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黎明媚態

露出系、羞恥系の18禁小説を書いています。関連の同人・版権作品のレビューも書きます。18歳以下の閲覧禁止。

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第三章 1


 ルィテ王国首都王城内――聖女キヨズミセイラの部屋に、四人の女性が集まっていた。

 四人は円形のテーブルの周りに等間隔で腰掛けている。
 一人は当然、この部屋の主であり、他の三人がこの場に集った目的でもある清澄聖羅。
 彼女は突然開かれることになったこの懇親会に戸惑っていた。三人のうち一人は今日も来訪することが決まっていたが、他の二人は突然の来訪だ。戸惑わない方がおかしい。

(それにしても……初めて見ますね……)

 聖羅が内心呟きながらこっそり見ているのは、その突然の来訪者のうちのひとり。
 フィルカード共和国の姫であるルレンティナ・フィルカードである。
 巨大な湖に浮かぶ国という話は聞いていたため、褐色肌が日に焼けた結果なのか、それともそういう人種なのかはわからない。
 ただ、明らかに普通の人間とは違う点があった。
 その深い緑色の髪が覆っている頭部。その頭頂部から、柔らかそうな耳が生えていた。
 猫のような三角形をしたその耳は、ぴょこぴょことせわしなく動き、酔狂で身に付けている飾りではなく、彼女本来の身体の一部であることが明らかだった。

(獣人……存在するのは聞いていましたが、ルィテ王国にはほとんどいないんですよね)

 人間と共存している人間以外の種族のうち、獣人というのは極めて特異な事例である。
 聖羅は小説やゲームなどからのイメージで、魔族と人の合いの子を思い浮かべていたが、この世界においてはそうではないことをオルフィルドから聞かされていた。
 この世界の獣人は、人間と人間の間から稀に生まれることがあり、遙か昔には忌み子とされ、気味悪がられていた時代もあったという。
 しかし獣人は人間よりも高い能力を生まれ持っており、ある王家に生まれた獣人が様々な困難を乗り越え、盤石かつ平和な百年王国を築いたときから、獣人の評価は変わった。
 現在、獣人は『神々の加護』の一種であるとされ、生まれると国を挙げてのお祝いになる地域も少なくないとか。
 そんな希少かつ優秀なはずの獣人たるルレンティアは。

「んー! 美味しいにゃあ。やっぱりルィテのお菓子は最高にゃ!」

 テーブルの上に用意されたお菓子に、遠慮容赦なくパクついていた。
 自由奔放なその気質はとても王族には見えないが、これはフィルカード共和国という国そのものがそういった気質であるためらしい。
 フィルカードは国そのものが巨大すぎる湖に浮かんでいる。
 常に移動しているという意味では巨大亀グランドジーグの上にあるログアンと同じだが、その規模と形式が全く違った。
 ログアンが一心同体となって移動するのに対し、フェイルカードは個人単位、集団単位で切り離れての行動を可能にしているのだ。極端な話、ひとりひとりの居住区画が船としてばらけ、独立しての行動が可能になっている。
 そのくせ、いざ有事となったときの連携してことに当たる様は見事なもので、『個人主義の連帯上手』という奇妙な特徴を持っていた。
 そんな彼女の気質は十分に理解しているはずだが、相手をしていてどうしても疲れるのか、テーナルクが深々と溜息を吐いた。

「ルレンティア様……貴女は……全くもう……」

「……言っても無駄」

 頭を抑えているテーナルクに向かって淡々と呟いたのは、聖羅にとっては予定外の来客のもうひとり、ログアンのアーミアであった。
 アーミアはルレンティアに比べるとかなり大人しく、その振る舞いはルレンティアよりもよっぽど姫らしい。
 ただし、その身には『聖女スタイル』という――聖羅にとっても――赤面もののドレスをまとっていた。
 聖羅はそういったデザインのドレスが作られつつあるという話をクラースから聞いた時、制作をやめるようにイージェルドやオルフィルドに指示してもらうつもりだったのだが、とうにドレスはできあがっていたようだ。
 それをわざわざこの場に身に付けて来たのは、聖女の文化に合わせた姿をすることで、警戒心を緩めるという目的だろう。それくらいは聖羅にもわかる。

(でも……恥ずかしいなら、そんな格好しなくてもいいのに……)

 アーミアは表情こそ平静を装っているが、その白い頬や耳が赤くなっていて、その格好に羞恥心を覚えているのが明らかだった。
 自分もそうであるために、聖羅が現状最も親近感を覚えているのはアーミアかもしれない。そういう意味では、同じ服装を着てきたアーミアが期せずして最も聖羅の共感を得ていると言えた。
 なお、同じくその服装であるルレンティアに関しては、彼女が平然としているので、残念ながら聖羅の仲間意識は得られなかった。
 ともあれ、集まった面々に向かって、自分が何か言わなければならないと感じた聖羅は、口を開こうとする。

「ええと……」

 しかし、どう話を切り出したら良いのか、聖羅にはわからなかった。
 この場にいるのはそれぞれの国を代表する女性たち。
 聖羅の認識でいえば、国の外務大臣のような存在だ。そんな彼女たち相手にどんな話題を切り出したらいいのか、一般大学生の聖羅には荷が重い。
 そんな聖羅をフォローするように、テーナルクが話を切り出す。

「申し訳ありません、セイラさん。せめて、わたくしがお二人のことを説明するまで、応接室で待つように言ったのですけど、このお馬鹿さんが……」

「にゃ?」

「にゃ、じゃありませんわ!」

「だって聖女様に早くお会いしたかったんだにゃー。てーなるんばっかり仲良くなったらずるいにゃ」

 すっとぼけてはいるが、ルィテ王国に主導権を握らせないための行動だろう。
 一歩間違えば愚行だが結果として、三カ国が同じテーブルにつけている。
 態度は自然体で飄々としているだけにその真意が読みづらく、聖羅はまた油断のならない相手が現れたと感じた。

「あの……ルレン、ティアさん。その、聖女様というのはやめていただけませんか……」

「むにゃ? ダメなのですかにゃ?」

 キラリ、と明るいエメラルドグリーンの瞳が光ったような気がした。猫の瞳のように、瞳孔が縦に割れているのに気づき、聖羅は若干怯む。怯んだのは形そのものではなく、獲物を狙うようなその気配に、である。
 明らかに聖羅を見定めようとしている目だった。
 口と手は休むことなくお菓子を摂取しているが、決して気を抜いているわけではないと聖羅は確信する。

「ダメ、といいますか……私は元の世界ではただの一般人でしたので……皆さんのような王族の方々に様付けされるのが申し訳ないです」

「んー。わかったにゃ。じゃあ……せいらんって呼ぶにゃ! せいらんも気楽にルーって呼んでいいにゃ。ボクの名前、言い辛いにゃ?」

 そうルレンティアが口にした際、テーナルクとアーミアが若干驚いたように見えた。
 聖羅はそのことを目の端に捉えつつ、どうしてふたりが驚いたのか理解できなかったので、ひとまずルレンティアの言うとおりに応じる。

