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黎明媚態

露出系、羞恥系の18禁小説を書いています。関連の同人・版権作品のレビューも書きます。18歳以下の閲覧禁止。

バスタオル一枚で異世界転移 第九章 1

 バスタオルを剥ぎ取られた瞬間、目が覚めてからずっと感じている頭痛が激しくなりました。
 けれど、それに構っている場合ではありません。バスタオルに手を伸ばそうとして、まだ両手両足に蔦が絡み付いていることを思い知らされました。
 幸い、締め潰されるほどの力ではなかったのか、肌に軽く食い込む程度で済んでいます。
 痛いのに違いはありませんでしたが。

「ヨウ、さん……! 返して、くださいっ!」

 抵抗する術のない私には、そう声をあげることしか出来ませんでした。
 バスタオルを掴んだまま、ふわりと浮かび上がったヨウさんは、そんな私の呼びかけに対して。

『……ごめんなさいね。これがどうしても必要なの』

 日本語で、そう答えたのです。不思議な声でした。耳ではなく、頭に直接響いてくるような、涼やかな声音。
 外見から想像していた通りの声でした。
 突然ヨウさんの声が聞こえるようになって、思わず目を瞬いて驚いてしまう私の前で、ヨウさんがバスタオルをその身体に巻きつけます。
 それと同時に、異変を察知したのでしょう。隣の部屋から、クラースさんが駆け込んできました。

「キヨズミ、サマっ……!?」

 部屋の状況を見て、クラースさんが驚きで目を見開きます。
 ヨウさんがクラースさんを見やり――その目に宿っている、塵芥を見るような冷たい光に、背筋が泡立ちました。
 それは、いけないものだと。
 クラースさんが危ない、と直感で悟りました。

「っ……! クラースっ!!」

 逃げろ、という日本語は教えていなかったので、咄嗟に名前を呼びました。
 危ないという意思を込めて、声の限りに叫びます。
 クラースさんは私の言葉に反応して、開けたばかりの扉を閉めながら部屋の外に転がり出て行きました。
 一拍遅れて、拳大ほどもあるバラの棘のようなものをヨウさんが放ち、それらは扉を貫通して、太い穴だらけにしてしまいます。
 もし、その場所にクラースさんが立っていたら――そう思うと背筋が凍りました。

「なん、で……」

 仲良く出来ていた、と思っていました。
 最近はヨウさんも自由に動き回ることが多く、常に一緒にいたわけではありませんでしたが、それでも毎日会って友好的に接していたはずです。
 私のそう言った想いが篭った言葉に、ヨウさんは何も言ってくれませんでした。
 いえ、正確にはヨウさんが私の言葉に対し、哀しげに何かを口にしようとしてはいました。ですが、それは言葉になりませんでした。

 部屋の壁を突き破って現れたリューさんが、ヨウさんに襲いかかったからです。

 怒号とわかる凄まじい咆哮が、耳を劈きます。
 部屋全体が歪み、縛り付けられたベッドごと身体が浮くのがわかりました。
 リューさんの突撃によって壁が砕け、部屋が崩れていく音と咆哮とが混ざって、頭痛がひときわ酷くなって――何も聞こえなくなりました。




 死告龍が突然城を襲い始めた――周りからすれば、そうとしか思えない状況だった。

 吹き飛ぶ城の外壁を掻い潜り、一体の大妖精が空を行く。それは半透明の羽を広げて鱗粉のように光の筋を残しながら、一気に空高く舞い上がった。
 それを追いかけて死告龍が飛び上がる。
 城の上空には空を飛ぶ魔物を撃ち落とすための迎撃魔法が展開されていたが、大妖精は展開された魔方陣を打ち消し、死告龍はもっと単純に発動した迎撃魔法をぶち破った。

 そして、死告龍と大妖精の激しい空中戦が始まる。

 大妖精が無数の魔方陣を生み出し、雷や石飛礫で死告龍を撃ち抜こうとすれば、死告龍は黒いブレスでそれらを迎撃する。
 大魔法使い同士の戦いでもありえないほどに、様々な魔法が飛び交う。
 普通ならば大惨事であっただろう。
 二体の魔物はお互いのみを敵として認識しているようで、あえて他を狙って魔法を放つことはなかったが、稀に軌道が逸れた魔法は、眼下の街に降り注ぐからだ。
 しかし、その逸れた魔法は、即座に別の魔法が発動して空中で撃ち落とされていた。
 そのため派手で豪快な戦闘の光景ほど、人間の街に被害は出ていない。

 だが、あまりに次元の違う魔物同士の戦闘を前にして、人々は逃げ惑うことしかできなかった。




 瓦礫に埋もれた状態で、私は目覚めました。
 身体中が悲鳴をあげていますが、死んではいないようです。
 幸い、大きな瓦礫の下敷きにはなっていなかったようで、私の力でもなんとか這い出すことが出来ました。
 細かな粉塵が舞い上がり、それを吸い込んでしまって激しく咳き込みます。

「げほっ、ごほっ……! 一体、何がどうなって……っ」

 瓦礫の下から這い出した私は、まず自分が全裸であることを思い出しました。
 慌てて手で隠しつつ、たまたま近くにあったボロ切れを体に巻きつけます。
 ボロ布と言いましたが、物自体はかなり上質なものでした。恐らくベッドを構成していた一部でしょう。
 私にあてがわれていた部屋は盛大に崩れ、原型を留めないほどに破壊されていました。
 当然部屋に置かれていた高価であったであろう調度品などもめちゃくちゃです。
 被害総額はいくらになるんだろうかと、現実逃避気味な心配をしてしまいました。

「痛、ぅ……!」

 そんな私を、身体に走った痛みが現実に引き戻します。
 床に着いていた手のひらに、瓦礫の破片が食い込んで痛みを発していました。
 それを摘まんで抜き取ると、少し血が滲んで来ます。
 いままでならこの程度平気でしたのに、明らかに加護がなくなっていました。
 しかし、全身を確かめてみたところ、建物の崩落に巻き込まれたにしては、驚くほど怪我らしい怪我をしていません。
 もっと血が出るような傷を負ってもおかしくなかったはずですが。

(加護はなくなったのに……? 運が良かったのでしょうか……)

 そう思ったものの、運がいいだけとは思えません。
 素肌の上に瓦礫が落ちて来て触れただけで、普通は皮膚が破れて血まみれになってしまうでしょう。
 頭痛は酷いものでしたが、打ち身や擦り傷があまり見られないのが不思議です。
 じっと体を見つめてみると、ほんのりと光っているように見えました。

(加護が残っている……あるいは、何か別の魔法がかけられていた……?)

