだ完全に視界が開けたとは言えませんが、それでもいままでとは全然違います。上か下か、くらいはわかったのです。
 どちらに進めば息が出来るのか。
 それがわかったというのはとても大きな変化です。

(ですが……まだです。安心するのは、まだです)

 緩みかけた気を引き締め直します。
 これから何をどうするにしても、何を訊くにしても、まず『あること』をリューさんに確かめなければ始まりません。
 恐らくこうであろう、という予測はしていますが、言葉できちんと意思を確認するまでは安心できないことがあるのです。
 何よりも優先して、まずはそのことを訊いておかなければなりませんでした。

「一方的に質問する非礼をお許しください。……最初に、そちらのドラゴンさんに確認をしておきたいことがあります」

 リューさんを掌で示しながら、最重要の問いを口にします。

「あなたは、私を何らかの儀式の生け贄に使ったり、あるいは単に食べたりするためなどの……最終的に『私の命を奪うことが目的』なのでしょうか?」

 これからの行動を決めるために、これだけは訊いておかなければなりませんでした。
 つまり、リューさんは私を殺す気があるのか、生かす気があるのか。
 もし殺す気なのだとしたら、それはそれで仕方ありません。生き残るための努力はしますが、その場合はその時の動き方というものがあります。
 巻き込んでしまったヨウさんだけでも逃がす取引くらいはできるかもしれませんし。

 ですが、生かしてくれる気があるのなら。

 命の危機を考えなくてもいいのだとすれば、かなり気が楽になります。
 相手が好意的であれば、こちらからのお願いもしやすくなりますし。
 彼らに対し、どういう態度を取るべきか、これからどう動くべきか。
 その指針を定めるためにも、この質問は最初にしなければならないものでした。
 長老さんの瞳が、リューさんの方を向きました。確認をしてくれているのでしょう。

 果たして長老さんは、首を縦に動かすのでしょうか、横に動かすのでしょうか。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第五章 3

 長老さんに視線を向けられたリューさんは、なぜか拗ねたような顔をしていました。
 挙げ句、長老さんの視線から逃れるようにそっぽを向いてしまいます。
 それが何を示しているのか――考えている間に、長老さんが再び私の方を見ました。

 そして、その首を横に振ってくれました。

 リューさんに問いかけたのは「私の命を奪うのが目的なのか」という質問です。
 首を横に振ったということは、少なくともいまの段階でリューさんが私を殺す気はないということ。
 もちろんリューさんが嘘を吐いている可能性はありますが、圧倒的な力の差がある以上、嘘を吐く必要もないはずです。
 仮に嘘だったとしても、嘘を吐く理由がある間は殺される心配をしなくてよいでしょう。
 ようやく、命すらふわふわ浮いていた状態から、地に足を着けることが出来たのです。
 安心した途端、身体にどっと疲れが押し寄せてきました。

「はー……っ」

 考えてみれば、お風呂からあがったバスタオル一枚の格好で異世界に放り出されてから、その恥ずかしい格好のまま、何度も気絶して、高所からの落下を幾度も経験し、リューさんに振り回され、果物しか食べずに、人に押し倒されて殴られ、散々な目に合わされていました。
 疲労もストレスも溜まっていたのを、気を張ってここまでやってきましたが、リューさんの意図の方向性だけでもわかったことで、気が緩んでしまったようです。
 身体から力が抜け、その場にへたり込んでしまいます。
 そのまま倒れそうになった私を支えてくれたのは、ヨウさんでした。心配そうな目で、私を見つめています。

(そう、です……ヨウさんを……)

 全身に重みを感じるほどの疲労感の中、すぐにでも意識を投げ出したいのを堪えて、声を振り絞りました。

「すみません……少し疲れてしまいました。おたずねしたいことはたくさんありますが……やすませてください……」

 不安定に揺らぐ視界の中、地鳴りが響いて、長老さんが頷くのがわかりました。
 次に、リューさんの方を見て、ヨウさんを示します。

「それと、ヨウさん……じゃなくて、こちらの妖精さんを……元いた森に帰してあげてください」

 寂しさは堪えて、そう願います。
 ヨウさんは巻き込んでしまっただけで、本来ならここに来る必要はなかったのですから。
 少なくとも私に命の危険がないとわかった以上、ドラゴンたちを恐れている彼女をいつまでも縛り付けるわけにはいきません。
 長老さんが翻訳してくれることを信じて、言葉を続けます。