「では、お言葉に甘えて……ルーさんと呼ばせていただきますね」

「にゃはは! そんな畏まった言葉使いも必要にゃいけど?」

「私はこれが自然体ですので、お気になさらないでください。……アーミアさんも、どうか楽にしてくださいね」

 その聖羅の言葉に、アーミアは少し思考を挟んだ後、神妙に頷いた。

「……わかった。わたしはセイラさん、と呼ばせてもらう」

「いやぁ、せいらんと仲良くなれそうで良かったにゃー」

 呑気にお菓子を頬張りつつ、ルレンティアが呟くが、それは本心からの言葉だろうと聖羅はわかっていた。
 恐らく事前に聖羅の人となりについての調査はしていたのだろうが、型破りなルレンティアの行動は、もし聖羅が気難しい相手だったら悪印象を与えかねない。
 それをわかっていて、それでも踏み込んで来たあたり、大胆不敵ではある。
 だが、その結果テーナルクに主導権を握られることなく、聖女キヨズミセイラとの交流を行うことに成功している。

(全力で最適解を獲りに来る人しかいないんでしょうかこの世界……いえ、私がそういう人とばかりと交流する羽目になっている、と考えるべきでしょうか……?)

 聖羅はそう考えつつ、三人の姫を見つめた。
 性格も気質も全く異なる三人だが、それぞれがそれぞれ、国の命運を握っている。
 聖羅のように流されてこの場に存在している一般人とは、心構えも何もかもが違うのだ。

「それにしても急なご来訪でしたけど……例の式典や会合はまだ先だったのでは?」

「そうですわね。準備などを考えても、まだしばらくは先の話になりますわ。日程すら決まっていないくらいですので」

 聖羅の疑問を、テーナルクが補足する。
 国の重鎮を集めなければならないのだ。当然、警備の関係や段取りの調整など、やるべきことは無数にあり、明日明後日にやろうといって出来ることではない。
 聖羅の疑問に対し、ルレンティアが答える。

「そりゃあ、せいらんと交流するためにゃ。式典や会合だけじゃわからないこともあるしにゃ」

「……わたしも同じ。一刻も早くセイラさんの人となりを知りたかった」

 ログアンは巨大な亀の背にある国家であり、死告龍を制御しうる聖女の存在の見極めは最重要事項だ。
 そのことは聖羅もテーナルクから聞いていたので、そうだと思ってはいた。

「ルィテとは親交があるからにゃ。『扉』が繋がっているのにゃ。だから来ようと思えばいつでも来れるのにゃ」

「……危うく衝突するところだった」

 苦い顔をしてアーミアが呟くと、ルレンティアはけらけらと笑う。

「考えることは同じだにゃあ。危うく来期の転移予算が吹っ飛ぶところだったにゃ! にゃっはは!」

「笑えない……ほんっっとうに笑えないから……っ」

 楽しげなルレンティアに対し、なんとも苦い顔をするアーミア。
 聖羅はその会話の内容が気にかかった。

「あの……衝突ってどういうことですか?」

「転移門のことは知っているかにゃ? 転移先の座標を決めるための門なんだけど、普通この門はいくつも用意しないにゃ」

「門を複数用意すればその分管理維持費も増えるし、門が多いということはそれだけ攻められる道も多いってことだから、国防的な意味でもなるべく少ないのが望ましい」

「それは、なんとなくわかります」

「でも出口が一カ所しかないから、稀に別々の国が同時に扉を開こうとしちゃうときがあるのにゃ。そうすると、転移魔法の衝突が起きて、両方の魔法が解除されてしまうにゃ」

「魔力は門を開こうとしたときに消費するものだから、もし衝突してしまったらその分の魔力が無駄になってしまう」

「ああ、なるほど……それは、物凄く辛いですね」

 聖羅は事情を理解して頷いた。
 転移門は国が計画を立てて開くものであり、そのための魔力という燃料を積み立てておく必要があるほどのものらしい。
 それが他の国のものと衝突して、無為に帰してしまえば、それは大損害だろう。

「そうならないよう、普段は国家間で連絡を取り合うんだけどにゃ。今回は急だったから、危うくログアンと同時刻に門を開くところだったにゃ」

「ルレンティアが連絡して来てくれて助かった……それはお礼を言っとく」

「にゃはは! 嫌な予感がしたからにゃ! 迷宮攻略じゃあるまいし、先か後かはそんなに問題じゃないしにゃー」

 ルレンティアは気楽に会話を繰り広げているが、転移するための魔力が無駄に消費されていたら、国が傾きかねないほどの大打撃を受けてしまっていたところだ。
 なにげに危ない綱渡りをしているのだった。
 国の命運をかけ、様々な努力を重ねていることを聖羅は感じ、その努力が少しでも報われて欲しいと思った。
 また、過剰に無駄な努力をさせないために、言っておくべきことがあった。

「……先ほども言いましたが、私は元の世界ではただの一般人でした。ですので、単刀直入に申し上げます」

 改まっての聖羅の発言に、三人が警戒を強めるのがわかる。
 それでも聖羅は言葉を止めない。

「私は聖女などと呼ばれていますが、リューさ……死告龍さんに対し、強制的に言うことを利かせられる特別な能力があるわけではありません。非常に繊細な事情があるため、理由は明かせませんが、ある理由から死告龍さんは私の言うことをある程度聞いてくれているだけ、だと思ってください」

 聖羅の言葉を、三人は黙って聞いていた。
 先ほどまで軽い調子だったルレンティアすら、真顔になっている。

「端的に言って、私は死告龍さんに見放される可能性が常にあります。不快な気持ちにさせるようなことをすればそうなる危険が常にあるのです。私としても、死告龍さんに無理を聞いてもらったり、お願いすることは極力したくないのです。あまり過度な期待はしないでください」

 聖羅はそう言ってから、これだけではあまりに冷淡すぎると思い、付け足す。

「ただ、私自身にはこの世界で生きていけるだけの力がありません。ゆえに、食事や住まいを提供してくださっているルィテ王国の皆さんには出来る限り恩を返したいと思っていますし、いかに別世界の人間とはいえ、たくさんの人が死んだり苦しんだりする様を見たいとは思いません。微力ながら出来ることはしたいと考えています」

 それは、聖羅としては正直すぎる心情の吐露だった。
 要は「自分に出来ることはしたいけど、死告龍に嫌われるのも怖いからやれることしかしないよ」という宣言だ。
 元の世界でこんなことをいえば弱みにつけ込まれ、言いように利用されるだけだろう。そうでなくとも、日和見主義と見られていい感情を抱かれないのは間違いない。
 それを頭ではわかっていて、聖羅はそれでも口にした。
 臆病で脆弱な自分が示せる、この世界の者達へのせめてもの誠意だと考えていたからだ。
 至って自分本位で、自分勝手な内容の宣言を受けた三人の姫は。

