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黎明媚態

露出系、羞恥系の18禁小説を書いています。関連の同人・版権作品のレビューも書きます。18歳以下の閲覧禁止。

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第八章 1


 大鹿の渾身の一撃でルレンティアが創った水上拠点が吹き飛ぶ――と、同時に死告龍・リューは大鹿の懐に飛び込んでいた。

(なっ!? 馬鹿な……っ!)

 そう大鹿が思った時には、リューは身体ごと縦に回転して攻撃に移っている。
 黒い霧を纏った尻尾の一撃が、大鹿の頭部に叩き込まれた。
 凄まじい衝撃が走り、大鹿の頭が身体ごと地面に叩きつけられる。
 その立派な角の片方が根元からへし折れ、その表面に貯められていた魔法の雷が周囲に拡散する。
 大鹿の意識が飛びそうになったが、拡散された雷の刺激が彼の意識を繋ぎ止めた。

(人間たちを守ろうとしたのは誘いだったとでも……!?)

 強烈な一打を受けた大鹿だったが、反射魔法はまだ活きていた。
 引き延ばされた体感の中、死告龍の意図を知る。
 大鹿の攻撃により、吹き飛ばされた水上拠点。
 吹き飛んだのは、水上拠点だけだったのだ。
 中に逃げ込んだはずの人間達の姿は、どこにもない。

(ぬかっ、た……! 不覚!)

 水上拠点に逃げ込んだ者達はその中に留まらず、裏側か底からすでに退去していたのだ。
 そのことを死告龍は気づいていて、あえて水上拠点を守るような動きを見せた。
 結果、まんまと乗せられた大鹿は死告龍ではなく水上拠点に狙いを定め、攻撃を放った。
 それと同時に死告龍は攻撃をかいくぐり、逆に大鹿を仕留めに動いた。
 すべては死告龍の思惑の内だったのだ。

(死告龍……! やはり、こやつは、危険でござる……!)

 再度立ち上がろうとした大鹿の頭部に、死告龍が前脚を置く。
 見た目の体格差は歴然だが、大鹿はまるで巨大な岩に抑え込まれたかのように身動きが取れなくなった。
 悪あがきで幾度か雷撃を放つが、半分になった角の力では死告龍に痛打を与えることはできない。
 死告龍は防御魔法を唱えることもなく、鱗の頑丈さだけで雷が霧散させられた。

『ぐ……っ! お、おのれぇ……!』

 圧倒的な強さを示された形になった大鹿は歯噛みしつつも、奇妙に思っていた。
 すでに勝敗は決している。渾身の一撃を空撃ちさせられ、角の片方を折られ、元々弱体化しつつあった大鹿は致命的なまでに力を失った。
 一方の死告龍は消耗こそ激しいようではあるが、いまだ十分に気力体力が残っている。
 死告龍がその気になれば即死のブレスを放ち、トドメを刺すことは容易なはずだった。
 そうされていないことに、大鹿は戸惑い、同時に情けない思いで歯噛みする。
 なぜならそれは『殺し合い』になっていなかったことを示すからだ。

『なぜ、殺さぬ……! 情けをかけているつもりでござるか……!』

 トドメを刺さないということは、死告龍は大鹿を殺すつもりがないということになる。
 大鹿は殺す気で挑んだというのに、だ。
 己の決意を弄ばれているような、そんな悔しい感覚だった。
 その大鹿の血を吐くような問いに対し、死告龍はただ小首を傾げた。言われている内容がわからないと言いたげなその動作に、さらに苛立ちを募らせた大鹿が吠える。

『ふざけるなでござる! こちらの言葉が理解出来ていないとは言わせぬぞ! そのような幼稚な精神で、ここまで戦略的に動けるものか!』

 その大鹿の恫喝に応えたのは、死告龍自身ではなかった。

「いや、それはどうですかにゃー? 死告龍様は戦いの申し子だからにゃあ。最適解を見出した結果であっても驚かないにゃ」

 独特の語尾で話すフィルカードの獣人の姫・ルレンティアが自分の意見を述べる。
 勝敗が決したのを見てか、姿をくらましていた人間達が現れていた。
 砂浜に掘られた穴から出てきた彼女らは、砂まみれになってはいたが、死告龍と大鹿との戦いの余波で怪我をすることはなかったようだ。
 ログアンの姫巫女・アーミアが、服についた砂を払いながら口を開く。

「……そもそもあなたが死告龍様と殺し合いをする理由はないはず」

「そうですわ。死告龍様と大妖精様は協力関係にあるはずです。お二方が協力関係にある以上、大妖精様の眷属のあなたが、死告龍様と戦う必要はございません」

 ルィテの姫・テーナルクもアーミアに同意した。
 大鹿の攻撃でかなりのダメージを受けていた彼女だったが、そこに思うところはないらしく、自然体で大鹿に呼び掛けている。人に肩を借りて立っているものの、優れた治癒力を発揮し、動けない状態からは脱していた。
 そんな彼女に肩を貸しているザズグドズ帝国の書記官にして戦略家のバラノも、テーナルクの意見に同意する。

「規格外の魔界展開能力を見て、警戒するのは無理もありません。その要を倒さんとするあなたの判断は、あるいは正しいのかもしれません。……ですが、不確定要素が多すぎます。仮に要を崩せたとして――この広大かつ強大な魔界がどうなるか。自己崩壊するだけなら良いですが、内部にいるもの全てが死滅するという可能性も低くありません」

 死告龍は即死の力を持つ。
 眷属にもその一部が引き継がれており、それは魔界にもその性質が影響していることを示している。
 実際、炎の魔物が作り出した魔界は、要の魔物が死んだ時、魔界自体も炎となって燃え尽きたという事例もあった。
 その事例に関しては、炎の魔物がそうなるように仕組んでいたことも大きいのだが、死告龍の魔界がそうなっていない保証はない。

「いずれにせよ、この魔界に対する分析も解析も足りていません。現状のまま動くのは危険であると進言させていただきます。下手な対処は、あなたの主である大妖精様を危険にさらすと考えた方がよろしいかと」

 戦略家もであるバラノはそう結論を口にする。
 大鹿は悔しげに唸った。

『……っ、ぐぬぅ……!』

 彼女たちの推測を撥ね除けられるほどの理屈も、力も持ち合わせていなかった。
 いずれにせよ、死告龍との戦いに敗北した以上、大鹿にできることは何もない。
 負けを認めて、死告龍の排除を諦めるしかなかった。