 でもバスタオルを身につけていた時には、すべての魔法を弾いてしまっていたはずです。
 イージェルドさんの協力の元、【探査】などの魔法だけではなく、【治癒】や【堅固】といった回復や防御の魔法も弾いてしまうのを確認していました。
 そうなると、バスタオルが剥がされたあとに、魔法がかけられたということになるはずです。
 それはつまり――結論を導こうとした私の耳に、鋭い声が飛び込んで来ました。

「キヨズミ嬢!」

 それは、完全武装したオルフィルドさんでした。同じく武装した兵士たちに囲まれ、険しい表情を浮かべています。
 心配して見に来てくれた、というにはあまりに表情が険しすぎました。
 激しい金属音を響かせながら、オルフィルドさんが私の側に近づいてきます。文字通りの布きれ一枚しか身につけていない私と、完全武装かつ従者も連れているオルフィルドさん。
 発される威圧感に圧倒され、蛇に睨まれた蛙の如く動けませんでした。
 オルフィルドさんは座り込んでいる私の側に膝をつくと、手甲に包まれたその手で、私のむき出しの肩を掴んできました。
 焦燥していて力加減を間違えたのか、かなり痛かったです。肩が握り潰されるかと思いました。

「一体何があったんだ!? どうして死告龍が急に暴れ出した!」

 肩を揺すられながら厳しい口調で詰問され、なんと応えるべきか迷いました。
 ヨウさんが神々の加護を持つバスタオルを私から奪い、それを察知したリューさんがヨウさんに襲いかかった、とは言えません。
 返答に窮していると、オルフィルドさんが連れてきた兵士さんたちが、そんなオルフィルドさんに向けて口を開きます。
 その声は震えており、明らかな恐怖が滲んでいます。

「オルフィルド#&’%! %$&$’%$、$#$()%……」

 言っている内容は私にはわかりませんでしたが、恐らくオルフィルドさんに逃げるように言っているのではないかと思われました。
 兵士さんはオルフィルドさんに向かって叫びつつも、その視線は上空へと向けています。目が離せないというか、目を離したら死ぬと思っているらしい、必死な様子でした。
 私がその視線を追いかけてみると、城の上空でリューさんとヨウさんが激しく戦っているところでした。
 とんでもないスピードで飛び回り、ぶつかり合っては離れ、魔法を連発し、それをブレスで迎撃したりしているようです。
 片方は人間サイズなので的確な表現ではありませんでしたが、怪獣大決戦というのが的確な表現である気がしました。
 暮れかけた夕刻の空に魔法やブレスの軌跡が妙に映えています。それが演舞や演習であったなら――さぞかし見応えのある光景でしょう。
 ですがいま上空で展開されているそれは、見世物でも何でもありません。一歩間違えば街が消し飛ぶ核弾頭同士のぶつかり合いです。綺麗だなんて悠長なことは言ってられませんでした。
 オルフィルドさんは忌々しげに上空のリューさんとヨウさんを見上げます。

「……そうだな。街に被害が出る前に、住民を避難させ――」

 オルフィルドさんが呟きかけた時、いくつかの魔法が街に向けて落下していくのが見えました。
 落ちる、と私が感じた次の瞬間、それらは別に打ち出された魔法によって打ち落とされていました。
 被害が出ずにほっとしましたが、時間の問題でしょう。
 オルフィルドさんも胸をなで下ろしていましたが、不意に顔を顰めました。

「いまのは兄上……か? それにしては妙な気が……」

「私の仕業ではないよ。驚いたことに……死告龍が約束を守っているようだ」

 オルフィルドさんの疑問に答えるように、イージェルドさんが現れました。彼もまた従者を連れていました。
 いつもと変わらぬ豪奢なローブを身につけ、複雑怪奇な装飾が施された杖を手にしています。
 また、ズキリ、と頭痛が酷くなりました。
 オルフィルドさんはイージェルドさんに向かって食ってかかります。

「死告龍が約束を守っているだと!? 城を破壊したじゃないか!」

「オルフィルド。あれが本気で城を破壊しにかかっていたら、いまごろ我らは生きておらんよ。死告龍の力を忘れたわけではないだろう?」

 リューさんのブレスは即死属性を有する広範囲攻撃です。以前の街で見せたように、街の一角を吹き飛ばすくらいの威力があります。
 本気で破壊しようとしたならば、確かにいまの破壊の規模で済むわけがありません。
 さらに即死の効果までついてくるので、私たちは生きていないでしょう。
 冷静なイージェルドさんの言葉に、オルフィルドさんも冷静さを取り戻したようです。
 イージェルドさんの視線がこちらを向きました。

「キヨズミ。二体が争い始めた経緯はだいたい察しがつく。決着がつくまで、我らと共に避難するといい。安全な場所に移動しよう」

 そういって移動を始めようとする二人とそのお付きの人たち。従者の人たちが私を囲み、立たせようとします。
 私はとっさに、二人を呼び止めていました。

「ま、待ってください! 決着がつくまで……というのは、どちらが勝つのか、イージェルドさんにはわかっているのですか?」

 恐ろしい即死効果持ちのブレスを放てるリューさん。
 対して、その即死効果を打ち消すことの出来る『神々の加護』を得たバスタオルを身につけた大妖精たるヨウさん。
 元々の力の差がどれくらいかはわかりませんが、リューさんは最大の武器を封じられたに等しい状況のはずです。普通に考えれば、リューさんが不利とみるべきでしょう。
 しかし、イージェルドさんは全く違う風に考えているようです。

「……決まっているだろう。大妖精は絶対防御の『神々の加護』を得て、攻撃に専念すれば勝てると思ったのかもしれないが、見込みが甘すぎる」

 イージェルドさんは終始淡々と、言葉を続けました。

「その程度で討伐出来るなら――人間はあれを死告龍などとは呼ばなかったよ」

 その言葉に被さるように、ひときわ大きな爆発が上空で巻き起こりました。
 全員の視線がそちらに向きます。上空で、小さな人影がふらふらと飛んでいました。
 それに対し、巨大なドラゴンは悠然とその小さな人影に近づいて。

