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黎明媚態

露出系、羞恥系の18禁小説を書いています。関連の同人・版権作品のレビューも書きます。18歳以下の閲覧禁止。

バスタオル一枚で異世界転移 第七章 1

 ぞろぞろと集まってくる人々。集中する視線。
 堂々と、時にひそひそと交わされる謎の言葉。

 豪奢な造りの城の中庭で、私たちは四方八方を人に囲まれていました。

 私は気が遠くなりそうな羞恥地獄の中、なんとか意識を保ちます。
 すぐ傍にヨウさんが立っていてくださったので、彼女に寄りかかるようにして、なんとか姿勢を保ちました。
 少しでも気を抜いたら倒れてしまいそうな状況の中――私たちと一緒にリューさんの手から降ろされたヴォールドさんが、集まっている人たちに向けて何かを叫びながら手を振っています。
 恐らくですが、攻撃するなとか、刃向かうなとか言っているのでしょう。
 リューさんには極力穏便に事を運んでもらうよう頼みはしましたが、無抵抗を貫けとまでは言っていません。
 ヴォールドさんとしては、下手に仲間がリューさんを攻撃して、虐殺劇の幕が開かれないようにしたいのでしょう。

(上手く行けばいいのですけど……)

 リューさんは本当に容赦がありませんからね。
 けれど、ぱっと見、この城の中庭に荒れた様子はありません。
 もし、昨日の夜ヴォールドさんを連れてこようとした時に暴れたのであれば、中庭がこれほど綺麗なことは有り得ないでしょう。
 となれば、昨日の夜の段階で、比較的穏便に事を運んでいたと推測ができます。
 それならば今回の交渉も上手く行くのではないでしょうか。
 とにかく大賢者さんでも大魔法使いさんでもいいので、早く出てきて欲しいものです。

「グルル……」

 リューさんは鋭い牙をむき出しにして、周囲を威嚇しています。
 その恐ろしい姿を見ても、兵士らしき人たちは退く様子を見せません。かなり訓練された人たちのようです。
 まあ、この城が最重要拠点である以上、逃げるわけにもいかないのでしょうけど。
 前に訪れた街の兵士さんたちとは事情が違います。
 さておき、ヴォールドさんが必死に説明してくれている間に、一番目立つリューさんだけでなく、私やヨウさんの方にも視線が飛んでくるようになりました。

(……っ、あまり、見ないで欲しいです……)

 私は四方八方から向けられている視線に怯みつつ、なんとか胸を張って最初の姿勢を維持しました。
 下手に恥ずかしがれば、服を持って来てしまう人が出るかもしれません。
 ヨウさんと同じで、これが自然で服を着ないのが当然だという態度を保ちます。
 元いた森に帰してあげるように言ったのですが、それを覆して私と一緒にいてくれるヨウさんには幾度感謝しても感謝したりません。
 種族的に全裸なヨウさんがいてくれるおかげで、半裸の私のインパクトも多少は薄れているように感じます。

(ヨウさんがいなかったら、この視線をすべて私一人で受けなければならなかったんですよね……ヨウさんにはほんと感謝です)

 いまでさえ結構ギリギリなのに、これ以上増えたら完全にキャパを超えてしまいます。
 リューさんに寄り添っておけば少しは軽減されるでしょうか?
 そう思ってリューさんの傍に立っているのですが、あまり効果はなさそうです。
 むしろリューさんと目を合わせるのを嫌った人たちの分、こっちに視線が集中しているような。
 私は風でバスタオルの裾がめくれ上がったりしないように、さりげなく手で裾を抑えつつ、私の言葉を翻訳できる人が来るのを待ちます。
 ふと、一際強い視線をどこかから感じました。

(……っ、これは……なんというか……)

 嫌な感じの視線です。ねっとりと絡みつくように身体の隅々まで見られている感じ。
 元の世界で、いかにも軽薄そうな男性にナンパされた時のことを思い出しました。
 あの時も、こんな感じの視線を身体に向けられて、酷く不快な気持ちになったものです。
 そのときは身体目当てなのが明らかで、すぐにその場を離れたものですが。
 嫌な予感がします。

(これだけ人がいるんです……中には、そう言う人がいても不思議ではないですが……)

 リューさんという明確な脅威を前にして、なおそういう心持ちでいられるというのは、ある意味驚嘆に値する胆力かもしれませんね。
 とりあえず、リューさんの影により隠れてやり過ごしましょう。
 目立つヨウさんの方に注目していただければありがたいのですが。
 そうこうしているうちに、なにやら重要そうな人物が城内から現れました。

(いかにも魔法使いって感じですね……でも……)

 格好はとても魔法使いっぽい人でした。
 裾を引き摺るほど長いローブに、その人の身の丈ほどもある大きな杖。
 杖は見たこともない豪華な装飾が施されたもので、何も知らない私でさえ、色んな意味での「力」が凝縮されていることがわかります。
 その人が被っている帽子は王冠のように立派で、直接みたことはありませんが、ニュースとかでたまに見るローマ法王さんみたいな人が被っているものが近いかもしれません。
 全体的な豪華さといい、この人が王様と言われても信じられます。
 ただ、ひとつ。こちらの常識からすると、その装飾品にそぐわない点がありました。

(なんで……若い男の人なんでしょうか……)

 一般的に想像する「偉い人」というのは、お爺さんとかお婆さんとか、とにかく多少歳を取った年配の人ではないかと思います。
 魔法使いのテンプレは、立派な髭を蓄えたお爺さんでしょう。
 そのテンプレはこの世界の、少なくともこの国では当てはまらないようです。
 豪奢なローブを着込んでいるその人は、どうみても二十代前半でした。

(私と同年代……くらいですよね……)

 いかにも男性、というヴォールドさんとはまた違うタイプです。
 神秘的な雰囲気を漂わせていて、近寄りがたいほどの美形でした。
 金色の髪と瞳が嫌味無く似合っています。
 それでいて表情は穏やかで、リューさんが襲来しているというのに落ち着いていました。
 ヴォールドさんに伴われて、兵士たちの包囲の中に堂々と入ってきます。なにやら兵士たちが止めようとしている素振りもありましたが、それをやんわりと抑えて近付いてきます。
 その人が近付いてくるのに従って、少し緊張して来ました。

(大丈夫。ヴォールドさんは私の意思を知ってて、伝えてるはずですし……いきなり戦闘になったりはしないはずです……)

 魔法使いさんは私たちの前にやってくると、静かに頭を下げました。
 思わず、こちらも頭を下げてしまいます。思わず、でした。
 やっぱり日本人として、見ず知らずの人が相手でも、会釈されたら会釈を返すじゃないですか。
 そのことがどう受け取られたかはわかりません。少し目を見開いていたような気もしましたが、表情をそれほど変えることなく、魔法使いさんはリューさんを見上げて話しかけています。
 その口から聞こえるのは、やはりよくわからない言葉です。

(こっちから話しかけた方がいいんでしょうか……?)

