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黎明媚態

露出系、羞恥系の18禁小説を書いています。関連の同人・版権作品のレビューも書きます。18歳以下の閲覧禁止。

バスタオル一枚で異世界転移 第四章 おわり

 頭のいい人であれば、ここからでも起死回生の一打を放てるのかもしれませんが、一般人の私にはどうすればいいのか見当もつきません。

(何か……翻訳機とか、都合よく落ちてないでしょうか……)

 出来る人ならその辺に転がっている本を回収し、それを解読してこの世界の文字を学ぶのかもしれません。
 私はたまたま近くに落ちていた一冊の本を手に取って中の文字を見てみました。
 たぶん、元の世界にはなかった文字でしょう。少なくとも英語でも漢字でもありませんでした。
 世界を探せば似たような文字はあったかもしれませんが、いずれにせよ解読の糸口すら掴めない類の言語です。

(単語単位で区切れてすらいない……これは解読できませんね)

 単語ごとに分かれていればまだ推測も付いたかもしれませんが、文章ごとになるともはやお手上げです。
 ぱっと見ではミミズがのたくったような文字にしか見えないのです。ある程度の規則性はあるようですが。
 崩し字のような文字から解読するのは、とてもではありませんが無理でした。

(語学堪能な仲間がいれば…………いえ、なにも、仲間にいる必要はないのでは?)

 要は、私の意思が伝わればいいわけです。
 異世界の言葉をリアルタイムで翻訳出来る魔法があるのですから、こちらの書き文字を理解できるようになる魔法があってもおかしくありません。
 必ずしも、私が向こうの言葉を理解する必要はないんです。

(置き手紙! これです!)

 ドラゴンが恐れられていようとも、置き手紙なら向こうはじっくり確認することができます。
 書いてある文字が日本語だったとしても、魔法でなら解読してくれるかも。
 私は急いで周囲を見渡し、紙とペンを探します。
 いま見ていた本に書く事も考えましたが、もっと目立つ方がいいでしょう。

(地面に書くのは風で消えてしまいそうですし、ちゃんと残るものに書かないと……)

 何かないかと探していると、どこかから剥がれたらしい木の板を見つけました。
 ペンも見つかりましたが、書けませんでした。
 恐らくインクをペン先につけて書くタイプなのだと思いますが、インクが見当たりません。
 ボールペンやマジックペンが当たり前にある現代とは違うので仕方ありません。
 それに木の板に書くのなら、小石などを使って傷をつけた方が早そうですね。

(なんて書きましょうか……えーと、『お騒がせして申し』……いえ、無駄なことを書くべきではないですね)

 シンプルに行きましょう。

『 私は 日本から 来ました 清澄 聖羅 です 』
『 言葉が 通じなくて 困っています 助けて ください 』

 これでよし。
 私はその言葉を刻んだ板を、わかりやすいところに立てかけておきました。
 万が一にも誤解されないよう、極力マイナスイメージのある言葉は避けました。
 つまり『戦』とか『殺』とか『死』とかですね。
 敵対する気はありません、とか。殺さないでください、とか。死にたくないです、とか。
 よくある話ではありますが、漢字の意味だけ解読され、「この者は我々と敵対する意思がある」なんて誤解されるのを避けるためです。
 文章で残すのですから、ないとは思いますが……大抵のお話ではそのはずだった物が後々の火種になってしまっていました。

(そう考えるとこの置き手紙も思わぬ形で伝わるかもしれませんが……何も残さないのはそれこそ最悪の結果になりそうですし)

 いまのままだと、突然街に現れてドラゴンをけしかけて破壊を振りまき、去って行っただけの存在ですからね。
 置手紙が吉と出るか凶と出るか。
 この世界の良識と、私の運命にかけるしかありません。
 向こうの人たちも解読が出来ずに読まれないという可能性もありますが、少なくとも意思を伝えたいという意図だけは伝わることでしょう。
 それさえ理解してもらえば、まずは交渉から入ろうとしてくれるはず……だと信じます。

(他に街で出来ることは……)

 出来れば、様々な物資を持っていきたいところでした。
 また森の中に戻るとしても、何もないと色々試すこともできません。
 もう完全に火事場泥棒でしかありませんでしたが、袋のようなものを見つけたので、その中に手当たり次第に目に付いた物を放り込んでいきます。
 ペンや本、皿や布など、とりあえず入れるだけ入れました。
 とはいえ、片手で持てるくらいの量にしないといけなかったため、持って行ける量はそれほどありませんでしたが。
 ひとまず、これ以上この街で出来ることはなさそうです。
 あまり長居すると危険なことになりそうですし、ここから離れましょう。

(そういえば、ヨウさんは……?)

 私が家に入った時は、ドラゴンと一緒に残っていたので、ブレスに巻き込まれたということはないはずです。
 辺りを見渡して見ると、瓦礫の影に特徴的な光が見えました。
 その瓦礫の傍に近付いて見ると、身体を極限まで小さく丸めたヨウさんが、瓦礫の影に隠れて震えていました。
 どうやらドラゴンが放ったブレスに怯えているようです。
 無理もありません。私はバスタオルの加護があるから大丈夫ですけど、普通なら容赦なく消滅させられそうな威力ですからね。

(すみません……私に付いてきてもらったばっかりに)

 私はヨウさんの傍にしゃがみ、その背中にそっと手を当てます。
 触れたヨウさんの背中は震えていました。触れると、ヨウさんも私に気づいて、こちらを涙目で見てきます。その表情が少し安堵したような気がしました。
 慰めることには成功したようです。
 ドラゴンに気遣われている私が傍に居る限りは安全だと思っているのかもしれません。
 これから、ヨウさんにはドラゴンへの通訳をしてもらわないといけないのが心苦しかったですが。
 ヨウさんが落ち着いたのを見てから、私は地面に伝えて欲しいメッセージを描きます。

(えーと、元いた森を同じように示して……と。で、いま私たちがいるところを示して……矢印で繋いで……)

 『元いた森に帰ろう』という意図が通じると良いのですが。
 何度かやっているだけに、その絵からヨウさんは私の意図を理解してくれたようでした。
 しかし、その目を見開くと、私の肩を掴み、激しく首を横に振ります。
 戻りたくない、という意味であると推測できます。
 どうして元いた森に戻りたくないのか、というのは愚問ですね。
 ヨウさんは恐怖に満ちた様子でドラゴンをちらちら見ていましたから。

(なるほど……ヨウさんが私に同行してくれた目的は、私に対する親切というよりは、むしろ、森からドラゴンを引き離すことにあったわけですね)

 森の管理者の彼女たちにしてみれば、このドラゴンは最大の脅威です。
 ゆえに、三人いる内のひとりが犠牲となってでも、森からドラゴンを引き離す。そういう判断をしたのでしょう。
 だからこそ、いまの私の提案は受け入れられないのです。
 迷惑しかかけていないのですから当然かもしれませんが、ヨウさんが親切心などの好意で同行を申し出てくれたわけではないことに、私はショックを受けていました。
 そして、ショックを受けているということを、自嘲します。

(私は、何を勝手にショック受けてるんでしょうね……当たり前じゃないですか)

 ヨウさんたちにしてみれば、私という存在はドラゴンが森にやってくる原因となった、諸悪の根源です。
 そんな私に対して、ヨウさんたちが好印象なんて持つわけがないのです。
 実際、私はドラゴンに対して怯えきっているヨウさんに、まだ通訳をしてもらおうとしているのですから。
 本当にヨウさんのことを思うのであれば、森に帰ってもらうべきでしょう。
 そうできないのは、ヨウさんに甘えているからです。

(いまヨウさんに離れてもらうわけにはいきませんから……)

 私は地面に描いた絵から、ヨウさんが元いた森を示す絵を消します。
 矢印も消し、明後日の方向に矢印を書き直しました。
 とにかくこの街からは移動しなければなりません。
 出来ればこの近くの、人がいない場所がいいのですが、果たしてそれが伝わるかどうか。
 少なくとも元いた森じゃなくてもいいことは伝わったようで、ヨウさんがドラゴンを見上げて、通訳をしてくれました。
 私はなるべくヨウさんの傍から離れないように立ちます。

「グルル……」

 不思議そうに首を捻りつつも、ドラゴンは移動に了承してくれたのか、再び私とヨウさんをその手に掴みます。
 その際、手に提げている袋の中身が潰れやしないかとひやひやしましたが、上手くヨウさんと私の間に挟まったらしく、潰れたり落としたりする心配はなさそうです。
 ドラゴンが翼を広げ、その場から飛び立ちます。
 徐々に高度があがっていきます。
 だいぶ慣れたのか、余裕を持って周りを見ることが出来ていたので、私はそれに気づくことが出来ました。

 私たち目掛けて、ドラゴンと同じくらい巨大な火球が飛んで来ていました。

 私はそれに反応して声をあげることすらできませんでした。
 その火球はロケットランチャー並の早さで飛んできていたからです。
 不意の銃撃を避けられる人間などいません。
 人間の反射速度には限界があり、だからこそ奇襲や強襲といった作戦行動は意味を成すのです。
 そしてその火球は、私の反応を完全に上回った攻撃でした。