『……参った、でござる』

 密かに練り上げていた雷を霧散させ、大鹿は脱力する。
 頭を抑えられた状態でのその行為は、相手に生殺与奪を完全に委ねる証だった。
 死告龍は油断無く大鹿の頭部を抑え続け、人間たちはほっと一息を吐く。

「納得してくれてありがたいにゃ。大妖精様の眷属であるあなたには、色々と聞きたいことがあるからにゃ」

「そうですわね。ともあれ、あなたの主と合流いたしましょう。……と、それより前にセイラさんと合流する必要がありますわ」

「セイラさんはあなたに会いに行ったはず。彼女はどうしたの?」

 アーミアの問いに、大鹿は気まずそうに目を反らしながら応えた。

『あの者は無事でござる。大人しくしていてもらうため、拘束はしたでござるが――』

 そういって、大鹿が聖羅を置いてきた場所を伝えようとした時。
 それは起きた。

『すべての眷属に告げる! 私の元に来て、セイラの守護を最優先! 彼女を護って!』

 大妖精の焦った声が聞こえると同時に、森の一角から光弾が撃ち上がる。
 それが緊急を告げる言葉で、現在地を示す合図だと、その場にいる誰もが理解する。
 即座に動いたのは、死告龍だった。
 抑えていた大鹿の頭部から手を離し、光弾が打ち上げられた元へ猛速度で飛んでいく。
 解放された大鹿がフラつきながらも立ち上がり、駆け出す。

『バカな……なぜ我が主の元に……!? 急がねば!』

「あーみん! 回復魔法を! てーなるん、バラノ、付いてくるにゃ!」

 ルレンティアが即座にアーミアを抱え上げ、大鹿と並走する。抱え上げられたアーミアは走ることに意識を裂かずに済む分、大鹿へと回復魔法を唱えた。
 テーナルクとバラノも遅れて彼女たちに続く。
 アーミアの回復魔法によって、若干持ち直した大鹿は、悔しげな顔をしつつも、礼を言った。

『かたじけない! いまはありがたく受け取るでござる!』

「礼には及ばないにゃ! 緊急事態なんだにゃ!?」

『うむ……我が主の結界を突破しうるとは……! なんなのだ、死告龍という存在は! 本体も眷属も規格外すぎる!』

「死告龍様の眷属の仕業なのですか?」

『そうとしか考えられぬ! 仮にキヨズミセイラが何らかの方法で我が拘束を解いて、独力で我が主と合流せしめたとしても……我が主はあのような行動は取るまい!』

「……確かに、あれは大妖精様かセイラさんに危機が迫っている様子でしたわね」

「貴方の行動を止めるため……という線もありましたが、それならそうといえばいいだけですしね」

 話しながら走る一体と四人。
 そんな彼らの周りを、大鹿と同様、大妖精の眷属らしい魔物たちが併走していた。
 いずれも大鹿に負けず劣らずの大物ばかりだ。

「眷属がまだこんにゃに……!? なぜ、全員でかからなかったにゃ?」

 ルレンティアは周りにいる眷属たちの力量を見て、率直にそう尋ねた。
 大鹿が単独ではなく、複数の眷属と連携していたら、もしかすると死告龍を倒し得ていたかもしれないからだ。
 その問いに対し、大鹿は顔を顰め、何も答えなかった。代わりに口を開いたのは、ルレンティアに抱えられているアーミアだ。

「ルレンティア、本体と眷属の関係を考えると簡単。大妖精様はセイラさんを守る立場」

 糸口を示されれば、ルレンティアも察する。

「なるほどにゃ。本来は戦ってはいけないわけだにゃ。なのに戦えば、契約不履行で本体にも他の眷属にもダメージが入る。それを軽減するために、独りで挑まなければならなかった、と」

「そういうこと……普通はしない」

 それだけ大鹿が死告龍の存在を危険視していたということなのだ。
 疑問が晴れたところで、遠くの方から炸裂音が轟いてきた。それも複数。

「今度はなんにゃ!?」

「恐らく、大妖精様の眷属が相手をしていた敵が、森を破壊し始めたのでしょう」

 そう端的に告げたのはバラノだ。
 策略家たる彼女の言に、周りの眷属たちから肯定の反応ある。
 ルレンティアはなるほど、とバラノの戦略眼を評価した。

(そういえば、この鹿も最初は死告龍の眷属らしき蜘蛛を倒していたにゃ……他のそこかしこで、同様の睨み合いが発生していた、ということかにゃ? けれど、それならなんであの蜘蛛だけ森の中に……?)

 ルレンティアはそう考え、そのうちほとんどは正鵠を射ていた。
 最後の疑問については、彼女にわかるはずもない。
 テーナルクとバラノを取り逃がした大蜘蛛が、上位者にその失態を責められ、功を焦っていたなどということは。
 無論わからないままでも、否が応でも事態は進む。
 進行方向で、一際大きな爆発が起きた。

「まずい……ッ! 伏せるにゃ!」

 とっさにルレンティアはアーミアを懐に抱えたまま、大鹿の影に伏せる。
 一拍遅れて、テーナルクとバラノもルレンティアたちがいる場所に伏せた。
 大鹿が前方に防御魔法を張るのと同時に、強烈な衝撃波が過ぎ去っていく。
 轟音が森中に響き、大気を震わせた。

「砲撃魔法でも暴発させたのにゃ!? 耳がいたいにゃあ!」

 ルレンティアの耳は獣の耳であるため、人間のそれと違い、伏せることができる。
 だが、それをしてなお、轟音は彼女の耳をつんざき、頭痛まで引き起こしていた。
 彼女の耳が良すぎることもあるのだが、他の者も顔をしかめずにはいられない、凄まじい轟音であった。

『主……!』

 爆風を凌いだ大鹿が再度駆け出す。それにルレンティアたちも続いた。
 そして彼女たちは見た。
 前方に見えた森の一部が、爆発によってすり鉢状に吹き飛んでいる光景を。
 クレーターの底に、先に聖羅の元に向かっていた死告龍が横たわっているのを。
 その上空で清澄聖羅が、大妖精ごと結界に囚われている様を。

 そして、更に上空に――実に禍々しいフォルムをした七つ首の竜が君臨していた。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第八章 2


 上空には禍々しい姿をした八つ首の竜。
 そのすぐ下に聖女・清澄聖羅と大妖精・ヨウが、幾何学模様の結界の中に捕らえられている。
 さらに彼女たちの下、地面に出来たクレーターの中心部に、子犬ほどに小さくなった死告龍・リューが横たわっていた。