 どうすればいいのかわからず、躊躇しているうちにリューさんとの話はひとまず終わったようです。
 魔法使いさんの視線がこちらに向きました。思わず背筋が伸びます。
 金色の瞳が、私をじっと見つめています。
 いたたまれなくなるのであまり見ないで欲しいです。
 ヴォールドさんが「キヨズミセイラ」と呼びかけて来て、それから魔法使いさんの方を示します。

「イージェルド・ルィテ」

 恐らくそれが魔法使いさんの名前なのでしょう。
 イージェルドとルィテの間に間があったので、恐らくそこが日本でいうところの名字と名前の区切り目と推測できます。
 ヴォールドさんはそういう区切り方をしていませんでしたが、やはり偉い人にしか名字と名前の区別がないということなのでしょうか。
 とはいえ、推測でしかありません。もしかするとルィテは魔法使いという意味で、「魔法使いのイージェルド」と紹介してくれたかもしれないからです。あるいは「ルィテ」は敬称で、「イージェルド様」とか「イージェルド閣下」とかいう意味かも。
 「ヴォールド」と「イージェルド」の類似から「イージェルド」は名前だと思いますが、あるいは「イージェルド」の方が敬称か何かで「ルィテ」が名前かもしれません。
 結局のところ、いまの状態では何もわかりませんし、ここは無難に、そのまま呼びかけましょう。

「えっと……はじめまして。イージェルド・ルィテ、さん。私は清澄聖羅と申します。……お会いできて光栄です」

 もしいずれかが敬称だったりすると「イージェルド様さん」みたいな呼びかけになってしまうわけですが、敬意が伝われば問題ないはずです。
 しかし思えば、人に見られることばかり気にしていて、出会った人に対し、何をどう説明すればいいのか考えていませんでした。
 内心焦っていると、イージェルド・ルィテさんがその巨大な杖を掲げて、なにやら口を動かし始めました。杖に光が集中しています。

(……あれ? 声が聞こえない……?)

 イージェルド・ルィテさんはなにやら朗々と呪文らしき何かを口にしているようなのですが、その呪文が全く聞こえないのです。
 人の声はちゃんと聞こえているはずなのに、どうしてイージェルド・ルィテさんの声だけが聞こえないのでしょうか。
 私が不思議に思っている間に、杖の先に凝縮された光が、イージェルド・ルィテさんを包み、そして消えてしまいました。
 こほんと、イージェルド・ルィテさんが咳払いをします。

「これで――どうかね? 私の言葉の意味がわかるようになったと思うのだが?」

 外見から受けるイメージより、かなり渋い声でした。
 いえ、そんなことはどうでもいいのです。
 ついに! ついにまともに話が出来る人と、現実で出逢えたのですから!

「はい、わかります! えっと、私の言葉もわかりますか!?」

 思わず勢い込んでそう言うと、イージェルド・ルィテさんは厳かに頷きました。

「ヴォールドから話は聞かせてもらった。なにやら大変な状況にある様子。良ければ、貴女から詳しく話を聞かせてもらいたいのだが……構わないかね?」

「もちろんです! ……あ。た、ただ……」

 私は周囲に集まっている兵士たちのことを思い出しました。
 話すのは全く構わないのですが、この衆人環視の中に居続けるのは避けたいのです。
 しかし、下手なことを口にすると、この格好を恥ずかしく思っていることがばれてしまうかもしれません。
 服を着るように薦められないよう、平然とした態度は保たなければならないのです。
 もういっそ全部説明して配慮してもらいたいところでしたが、まだダメです。いくら言葉が通じるからといって、このバスタオルは文字通り私の生命線なのですから。
 私が口ごもっていると、何か違う意味を察してくれたのか、イージェルドさんは周囲の兵士たちに向けて指示を出しました。

「内密な話になりそうだ。兵士たちはひとまず下がらせよう」

 話しづらくしているのを、人に広めたくない話をしようとしている、と解釈してくれたのでしょう。
 私が口ごもったのは全然違う理由なのですが、結果的に都合のいい解釈だったので、私は何度も頷きます。
 イージェルドさんの指示に対し、兵士さんたちはなんとも言いがたい表情を浮かべつつも素直に退いてくれました。
 中庭には、私とリューさん、ヨウさん、イージェルドさん、ヴォールドさんの五人……人じゃない存在も混じってますが、その五人が残りました。

「さて、立ち話というのもなんだ」

 イージェルドさんがちらりとヴォールドさんを見ると、ヴォールドさんは中庭に元々設置されていた小さな円卓を傍に持ってきてくれました。
 元の世界だとカフェのテラスとかで良く置かれている系統のものですね。豪華な飾りはさすがに城にあるものという感じで、品の良いものでした。
 合わせて椅子も用意されます。二つなのは、私とイージェルドさんだけが座るためのようです。
 物理的に無理なリューさんはともかく、ヨウさんには用意してあげて欲しいと思いましたが、ヨウさんはふわふわ浮いていますから、必要ではないと判断されたのでしょう。

 こうして、私にとっては実質初めての、この世界の人とのちゃんとした対話が始まりました。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第七章 2

「さて……まずは改めて名乗っておこうかね。私の名はイージェルド・ルィテ。この国の筆頭魔術師だ」

 見た目の印象通り、イージェルドさんが魔法使いであることは間違いないようです。
 私はイージェルドさんに頭を下げました。

「ご丁寧にありがとうございます。私は清澄聖羅と申します……えーと、清澄は性……家族名でして、私個人を指すのが聖羅となるのですが……イージェルド・ルィテさんのお名前にもそういった区別はありますか?」

 私の質問に対し、イージェルドさんは少し目を細めました。

「……ふむ。異世界から来た、だったね。質問に質問を返すようで申し訳ないが、君はどうしてこの世界が自分の住んでいた世界と違うと判断したのかね?」

 どうやら、イージェルドさんは私が異世界から来たということが信じられないようです。
 巨大な扉が消えるという、元の世界の物理法則ではありえないことが起きたことと、ゴブリンやらドラゴンやら魔法やらが存在していることが理由なのですが、それで納得してくれれば良いのですが。