「迷惑をかけてごめんなさい……一緒に来てくれて、ありがとう、ござい、ます……」

 ああ、ダメです。疲れからくる眠気が限界です。
 瞼が自然と降りて、何も見えなくなりました。
 私の身体に触れているヨウさんの手に、ぎゅっと力が込められたように感じます。
 その優しい力を感じつつ、私の意識は静かに眠りへと落ちていくのでした。



 ふと気づくと、私はひとりバスタオル一枚の姿で立っていました。
 それが夢だと気づいたのは、あまりに周りの景色がおかしかったからです。
 周りは極普通の市街地であり、私が久しぶりに見る近代的な町並みでした。
 そんな街中でバスタオル一枚の姿で立っていれば、普通は通報されますが、周りを行き交う人々は何事もないかのように私の脇を擦り抜け、無頓着にそれぞれの行く先へと歩いていきます。
 バスタオルが腰布状態ではなく、胸と股間を覆える大きさになっていたのも、夢だと確信できた理由のひとつです。

(……明晰夢を見るのは初めてですね)

 いままで意識を喪失させてしまった時は、大抵気絶だったので夢も視ませんでした。
 こういう場合、夢という形を取って、こうなった事態を仕掛けた世界の管理者なり、神様なりが話しに来るというのが鉄板ですが、ただの夢のようです。
 あまりに普通の日常風景でした。
 夢ならではの気楽さで、私は街中を歩いて行きます。
 バスタオル一枚の格好も、周りの群衆がこちらを無視しているので、さほど気になりません。恥ずかしいのは恥ずかしいですが。

(はぁ……せっかく夢なんですから、普通に服を着たかったですね……)

 バスタオル一枚で活動するのに慣れて来てしまっていることに、危機感を覚えざるを得ません。
 さすがに腰布一枚の状態になっているときは恥ずかしく感じましたが、いまの夢の中のようにきちんと胸からお尻までを隠せている状態なら、さほど抵抗感がなくなって来ているのです。

(周りにまともな人間がいないというのもあるんでしょうけど……)

 ドラゴンだの妖精だの相手に、羞恥心が湧きづらいのは仕方のないことでしょう。
 ヨウさんに至っては同じ女性の姿な上に向こうは全裸ですし。
 ただ、それに慣れすぎていてはいざ人間の街に行った時に、想像以上の羞恥で身動きが取れなくなってしまう可能性があります。
 あまり慣れないうちに、普通の人たちとまともな交流をしたいものです。

(でも、まともに服が着れないというのはまずいですよね……仮に友好的な人と接触できたとして……親切で服を持ってこられたら……)

 生命線であるバスタオルが他の衣服を拒絶する以上、目の前にちゃんとした服を差し出されても着ることができません。
 布一枚の格好なのに、服を着ることを拒絶する者を、人々はどう視るでしょうか。
 文化の違い、と思ってくれればいいですが、痴女とか変態など、悪い方向で見られてしまうかもしれません。

(それは……うん、嫌ですね。恥ずかしくて死にたくなります)

 私の精神的にもよろしくありませんし、何より友好的な関係が築けなくなったら、それは極めて致命的な事態と言えるのではないでしょうか。
 できれば人里に行く前に、バスタオルの秘密が少しでもわかればいいのですが。
 私は雑踏の中で立ち止まり、大きく溜息を空に吐き出します。

 そのとき、不意に誰かの視線を感じました。

 夢なのに肌に視線が刺さるような感覚がします。
 途端にバスタオル一枚の格好が恥ずかしくなって、裾や胸元を押さえつつ、周囲を見渡してみました。
 相変わらず無数の人が行き交う、普通の雑踏のように思えますが、何かが変わっていました。
 夢の登場人物が向けてくる視線とは、明らかに違うものが混じっています。
 そしてその違いを生み出している者はすぐに見つけることができました。

 真っ白いローブを身につけた人が、私の方を見ていました。

 その姿は、周りの現代的な町並みから浮いています。
 怪しげな魔法使い、という表現が残念ながら適切でしょう。
 フードを目深に被り、顔も見えないのに、はっきり視線を向けられているのがわかるのが不気味です。
 他の夢の登場人物とは、存在感が違いました。
 明確な異物として認識できます。

「……だれ、ですか?」

 私をこの世界に転移させた黒幕、なのでしょうか。
 状況的にはとてもそれが相応しいように感じましたが、その人が放った言葉は私には理解できないこの世界の言葉でした。
 あの街で人々が口にしていた言葉と同じようです。