 そんな場に駆けつけたのは、四人の人間と、数多の魔物たち。
 ルィテ王国の姫・テーナルク、北の国ログアンの姫御子・アーミア、南の湖国の獣人姫・ルレンティア、東の大国ザズグドズの戦略家にして書記官・バラノ。
 彼女たちは各国の要人である。
 ヨウの眷属である大鹿。その雄々しい角の片方は折れ、いまにも倒れてしまいそうなほど消耗している。
 ヨウの眷属は大鹿の他にも数体その場に集っており、主たるヨウの危機に気炎をあげていた。

『貴様……っ! 我が主を放すでござる!』

 満身創痍でも気力だけは衰えていないのか、大鹿が八つ首の竜に向かって吠えた。
 空に浮かぶ八つ首の竜は、そのハ対の瞳で、地上にいる者達を見下ろしている。

『ふん、いまさら貴様ら眷属風情が何匹集まろうと無駄なこと』

 八つの首がそれぞれ魔法を唱え、首ごとに違う属性の魔法を紡ぎ出し始める。
 その膨大な魔力の渦を前にして、相対した者達の身体が強張った。

『くっ……! 雷よ!』

 大鹿は力を振り絞って対抗魔法を唱えたが、魔法が激突した結果、衝撃波が襲いかかってその巨体がなぎ倒される。
 その他の魔法については、大鹿以外の眷属が迎撃したり、結界術を得意とするアーミアが防いだりしたが、力の差は歴然だった。

「なんて強さだにゃ……! いままでの死告龍の眷属に比べて、桁が違いすぎるにゃ!」

 全身の毛を逆立て、ルレンティアが唸る。

「でも、おかしいです! 死告龍様と大妖精様は契約を結んでいるはず……なら、眷属同士が争うことはしないはずですのに……っ」

 侵略国家であるザズグドズ帝国に所属するバラノはそう呻く。
 侵略が国是である帝国では、侵略する対象は人間の国家だけではない。
 むしろ魔物が治めている地域こそ、帝国にとって積極的に攻略する対象だった。
 それは魔族との戦いが頻繁に起こるということでもあり、当然その魔物に対する対策というものが積極的に練られている。
 その常識からすると、一時的にとはいえ、主同士が一定の友好関係にある場合、眷属同士でも争うことはなかった。
 通例を踏まえた疑問に、八つ首の竜は平然と応える。

『なに、簡単な話ですぞ? 確かに主の交わした契約はその眷属にも影響を与える……ですが、その眷属が主を超えた存在になれば、主の交わした契約に縛られる道理などありません』

「主を超えた、存在……?」

 四人の人間の中で、魔物の眷属に関して最も詳しいのはアーミアだ。
 特定の魔物とその眷属と交流を古くから続けているログアンの姫御子である彼女は、それだけ魔物と眷属との交流も深い。

「眷属の力が強くなりすぎて、主の眷属じゃなくなるってこと……? そんなこと、聞いたことない」

『普通はないでしょうな。……実際、我が主がその力の大半を失わなければ、超えることなど、とても敵わぬことだった』

 得意げに、しかしどこか寂しげに八つ首の竜は呟く。
 その瞳の一部は、地上のクレーターの中心に倒れたまま動かないリューへと向いている。

『しかし、こうなった以上は儂こそが、この魔界の主に相応しい力を有する――誰にも邪魔はさせませぬ』

 八つの竜から、再び膨大な魔力があふれ出す。
 そのあまりに強大な力を前に、居合わせた者達の間に絶望が広がった。




――少し時間は巻き戻る。

 大鹿を説得する役割を担い、単独で森の中に入った清澄聖羅。
 大妖精の元まで案内するように大鹿に頼むことには成功した聖羅だったが、話の中で死告龍が弱体化していることを大鹿に話してしまい、大鹿に決死の覚悟を決めさせてしまう。
 自分の命と引き替えにする覚悟を持った大鹿によって聖羅は森の中に拘束され、置き去りにされてしまったのだ。
 そんな彼女を助けてくれたのは、彼女の夢の中にたびたび現れる『月夜の王』アハサ。
 彼は聖羅を拘束していた植物の蔦を枯らして彼女を解き放ち、さらには魔力の流れを見ることが出来るようにする『目』を貸し与えた。
 そのアハサの助けのおかげで、無事大妖精・ヨウの元にたどり着くことに成功した聖羅であったが、そこで想定外のことが起きた。

 大妖精・ヨウの元には、先客が存在したのだ。

 ヨウは彼女を守るように展開する植物の蔦の籠の中で丸まり、目を瞑っていた。眠っているようにも見える。
 そんなヨウの前に、人型の『何か』が立っていた。
 それは一見、人間の老紳士のように見えたが、その場違いなほど余裕のある態度や、森の中を進んで来たとは思えない豪華な衣服など、違和感の大きな姿だった。
 そしてなにより、月夜の王・アハサから借り受けた『目』を有する聖羅には、その老紳士が警戒しなければならない存在だと理解出来た。

(こ、この人の全身から……明らかにおかしい量の魔力が溢れ出してます……! 顔が、よく見えません……!)

 聖羅の接近に気付いて振り返った老紳士の顔は、その身体から立ち上る怪しげな光によって、覆い潰されていたのだ。
 明らかに普通の人間ではありえない、と聖羅は直感していた。
 聖羅にとって、魔力が見えるようになってから初めて見る人の姿であったが、その確信があった。
 魔力を感じられない聖羅には、その魔力らしき光が本当に禍々しいのかどうかまではわからなかったが、見た目だけでも十分警戒するべき対象に見えたのである。
 思わず固まってしまった聖羅を、その老紳士も認識し、ヨウの方を向いていた身体を聖羅へと向ける。