「私の住んでいた世界では、ドラゴンも魔法も存在しないんです。だから、法則すら異なるまったく違う世界に来たと考えました」

「単に君が知らなかったという可能性はないのかね? 君を無知と蔑む気はないが、例えば何らかの閉塞された環境で暮らしていれば、そういったものを知らずに育つ可能性もあると思うが」

 むぅ、そこから疑われているのですね。
 しかし言われてみればこの人の疑問ももっともです。
 私が携帯みたいな明らかにこの世界と文化レベルの違うものを持っていれば、話は違ったのかもしれません。
 ですが、私が持っている向こうの世界の物は、丁寧な縫製が有名で肌触りが好みだから愛用しているこのバスタオルのみ。
 これを見せて文化が違うでしょうと言われても納得はできないでしょうし、そもそも下手にこのバスタオルに注目されたくありません。

「……私の喋る言葉は証拠にはなりませんか?」

「通常の翻訳魔法が利かないほど、異質な言語であることは確かだがね。閉塞された環境であるのなら、そういった言語が生まれないとも限らない」

 イージェルドさんはとても慎重に考える方のようです。
 確かに、異世界転生や転移を題材にした創作物が流行っている私たちの世界ならともかく、そういった魔法や伝承が存在しない世界なら、異世界の存在を疑ってかかるでしょう。
 異世界が存在すると考えるよりは、ひとりの狂人が戯言を言っているという可能性の方を高く見積もるのは仕方ないことです。
 夢の中に出てきた白いローブの人が言っていたことを思い出します。

「やっぱり、異世界に関するような魔法は……あるいはそういったところから来たという人などの伝承などは存在しないんですね?」

「……? そうだな。私の知る限りでは異世界からの来訪者というのは君が初めてだ。伝承についても、聞いたことがないね」

 あの白いローブの人が言っていたことが真実だとすると、元の世界に帰りたい私にとっては嬉しくないことなのですが、それはここで言っても仕方ありません。
 私は気持ちを切り替えて、話を戻すことにしました。

「貴方の疑問はごもっともだと思います。では、一端私が本当に異世界から来たのかどうかという話はおいておきましょう。いま議論しても答えは出せませんし、建設的な話をしましょう。私は皆さんの常識や文化を全く知らないということだけ理解していただければ、と思います」

「ああ、そうだな。……すまない。確かにいまは君が本当に異世界から来たかどうかは大きな問題ではなかったね」

 イージェルドさんはそう言って切り替えてくれるようでした。
 よしよし、とてもいい感じです。
 話に集中している間は格好を気にしなくて済みますからね。

「名前の話だったね。イージェルド・ルィテという名前は、ルィテというのが君のいうところの家名となる。イージェルドが私個人に付けられた名前だ。例えば、私の弟はオルフィルド・ルィテという」

「では、私は貴方をなんとお呼びすればよいでしょうか? あ、私のことは清澄と呼んでください。私たちの文化では名前は家族や友人などの親しい相手だけが呼ぶものなのです」

 非常事態なのですから気にすることはないと思うのですが、やはりあまり親しくない人に聖羅と呼ばれるのは、一般的な日本人として抵抗があります。

「ふむ……そうだな。その認識に関しては私たちの文化とそう変わらないようだ。ただ、私を指してルィテと呼ぶのは不都合が多いだろう。キヨズミは特別にイージェルドと呼んでくれて構わない」

 なんだか引っかかる物言いですが、イージェルドさんが呼んでいいと言うのであればそう呼ばせていただきましょう。

「わかりました。イージェルドさん。私の疑問に答えてくださってありがとうございます」

「礼は不要だよ。お互いに解消したい疑問が山のようにあるはずだ。いちいち礼を言っていては、それだけで疲れてしまうだろう?」

 苦笑気味にイージェルドさんがそう言ってくださいました。
 緊張を解すための冗句なのでしょうけど、向こうからそう言ってくれるのはありがたいことです。実際、聞きたいことが山のようにあるわけですし。

「ふふ……そうですね」

 冗談も交えられるほど、まともに話が出来るということが嬉しくて、思わず笑ってしまいました。
 朗らかなムードになった、そのときです。
 急にイージェルドさんの表情が強ばりました。
 遅れて私も、その異様な空気を感じ取ります。

「グルル……ッ」

 なにやら不機嫌顔になったリューさんが、こちらを、いえ、イージェルドさんを睨み付けていました。
 どうやら私とイージェルドさんが和やかに話しているのが面白くないようです。
 面倒くさい彼氏のようだと思いましたが、それとは嫉妬の質が少し違うような。

(なんでしょうこれ……なんというか、仲間はずれにされて拗ねてる子供みたいな……)

 なんとなく、なんですが私はそう感じました。
 リューさんから感じる重圧は本当に恐ろしいものではあるのですが、それはどちらかというと巨大な体躯に起因するものであって、それを差し引いて考えると、なんというか向けられる感情自体はどうにも子供っぽいんですよね。
 とはいえ、それは私が多少ならずともリューさんに慣れて来ているから感じ取れるものらしく、イージェルドさんは冷や汗を掻きながら早口で言葉を紡ぎました。

「話を本題に戻そうか。まず我々としては君が『シコク龍』と共に行動している理由を知りたいのだよ」

「四国、龍?」

 この世界にも四国という地域が存在するのでしょうか、などど一瞬馬鹿なことを考えてしまいましたが、冷静に考えてそんなわけがありません。
 シコク――恐らくは「死告」。
 ミカエルなどの告死天使のように「死を告げる龍」という意味であると推測されます。

「ああ。魔物に名前はないはずだから、人族の間での通称だがね。『死告龍』と言えば人族の間で知らぬ者はいない。いや、魔物たちの間ですら知らない者はいないんじゃないかな。災害と災厄の化身のような存在だよ」

 やっぱり予想通りと言いますか、リューさんはとんでもない存在だったようです。
 というか災害と災厄の化身って何ですか。
 一体何をしでかせばそう呼ばれるようになるのでしょう。