 身体ごと回転させた鋭い尾の一撃で、人影を城の尖塔へと叩き落としました。

 ずずん、と私たちのいるところまで衝撃が伝播してきます。
 それを見たオルフィルドさんは、苦い顔を浮かべていました。

「見張りは逃げた後のようだが……壊すなよ……」

「人と違って物ならいくらでも直せるさ。さあ、早く逃げるぞ」

 それはきっと、とても正しい判断なのだと思います。
 魔物同士の争い。イージェルドさんやオルフィルドさんにとっては、傍迷惑な争いでしかないのでしょう。
 明らかに優位に立っているリューさんが、街に被害を出さないように戦っていることは明らかですから、なおさらやり過ごすのが正しい選択なのは理解できました。
 ただ、それでも。あるいは――だからこそ。

「……待ってください、イージェルドさん。お願いがあります」

 他の誰でもない私が、ここで動かなければならないと思ったのです。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第九章 2

 清澄聖羅から「ヨウ」という呼ばれている大妖精は、この世界において間違いなく最強の一角に数えられる存在である。

 城から飛び上がった大妖精を、死告龍が追いかけて飛翔する。
 忌々しき仇敵のためらいのない追撃に大妖精は歯噛みしつつも、ここで向かえ打つ覚悟を決めた。
 本来なら、死告龍が聖羅を気にかけているうちに、極大魔法の準備をするつもりだったのだ。国をも吹き飛ばす規模の魔法を受けて無事でいられる存在はいない。
 それがもっとも確実な方法であるはずだったが、死告龍はそれを防いだ。
 死告龍の判断は早く的確で、すでに戦闘経験の差が如実に表れている。
 それを感じつつも、大妖精に戦わないという選択肢は無かった。

(絶対に、あなたたちの仇を取るわ……!)

 彼女の脳裏には、死告龍によって薙ぎ払われた森の木々たちの無残な姿が浮かんでいた。
 本来、木が切り倒されたり、燃やされたりしたとしても、それは怒りを向けるべき行為ではない。なぜならその木は次の糧となり、森を豊かにすることになるためだ。
 無闇に危害を加える行為には怒りもするが、人間が人間を殺された時ほど、彼女たち妖精は木を倒されても怒りや恨みの感情を抱かない。
 そんな彼女が死告龍に対し、激しい恨みの感情を向けている理由は単純だ。

 死告龍が『即死』の属性を持つブレスを用いて木々を薙ぎ倒したためである。

 普通に倒された木と違い、そのブレスによって倒された木は、文字通り『死んだ』。
 次の糧になることもなく、朽ち果てるだけの亡骸となってしまったのだ。
 それが大妖精には許せない。
 必ず死告龍に復讐を遂げると、虎視眈々と機会を狙っていたのである。

(森の管理者として……絶対に許さない!)

 八万平行キロメートルもの広大な面積を誇り、いまなお拡大し続けようとしている、人呼んで「貪り喰らう大森林」。
 その管理者である「三柱大妖精」の一体。
 三体の中で最も若い個体であるが、その身に宿す魔力が強ければ強いほど寿命も延びる魔物たちにとって、ある一定以上の魔力を持つ者にとっては年齢に大した意味はない。
 その身に宿している魔力だけでも絶大だが、妖精の特性として管理する植物の魔力を流用できるというものがある。

 つまり、大森林を管理する彼女には、魔力切れが起きることがまずない。

 空中に浮かんだ彼女の周りに無数の魔方陣が展開され、そのすべてが超級の威力を持って放たれる。
 氷、雷、風、炎。
 様々な属性の攻撃が、雨のように死告龍に降り注ぐ。
 多種多様な魔法を扱いこなすことができる大妖精であるために、ほとんどの外敵は魔法のごり押しだけで倒すに至る。
 人間が彼女に立ち向かおうと思えば、大国同士が連携を密にし、魔法騎士団や戦士団を波状的に投入し、少しずつ森を削っていく、地道かつ時間のかかる方法か。
 あるいは、大妖精本体は比較的脆いという点を突き、勇者という個の極みにある存在が単身突入し、本体の撃破という一点突破を目指すくらいしか取る方法がない。
 幸いにして大妖精は攻撃的な性格ではなく、また侵略という概念も薄いために、大きな城壁などで遮り、そもそも植物が広がらないようにすることで領域を定め、大妖精との衝突が起こらないように回避している。

 そんな大妖精が、絶対防御の『神々の加護』を得ればどうなるか。

 本体が撃破される、という大妖精がもっとも避けたい事態が起こらなくなり、大妖精自身が堂々と前線に立つことが出来るようになる。
 事実上無尽蔵な魔力を存分に振るい、大魔法を連発することが出来るため、並の存在ではその前に立つことすらできなくなるだろう。
 最強を超え、無敵と言われるようになったとしても、おかしくはない。
 そして、その絶対防御の『神々の加護』を実現する装備品が、大妖精が完全な形で身につけられる形で現れた。

 実のところ、魔物も『神々の加護』を持つ武器や道具を使うことが出来る。

 だが、手に持って使う武器や道具ならばともかく、衣服や鎧になると人間とは身体のつくりが違う魔物たちには身につけられない物が多くなる。
 人とほとんど変わらない妖精たちですら、背中に羽があるためにまともな服はほとんど身につけることが出来ないのだ。
 しかし、バスタオルならば。
 背中の羽に影響なく身につけることが出来る。

 だから彼女はそのバスタオルを手に入れようと画策した。

 言葉は通じずとも、聖羅に信用されていることは大妖精にもよくわかっていた。
 いずれはバスタオルを手にする機会がくるはずだと考え、離れてもいいと言われても聖羅から離れようとしなかったのだ。
 本来であれば、十分過ぎるほどの信頼を築いた上で、聖羅に友好的にバスタオルを譲渡してもらっても良かったのだが、人間同士の交流が深くなるにつれて、大妖精の自分の立場が怪しくなっていくことをヨウは感じていたのだ。
 一週間もあれば、聖羅の操る言語を、翻訳する魔法に組み込むことはヨウにも出来たが、そもそも自分の声が届かないのでは意味が薄い。

 そんな時、聖羅の部屋を訪れた彼女は、神々の加護が緩んでいるところに偶然遭遇してしまった。

 この機を逃せば、次はないかもしれない。
 そう判断したヨウは、聖羅からバスタオルを奪う計画を実行に移し、そして見事強奪することに成功した。
 すべては彼女の目論見通り、上手くいった。
 絶対防御を手に入れ、攻撃に専念し、死告龍に向かって多種多様な魔法を叩き込んだ。
 しかし、最大の誤算がひとつ。

 死告龍は、大妖精が想定していたよりも遙かに強かった。

 放った魔法のことごとくが黒いブレスで薙ぎ払われる。
 生物ではない魔法に即死属性は関係ないはずだから、純粋に威力が上回っているのだ。
 大妖精もそのブレスに巻き込まれたが、バスタオルの効果で無事だった。
 無事とは言え、即死の効果を持つブレスをその身に受けているのだから、平静ではいられない。
 バスタオルが絶対防御の加護を持っているらしいのは彼女もよく知るところではあったが、即死効果を完全に無効化しているのかどうかはわからない。

(無知というのは、羨ましいわね……!)

