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黎明媚態

露出系、羞恥系の18禁小説を書いています。関連の同人・版権作品のレビューも書きます。18歳以下の閲覧禁止。

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第一章 1

 ルィテ王国国王、イージェルド・ルィテは執務室で頭を悩ませていた。
 彼の目の前にある執務机の上には、周辺各国からの書簡が山積みになっている。
 それぞれ、立場や関係などによる語調は違えど、要約すると「聖女キヨズミセイラに関する詳細を開示せよ」という内容だった。

「全く……板挟みになって苦悩するこちらのことも考えてほしいものだね……」

 新しく届いた書簡の内容もそれに準ずるものだと見たイージェルドは、その書簡を山のてっぺんに放り出しながらため息をついた。
 浸かれた様子のイージェルドに対し、部屋にいた彼の弟――オルフィルドが慰めるように声をかける。

「周辺各国も死告龍の動向には注意を払わないとだからな……仕方ないさ、兄さん」

 鋭い眼光が特徴の彼は、軍人らしい礼服に身を包んでいる。
 そんな彼は自ら用意したティーポットを傾け、紅茶をカップに注いでイージェルドの前に置いた。
 イージェルドは軽く礼を言ってからそのカップに口を付ける。

「ああ、わかっているとも。わかってはいるんだけどね……」

「兄さんがうんざりするのも、まあ、わかるけどな」

 イージェルドとオルフィルドはこの国の王族であり、この国の民を守る責務がある。
 一般的に災害でしかない死告龍を抑えられるというのは、不確定な脅威を制御できるということである。それを制御出来る機会を放棄することはありえない。
 ゆえに、それを成し得る聖羅を厚遇するのに問題はない。
 ただ、死告龍の制御に『聖女キヨズミセイラ』という存在が仲立ちになっているというのは、ある意味では行幸で、違う面から見れば不確定なことが多く危ういことであった。

「聖女呼ばわりも肖像画の拡散も、今後のためになるといって納得はさせたけど……いつ彼女自身の不満が爆発するか、不安でね……どうだい、そのあたり? オルフィルドの方が彼女と接する機会は多いだろう?」

 死告龍を制御出来るのは聖羅だけ。
 聖羅が命じれば、死告龍がルィテ王国に牙を剥くということである。
 ゆえに、聖羅の動向は彼らが常に気にかけて置かなければならないことであった。

「ああ。毎日の茶会は続けてるからな……いまのところ本気で嫌がってる感じはしない。少なくとも、理屈としては納得してるみたいだ。あとは、まあ、恥ずかしがってるだけだな」

「そうかい……そうだといいんだけど。オルフィルドがそういうなら大丈夫かな。彼女は読みにくくて困る。いまだに警戒されているんだろ?」

「そこなんだよなぁ。そろそろ信用くらいはしてくれてもよさそうなもんなんだが……いまだに俺たちの言葉すら疑ってる節があってな……ここまで信用されないなんて、敵対国相手でもまずないぞ」

 彼らは聖羅という人間について『ごく普通で一般的な善良な人間』と見ていた。
 特筆すべきほどの何かを見いだしているわけではない。一定の誠実さは感じても、この世界の人間にとって、誠実というのは個々の性格によるものではないためだ。
 身体に魔力を宿すこの世界の人間、ひいては生物にとって『嘘を吐く』というのは相応に覚悟のいる行為なのである。
 彼らは『嘘を吐く』行為をする度に、言い様のない嫌悪感に襲われるのだ。だから極力『嘘を吐かない』ように動くし、吐く時は相応の覚悟を持って行う。
 知っていることを言わないこと、あるいは言わない行為そのものの裏を探ることによって駆け引きは生まれるが、明白な嘘は吐けないのが、この世界の生き物なのである。
 無論例外はいくらでも存在するが、聖羅がいた世界とは比べものにならないほど詐欺師や悪人が蔓延りにくい環境なのだ。

「彼女がもう少しわかりやすければ、案ずることも少なくて済むのだけどね……」

 そういう事情を持つこの世界からすると、聖羅の誠実さや素直さというものは『至って普通』なのである。
 聖羅の世界でいえば、聖羅は『馬鹿正直』と呼ばれるほど、嘘の吐けない誠実な性格であるが、この世界ではそれが普通なのだ。
 そして聖羅はそれを理解しないまま、騙し騙されが当たり前の彼女の世界の基準で物事を考えている。
 イージェルドやオルフィルドの言葉を頭から信用していないのはそのためだ。
 それは正しいことではあるのだが、この世界の者たちからしてみれば、「明確に言葉として発された内容にも疑いを抱くほど、度を超して慎重。あるいは自分たちを全く信用していない証」となってしまっていた。

「交流してる限りは悪意を感じないし、異世界に来ちまって単に警戒してる……だけだと信じたいところだ」

「まだしばらくは様子見……かな。となると……」

 そう言って、イージェルドは山積みになった書簡を見渡し、再びため息を吐いた。
 周辺各国をどう納得させるか――問題は再びそこに帰結するのである。




 少し、時間は遡る。

『リューはね――セイラにツガイになって欲しいんだ!』

 あの日、清澄聖羅に『リューさん』と呼ばれている死告龍はそう告げた。
 告げられた聖羅は一瞬、なにを言われたのかよくわからなかった。
 しかし言葉の意味を徐々に理解するにつれ、戸惑いの気持ちが沸き上がってくる。

「ええと……すみません。その、『ツガイ』というのは……どういうことでしょうか?」

 聖羅は、例え元の世界と聞こえている言葉が同じでも、全く違う意味合いになる言葉もあるという前提で考えていた。
 翻訳魔法は驚くほど意思疎通を円滑にしてくれているが、それが万能では無いということも彼女は朧気に理解しているためだ。
 稀ではあったが、本来の言葉の意味とは全く異なる意味合いで同じ単語が使われることもあった。
 ゆえに聖羅は怪しく思えた時は、慎重に言葉の意味を確認するように心がけている。
 今回の『ツガイ』という言葉も彼女が想像しているのとは違う、この世界独特の意味を持つ可能性があった。
 そのため、尋ねたのだが。

『そのままの意味だよ? リューと子供を創って欲しいの』

 死告龍は聖羅が受け取った通りの意味だと、さらりと告げる。
 聖羅はそのことで嫌悪感や忌避感を覚えることはなかった。
 知らぬ仲ではなくとも、出会ってまだ一月も経たない相手に「自分と子供を作って欲しい」などと言われたとしよう。
 よほど親しい関係にでもなっていない限りは、拒否するのが普通だし、下手をすれば嫌悪感が湧いてくるところだが、聖羅はそう思わなかった。
 と、いうよりは――ドラゴンから『番いになって欲しい』と言われることが、想像の埒外のことすぎて実感が湧かなかったのである。