「これはこれは……キヨズミセイラ様ではありませんか。貴女様が単独でいらっしゃるとは……少々意外でしたな」

 本気で意外に思っているらしい声音だった。
 聖羅は警戒は解かないまま、茂みをかき分けて老紳士の正面に立つ。

「……わたしのことを、ご存じなんですか?」

「無論、存じ上げておりますとも。我が主が懸想しておられる方ですからな」

 その声音は柔らかく、友好的なように感じる。
 だが聖羅は元の世界で培われた警戒心から、その言動に引っかかるものを感じた。

「あなたはヨウさんの眷属ではなく――リューさんの眷族の方、で間違いありませんか?」

「我が主を、そのような間抜けな名で呼ぶのは止めていただきたいですな」

 強い拒絶の念が、その言葉には籠もっていた。
 いままでその呼び名について、そういった反応を受けたことはなかったため、聖羅は息を呑む。

「……失礼しました。あなたは、死告龍さんの眷属の方ですか?」

「ええ、そうですよ。我が主の最初の眷族として、この魔界に誕生しました」

 誇らしい様子だった。
 だが、聖羅を見る視線には、友好的な気配は微塵もない。
 聖羅は身を竦めながら、問いかけを続ける。

「死告龍さんが弱体化していることを、ご存じですか?」

「ええ、もちろん存じておりますとも。……貴女様のせいでね」

 魔力を感じられないはずの聖羅が、肌に突き刺さるような刺激を、悪寒を感じた。
 聖羅の『目』には、老紳士の身体を覆う光が、一際大きく膨れあがるのが見えていた。
 それは一定の大きさまで広がると、ゆっくりと元の大きさに戻っていったが、それはまるで怒りを堪えて震えているようにも見えた。
 思わず数歩後ずさった聖羅に対し、老紳士が纏う怪しげな光は益々大きく波打つ。

「ああ、本当に貴女様はただの人なのですな。いや、ただの異世界人というべきですか。存在自体は確かに希少も希少。……ですが、本当に解せない。我が主はなぜこのような女をツガイに、と」

 怒りを滲ませてぶつぶつと呟く老紳士の姿を見れば、聖羅も何を問題視しているのか察することが出来た。
 恐る恐る、問いかける。

「あなたは、死告龍さんがわたしを気にかけているのが、気に入らないのですか?」

 その問いかけが届いた瞬間、老紳士の輪郭がゆらりと揺らいだ。

「……逆にお聞きしますが、貴女如きが、我が主に気に入られてしかるべきだとお思いで?」

 声には憤怒が籠もっていた。

「我が主は至高の存在。この世界において並び立つ者のいない、究極の存在なのです。人間の王は無論、いかなる魔王も我が主に並び立つには力不足……だったというのに!」

 爆発的に老紳士の質量が増大し、その本性を露わにする。
 八つの首を持つ大きなドラゴン。太い四つ足は像よりも逞しく、その尾は鋭いトゲも相成って凄まじく攻撃的だった。八つの首を支える胴体には巨大な翼も生えており、ただでさえ巨体の身体を更に大きく見せている。
 本来の死告龍の大きさをも遙かに超えた巨躯は、八つ首であることもあってか、威圧感は八つ首の竜の方がよほど大きい。
 八対の目から睨み付けられた聖羅は、身体を縮ませ、息を呑むことしか出来ない。
 そんな聖羅の、人間としては真っ当な反応。
 それに対し、八つ首の竜の全身から、より強い憤慨が燻る。

『こんな程度の! 我が真の姿に怯えて動けぬ程度の! 愚かでか弱い人間に懸想しているなど! そんなことが許されるとお思いで!?』

 聖羅は死告龍という存在と交流を深める内に、ドラゴンの姿には慣れていた。
 しかし、いま聖羅が目の前にしている八つ首の竜は、死告龍を相手にするのとはまるで違う。
 彼は敵意を持って睨み付けてきているのだから当然だ。
 飼い犬と毎日触れ合い、犬という存在に慣れている人間でも、他人が飼う大型犬が牙をむき出しにし、吠えてきたら恐怖を感じずにはいられないだろう。
 まして、いま聖羅が相対しているのは、人間を一呑みに出来そうなほど巨大な竜なのだから。
 牙から滲んだ毒液が、地面に落ちる。その部分の地面が溶け、湯気があがった。
 その恐ろしい形相も相成って、聖羅は何も応えられなかった。
 聖羅の一般人としては極普通な反応を受け、八つ首の竜は不満げに呟く。

『我が主は究極にて至高……でなければ、私が仕える価値がない。貴女のような凡人に現を抜かすようなことは許されないのですぞ』

 ゆえに、と竜は続ける。

『我が主が、儂の主として不適格であるならば――望ましい主に儂がなればいい。そのために、主を惑わし、力を切り離させ、さらに力を蓄え、魔界に対する支配力を増したのです』

「そんな……無茶苦茶な」

 思わず聖羅はそう呟いていた。
 この眷属は、主が気にくわないから、その主に成り代わろうとしている。
 理屈としては、まず主を諫めるのが順番として先ではないのか。
 自分に相応しい主を得ようと、自分が主になるというのは、破綻した理論ではないか。
 そう思いはしたものの、目の前に敵意溢れる竜の頭部がある状態では、相手を刺激するようなことは口に出来ない。

『我が主と儂の力関係はすでに逆転しております。いまだ主と眷属の関係に縛られる部分はありますが……それも時間の問題でしょう。主が切り離した力の大半を儂が取り込んだ時、儂は全ての柵から解き放たれ、究極の存在へとなれる』

 八つある首の内ひとつが、聖羅を喰らわんと動いた。

『貴女に何が出来るとも思えませんが……勝手に動かれても面倒です。ここで捕らえておきましょうか』

 当然ながら、魔法の使えない聖羅がそれに対応することなど出来るわけもなく。
 迫る顎を呆然と見詰めることしか出来なかった。
 だが。

『――させないわ!』

 その場には、彼女を守護することを誓った大妖精・ヨウがいた。
 何重にも展開した蔦の結界の中から飛びだしたヨウは、破砕した結界の光を目くらましに、一瞬で聖羅の元に移動した。
 だがそれは、八つ首の竜の想定内であった。

『ようやく、出て来てくれましたか』

 聖羅を抱えて逃げようとした大妖精の周囲を、八つ首の竜が生み出した結界術が囲む。
 結界は大妖精の移動を制限し、聖羅ごとその場に縛り付ける。
 大妖精もまた魔法を唱えてその結界に抵抗しつつ、上空に向けて光弾を撃ち出した。

『すべての眷属に告げる! 私の元に来て、セイラの守護を最優先! 彼女を護って!』

 上空に撃ち出された光弾は煌々と光り、彼女たちの場所を周囲に知らしめる。
 だが、八つ首の竜は動じなかった。

『いまさら無駄な足掻きを……』

 そうしている間にも、聖羅と大妖精を包む結界は十重二十重に練られ、彼女たちの自由を指先のひとつに至るまで奪っていく。
 全身を締め付けられる息苦しさを感じつつも、大妖精は不敵に笑った。