「またこのパターンですか……」

 言葉が通じないのにも慣れて来てしまいました。
 ところが、突如状況が変わります。

「――これで理解できるかな」

 その人が魔王と同じく、私の理解できる言葉を話したからです。

「……! 私の言葉が、いえ、話が通じる……んですか?」
「ああ。例え知らぬ言語であろうと、言語である以上は翻訳できる。普通の翻訳魔法では無理だろうがね。私のように魔法の深淵を知るものでなければ不可能だろう……しかし、君は何者だ? 私が知らない言葉など、この世界にはないと思っていたんだがな」

 妙に自信満々にその人は断言します。

「理由は私にもよくわかっていないのですが、私は貴方たちから見ると異世界から来た存在……になるみたいです」
「異世界……? そんなものがあるのか。この私ですら、異界の存在は認識していない」
「え……? この世界には、異世界から勇者とか聖女とかを召還する儀式とか、そういうのがあるのでは?」
「どこから得た与太話だそれは? そんな儀式聴いたこともないぞ」

 これは予想外です。
 てっきり、そういった召還儀式に巻き込まれたものだと思っていたのですが。
 まさかこの世界にその概念すらないというのは驚きでした。

「……では、転生はどうです? 明らかに知り得ない高度な知識や概念を持って生まれる子などはいないんですか?」
「そんな異常な存在が生まれたなら、私の耳に入らないわけがない」
「輪廻転生……死んだ人の魂が別の人に宿って生まれてくるという概念自体がない、とか?」
「魂か。それが事実として『ある』というのは魔法的に解明されているが、死んだあとどうなるかは不明だな。だが、別の赤子に宿って生まれたなどという話は絶対にないな」

 妙に自信満々ですが、この人はいったいどういう立場にある人なのでしょう。
 魔法の深淵を知る、とか割とやばそうな単語も聞こえましたが。

「あの、失礼ですがあなたは、一体どのような立場におられる方なのですか?」
「私の存在を知らないとは……なるほど、君が異世界とやらから来た存在であることは確かなようだ。君が生み出したこの夢にも、私が見たことないものがたくさん……なんだいまの鉄の箱は? 魔法で動かしているにしては大きすぎないか?」
「あれは電車です。私たちの世界には魔法がないので機械仕掛け……えーと、複雑な仕組みの連鎖反応で物理的に動かしている……って言ってわかりますか?」
「ふむ。魔法が無い……複雑な仕組み……一種の絡繰り仕掛けのようなものか。興味深い。これを魔方陣の展開に応用すれば……」

 白いローブの人はぶつぶつと呟き始めます。
 集中しているところ申し訳ありませんが、質問に答えていただきたいものです。

「あのぅ……」
「ん、ああ。すまない。新しいものには目がなくてね。ベールに包まれたこの夢もそうだが……君も中々興味深い。そういえばまだ名乗りもしていなかったか。普通は夢の中に入られたことを誰も気づかないし、そもそも皆私を知っているからな。失礼した。私は――」

 その人が名乗ろうとした途端、急に霞みがかかったようにその姿が揺らぎました。
 私も驚きましたが、その人はもっと驚いているようです。

「む、――りに干渉――ただと? ――――護を受――いるのか……だと――再度繋がるのは難し――だな。……私のことは――なら誰でも知っ――る。会いに――といい。――して――う」

 途切れ途切れの言葉を残し、その人は現れた時と同様、唐突に姿を消してしまいました。
 魔王といい、白いローブの人といい、中途半端に言い残していかないでください。

「友好的な存在……と見ていいんでしょうか」

 あの人が自意識過剰なわけでなければ、『皆が私を知っている』と豪語するくらい、知名度があるということでしょうし、探すのは難しくないでしょう。
 すごく魔法に詳しそうな様子でもありましたし、もしかしたら私が元の世界に帰る方法を編み出してくれるかもしれません。

「……虎穴には入らずんば虎児を得ず、ですかね」

 白いローブの人が言っていたことが正しいのだとすると、この世界に異世界転生や転移を行う魔法はないことになります。
 そうだとすると、最大の問題は『先人はこうして元の世界に戻った』というようなノウハウが一切ないということになります。
 少しずつ不明瞭だったことが明らかになってはきていますが、相変わらずの不条理・不親切な世界でした。