「……ええと、まず確認なのですが、リューさんは……男性だったのですか?」

 目の前に野生の熊が出没したとする。
 そうなった場合、その熊の雄雌が気になる人間はそうはいない。まずはその熊が襲ってくるかどうか、あるいは逃げられるかどうかを考えるのが普通だ。
 それと同じで、聖羅は死告龍が雌か雄かなど気にしたことがなかった。
 言葉を交わせるようになって、外見からの想像より声が高いとは思っていたが、それは雄雌の影響というよりは年齢が幼いという方向に取ったため、雄雌どちらかは意識していなかったのだ。
 聖羅の問いに対し、死告龍は少し困ったように首を傾げる。

『んー。男か女かって言われると……リューたちドラゴンにはセイラたち人間みたいに決まった性別がないから。どっち、っていわれても、ないっていうしかないなぁ』

 この世界のドラゴンには明確な性別の区別がない。
 普段は無性で、必要に応じて男性器や女性器が出現するのだ。
 その事を聞いた聖羅は、意外に感じて目を丸くした。

「そうだったんですか? お兄さんがいらっしゃるといっていたので、てっきり、性別はあるものかと……」

『お兄ちゃんにはもうツガイがいるからねー。強いお兄ちゃんの方が雄になってるの。でも、その気になればまた雌にもなれるはずだよ』

 しかしドラゴンは一度ツガイが成立した後、別のツガイを創ることを滅多にしないため、性別を次々変えるということは、そうそうないことではある。

「……そのお相手さんはドラゴン、ですよね?」

『うん、そう。普通のツガイはドラゴンであることが多いよ』

「普通ではない場合があるんですね……」

 自分に『ツガイになって欲しい』などと死告龍が求めて来ている時点で、そのことは聖羅にも予想の出来ていたことではあったが、彼女はそう呟いた。
 死告龍には彼女の複雑な気持ちを斟酌することはできず、平然と話を続ける。

『ドラゴンという種族にはね。種族として高みを目指す習性があるの。大昔はセイラよりもちっちゃなトカゲだったんだって』

 かつては、いまでいう『ドラゴン』という種族自体存在していなかった。
 元はただ生存能力に特化しただけのトカゲであったと言われている。
 それが長い年月の果てに徐々に力を得て、種族として強くなっていった存在、それが『ドラゴン』という種族である。
 元々は人間に踏みつぶされる程度だった弱小種族が、何千、何万という時間をかけて強くなったのである。
 そして、いまでは最強種族の一角に数えられている。
 その中でも、戦闘能力が突出した存在がリューという個体。死告龍なのだ。

『リューは強くなるためにがんばったの。身体を鍛えたし、魔法も覚えた。ドラゴンの中でもリューに勝てるのはお婆ちゃんくらいなんだよ?』

「お婆さん……もしや、私もお会いしたことがある、あの長老さんのことですか?」

『そうそう! リューでもお婆ちゃんには勝てないの。あ、ブレスだけの勝負ならたぶん勝てるけど……ドラゴンはブレス頼りになったら終わりだから』

 魔法や爪、尻尾なども駆使して戦うのがドラゴンである。
 確かに死告龍の即死ブレスは強力だが、必ずしも無敵ではないのだ。

『リューは十分強くなったから……次は、もっとドラゴンを強くするの』

 そう言われれば、聖羅にもどういう意図を持っての行動かわかった。

「つまり、リューさんは個としてのドラゴンとしては、突き詰めるところまで強くなったから、さらなる強さを目指すために、多種族の血を取り入れようと……そういうわけですか?」

『そういうこと!』

 聖羅は死告龍がどういう理由で多種族の自分に求愛しているのか、その意図を正しく理解した。
 話としてはありがちな話ではある。
 純血主義、とは全くの逆だが、要はその『血』そのものを強くしようという話で、そういった行為自体は聖羅としても納得できない話ではない。
 ただ、それに自分が関わってくる話となると――それも、ドラゴンを産むという話になると――話はまた違ってくる。
 端的に言えば、断りたい。
 だが、聖羅の身の安全というのは非常に危ういものであるため、申し出を拒否した時の影響が自分や周りにどう及ぶか、わからない。

「か、考えさせてください……」

 だから聖羅は時間稼ぎの言葉を口にする。
 リューは少し残念そうに顔を歪めつつ、いまのところ聖羅の意思を尊重する気はあるようで、無理強いはしなかった。
 だが、もしもその気になれば、死告龍を止められる存在はこの世界にほとんどいないのだ。

 ゆえに、聖羅は改めて「早く元の世界に帰らなければ」という決意を固めたのであった。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第一章 2

 与えられた寝室に、清澄聖羅はいた。
 バスタオルを腰に巻き、胸には別の布を巻き付けてチューブトップのようにしている。
 彼女はベッドの上で寝転がり、天井を見上げながら考えていた。
 極めて困難な状況に置かれた自分の状態を。

(……とにかく、最終目的は元の世界に帰ること。それは間違いありません)

 魔力を持たない聖羅は、この世界において最弱以下の存在である。
 神々の加護を宿したバスタオルの防御力がなければ、魔力を持つ子供のおふざけで死んでしまうし、そもそも魔力に溢れたこの世界ではまともに生きていくことができない。
 死告龍や大妖精といった強大な魔力を持つ存在が側にいることを差し引いても、聖羅はバスタオルを外すと寒気を覚え、体調が崩れがちになってしまう。

(古代人じゃあるまいし、一生バスタオル一枚で暮らすとか無理ですしね……)

 腰にバスタオルを巻き、胸は別の布で隠すスタイルを確立することで、多少マシにはなったが、これまで下着をきちんと身につけ、極力露出を抑える文化で生きてきたのだ。
 聖羅にとって、辛い服装であることに違いはない。
 さすがにひとりで部屋にいるときは慣れて来ていたが、人と関わる時には恥ずかしい思いをするし、その恥ずかしさに慣れてはいけないと彼女は思っている。

(問題は、元の世界に帰る方法ですね……来れた以上は、帰ることだって出来るはずなんですが)

 死告龍・リューが聖羅を気にかける目的は、純粋にリューの事情であることが判明した。
 仮にリューが神からの使いで、神からの指令として守ってくれているのであれば、聖羅にも何らかの使命や、この世界に喚ばれた訳が存在するはずであったが、そういうわけではなかった。
 聖羅の考えでは、自分がこの世界に来てしまったのは偶発的な事象によるものであり、何かを達成すれば元の世界に戻してもらえる、というものではないと考えていた。