「セイラさん。お気持ちはわかりますが、もう少し伝え方というものがあると思いますの」

 テーナルクは額に手を当てて溜息を吐き、

「にゃはは! いいじゃないかてーなるん。ボクはかえって安心したにゃ」

 ルレンティアは軽い調子に戻ってお菓子を摘まみ、

「……」

 アーミアは何も言わないまま、黙考しているようだった。
 少なくとも軽蔑の視線を向けられるなど、極端に嫌われはしなかったようで、聖羅は逆に拍子抜けしてしまった。
 ルレンティアが新しいお菓子を口に運びつつ、言う。

「ところでせいらんの生まれた異世界って、どんな世界なんだにゃ? 差し支えなければ教えてほしいにゃ」

「あ、はい。それならいくらでも……」

 聖羅は自分が暮らしていた世界がどういう世界だったのか、説明することにした。
 すでにイージェルドやオルフィルドにも話している内容だったので、いまさら黙っておく必要もない。
 その後、四人の女性のお茶会はそれぞれの話を交えながら、表面上は穏やかに進行していったのだった。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第三章 2


 三人の姫と、ある程度の雑談を交わした後、聖羅は死告龍との触れ合いの時間が来たため、一度部屋を出て行った。
 本当なら、テーナルクも死告龍との顔合わせをする予定だったが、ルレンティアとアーミアが急遽やって来たため、先延ばしにすることにしている。
 部屋の主がいなくなってしばらくして、最初に沈黙を破ったのは、意外にも口数の少ないアーミアであった。

「……ルレンティア。あなたの感想が聞きたい」

「にゃ? あーみん、それは何に対する感想かにゃ? そのドレス姿についてなら、めっちゃ可愛いから、自信を持つにゃ!」

 アーミアとルレンティアが現在身に付けているのは、聖女風ドレスと呼ばれているもので、聖女キヨズミセイラの衣装を真似たものである。
 要はバスタオルを外せない聖羅の苦肉の策である、一枚の布で胸を覆い、それとは分離した形の腰布を纏うというものだ。聖羅は裸足だが、アーミアとルレンティアはくるぶしまでの靴を履いていた。
 その構造上、極めて肌の露出が多いのだ。
 それをルレンティアの言葉によって再認識させられたアーミアは、頬を赤く染めながら彼女を睨む。

「ふざけないで。いつもならしょうがないから付き合ってあげるけど、いまはダメ。真面目に答えて」

「にゃははは! ごめんにゃ! 性分だから許してにゃ」

 ルレンティアは最後のお菓子を摘まんで口の中に放り込み、租借して飲み込んでから言った。

「結論からはっきり言うにゃ――わからない」

 真面目な顔をしてルレンティアが口にした結論に、アーミアとテーナルクが息を呑む。
 そして、深刻な顔をして額に手を当てた。

「ルレンティアでもわからないなんて……」

「どうなっていますの……?」

「……考えられるのは異世界の人間だから、かにゃあ。もし、意識して内心を悟らせていないのだとすれば……せいらんはうちの百戦錬磨の商人よりも厄介な相手ということになるにゃ」

 ルレンティアが深々と溜息を吐く。
 その予測に、テーナルクとアーミアは顔を見合わせた。

「さすがにそれはないと思いたいですわね……」

「でも、その可能性はある。わざわざあんなことを口にするくらいだし……」

 アーミアは聖羅がわざわざ口に出して、自分たちにとって都合のいいことを言ったことに違和感を覚えていた。
 この世界の者達にとって、口に出す言葉というものは重い。
 言質を取られる、というのは聖羅の世界でもある言葉だが、この世界では重みが違う。
 口約束が血判状並みの重みがあるのだ。その感覚は聖羅にはなく、この世界の姫たちからすれば、聖羅はその重い約束を一方的に交わしたという形になる。

「てーなるん。せいらんがこの世界で生きていく力がないというのは本当かにゃ?」

「事実ですわね。セイラさんは魔法が使えません。誰もがその身に宿しているはずの魔力を一切持っていないのですわ。……死告龍の庇護がなければ、一般的な子供にも劣る戦闘力しかないと思います」

「……つまり、セイラさんはそれを自覚していて、あんなことを言ったということ?」

「ありえない話ではないにゃ。ああやって全てを委ねる約束を交わして、こちらの善意に委ねる……死告龍の庇護がいつまで続くかわからない以上、下手な扱いは国の滅亡に繋がるにゃ。必然、こちらはせいらんを丁重に扱うしかなくにゃる……いざ裏切られた時には、遠慮なく死告龍をけしかけられる……というところかにゃ」

「でも、セイラさんは人が死ぬところは見たくないと仰っていたけど?」

「それこそ罠だと見てるにゃ。せいらん本人に力がないなら、死告龍にやらせるしかないにゃろ? つまり、自分は見る必要はないにゃ」

「……ですね。セイラさんはあくまでも『できることはする』という言い方しかしませんでした。元の世界では一般人、などとおっしゃっていましたが、巧妙に言質を取らせないようにする言い方といい、交渉に長けていることは明らかですわね」

「そんな人が死告龍の庇護を得ている……下手すれば三国とも共倒れになる可能性まである」

 神妙な様子で頷きあう三人。

「……事は極めて危うい状態にあると言えますわ。普段お互いに思う事はありますが……ひとまず、事が落ち着くまではこの件に関して、全面的に協力するということでいかがでしょう?」

「異論はないにゃ。明確に期限を切ることは難しいにゃが、三国から死告龍がいなくなるまで、そうでなければ、時期を見て約束を結び直す、ということでどうにゃ?」

「……概ね賛成だけど、いなくなった後、約束を終えるのはみんなで話し合いの場を設けてからに。先走られても困る」

「にゃはは! バレちゃったにゃ。まあ安心するにゃ。せいらんはともかく……死告龍をどうにかしにゃいと、動きようがないからにゃあ」

 油断も隙も無いルレンティアに、テーナルクとアーミアは溜息を吐いた。
 テーナルクはそんなルレンティアに探るような視線を向ける。

「本当に、わからなかったんですわよね?」

「誓ってもいいにゃ。せいらんの内心はまったく掴めなかったにゃ。言葉だけを聞けば善人にゃが……それこそ、魔力の込められていない契約書って感じだにゃあ」

「本当に……やりにくいですわね……どう判断したものか」

「……ひとまずは、信用するしかない」

 そうアーミアが纏めて、二人の姫も頷く。
 こうして聖羅の真意を置き去りに、三国の姫は結束を強めるのであった。




 聖羅が深く溜息を吐くと、大人しく聖羅に撫でられていた死告龍・リューは不思議そうに首をもたげた。
 無論、即死の効果が発揮しないよう、聖羅に触れないようにしている。

『セイラ、どうしたの?』

「ああ、すみません。リューさん……なんでもありません。少し気疲れしただけです。人付き合いとはそういうものなので、リューさんは気にしなくても大丈夫ですよ」

 こう言っておかないと、リューが三国の姫たちに危害を加えかねなかったため、聖羅はそういっておいた。
 リューは聖羅がそういうのであれば、という様子で首を聖羅の傍に戻す。