「この世界の基準で言うと、相当お強いんですか?」

「強いなんてものではないね。この国の総力を結集して挑んだところで恐らくは勝てないだろう。対抗できるとすれば勇者か魔王か……個としての強者のみだろうね」

 その魔王らしき人がリューさんに瞬殺されているのですが、言わない方がいいでしょうか。
 うん、やめておきましょう。

「ええと……どうして私が一緒に行動しているか……ですよね。正直なところ、私もそれが気になっていまして。なにせ私にはリュ……死告龍さんの声も聞こえなくて、意思疎通ができないんです」

 その謎の解明もひとつの目的です。
 しかし、それ以前にイージェルドさんはリューさんの声が聞こえないということに反応しました。

「死告龍の声が聞こえない? そんなはずはないが……」

「皆さんは普通に会話できているんですよね?」

 イージェルドさんが頷きます。当然のことだと思っているようなので、やはり聞こえない方がおかしいようです。
 とはいえ、その謎の解明は後回しにしてもいいでしょう。

「通訳のような真似をさせて申し訳ありませんが、死告龍さんに『どうして私を気に掛けてくださっているのか』尋ねていただいても構いませんか?」

「ああ、もちろん構わない」

 快諾してくださったイージェルドさんは、こちらの世界の言葉でリューさんに聞いてくださりました。
 その声自体は聞こえているわけですから、やはりこちらの世界の言語が問題というわけでもないのですよね。
 その問題はさておき、いよいよリューさんの真意がわかるわけです。どういう理由で私を気に掛けているのか。それがわかれば、今後の方針が立てやすくなります。
 そう思っていたのですが、イージェルドさんの顔が曇ったことで、そう上手くはいかないことを悟ります。

「……どうやらその理由は非常に重要なことらしいね。君に直接伝えたいとのことだ」

 理由次第ではその気持ちもわからなくもないですが、私にはリューさんの声も聞こえないのにどう伝える気なのでしょう。
 ここは無理を言ってでも伝えてもらうべきでしょうか。

(……いえ、やめておきましょう)

 直感で私はそう判断しました。
 直接伝えたいというものを無理矢理聞き出すと気を悪くさせそうですし。
 加えて、なまじ理由を聞いてしまい、その理由が受け入れがたいことであったら、今後リューさんへの態度が変わらざるを得なくなるかもしれません。
 それなら、いっそ知らずにいまのままの方がいいこともあります。
 知りたいのは確かですが、全てを知るのがいいとは限らないのですから。

「そうなると……どうして言葉が通じないのか、どうすれば話せるようになるのか、考えていかないといけませんね」

「キヨズミが良ければだが……我が国がその謎の解明に協力しようか?」

 ここぞ、とばかりにイージェルドさんがそう切り出しました。
 好意からの言葉のようにも思えますが、そんなわけがありません。
 というかそもそも、国家の方針をイージェルドさん個人で決めていいのでしょうか。

「ありがたい申し出ですけど……なぜそう言ってくださるんですか?」

「ああ。とても簡単なことだ。死告龍殿と取引が可能になるからだよ。私たちは君たちが交流できるように協力する。代わりに、死告龍殿には我が国に対して攻撃しないことを約束してもらいたい。君からの頼みならば、死告龍殿も聞き入れてくれそうだしね」

 災害や災厄の化身、でしたか。
 元の世界で例えるなら、いつ起きてどんな被害を出すかわからない地震や台風と交渉が出来るようになって、地震に被害の少ない地域で起きてもらったり、台風に進路をずれてもらったりする感じでしょうか。
 そう考えると、私とリューさんの交流に協力するくらいはするでしょう。
 異世界という与太話を口にしてはいても、私とは普通に話が出来るのですし。

「わかりました。私としても、この世界の常識や状況を知りたいですし、皆さんに協力していただきたいと思います。死告龍さんには貴方と直接話をするためにこの国の方々に協力してもらうので、危害を加えないように配慮して欲しい、とお伝えください」

 問題はリューさんがどう考えるかでしたが、イージェルドさんが交渉した結果、その案を受け入れてくれたようです。
 まあ、かなり不承不承な感じはしましたが。
 リューさんはヘビやトカゲがそうするように、とぐろを巻いて腰を落ち着けていますが、その目にはどこか不満げな光を宿していました。
 この国の人たちが不安な思いをしないよう、そんなリューさんの機嫌を取るのが私の役目ですね。
 私はイージェルドさんに断ってから、立ち上がってリューさんの傍にいきました。

「リューさん。私のお願いを聞いてくださってありがとうございます。……喋れるようになったら、あなたからも色々とお話を聞かせてくださいね」

 そういって、笑顔を心がけつつ、触れられる位置に降りてきていたリューさんの鼻先を掌で優しく撫でます。
 リューさんは「ぐるる……」と不満を残した声で唸りましたが、不機嫌そうなオーラは少し和らぎました。
 そのリューさんの口が少し開き、赤い舌が伸びて来て、軽く身体を舐め上げられました。

「ひ、ゃ……っッ!」

 危うくバスタオルの裾が捲られかけ、悲鳴をあげそうになったのを飲み込みます。
 イージェルドさんもヴォールドさんも見ているのです。せっかくここまで順調に来たのに、この格好を恥ずかしく思っているということを知られるわけにはいきません
 ドラゴン流の親愛の表現だというのはわかるのですが、いまの私が受けるにはあぶなすぎるスキンシップでした。
 なんとか耐え切り、イージェルドさんの前に戻ります。

「お、お待たせしました。話を続けましょう」

「ああ、それは構わないが……その前にひとついいかね。ある意味重要なことなのだが」

「……なんでしょう」

 この世界に来てから、嫌な予感が外れた試しがありません。
 そして今回も、その嫌な予感は見事的中したのでした。

「キヨズミの世界では――その格好は一般的なのかね? そうでないなら話を続ける前に服を用意させるが」

 さっきので、ごまかせるわけがないんですよね。顔も赤くなっていたでしょうし。
 イージェルドさんの視線を感じつつ、どう応えるか決めなければなりませんでした。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第七章 3

 すべてを曝け出し、ことの判断をイージェルドさんに委ねてしまうのもひとつの選択ではありました。
 これからのことを考えると、イージェルドさんにお願いすることは多くなるでしょうし、そんな人に対して隠し事をしながら接するというのは、不義理であるとも言えます。
 非常事態にも関わらず、そんな風に考えてしまう自分は頭が固いと自分でも思います。昔からの友人にも「聖羅はクソ真面目だからなぁ」とよく言われたものです。
 もっと上手く立ち回ろうと思えば出来るはず、いえ、出来たはずなのです。
 でも、そう考えてしまうのですから、こればかりは性分というしかありません。