(何らかの理由でふたつの世界の境界が開き、その結果私が偶然迷い込んでしまった……というのが順当でしょうね……となると)

 聖羅が探るべきは「ふたつの世界が繋がった理由」である。
 聖羅の世界では扉はただのバスルームのものであったし、魔法のない世界で起き得ることが異世界を繋げたとは思えない。
 そもそも仮に聖羅の世界に原因があったとしても、この世界に来てしまっている聖羅にはどうすることもできないので、こちらの世界に異世界と繋がってしまった原因があると考えるべきだった。

(そうなると怪しいのはあの扉ですね……あれがもしかすると、どこにでも繋がるドアみたいな力を持っていて、誤作動で異世界に繋がったとかありそうです)

 聖羅がこちらの世界にやって来たとき、聖羅は巨大な扉を背にしていた。
 そこから出てきたと考えるのが自然であり、その扉を調べることができれば、帰還の手がかりが掴めるかもしれない。
 一番いいのはその扉のところにいくことだが、そのためにはリューに協力してもらう必要がある。
 ゆえに、聖羅はまずはそういった『テレポートすることが出来る扉』のようなものがあるのかどうかを調べてみることにする。
 彼女はこの世界の文字を読めないため、調べるには誰かに尋ねる必要があった。
 聖羅は身体を起こしつつ、虚空に向けて声を放つ。

「ヨウさん。すみませんが、来ていただけますか?」

 そう聖羅が呼びかけること数秒。
 聖羅のすぐ側に光が凝縮し、美女の姿をした大妖精――聖羅が「ヨウさん」と呼び名をつけている者が現れた。
 彼女は妖精であるため、光の粒子となってある程度自由に物体をすり抜けることが出来るのだ。完全密封された場所ならばともかく、窓や扉があるこの部屋に入ることは造作もないことである。
 裸の美女に、透明で光る蜻蛉のような羽を背に生やした彼女は、その涼やかな相貌に優しげな笑みを浮かべていた。

『セイラ、呼んだ?』

「はい。お呼び立てしてしまってすみません。少し、お聞きしたいことが」

 バスタオルを奪取されるという騒動はあったが、その結果、聖羅とヨウはかなり打ち解け合っていた。
 普通の人間がヨウと相対した場合、その身に宿す絶大な魔力に恐れおののくが、聖羅は魔力を持たないため、自然と接することが出来た。
 相手がどれほど魔力を宿していようが、その魔力を感じることが出来ないので、見た目から神々しいと思っても、実感できないのだ。
 もしも生まれつき魔力を持つこの世界の人間であれば、例えバスタオルを持っていても恐れや警戒が消せなかったであろうが、魔力を持たないことがここでは活きていた。
 もっとも、もしバスタオルが無ければ魔力を持たない聖羅はヨウと一緒にいるだけで身体を蝕まれることになるため、善し悪しではある。

「ヨウさんは魔法を使えますよね? テレポート……空間転移系の魔法というものはこの世界にあるのでしょうか?」

 聖羅にとってヨウはこの世界で唯一、信用できて相談のしやすい存在である。
 リューも信用できないわけではないが、リューは聖羅を気にかけている事情が事情なため、下手なことは聞けない。
 元の世界に帰ろうとしている、ということはリューには絶対に教えられないことだった。
 ヨウは突然の聖羅の質問に首を傾げつつも、知っていることを話した。

『わたしは使えないけど、確か人間がそういう魔法を創っていたように思うわ』

「そうですか……ありがとうございます」

 聖羅は念のため、ヨウに質問したことを誰にも話さないようにお願いする。
 ヨウが詳しく知らないとなると、人間に聞いてみなければならない。
 折良く、オルフィルドとの茶会の時間が近づいて来ていた。




「空間転移系の魔法?」

 聖羅に問われたオルフィルドは、そう応えた。
 聖羅とオルフィルドは、広い応接室で向かい合って茶を飲んでいた。
 テーブルを挟んで向かい合っているため、下半身はそのテーブルによって隠れている。
 チューブトップスタイルの上半身は見えているわけではあるが、下半身が隠れているために恥ずかしさも少しはマシだった。

「はい。人に限らず、物体をいまある位置から一瞬で移動させる魔法、というのは存在するのでしょうか?」

「ふむ……あることはあるが、どうして急にそんなことを?」

 いままで、聖羅とオルフィルドの茶会は、当たり障りのないことが主だった。
 この世界に関しての常識や周辺の地域に関する情報、聖羅の世界の衣食住などの基本的なことだ。
 聖羅の方から魔法に関して聞いてきたことはいままでなかったのである。
 その疑問を抱かれることは当然予想していた聖羅は、あらかじめ考えておいた便宜上の理由を話す。

「私は突然予兆も無くこの世界に来てしまいました。もしそれが空間転移系の魔法によるものだとすると、また予兆無く向こうに戻されたり、あるいはまったく別の場所に放り出されたりしかねないと思いまして……悪意のある者に利用されたら大変ですから」

 聖羅は「元の世界に戻る手がかりを探す」という本命の理由は隠し、「突如攫われる可能性を危惧している」という理由を示した。
 死告龍を制御出来る聖羅は、ルィテ王国からすれば重要な存在だ。素直に「元の世界に帰りたい」といえば阻まれる可能性もあり、できる限り聖羅としては本命の理由は隠しておきたいと考えていたためだ。
 しかし実際のところ、リューやヨウという庇護者の元から引き離されることは聖羅が警戒しておかなければならないことであったため、便宜上の理由も嘘というわけではない。
 その危惧はオルフィルドにも納得のいくものだったらしい。

「なるほど……まず、そうだな。キヨズミ嬢が心配しているような、例えば城内に忍び込んできた間者によって強制転移させられる……ということはまずない」

「ない、と思って良いんですか?」

「ああ。そもそも空間転移、それも生物を移動させるとなると相当高度な魔法となる。下手な術者が用いれば命にも関わる。普通は空間転移を用いる場合、それ専用の門を用意するものだ」

 聖羅はそのオルフィルドの言葉に思わず反応してしまった。

「門、ですか?」

「ああ。周りに空間転移用の魔方陣を刻んだ門だ。それによって繋げる空間同士を定義する。そうしなければ不安定でとても使える域に達しない。兄……陛下でも無理だろうな。もし出来る者がいるとしても、そんな存在ならそこまで危険な行為をする意味がないだろう」

「どういうことですか?」

「もっと安全に光速移動する方法が考え得るからだ。わざわざ命の危険を冒す意味が無い。多少の距離なら飛べばそれで済む。……そもそもそんな高度な魔法を自在に制御しうる存在がわざわざ隠れて何かするというのも考えにくい」