 しかし、それでもドラゴンには通じませんでした。

 ドラゴンとて、火球に気づいたのは私と同じタイミングだったはずです。
 もしかすると何か私にはわからない感知能力があるのかもしれませんが、少なくとも私の目には、ドラゴンは火球が飛んできた段階で反応したように見えました。
 視線を火球に向けると同時に、その火球を遮るように幾何学模様の紋章が空中に浮かび上がり、火球の爆発を完全に防いでしまったのです。
 さらに、ドラゴンは間髪入れず、その火球が飛んできた方向に向けて、ブレスを一閃。
 吐息というにはあまりにもビーム的な黒い閃光が虚空を走り、町の一角を吹き飛ばしてしまいました。

(……うわぁお)

 内心思わずそう呟いたのも仕方ないと思います。あまりのことに呆然とせざるを得なかったのです。
 攻撃されたから反撃しただけ、というにはあまりにも一方的でした。
 このドラゴンが強すぎるのか、それとも元々人とドラゴンの間にはこれだけの力の差があるのか。
 それはわかりませんが、このドラゴンを力でどうにかするのは無理だというのがはっきりとわかりました。
 このドラゴンの機嫌は極力損ねないようにしなければなりません。

(言葉すら通じないのに、機嫌取りも何もないですけど……)

 ドラゴンは満足げに一声啼くと、翼をはためかせて移動を開始しました。
 どこに連れて行ってくれるのかはわかりませんが、誰の迷惑にもならないところならいいのですが。
 ドラゴンの意思に任せたまま、空中を移動すること数分。
 数分とはいえ、また結構な距離を移動してしまいました。
 置き手紙を残してきたわけですし、あの街から離れすぎたくはなかったのですが、仕方ありません。
 まずはドラゴンがどこに連れてきてくれたのかを確認しなければ。
 見たところ、人の街とかではないようですし、ヨウさんの森でもありません。
 険しい山がいくつも連なった山脈、でしょうか。
 風景を見極めていた私は、ヨウさんが震え出したことに気づきました。

(よ、ヨウさん……?)

 元々人形みたいに白く透き通った肌をしていたヨウさんですが、その顔色が死人のようになっていました。
 恐怖を通りこし、絶望しているようです。目に光がまったくありません。
 もし現代日本でこんな顔をしている人がいたら、即救急車を呼ぶでしょう。
 それくらい、ヨウさんに生気が感じられませんでした。

(ヨウさんがこんなになってしまうような理由が、この山にあるのでしょ……う、か……ッ!?)

 推測する必要もありませんでした。
 なぜなら、ドラゴンが高度を下げ始め、山の一角に降りて行ったためです。
 そして、その降りようとしている一角を見れば、ヨウさんがどうして絶望しているのかの理由もはっきりとわかりました。
 ドラゴンの降りていく先には――

 多種多様なドラゴンが、数多集まっていたからです。


第五章につづく

バスタオル一枚で異世界転移 第四章 3

 何を言っているのかわからないと思いますが、何が起きたのか私が一番訳がわかりませんでした。
 もう一度言います。ズボンを履いたら、そのズボンが爆発しました。
 幸い、その爆発は熱くもなんともなかったので怪我はしていませんでした。
 ズボンを引き上げる際の手の動きのまま、固まってしまいます。
 手に掴んでいたはずのズボンは、足を通した膝のあたりまで吹き飛んでいました。
 いえ、正確にいえば足首辺りにズボンの裾の残骸のようなものは残っていましたが、もはやズボンとは言えません。

(この世界のズボンは爆発するんですか……?)

 そんな馬鹿なと言いたいところですが、ここは異世界。
 ズボンに爆発物を仕込むのがトレンドなのかもしれません。
 そういう衣服もひょっとしたらあるのやも。
 現実逃避気味に考えていた私は、下半身が妙に心許ないことに気づくのが遅れました。
 ズボンを履きかけていたために、それが急になくなったことによる違和感かと思いましたが、見下ろしてみてそうでないことは明白でした。

 なぜなら、さっきまでバスタオルに覆われていたはずの私の下半身が、丸出しになってしまっていたからです。

 私が愛用しているバスタオルは寸法が大きめなもので、胸からお尻の下くらいまでをきっちり覆えるくらいの大きさがあります。
 そのため、いままでは自然と胸と股間の両方を隠すことが出来ていました。
 ところがいま、そのバスタオルの丈が短くなっていて、どんなに頑張っても、おへそくらいまでしか隠せない状態になってしまっていました。
 そのことに気づいた私は。

「ッ――きゃあああああああああっ!?」

 思わず、大声で悲鳴を上げてしゃがみ込みました。
 それまでだって頼りない状態であったことは確かですが、普通にしていれば胸も股間も隠せていただけに、いまの状態になってしまった衝撃は激しいものでした。
 心臓がばくばくと音を立てて暴れ出し、恥ずかしさのあまり、顔に血流が集まって真っ赤になるのがわかります。

(なんでっ、なんでこんな……もしかして、さっきの爆発!?)

 しゃがみ込んだ状態で改めてバスタオルの裾を見ると、なにやら不思議な感じに光っています。
 その光りはさっきの爆発が起きた時に見た光とよく似ていました。
 このことから、私は嫌な発想にたどり着いてしまいます。
 先ほどの爆発は、このバスタオルが『別の衣類に対する拒絶反応』を起こした結果なのではないかと。
 だってそれまではなんともなかったんです。
 なのに、ズボンを履こうとした瞬間、それを嫌うかのように爆発したんですから、そうとしか思えませんでした。
 違う理由があるのだとしても、私にそれはわかりません。
 わかるのは、このバスタオルを身に付けている限り、他の服は身につけることすら出来ないということ。

(なん、で……なんでこの世界はこんなにも不親切なんですか――ッ!!)

 何の説明もなく、バスタオル一枚で放り出されただけでも不親切なのに、そこに来て「バスタオル一枚の姿以外は許さない」というような現象が起きました。
 もはや不親切を通り越して、理不尽だとすら感じます。
 やり場のない憤りを、その辺りにぶつけてしまいたい激情に駆られました。
 ですが、それすら許されませんでした。

 突如、私の頭の上をものすごい『何か』が通り過ぎていったからです。

 わかりやすく現代で例えるなら、新幹線が真横を通り過ぎていった時のような感覚でしょうか。
 私はその余波らしき衝撃で地面に押さえつけられて「うぎゅ!」と、ものすごく無様な声をあげてしまいました。
 しゃがみこんでいた体勢で、そこから上からの力で押さえつけられたせいで、まるで土下座でもしているかのような状態になってしまいました。
 しかも、いまの私はお尻が露わになってしまっている状態なので、情けないやら恥ずかしいやら。
 大変なのは、そこからでしたが。

『グルオオオ――ッ!!!』

 大音声で吼えるドラゴンが、瓦礫を踏み潰しながら、すぐ目の前までやって来ました。
 あれ、家は、ということは考えるまでもありません。
 さっき私の頭上を通り過ぎていった何か。それはドラゴンの放ったブレスだったのです。
 一瞬前まであったはずの家は木っ端微塵に吹き飛び、頭上に青空が広がっていました。
 恐る恐る顔を上げて後ろを振り返ってみると、どこのバトル漫画ですかといいたくなるような、強力な熱線が通り過ぎていったらしき跡が遠くまで続いています。
 無論、その軌跡の途中にあった建物は、見事に円の形にくりぬかれるように消滅しています。

(魔王さんのところではこんな破壊は……いえ、そういえばありましたね。こういう跡)

 私もろとも魔王さん達に向けて放たれた時はこんな破壊は生じませんでしたが、ドラゴンがあの地下空間に飛び込んで来たらしい穴がこんな感じでした。
 あのときも思いましたけど、とんでもない破壊力です。
 あそこだと非現実的すぎて実感が湧きにくかったのですが、町並みが破壊されているのを見ると、その破壊力を肌で感じられます。
 現実に例えると、『大型の竜巻が通っていった跡』というのが一番近いですね。
 消滅しているのですから、それ以上の破壊力だと言っていいでしょう。

(恐ろしすぎです……人々やヨウさんがこのドラゴンをあんなに恐れるのも無理はありませんね……)

 いまのブレスに人が巻き込まれてないことを祈ることしかできません。
 ドラゴンを見た段階でたくさんの人が逃げ出していたので、範囲外まで逃げたと信じましょう。
 ブレスの跡は相当遠くまで伸びていた上に、その先で爆発まで起こしたのか、クレーターが見えたので望み薄だとは思いましたが。
 そんな風に、起きてしまった惨劇に呆然としていたのが、良くなかったのでしょう。
 私の様子を伺っていたドラゴンが、唐突にその舌を伸ばして来ました。

「ひ、あっ!? うあっ、ちょ、やめっ!」

 べろん、と身体の側面を舐め上げられます。
 くどいようですが、私とドラゴンでは体格差がとんでもないのです。
 ドラゴンの舌、というのは、表面積にして車の座椅子並の大きさがあります。そんな大きさの舌で舐め上げられるところを想像してみてください。
 当然、私は耐えきれず、横倒しにされてしまいます。ドラゴンはそんな私をさらに舐めて来て、家の残骸の中に埋め込まれてしまうかと思いました。

「ちょ、まっ、やめっ、やめてくださいっ!」

 手で押しのけようにも、ドラゴンの力強さには叶いません。踏ん張った手の分、さらに押しつぶされるように押さえつけられてしまいます。
 腕の骨が折れなかったのは、バスタオルの加護があったからこそでしょう。そうでなかったら全身の骨が砕かれて悲惨なことになっていました。
 あまりの力の差に抵抗を諦めると、ドラゴンはひとしきり私の身体を舐めたあと、少し離れてこちらの様子を窺っているようでした。
 体中ドラゴンの唾液でべとべとです。バスタオルの力か、すぐに消えていきましたが。

(……心配してくれている、ん、ですよね?)