『残念だけど、こうなった以上は、賭けるしかないのよね……』

 その言葉と同時に、森の一角が吹き飛んだ。
 瞳を真っ赤に輝かせた、死告龍が現れた。
 八つ首の竜は即座にそちらに向き直った。

『おお、我が主! ずいぶんと、お労しいお姿で!』

 言葉だけなら、主の身を案じる忠臣の姿だ。
 だが、聖羅はそこに嘲りのニュアンスを感じた。
 それは死告龍・リューにも伝わったのだろう。
 益々その瞳を激怒に輝かせる。

『おまえ……! セイラに、なにしてる!』

 一喝すると同時に、いまの死告龍の体格からすれば、凄まじいサイズのブレスを一呼吸で放った。
 黒い光が宿っていないそれは、即死属性をあえて込めなかったのだとわかる。
 森に即死のブレスが当たらないようにという配慮が見えた。
 そんなブレスを、八つ首の竜は空中に飛び上がることで避ける。

『我が主よ……それは愚行でありましょう!』

 上空に逃れた八つ首の竜が、それぞれの首の口からブレスを死告龍に向かって放つ。それもまた即死属性が込められていない素のブレスであった。
 リューはそれを打ち消そうと連続でブレスを吐いたが、体格の差と数の差は如何ともし難く、為す術もなく押し切られる。
 複数のブレスに押し潰されるようにリューが地面に激突し、大爆発が起きた。

「リューさんッ!」

 聖羅の悲鳴が森の中に木霊する。
 砂煙が晴れた時、森の中に出来た巨大なクレーターの中心に、リューが横たわっていた。
 そこにようやく、ヨウの眷属達と、四人の人間達がやって来た。

 しかし、彼女たちが加わっても――八つ首の竜を止めるには至らなかった。




 捕らえた人々から膨大な魔力を吸いあげ、さらに強大な魔法を放とうとする八つ首の竜。
 ヨウと共に捕らわれている聖羅は、何も出来ずにそれを見詰めるしかなかった。

(このままでは、皆さんが……!)

 八つ首の竜という、あまりに強大な魔族を前に、テーナルクたちは満足に動くことも出来ないようだ。
 聖羅は彼女たちがリューと相対したときのことを思い返す。
 あのとき、リューは友好的な態度とは言いがたかったが、それでも彼女たちに対して敵意や殺意を抱いていたわけではなかった。
 それでも、強大な存在を前にして、ルレンティアに至っては体調を崩すほどの重圧を受けてしまっていたのだ。

 その時のリューに匹敵する存在の八つ首の竜が、殺意を向けている。

 彼女たちの身体は蛇に睨まれた蛙の如く、硬直してしまっていた。
 頼みの綱だった大妖精のヨウは聖羅と共に囚われの身にあり、とても彼女たちを助ける余裕はない。
 彼女の眷属たちは魔法の発動を止めようとして突撃を仕掛けているが、八つ首のいくつかが軽くあしらっていた。
 大鹿はすでに死に体であり、死告龍本体は地面に横たわったまま動かない。

(誰か……!)

 死告龍相手でも臆することのない存在は限られている。
 聖羅は、その数少ない存在である、この国の王族達を思い浮かべたが、ルィテ王国の国王たるイージェルドは、魔界の外に脱出しているとアハサから聴かされていた。
 その弟で、軍事関係の責任者であるオルフィルドは魔界にいるはずだったが、彼がいまどうしているかはわからない。すでに囚われている可能性もある。
 死告龍レベルの魔物に対抗出来る者はそうそういるものではない。
 仮に騎士や兵士が無事に残っていたとしても、助けにはならないだろう。
 そこでふと――聖羅は思考の隅に引っかかるものを感じた。

(あれ? そういえば『あの人』は、リューさんに、全く怯んでなかったような……?)

 当時、聖羅はリューやヨウと意思疎通が出来なかったため、そのことを気にする余裕もなかったが、死告龍や大妖精といった存在を相手にしても、全く怯んでいなかった存在がいたことを思い出した。
 いまから考えれば、それはとても不自然なことだった。
 各国の要職に就いていて、対策をしていたはずの四人の女性達ですら、死告龍や大妖精相手に怯んでしまったというのに。

 何も持っていないはずの『彼』は――彼らに怯んでいなかった。

 そのことを聖羅が思い出した時、地面に倒れたままだったリューが起き上がる。
 大きく口を開き、黒い光がその口内から溢れた。
 今度は、即死属性を有するブレスだ。上空を飛ぶ八つ首の竜に向かって放てば、森にブレスは当たらない。
 それにいち早く反応した八つ首の竜は、三つの首の口内にブレスを溜める。

『無駄なことを……! 儂もまた即死属性を持つということをお忘れか!』

 残りの五つの首の内、四つが魔法を放つ動作を続けている。
 例えリューが即死のブレスで押し切ったとしても、同時に放たれる魔法がリューたちを穿つだろう。
 攻撃と防御、両方同時に行うことは、いまのリューには出来ない。

 リューのブレスと、八つ首の竜のブレスが激突する。

 八つ首の竜は、リューのブレスを相殺することを狙っていたらしく、同等の力を持つブレス同士は触れあった瞬間、大きな爆発を起こした。
 本命はその爆発の中で放たれた強力な魔法攻撃だ。
 攻撃の直後で動けないリューや、動く余裕もないテーナルクたちを八つ首の竜の魔法が襲う――寸前で打ち消された。

『なにっ!?』

 八つ首の竜が驚く。
 ルィテ王国の王族のひとり――完全武装したオルフィルド・ルィテが、テーナルクたちを庇う位置に立っていた。
 その身を覆う鎧には幾何学模様が浮かび上がっており、魔法を打ち消したのはその力であると、魔法の知識の無い聖羅でも察することが出来た。
 それだけではなく、オルフィルドはリューに向かって手を翳しており、それが生み出したと思われる結界が、リューへの攻撃も防いでいた。

「叔父様!」

 思わず、といった様子で歓喜の声をあげたテーナルクに、オルフィルドは微笑みを返した後、その鋭い目で八つ首の竜を睨み付ける。
 八つ首の竜は新たに現れ、自分の攻撃を防いだ存在に警戒心を持ったが、人間ならばいまの彼にとって恐れるほどの存在ではない。
 だから、ほんの少しだけ、気が緩んだ。
 その気の緩みは、戦場において致命的な隙だった。
 空を飛ぶ八つ首の竜より、さらに上空からの奇襲を見逃してしまうくらいには。

 空から降ってきたその者――ヴォールドの渾身の一撃が、八つ首の竜に炸裂した。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第八章 3