「……確かに、そうですね。では、元からある扉を利用されるという危険性はないのですか?」

「魔方陣は魔力さえ注げば誰にでも起動させることはできるが、空間転移の魔法は並の魔力じゃ起動しない。国が計画を立てて大量の魔力結晶を用意し、一度になるべく多くの物品を移動できるように整えて初めて開かれるものだ。間者が逃げるために起動するというのは現実的では無いな」

 魔力結晶は文字通り魔力を固めて作られる結晶であり、魔法を発動する際の代替物として用いられる。魔方陣が刻まれ、魔力を注ぐことで稼働する魔法具などを扱う際に、電池のように使われるものだ。
 ただし、魔力結晶を扱うためには魔力として動かすための呼び水として、わずかに自前の魔力を必要とするため、聖羅にはいくら大量にあっても使えないものである。
 つくづく、聖羅に優しくない世界なのだ。

「この国にも、そういう扉はあるんですよね?」

「ああ。行き先などは国の機密上、教えられないがあるにはある。ただ、これはどの国でもそうだが、友好国との間には扉を用意するのが慣例になっているな」

「友好の証、というわけですね」

 とはいえ、外敵の侵入経路になり得る扉は相応の警備で固められている。
 そこを悪意を持って利用することはまず不可能であろうという結論だった。

「そういえば、生物を移動させるのは相当に高度な魔法のようですが、物体に限ればそうでもない、ということのですか?」

「……そうだな。自分の魔力を十全に馴染ませたものに限るのだが、ある程度熟練した者なら――」

 そう言いつつ、オルフィルドは翳した手の中に長剣を取り寄せて見せた。
 目を見開いて驚く聖羅に、悪戯が成功したように笑うオルフィルド。

「このように手元に喚び出すことが出来る。万が一の時の手段としてはそれなりに有効ではあるが……相応に使い込まなければ召還できないし、破損の危険もわずかながらある。緊急手段以上のものではないな」

 第一、とオルフィルドは召還した剣を使用人に預けながら続けた。

「自在に呼び出せるといっても、元の場所に戻せるわけではないからな。下手な時に呼び出してしまうとあとが困ることにもなり得る」

「確かにそうですね……」

「敵に捕らえられている状況で呼び出すと考えても、そもそも捕らえられている時点で魔法を使えない状態にされている可能性が高いから難しいだろうしな」

 そうオルフィルドの説明を受けながら、聖羅は以前森の中で着の身着のまま連れて来られていた様子だったヴォールドが、包丁を持っていたことを思い出す。
 あれも彼が愛用していたもので、オルフィルドがそうやったように召還したものと考えられた。

(そう考えると便利は便利ですが……アイテムボックスみたいなものはなさそうですね)

 どのような方法にせよ、どうやっても魔法が使えない聖羅にしてみれば使えないのだ。
 聖羅は気持ちを切り替えて、得た情報を今後の方針に活かすことを考える。

(しかしそういった魔法が普通にあるというのは行幸です。……あの扉がそういった魔方陣が刻まれていたものだとすると、もう一度あれを潜れば元の世界に帰れる、のでしょうか。魔力に関しては……ヨウさんに協力してもらえばなんとかなります……かね?)

 異世界に関する魔法はないはずなのに、異世界に繋がる扉があるというのもおかしな話だが、事実聖羅はそこを通って来たとしか思えない。
 単に一般に知られていないだけで、誰かが異世界に移動する方法を編み出しているのかもしれず、聖羅の方針としてはやはり『もう一度あの扉の元に行く』ということになりそうだった。

(あそこに行くなら、リューさんの協力は不可欠……何か理由を用意しないと……でもツガイになって欲しいというリューさんが、私が異世界に帰ることに協力してくれるとは思えないですし……)

 少し道筋は見えたが、まだまだ聖羅の前には難問が積み上がっていた。
 考え込む聖羅に、その様子をうかがっていたオルフィルドが声をかける。

「キヨズミ嬢、大変申し訳ないのだが、こちらからも相談したいことがあってな」

「なんでしょうか?」

(お世話になっていますし、場合によってはイージェルドさんやオルフィルドさんの協力が必要になってくるでしょうから……私に出来ることってそうないですけども)

 異世界転移ものでは主人公の知識や能力が高く評価されることがあるが、聖羅はそういった特殊技能や技術を全く持ち合わせていなかった。

(そんな私に相談って……何か嫌な予感がします……)

 不安に思いつつ、オルフィルドの言葉を待つ聖羅。
 果たして、その聖羅の不安は的中した。

「近く、この国で周辺各国の重鎮を集めた大会合を行う。キヨズミ嬢にはそこに聖女として――死告龍と一緒に出席してもらいたいんだ」

 大勢の観衆の前に立って欲しい、という要請であった。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第一章 3


 死告龍が聖女の制御下にあり、無差別に破壊をまき散らす脅威でなくなったことを証明する。
 イージェルドやオルフィルドが周辺国家の重鎮を招いて開こうとしている大会合の目的は、端的に言ってそういうことである。
 その目的は理解できるし、ルィテ王国に身を寄せている聖羅本人は、実際のところ何もしていないため、出来る限りルィテ王国に協力したいとも考えていた。
 だが、人前に出るのを極力避けたい聖羅は、リューと相談するという体で、出欠の解答を保留にしていた。

(はぁ……必要なことだということはわかるんですが……)

 内心ため息を吐く聖羅は現在、中庭にいるリューの元にやって来ていた。
 ツガイになるにせよならないにせよ、リューとの触れ合いは大事なことだ。いまだリューの求愛への返答はしていないものの、それはそれとして毎日の触れ合いは続けていた。
 触れるだけでも即死の能力が発揮してしまうリューは、他者と触れあう機会自体が少なく、気兼ねせず触れあえる聖羅との触れ合いを嬉しく思っているようだった。

『セイラー。なでてなでてー』

「はいはい、動かないでくださいね」

 巨大なドラゴンの頭部が、人間の聖羅にも撫でやすい位置に降りてきて、聖羅の手を待っている。
 聖羅はそんなリューの側に立ち、両手を使ってリューの鼻先を撫でてあげていた。リューはくすぐったそうに目を細めている。
 即死効果はリューから動いた時にのみ発動することがわかっていた。
 現在聖羅は会話を成立させるために、バスタオルを腰に巻いてその加護を緩めた状態だが、リューから動かなければ大丈夫なのだ。
 聖羅とリューは「会話が出来る状態の時はリューからは触らない」という取り決めを交わしており、いまのところリューはそれを遵守している。
 魔力を持たない聖羅は、リューの内包する強大な魔力を感じ取ることが出来ないため、触れあっているうちにリューの本質を理解しつつあった。