 相変わらずドラゴンの表情はとても読みづらいものでしたが、初対面の時のように突然襲いかかってくる心配まではしなくなっていたので、細かな変化を見る余裕がありました。
 それからすると、やはり心配してくれているのは間違いなさそうです。
 いきなりとんでもないブレスを吐いたのも、私が悲鳴を上げたからでしょうし。
 下手したら巻き込まれていましたけども。
 理由は相変わらず不明ではありますが、少なくとも気遣ってはくれているようです。

(よくよく見ると、動きにちゃんとした知性が感じられますし……)

 あまりに外見の圧が強すぎて感じる余裕がなかったのですが、犬や猫のような動物とは全く違うのが確かに感じられました。
 考えてみれば、このドラゴンとヨウさんは会話が出来るんです。
 つまりドラゴンも言語を解するだけの知性はあるわけで、私の言葉が通じないだけです。
 そうなると、ドラゴンを化け物みたいに考えるのは間違いかもしれません。
 例えるならば……日本語の出来ない超大柄な黒人さん、みたいな感じでしょうか。
 何か違う気もしましたが、いっそのことそう考えていた方が気が楽になります。

(向こうは気遣ってくれてるのに、こっちがいつまでも怯えていては気分も良くないでしょうしね……フレンドリー精神を心がけましょう)

 それでも体格差を考えて欲しかったですが。
 バスタオルの加護がなかったら何度死んでるかわかりません。
 瓦礫に埋もれた状態からなんとか起き上がり、手を伸ばして近付いて来ていたドラゴンの鼻先を撫でます。
 まだ少々怖いですが、とりあえずこれくらいならなんとか。
 大丈夫だという意思が伝わったのか、ドラゴンは首を離して、少し高い位置から私の様子を見守る姿勢に戻りました。

(さて……とりあえずバスタオルは、と……)

 私の胸からおへそくらいの丈になってしまったバスタオルを改めて確認します。
 ずっとこのままだとしたら絶望するところでしたが、キラキラ光る裾をじっと見つめていると、ほんの少しずつではありましたが、再生しているような気配があります。
 時間はかかりそうですが、自己修復機能があると考えていいでしょう。
 バスタオルに服を被せるまでは平気だったのですから、下半身が露出している今なら、ズボンだけは普通に履けるかもしれません。
 けれど、爆発の条件が不明な以上、これ以上爆発が起きるかもしれない行為は避けるべきでした。

(このバスタオルを失うわけにはいきませんからね……)

 とはいえ、下半身丸出しの格好というのも悲惨です。
 私は悩んだ末、バスタオルが再生するまでの間、バスタオルの残った部分は腰に巻くことにしました。
 こうすると胸が隠せなくなるのですが、片手で隠そうと思えば隠せますし、上を隠すほうがまだ動きやすいはずという判断です。
 トップレスかつ、ノーパンスカートという痴女スタイルではありますが。
 なんで私がこんな辱めを受けなければならないのでしょう。

(うう……でもこれからどうしましょう)

 人とのコンタクトに失敗し、服の入手にも失敗してしまいました。
 やれるはずだったことにことごとく失敗し、私は途方に暮れてしまいました。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第四章 2

 ぞろぞろと集まってきた人たちは、とても友好的には見えませんでした。
 皆揃って武器を持ち、こちらを完全に敵と認識しているようです。
 向こうからしてみれば急に空から降ってきた怪しい存在なのですし、仕方ないでしょう。
 私とヨウさんを囲むように、一定の距離を保ってじりじりと近付いてきます。

(すごい衝撃だったでしょうしね……)

 私が埋もれていた辺りの地面は、ちょっとしたクレーターになっていました。
 まるで隕石でも落ちたかのように、石畳が吹き飛んで土の地面が露わになってしまっています。
 周りにある建物や、吹き飛ばずに残っている石畳にも、余波なのかヒビが走っていました。
 ただ、ちゃんと確認したわけではないので実際のことはわかりませんが、少なくとも落下に巻き込まれた人はいないようなので、それだけは少し安心しました。
 ドラゴンに勘違いされて放り出された結果、巻き込まれて死んだ人がいたら、その人に申し訳がありません。

「――――」

 不意に、ぞくりと嫌な感じがしたかと思うと、足下の地面からなにやら緑のツタが生えだしました。
 ヨウさんの方を窺えば、怖い顔をしたヨウさんが怪しく光り輝いていました。
 どうやら、周りに集まってきた人たちを牽制しているようです。胸に抱きしめた私を庇うようにして、周囲を睨み付けています。
 絶世の美女なだけにその眼力は半端なく、にじり寄って来ていた周囲の人たちが後ずさりしているのがわかります。
 ぼーっとしている場合ではありませんでした。

「ま、待って! 待ってください! 落ち着いて!」

 私は身体を暴れさせてヨウさんの腕の中から抜け出ました。
 不思議そうにしているヨウさんの前に立ち、周りの人たちに向かい合いました。
 バスタオル一枚の私に視線が集中しますが、恥ずかしいとか言っている場合ではありません。
 それでも恥ずかしさのあまり震える声を振り絞って、熱く火照る頬は無視して、声を張り上げます。

「わ、私は敵じゃないです! 誰か私の言葉がわかる人はいませんか! どうか私の話を聞いてください!」

 言葉が通じないのなんてわかりきっていることです。
 ですから、とにかく声を張り上げます。何も起きないことがわかれば、少なくとも敵対行為ではないと判断してくれるでしょう。
 そうすればあとは、言葉をどうにかして理解しようとしてくれるはず。
 魔法による翻訳の手段などがあるのならば、それを試みてくれることでしょう。
 どうか伝わってください、と祈りながら必死に声を張り上げました。
 さすがに笑みを浮かべるほどの余裕はありませんでしたが、少なくとも敵対意思はないと判断してくれるはずです。
 目論見通り、油断なく武器を構えていた人たちも、私の言葉で何も起きないことを悟ったのか、その構えが少し解かれました。

「&$'"$)&#$"……」

 戸惑いつつも、何か言ってくれているようですが、言葉がわからないんですってば。
 私は同じ言葉を繰り返します。
 まずは伝わらないことが伝わればいいのです。
 そうしているうちに、なにやら相談しているような様子が見られました。
 そして、そのうちのひとりが、急ぎ足でこの場を離れていきます。
 これはいい傾向です。恐らくこの状況に対処できる人を呼びにいったはず。
 同じ内容を叫び続けるのも、さすがに疲れてきました。
 その人が誰かを連れて戻ってきてからでいいかな、と私は一端叫ぶのを止めます。

(ふぅ……これでようやく、まともに話が聞けますね)

 そう私が思い、気を緩めた瞬間。
 真上から、真っ黒いものが降りて、いや、『落ちて』きました。
 それくらいの勢いでした。私の真後ろで爆弾でも爆発したのかと思いました。
 暴風が吹き荒れ、危うく身体ごと吹っ飛ばされそうになったところを、ヨウさんがすかさずツタを伸ばして絡め取ってくれたおかげで、私は吹き飛ばされずに済みました。
 落ちて来たもの、それはもちろんあのドラゴンです。
 うかつでした。なぜか私に執着しているドラゴンが、私から離れるわけがなかったですのに。

「グオオオオオ!!!」

 超高空から降りてきたドラゴンの咆哮は、衝撃波を生じさせ、ただでさえ脆くなっていた周辺の建物をなぎ倒してしまいました。
 その衝撃は周囲に集まっていた人たちをもなぎ倒し、ヨウさん相手には一応成立していた包囲の陣は完全に崩壊してしまっています。
 衝撃波によって飛んだ瓦礫とか、そういったものが襲いかかったわけですから、とんでもない被害でしょう。
 せめて人死にが出ていないことを祈ります。

(ヨウさんがいなかったら、私もその礫のひとつになってましたけどね……)

 そして、さらに、混乱は続きました。
 ドラゴン襲来の衝撃を乗り越え、再び立ち上がった人たち。
 かなり根性のある人たちと見ました。
 そんな人たちは一様に決死の覚悟を持って再び私たちを包囲しようとして。
 私とヨウさんの傍に降りて来たドラゴンを目にしました。
 その目が驚きに見開かれ、固まっていたのも数秒のこと。

「ヒ、ャアアアアアアアアアーーーーーッ!!!」

 蜘蛛の子を散らすように、全速力で逃げ出してしまいました。
 言葉はわからずとも、彼らがあげた声が悲鳴だというのはわかります。
 屈強な姿や装備を携えた人たちだとは思えないほど、もう大変な騒ぎでした。
 剣も盾も放り出し、転がるようにして逃げていきます。

「え、あっ! 待ってください!」

 呼び止めようとしましたが、それがドラゴンをけしかける合図だとでも勘違いされたのでしょうか。
 一際激しい悲鳴と怒号を響かせながら、人っ子一人いなくなってしまいました。
 その大騒ぎはどんどん伝播して言っているようで、ただでさえ騒がしい町が騒がしくなっているのがわかります。
 鐘が激しく打ち鳴らされ、私たちを中心に人が離れていくのがわかります。
 取り残された私は、呆然とヨウさんとドラゴンを見やりました。