『ふうん……リューにはよくわかんないや』

 聖羅がよくわからないことに思考を割いていることに対してか、少し拗ねたようにリューは呟く。
 そんなリューの頭部を撫でてあげながら、聖羅は苦笑を浮かべた。

(本当に……リューさんはもっと受け入れられててもおかしくないと思うのですが……)

 それなりに時間をかけて触れ合い、共に過ごしてきた聖羅にとって、リューはもはや恐怖の対象ではない。
 無論、体格や能力上気をつけなければならないことは多いが、それさえ気をつければ、あとは普通の人付き合いと変わらないと思っていた。

(制御の出来ない乱暴者ならともかく、リューさんは普通に大人しいですしね……)

 これは聖羅の視点からすれば、仕方のない勘違いである。
 聖羅は目的を果たしたあとのリュー、つまり『聖羅というツガイの候補』を見つけたあとのリューしか知らないからだ。
 それまでのリューは強い者がいれば飛んで行き、挨拶代わりに即死のブレスを放つ、まさに天災のような存在だった。
 そのことを聖羅は知識としては知っているが、実感はない。

『ねー、セイラー。ここにいるのが疲れるなら、リューの狩りについてくる?』

「……気晴らし、というのは少し惹かれますが……しばらくはやめておきます。色々準備しないといけないこともありますしね。気晴らしがしたくなったら、お願いしてもいいですか?」

『まっかせて! リューのだいすきな狩り場に連れていってあげる! その狩り場は、大きな滝が綺麗でね――』

 聖羅のことを気遣い、自分が知る素晴らしい景色を惜しげも無く見せてくれようとするリュー。
 その暖かさに触れ、聖羅の死告龍・リューに対する印象はどんどん一般からはかけ離れたものになっていくのであった。




 翌日。
 聖羅は三国の姫をリューに紹介するべく、まずは自分の部屋に大妖精のヨウを呼び出していた。

「ヨウさん。こちらのお二人が北のログアンのアーミアさんと、南のフィルカードのルレンティアさんです。いまから中庭にリューさんに挨拶しに行きますので、先触れをお願いできますか?」

『いいわよ。ただ……あなたたち、相応に覚悟しておきなさいね』

 ヨウはそう言ってその場から消えた。
 アーミアとルレンティアは大妖精に小間使いのようなことを頼む聖羅に、信じられない思いだったが、かといって普通の使用人を死告龍のいる中庭に向かわせることは出来ないとわかっているので、何も言えなかった。
 一方の聖羅は、ヨウがわざわざ警告を出したということに首を傾げつつ、三人を促す。

「では行きましょうか。リューさんは大人しい方ですから、心配しなくても大丈夫ですよ」

 聖羅の言葉は本心からの言葉だったが、リューのこれまでの暴れようを知る三人からしてみれば、頷きかねる発言である。
 三人はそれぞれ、曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。

 そして、三人はついに死告龍と対面する。

「リューさん。おはようございます。こちらがお話ししていた、お三方です」

 リューはいつも通り、中庭に身体を丸めて寝そべっていた。
 リラックスした無防備な体勢。その長い首を伸ばして、聖羅の傍に顔を寄せ、撫でることを求める。
 聖羅はいつも通りのリューに苦笑しながら、その鼻先を撫でてあげた。
 三人の中で、最初に前に進み出たのはテーナルクであった。ルィテ王族の矜持として、自分がまず口を開かなければならないと決意していたのだろう。

「お、お初にお目にかかりますわ、死告龍様。わたくしは――」

『ルィテのテーナルク、ログアンのアーミア、フィルカードのルレンティア……でしょ? セイラから聞いてる』

 リューはテーナルクの自己紹介を遮り、そう口にした。
 テーナルクは気圧されたように口をつぐみ、他のふたりも口を開くことはできなかった。

『セイラを傷つけたら許さないけど、そうじゃないなら好きにしたらいい』

 素っ気ないリューの言葉に、聖羅は戸惑う。

「リューさん。そんな言い方をしなくても……この人たちとも、仲良くしてあげて欲しいのですが……」

 リューには言えないが、聖羅はいつか自分の世界に帰るつもりである。
 そうなった後、リューが他の人間とも仲良くなれていれば、あるいはリューとツガイになってもいいという存在が出てくるかもしれない。
 リューにも、単に幸運なだけの自分より、人格的に尊重し合える存在とツガイになって欲しいというのが、聖羅の考えであった。
 しかし、その思いはリューによって否定される。

『セイラ。それはたぶん無理じゃないかな。だって――』

 若干の諦めを含んだ声音で、リューは尻尾の先でルレンティアを指し示す。

『そこの猫なんて、いまにも倒れそうだよ?』

「え?」

 指摘された聖羅が振り返ると、聖羅とはあれだけ快活に話していたルレンティアが、真っ青な顔をしていた。
 テーナルクも同様に顔色を悪くしており、唯一表情を変えていないのは、アーミアだけであった。
 そのアーミアはいまにも崩れ落ちそうな様子のルレンティアを支えている。

「えっ、ちょっ、ルレンティアさん!?」

「ご、ごめんにゃあ……せいらん。ちょっと、これはボクにはキツいにゃあ……」

 いまにも目を回して倒れそうなルレンティアに手を貸し、聖羅は急いで中庭から離れる。
 リューはわかっていたと言わんばかりの様子で、なにごともなかったように元の姿勢に戻ってしまった。

「どういうこと、なんでしょうか?」

 部屋に戻り、自分のベッドにルレンティアを寝かせた聖羅は、三人に尋ねる。
 気分が悪そうにしているルレンティアに代わり、その疑問に答えたのはアーミアだった。

「セイラさんには実感しにくいのかもしれないけど、死告龍……様の気配というのはとても強い。ルレンティアはそういうのに特に敏感な体質だから、こうなった」

「わたくしたちもそれなりに鋭い方ではあるので、少なからず影響はありますわ……アーミア様はグランドジーグ様との交流があるので、慣れていらっしゃるようですが」

「……わたしでも、死告龍様は怖い。グランドジーグ様は穏やかだけど、死告龍様の気配は刺々しいから」

「うー……これでも対策はしてきたんだけどにゃぁ……全然効果なかったにゃ……」

 かなりグロッキーになっている様子のルレンティア。他のふたりも、決して気分がいいとは言えない状態にあるようだった。
 そんな三人を見回して、聖羅は率直に感じたことを言う。