(とはいえ……今回ばかりは、命に関わってきますからね……)

 命運を託すのと命を投げ出すのは違います。
 いまのところイージェルドさんは私のことを丁重にもてなしてくれていますが、リューさんがいなければこうはならなかったでしょう。
 何の後ろ盾もなければ「異世界から来たなどと与太話を吐く気の狂った女」と判断されてもおかしくないのですから。

(このバスタオルのことを喋るのはあまりに危険です……)

 リューさんが私を気に掛けているのには、何らかの理由があるのはわかりました。
 ただ、恐らくその理由は、私が異世界に来たこととは無関係だと考えています。
 仮に私が何らかの使命があってこの世界に呼ばれたとすると、リューさんはその私を保護する使命を受けているということになります。
 しかし、リューさんは出会い頭に私を巻き込んでブレスを浴びせて来ました。
 もし保護が目的なら、ブレスに巻き込んで来たりはしないはずです。
 無論、リューさんの力では死なないようになっている、という可能性もありますが、それにしてもリューさんは保護役に適していないことが多すぎます。

(第一、もしそうだとしたらリューさんの声が聞こえないのはおかしいです)

 使命を受けてそれを保護しに来たのなら、意思疎通できないのはおかしいです。
 そもそも、本当にそんな存在がいたとしたら、私はここまで苦労しなくても済んでいるはずなのです。
 試練、ということであえて苦労させているという可能性もないではないですが。そうだとしてもあまりにお粗末なのでそうではないと考えます。
 なので、リューさんが私を気に掛けてくださっているのは『魔王さえも斃すブレスに耐えることができたからである』という可能性が高いです。
 私自身になんの能力もないとすると、バスタオルこそがその原因です。
 これを手放すことになるかもしれない状況は避けなければなりません。

(でも、私の世界の風習を誤解されるのは避けるべきですよね……)

 私が元いた世界が文化基準の低い蛮族の世界だなんて思われては、今後私と同じように迷い込んでくるかもしれない人たちに迷惑がかかります。
 今後そういう人が出るかどうかもわからない以上、考えすぎかもしれませんが、下手な情報を伝えてしまうのは避けたいと思いました。
 それに、私は嘘が苦手なのです。
 極力、明確な嘘は吐かずにおくに越したことはありません。
 イージェルドさんの目を見て、ハッキリと告げます。

「……この格好は一般的、ではありません。大変申し訳ありませんが、説明できない事情があって、私はこの格好でいなければなりません。お優しいお気遣いには感謝いたしますが、出来れば触れずにいてくださると助かります」

 リューさんの事情に続いて、イージェルドさんには言わないことばかりで申し訳ないと思います。
 逆の立場であったならば、さぞかし不愉快なことでしょう。超級の爆弾を持ち込んでおきながら、秘密を多く抱えられるというのは。
 イージェルドさんは難しい顔をしていましたが、理由を問わないことを決めてくれたようでした。

「触れるなというならば触れずにおくとしよう。無用な詮索はしたくないしね。ただ――キヨズミの行動を制限する気はないが、なるべく目立たぬように行動してもらえると助かるよ。君に手を出すような愚か者はいないとは思うが……その格好は、少々刺激的すぎるからね」

 イージェルドさんは明言しませんでしたが、やはり彼らの基準でもこの格好は相当破廉恥な格好なようです。
 ヴォールドさんの反応などからわかってはいましたが、改めて意識させられると恥ずかしくて死にたくなります。
 なるべく平静を装いましたが、頬に熱が集中してくるのを自覚してしまいました。

「それは、もちろん。私としても……目立ちたくありませんし」

 やはり全てを正直に話して、イージェルドさんの厚意にすがるべきだったでしょうか。
 恥ずかしさのあまり、弱気になってそう思ってしまいます。
 ああいってしまったことで、この格好で居続けなければならなくなってしまいました。
 うら若き――と自分でいうのはどうかと思いますが、恥じらいを完全に捨てることは出来ない私にとって、かなり厳しい状況です。
 人間いつかは慣れる、などと思っていましたが、とんでもなく甘い考えでした。

「それでは……改めて。キヨズミには部屋を用意しよう。口の硬い、弁えた侍女をつけるから、必要なことはその侍女に何でも申しつけてくれて構わない。死告龍殿には中庭を利用してもらうとして……」

 イージェルドさんの視線が、ちらりとヨウさんを見ました。
 そういえばヨウさんのことには、まだお互い触れていませんでしたね。
 妖精か精霊だろうという予想はしていましたが、これでハッキリします。
 リューさんに連れられて行った先の森で出会い、行動を共にしていることを伝えると、イージェルドさんは得心のいった顔になりました。

「なるほど……大妖精がなぜ森を離れて行動しているのか不思議だったが、そういうことか。ああ、大妖精という存在はだね、森の管理者であり、支配者なのだよ。生じた森の中から出るという話はあまり聞かないが、前例がないわけでもない。森に危害を加えなければ温厚で、比較的話も通じる魔物だね」

「彼女がその森を離れてついてきてくれている理由については、何かおっしゃっていますか?」

 イージェルドさんがヨウさんに向けて何かを言い、ヨウさんがそれに応えていました。

「どうやら、君が死告龍殿を止め、森が守られたことに対する恩返しのようだね」

 最初にリューさんの前に立ち塞がったことでしょうか。
 確かにあの時、リューさんを放っておいたら、ヨウさんたちごと森をなぎ払っていてもおかしくなかったかもしれません。
 咄嗟の行動でしたが、それが良かったようです。
 それに対する恩義だけでは、ヨウさんの献身は釣り合っていないように感じますが、ヨウさん自身が納得しているのならそれで良いのでしょう。
 私が精神的にとても助かっているのは事実なのですから。

「大妖精に関しては、自由に行動してくれて構わないと伝えておこう。小妖精はどこにでもいるし、いまは死告龍殿に怯えていなくなってしまったが、本来はこの中庭にもいるくらいだしね」

 その小妖精たちに恨まれていなければ良いのですけど。
 いまは気にしても仕方ありません。

「ひとまずはこんなところかな。こちらからはキヨズミの衣食住……服は含まないことになるが、それらの提供と、キヨズミと死告龍どのの交流が出来るように協力しよう」

「はい。よろしくお願いします。……こちらは死告龍さんにこの国に危害を加えないようにしていただくのと、私はなるべく目立たないように行動する、ということで。細々と必要なことは侍女さんを通じてお願いすればいいですか?」