(これじゃあ、さっき人を呼びに行ってくれた人も戻ってきませんよね……)

 まさかこれほどこのドラゴンが恐れられているとは。
 別にこのドラゴンに限ったことではないのかもしれませんが、いずれにせよこのドラゴンがいると人に逃げられてしまうのは確実なようです。
 こうなるといよいよ困ってしまいます。
 ドラゴンがいる以上、人との会話が無理なのだとすると、なんとかドラゴンに離れてもらうしかないのですが。
 それを正確にドラゴンに伝えられるのなら、そもそも苦労していないのです。

「ああ……もう! どーすればいいんですか!」

 やけくそ気味に叫びます。
 かといってヨウさんやドラゴンが応えてくれるわけもありません。
 いよいよ困窮極まった、というところで、ふと、私は周囲を見渡してあることに気づきました。

「……そうだ、街なんですよね、ここ」

 予想外の到着の仕方をしてしまったので失念していましたが、ここは人の街です。
 そして、街ということは人の営みがあるわけで。

「――服! 服があるのでは!?」

 そんな単純なことに、いまさら思い至りました。
 現地の人たちとコンタクトを取る計画は、予想以上のドラゴンの恐れられっぷりによって潰えてしまいました。
 しかし、街に来た目的はそれだけではありません。
 街である以上、人の営みに必要なものは一通り揃っているはず。
 つまりは、服です。
 街で服が手に入らないわけがないのです。

(結構いい縫製技術をしているみたいでしたしね)

 さっきまで周囲に集まっていた人たちが来ていた服を見る限り、さすがに現代みたいな機械レベルの縫製技術はないようでしたが。
 それでも着るのに支障がなさそうなレベルの服を着ていました。
 魔王さんが普通に服を着ていたので、この世界の全てが裸族というわけではないということはわかっていましたが、どの程度の被服文化があるかはわからなかったので、一安心というところです。
 その服を得ることができれば、この街に来た甲斐があったと言えるでしょう。

(このバスタオルは手放せませんが……これを下着代わりに、この上から服を着ればいいだけですし!)

 そうすればかなり余裕を持って構えることが出来るようになります。
 願わくば下着や上下の服まで、一通りの服が揃えば最高なのですが。
 私はまず周囲を見渡し、服の類が落ちていないかを確認します。
 しかし、道ばたに都合よく服が落ちているということはありませんでした。
 あったとしても、土塊塗れになって着ることはできなかったかもしれませんが。
 こうなると、家の中に入ってみるしかありません。

(勝手に人の家に入るのは少し気が引けますが……)

 私はさっそく、近くの崩壊していない家に向かいます。
 と、その前に。
 私はドラゴンを見上げ、その場に留まってもらうようにジェスチャーを行います。
 ドラゴンは物理的に付いて来れないとは思いましたが、建物を壊されては溜まりません。
 すぐ戻る、という主旨のジェスチャーを行います。
 これはドラゴンに、というよりはヨウさんに向けたものでした。
 ヨウさんたちにはこのジェスチャーが通じていましたし、ドラゴンと会話が出来ているようなので、通訳して貰うのです。
 幸い、察しのいいヨウさんは頷き、ドラゴンに向けて何か喋っています。

「グルル……」

 なにやら不機嫌そうなドラゴンですが、ヨウさんが説得してくれたようで、その場に座り込みました。
 ヨウさんは明らかに顔色を悪くしています。人間にとってだけではなく、彼女にとってもドラゴンは本当に恐ろしい存在なのでしょう。
 負担をかけてしまっていることが申し訳ありませんでした。
 言葉が通じるようになったら、ヨウさんには山ほど御礼を言わないといけませんね。
 ヨウさんに危害が及ばないよう、急いで用事を済ませるべく、私はすぐ近くの家に駆け込みます。
 その家はごく普通の一般家屋という感じで、人の生活臭が強く残っていました。
 残ってはいましたが。

「うわぁ。これはひどいですね……」

 家の中はぐちゃぐちゃでした。大地震でもあった直後のようです。
 実際、私やドラゴンが落ちてきた時の衝撃はそれくらいの震動になっていたのでしょう。
 家主はとっくに逃げ出しているのか、家の中に誰かがいる様子はありませんでした。
 私は申し訳なく思いつつも、落ちている小物などを踏み越えて家の奥へと進みます。
 バスタオルの加護のおかげで足の裏が傷つくということはありませんでしたが、裸足で砕けた皿や瓶の破片を踏みつけるのには勇気が要りました。
 なるべく考えないようにしながら、家の中を物色していると、それっぽい棚を見つけました。
 いまさらですが、完全に火事場泥棒の行動ですね、これ。

(ごめんなさい、お借りします!)

 心の中で謝罪しつつ、小躍りしたい気持ちを堪えて、その棚を開けてみます。
 中には、喉から手が出るほど欲しかった服が、いくつも詰まっていました。
 男性のもののようですが、この際贅沢は言ってられません。
 棚の中には、シャツとズボンがありました。
 下着は別の場所に仕舞われているのか、見当たりませんでしたが。
 そもそもこの世界の下着ってどういうものなんでしょう。
 わからないのは仕方ありません。ひとまずシャツとズボンを着ることにしました。

(まずはズボンを履きましょう……ああ、これで漸く心細い状態から解放されます……!)

 お風呂上がりに異世界に召還されてからいままで。
 下着すら身につけていない状態で、バスタオル一枚でずっと過ごしてきました。
 いまだ自分に何が起きたのか、起きた事象の解決策どころか、この世界のことすら良くわかっていません。
 けれど、とにかく。
 バスタオル一枚という痴女スタイルからは、これで脱却できます。
 こうやって問題をひとつひとつ解決していけば、いずれはきっと元の世界に帰る事も叶うでしょう。
 私は浮かれた気持ちでズボンに足を通し――男物だけにかなり大きかったですが――そして、バスタオルを巻いている腰に被せるように、ズボンを引き上げました。

 爆発しました。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第四章 1


 眼下を、すごい勢いで景色が流れていきます。
 こうして運ばれるのは初めてではないのですが、気絶してばかりだったのであまり記憶に残っていません。
 しかし、こうして明確に意識を保ったまま運ばれていると、なんとも恐ろしい運ばれ方でした。
 私には空を飛んだ経験がありません。
 飛行機に乗ったことはありますが、そんな経験は「空を飛んだ」とは言えないでしょう。
 気球レベルでも、身体を直接外に晒したことはなかったのです。
 それが経験できているというのは、得がたい経験ではあるのでしょうけど。

(こわっ、怖すぎ、ます……っ!!)

 空を飛ぶ感動より、空を飛んでいる恐怖の方が遥かに勝っていました。
 激しく顔や身体にぶつかる風の強さ。
 ドラゴンに強く掴まれているとはいえ、逆にいえば、いつ手を離されてもおかしくはない不安定な状態ということでもあります。
 身体に唯一纏うバスタオルは、体温が下がることは防いでくれていましたが、それ以外の力までは防いでくれません。
 飛び上がった直後のように、翼がはためく度に上下に揺らされるようなことはなくなりましたが、ものすごいスピードが出ているのは身体で感じます。
 血の気が下がるとはこういうことをいうのでしょう。

(ヨウさんは……平気そうなので良かったですが)

 恐らく妖精の一種である、絶世の美女の姿をしたヨウさんは、私と一緒にドラゴンの手に掴まれています。
 バスタオルの加護がある私と違って、ヨウさんは気温の変化やドラゴンの力などがその身体にもろにかかっているはずですが、いまのところ体調を悪くしている様子はありません。
 ヨウさんはバスタオルすらない素裸であり、もしかすると超高空の低温に耐えられないのでは、とも危惧していましたが、平気なようで何よりです。

(まあ……それくらいは当然かもしれませんけど)

 彼女たちが元いた森を飛び立つ時、ヨウさんたちは森の強者と言えるであろう存在を従えていました。
 ヨウさんたちは森の管理者、もしくは支配者なのかもしれないのです。
 少なくともそれ相応の力を持つ存在だというのは、ひしひしと感じていました。

(案の定……めちゃくちゃ広いですしね……この森)

 ドラゴンはすごいスピードで移動しているのですが、いまだに木々の生い茂った森は途切れません。
 ヨウさんたちの棲む森はとんでもなく広いようです。
 こんな広い森を見たことがないので、どれくらいの広さか検討もつかないほどでした。
 とても自力で歩いていくのは無理だったでしょう。
 ドラゴンがいてくれて助かりました。
 まあ、ここに連れてきたのもドラゴンなので、ドラゴンに感謝するべきかどうかは微妙なところですが。

(そういえば……このドラゴンはなぜこんな森の中心にまで……?)

 果実を食べさせたいということであれば、その辺の森でも別に良かったはずです。
 わざわざこんな森の奥深くまで行く必要はなかったように思います。
 そのことを不思議に思いつつ、私は森から出るのを心して待ちました。
 ここからが重要なところだからです。

(ファーストコンタクトをしっかりしないと……まずは、恥ずかしいですけど、私のことを認識してもらわないといけませんね)

 魔王さんの例があるのだから、魔法が使える人なら意思疎通の可能性があります。
 いち早くその人に気づいて貰わないといけません。
 そして意思疎通さえできたなら、あとは流れで少なくとも私に敵意がないことをアピールしましょう。
 元の世界に帰る方法があるかどうかはいまは考えず、とにかく状況の把握をするためにも、言葉で意思疎通できる相手を確保しなければなりません。

(お願いですから、私の言葉がわかる人がいてくださいよ……!)