「あの……三人がこうなってしまうのであれば……行進や会合なんて、とても出来ないのでは……?」

「それは大丈夫ですわ。あそこまで接近することはないですし……わたくしたちの気分が悪くなったのは、それだけ魔力感知に長けているからですの」

「普通の人なら、もっと平気なはず」

「これでもボクたちは姫だからにゃあ……魔法の扱いに長けた者ほど、死告龍様の前には立てないにゃ」

「そうなんですか……あれ? イージェルドさんやオルフィルドさんは普通に接しておられましたよね?」

 聖羅はそう疑問を口にする。
 その疑問には、テーナルクが応えた。

「お二人はルィテの最重要人物ですわ。当然、守りも相応の魔法具で固めております。直接戦闘ではその守りも紙のようなものですが……」

「ボクも持てる限りの魔法具は持ってるんだけどにゃあ」

「ルレンティアはそれを差し引いても、感覚が鋭すぎるから」

「ああ、なるほど……」

 聖羅は納得すると同時に、「リューと友好的な関係を増やす」計画がいきなり頓挫したことを悟る。
 性格的な不一致ならまだしも、体質的な不一致はどうしようもならない。
 かといって、三国の姫を差し置いて貴族や使用人をリューと交流させるわけにはいかないだろう。
 聖羅が頭を悩ませているところに、さらに頭を悩ませる要素が増えた。
 聖羅の部屋に慌ただしくやって来たクラースが、こう告げたからだ。

「東のザズグドス帝国より特使が参られました! バラノ書記官が、キヨズミ様と死告龍様にお会いしたいとのことです!」

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第三章 3


 ルィテ王国の東に位置するザズグドス帝国は、徹底した実力主義の軍国である。

 その恐ろしいまでに統制されつつ、一癖も二癖もある英傑が揃った国家は、世界最強の名を欲しいままにしている。
 侵略を仕掛ける国策のため、周辺諸国からは蛮族国家と揶揄されることもあるが、それはその強大なる軍事力を恐れており、揶揄することしかできないということでもあった。
 本当にただの蛮族であるならば、いくらでも策謀の余地があるが、彼らには軍略的政治的な面でも優秀な人材が揃っており、皇帝を中心とした牙城は容易なことでは崩れない。

 書記官の地位にいるバラノという少女は、政治分野の代表的な鬼才であった。

 若干18歳という若さで、その牙城の一角を占める存在となっていることからも、その才覚の高さはうかがい知れる。
 そのたぐいまれなる才覚を幼い頃より発揮し、辺境の農村出にも関わらず、瞬く間に出世街道を駆け上がった才女。
 軍略・策略の立案において極めて優秀な彼女は現在。

 聖女キヨズミセイラの部屋で、真っ赤になった顔を両手で覆って蹲っていた。

 蹲るバラノの傍で右往左往しているのは、聖女キヨズミセイラその人である。いつもの腰にバスタオルを巻き、胸は別の布で覆うという露出度の高い格好をしている。
 普通のドレスを着て同席しているテーナルクは、ざまをみろとばかりに飄々とした様子で、カップを傾けていた。

「なんですかそれ……聖女様自身、その格好は不本意とか……!」

 呻くように呟くバラノに、聖羅はなんと声をかけていいのかわからなかった。
 バラノは、聖羅のいまの格好を模した「聖女風ドレス」を身に付けている。彼女は出来る限り迅速に、聖羅との距離感を埋めるべく、そのドレスをルィテ王国から取り寄せていた。
 その行動自体は北のログアンの姫・アーミアや南のフィルカードの姫・ルレンティアと同じであるが、彼女たちは転移門があるため、城に近いところから出てこれた。
 しかし休戦協定を結んだとはいえ、敵対国のザズグドスの一員であるバラノは転移門は使えない。隠すものはないということを示すために、幌付きの馬車も使えなかったため、首都に入って城に至るまで、衆人環視の中をその格好で移動する羽目になった。
 その羞恥足るや、うら若きバラノには相当に堪えた。その上で、それが大した意味もない行動だったと知ってしまったのだ。精神的なダメージは極めて大きい。

「ええと……その、なんだかすみません……」

 聖羅の所為では無いはずなのだが、申し訳なく感じてしまった聖羅は、そう詫びることしかできない。

「セイラさんが謝ることではございませんわ。下調べ不足、という奴ですわね」

 そんな聖羅にフォローを入れる振りをしつつ、ここぞとばかりにバラノを煽るのは、ルィテ王国第一王女のテーナルク。
 もちろん、事前にバラノが調べることなど出来ないことであることは承知の上での発言である。
 聖羅に関する情報統制は完璧に行われているため、聖羅が身に付けている衣装が「彼女自身が出来ればしたくない格好」であることなど、わかるわけがないのだ。
 異世界から来たと言われているなら、風土や文化が違うという予想は誰もがすることであり、実際バラノもその衣装に対してはそういうものだと考えていた。
 さらにルィテ王国では実際に「聖女風ドレス」などという形で作られているのだから、実際は嫌がっているなどと予想出来るはずもない。

「……良い性格をしていますね、あなた」

「お褒めにあずかり光栄ですわ」

 微笑みながら睨む、という器用なことをやってのける美少女ふたり。
 そんな睨み合いの脇においておかれることになった聖羅は、どうしたらいいのかわからず、視線を右往左往させることしか出来ない。
 幸い、二人も聖羅を放置してやりあう気はないらしく、バラノが先に視線を外し、深く息を吐いた。

「もういいです。真意を公にするつもりはないのでしょうし、この衣装もそういうものだと認識されることでしょう」

「……あー、まあ、そうですね」

 聖羅は曖昧にしか肯定しなかったが、バラノは安心したように胸をなで下ろす。
 テーナルクは少々残念そうな顔をしていたが、この話をそれほど引き摺るつもりはなかったのか、特に何も言うことはなかった。
 そもそも「聖女風ドレス」というものは、聖羅がこの姿でいなければならない理由があるが、その姿に羞恥心を覚える聖羅のために意図的に広めようとされているものだ。
 周りが普通の格好をしている中で水着でいるのは恥ずかしくとも、周りも水着姿なら恥ずかしくはならないだろう。集団心理というものを利用し、聖羅の負担を軽減するための処置なのだ。聖羅としては、異世界に文化を間違った形で広めるのは不本意であったのだが、背に腹は替えられない。
 だから一部を除き、真意を明らかにすることはまずあり得ない。
 テーナルクはバラノにも釘を刺した。

「貴女も、決して口外することのないようにしてくださいませね」

「言われなくとも。私の目的は聖女様とお近づきになることのみ。こんな程度のことで命を賭けた情報戦を仕掛ける気はありません」

 バラノには「ルィテ王国の損失になるようなことを一切しない」という、命をかけた契約が国王であるイージェルドとの間に交わされていた。
 これは敵国の書記官であるバラノが、式典や会合に先んじてルィテ王国入りを希望した際に、イージェルドが出した条件であった。
 命をかけた契約は絶対であり、もしも不用意な行動を取れば、その時点でバラノの命は失われる。
 しかもこの契約には、意図的に期限が設けられていなかった。
 仮にルィテ王国から死告龍がいなくなっても、契約は続くのだ。

 だというのに、バラノは躊躇無くその契約を交わした。

 契約を交わした以上、今後バラノはルィテ王国を害することはできない。
 戦術家にして軍略家たるバラノが今後ルィテ王国攻略にその力を振るえないことは大きな損失だ。
 だが、それを差し引いても、聖女キヨズミセイラとの交流は優先すべき事柄だと、バラノは戦略家として判断したのである。