 ヨウが思い出すのは、最初に聖羅が死告龍と共に森に現れた時のことだ。
 森を破壊し、降り立った死告龍。ヨウたち三体の大妖精は、死告龍という存在を知っており、そのブレスの効果も直前に放たれたためよくわかっていた。
 長年、彼女たちの森を脅かせるような外敵はいなかったため、突如訪れた消滅の危機に震えることしか出来なかった。
 死告龍の能力、自分たちの能力。それらを明確に理解しているからこそ、抗おうという気さえ起きなかったのだ。

 そのとき、何も知らない聖羅は――だからこそ、彼女たちを庇った。

 絶対防御があるにしても、確実に防いでいる保証もないのに、聖羅はヨウたちと死告龍の間に立ち、死告龍に対して異を唱えることが出来たのだ。
 結果として、死告龍は牙を納めたが、もし余計に怒りを買っていたらどうするつもりだったのか。
 ヨウが聖羅の無知を羨ましく思うのは、そういうところだった。
 実際にバスタオルを身につけてみて、改めてヨウはそう思う。

(く……っ! 補助系の魔法も全部カットしちゃうなんて……!)

 防御は必要ないにせよ、移動の補助に魔法を使うことはある。
 妖精が元々持つ羽による飛翔能力まではカットされないのが救いだったが、体力向上や身体能力向上の魔法もすべて無効化してしまうため、機動力が大きく削がれてしまっている。 距離を詰めてきた死告龍がその前脚の爪を振るう。弾き飛ばされて姿勢が崩れるのを嫌ったヨウは、爪を受ける寸前に風の魔法を暴発させ、あえて自分から位置を大きく変える。
 きりもみ状態で空を滑るように移動しつつ、羽の力を使って姿勢を制御。
 同時に再び魔法を展開し、追撃を防ぐために攻撃魔法をばらまいた。
 その狙いは甘く、ほとんどの魔法は死告龍に当たらず、地上へと降り注ぐ。

 その外れた魔法を、死告龍が展開した攻撃魔法が撃ち落とす。

 ヨウの魔法に反応してから展開しているはずなのに、その精度は正確で、一発たりとも眼下の街に魔法を落とすことはしなかった。
 魔法制御の水準が違いすぎた。ヨウとて大妖精の一体。その魔法知識や技術に自信はあったが、こと戦闘魔法に関しては死告龍の方が遙かに上回っていた。

(ブレス頼りじゃなかったの……!? なんで、こんな正確に!)

 即死属性などというブレスを持っている以上、大抵の敵とは勝負にならないはずだ。
 勝負になるような相手だとしても、即死属性を意識して戦わなければならない以上、まともな戦いになるわけがない。
 そのため、ヨウの想定では死告龍は決して戦闘に長けているわけではないはずだった。自分たちもそうであるが、絶対防御の補助がある分、有利に立てると思っていた。
 だが、実際の死告龍はヨウの想定を遙かに超え、戦巧者であった。
 そうでもなければ――死告龍などと呼ばれてはいないのだということに、ヨウは思い至らなかったのだ。
 焦って魔法を放てば放つほど、ヨウは追い詰められていく。
 そして、不意にヨウの頭に激痛が走った。

(まずい……! 魔法の連続使用限界が……っ)

 魔力は無尽蔵に用意できる大妖精にも、出力限界というものが存在する。
 いくら体力が無限にあったとしても、その者が有する筋力が持ち上げられる重みには限界があるように、魔法にも似たような原理が存在する。
 魔力をいくら込めても、ひとつひとつの魔法の威力には限度があり、無尽蔵に魔力を扱えても、それを扱う大妖精の精神――頭に過負荷がかかってしまう。
 それでも人間に比べれば遙かに許容量は大きいが、ここまで大量の魔力を一度に使用する経験はヨウにもなく、過剰な魔力を受けたヨウは軽度の魔力中毒に陥っていた。
 飛翔能力にも影響が発生し、空中でふらつくヨウ。
 その隙を死告龍が見逃すわけもなく。

(よけ、な、きゃ……っ!)

 一瞬で距離を詰めた死告龍が、身体ごと回転させて放った尾の一撃が、ヨウを空中から地上へと叩き落とした。
 バスタオルの加護で痛みこそなかったが、高速で墜落した衝撃はヨウの全身を貫き、一時自失の状態に陥らせる。
 叩きつけられた尖塔自体が崩れなかったのは奇跡だった。
 ヨウは瓦礫の中から這い出しつつ、空中に浮かんでいる死告龍を見あげる。
 散々魔法を叩き込んだはずなのに死告龍に傷らしい傷はない。

(ああ……ほんとうに……なんて、化け物……!)

 ヨウと同じだけ魔法やブレスを用いていたにも関わらず、魔力酔いや中毒を起こしている様子も無い。
 爛々と赤く光る瞳が、ヨウを見据えていた。
 ヨウは最終手段に出るしかないと判断する。
 しかし、果たしてそれを死告龍が許すだろうか。
 想定を遙かに超えてくる死告龍を相手にして、ヨウの気持ちは折れかけていた。

(でもやらなきゃ……わたしは……みんなのために……!)