(うーん。やっぱり、私と接している時のリューさんは、死告龍なんていう大層な存在じゃありえないですよね……)

 聖羅はリューのことを「暴走気味のやんちゃな子供」だと思うようになっていた。
 喋り方がそうだから、というわけではなく、気安くすり寄ってくる様子や喜びなどの感情を素直に表に出すところなど、小さな子供だと思うとしっくりくる言動が多い。
 邪悪なわけでは決してない。
 攻撃されたらやり返すことはするが、それも無差別に行うわけではなく、攻撃してきた相手をピンポイントで狙っている。
 死告龍とまで呼ばれる理由がわからなかった。

「私と出会う前、リューさんは何をやっていたんですか?」

 そこで、聖羅は相互理解のためと称して、自分と会うまでのリューがどういった行動を取っていたのか聞くことにした。
 聖羅と話すことが楽しいのか、リューは嬉々として聖羅の質問に答える。

『もちろん、番う相手を探してたの! 種族を強くするために、なるべく強い相手を選んで。……でも、リューと戦いになる相手ってそんなにいなかったの』

「それは……まあ、そうでしょうね……」

 リューは最強種族のドラゴンな上に、即死のブレスを放つことが出来る。
 同種のドラゴンですら相手が出来ない者を、他の種族がそう相手にできるとは思えない。
 しかし聖羅の反応に対し、リューは首を横に振った。

『ん-、探し始めてすぐはそうでもなかったよ? 最果ての吸血王とか、深淵の星巨人とか、旭光の勇者とか、天空の魔神王とか、みんな強かったもん』

「……なんだか、どれもとんでもない存在のような気がするのですが?」

 聖羅も知らないなりに察していたが、それでもその認識は甘かった。
 リューが挙げた者たちは、この世界の者が聞けば誰もが震え上がるほどの化け物揃いだったからだ。

 例えば、最果ての吸血王は北にある大陸をまるごと支配し、そこを足がかりに吸血鬼の世界を作り上げようとしていた。
 人間は吸血鬼の『材料』になるため、北の大陸では吸血鬼の家畜となって生かされつつ、子供を産むだけの機械にされているのだ。
 吸血王を討伐しようと国が幾度となく軍をあげたが、結果はいつも悲惨なものだった。
 船の乗員すべてが出来損ないの吸血鬼もどきにされて送り返され、バイオハザード並の大混乱が起きたという惨事の記録もある。
 吸血王は血を吸う度に強くなる、という吸血鬼の中でも異常な特殊能力を有しており、その力は世界を支配しうる十分なものだった。
 もっとも、現れた死告龍によって、吸血王は灰と消え、絶対的な旗印を失った北の大陸では、配下の吸血鬼同士での後継者争いが激化しているという。
 人間から見れば、吸血王の野望を阻止した形になるのだが、敬われるのではなく恐れられるのは、死告龍が無差別だったためだ。

 例えば、旭光の勇者は人間の希望だった。
 この世界には勇者と魔王は一人ずつ、というような決まり事はない。
 人々のために尽力し、多大なる困難を乗り越えて、強大な魔族や自然的脅威を打ち払う者が自然と勇者と呼ばれるようになる。ゆえに勇者はひとりとは限らない。
 旭光の勇者はその勇者の中でも脅威に立ち合う回数が多く、まるで彼を狙って困難が舞い込んできているようなものだった。
 彼が立ち寄った国で悪しき儀式が行われて魔王が創成されたり、通りかかった森で異常成長した植物族が暴れ出したり、乗りかかった船の航路に爆発的な繁殖をした大海蛇の大集団が押し寄せたり。
 いずれも放っておけば人間の世界に多大な影響を与えていたであろう事件ばかりだった。それらを、旭光の勇者は解決に導いたのである。
 創成された魔王もろとも、原因となった首魁を打ち破り、国をまとめあげ兵をあげさせて、爆発的な数の魔物に対応させ、折れそうになった民衆の心を鼓舞し、人々をまとめ上げ、希望の旗印として活躍していた。
 人間側の希望であったということは、魔物側の絶望ということだ。
 旭光の勇者が人間至上主義であったこともあり、魔物側にとって、勇者の名前は聞けば震えあがるものだった。

 そんな勇者も、死告龍は葬り去った。

 とある貧困にあえぐ国の生息圏を広げるため、隣接していた魔物の縄張りを奪おうと準備を進めているところだった。
 旭光の勇者が民衆の前で演説をしているところに、飛来した死告龍は挨拶代わりのブレスを一閃。巻き込む意図はなかったが絶大な威力のブレスは勇者だけではなく、小さいとはいえ弱小国の半分を消し飛ばしたという。
 激怒した旭光の勇者はいつものように死告龍にも怯まずに挑み――そして敗北した。
 死告龍が次の候補を探して飛び去った後、勇者を失った弱小国は魔物の生息圏に呑まれて消えたとされている。
 人間にも魔物にも等しく脅威となるそのドラゴンが、すべての存在から死告龍と呼ばれるようになるのに、そう時間はかからなかった。

『最近は強いのがいなくなっちゃってて。こうなったら、次に一発でもブレスに耐えられる存在にしよう! って決めて探してたら、とても強いのが現れて……そして、セイラに会えたの!』

 この話を聞いて、聖羅はようやくなぜあの場所にリューがやってきたのかを知った。
 あの封印から解き放たれた魔王は、それほどに強い存在だったのだろう。
 本来は扉がなければ実用に耐えない、とされている空間転移の魔法を咄嗟に使おうとしていたことからもそれは明らかだ。
 それほどの存在だったからこそ、強者を探していたリューの感知に引っかかり、喜び勇んでやってきたリューに殺されることになった。
 なんとも皮肉な話で、魔王にとっては災難な話である。
 だが、もしも魔王が運良くブレスに耐えていたら、魔王と死告龍という最悪のツガイが生まれていたかもしれず、そうなっていたら人間にとっては最悪の展開だっただろう。
 巡り合わせの運に、聖羅としては戦慄する他ない。

「……あの、それで、気になったんですが、その流れで、なぜ私をツガイにしてもいいと思ったんですか? 私がリューさんのブレスに耐えられるのは、このバスタオルに宿っている加護のおかげであって、実際の私は……強いどころか最弱の存在ですよ?」

 聖羅はそのことをリューに聞くことにした。
 リューの目的を聞いた時から、彼女は気になっていたのだ。種族をより強いものにしたいのであれば、当然強い相手を選ぶのが普通である。
 その点、ブレスに耐えることは出来たものの、自分の力ではない聖羅にとって、リューが自分を気に入る理由がわからないのだ。

『そうだけど、そうじゃないの。強さはもういい。リューの時点でもう十分強いっていうのはわかったから』

 リューの脳裏にはいままで戦ってきた強敵たちの姿がよぎっていた。
 いずれも、リューに勝るとも劣らない力を持っていた者たちだったが、結局はリューの力の前に敗れ去った。
 すでに強さとしては頂点に位置するリューにとって、別の種族からさらなる『強さ』を欲する必要はなくなっていたのだ。
 そう考えた時、リューが次にツガイに求めるのは『強さ』ではないものだった。
 そしてそれを聖羅は理解してしまう。

「強さじゃないところ……まさか、運ということですか?」

『そうなの! リューがなかなかツガイを得られずに苦労したみたいに、強くても出来ないことはあるでしょ? リューのツガイにはそれを補って欲しかったの!』

(いや、私幸運じゃないですよ!?)