「もちろん、私の命を賭けてもいい情報を掴んだらその限りではありません。私に命を投げ出させるような、間抜けな情報漏洩はしないでくださいね?」

「あら、それは魅力的なお話しですわね。思わず口が滑ってしまいそうですわ」

 皮肉に皮肉が返る。二人して微笑んでいるが、蚊帳の外に置かれた聖羅にしてみれば、笑える状況ではない。
 それでも、いうべきことはあった。

「ええと……バラノさん。これはアーミアさんやルー……ルレンティアさんにもお伝えしたのですが」

 死告龍に強制的に言うことを聞かせれるわけではないこと。死告龍の機嫌を損ねて嫌われるのは避けたいので、何かしらのお願いをすることもしたくないこと。
 そのことを聖羅は正直に告げる。決して自分は死告龍を自在に扱えるわけではない、ということは言わなければならなかった。
 だが、バラノはそのことを聴いても全く問題ない様子だった。

「むしろ、安心しました。死告龍という埒外の力を自在に振るえるような一個人が誕生したとしたら、その方が問題ですから」

「は、はぁ……そういっていただけると助かりますけど……」

「それに、それでもあなたの価値が揺らぐことにはなりません。死告龍との橋渡しが出来る存在はそれだけ貴重なのです」

 大人しい死告龍・リューしか知らない聖羅には、実感の乏しいことではあるが。

「ザズグドス帝国の書記官としてこの国には来ましたが、この場にいる私はバラノという一個人にすぎません。仲良くしていただけると嬉しいです。私は農村の出身でして、儀礼には疎いところはあるのですが……その点はご容赦いただけますと幸いです」

 朗らかに告げるバラノ。
 聖羅は思わずその内容に反応してしまっていた。

「農村出身……ですか」

「はい。ザズグドス帝国は実力主義ですので、農民でも個人が努力すれば取り立ててもらえるのです」

「……そういうところは、ルィテでも見習いたいところですわね」

 テーナルクはそう言いつつ、内心苦い思いをしていた。
 聖羅が元の世界において一般人の立場にあったというのは、本人から何度も聞かされたことであるし、所作を見れば貴族的な教育を受けていないことは明らかだ。
 バラノはそれを一目で見抜いて、共感させるためにわざと農村出身だということを聖羅に告げたに違いなかった。
 普通、上級階級に存在するものに対し、農村出身であると明かすメリットはない。だというのにバラノはそこにあえて踏み込み、そしてまんまと聖羅に共感を抱かせることに成功している。

(まずいですわね……このままだと、バラノがセイラさんと仲良くなりすぎる可能性が出てきましたわ……いくら契約で縛っているとはいえ……セイラさんと仲良くなることをルィテ王国の不利益と解釈するのはさすがに強引すぎますし……)

 バラノは慎重で狡猾な戦略家であると同時に、直感と閃きに頼った奇策に出ることも躊躇しない、両極端の性質を持つ。
 貴族社会の政治力に自信を持つテーナルクからすれば、もっともやりにくい相手であることは確かだった。

(……いえ、わたくしは何を弱気になっていますの。アーミア様にもルレンティア様にも、バラノにも負けてはいられませんわ。ルィテ王国の王女として……!)

 負けん気の強いテーナルクが対抗意識を燃やす中、不意にバラノが話題を変えた。

「ところで……他のおふたりは、いつまで聞き耳を立てているつもりですか?」

 その指摘に、室内に緊張が走る。

「……他のおふたり、とはなんのことですの?」

「とぼけないでください。多少反則的な手を使ったとはいえ、私がここにこうしているのに、ログアンやフィルカードのお姫様方が動いていないわけがありません。ルィテと友好関係にあるあの二国であれば、転移門も使えますし」

 言いながらバラノは寝室側に続くドアを見た。
 その向こう側に誰かがいると確信している様子で。

「私の出方をうかがっておられるのかもしれませんが、それなら直接言葉を交わした方が早いでしょう。さあ――お入りください」

 舌戦に絶対の自信を持っているのか、寝室側のドアに向け、自信満々に告げるバラノ。
 それに応えるように、廊下側の扉が開いた。
 部屋に入って来たのは、不思議そうな顔をしているログアンのアーミアであった。

「……ノックする前に反応があってびっくりした」

 その視線が、バラノを捉える。
 バラノは思いも寄らない方向からアーミアが出て来たことに驚いて、ぽかんと間の抜けた顔を浮かべていた。
 そんなバラノを見て、アーミアが不思議そうにしつつも挨拶をする。

「ザズグドスのバラノ様、お久しぶりですね」

「え、ええ。……席を外していたのですね」

 なんとも気まずい様子で呟くバラノ。
 そんなバラノに、聖羅が悪気なく追い打ちをかけた。

「あの……バラノさん。ルレンティアさんなんですが……確かにあちらの部屋にはいらっしゃいますが、いま少々体調を崩されておりまして……恐らく、寝ていらっしゃるかと」

「……なんで人の部屋で寝てるんですかあのお姫様は!」

「えっと、私がそう勧めたんです……ごめんなさい……」

 アーミアとルレンティアの二人が聞き耳を立てているはず、と自信を持って宣言してしまったバラノは、それを外してしまい、顔を真っ赤にして恥じらっていた。
 そんなバラノを宥めるのは聖羅やアーミアに任せつつ、テーナルクはバラノに対する警戒を強めていた。

(結果的に予想を外した形でしたが……いつものルレンティア様なら、聞き耳を立てていておかしくありませんわ。アーミア様もそれに巻き込まれていたでしょう……予想は極めて正確であったと言わざるを得ません)

 たまたま死告龍との邂逅の後で、ルレンティアが体調を崩していたからこそ、予想を外しただけであって、十分な精度で予想はされていた。
 そもそも、ルレンティアとアーミアがこの国に来ていることを知る者はまだ少ない。騒ぎになったため、数日もすれば知れ渡ることだが、敵対国のザズグドスがすぐに知れることではない。
 聖女の一件がそれだけ大事ということは事実だが、すでにここにいることまで察されているというのは、バラノの先読みが優秀な証拠である。

(まさか、この一連の流れも全て計算……なのでは?)