 森の管理者としての矜持が、ヨウを奮い立たせていた。
 そんな彼女のなけなしの決意をへし折るように、死告龍がひときわ大きな咆哮を放つ。
 世界そのものを震わせるような凄まじい怒号に、立ち上がりかけていたヨウの身体は、自然と膝を着いていた。
 存在そのものの格が違うと、頭では無く身体が理解してしまう。
 バスタオルの加護があるから死ぬことはないはずだという理性的な考えが、むなしく霧散していく。
 死告龍が再度突撃をかけてくるのを、ヨウは呆然と見上げることしか出来ず――


「ダメです! リューさん!」


 目の前に立ち塞がった清澄聖羅の姿に、唖然とすることしか出来なかった。
 崩壊しかかった塔を全力で駆け上がってきたのか、大粒の汗を額に浮かべて肩で息をし。
 途中で瓦礫にぶつかったり、踏みつけたりしたのか、至るところから血を流しつつ。
 何も身に纏っていない、生まれたままの姿で。
 何の加護もないただの人間の女が。

 死告龍を止めたのだ。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第九章 3

「イージェルドさん、お願いがあります。私に……身体強化の魔法をかけてください」

 あそこに行かなければならないと、私は直感で考えていました。
 バスタオルの加護もなく、防御力は紙切れ以下。
 身につけている服とも言えないボロ布は、胸から膝の下くらいまでは隠してくれていましたが、非常に頼りない状態です。
 その状態でも、行かなければなりません。
 当然、イージェルドさんには正気を疑う顔をされました。

「……キヨズミ。それは――」

 イージェルドさんが何か言おうとしたのを、私は遮ります。
 彼が言わんとしていることはわかっていました。
 その判断は的確であり、正しいのであろうことも理解しています。
 ですが、そんなことは承知の上です。

「イージェルドさん。お願いします」

 彼の目をまっすぐ見つめ、再度そう言います。
 イージェルドさんも私の覚悟を汲んでくれたのか、言いかけていた言葉を飲み込み、頷きました。
 その豪華な杖を構えることはせず、空いた手の手のひらを私に向けます。

「『俊足』」

 恐らく杖を必要としないレベルの基本魔法なのでしょう。
 イージェルドさんの手に光が宿り、そこから放たれた光が私の身体を包み込みます。
 すると途端に、頭にものすごい激痛が走りました。

(ま、たこの痛み……っ! 痛ぅ……!)

 歯を食いしばって痛みを堪えます。
 目が覚めてから頭が痛いのは、瓦礫に頭を打ち付けたためだと思っていたのですが、どうやら違うようです。
 ですが、いまはその痛みの原因を考えている暇はありません。

「あり、がとうございます、イージェルドさん……!」

 私はお礼を言うのもそこそこに、ヨウさんが落ちた塔に向かって走りだしました。
 身体が羽のように軽く、ものすごい勢いで景色が流れていきます。
 身に纏ったボロ布の裾が舞い上がり、イージェルドさんやオルフィルドさんには、色々大事なところを見られてしまったような気がします。
 顔から火が出るほど恥ずかしかったですが、それを気にしている余裕はありません。

(急がないと……!)

 塔の入り口に扉などがなくて助かりました。
 物見櫓のような役割を持つ塔なのでしょう。内側に螺旋階段が上へと伸びています。
 ぱらぱらと上から塔の破片のようなものが落ちてきており、いつ塔自体が倒壊するかわかりません。
 だから私は、全力で螺旋階段を駆け上がりました。
 途中落ちていた破片を踏みつけてしまい、めちゃくちゃ痛い思いをしましたが、根性で走り続けます。

(頭が痛いのが幸いするとは……!)

 足の裏だけの痛みだったら、耐えられずに走れなくなっていたかもしれません。
 けれど、今の私は頭の中で激痛そのものが暴れ回っている状態です。
 アドレナリンが激しく分泌されているのか、足の裏からの痛みはそれほど感じなかったのです。
 それを幸いとしていいのかはさておき、とにかく私は塔を駆け上がりました。
 身体が軽いことも相成って、三段四段飛ばしで上っていきます。
 この勢いで転んだら、それは悲惨なことになるでしょう。

(慎重に……! 転ばないようにだけ気をつけて、走る!)

 ところが、順調に駆け上がっていた途中で、突然塔が揺れました。
 リューさんのものと思われる咆哮が塔を揺さぶったのです。
 とんでもない咆哮でした。思わず階段から足を踏み外し、盛大に転んでしまいます。
 とっさに腕をクッションにして頭を打つことだけは避けました。
 ですが、腕を石造りの階段に擦り付けてしまい、血が出るほどの擦り傷を作ってしまいました。
 さらに悪いことに、身体に巻き付けていたボロ布が外れてしまいます。

(そう、でした……加護があるわけじゃないから……!)

 これを失うと私は全裸なのですが、もう一度拾って身体に巻き付けている時間的余裕は恐らくありません。
 足にまとわりついて走りにくかったのもありますし、私はボロ布を放置して生まれたままの姿で再度塔を上っていきます。
 この歳になって全裸での全力疾走を行う羽目になるとは。
 頭痛でまともに考えることもできないのが逆に功を奏しました。

 そうして、私はついに塔の最上部にたどり着くことが出来ました。

 ヨウさんが叩きつけられて粉砕された塔の先端。壁が無くなって吹きさらしの屋上みたいになっています。
 崩れた瓦礫の中から這い出て来た様子のヨウさんが、その場に膝を突いて、呆然と空を見上げています。
 そして、空からリューさんがそのヨウさんに向かって降りてこようとしていました。
 私は最後の力を振り絞り、ヨウさんとリューさんの間に立ち塞がります。

「ダメです! リューさん! 止まってください!」

 恐ろしい勢いで迫ってきていたリューさんが私の姿を認め、慌てて急減速を行いました。
 私の目の前に魔方陣がいくつも生じ、空気のクッションのようなものがリューさんの勢いを殺し、衝突寸前で止まりました。
 リューさんは翼を広げ、羽ばたくのとは違う力でその場に滞空し始めます。
 ひとまず止まってくれたことに、私はほっと内心胸をなで下ろしました。
 もし構わず突っ込んで来られていたら、私は間違いなくミンチ肉になっていたでしょう。
 しかし、まだ危機は脱していません。
 リューさんの目が怒りで真っ赤に染まっているからです。

『セイラ、なんでそれをかばうの?』

 リューさんの声は、想像していたより数段高い声でした。
 喋り方もどこか子供っぽいので、リューさんはドラゴンとしては子供なのかもしれません。
 思えばリューさんの行動にはどこか子供っぽいところが多かったように思います。単に人とドラゴンの感覚の違いゆえかと思っていましたが、純粋に子供に近かったようです。
 死告龍、などという呼び名自体は大層だと思いますが、そこまで恐れられている理由もその年齢にあるのかもしれません。

(子供ゆえの残虐性に加え、行動も感情的になりうる……そりゃ、怖いですよね)