 思わず叫びそうになった聖羅だが、言葉を飲み込んだ。
 聖羅はずっと、自分が不運であると思っていたが、この異世界のことを知るにつれ、別の視点から見れば幸運と言えなくもないと知ってしまったからだ。
 もし仮に、普通の格好をしている時にこの世界に来てしまっていたらどうなっていただろうか。
 聖羅の持つバスタオルが得た加護は、バスタオル一枚というシンプルな姿で完成し、そしてバスタオルそのものが、その材質や縫製にもこだわったおろしたての一品だったからこそ得られたものだ。
 もし普通の服で来ていた場合、何の加護も得られなかった可能性がある。材質や縫製は向こう基準なのだから、多少の加護は得られるかもしれないが、バスタオル一枚並の加護は得られなかったかもしれない。

 その場合、魔力を持たない聖羅はいまも生きていられただろうか?

 体調の問題もそうだし、物理的な防御力にも不安がある。
 最悪、最初に出会ったゴブリンから受けた投石によって転倒するなどの怪我をして、ゴブリンたちに捕らえられ、犯されて食い殺されていたかもしれない。
 それゆえに、考えようによっては幸運と言えなくはないのだ。
 そもそも、異世界に転移するということ自体、不運とみるか幸運とみるかで大きく変わってくる。

(向こうに何十億といる人間の中で、偶然であれなんであれ、『こっちに来れた』というのは、考えようによっては宝くじに当たる以上の幸運ですもんね……)

 その上で、偶然そのときしていた格好が、こちらで生きていけるだけの加護を得られる格好だった。
 一度は魔王に捕らわれ、すぐにでも嬲り殺されかねなかったところを、死告龍がツガイを探していたタイミングだったがゆえに救われた。
 さらに、加護を失った状態で、死告龍の能力を受けたにも関わらず、たまたま即死が発動せずに生き延びることができた。
 本人の気持ちを無視して、起きたことだけ考えれば、確かに聖羅は超の付く幸運を持っているといえなくはない。

(その幸運を取り込みたい……なるほど、種族をより完璧にしたいリューさんからしてみれば、ツガイの相手に私を選ぶのは妥当かもしれません……でも)

 聖羅はいよいよ困ってしまう。
 リューの事情は理解できた。
 この世界にはこの世界のルールがあり、ドラゴンという種族がより良いツガイを求めて行ったことに人間から見た善悪の問題を持ち込むのは間違っていると考える。
 なにより聖羅個人としては、リューには借りも恩もある上、個人的な感情でいえば特に嫌ったり忌避したりするような性格の存在ではない。
 聖羅個人としてはリューと仲良くなれると思っているし、実際それ自体はそう難しいことではなかった。

 だが、ツガイになれるかというと話は違うのである。

 例えるなら、家族同然に育ち、関係の浅い友達よりも大事な飼い犬がいたとして。
 もしその犬の意思が正確にわかるようになって、恋愛対象として見られていると知ったとしよう。
 その犬を異性として見れるかどうかという話だ。
 見れる人間も中にはいるのかもしれない。聖羅の世界ではあまり見られない例ではあるが、この世界では異種族同士がツガイになることもあるのだから、聖羅の世界の基準よりも、異種族を恋愛対象として見られる者は多いのだろう。

 だが残念ながら、聖羅は普通の感性の持ち主である。

 異種族間恋愛は物語の中の話であり、聖羅本人にそういう気持ちは微塵もないと言って良い。
 巨躯であるドラゴンが人間の自分とどう結ばれるつもりなのかという疑問は、魔法のある世界なのだからどうにかなるのだろうと想像はつくが、そういう問題でもない。
 いずれにせよ、リューの求愛は聖羅にとって受け入れがたいものなのだ。

(しかし……全く受け入れる気がないと言ってしまうのは……)

 そうなったとき、リューがどんな行動に出るのかわからない。
 聖羅にとって、リューは最大の攻撃カードであり、防御カードである。攻撃の手段を一切持たない聖羅にとって、リューの庇護はどうしても手放せないものだ。
 最大の防御力はあるが、聖羅自身は非力な存在であるため、魔王の配下の触手に捕らえられてしまったように、防御力が意味のない攻略の仕方をされては抗う術がない。
 そうなればバスタオルも奪われてしまうわけで、聖羅にとってバスタオルを奪われるということは死に等しい。
 ゆえに、リューという存在に庇護してもらわなければならないのだ。

(でも、受け入れる気がないのに、思わせぶりな態度を取って利用するとか……リューさんに申し訳なさすぎますし……どんな悪女かって話ですよね……)

 もしも聖羅が本当に悪女であったならば、こんなことで悩みはしないのだろう。元の世界に帰る道筋が出来るまで、リューを利用するだけ利用して、元の世界に逃げ込めばいいだけの話だ。
 それがためらいなく出来るのなら、聖羅も苦しまずに済むのだが。

『ねえねえセイラ! リューから触りたい!』

「……ちょっと待ってくださいね」

 無邪気に触れようとしてくるリューに対し、申し訳ない思いをしながら、セイラは上半身に巻き付けていた布を取る。
 それを近くに生えていた木の枝にかけておき、腰に巻いていたバスタオルを胸の上まで引き上げた。
 バスタオル一枚の姿になることで、バスタオルの加護が最大に発揮されるようになった。 この状態でなら、リューの即死効果を完全に無視することが出来る。

「くるるっ!」

 代わりに魔法の類いの一切を弾くようになった聖羅には、リューの声が聞こえなくなり、物理的に喉を鳴らす音しか聞こえなくなった。
 リューが長い首を伸ばし、聖羅の身体にその頭部をすり寄せる。聖羅が身体に巻き付けているバスタオルがめくり上がりそうになり、顔を真っ赤にしながら慌てて抑えつつ、聖羅からもリューの頭部を撫でてやった。
 楽しげにすり寄って来られて、聖羅としても悪い気分ではない。だが慕われていると思うほどに、騙しているようで申し訳ない気持ちになるのも確かだった。