 そうテーナルクが思ったのも、それだけ優秀なはずのバラノが不用意な恥を搔いていると思ったからだった。
 聖女風ドレスを着たまま街中を来たのも、考えてみればおかしな話である。
 ドレスを着るというのは、聖羅に仲間意識を抱かせ、なるべく早く親しくなるためのものだ。だが、それを何も首都に入る前から着ている必要はない。
 聖羅が許可したから当日に会えているだけで、本来なら数日は待つことになるだろうし、そうでなくとも身支度を調える時間くらいはある。
 城に入ってから着替えればいいだけのことなのだ。

(あえて衆人環視の目に触れることによって、恥を搔き、同じように恥ずかしい想いをしているセイラさんに共感を抱かせる……効果としては満点ですわ)

 先ほど外した予想も、口にする必要はなかったはずだった。
 確かに完璧に当たれば牽制として活きたかもしれないが、実際は外している。
 そもそも、一般的な上流階級の常識で考えれば、人の部屋の寝室に息を潜めて隠れているはずがない。
 聖羅やルレンティアの性格を読み切ったとすれば凄まじいの一言だが、分が悪い賭けだろう。

(本当は予想を当てるつもりなんて全くなくて、情けない姿を見せて、セイラさんに同情心を抱かせる策略……ありえますわ)

 テーナルクはそう思いつつ、もっと恐ろしい可能性にも思い至っていた。

(本人にそんなつもりはなく、自然体でそれをやっているのだとしたら……これは、本当に厄介な相手ですわね……)

 聖羅との交流を続けながら、その他の姫たちが優位に立ちすぎないように、手綱を握っていかなければならない。
 自分の役割が、ますます難しいことになっていくことを知ったテーナルクだった。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第三章 おわり

 ログアンの姫神子・アーミアは、聖女・清澄聖羅と二人っきりになっていた。
 ザズグドス帝国の書記官・バラノに部屋が用意され、ルィテ王国の第一王女・テーナルクがそこにバラノを案内しに席を立っているためだ。
 普通に考えれば、部屋の案内など使用人に任せておけばいい話であるため、わざわざテーナルクが案内に席を立ったのは、聖羅のいないところで過激なやり取りをするためだろう。
 フィルカードの姫・ルレンティアはいまだ復活しておらず、結果としてアーミアと聖羅が残っているのである。

「…………」

「…………」

 部屋には沈黙が流れていた。アーミアは他の三人と違い、口が達者な方ではない。
 他の三人であれば聖羅を退屈させないように何かしらの話題を振っていただろうが、アーミアは特にその気はなかった。
 そもそも、アーミアの目的は聖羅と話し、その内容を聞いたことでほぼ達成されているに等しかったためだ。

 聖羅曰く「死告龍に命令することは出来ず、何かをお願いするつもりもない」。

 これはアーミアにとっては理想的な答えだった。
 彼女にとって避けるべきことはただ一つ。守護亀・グランドジーグが死ぬことだ。
 死告龍が気まぐれでもグランドジーグを攻撃すれば、ログアンはその時点で壊滅する。
 その死告龍がルィテに留まり、しかも留めている存在が積極的に言うことをきかせられないとなれば、現状維持で全く構わないのだ。
 ゆえに、アーミアが聖羅との交流を焦る意味は全くなく、落ちついて構えることができていた。

 そしてそれは、聖羅にとってもいい効果を発揮していた。

 そもそも聖羅はただの一般人であり、本人からしてみれば姫やら王女やらといった存在は雲上人そのものである。そんな彼女たちに気を遣われているという状況そのものが、聖羅にとっては心苦しく、緊張することだった。
 もしも本人が何かを成し得た結果、そう扱われているのだとすればまた違うのだが、聖羅にしてみれば、買いもせずに道ばたで偶然拾った宝くじが一等を当ててしまったような状況である。
 実情はさておき、自分にそこまで気を遣われる価値はないと思うのが自然であった。
 ゆえに、アーミアのマイペースな態度が、彼女を安心させるのだ。

「……アーミアさん、お聞きしてもいいですか?」

「なんなりと」

「アーミアさんの住んでいる国……ログアンは、大きな亀さんの上にある国だと聞きました。その亀さんとは、どのように……いえ、どのような話をされているのでしょうか?」

「グランドジーグ様とどんな話をしているか……?」

 アーミアは少し考える。国そのものであるグランドジーグとの会話は、八割方が国にとって必要な、いわば業務連絡である。
 どの方向に進むか、速度はどうするか、敵になり得る存在の情報、寄生生物が潜んでいないかなど、重要な話も多い。国家機密と言っても過言ではない内容のため、おいそれと人に教えることはできない内容だった。
 だが、聖羅が聴きたいのはそういう話ではないのだろうとアーミアは察する。

「そう、ね……わたしはまだ姫神子になって日が浅いから、そこまで砕けた話をしたことはないのだけど、歴代の姫神子の中には日々の他愛ない雑談……言ってしまえば無駄な話を長々としすぎて、グランドジーグ様を困らせた姫神子もいると聴いている」

「お、怒らせちゃったんですか?」

「話は面白かったらしいのだけど、グランドジーグ様が笑うと……その……」

「あ。なるほど……」

 ログアンはグランドジーグの上に存在する国であり、もしグランドジーグが笑いが理由であれなんであれ身体を揺らしたらどうなるか。
 聖羅は地震大国出身ゆえに、アーミアが言い淀んだことを正確に理解できていた。

「……でも、そうだとするとグランドジーグさんは不用意に笑ったり怒ったりできないってことですよね」

「そうなる」

「えっと……こんなこと言っていいのかわからないんですけど……それは、辛くないんでしょうか?」

「わたしにはわかりかねる。だけど、それも含めての助け合う約束。辛いだけではないと信じてる。姫神子の役割は一定の年月で交代するのだけど、引退した姫神子たちのこともグランドジーグ様は気にかけてくださっている」

 役割だけの関係ではないと、アーミアは思っている。
 そういうアーミアの言葉を聖羅は真剣に聴いていた。アーミアは聖羅の思惑を大体理解していたが、あえて口に出して尋ねた。

「ところで……なぜそんなことを聞くの?」

「あ、その……リューさ……死告龍さんとの会話の、ヒントにさせていただければなと思いまして……毎日会って、話はしているんですけど……ほんとうに当たり障りのない話しかできなくて。知らない間に不愉快にさせていないかと」

 聖羅とアーミアに共通するのは、人外の存在と日常的に会話をしているという点だ。
 その立場も、状況も、相手の性質も、あらゆる面で違いは多いが、人外に相対するという点は確実に共通している。
 アーミアは想像していた通りの理由であることに安心しつつ、聖羅に言葉をかける。

「基本的に魔族という存在は仲間意識が非常に強いと言われている。一度でも仲間として認められたのであれば、よほどのことが無い限り再度敵対することはまずない」

「そう、なんですか?」

 聖羅が懐疑的になってしまうのは、信用しかけていたヨウにバスタオルを奪われるという事件があったためである。
 実のところあの事件に関しては、ヨウが初めから裏切りを視野に入れ、言葉が通じないことを利用して確定的な言葉で約束を交わしていなかった、という特殊な例であった。
 また、ヨウの目的はあくまでも死告龍への復讐であり、聖羅そのものを害する目的ではなかった。現にバスタオルの加護を失った聖羅を建物の崩壊から守ったのはヨウだ。
 そんな特殊な例を最初に体感してしまったのは、聖羅にとって不幸であるといえる。

「そう。魔族というと、大抵の国で不倶戴天の敵と考えられている。ログアンだって、グランドジーグ様以外の魔族に関しては似たようなもの。でも……個々の繋がりなら、通じ合えることもあると、わたしは思う」