 そうして祈ること数分。¥
 相当長い時間が経過したと思われた時、それは見えてきました。
 明らかに、自然に造られるものではない、大きな壁。
 城壁というのがしっくり来る、とんでもなく高く大きな壁でした。現代の感覚でいうのであれば、ダム、というのが一番近い建造物でしょうか。
 その壁が横長に聳え立っています。真下に広がっていた森は、その壁にぶつかって途切れています。まるで森の浸食をその壁が防いでいるようにも見えました。

(ん……? なにか、妙な感じが……気のせいでしょうか?)

 壁の向こう側には、人の街が広がっているようです。
 ただし、森のように隙間なく広がっているのではなく、壁の一点から放射状に広がっているのが見えました。
 現代のような街の広がり方とは違っていて、昔のようにお城や教会のような重要な拠点を中心に街が広がっていっている感じですね。
 ようやく人の住む場所が見え、期待に胸を膨らませたのも刹那のこと。

(…………いやいやいや、こんなのってありですか?)

 期待に膨らんだ気持ちがあっという間に萎んでいくのを感じました。
 なぜなら見えてきた壁の向こうの人間の世界。
 私がこの世界に来て初めて見る人間の街は。
 戦闘の真っ最中だったからです。

(確かに、人が多く存在する場所には違いないですけども!)

 その場所がまさか戦争まっただ中だとは思いませんでした。
 至るところで黒煙があがり、時折新たな爆発が起きて建物が倒壊したりしていました。
 町並みに良く目を凝らして見れば、人と人が剣やら槍やらを持って戦っているのが見えます。
 距離的に砂粒程度の大きさにしか見えないのが幸いしました。
 近くで見ていたら、とても冷静ではいられなかったでしょう。
 人が切られ、赤いものを噴き出しながら倒れているのも見えましたが、どこかミニチュア人形の戦いのようで、現実味が乏しかったのです。

(平和な状況なら、話ができたかもしれないのに……!)

 とてもじゃないですが、冷静に話を聞いてくれる状態ではなさそうです。
 こんな場所に降りていったとしても、言葉が通じない私の話を悠長に聞いてくれるわけがありません。
 敵と思われて攻撃されるのが目に見えるようです。

「……ぐるる?」

 そのとき、ドラゴンが小さく唸りました。
 唸りに応じてドラゴンを見てみれば、手に握った私を覗き込んで来ています。
 ここに降りて良いのか、問うているような気がしました。
 とにかくいまはここを離れなければなりません。
 私は慌てて、ドラゴンに向かって首を横に振りました。
 こんな場所に降ろさないで欲しい。そういう気持ちを込めて、首を横に振ります。
 それがいけなかったのでしょうか。
 ドラゴンは私とヨウさんを掴んでいた手を、無造作に開いたのです。

「ちょっ、ちがっ、そうじゃなくてえええええええええええ!!!」

 いきなりすぎて反応しきれませんでした。
 ドラゴンの手から解放された私はそのまま真下に向かって急降下。
 森でドラゴンに「高い高い」された時は、感覚的に理解できない高さは逆に怖くないとか言いましたが、落ちるという状況なら話は別です。
 あらゆる影響を防いでくれるバスタオルも、落下時の浮遊感までは消してくれませんでした。
 胃の中がひっくり返りそうな感覚。
 バスタオルがめくれ上がって大変な状態になるのを、抑えようとして身体が反転。
 そうやって頭から落ちたら、また頭部が地面に埋まって死ぬ、と咄嗟に思った私は身体を丸め、目を閉じて、遮二無二回転を加えて頭から落ちるのを回避しようと努力して。

 結果、自分にもよくわからない体勢で地面に『着弾』しました。

 表現しがたい感覚が全身を包み、耳が全く聞こえなくなりました。一時的な麻痺、だと思いたいです。
 自分が上を向いているのか下を向いているのかもわかりません。
 気絶しなかったようですが、そのせいでかえって自分の状態を掴みかねてしまいました。
 身体を動かしてみようとすると、なにやら柔らかなものに遮られます。目や口はあけられませんでした。
 それを押しのけるようにして、なんとか腕を動かすことに成功します。
 そうしている内に、ようやく自分の体勢がどうなっているか、身体の感覚でわかるようになってきます。

(……っ、これ、は……土の感覚……? もしかして、埋まっちゃってる……?)

 幸い、森で埋まった時よりは軟らかい土のようです。
 私は土を掻き分けるようにして、自分に被さった土を身体の上から退け、外にでることに成功しました。
 そうしてようやく、私は目と口を開けることができました。
 土から出ると同時に音も聞こえ始めたので、鼓膜も無事なようです。

「ぷはっ!! はあっ、はあっ、し、死ぬかと……」

 呼吸ができるようになって、ほっと一息吐いた私でしたが。
 その喉元に白刃の切っ先が突き付けられ、その息を呑むことになりました。
 切っ先の元を見れば、西洋甲冑に身を包んだ人が、その手に持つ槍の切っ先を私に向けていました。
 頭まで兜に覆われているので、表情はよく見えませんでしたが、視界を確保するスリットから覗く目は、明らかにこちらを睨み付けてきていました。
 いまにも殺そうというような、殺意の籠もった目。そんな視線を向けられたことのない私は、完全に思考が停止してしまいました。

「#%#&$'&()'&!?」

 その人は何か言っているようでしたが、私にその意味は全く理解できません。
 少なくとも音として聞こえてはいるので、まだ意思疎通の可能性はありましたが、状況が状況です。
 この状態では意思疎通の可能性を探ることもできないでしょう。
 だから私は、両手を高く上げ、声を張り上げました。

「私に戦う意思はな、っ――!?」

 手を上げ、声をあげかけた時、その槍を持っていた人は、上げた私の手をいきなり突いて来ました。鋭い槍の切っ先が私の手を弾きます。
 バスタオルのおかげか、痛くはなかったのですが、鋭い切っ先で突かれたというのは、ぞっとする感覚でした。守られていなければ、掌を貫通していたのは間違いありません。

 あとから冷静に考えてみれば、この世界は魔法がある世界なのです。

 突然目の前に落ちてきた相手が、両手を挙げて何かわけのわからない言葉を叫ぼうとした、というのは、私の世界で例えるなら、「素性不明の外国人が目の前で銃を取り出し、銃弾を装填しようとした」くらいの感覚だったのかもしれません。
 私だったら全力で逃げるでしょうし、警察官なら取り押さえようとするでしょう。ですので、その人の行動も無理からぬことでした。
 無論、そのときはそんなことを落ち着いて考える余裕はなく、私は慌てて弁明しようとしてしまいました。

「ちょっと、待ってくださっ、ぐぇ!?」

 痛くはないとはいえ、槍で突かれた手を庇いつつ、斬りかかってきている人に再度話しかけようとしたら、その人はいきなり跳びかかってきました。
 槍では効果がないと思ったのか、直接制圧しにかかってきたのです。
 私は自分よりも遥かに身体の大きな人に押し倒され、口を塞がれてしまいました。
 いえ、塞がれたというか、頬を思いっきり殴りつけられました。
 私が話そうとしていることを、呪文の詠唱なのだと思っているのでしょうけど、とんでもなく荒っぽいやり方でした。
 殴られても痛くはないのですが、衝撃で言葉が途切れてしまいます。

「話をっ、きゃあっ! や、やめっ!」

 彼も必死だったのだとは思います。
 私が敵対する存在かもしれないと思えば、魔法の詠唱らしき行為を見逃すわけにはいかないのでしょう。
 けれど、自分より遥かに大柄な男の人に、必死の様相で殴りつけられるこっちは恐怖でしかありません。
 顔を手で庇おうにも、その人は器用に足で私の手を押さえていて、こっちは顔を殴りつけられるままに殴られるしかないのです。
 心底、怖かったです。

「――――」

 不意に、その殴打の嵐が止みました。
 恐る恐る、閉じていた目を開いてみると、私に跨がっていた人の身体に緑色の縄、いえ、ツタが巻き付いていました。
 ツタは屈強なその男の人の動きを完全に絡め取っており、男の人が逃れようとして暴れてもびくともしていませんでした。
 私がもしかして、と思う間もなく、そのツタはその人を持ち上げ、私の上から退けてくれます。
 そのままその人は空高く放り投げられ、空中でじたばたと足掻きながら、遠くの方に落ちていきました。
 瓦礫の向こうからものすごく鈍い金属音が響きましたが、そんなことに構っていられませんでした。

「た、たすかっ、た……?」

 のし掛かられ、殴られ続けた恐怖の余韻がまだ私の身体を震わせていました。
 地面に仰向けに寝転がったまま、呆然と空を見上げていると、その視界に光り輝く人型の存在――ヨウさんが入り込んできました。
 その目はどこか不安そうに私を見ています。
 浮かんでいる表情から、私を気遣ってくれているのがなんとなく理解できました。
 ツタの時点で予測はついていましたが、やはりヨウさんが助けてくれたみたいです。