「早く元の世界に帰りたいです……」

 もう何度思ったかわからないことを、私は再度呟きます。
 夢の中の、元の世界の雑踏は、そんな私に構わず、淡々と流れ続けていました。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第五章 4

 目を覚ますと、そこは暗闇の中でした。
 瞼を開けているはずなのに、何も見えません。
 何か軟らかいものの上に仰向けに寝かされているみたいです。
 身体の感覚からすると、何かの草が身体の下に敷かれているようです。

(……ん。さっきの夢のことをしっかり覚えてますね)

 私はどちらかというと夢から覚めると、みていた夢の内容を忘れてしまう方です。
 しかしいまははっきりと白いローブの人のことが思い出せますし、話していた内容もしっかり覚えています。
 普通の夢で無かったことは確かです。
 夢で得た情報が確かなものか、現実で擦り合わせる必要はありますが、ひとまずこの世界で得た情報のひとつとして考えていいでしょう。

(さて、それはさておき……ここはどこでしょう?)

 手を顔の前に持ち上げてみました。
 しかし、すぐそこにあるはずの手は全く見えませんでした。完全な暗闇のようです。
 耳を澄ましてみましたが、ほとんど音が聞こえません。
 風鳴りのような音がかすかにしています。

(……あの洞窟の一角に寝かされているんでしょうか?)

 周りが全く見えないのに動くのは危険ですが、とりあえず可能な限り動いてみることにしましょう。
 そう考えて寝かされていた身体を起こした時、近くに光源が発生しました。
 明るくなったのはいいのですが、暗闇に慣れた目には眩しすぎます。
 思わず顔を手で庇いつつ、見えるようになった周囲を認識していきます。
 そこは洞窟でした。広い空洞――といっても長老さんのいたドーム何個分もありそうな広さとは全く違いますが、体育館くらいの広さはありそうです。

 私はその空洞の隅で、なぜか生えている草の上で寝ていたようです。

 小さく軟らかい葉っぱが、無数に生え茂っています。
 複雑に生え茂ったそれは、身体の感覚で感じてはいましたがとても軟らかく、寝心地は悪くありませんでした。
 それは四つ葉のクローバーに似た草で、普通は洞窟に生えるような草には見えません。
 なのになぜ都合良くここに生えているのか――その答えは光源を手にしている存在が、全てでした。

「ヨウ、さん……!?」

 半身を起こしている私の傍に、ヨウさんが座っていました。
 ヨウさんは穏やかな表情で笑っていて、思わず見惚れる美しさでした。
 神々しい裸身も相成って、妖精というよりは女神に見えます。
 そんなヨウさんを見て、自分が腰布一丁の格好であることを思い出し、慌てて両手で胸を隠しつつ、私はヨウさんに問いかけます。

「な、なんでヨウさんがまだいるんですか!? 森に帰してもらえなかったのですか!?」

 眠りにつく前、私は確かに「ヨウさんを元いた森に帰してあげてください」とリューさんにお願いしたはずです。
 長老さんが私の言葉を翻訳できる以上、通じていなかったということはないはずです。
 どうして、という思いを込めて叫びましたが、ヨウさんは困ったように笑うだけでした。
 ヨウさんの穏やかな様子に、気が抜けてしまいます。

(何らかの理由でリューさんに残るように強制されたとして……こんなに自然体でいられるでしょうか?)

 ヨウさんがリューさんや他のドラゴンたち、長老さんを半端なく怖がっていたことは明らかです。
 あの青ざめた表情や震えていた態度は嘘では無いでしょう。
 周りに彼らがいないからかもしれませんが、それにしても穏やかに見えます。

(……もしかして、私が彼女に感謝しているのがハッキリして、リューさんたちに危害が加えられる可能性が減った、とか?)

 リューさんがどういう理由で私に執着しているかはまだ不明ですが、少なくとも何らかの目的があるわけです。
 その目的を果たすために、悪感情を抱かれると不都合があるとして。
 それはつまり、私がヨウさんに感謝しているのですから、そのヨウさんに危害を加えれば、私からの印象が悪くなるということです。
 それがハッキリした以上、リューさんはヨウさんを害することが出来ないということになります。
 だからヨウさんに少し余裕があるのかもしれません。

(でもどうして残ってくれたんでしょう……?)