「ああ、それで構わない。友好的な関係を築ければ幸いだ」

 イージェルドさんが立ち上がり、手を差し出して来ました。
 こちらの世界でも握手は友好の証のようですね。
 私も立ち上がり、イージェルドさんの手を握りました。

「こちらこそです。イージェルドさん」

 イージェルドさんの手は男の人らしく大きく、想像以上にがっしりしたものでした。
 自分の格好も相成って、人の存在をより強く意識してしまい、鼓動が早くなりました。
 手を離した後、イージェルドさんはひとつの提案をしてきました。

「ところで……こちらからひとつ試させて欲しいことがあるのだが。君にとっても悪いことではないはずだ」

「なんでしょうか?」

「魔法で君を調べさせて欲しい。【探査】というもので、魔力量や体質などを把握することの出来るものだ。異世界から来たということが明らかに出来るかも知れない」

 つまりはステータスを調べる魔法ということでしょうか。少し悩みます。
 それが私が異世界から来たという証拠になるのであれば、それに越したことはないでしょう。
 私自身が希少な存在ということになれば、見識のある人は私を乱雑に扱おうという気はなくなるでしょうから。
 しかし、それが平凡極まりないものだった場合はどうでしょう。不利な情報になるかもしれません。

(いえ……リューさんに大人しくしてもらえている、という事実は変わりませんし、自分自身のステータスがどういうものかわからないままであるより、ここで把握しておいた方がいいでしょう)

「わかりました。お願いします」

「では気を楽にしてくれ。すぐに済む」

 そういって、イージェルドさんが杖を私に向けます。
 恐らくは呪文を呟いたのか、イージェルドさんの口が動き――杖が光り始めます。
 その際、私には不思議と呪文の内容が聞こえませんでした。

(あれ? 聞き逃した……わけないですよね)

 不思議に思っていると、イージェルドさんの杖から出た光が、私の身体を照らし、そして硝子が砕け散るような音が響きました。
 驚いたのは私だけではなく、イージェルドさんもでした。
 少し困ったように、私を見ています。

「……キヨズミ。魔法に抵抗されると調べられないのだけどね?」

 硝子が割れるような音は、魔法が破られる際の音と考えていいようです。
 抵抗するつもりはなかったのですが、自然と抵抗してしまったということでしょう。
 しかし、そう言われても私の意思で抵抗しているわけではないので、どうしようもないのです。たぶん魔法を拒絶したのって、バスタオルの力でしょうし。
 バスタオルを脱いだら調べてもらえるのではないかと思うのですが、そんなことが出来るわけがありません。
 一瞬、イージェルドさんやヴォールドさんの前で裸になっている自分を想像してしまい、一気に頬が赤くなってしまいました。顔を俯けて慌てて誤魔化します。

「す、すみません……抵抗するしないの切り替えが良くわからなくて……」

「……ふむ。普通は抵抗する方が難しいのだけどね。まあ、仕方あるまい」

 そう言ってイージェルドさんは退いてくれました。
 明らかに不審がられているような気はしましたが、どうしようもないのでそのまま流れに任せます。
 イージェルドさんはローブを翻して、少し私から離れました。

「それでは私はそろそろ失礼するよ。死告龍殿の存在やキヨズミとの交渉の結果について、皆に報告しなければならないからね。すぐに部屋を用意させるから、しばらくそこで休んでいてくれるかい?」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「改めて、死告龍殿がこの国に――ルィテ王国に危害を加えないようにしてくれる限り、キヨズミ、君を歓迎しよう。良き関係を築けるように祈っているよ」

 そう言ってイージェルドさんはヴォールドさんを伴って去って行きました。
 それを見送った後、私はイージェルドさんが言い残した言葉を反復します。
 彼は確かに言いました。
 この国の名前は――ルィテ王国であると。

(ルィテ……ああ、なるほど。そういうことですか)

 彼の名前は、イージェルド・ルィテ。
 最初に筆頭魔術師と名乗っていましたが――同時に彼は王族のひとり、あるいは彼こそがこの国の王、なのかもしれません。
 そんな彼が直々に出てきたのは、死告龍と呼ばれるほどの存在であるリューさん関連だったからでしょう。
 最大限の敬意を持って遇した、ということなのでしょうね。

(私、この世界に来てからとんでもない存在とばっかり会ってますね……)

 元の世界では小さな会社の社長と会うこともなかったのに。
 あとから知れて良かったと思うべきでしょう。
 イージェルドさん……陛下とか言った方がいいんでしょうか。
 ただでさえ、この格好での気疲れが酷いのに、王様との謁見とか神経がすごい勢いですり減りそうです。
 私は再度椅子に座り、盛大に溜息を吐いて机に突っ伏しました。

(はぁ……早く元の世界に帰りたいです……)

 もう何度この言葉を口にしたことか。
 リューさんやヨウさんがこちらを窺っているような感じはしましたが、反応する気力もなかった私は、しばらく立派な城の中庭で蹲っていました。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第七章 おわり

 目覚めると、そこはふかふかのベッドの上でした。
 ただ、掛け布団はかけておらず、バスタオル一枚の格好でベッドの上に横になっていました。
 服と布団は違うのですから、身体に被せても恐らく大丈夫だろうと思ってはいましたが、試す気にはなれなかったのです。
 幸い、バスタオルの力のおかげで、寒いとか暑いとかは感じませんし。

「ふわぁ……」

 私はあくびをしながら、身体を伸ばして眠気を払います。
 このルィテ王国に身を寄せて早一週間。
 これまでの困難が嘘のように、安定した生活を送っていました。
 寝相で開けてしまっていたバスタオルの裾を直し、ベッドの端に腰かけます。そこはとても豪華な部屋でした。
 一般庶民の私には恐れ多い、いかにも高価そうな調度品がセンス良く飾られており、ルィテ王国の財力が伺いしれます。そもそも、私が寝ていたベッドからして、天蓋付きな上、私程度なら3,4人は並んで寝れそうな巨大なものですし。
 恐らくは国賓レベルの人を泊める客間なのだと思われます。私が使っていていいのかと最初の数日はびくびくしていましたが、いまは少し慣れました。

(ええと……まずは……と……)