「あ、ありがとうございます……っ!」

 私は急いで起き上がり、すぐ近くまで降りてきたヨウさんに抱きつきました。
 恥ずかしいとか、そういうことは考えていられません。
 とにかく、少なくとも味方ではあるヨウさんに縋っていたかったのです。
 ヨウさんは戸惑っているようではありましたが、抱き締め返してくれました。
 せっかく人間の街に出てこれたというのに、あまりにも恐ろしい初遭遇です。
 そして、その窮地はまだ続いていました。

 周囲に、完全武装の人たちがぞろぞろと集まって来ていたのです。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第三章 おわり

 体育座りで途方に暮れていると、不意にドラゴンが私から視線を外し、長い首を持ち上げて遠くを眺めました。
 その方向は美女さんたちに教えて貰った、人里があると思われる方向ではありません。
 私も座ったままドラゴンの視線を追いかけてみますが、何かあるようには見えません。
 普通に深い森が続いているだけです。
 どうしたのでしょうか。ドラゴンの謎の行動に戸惑っていると。

「――――」

 さっきまで遠くから此方の様子を伺っていた美女さんたちのうち、ひとりが近付いて来ていました。先ほど頭が地面に埋まった時に助けてくれた人です。
 彼女は三人の中で、もっとも小さい人でした。
 いえ、身体の特定の部位が小さいというような、下世話な話ではないのです。……実際三人の中でいえば一番小さいようですが、重要なのはそこではなくて。
 小さい、というのは全体的な雰囲気と言いますか。
 恐らく三人の中で一番若いのだと思います。彼女たちは人ではなく妖精のような存在みたいなので、あくまで外見を人間として判断して、の話になりますが。

(二十代前半、というところ……でしょうか)

 若いと言っても私よりは大人な雰囲気を醸し出していますし、容姿の美しさに関しては比べるのも烏滸がましいという話で――ついでに言うなら小さいと表現したそれも三人の中ではという意味であって、私よりはよっぽど大きさも形も優れているのですが。
 それはまあ、脇に置いておいて。
 三人の美女の中で一番小さなその彼女……面倒なので私の中では妖精のヨウさんと呼びましょう。
 ヨウさんは私とドラゴンに近付いて来て、ドラゴンに向けて喋っているようでした。
 何かを覚悟しているような、決死の表情でした。

「――――」

 相変わらず私には声すら聞こえないのですが、何か言っているのは確かなようで、口が動いていました。それに反応してか、ドラゴンが近付いてきたヨウさんに視線を向けます。
 視線を向けられただけで卒倒しかねないほどに顔を青くし、怯えを濃くするヨウさんですが、気丈にも話を続けているようです。遠くの木陰から心配そうに他のふたりがヨウさんを見ています。
 一体どんな会話があったのか定かではありませんが、ヨウさんは私が地面に描いた絵を指し示していたので、恐らく私の代弁をしてくれたのでしょう。

(だ、大丈夫でしょうか……)

 どうやら私の意思をドラゴンに伝える役を買って出てくれているようですが、とても危険です。万が一ドラゴンの不興を買ったら恐ろしいことになります。
 いつでもドラゴンとヨウさんの間に入れるように構えつつ、事態の推移を見守るしかありません。
 ドラゴンはといえば、若干不機嫌そうにも見えましたが、とりあえずブレスを吐こうという様子はありません。ヨウさんが人里があると思われる方向を指さすと、ドラゴンもそちらを見やり、軽く唸りました。
 威嚇ではないようですが、ドラゴンの低く轟く唸り声は恐ろしいものです。
 私は思わずヨウさんのすぐ傍に寄りました。いざとなれば間に立たなければならないので、背中に隠れるわけにはいきませんでしたが、安心感が欲しかったのです。

「グルルル……!」

 ドラゴンは一際強い声で唸ったかと思うと、その大きな前足を持ち上げました。
 まさかヨウさんに爪を振るう気なのでは、と感じ、慌てて前に出ようとしたところ。
 ドラゴンはヨウさんと私を、その前足でまとめて掴んで来ました。
 一応加減はされているのか、それともバスタオルの力か、身体が潰れたりはしませんでしたが、かなり苦しいです。

(うぐぐ……っ、わ、私はともかく、ヨウさんは……!?)

 私と違って、ヨウさんには羽根が生えていました。それも妖精らしく昆虫のそれに似た薄く脆そうな羽根です。
 そんなヨウさんを鷲づかみにするというのは、トンボを鷲づかみにするような暴挙であると思われます。羽根が潰れて飛べなくなりかねません。
 そもそも加減知らずのこのドラゴンに掴まれて大丈夫なのでしょうか。
 密着することになったヨウさんの様子を伺ってみましたが、幸い私が心配していたほど、苦しがっている様子はありませんでした。
 私と同じ程度には圧迫感を覚えている様子でしたが。
 羽根も潰れたわけではなく、最初からなかったように消えているので、恐らく自在に出し入れができるのでしょう。折り畳んでいるだけかもしれませんが、一安心です。

(しかし、これは……ちょっとまずいかも……)

 私とヨウさんはまとめて掴まれたので、密着せざるを得ません。ドラゴンの力は強く、押しのけられるものではありませんし。
 ヨウさんの豊満な身体が私に押しつけられています。身長はそこまで差がありませんので、その豊かなバストに埋もれて呼吸ができなくなるということはありませんでしたが、密着していることには変わりありません。
 モデルさんも裸足で逃げ出すレベルの整った顔立ちが、すぐ目の前にあります。
 日本人とは全然違う作りではありましたが、それでもその美しさは視線を惹き付けてやみません。
 身体を締め付けられる苦しみに顔を歪めながらも、こちらが様子を窺っていることに気づくと、安心させるように微笑みを浮かべてくれました。
 本当にいい人……いえ、妖精です。

(ほんと、ヨウさんたちには頭があがりませ……うわわっ!?)

 ばさり、と翼が空気を叩く音がしたかと思えば、ドラゴンが空に舞いあがりました。
 当然、その前足に掴まれている私とヨウさんもです。
 ドラゴンは飛び上がった空中で、暫しその場に滞空したかと思えば、ゆっくりと向きを変え、人里があると思われる方向に頭を向けました。
 どうやら、ヨウさんが交渉した結果、人里に向かうことにしてくれたようです。
 もしかすると、ヨウさんは同行まで申し出てくれたのかもしれませんね。そうだとすると、そこまでやってくれるヨウさんに感謝しかありません。
 何か返せればいいのですが、いまの私にはどうすることもできません。

「グルォ――ッ!」

 ドラゴンが一声啼いて、人里があるらしい方向に向けて動き始めます。
 上下の震動はかなり厳しかったですが、一度経験していた分、周囲を見る余裕がありました。
 そういえばヨウさん以外の美女さんたちは森に残るのでしょうか。
 遠ざかっていくさっきまでいた場所を見てみると。
 そこでは、ふたりの美女さんが心配そうにこちらを見つめていました。
 そして、その背後に。

「……え?」

 思わず声が出てしまいました。
 いまのいままで、美女さんたち以外の存在が見当たらなかったにも関わらず、すごい数の……なんといえばいいのか、とんでもない存在がぞろぞろと現れていました。
 ドラゴンに怯えて隠れていた、というにはあまりに立派な存在ばかりです。

 身体と同じ大きさの立派な角を生やした大鹿。
 銀色に輝く体毛を煌めかせる、これまた大きな狼。
 先端に炎が灯った牙を持つ荒々しい雰囲気の猪。
 近くの木の梢には、キラキラ光る鱗粉が蝶になって動き出している、明らかにこの世ならざる様子の孔雀。
 リスのような小動物も何匹かいるのですが、その動きはあまりに速すぎて、美女さんたちの肩に登ったと思ったら、残像を残して反対側の肩に移動していました。

 ゲームで言えば、ボス級であろう森の生き物が、その場に集結していました。
 そしてその恐ろしく強そうなモンスターたちを、美女さんたちはまるで自分のペットか何かのように、自然に受け入れています。
 噛みつかれたら大怪我では済まない狼の頭を、自然体で優しく撫でていたりするのです。

(もしかして……もしかしなくとも、この人たちって……ヤバい存在なのでは……?)

 生態系のバランスを司る森の管理者、とかならまだいいです。
 でも、人々の上に王がいるように、魔物の上に魔王がいるように。

 この美女さんたちこそ、森の生物の頂点に立つ森の女王――だったりして。

 仮に、もしそうなのだとしたら、それらを土下座させるほどに圧倒するこのドラゴンってどれだけ恐ろしいのかって話です。
 これ、人里に行って本当に大丈夫なのでしょうか。
 限りなく膨らんでいく私の不安を余所に、私とヨウさんはドラゴンに運ばれていくのでした。


第四章につづく

バスタオル一枚で異世界転移 第三章 4

 私はドラゴンの傍の地面に、木の棒を使って絵を描いていきます。
 まずは自分の表す人型と、美女さんたちを表す羽根の生えた人型。そしてドラゴン。

(……これがドラゴンだって、通じるでしょうか……?)