 その日の真夜中。
 ルィテ王国に住む者達は、国の滅亡を覚悟した。

 空を飛ぶ魔物に対応するため、国の上空に張り巡らされている大規模な結界。
 王国屈指の魔術師たちが協力して張り巡らせたそれは、仮に質量の大きな巨石が飛来したとしても完璧に凌ぎきるほどの防御力を有する。
 戦略級の魔法兵器でさえ、ヒビを入れるのがせいぜいだろうその結界が――わずか一撃で砕かれたのだから、そう覚悟するのも無理はなかった。
 そんな芸当が出来る存在を、彼らはよく知っている。

 この世の全ての存在に死を告げる龍――死告龍。

 ルィテ王国を護る大結界を一撃で粉砕した漆黒の龍は、大胆不敵にも王城の中庭へと直接降りてきた。
 その圧倒的な威圧感と存在感を前にしては、王宮に勤める騎士や兵士でさえ、まともに応対することが出来ない。
 その場でブレスを吐かれれば、それだけで何百といる城勤めの人間が死ぬだろうと考えれば、下手に動けないのも無理はなかった。
 幸いにして死告龍は問答無用でブレスを吐くことはしなかった。
 ただ、何かを探すように周囲に集まった人間達を睥睨するのみだ。
 そんな死告龍の元に、ルィテ王国の頂点――国王イージェルド・ルィテが進み出る。

「……如何様かな、死告龍殿」

 彼の身を包むのは国宝級の装備品の数々。
 その手に持つ杖は、魔法を補強する物品としては、世界に数えるほどしか存在しない至高の杖だった。
 しかしそれほどの品々で身を固めていても、イージェルドは死告龍に勝てないことを理解していた。
 ゆえに対話を試みる。
 相手の意図を見定めると同時に、少しでも時間を稼ぎ、一人でも多くの国民を逃がす必要があった。こうしてイージェルドが会話している間にも、彼の指示で城下町の民を逃がしているのだ。
 自らの命は捨てる覚悟で、死告龍との対話に臨んだイージェルドだったが、死告龍は思いがけないことを口にした。

『りょうりにん?っていうのが欲しい』

 幼い声音で放たれた端的な命令。
 死告龍がドラゴンの中では幼い部類であることを、イージェルドはこのとき改めて実感した。
 死告龍の存在が噂されるようになって、まだそれほど長い年月は経っておらず、死告龍が年齢的には幼いドラゴンであることは簡単に推測がつく。
 それなのに通り名が世界に知れ渡っているのが異常なのだ。それだけ、死告龍の戦闘力がずば抜けて高いことを示している。
 イージェルドはそのことを噛みしめつつ、死告龍の目的を新著云為尋ねた。

「料理人が欲しいのかい? ……理由は聞いても構わないだろうか?」

『必要だから』

 死告龍は端的に返す。
 イージェルドはその時点で詳しく理由を尋ねるのを断念した。
 他国の王族たちとの舌戦に関してならば、イージェルドも負ける気はしなかったが、今回の相手はそういった交渉術が意味を成さないからだ。
 下手に情報を引き出そうとして、死告龍の気分を損ねれば国が滅ぶ。
 ルィテにのみ存在する者を探しに来たのならともかく、料理人であればルィテ王国でなくともいい。
 そう思い至れば、死告龍は攻撃を躊躇することをしないだろう。

「わかった。我が国の誇る料理人を選出しよう。少しだけ時間をもらっていいかな? すぐに連れてくる」

 死告龍はぴくりと顔を引き攣らせたが、渋々と言った様子で頷いた。

『なるべく早く。急ぐ』

 そういってイージェルドから視線を外した死告龍は、中庭の周囲に集まって、イージェルドと死告龍が会話するのを見詰めていた兵士や騎士を見渡す。
 彼らも職務上、決死の覚悟でいたのだが、死告龍が尻尾で地面を打つと、蜘蛛の子を散らすように顔を引っ込めた。

「グルル……」

 不機嫌さを隠そうともしない死告龍は、軽く唸る。
 一瞬、口内に黒い光が滲んだが、思い直したのかその光はすぐに収まっていった。
 いまにもブレスを吐きそうな危うさを感じたイージェルドは、頬を冷や汗が流れるのを感じた。
 死告龍を刺激しないよう、兵士や騎士に見えない場所まで後退するように命じつつ、その場を離れたイージェルドは、頭をフル回転させる。

(どうする? 料理ではなく料理人を求める以上、どこかに連れて行くつもりだと考えるべきだ……だが、死告龍と相対してまともに動ける料理人など……)

 戦いが専門の兵士や騎士でさえ、死告龍の強大な存在感を前に怯えているのだ。
 普通の料理人がそんな死告龍に連れていかれて無事に済むわけがない。
 最悪、死告龍に相対した段階でショック死する可能性もある。
 普通の料理人は死告龍級の魔物と相対することを想定していない。
 そう――『普通』ならば。

「兄……いや、陛下。こちらにいたか」

 一人の候補に思い至っていたイージェルドは、まさにその候補が目の前に現れたことになんとも複雑な表情を浮かべた。
 職人らしい気難しげな相貌に、屹然とした表情を浮かべてその彼はイージェルドに声をかけていた。
 城の厨房に勤める、料理人の一人。
 城に勤める料理人は多く、イージェルドも全ての料理人の名前を把握しているわけではない。しかし、その彼については把握していた。

「ヴォールド」

 彼の名前を呼んだ時のイージェルドの声は、複雑怪奇な声音だった。
 安堵と苦悩と、その他色々な感情が篭もっていて、一言で表すことはとても出来ない。
 一方のヴォールドは普段と全く変わらぬ様子で、進言する。

「俺に行かせてく――ださい」

「……わかっているのかい。相手は死告龍なんだよ」

「だからこそ、だ。俺以上に適任はいないだろ――でしょう」

「いまは言葉使いは気にしなくていいから。不問にする」

 そうイージェルドが告げると、ヴォールドはニヤリと笑った。
 彼との付き合いが長いイージェルドはそれが微笑みの類いであるとわかったが、わからぬ者が見れば不敵すぎる笑みだ。
 ヴォールドは片手で頭を搔く。