 成熟した精神の持ち主であれば、取引や駆け引きが有効でしょう。
 多少は不快なことがあっても、ぐっと我慢するだろうと信用できます。
 ですが、子供相手だとすると、どうでしょうか。
 その場では納得したように見えても、その時々の感情でそれがひっくり返されるかもしれません。
 普通の子供ならば、約束を破ったり暴れたりすれば、拳骨のひとつでも落として叱るところですが、リューさんはドラゴンで、しかも即死の属性持ちです。

 人が神か悪魔とばかりに恐れるのも、納得出来るというものです。

 とはいえ、いまはそのことを気にしてはいられません。
 怒気がリューさんの全身から立ち上っているのがわかります。
 リューさんが私を気に入っている理由がなんであれ、それ以上に気にくわないことをすれば当然不興を買うでしょう。
 そして私を裏切った形になるヨウさんを、リューさんから庇うという行為は、リューさんにとって十分に不愉快な行為に他なりません。

『それはセイラのものを盗ったのに、なんでセイラはかばうの?』

 頭が割れそうな痛みを発する中、私はどう応えるべきか考えていました。
 一言でいえば『死んで欲しくなかったから』なのです。バスタオルを奪うためについてきていたのだとしても、私がヨウさんの存在に救われていたのは事実です。
 それに、ヨウさんは私が巻き込んだようなものであり、本来であれば森の奥で穏やかに暮らしていられたはずの存在です。
 そういった負い目もあるにはあるのですが。

(それでは、納得してくれなさそうですね……)

 何かリューさんを納得させられるような、いい理由を模索します。
 ですが、頭痛が酷くて思考も定まらない中では、上手い言い訳を考えることができませんでした。
 いくつもの考えが浮かんでは消えていきます。
 リューさんが爆発するまで、時間もありません。
 ですから、私は次に頭に浮かんだ言葉を、そのまま口に出すことにしました。

「受けた恩を――返すためです」

 口にしてしまえば、それがすっと胸に落ちて来ました。
 それが一番の理由なのだと、頭ではなく心で言うことができます。

『……恩?』

 それはリューさんではなく、背後に庇ったヨウさんからの呟きでした。
 肩越しに振り返ると、ヨウさんは私を呆然と見上げています。
 そんな彼女に向けて、私はほんの少し笑って見せました。

「果実を、分けてくださったでしょう?」

『そんな、程度のことで……?』

『なにそれ……そんなことで――』

 ヨウさんとリューさん、両方から呆れられているような気がしました。
 けれど私はそうは思わないのです。
 ですから、リューさんの言葉を遮って口を開きます。

「いいえ、リューさん。そんなこと、じゃないです。ヨウさんが最初にくださった金色の果実……あれは、とても希少なものだったのではありませんか? 例えば、そう――知恵の実とか」

 あのときはただの果実だと思ってしまいましたが、冷静に考えるとそうであるわけがないのです。
 普通の果実もその後で食べさせてもらっていましたし、あの金色の果実だけが異彩を放っていました。
 私があれを食べたあと、言葉が通じないとわかっているはずのヨウさんたちが話しかけて来ていて、私がその意味がわからないという当たり前のことに対し、絶望していました。
 つまり本来、あの実を食べれば言葉が通じるようになるはずだったのでしょう。
 そしてそのことをリューさんは知っていたからこそ、わざわざあの大森林に行って、ヨウさんたちを脅しつけて用意させたはずです。
 案の定、リューさんは気まずげに視線を逸らしました。

『……食べればなんでも知ることができる実があそこだけにあるって、物知りなお兄ちゃんに聞いたから。セイラに食べさせればリューと喋れるようになるんじゃないかって思って』

 ご兄弟がいらっしゃったんですね。
 そういえば、最初リューさんは私を咥えて持ち運んでいたのに、グリフォンを狩ったあと、私を手で持って運ぶようになっていました。
 もしや、私が気絶している間にご兄弟に会っていたのでしょうか。
 その時に、仮称『知恵の実』の情報だけでは無く、人間は掴んで運ぶようにアドバイスされた、とか。

「なるほど……ではやはり、とても貴重なものを分けていただいていたわけですね」

 その実の効果が発揮されなかったのは、バスタオルの所為でしょう。
 恐らくその実は高度な魔法をかけてくれるようなものなのではないでしょうか。だから、加護によってあらゆる魔法を弾いてしまう私には通じなかった、と。
 いまから思えば、それで良かったのかもしれません。『俊足』の魔法ですら、死にそうなほどの激痛を受けたのですから、「なんでも知ることができる」なんていう効果を受けていたら、その場でショック死していたかもしれません。
 つくづく、バスタオルの所為で苦労しましたが、バスタオルのおかげで命を繋いで来れたのだと実感します。

『セイラ……貴女、おかしいわ。どうして、そんな風に思えるの?』

 ヨウさんが正気を疑う目で私を見ていました。

「一応、他にも理由はありますよ? バスタオルを奪った後、私を殺さなかったじゃないですか。それだけじゃなく、守るための魔法もかけてくださったでしょう?」

 バスタオルだけが目的なら、奪ったあとの私なんてどうでも良かったはずです。
 その場に捨ておくだけでよかったのに、守るための魔法を使ってくれたのです。
 それを指摘すると、ヨウさんは気まずげに目線を逸らしました。

『別に……強いて殺すほどの価値がなかっただけよ……』

「それでも、恩は恩ですから」

 そう言葉を返すと、ヨウさんは項垂れてしまいました。
 本気で呆れられているのか、それとも少しは感じるところがあってくれたのでしょうか。
 大妖精の感性がどういうものなのか、私にはよくわかりません。
 ひとまず、ヨウさんにはもう戦意はないようです。

『……そもそも、それがセイラから盗らなければよかった』

 リューさんはまだ納得が行っていないのか、不満げに唸ります。
 私の側に顔を寄せてきて、その口を開きました。

『そうしなければ、セイラがこんなに傷つくことはなかったのに』

 全身傷だらけで血だらけな状態を思い出させないで欲しいです。
 そう思う私の前で、リューさんの口から舌が伸びてきて、私の身体を舐めました。
 改めて裸であることを意識させられてしまい、恥ずかしく思ったその刹那。

『――ッ!? 死告龍!? ダメ!!』

 項垂れていた顔をあげたヨウさんが、目を見開いて叫びました。
 しかし時すでに遅し。
 リューさんの舌から、黒い霧のようなものが私の身体に伝わってきました。

 即死の『力』は、ブレスだけに乗るものではなかったのです。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第九章 おわり