 そんなことを考えてしまいます。
 確かに私と一緒にいれば、リューさんやそのリューさんに一目置いているらしい他のドラゴンたちにに危害を加えられることはないかもしれません。
 しかし、それなら森に帰った方が、より安全なはずなのです。
 いくら私からの印象があるといっても、それで完全に安全であるとは言えません。
 いつリューさんの気が変わるかもしれませんし、あくまでヨウさんは巻き込まれただけの存在なのですから。

(ヨウさんは長老さんのように私の言葉がわかるようにはなっていないみたいですし、聞くのは難しそうですね……)

 ヨウさんが無理している様子はいまのところないですし、ひとまずその謎は置いておきます。いずれにせよ、ヨウさんが傍にいてくれること自体はありがたいわけですし。
 下手に藪を突く必要はないのですから。
 意味は通じないでしょうけど、御礼だけは言っておきましょう。

「一緒にいてくださって、ありがとうございます」

 私はヨウさんに笑顔を向けてから、改めて状況を整理します。
 現在いる空洞は、歪曲しながら遠くまで続いているのがわかります。恐らくそちらに向かえば外にでられるのでしょう。
 幸いにしてこの部屋は行き止まりのようなので方向に迷うことはありませんでした。

(外に出てみましょうか……いえ、焦ることはありません。リューさんもいませんし……まずは、と)

 改めて自分の状態を確認します。
 怪我などはしていませんし、痛むところもありません。
 少しお腹は空いてきましたが、まだ我慢できるレベルです。
 腰布状態になったバスタオルは、少し回復していました。いまならおへその上までくらいは隠せそうです。
 けれど胸と股間の両方を隠すにはまだ丈が足りないので、今しばらくは腰布状態が続きそうです。

(少し長くなったおかげで、下半身はだいぶマシですね)

 いままでがミニスカートだとすると、普通のスカート丈くらいにはなっています。
 いまだ胸は手で隠さなければなりませんが、下半身の安心さが違うとこちらの気持ちもだいぶ違います。
 さて次に。私は人間の街から持ってきた荷物に手を伸ばします。落としてしまっていましたが、ヨウさんがここに持って来てくれていたようです。
 適当に詰め込んで来てしまったので、改めて中身の確認をしておきましょう。

(何か役立つものがあれば良いのですが……)

 片手で胸を隠しながら、片手を使って袋の中からアイテムを取りだしていきます。
 片手だと結構手間取るのですが、ヨウさんが興味深そうにこちらをじっと見つめているので、片手を胸から離すことができませんでした。
 いくらヨウさん自身が全裸であると言っても、注目されて恥ずかしいのは仕方ないのです。気にしないように努めつつ、所持品を並べていきます。

(えーと、まずは読めないですけど本が数冊、お皿、コップ、インクはありませんがペン、雑巾のような布きれに……何かの瓶詰め、それとこれは……お守り、でしょうか?)

 落とした時に割れてしまったのか、お皿はヒビが入っていました。コップと何かの瓶詰めは無事なようです。
 ペンはインクがないとはいえ、インクの代用が聞くものは自然界にもあるでしょう。まあ、そもそも自然界にあるものでペン自体の代用も利きますけど。
 最後のよくわからない形状のそれがお守りだと感じたのは、ペンダントのように紐に通してあって、首から掛けられるようになっていたからです。
 ですが、細かな意匠があるわけではなく、いまひとつ何を模しているのかわからないものでした。

(ただのペンダント、という可能性もありますね。……それにしても、見事に役に立ちそうなものがないです)

 強いて言うなら本くらいですが、解読出来ないというのは街で見たときと同じです。
 落ち着いて見てみれば何かわかるかと思いましたが、やはり解読するにはあまりに難解な文字でした。
 もうひとつ役に立ちそうなのは何かの瓶詰めなのですが、中身が何かわからない限りこれも使いようがありません。
 ポーションとかだと嬉しいのですが、適当に持ってきたものがそうである可能性は少なそうです。

(あとはペンダント、ですかね……さすがにこれを着けてバスタオルが爆発することはない、と思いたいですが……)

 いまのうちに試しておくべきでしょうか。
 私は恐る恐る、そのペンダントを首にかけてみます。
 何もおきませんでした。それがバスタオルの拒絶範囲外の品物だったからか、それとも単にバスタオルに被さっていないためかは定かではありません。
 結局、判断は保留とした方がよさそうです。

(もしペンダントが装着可能なら……最悪胸を隠すのにそういう形状のペンダントを身に付ければ……いや、どんな変態かって話になりますよね)