 私はベッドの横に置かれている、いわゆるサイドボードのような小机の上にあるベルを手に取り、チリンチリンと鳴らしました。
 すると、隣の部屋に続くドアが外からノックされます。

「どうぞ、入ってください」

 入室の許可を出すと、ドアが開いて一人の女性が入室してきました。
 彼女はイージェルドさんが付けてくれた侍女さんで、名前をクラースさんと言います。
 燃えるような赤毛と透き通ったオレンジ色の瞳をしている方で、とても美しい方でした。
 年齢的には私と同じか、少し年上だと思われますが、顔つき自体が日本人とは違うので、もしかすると年下の可能性もあります。

「クラースさん、おはようございます」

 私が笑顔を浮かべて挨拶すると、クラースさんは仰々しく一礼してくださいます。

「オハヨウ、ゴザイマス。キヨズミサマ」

 そして、クラースさんは拙い日本語で挨拶してくれました。
 この一週間、相互理解を深めようとした成果です。
 ただ、逆に私の方はほとんどこちらの世界の言葉を話せるようになっていませんでした。
 努力はしているのですが、こちらの世界の言葉はあまりにも発声が難しいのです。
 何で単語レベルでさえ、文脈が違うと発音が変わるのでしょう。それもそれがまた微妙なレベルの発音の違いで、日本語で育った私の耳では聞き取ることすら難しいのです。
 日本語でいうと、ひらがなとカタカナの表記レベルの発音の違いを、一音節ごとに要求される、といえばどれほど難しいかおわかりいただけるでしょうか。
 なので優秀なクラースさんに甘え、会話は主に日本語で交わしています。

「水をお願いします」

「ワカル、マス」

 向こうはまだ完全ではないにせよ、ちゃんと聞き取れているようですし、発音することだって出来るのです。
 ここまで差があると、純粋に頭の良さが違う可能性もありますね。
 身分制度とか色々あるのかもしれませんが、それほどに賢い彼女が侍女でいるあたり、この世界での基準は恐ろしいことになってそうですが。
 私はクラースさんが容器に出してくれた水で顔を洗います。この世界では魔法が生活に活用されており、朝に顔を洗うのも本来は自分で魔法を用いて済ませてしまうそうです。
 もちろん私には魔法なんて使えない上、人の魔法も弾いてしまいますから、毎朝クラースさんに水を出してもらって顔を洗っていました。

「ふぅ……ありがとうございます」

 冷たい水で顔を洗ったらスッキリして目がパッチリと冴えました。用意されたタオルのような布で水気を拭き取ります。
 自分の体に巻いているバスタオルの方が肌触りなど優れているのですが、同性とはいえ人前で裾を持ち上げて顔を拭く気にはなれません。
 クラースさんは穏やかに微笑むと、魔法を使って飛び散った水も含めてすべて綺麗に片付けてしまいます。本当に魔法は便利ですね。
 実際、本当の上流階級の人は水で洗うなんて悠長なことはせず、魔法で直接身体を綺麗に保つそうなのです。
 さすがに一般庶民で毎回魔法を使う者はいないそうですが、周期的に魔法を使って清潔さを保つことはしているらしく、見た目の文化水準より遥かに清潔な世界でした。
 下手したら元の世界より清潔かもしれません。

(魔力を浴びすぎることによる『魔力中毒』のように、この世界特有の病気はあるみたいですが……私の知る疫病などはほとんどないってすごいですよね……)

 私はクラースさんに髪の毛を梳かしてもらい、身支度を調えながら思考に没頭します。
 本当は自分でやれるのですが、こういったことはクラースさんの仕事らしいので任せる方が無難だという判断です。服装が弄れない分、侍女としての仕事がただでさえ少なくてクラースさん的には困るのだとか。
 仕事が少なくて困るというのも、就業意識がすごいというべきなのかどうなのか悩むところです。
 さておき、一週間の間にこの世界に関する様々な知識を教えてもらいました。

 この世界には魔法があり、それから生まれた魔族がいます。

 最初に魔力を持たない生物がいて、それが魔力を得て魔族になったのか。
 最初から魔力を持つ者として魔族が生まれ、それが魔力を失って普通の生物になったのか。
 その起源はハッキリしていないという話でした。
 そう、なんとこの世界には異世界によくいる、創造神何某様とか、光の神・闇の神何々様などの「世界を創った意思を持った神様」が、少なくとも一般には認識されていないというのです。

(私の転移が意図的なものだとしたら、一番怪しいのはそういう神様なんですけどね……当てが外れました)

 ただ、宗教が全くないわけではないそうです。
 この世界の信仰はどちらかというと一神教のそれではなく、日本の八百万信仰に近いものらしいです。
 万物に宿る魔力そのものが私の感覚で言う神様に近く、それに対する感謝や畏敬の念を向けることが多いとか。
 そして、ごく稀に通常よりも強度や耐久力の優れた者や物が生まれることがあり、それが『神々の加護持ち』と呼ばれる存在らしいです。

(『神々の加護持ち』……夢に出てきた白いローブの人が言っていたのはたぶんこれのことですよね……)

 元の世界では何の効果も無かったバスタオルが、その加護を得たという認識で間違いないでしょう。
 あらゆる【探査】魔法や【鑑定】魔法を弾いてしまったので確証はありませんが、この国最高の魔術師であるイージェルドさん曰く、「そうでなければ説明が付かない……というかそうでなかったら私の立つ瀬が無いよ」とのことでした。
 いまのところ、イージェルドさんは私自身がそういう『神々の加護』を持っていると思ってくれているようですが、一度もバスタオルを手放していない以上、たぶん怪しんではいます。
 私自身ではなく持ち物であるバスタオルに、死告龍と呼ばれるリューさんのブレスをも防ぐ加護が宿っていると知られたらどうなるか。
 私だったら、バスタオルを奪うことを検討します。

(色んなこと知ることはできましたが……同時に問題も出てきてしまいましたね……)

 私は溜息を吐きます。
 クラースさんが私の髪に花飾りを付けながら、不思議そうに首を傾げました。溜息を吐いたのを聞かれていたようです。

「すみません。なんでもないです」

 鏡を見て、綺麗に髪が整えられているのを確認します。
 バスタオル一枚で髪だけセットするのも妙なのですが、せめてそれくらいはと思う女心というものが、私にもあるのです。
 クラースさんに御礼を言って、鏡台の前から立ち上がり、先ほどクラースさんが入ってきたのとはまた別の扉に向かいます。
 先んじて動いたクラースさんが扉を開けてくれました。
 扉の先の部屋はいわば居間であり、普段大抵の時間をこの部屋で過ごしています。
 そこもまた豪華な調度品で固められた部屋で、中央のテーブルの上に今日の朝ご飯がすでに用意されていました。