 リューさんから零れだした黒い霧のようなものが、私の身体を吹き抜けていきました。
 怖気が全身を駆け巡ったかと思うと、急に身体から力が抜け、後ろに倒れ込んでしまいます。
 こんなところで転んだら頭を打って大変ですね、と。
 私は自分のことなのに、どこか遠くの出来事のように感じていました。

『セイラッ!!』

 そんな私を、ふわりと柔らかいものが受け止め、包み込んでくれました。
 ヨウさんがバスタオルを使って、倒れ込みかけた私の身体を受け止めてくれていました。
 こちらを見るヨウさんの顔は、青ざめて震えています。
 その行動と表情を見て、ヨウさんを庇ったことは間違いではなかったと確信しました。

『セイラ……ッ、しっかり!』

 ヨウさんが私に呼びかけながら、バスタオルを身体に巻いてくれました。
 私は自分の胸に手をやり、心臓が鼓動を奏でているのを確認します。
 ヨウさんの焦りようからして、リューさんの即死の効果が発揮されたことは間違いないはずです。
 しかし、私は生きています。

「……あ。えっと……大丈夫、みたいです?」

 バスタオルを巻き付けてもらったから、でしょうか。
 効果が発揮するまでに少しタイムラグがあって、発動する前に遮ることができた、ということなのでしょうか。
 むしろ、ずっと感じていた頭痛がなくなっており、清々しいくらいの状態で――と、思った瞬間。
 身体中から走った痛みに――特に腕と足の傷からの痛みに悶絶してしまいました。

「い……っ、たぁ……!」

 頭痛がなくなったせいでしょうか。
 いままでは平気だった身体の痛みが、とんでもないものだったことに気づかされます。
 痛みのあまり腕と足が痺れて動かせません。

「――! ぐるるっ!」

 リューさんが私を心配して、塔にしがみつくようにして顔を寄せて来ました。
 バスタオルを身につけたからか、リューさんの声はまたうなり声にしか聞こえなくなってしまいましたが、ニュアンスからこちらを心配しているのはわかります。
 塔は軋んで揺れましたが、なんとか耐えてくれていました。
 私はリューさんを安心させるために、激痛を堪えて笑顔を浮かべます。勢い余って塔が倒されたら大変です。

「だい、大、丈夫、ですよ。リューさん。怪我したところが、痛む、だけですから……」

 こちらには声が聞こえなくとも、むこうはこちらの言葉を理解してくれているはずです。
 リューさんには大丈夫と言ったものの、ほんとは大丈夫じゃなかったです。
 足の裏とか、我ながらこれでよく走れてましたね。
 床にちょっと触れるだけで、悶絶するくらいに痛いです。
 ヨウさんが私を抱きしめるようにして身体を支えてくれているので、それに甘えて腕や足の傷がどこかに触れないよう、身体を預けます。
 少し落ち着いた、と思った時、なにやらボタボタ、と水滴が傘を叩くような音がすぐ近くから響いてきました。
 出血がそこまでのものになってしまっているのか、と焦りましたが違いました。
 顔を寄せて来ていたリューさんか、ボロボロと大粒の涙を流していたのです。

「くるる……くぅ……くるぅ……」

 声は聞こえませんが、言いたいことはなんとなくわかります。
 生きてて良かった、とかそういう類いのことでしょう。
 そう思ってくれるのであれば、もう少し気をつけて欲しかったです。
 まあ、この一週間、そういうことは気にせずスキンシップを取れていましたから、その分の油断もあったのでしょう。
 いつも遠慮無く頭突きしてくれたり、舐めてきたり、じゃれて来たりしてくれていましたからね。
 体格差で毎度大変な目に遭わされていましたが、即死の効果がブレス以外にも乗りうるのだとすれば、そのじゃれ合いも実は結構命がけだった可能性があります。
 それは恐ろしいことではありましたし、肝も冷えましたが、同時に、それゆえのリューさんの孤独にも思い至ってしまいます。

(リューさんは人とまともに触れあうことが出来ない、ってことですよね……)

 即死の効果を任意で切ることが出来ないのであれば、リューさんが下手に他者と触れあうと、その相手を殺してしまいかねないということです。
 リューさんにはご兄弟がいらっしゃるということでしたが、その方々と触れあうことも満足に出来なかったのではないでしょうか。
 触れ合うということがそもそも出来ないのですから、スキンシップで手加減が出来ないのも当然でした。
 ドラゴンの感性がどんなものかはわかりませんが、リューさんとの触れ合いを思い返すにつけ、あれだけ嬉しそうだったのですから、誰とも触れ合えないということはドラゴンにとっても寂しかったのでしょう。
 私はヨウさんにお願いして、抱え上げてリューさんの側に近寄らせてもらいます。

「リューさん。大丈夫ですよ、私は平気です」

 手を伸ばして、リューさんの鼻先を撫でてあげます。
 リューさんは「くるる」と啼きました。
 相変わらずボロボロ涙を流しているリューさんは、とても死告龍などと呼ばれ、恐れられている存在には見えません。
 単に子供なだけだとすれば、よい方向に変わっていくことも出来るはずです。
 あるいはもしかすると――私の役目というのはそこにあるのかもしれません。

「……まあ、それはさておき……どうしましょうか」

 大騒ぎになっている城内および城下町を見下ろします。
 イージェルドさんやオルフィルドさんが抑えてくれているのか、こちらに攻撃を仕掛けてくる人はいないものの、蜂の巣を突いたような騒ぎが続いているのは変わりありません。
 この騒ぎをどう納めるか。
 私は頭を悩ませることになるのでした。
 ひとまず、戦いはやめたのですし、冷静な対処を期待しましょう。

「リューさん、ヨウさん。おふたり……と話したいので、一度バスタオルを外します。もし他から攻撃されたときは守っていただけますか? 出来れば穏便に」

 そう言ってバスタオルに手をかけると、リューさんもヨウさんも頷いてくださいました。
 安心して巻いてもらったバスタオルを外し、手に持ちます。

『……セイラ、だいじょうぶ?』

 すると、リューさんの声が聞こえるようになりました。
 私はリューさんの問いに「大丈夫です」と応えておいてから、ヨウさんに訊きます。

「ヨウさん、回復魔法は使えますか?」

『ええ、使えるわ。身体の傷を治せばいいの?』

「はい、お願いします。痛すぎて立つことも出来ませんから……あ、でも全身一気に回復するのではなく、少しずつお願いできますか?」

 イージェルドさんに魔法をかけてもらった際の痛みが思い起こされます。
 もしあれが魔法を受けたことによるものだとすると、下手をすると回復魔法でも傷が治ると同時に激痛が走るかもしれません。
 そうなると致命的なので、試しに手のひらから治してもらうことにしました。
 ヨウさんが両手を使って私の手を優しく包み込んでくれます。