 人型はともかく、ドラゴンを図示するのって難しいです。
 とりあえずトカゲに翼と角みたいなものを描き足してみましたが、通じるでしょうか。
 私は自分たちとその絵を交互に示して、なんとかそれが私たちを示しているものだと伝えようとしました。
 しかし、ドラゴンはじっと私の方を見て……いや、絵を見て……いえ、やっぱり私を見ている、ような。
 ドラゴンの目は大きくて、視線がどこを向いているのかわかりにくいのです。私を見ているかどうかくらいはわかりますが、手元を見ているのか顔を見ているのかとなると。

(あれ……これ、伝わっているのでしょうか? わ、わかりません……っ)

 理解してくれているという前提で、私は少し離れたところに人型をいくつも描き、人の集まるところを図示し、そこ目掛けて矢印を引きます。
 これで「人の集まるとこに行きたい」ということが示せたはずです。
 果たしてドラゴンの反応は、と見上げて見ると、ドラゴンに動きはありませんでした。
 変わらない様子で私の方を見ています。

(もしかして……サイズが違いすぎて認識できていないのかも……?)

 私は一端地面の絵を消し、大きく描き直します。
 まず私を示す人型の絵、次にドラゴンの絵、と描いていると、不意にドラゴンがその前足を動かしました。
 ドラゴンの前足はドラゴンの身体全体からすると細いですが、私の胴体くらいの太さはあり、かつ、先端にある五つに分かれた指の先には、私の手首ほどの鋭い爪があります。
 私の身体を掴めるくらいには器用な指先なのですが、その内の人間でいう人差し指に当たる指だけをまっすぐ伸ばしたかと思うと。

 ドラゴンはその一本の爪で地面を抉りました。

 恐らく私が地面を木の棒でひっかいて遊んでいる、とでも勘違いしたのでしょう。ドラゴンにしてみれば私の真似をしたつもりなのかもしれませんが、そこには力の差という絶対的な違いがありました。
 ドラゴンの爪の一撃は、まるで爆発物でも仕込んでいたかのように地面を抉り飛ばし、そこに残っていた切り株を高々と空中に舞い上げたのです。
 小枝を、とかじゃないんですよ。しっかりと地面に根を張っていた切り株を、です。

(わー……結構木の根って深くまで伸びてるものですねー……)

 私が現実逃避気味にそう思ったのも仕方ないでしょう。
 ぱらぱらと土塊が降り注ぐ中、思わず呆然としてしまいました。
 呆然としながらも、ドラゴンが破壊を振りまく様を見て、三人の美女さんたちの顔が絶望に染まるのを見てしまいました。
 ドラゴンはそちらに目を向けることなく、また指を振るおうとしています。

(これ以上やらせるわけには……!)

 ただでさえ森に住む美女さんたちに迷惑をかけているのです。
 私は咄嗟に振り上げられたドラゴンの腕にしがみつきました。無論、私の体重程度ドラゴンに何の影響も与えられず、私は大人の腕にぶら下がる子供みたいになってしまいます。
 それでも爪を振るうことは止められたようで、ほっとします。
 代わりに、ドラゴンは私を腕にしがみつかせたまま、腕を高く持ち上げました。

(うわわわっ! 怖い怖い怖いです!)

 なまじ半端に『高い』分、逆に怖さがありました。
 超高層ビルの上から下を見ても高さの実感が湧きませんが、二階建ての家の屋根の上からだと、落ちたときにどれくらいの衝撃が来るのかわかりやすい、みたいなものです。
 ドラゴンは自分の視線の高さに持ち上げただけなのでしょうが、私にしてみれば大怪我必死の高さです。バスタオルの不思議な力で怪我はしないだろうと理解していても、怖いものは怖いのです。
 腕にしがみついてなんとか落ちないようにするしかありません。
 ドラゴンはそんな私の努力をあざ笑うかのように、腕を左右に振り始めました。

(ちょっと――っ!?)

 私の身体はそれに伴い、振り子のように思いっきり揺れます。バスタオルの裾がはためき、めくれ上がって、下半身が丸出しになっているのがわかります。
 恥ずかしいのもそうなのですが、羞恥より深刻な問題がありました。
 全体重を支える腕の筋肉がぷるぷると震え始めたのです。
 鍛えているわけでもない私には、あまりにも酷な運動でした。
 ドラゴンは遊んでいるつもりかもしれませんが、こっちは全身運動です。

(おちっ、落ちる……っ!)

 いよいよ腕が限界に達しようとしたとき、ドラゴンの腕がぴたりと止まりました。
 思わずほっとしてしまったのがいけなかったのでしょう。
 腕から力が抜け、相当の高さから落下してしまいます。
 一瞬の浮遊感の後、私は頭から地面に落ちました。
 地面に落ちる直前、不思議と暖かい風が吹いたような気もしましたが、まったく減速することなく、思いっきり顔を打ちました。
 普通なら首の骨が折れていたでしょう。けれど、幸いにしてそうはなりませんでした。

(い、いたく……はない、ですけど……っ)

 バスタオルの力でしょう。頭が地面にめり込んだだけで済みました。済んだ、と言って良いのか疑問ですが、とりあえず死んではいません。
 私は埋まった頭を引き抜こうと両手を使って踏ん張りますが、抜けそうにありません。
 頭だけが地面に埋まって脱出に苦労するとか、もはやギャグ漫画の描写です。
 バスタオルの力がなかったら頭が潰れていたか、首の骨が折れていたかでしょうから、よかったのかもしれませんが、想像するとすごく情けない格好です。
 手だけでは無く、膝を立てて足も使おうとすると、バスタオルの裾がめくり上がり、胸の辺りまで露わになるのがわかりました。

(絶対に人に見せられない格好ですよねいま……!)

 頭が地面に埋まって呼吸できないことによる苦しみもありましたが、死にたくなるほどの羞恥も一緒に襲いかかってきます。
 けれど、呼吸を確保しなければならない以上、恥ずかしいとか言ってられません。
 早く済ませてしまおうと、手足を踏ん張って頭を引き抜こうと試みます。
 その瞬間、頭の周りの土が急に動いて、私はあっさりと頭部を引き抜くことができました。勢い余って尻餅をついてしまいましたが、些細なことです。
 呼吸ができるようになって、激しく咳き込みながら目を開けます。
 見れば、三人の美女さんのうちのひとりが、私の頭が埋まっていたであろう穴のすぐ傍の地面に手を突いていました。

(もしかして……魔法か何かで助けてくれたのでしょうか……?)

 その美女さんは私の方を心配そうに窺ってくれていましたが、ちらりと私の頭が埋まっていた穴を見ました。
 すると、勝手に地面が動いて穴が塞がっていくではありませんか。
 何らかの力で助けてくれたのは間違いないようです。
 私は口の中に入った砂をつばと一緒に吐き出しつつ、彼女に向けて御礼を言いました。

「ぺっ、ぺっ! あ、ありがとう、ございます……っ」

 言葉は通じていなくとも、感謝の気持ちは伝わったようで、彼女は少しだけ笑みを浮かべると、すぐさまその場を去って行きました。
 ドラゴンが怖いでしょうに、傍まで来て助けに来てくれたことに感謝です。
 一方、私を殺しかけたドラゴンは不思議そうに私を見つめています。どうやらドラゴンのはいまので私が死にかけたことを理解していないようです。
 確かにドラゴンであれば頭が地面に埋まって抜け出せなくなる、ということはないのでしょう。指先ひとつで発破を使用したような地面の抉り方をするんですから。
 ドラゴン基準で人を扱うのは本当に止めていただきたいところです。
 私は土まみれになった髪の毛を払いながら、ようやく落ち着いて結果について考えることができました。
 絵を使ったドラゴンとの意思疎通はできない、ということに。

(さて……困りましたね……詰みました……)

 美女さんたちとは少し意思疎通ができていただけに、落胆は大きなものでした。
 ドラゴンと意思疎通ができないとなると、人里に向かうことも難しくなります。
 というか仮に意思疎通ができたとして、このドラゴンを人里に連れていっていいものかどうか。
 私はバスタオルに宿った不思議な力があるので死にませんでしたが、いまのを普通の人がやられたら落ちた時点で死んでます。
 よくて首の骨が折れて寝たきりになるくらいでしょうか。危険すぎる存在です。

(ん……? でも、異世界なんですし……もしかすると人の丈夫さも違うのでは……?)

 私はドラゴンが加減知らず、という方向で考えていましたが、もしかするとそうではない可能性もあることに気づきました。
 魔法らしき何か、があるような世界です。
 当然、人もそれを扱いこなしていることでしょう。それなら、いままで私が受けてきた死ぬような仕打ちも、実はこの世界の人なら普通に受け流せる、という可能性もあるのではないでしょうか。
 魔王さんを倒したブレスは置いておくにしても、じゃれつかれる程度は許容範囲なのかもしれません。
 希望的観測でしたが、そう思わないと身動きが取れません。

(……いずれにせよ、人里に行ってみるしかないですね)

 そして結局、問題は意思疎通が取れないというところに戻ってきます。
 言葉は音すら聞こえず、絵でもダメとなると、いよいよドラゴンと意思疎通の可能性が無くなってきます。
 頭を抱えて悩んでいた私は、ふと、重要なことを思い出しました。

(そうです……確か、彼女たちはドラゴンと話していたはずです……!)