 一瞬想像しかけて、どう考えても痴女にしかならなかったので思考を放棄しました。
 ペンダントは一端首から外して、他のものとまとめて袋の中にしまっておきます。
 袋を地面に置きつつ、この荷物をここに置いておくべきか持ち歩くべきか悩みました。
 下手すると置き去りにする可能性もありますし、出来るなら常に持っておきたいですが、そうなると手が塞がってしまいます。

(アイテムボックスとか、便利な魔法があればいいんですが……)

 無限に収納できるアイテムボックスとか、物語なら誰でも持っているんですけどね。
 この世界でそれを期待することはできないでしょう。
 あるとしても、何らかのアイテムを用いたり、ちゃんとした魔法として唱えなければならないと思われます。
 でも、そういえば、ダンジョン内で腕輪を身に付けていた時は、それを用いていかにもな画面が展開されましたね。書いてある字が読めずに意味がありませんでしたけど。

(あれだけ妙にゲームっぽかったのはなんでなんでしょう?)

 いくつか理由は考えられます。
 ひとつ、単なる偶然。ふたつ、この世界の者が知らないだけで転生者や転移者がいる。みっつ、この世界は本当はゲーム世界。
 いずれにせよ、わからない以上はどうすることもできませんが。
 気持ちを切り替えていきましょう。

(長老さんは私の言葉を理解してくれますが……長々と質問するのは怖いですね)

 「はい」か「いいえ」の質問しか有効でない以上、質問はよく考える必要があります。
 いくらそれしかないとはいえ、あのいかにも強大な長老さんに長く質問し続けるのは、ちょっと躊躇われます。
 なるべく必要なことを簡潔に、出来れば短時間で済ませる必要があります。
 リューさんの目的が何かをはっきりさせるのは、「はい」か「いいえ」の質問だけでは難しいでしょう。
 徐々に絞り込んで行けば出来なくはないと思いますが、見当違いの方向に質問をしてしまうと、相当な手間暇が予想されます。

(長老みたいなドラゴンですし、そう気が短いとは思いませんが……苛立たせたら怖すぎますからね……)

 理由を聞くには、一方通行ではなく、会話が成り立つようにしなければなりません。
 妖精やドラゴンの言葉が、私に聞こえない理由はわかりません。
 その理由を明らかにするためにも、人間の街に行く必要があります。
 少なくとも人間の言葉は意味がわからないなりに聞こえてはいるのですから、最悪でも時間をかければ言葉を交わせるようになるはずです。
 まずはそれを説明し、人間の街に連れていってもらうべきでしょう。

(どんな質問をし、どうやって話を持っていくか……しっかり想定してから、いきましょう)

 私はそう考え、長老さんとの対話に備えるのでした。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第5章 おわり

 寝かされていた洞窟の外に出てみると、豊かな森林が広がっていました。時刻は夜になっていたらしく、頭上に満天の星空が広がっています。
 月は綺麗な満月が出ていました。色が青いのを除けば、大きさ的にも地球のそれと大差ないようです。
 ヨウさんは洞窟の外にでる前に、灯してくれていた光を消していたのですが、月と星の明かりだけで十分見えます。
 ただ、草木生い茂る森の中にはそれらの明かりも届かず、漆黒の闇が広がっていました。

(うん……ここで暮らしていくのは無理ですね)

 人工物が一切見当たらないこの環境で、生きていく自信はとてもありません。
 野性味逞しいサバイバル巧者なら可能かもしれませんが、火の起こし方も知らない私には無茶な話です。
 私はサバイバルなんて、キャンプというレベルですらしたことがないのですから。
 中学生の頃に遠足めいたキャンプはしたことがありましたが、普通に水道もありましたし、泊まった場所はテントではなくコテージでした。

(……虫刺されなどの心配をしなくていいのはありがたいですけど)

 バスタオルの加護は小さな虫にも有効なようで、いまのところ何かの虫に刺されてはいませんでした。
 普通、こんな自然の中を全裸で歩いていたら、大変なことになると思いますが、それがないのはありがたい話です。
 ただ、このバスタオルの加護がどこまで通じるのかというのが、いまいち計りかねるのが問題でした。
 物理的な攻撃や、寒暖に代表される環境の変化に関してはほぼ完全に防いでくれるようですが、食中毒などはどうなのでしょうか。
 生肉や腐った水を食べたり飲んだりしてしまった場合、どうなるのか。
 仮にそういったものも無効化してくれるとして、栄養についてはどうなっているのか。

(ヨウさんたちに果物をもらって食べた感じ、お腹は満たされるみたいですけど……栄養失調で倒れたりしたら大変ですよね)

 念のため、食べる時はバスタオルを外した方がいいのかもしれません。
 そこまで考え、食事時だけ全裸になることを想像してしまい、溜息を吐いてしまいます。
 食べる時だけ全裸とか、変態スタイルにもほどがあります。
 いまの腰蓑手ブラ状態ですら十分に変態スタイルだというのに。

(人里に行くのは出来ればバスタオルが再生しきってからにしたいですが……でも、それをリューさんたちに伝えてもいいものでしょうか?)