 そうアーミアは話をまとめた。

「もし、セイラさんがより死告龍様と仲良くなりたいと思うのであれば……自分の好きなものや好きなこととか、なんでもいいから話してみるといい」

「そんなことで、いいんですか?」

 意外そうに目を丸くする聖羅に対し、アーミアは頷いた。

「大抵、人の領域に踏み込んで存在する魔族というのは、人に興味があってそうしている存在だから。人の営みの話をされて、嫌がる者はいないと思う」

「な、なるほど……好きなもの……好きなこと……」

「……不安ならわたしたちで練習するといい。セイラさんは何が好き?」

 そうアーミアに問われ、聖羅は少し顔を歪めた。

「改めて考えると、あまり思いつかないんですよね……甘いものは好きですし、綺麗な景色を見るのも好きですが」

 聖羅は良い意味でも悪い意味でも普通の人間だった。
 何かひとつのことに邁進するほど、突き詰めて好きなものがあるわけでもなく。
 それなりに流行に乗っかって行動することはあれど、何かのファンと言えるほどのめり込んだ記憶もなく。
 もしも自分に物語上の役割が与えられるなら、通行人Aというのが一番妥当な立ち位置なのだと、聖羅は考えている。

(プロフィール欄が「特になし」で埋まる登場人物とか、ありえませんよね……)

 無味乾燥な人間にもほどがあると本人も思っているのだが、それが事実なのだから如何ともしがたい。
 普段は気にしないように努めていることを改めて意識してしまい、聖羅の気持ちは微妙に落ち込んでしまう。

「それなら……逆に、嫌いなものは?」

 聖羅の様子を見て、踏み込んだ話をしない方がいいと判断したアーミアは、そう話題の転換を試みた。
 だが、その問いにも聖羅は明確な答えを持ち合わせていなかった。
 毒虫や犯罪者など、身の危険を感じるレベルの不快さや不愉快さとはまた違う話題ゆえに、聖羅は悩む。

「そう、ですね……嫌いな、もの……」

 自分の内面を探っていた聖羅は、不意に自分がもっとも不快に感じた瞬間の記憶を思い出した。あるいは思い出してしまった。
 それはとある日の何気ない日常の話。それなりに仲が良かった友達と遊びに行こうと約束したのにも関わらず、友達にその約束をすっぽかされた時の記憶。
 後日その友人は悪びれもせずに「忘れてた」と言ったため、それ以後その友達とは疎遠になってしまった。
 好きも嫌いも薄い聖羅だからこそ、その時の燃えたぎるような怒りと嫌悪感は、明確に記憶している。
 だから。

「約束を守らない人――でしょうか」

 聖羅がそう口にするのは自然なことだった。
 それがこの世界の者にとって、どれほど不自然な答えであるかなど、考えもせずに。




 死告龍・リューは王城の中庭で微睡んでいた。
 魔族は夢を見ない。それがどうしてなのか、魔族たちの中にも説明できる者はいなかったが、それが純然たる事実である。
 ゆえに彼らにとって睡眠とは、精神の安定と休息以上の意味を持たない。
 魔族が微睡んでいるという状態は、それだけ気を緩めている――やることがなくて寝るくらいしかないという、安直に言えば暇な証拠であった。
 そんなリューに向け、ヨウが苦笑気味に声をかけた。

『そんなに暇なら、狩りにでも行ってくればいいのに。ここ一週間ほど、全く狩りに出てないでしょう?』

 そのヨウに、リューは瞼を半分閉じた眼を向ける。

『セイラが……いつ、気晴らしに行きたい、っていうか……わからない、もの……』

 今にも寝てしまいそうなほどゆっくりとした調子で言うリューに、ヨウは呆れてしまう。
 死告龍と呼ばれ、世界中から恐れられている存在とは思えない献身ぶりだった。

『それならそれでもいいのだけど……』

 ドラゴンであるリューは、多少の絶食など物ともしない。
 そもそも魔族にとっては食事自体が、動きをより良くするために取るものであって、それがなければ即時に命に関わる、という類いのものではないのだ。
 ヨウが全く食事を取っていないのは恒常的に森から魔力の供給を得ているからだが、ドラゴンであるリューは身体に蓄えられる魔力の総量が桁外れに多い。
 戦う必要があるならばともかく、ただじっとしているだけならば、それこそ数百年単位で何もしなくても問題なかった。
 寝ている竜を起こしたくはないヨウであったが、伝えるべきことは伝えておく。

『またひとり、セイラと話をしに来た人間が増えたわ』

 ヨウが告げたその言葉に、リューは不快そうに眼を開けた。

『……あんまりセイラに負担を増やすつもりなら、まとめて吹き飛ばしてやる』

 リューの怒りを体現するように、リューの尻尾がゆらりと持ち上がり、ぴんと先端を天を向いて立てていた。
 物騒なことを呟くリューを、ヨウは苦笑気味に宥める。

『別に止めないけれど、セイラに嫌われるわよ?』

 嫌われる、という言葉を聞いた途端、リューの尻尾が力なく横たわった。

『……やっぱり?』

『そりゃあ、ねえ』

 彼女たちの認識では、死告龍という最強の守護を持つ聖羅がわずらわしい人間関係に囚われる必要はない。
 それでも聖羅が人との関係を模索しているのは、それが彼女にとって必要なことだからに他ならない。
 それを邪魔してしまえば、聖羅にどう思われるかは自明の理というものだった。
 自分の目的を他者に邪魔されて、愉快な者がいるわけがないのだ。

『じゃあ、やめとく』

『それがいいわね』

 二体のやりとりは実に軽い調子だったが、ルィテ王国の滅亡は回避された。
 リューは再びとぐろを巻いて瞼を閉じる。ヨウはふわりと浮かび上がった。
 ヨウは小妖精の一体を聖羅の部屋に常駐させており、聖羅が呼べばいつでも駆けつけることが出来る。
 そのため、本体は自由気ままに王城内を見て回っていた。本当は城下町の方までいっても問題ないのだが、妖精であってもヨウの外見は裸身の美女である。
 住民をいたずらに刺激しないよう、ヨウは極力城下町に降りていかないよう、国王のイージェルドと約束を交わしていた。
 ヨウとしても無闇に騒ぎを起こしてまで見に行くほど興味もなかったため、王城内を見て回るだけで済ませている。

(今日は地下室のあたりを見て回ってみようかしら。何か面白いものがあればセイラに教えてあげましょう)

 そんなことを考えながらヨウが中庭を去る。
 彼女が去ったあとも変わらず、リューは中庭で眠りについていた。
 妖精達が作ったドームの中で誰はばかることもなく、リューは存在している。
 ルィテ王国の者は、そうやって目隠しがされていても、滅多なことでは中庭に近づこうともしなかった。それだけ死告龍は恐れられているのだ。
 しかし、だから、誰も気づけなかった。

 リューの真下の地面から、黒い霧状の『何か』がゆっくりと這い出して来たことに。

つづく
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