「そう言ってくれると正直助かるぞ。兄貴に対して畏まった口調は、どうにも違和感が強くてなぁ」

「こら。そこまで砕けるんじゃない。いまのお前は弟ではあっても、王族ではないんだからな」

 そう窘めつつ、ヴォールドがそういう人間だとよく知っているイージェルドは、諦めていた。
 城の厨房に勤める料理人・ヴォールド。
 彼はその我が道を行く破天荒な性格に育ち、王族に最も必要とされる交渉力を欠如しており、料理という道を究めたいという目標を持ってしまったことから――その王位継承権を放棄し、王族という身分を捨てた存在だった。
 王族であったときの名をヴィグォルドという。
 現国王イージェルドの弟であり、軍事部門の責任者であるオルフィルドの兄だ。
 彼はヴォールドと名前を変え、一介の料理人としてルィテ王国のために働いている。
 ちなみに、後にイージェルドの娘であるテーナルクが料理をしていると告げた際、イージェルドが苦い顔をしたのは、料理に傾倒する余り王位を捨てたヴォールドの存在があったためである。

「で、兄貴。どうする? 早くしないとまずいだろう?」

 ヴォールドはイージェルドの複雑な心境を知ってか知らずか、そう問いかけてきた。
 イージェルドは腕を組んで考え込みながらも、答えはほぼ出ているようなものだった。

「……確かに、死告龍と相対して死なずにいられそうな料理人は、お前くらいなんだよなぁ」

 ヴォールドは王位継承権を捨てたが、捨てるまでは王族としての教育や鍛錬を積んでいた。残念ながら政治的な能力は開花しなかったが、代わりに彼は純粋に強かった。
 魔法に関してはイージェルドの方が高度なものを会得していたが、代わりにヴォールドは体術においてはイージェルドには出来ない水準のものを体得している。
 現国王たるイージェルドは貴重な装備品を身に付けているため、実際の戦闘ではイージェルドに分があるが、素のままの戦闘力でいえば、勝るとも劣らないものをヴォールドは有しているのだ。

(そういう意味では、いまこの瞬間こそ、ヴォールドを最大に活かせるかもしれないな)

 ヴォールドは強い。
 しかし、継承権を放棄したとはいえ、元王族である彼は気安く表に出すことの出来る存在ではなく、国としては『万が一の時のための切り札』という役割しか与えられなかった。
 だが死告龍という国の危機であるならば、その切り札を切る理由になり得る。

「……うん。やはりここはお前に行ってもらうしかなさそうだ」

 イージェルドは総合的に考えてそう判断を下した。
 ヴォールドは野性味溢れる顔で、にやりと笑う。

「ああ、任せておいてくれ。なあに、料理人を求めるってことは殺す気はないんだろう。もしかすると、俺が死告龍の胃袋を掴んで懐かせてしまうかもしれないぜ」

「ははっ。そうなったらいいけどねぇ……まあ、無理はしないでいい。不興を買わないように気をつけてくれ」

「もちろんだ。俺も死にたくはないからな」

 イージェルドとヴォールドは頷き合い、死告龍の待つ中庭へと向かった。
 待たせていたのは短い時間だったが、死告龍にとっては長い時間だったようだ。
 イライラと尻尾を地面に叩きつけていたが、イージェルドの姿を認めるとぴたりと動きを止める。

『やっと来た。おそい』

 ぴりぴりとした苛立ちの波動を受け、イージェルドは内心肝が冷える。
 王族の矜持として表に出すことはしなかったが、普通の人間なら全身から冷や汗が流れて止まらなかっただろう。
 一方、そんなイージェルドの隣に立つヴォールドは、いつもと変わらぬ様子だった。

「お初にお目にかかります、死告龍。私が料理人のヴォールドと――」

 外行きの口調と振る舞いで挨拶をしようとしたヴォールドだったが、死告龍が口を開いて首を伸ばし――端的に言って噛みついて来たため、思わず全力で避けた。
 目の前でガチンと牙と牙が当たる音を聞き、さすがのヴォールドも青ざめる。
 外したことを知った死告龍は、苛立ちを募らせる。

『なんで、避けるの?』

「いやいやいや! 誰だって避けるわ!」

 思わず素のままの言葉遣いで死告龍に抗議したヴォールドに、傍で見ていたイージェルドは青ざめた。
 だが、幸いそれが死告龍の怒りに触れる前に、『あ』と口を開け、死告龍は何か思い出したようだ。

『そうだ。人間はくわえて運んじゃダメなんだった』

 ただ運ぼうとしていたことを知り、一瞬安堵が広がる。
 その安堵を握りつぶすように、死告龍は前脚で器用にヴォールドを掴みにかかった。
 今度は避けられなかったヴォールドは、再度声をあげる。
 とっさに身体強化の魔法などをフル活用して耐えられるヴォールドでなければ、掴まれた時点で重傷だっただろう。

「いででで! だ、からっ、殺す気か!? 力加減を考えてくれ!」

『むー、うるさい。……これでいいの?』

 言うことを聞いたというには渋々だったが、一応力は緩めたようで、ヴォールドは安堵の息を吐く。
 その頬には一筋の冷や汗が流れていた。

「俺じゃなかったら、内蔵飛びだして死んでたぞ……おぉっ!?」

 ヴォールドの台詞が終わるのも待たず、死告龍は翼を広げて空へと舞い上がる。
 イージェルドはそれを呆然と見送るしかなかった。
 文字通り嵐のように去って行ったのを確認すると、深く息を吐く。

(まあ、あいつならなんとかしてくれるか……頼むぞ)

 気持ちを切り替えたイージェルドは即座に周りの者に命じ、退去命令の撤回と結界魔法の張り直しなどの指示を出していく。
 後始末にかかる苦労は甚大だった。
 そんな負担をルィテ王国にかけた気などさらさらない死告龍は、ヴォールドを掴んだまま高空を高速で移動する。
 魔法を使って環境に適応したヴォールドは、死告龍に尋ねてみることにした。

「なあ、どこに向かってるんだ?」

『お婆ちゃんのところ』

「……まさか始祖龍のことか?」

『なにそれ?』

「……あー、山のように巨大なドラゴンのことなんだが」

『そう呼ばれてるの? お婆ちゃんは確かに山みたいにおっきいけど』

 ヴォールドは人間の間で最大最強のドラゴンと呼ばれているドラゴンの元に連れていかれようとしていると知り、思わず遠い目になった。
 死告龍にも怯まないヴォールドではあるが、恐怖心がないわけではない。

(冗談じゃないな……俺でも震えが来るってのに……料理長のじいさんを行かせなくて本当に良かった)