 バスタオルが再生してから街に行きたいと伝えたとして、彼らはどう思うでしょうか。
 そのことから、バスタオルこそが防御能力を発揮している重要な要だと気付かれてしまう気がします。
 あれだけの大魔法を使えるドラゴンの知性を侮ることはできません。
 まあ、すでに気付かれている可能性もあるのですが、その場合はそれでもなお私に価値を見いだしてくれているということになるため、考える必要はないでしょう。
 置かれている状況は常に最悪を想定しておくべきです。

(気付かれていないと仮定するなら……気付かれないように頑張るしかありません)

 とにかく、まずは人里に行き、話をすること。
 この世界のことを少しでも理解してからでないと判断しかねることがたくさんあります。
 そう考え、改めて人里に向かう決意を固めていると、不意に周囲が陰りました。
 分厚い雲でも月にかかったのかと思って、上空を振り仰いで見ると。

 翼を広げたリューさんが、空から降りてきていました。

 人の街の中で背後に降り立たれた時のことを思い出して青ざめましたが、そのときのような勢いではなく、普通にゆっくりと羽ばたきながら降りて来ていました。
 ただ、リューさんの大きな翼が生み出す風というのは、突風レベルには違いありません。 生み出された風が地面を叩き、降り立とうとしている場所を中心に広がっていきます。
 それは当然、私たちにも平等に襲いかかってきました。

「うわっ、ぷっ――ひゃあああああッ!」

 腰布状態のバスタオルが風でまくれ上がりそうになって、慌てて片手を胸から離して抑えますが、身体が浮き上がりそうなほどの風です。
 なんとか前は死守しましたが、お尻の方はパタパタと布が翻って丸出しになっているのが身体の感覚でわかりました。
 風が全身を叩く感覚も合わさって、ほぼ全裸であることを改めて実感させられ、羞恥に顔が真っ赤になります。
 ずどん、と地響きを立てながらリューさんが着地すると、風が収まっていきました。急いでバスタオルの裾を直します。

「ぐるる!」

 ご機嫌そうな唸り声をあげながら、リューさんが近付いてきます。
 もしかしなくても、私が寝かされていた洞窟はリューさんの住処なのでしょう。
 何らかの用事で外に出かけていたと思われます。
 偶然ではありますが、私はリューさんが帰ってきたところを出迎えたような形になったわけです。
 例えるなら、飼い始めたペットが玄関先で出迎えてくれた形になったのでした。
 そう考えると、リューさんが喜ぶのも無理からぬことかとは思いますが。

「ちょ、ストッ――ぐふぅ!?」

 勢いよく突き出されたリューさんの頭部が、思いっきり身体にめり込みました。
 端から見ればギャグ漫画みたいに、私の身体はくの字に曲がって吹き飛びます。
 そのまま私は洞窟に転がり込みかけましたが、その前に柔らかな感触に受け止められ、洞窟の床を転がっていくことは避けることができました。
 あまりの衝撃にくらくらする頭を抱えつつ、衝撃からなんとか立ち直ると、柔らかなツタ植物が私の身体を受け止めてくれていました。

(ヨウさんがいてくれてよかった……)

 長老さんに人間の扱いに関して、リューさんに注意してもらわないといけません。
 厳選するべき話す内容が増えました。
 私がツタ植物のクッションから離れて自分の脚で立つと同時に、ツタ植物は現れた時と同じように忽然と消えてしまいます。
 これまでのことでわかってはいましたが、ヨウさんは植物を操る能力を持っているようでした。
 寝かされていた草のベッドといい、いまのツタ植物のクッションといい、応用の利く能力です。