『【治癒】』

 暖かな光が私の手のひらに凝縮され、染みこむように入って来ました。
 それと同時に、まるで傷口に消毒液をかけてもらった時のような痛みが手のひらから走ります。
 耐えられない痛みではありませんが、少し顔を歪めてしまいました。

「っ……確認、ですけど……通常、回復魔法に痛みは伴いますか?」

『いいえ。痛みが和らぐことはあっても、回復魔法をかけられて痛みが発生することは普通はないはずよ』

「そうですか……ありがとうございます。なら、次は足の裏をお願いします」

 一番痛いところだけ治療してもらうことにしました。
 とりあえず足裏さえ治れば歩くことも出来ますからね。
 ヨウさんが続けて足の裏も治してくれます。
 リューさんが回復魔法をかけたさそうにしていましたが、ヨウさんから「あなたは戦闘用の魔法はともかく、他の魔法は使い慣れていないでしょう?」と指摘され、渋々引き下がっていました。
 足の裏も、傷口を海水につけたような激痛を伴いつつ――悲鳴をあげずに堪えたことは褒められていいと思います――治りました。

「ありがとうございます。ヨウさん。ひとまずはこれくらいにしておきます」

『……そうね。それが良さそうだわ。顔色が良くないわよ』

 指摘されて、私は自分の顔色が悪いことを実感しました。
 確かにせっかく消えていたはずの頭痛も、またするようになっていました。
 どうやら、魔法というか、魔力の浴びすぎが原因のようです。
 ヨウさんは「魔力中毒」という病気の症状に似ていると指摘してくださいました。
 あまりにも強大な魔力を浴びることで起きる病気で、森から魔力を供給できる大妖精にとっては、気をつけておかなければならない病気のひとつらしいです。

『普通はもっと膨大な魔力を扱わない限り起きないはずなんだけど……セイラは魔力が全くないから、それでだと思うわ』

「全くない、んですか?」

『ええ。バスタオルを身につけていた時にはわからなかったけど、いまみたいに加護が緩んでいるとはっきりわかるわ』

『うん。たしかに。ぜんぜん感じないよ』

 リューさんにもそう言われてしまっては、私が魔力を全く持たないというのは事実なようです。
 となると、少し憧れてた魔法を使えるようにはならなさそうですね。残念です。
 私はその程度に感じていたのですが、リューさんとヨウさんは深刻そうな声のトーンで話を続けていました。

『魔力がまったくない、ってありえる?』

『……わたしが知る限り、そんな生物はいないわね。石巨人でさえ、微弱な魔力は持っているわ』

「私は違う世界から来たわけですし、そういう構造からして違う可能性はありますが……」

 ともあれ、そういったことを考えるのは落ち着いてからにしましょう。
 まずは塔を降りて、イージェルドさんやオルフィルドさんに説明をし、もう危険はないということをわかっていただかないといけません。
 リューさんが約束を守ってくださったおかげで街への直接的被害はほとんどないので、折り合いを付ける余地はあるでしょう。
 騒ぎを起こして街を混乱させてしまったのは間違いないので、なんらかの埋め合わせは必要かもしれませんが。

「リューさん。約束を守ってくださってありがとうございます」

『そういう、約束だったから。弱かったし』

 あれだけの規模の魔法を扱えるヨウさんが弱いわけがないのですが、私はそこを追求しないことにしました。
 ヨウさんも反論する気はないようです。
 実情はどうあれ、結局リューさんは怪我らしい怪我もなく、無傷に近いですからね。ヨウさんもリューさんより弱いことは否定しようがないというところでしょうか。
 私は立ち上がり、バスタオルを広げます。

「……またバスタオル一枚で過ごさないといけないんですね」

 いい加減どうにか脱却したいところです。
 それに、リューさんとヨウさんと話すためにはいちいち外さないといけないというのも、憂鬱なことでした。
 いままで以上に中庭の人払いをしてもらう必要があるでしょう。
 これからも続くであろう苦難を考えてため息を吐いていると。

『確約はできないけど、もしかしたらわたしたちとの会話はどうにかなるかもしれないわ』

 ヨウさんがそういってくださいました。

「え!? 本当ですか!?」

『ええ。……セイラがまだわたしを信じてくれるなら、だけど』

 ヨウさんは、ばつが悪そうにそう続けました。
 一度裏切られていますし、猜疑心の強い人だと信用できないかもしれません。
 ただ、私はもうその心配は要らないと感じていました。
 感じているだろう負い目とか、与えたことになる恩とか、そういうこともありましたが一番は。

「信じますよ。ヨウさんだから、信じます」

 リューさんの力で私が死ぬかもとなった際、ヨウさんはとっさに私を助けようとしてくれました。
 人間でも妖精でも、とっさの行動にこそ、その本質は現れるものです。
 だから、私はヨウさんを信じると決めたのです。
 ヨウさんはそんな私の言葉を受け、穏やかな笑みを浮かべてくれました。

『ありがとうセイラ。わたしは友として――二度とあなたを裏切らないと誓うわ』

 そういってくださるのは、頼りもなく異世界に放り出された私にとって、とても嬉しいことです。
 気になるのはなぜか私を気に入ってくださっているらしいリューさんの反応でしたが、意外なことに特に嫉妬したり羨んだりはしていないようでした。
 少し驚きを持った目でヨウさんを見てはいましたが、それだけです。
 リューさんのことですから、私とヨウさんが仲良くしていたら、よく人間の子供がいうように『セイラのいちばんはリューなの!』とか駄々をこねかねないと思っていたのです。
 その様子がないのはありがたいことでしたが、同時にどういう理由で私を気に入ってくださっているのかが、ますますわからなくなって不気味でもありました。

(いまならリューさんに直接理由を聞けますが……)

 少し考えて、いまはやめておくことにしました。
 イージェルドさんとオルフィルドさんに状況を伝えて、騒ぎを収めるのを優先すべきだと思ったためです。
 私はリューさんとヨウさんと今後の流れについて軽く打ち合わせたあと、再びバスタオルを身体に巻き付けます。

 バスタオル一枚を巡っての争いは、ひとまず終結したのです。

つづく
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