「おはようございます。キヨズミ様」

 テーブルの脇に立って挨拶してくれたのは、ヴォールドさんでした。
 翻訳魔法を使っているわけではなく、日本語での挨拶を覚えてくれたのです。
 流暢な日本語での挨拶に、私は郷愁をくすぐられてしまいます。

「おはようございます。ヴォールドさん」

 リューさんによって連れて来られた森の中で料理を用意してくれたことでわかっていましたが、ヴォールドさんはこの国でも指折りの料理人でした。
 あの時は就寝していた時間だったために私服を着ていたらしく、いまのヴォールドさんはちゃんと一目で料理人とわかる服装でした。

「今日は、キヨズミ様から聞いた、『ワショク』作り、ました」

 ヴォールドさんは日本語でそう教えてくれました。さすがにフレーズとして決まり切った挨拶と違って、拙い感じでしたが十分会話として成り立っています。
 そんなヴォールドさんの言葉に驚いてテーブルの上を見ると、確かに、焼き魚にご飯のような穀物、さらには海藻らしき具が浮かんだお味噌汁のようなもの、と和食に見える食事が並んでいます。
 ダメ元で元の世界で食べていた食事を教えてみたのですが、まさかここまで再現してくれるとは思っていませんでした。

「ありがとうございます……! さっそくいただいてもいいですかっ」

 ヴォールドさんはいかにも気難しげな職人の顔を、穏やかに緩めて頷いてくれました。
 早速席に着いて食べてみました。
 さすがに完全な再現とは行きませんでしたが、かなり似た味です。
 さすがにお味噌そのものがないだけに、お味噌汁だけは似通っている、程度の物でしたが、十分美味しくいただけるレベルでした。
 食べながら教えてもらったところによると、穀物に関しては米の特徴と似た穀物を食べている地方があるらしく、そこから取り寄せたそうです。
 そこまでしてもらっていることに感謝しつつ、私は久しぶりの和食テイストの料理を堪能しました。
 一息ついて、気合いを入れ直します。

「……さて、それでは今日も行ってきます」

 いまの私に出来る、この国に対する最大の貢献。
 それは、リューさんの機嫌を取ることでした。
 リューさんが気に掛けている私を遇することで、この国はリューさんの脅威にさらされることがなくなっています。
 それはとても大きなことであるらしく、イージェルドさんからは「何でも要求してくれて構わないけど、死告龍殿の機嫌だけは絶対に損ねないでくれよ」と言われています。
 城内で暴れでもされたら大変ですから、私もそれは重々承知しているつもりです。

(実際、いまの私に出来るといえばそれくらいしかありませんし……がんばりましょう)

 クラースさんとヴォールドさんと別れ、城の中庭へと向かいます。本当はひとりで動きたくないのですが、クラースさんはリューさんを非常に恐れているので、連れていくわけにはいかないのです。
 リューさんとは朝と夕方に会うことにしていました。そのことにリューさんは不満そうでしたが、私と直接会話をするためと思って我慢してくれています。
 私自身、リューさんの機嫌を損ねたくはないので、会ったときには精一杯スキンシップを取るようにしています。
 イージェルドさんが中庭に人を近付けないようにしてくれているので、助かっていました。

(いつものことながら、リューさんは遠慮がないですからね……)

 またあられもない姿を晒すことになるのかと思うと、中庭に向かう足も鈍ってしまいます。
 とはいえ、私の仕事といえばそれくらいしかないのもあるので、しっかり役目は果たすつもりです。
 中庭が見えてきました。相変わらず綺麗な中庭でしたが、少し荒れてきているように感じました。
 リューさんがいるために庭師の方が入れないためでしょう。
 いくら危害は加えられないと言っても、恐ろしいものは恐ろしいのですから仕方ありません。

(イージェルドさんも無理に命令する気は無いみたいですしね……妥当ですけど)

 リューさんは気にしないでしょうし、そのリューさんがいる限り中庭に人が立ち入ることはまずありません。
 ならば、無理に整備させる理由もないのですから。
 とはいえ、あまりに荒れ果ててしまうのは悲しいですし、長い間お世話になることになれば、その時はなんらかの対策を取る必要はあるでしょう。
 そんなことを思いながら、静かな中庭に足を踏み入れます。
 人気がなく、静かなのはいつものことですが、それにしても静かすぎることに気付きました。

(あれ……? もしかして、リューさんがいない……?)

 リューさんも食事をとる必要があります。
 ただ、リューさんが満足できる食事を国が用意するのは難しいため、リューさんは食事時になると自分で狩りに出かけることになっていました。
 普段リューさんが食べている獲物は、人族にとっては国の存亡をかけて戦うレベルの魔物らしいです。
 人にも魔物にも畏れられる死告龍というのは伊達ではないのでした。

(もし本気でリューさんが暴れたら……そりゃあ、私がする程度の要求くらい、いくらでも飲むわけですよ)

 私の責任は重大なものなのです。
 ともかく、リューさんが狩りに出かける周期は人間と違って不定期なのですが、タイミング悪くそこ時間に当たってしまったようでした。

(仕方ありません……リューさんが帰ってきたら、教えてもらうように頼んで、またきましょう)

 そう思った私が、踵を返した時でした。
 中庭の入り口、城側の廊下にひとりの青年が立っていることに気づきます。
 その青年はどこかで見たような顔つきで、爽やかな笑顔を浮かべていました。
 格好はいかにもな騎士のようで、兜こそ被っていませんでしたが、腰には装飾の凝った白銀の鞘に収められた剣を提げています。
 思いがけない遭遇に身を硬くする私に対し、その人は悠然とした態度でした。まるでこの場にいることが自然なように、堂々としています。

「やあ、初めましてキヨズミ嬢。お会いできて光栄だ」

 翻訳魔法を使っているらしい流暢な日本語で彼は優雅に挨拶してきました。

「俺はオルフィルド・ルィテという。仲良くしてくれれば嬉しいね」

 言葉や態度はとても紳士的な彼でしたが、その目は。
 獲物を狙う猛禽類のように鋭かったのです。

つづく
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