(それでも……死にたくはないですからね……)

 誠実を旨として生きる聖羅ではあるが、誠実であるために命を投げ出せるかというと、そこまで達観はしていない。
 申し訳なく思いつつも、リューの気持ちを利用することしか出来なかった。

「リューさん、お願いがあるのですが……」

 せめて自分が元の世界に帰るまでに、リューが人間たちと健全な交流を持てるようにしようと、聖羅は心に決めるのであった。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第一章 おわり


 突如現れたキヨズミセイラという聖女の存在は、その国にとって邪魔なものだった。

 西の豊かな土地を手に入れたいこの国は、長年侵略戦争を西の国――ルィテ王国に仕掛け続けていた。豊かな土壌と豊富な人的資源を有するその国を攻略することは容易ではなかったが、表から裏から侵略を徐々に進め続けていた。
 そして、あと一押しで国境を越えて雪崩れ込めるかという矢先のことだ。
 その国の首都に死告龍が現れ、あろうことかそのまま居座り続けるようになった。
 しかも、ただ暴れるのではなく、同時に現れた聖女という存在によって制御されているというのだから、この国にとっては最悪の展開であった。
 軍事的な戦略を立てることを生業とする、アーズーザゥ将軍は気難しげに腕を組み、深々とため息を吐く。

「どうせなら、あの忌々しい王を殺して去ってくれれば話が早かったのだがな」

 彼は現在、城の最上階に位置する円卓の間にいた。
 重要な会議を行うための空間であり、そこにはアーズーザゥ将軍以外にも幾人かの要人が集っていた。

「ふぉふぉふぉ……死告龍を制御しているという聖女がいなければ、我々は今頃ルィテ王国の城に集っていたであろうにのぅ……全く、忌々しい話じゃ……どうにかできんのか?」

 老人は豊かな白い髭を手でさすりながら、隣の席に座る怪しげな仮面と外套で身体を隠している者に尋ねた。老人の問いかけに対し、その者は静かに首を横に振る。

「すでに幾度も刺客を送り込んでみようとしたが……ことごとく失敗させられた。警戒レベルが尋常じゃ無い。ルィテ王もぬかりないというべきか。情報に関しても徹底した統制が取られていて、ろくなものがあがってこない。手に入ったのは一般にも広まっている例の肖像画の高品質なものくらいだ」

 仮面の男が外套の中から額縁に入った肖像画を取り出す。それを円卓の上に放ると、その肖像画は魔法によってふわりと浮かび、円卓の中心でゆっくりと回転して全員が見られるようになった。
 その肖像画は『聖女キヨズミセイラ』を描いたものだ。
 崩れた尖塔に立つ裸の女性が、巨大な死告龍の前に両手を広げて立ち塞がっている様子が描かれている。
 怒り狂う死告龍を身を挺して鎮めた際の様子らしい。臨場感たっぷりに描かれたそれは、歴史に伝わる勇者や魔王の戦いを描いたそれのように感じられた。

「見事なものですね。やはり元は高名な画家が描いたものでしたか」

 肖像画の存在自体はその場にいる者全員がすでに承知のことだったが、ルィテ王国の国外に流通している肖像画は、粗悪な模造品だった。
 魔法による複製は繰り返すほどに劣化が進む。ルィテ王国と決して友好的な関係とは言えないこの国に流れてくる物は、ピンぼけしたような不鮮明なものであった。
 今この場に出された物は、ルィテ王国内で入手したものである。緻密な線で構成されており、人物の容姿がはっきりとわかるほどのものだった。

「ふむ……粗悪品の時からわかってはいたが……聖女は黒髪黒眼なのだな。取り立てて珍しいわけではないが……」

 肖像画を睨みつけるように眺めていた、粗野な風貌の男が口を開く。

「顔立ちは珍しいっつーか、こういう感じは見たことねえな。どこの生まれだ? 少なくともルィテ国の生まれじゃねえだろ。おい、バラノ。おめえならわかるんじゃねえか?」

 バラノ、と呼ばれたのは線の細い優等生然とした女性だった。
 モノクルをかけており、それに軽く触れながら男の質問に答える。

「そうですね……端的に申し上げて、はっきりどこの生まれかまでは断定できません。ですが、辺境には少し変わった顔立ちの者が生まれることがあることは事実です。顔立ちの変化は異種族と交わった場合に見られる傾向ではありますので、聖女はあるいは人間と異種族の混血の可能性があると言えなくはないでしょう」

 澄んだ声で淡々と告げられる言葉。
 しかし要点をまとめれば何もわかっていないと言っているのに等しかった。

「なんじゃそりゃ? 結局、どうなんだよ」

「わかりません。この絵が正しいかどうかもわかりませんので、これだけを見て下手に判断することは控えた方が無難とも言えます」

 だいたい、とバラノは続ける。

「服装などから文化圏など判断できることも多いのですが、裸婦画では得られる情報が少なすぎてなんとも……恐らくはルィテ王の策略でしょうね。まさか聖女が裸族ということはないでしょうし。とはいえ、こんな裸婦画が拡散することを許容する聖女というのもどうかとは思いますが……恥ずかしくは無いのでしょうか」

 早口でまくし立てるバラノの様子に、他の者達が顔を見合わせる。元からバラノという女性は蓄えた知識の量が膨大ゆえに説明や解説が長くなりがちではあったが、いまの彼女からはいささか不自然なものを感じたのだ。
 彼女を慮ってあえて触れようとはしない者達の中で、バラノの隣に座る粗野な男だけは躊躇わずそれに触れにいく。

「バラノ、お前……生娘じゃあるまいし、まさか裸婦画を恥ずかしがって――いってぇ!」

 言葉の途中で突然声をあげて悶絶する男。
 その直前に聞こえた鈍い音から、その場にいた者達は円卓の下でバラノが彼の足を蹴っ飛ばしたのだろうと察した。
 蹴られた男が怒り出す前に、アーズーザゥ将軍が口を開いてバラノを窘めた。

「痴話喧嘩はやめんか。会議中だぞ。バラノ書記官」

 将軍に窘められ、バラノが頭を下げる。

「失礼いたしました。しかし、痴話喧嘩ではありません。昔なじみなだけです」

 バラノと彼は同年代かつ同じ農村の出身であった。
 この国では身分よりも能力が重視されており、結果として力を示すことができれば出自や年齢は問われない。
 生まれつきの魔力量は血筋に影響されるところが大きいため、王族や貴族身分に関しては血筋がそのまま当てはまる場合があるが、それすら「ひとつの要素」でしかなく、時代によって王族であったり貴族であったりした血筋が存在する。
 完全実力主義なのである。
 若くしてこの場にいるふたりはそれだけ優秀、ということではあるのだが、若くして自分の立場を自ら掴んだという自負があるためか、公的な場であれ、思うがままに振る舞うことがあった。
 特に武闘派の男はその傾向が強い。