「あ、ありがとうございます。助かりました」

 言葉は通じなくとも、御礼の心を表すのは大事だと考えます。
 ヨウさんは私に苦笑気味の笑みを向けたあと、リューさんの方を見て何か言っているようでした。
 リューさんはそれを受け、なんとも苦い顔をして頭部を明後日の方に向けていました。
 すっとぼけているようでいて、ばつの悪そうな様子もあり、一応吹き飛ばしたのはやりすぎだったという意識はあるようです。
 悪意はなかったということはわかるので、内心複雑ではありましたが、そこまでの怒りは湧いて来ませんでした。

「気をつけてくださいね……つっ……」

 突き飛ばされたお腹を見てみると、少し赤くなっているような気がしました。
 高所からの落下にも何事もなく耐えたわけですし、気のせいかもしれませんが。
 なんとなく気になってお腹を擦っていると、近付いてきたヨウさんがその手を私のお腹に当ててくれました。
 手当、のつもりなのでしょうか。ほんのりと暖かなヨウさんの体温が伝わってきます。
 日だまりのような、芯から暖まる感じです。

「ありがとうございます。暖かいで……すぅ!?」

 のそり、とリューさんが頭部を近付けて来ていました。
 首だけを動かしたせいか、動いた音がしなかったので正直驚かされました。急に目の前にでかい爬虫類の顔が来たのを想像してみてください。誰だって驚きます。
 顔を寄せてきたリューさんがその口を開き、真っ赤な口内を晒します。
 私は逃げるとか悲鳴をあげるとかいう行動を一切取れず、蛇に睨まれた蛙の如く、棒立ちになっていました。
 そんな私のお腹から、手で抑えている胸を通り、顔に至るまでを、リューさんの舌が舐め上げて行きます。

「うわっ、ぷあっ、ちょ、っと!」

 どろりとした唾液が擦り付けられて、正直不快でした。
 いえ、まあ犬が傷を舐めてくれるように、気遣ってくれているとはわかっているのですが、何度も言いますがサイズ差を考えて欲しいという話です。
 舌に押された私はその場に尻餅をついてしまいました。
 慌てた様子のヨウさんが間に入り、何か言ってくれています。
 リューさんはますます所在なさげに首を引っ込めて、そっぽを向いてしまいました。

(……本当、悪い人……いえ、悪いドラゴンではないと思うのですけどね)

 人間の街を大混乱に陥れてはいましたし、街の一角を吹き飛ばしてはいましたが、あれは攻撃に対する反撃ですし、逃げ惑う人々をさらに攻撃することはしていませんでした。
 人間相手の触れあいで加減をしてくれないのは困りものですが、言葉さえ通じればなんとかなるような気がしています。
 いまだってそうですが、ヨウさんの言葉を聞き入れるくらいにはちゃんと話を聞くことは出来ていますし。
 やはり言葉が通じないというのがネックなのです。

(そういえば、長老さんの使っていた魔法をリューさんは使えないのでしょうか?)

 リューさんが私の言葉を理解してくれるようになれば、あの明らかに天災級の恐ろしげな長老さんの怒りに触れるかもしれないという、あぶない橋を渡らずに済みます。
 できるならもうとっくにわかるようになっていると思うので、出来ないのでしょうけど。
 長老さんに話をする時は、まずその確認から入った方がいいかもしれません。
 そんな風に思っているとリューさんが小さく唸りました。

「ぐる、るるる」

 そして、いままで気付いていませんでしたが、なにやら何かを握り込んでいる手を私の前に差し出して来ます。
 何か取ってきてくれたのでしょうか。
 そう思ってその手を見た私は、思わず硬直してしまいました。
 リューさんが握っていた手を開き、握り込まれていた『モノ』が転がり落ちてきます。
 その『モノ』は、転がされた状態から、自力で起き上がりました。

「”#”5&$&4……ッ」

 握り込まれていた『モノ』は、理解不能な言葉で何かを呟いているのが聞こえてきました。そして、軽く頭を振った後、驚いた様子で、私をその目に映し出したのです。
 そう、その『モノ』は。

 人間の――男の人でした。

 耳が長くもなく、背中に羽根が生えていることもない、ちゃんとした服を着た、ごくごく普通の男の人。
 そんな男の人の目が、私を見つめていました。
 はっきりと意思の感じられる様子で、私の顔を見て、胸を見て、身体を見て。
 その彼が顔を赤くして、その目線が横に逸れるところまで、しっかり見てしまいました。
 瞬間、いまだかつて感じたことのない羞恥が一気に噴出し、一瞬で自分の顔が真っ赤になるのがわかって。

 人生で最大級の悲鳴をあげたのでした。

つづく
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