「そこで何をさせたいんだ?」

『餌を……いや、りょうりっていうんだっけ? それを作って』

「食べたいのか?」

『違う。食べさせたいの』

「……始祖龍に?」

 話の流れ上、仕方なかったがヴォールドはそう尋ねた。
 だが、死告龍は話がうまく伝わらないことに苛立ってしまう。

『ちーがーうー! 行けばわかる!』

 ヴォールドはこれ以上聞き出そうとすると無闇な刺激になってしまうと判断し、質問を止めることにした。

(行けばわかるっていうなら、いますぐ聞き出すこともないか)

 ほどなくして、死告龍に連れられたヴォールドはとある山の一角にたどり着いた。
 そこは相当数のドラゴンの気配がそこかしこから漂ってくる、魔境も魔境だった。
 ヴォールドは人間であるがゆえに気配だけではそこまで影響は出なかったが、気配に敏感な魔物などにしてみれば恐怖の対象でしかないだろう。
 まだマシなヴォールドでさえ、全身を走る悪寒に気が遠くなったほどだ。
 その山の一角。死告龍が入れる大きさの洞窟の前に降り立った死告龍は、ヴォールドを無造作にその場に放り捨てる。
 周りの気配に気を取られていたヴォールドは、受け身も上手く取れずに地面に投げ出された。

「どわっ! おまえな……! 乱暴に扱うのもいい加減に……」

 一言文句を言ってやろうと口を開き賭けたヴォールドだったが、その前に視線を観じて残りの言葉を飲み込んだ。
 視線を感じた方向――洞窟の入り口付近に、目を引く二人の女性の姿があったから。
 こうして彼は出会ったのだ。
 背中から薄い羽根の生えた妖精と思わしき者と、もうひとり。

 白い布を腰に巻き付けた、ただの人間にしか見えない――清澄聖羅に。




 上空から八つ首の竜に斬りかかったヴォールドがその手に握っていたのは、彼が愛用する包丁だった。
 その包丁自体は立派なものだったが、巨大なドラゴンの首を切るにはとても長さが足りない。
 とはいえ、それはあくまで物理的な話で、魔力を乗せた一撃の攻撃範囲は刃渡りの長さだけに留まらない。
 斬撃の勢いに合わせ、八つ首の竜の首に深い傷が刻まれる。

『ぬグゥッ!?』

 突然走った激痛に八つ首の竜が唸り、攻撃してきた者を迎撃しようとしたが、その前にヴォールドは次の攻撃に移っている。
 長い首を伝って移動し、回転しながら、八つの首を高速かつ連続で切りつけていく。
 瞬く間に無数の傷を作った八つ首の竜の全身から、血が噴き出した。
 首の切断までは至らない傷ばかりだったが、浅くもない。
 ヴォールドの猛攻に、その巨体がぐらりと揺らいだ。気付けば、八つ首の竜の翼にも裂傷が走っている。

『糞がッ!』

 八つ首の竜の全身から黒い霧が滲み出した。
 即死の力を全身に纏っているのだ。全身に分散している分、低い確率ではあるが、触れた者は即死させられる可能性が生じてしまう。
 ゆえに、ヴォールドは即座に八つ首の竜の身体から離れた。優位な位置取りを躊躇無く捨てることが出来るのは、戦い慣れている証拠だ。
 高空から体勢を崩すこともなく、地面に降り立ったかと思うと、素早くオルフィルドの側に移動する。

「やっぱ硬いな。一本に集中した方がよかったか?」

 包丁を振るってこびり付いた血を払いつつ、ヴォールドがぼやく。

「どっちにしろ切断までには至らなかっただろう。十分だ」

 軽い調子で言葉を交わしつつ、オルフィルドは中空に魔方陣を描き出していた。
 そこから放たれた光が、空中に捕らえられていた聖羅とヨウへと放たれる。
 その光は、彼女たちを捕らえている結界に干渉すると、その結界にヒビが入った。

『解除魔法か……! おのれ、人間如きがッ!』

 怒り狂う八つ首の竜が、再び魔法とブレスを放とうとする。
 だがそんな彼を牽制するように、ヨウの眷族達が一斉に攻撃に動いた。
 八つ首の竜はそちらの対処に追われ、オルフィルドの魔法を止められない。
 程なくして聖羅とヨウを包み込んでいた結界が完全に砕ける。
 聖羅を抱き抱えながら空を飛ぶヨウは、全身から憤りを滲ませていた。

『散々好き勝手にやってくれたわね――お返し、するわ』

 聖羅を片手で抱えながら、ヨウが空いた片手を振るうと、周囲の森の木々が一斉に動き、その枝の先からレーザーのような魔法攻撃が八つ首の竜へと殺到する。
 それらを魔法で防御する八つ首の竜だったが、劣勢なのは明らかだった。

『ぐぅぅ……! おのれおのれおのれ!』

 八つ首の竜が吼えたかと思うと、その巨体が陽炎のように揺らぐ。
 誰もが逃げる気かと思い、追撃の構えを取った。
 だが、八つ首の竜は人型に転じると、まっすぐ聖羅とヨウに向かって飛ぶ。

『ッ! しまった!』

 咄嗟にヨウは魔法障壁を張って突撃を防ごうとしたが、八つ首の竜が即死属性を纏わせた拳を振るってその障壁を打ち消し、さらにヨウの胸部に蹴りを入れて地面に向けて吹き飛ばす。
 その衝撃に、ヨウは抱えていた聖羅から手を離してしまっていた。

「ヨウさん……!」

 フリーになった聖羅が自由落下する寸前、人型の八つ首の竜がその身体をつかみ取る。
 追撃しようとしていた他の者達は、聖羅がいるために一瞬攻撃を躊躇してしまった。
 その隙を逃す八つ首の竜ではなく、聖羅を抱えたまま再び高空へと飛び上がる。
 遙か上空に達したところで、聖羅ごと忽然とその姿を消してしまった。

「セイラさんが、攫われた……!」

「てーなるん! 周囲を警戒するにゃ!」

 呆然としかけたテーナルクを、ルレンティアが叱咤する。
 それと同時に、周囲から迫ってきていた死告龍の眷族達が現れた。
 気付いていたのはルレンティアだけではなく、イージェルドたちもだった。すでに戦闘態勢を整えている。

「やれやれ、一難去ってまた一難、か」

「イージェルド、援護頼むぜ。こいつらさっさと倒して、あいつのあとを追わねえと」

 八つ首の竜の支配下にあると思われる眷族たちは、一斉に彼らに向かって襲いかかって来た。
 激しい戦いが繰り広げられる中、事態はさらに深刻な方向へと向かっていた。

つづく
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Author:夜空さくら (旧HN:黒い月)

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