「お前なんかこっちから願い下げだよ無愛想女!」

「モーズダ軍隊長、控えろ。いまのはそもそもお前が悪い」

 アーズーザゥ将軍はため息を吐きながらモーズダも窘める。
 粗野な男、モーズダは不満そうにはしつつも、将軍に逆らうつもりはないのか、大人しく引き下がった。
 場が落ち着いたのを見て、将軍は再び口を開く。

「さて……改めて本題に入ろう。先日、ルィテ王国から書簡が届いた。内容としては『聖女キヨズミセイラを讃える式典および大会合の開催告知』。式典などと書いてはいるが、要は『聖女が気になるのなら直接見に来い』というわけだ。どちらかといえば、その後の大会合の方が本題だろうな。ここで聖女に関する国際的な取り決めをするつもりのようだ」

「敵対している我々にも送ってきたのですね」

「ああ。来なくてもいいが、来る者は拒まないそうだ。聖女が死告龍を制御出来るということを知らしめて、我らの侵略を牽制する狙いだな。当然、我らに対しては少人数のみの許可しか出ていないが」

「どうするんだ……ですか、将軍。下手な奴を送り込むわけにもいかないでしょ」

 書簡には式典と大会合の間に限定した停戦協定を結ぶことを提案する、ルィテ王の名前が記された契約書が添付されていた。
 魔法的な契約書はその契約を破れば、契約した者が大きな損失を被るように出来ており、契約をかわした時点で互いにその約束を履行するように努力せねばならない。
 王の力を削いでまで騙し討ちを行う可能性は限りなく低く、念には念を入れるにしても、契約が破られる心配はアーズーザゥ将軍もしていなかった。

「うむ……今後どのように動くとしても、聖女キヨズミセイラの見極めはせねばならない。ゆえに私が参加する予定だ」

 そう力強く断言する将軍に、異を唱えるものはいなかった。
 王を除き、彼がもっとも地位と権力、そして実力を持っている。
 聖女という今後の国の動きを左右する重要案件に判断を下すなら、彼が出ないわけにはいかなかった。
 万が一ルィテ王国に騙し討ちされても、彼ならば生きて逃げ延びる可能性が高いということもある。

「それと、バラノ書記官。付いてきて欲しい。知識も重要だが……君は聖女と同性で、体格などから推定される聖女の年齢とも近い。そして何より非戦闘員だ。近づく機会があるとしたら一番可能性があるはず。非常に危険な任務であるゆえ、辞退するのは自由だ。罰則もない」

 この国にも女性の兵士や戦士は多数存在するが、掴んだ情報では聖女が武器や魔法を扱ったというものはない。
 恐らく本来は非戦闘員に属する立場のもので、それゆえに戦闘が出来る者では近づけない可能性が高かった。
 そういう意味では、バラノはもっとも理想的な高官ということになる。バラノが好ましいとされるのは武器だけではなく、魔法もほとんど扱えない無力な存在なためだ。
 非戦闘員の警戒を解くのにこれ以上うってつけの人材もいない。
 とはいえ、敵地のど真ん中にいくことになるのは事実であり、非常に危険な任務であることは間違いなかった。
 普通ならば躊躇うところだろう。

「わかりました。謹んでご一緒いたします」

 だが、バラノはそう即答した。
 将軍の言葉に納得したということもあるし、なにより彼女自身聖女のことは気になっていたからだ。
 純粋に国のためになることでもあるし、彼女自身の知識欲も刺激されている。この世界にも聖女なる人物の伝説はいくつかあるが、いずれも過去の記録でしかない。
 観察眼に自信のある彼女は、聖女の本質を見抜くことが自身に出来る最大の貢献であると理解しているのだ。

「おいおい、大丈夫なのか……です。アーズーザゥ将軍は大丈夫だろうけど……もしルィテ王が盟約を破ってでも仕留めに来たら、バラノはやばいんじゃ……」

 そんな彼女の昔なじみであるモーズダはそう呟いた。
 侵略政策をとっているこの国は、周辺諸国からは恐れられ、恨まれている。
 ルィテ王は周辺各国の要人を呼んでいるが、そのほとんどはこの国と敵対関係にある国だ。一部中立だったり、この国の属国だったりする国もあるが、全体としては文字通り敵中に飛び込んでいくのと代わりない。
 それでも、アーズーザゥ将軍はこの大会合に参加しないつもりは微塵もなかった。

「最悪の場合でも、私や彼女の代わりはいる。私たちが殺されたことで、侵略に手心を加える必要もなくなる。そうなったら有利なのはこちらだ。もしルィテ王がそんな策略をとるような愚王であれば、ルィテ王国の攻略にここまで苦労はしなかったさ」

「私はアナタみたいに戦えはしません。けれど、この国に殉じる覚悟はあるつもりです。最悪の場合は敵将校のひとりやふたり、道連れにして差し上げましょう」

「……無茶すんなよな」

 何かとやりあうことの多い二人であるが、別に相手が嫌いなわけではない。同郷の顔馴染みではあるし、互いの出世を喜ぶ程度の友好的な感情くらいはある。
 それ以上の感情を問われると二人は揃って首を横に振るが。
 同郷だというだけで親交以上のものに発展すると思う方がどうかしているというのは本人たちの談。
 話し合いも終わりという段階になったところで、思い出したように将軍が言う。

「ああ、それと、式典では舞踏会も開催されるようだ。農村出身のバラノ書記官はあまり縁の無い行事だっただろう。我らは軍国ゆえ、上手く踊れるようになる必要は無いが衣装や段取りはきちんと確認しておくようにな」

「問題ありません。知識はありますので、教師を雇って当日までに実技のすりあわせと――ドレスに関しては最新の流行を確認後、申請させていただきます。場合によっては、ルィテ王国のドレスを取り寄せるか、現地で購入するかした方がいいかもしれませんね……聖女に近づこうと思えば、紛れることも必要かと思われますし」

 よどみなく応じるバラノの言葉に、アーズーザゥ将軍は満足そうに頷いた。
 優秀な部下を持って幸いだ、と彼は自身の率いる国の――ザズグドス帝国を誇りに思うのだった。
 後に、バラノはルィテ王国で新しく考案された『聖女スタイル』のドレスを着ることになり、結果としてかなり悪目立ちをしてしまい、羞恥地獄に立たされることになる。

 だが――そんなことはこの場にいる誰にも予想出来なかった。

つづく
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