 どういう方法かはわかりませんが、ドラゴンと美女さんたちが話していた様子はありました。それならば、美女さんたちからドラゴンに言ってもらえばいいのではないでしょうか。
 美女さんたちとはある程度意思疎通ができるのはわかっています。完全ではなくとも、仲介してもらえば、『人里に行きたい』くらいは伝わるかもしれません。
 私はその期待を持って美女さんたちを見て――それが難しい事に気づきます。
 なぜなら、美女さんたちは思いっきりドラゴンに怯えていたからです。
 いま私はドラゴンのすぐ傍に立っているのですが、美女さんたちは十数メートル離れた木の幹の影からこちらを窺っています。

(あんなに怯えている彼女たちに、ドラゴンと話してくださいとは言えませんね……)

 ただでさえ迷惑をかけていると言うのに。
 彼女たちに代弁してもらった結果、それが運悪く逆鱗に触れて彼女たちに向けてブレスが吐かれでもしたら……それは避けなければなりません。
 自分でなんとかするしかありません。

(こうなったら肉体言語です! ジェスチャーなら多少は通じるはず……!)

 美女さんたちがドラゴンに向けて土下座していたことや、私の笑顔に反応したことなどから、少なくとも動きや表情を読むことはできるはずです。
 私はなんとかジェスチャーでドラゴンに意思が通じないか改めて試してみることにしました。
 両手を翼みたいに上下に動かしてみたり、立ち位置を頻繁に変えて複数の人を表現しようとしてみたり、服を着るような仕草を見せたり……色々試してみました。
 ですが、ドラゴンはそんな私の頑張りをじっと見つめて、たまにちょっかいをだしてくるだけで、私の意図を理解しようとしてはくれませんでした。

(うー……バスタオル一枚でなにやってるんでしょう、私……)

 バスタオル一枚の格好で、馬鹿みたいなジェスチャーをしている自分の姿を想像してしまい、私は穴があったら入りたくなるほど恥ずかしくなってしまいました。
 ドラゴンの前で体育座りになって、膝を抱えながら溜息を吐きます。
 いったいどうしたらドラゴンに意思が通じるのでしょうか。

つづく 

バスタオル一枚で異世界転移 第三章 3

 手早く股間の洗浄を済ませ、私は池からあがりました。
 そして、茂みの中で頭を抱えつつ、現状わかったことを整理することにしました。
 正直なところ、私自身ではなく、バスタオルに不思議な力が宿っているのではないかというのは、半ば予想できていたことでした。
 水から上がったとき、私の髪は濡れていたのに、タオルの方はあっというまに乾いたこと。同じようにヒポグリフの血に汚れたはずなのに、身体の方には若干汚れが残り、タオルの方には全く汚れが残っていなかったこと。
 それらのことから、タオルの方に何らかの力が宿っていると考えるのは自然でした。
 ただ、それでも自分の方にも何かしら力が宿っていると思いたかったのです。ゴブリンの投石があたったとき、当たったのはむき出しの肩でしたし。
 だから、タオルだけでなく、自分自身の身体も多少は頑丈になったと思いたかったのです。それが裏切られた形でした。

(私にも何か力が宿っていればいいんですけど……望み薄ですね)

 一応、私自身にもなんらかの力が宿っている可能性は、完全には否定されていません。
 ステータス画面のようなものを見たわけではないのですから。
 環境変化の無効化だけがタオルの力で、自分自身にも何らかの力が宿っていると思いたいところです。
 それこそドラゴンのブレスを無効化した力とか。
 けれど、それを安全に確かめる術もない現状、そう考えるのは危険でした。

(とにかく、このバスタオルは、ぜったいに手放せませんね)

 現状、私の持っている物はこのタオルだけです。
 人里に行けたら物々交換を持ちかけてでも服を手に入れようと思っていましたが、その方針は転換せざるを得ないようです。
 このバスタオルが生命線だとわかった以上、決して手放すわけにはいきません。
 そうなると、何か代わりになるような物を用意したいところですが、それはいまはおいておきます。

(このバスタオルが、どの程度耐えられるのか探らないと……)

 私は自分には何の力もなく、このバスタオルがすべての無効化能力を持っていると仮定して考えることにします。
 少なくとも私とバスタオルが揃っている状態なら、環境の変化にもドラゴンの挙動にも耐えられることは確実なのですから、ひとまずはそう考えるべきでしょう。
 巻き付けている状態のバスタオルは、自分の動きではほとんど落ちません。
 一度確認しましたが、飛んだり跳ねたり、回転したりしても落ちないのです。
 意識して身体を捻ってみたり、曲げたりしてみましたが、結び目というか、折り返して止めている部分は小揺るぎもしません。

(普通ならとっくに解けてるはずですから……きっとこれもバスタオルの力ですね……)

 また、ドラゴンがじゃれついて来た時、爪が引っかかったりしてかなりタオルを引っ張られましたが、それでも外れませんでした。
 ドラゴンにそのつもりがなかったからかもしれませんが、他者に無理矢理脱がされるということもひとまずは心配しなくてもよさそうです。
 そうなると考えられる最大の問題は、不慮の事故で外してしまう、ということでしょう。
 例えばうっかり指が引っかかった、とかです。
 私はバスタオルの折り返しに指を入れ、そして、肘を近くの木の幹に押しつけるようにしてタオルが外れる方向に力を入れてみました。
 すると、タオルは身体に沿って回っただけで、外れませんでした。

(これでも大丈夫……なら、引っ張ってみるのは……)

 私はタオルの裾を持って、広げる方向に引っ張ってました。
 あとから考えると、まるで裸を晒す露出狂のような動作でしたが、真剣に考えていたので気づいていませんでした。
 そうしてタオルをぐいぐいと引っ張って見ても、折り返しが解けて脱げてしまうということはありません。
 明らかに不思議な力が働いています。
 それだけしっかり脱げるのを阻止してくれているのに、脱ぐつもりで折り返しに手をかけてみると、あっさりと外れてしまいました。

(うーん……不思議ですね……なんというか……電磁石のオンオフを切り替えてるみたいです)

 一体何がどう作用すればこういうことになるのか不思議でした。
 とにかく、このタオルは私が脱ごうとしない限り、少なくとも不慮の事故で外れる、ということはなさそうです。
 この訳のわからない不親切な世界に来てようやく、初めての良い情報です。
 私は改めてタオルをしっかり巻き直して、外れないようにしました。さっきのことからすると、この辺りはものすごく気温が低いようですし、裸でいたら死んでしまいます。
 他に調べられそうなことは、と思考を巡らせようとしたとき、私を隠してくれていた茂みが急に倒れ、視界が開けました。
 驚いて周囲を見渡すと、どうやらあの三人の美女さんたちが何かしたようです。
 手を翳して、何らかの力を使っているようです。サイコキネシスというものでしょうか。
 どうしてそんなことをしたのか、という疑問は一瞬で氷解しました。

「ぐるるる……」

 寝ていたドラゴンが起き、此方を見ていたからです。
 どうやら起き出したドラゴンが私を探し始めたので、美女さんたちが私の姿が見えるように茂みをどかしたようです。
 三人のうちのひとりが慌てた様子で私の傍に来て、手を取って引っ張るので確実にそのようです。
 私を探してドラゴンが森の中に入れば、森の木々をなぎ倒してしまいますもんね。
 三人の美女さんたちの気持ちがなんとなくわかったので、引っ張られるのに抵抗せず、ドラゴンの傍に戻ります。
 ドラゴンは私が傍に近付くと、上機嫌に鼻先をすり寄せてきました。
 サイズ差がなければ、純粋に懐かれている仕草なので悪くないのですが、例えば象の手加減なしのスキンシップに耐えられる人間がいるのかという話でして。
 私は物の見事に押し倒され、ぐりぐりと地面に押しつけられてしまいました。

「ぐえっ……! ちょ、お腹を押さないでください……っ!」

 恐らくこのドラゴンは人に接した経験がないのでしょう。ドラゴン同士ならじゃれつきで済む行動も、私にしてみれば交通事故です。
 というか、私が押しつけられた地面が私の形にわずかに陥没していました。軟らかい地面というわけでもない、普通の地面なのにです。
 普通こんな力でお腹を押さえつけられたら、内蔵が破裂するか、背骨が折れるか、あるいはそのどちらもか、でしょう。死にます。
 しかし、これもバスタオルの力か、私はちょっと苦しいくらいの感覚で済んでいました。
 文字通り無邪気に殺しにかかられてるわけですが、私は冷静でいることができました。バスタオル様々です。

(ほんと、じゃれついてくるだけなら可愛いんですけどね……)

 風貌は世にも恐ろしげなドラゴンですが、慣れてくると愛嬌が感じられます。
 ちょっと大きすぎる大型犬だと思えば、怖くはなくなっていました。
 ただ、懐かれているからいまはいいのですが、その懐いたらしい要因がバスタオルの力だというのが問題です。
 バスタオルを人に渡せば、改めてその人に懐くかもしれません。
 このドラゴンは私という存在に懐いているわけではないのです。
 それは、この先ドラゴンと行動を共にするには恐ろしい事実でした。

(もしこのバスタオルを誰かに奪われたら――いえ、危惧すべきはそれだけではありません……)

 不慮の事故で外れそうにないのは確認しましたが、ここは魔法がある世界です。
 私の思いもかけない方法でバスタオルが奪われるかもしれません。
 さらに、奪われるというだけではなく、バスタオルの効力が突然切れることも考えられました。
 なにせ、どういう理屈でこの効果が発動しているのかもわからないのです。
 身体を動かすとお腹が空いたように、この世界でも『何かを動かすために何かが必要』という基本原則は変わらないと考えられます。
 それなら、このバスタオルにもその効果を発揮するための『何か』が消費されているはずで、それが何かもわからない今、いつその効果が消えてしまっても不思議ではありません。
 私は現状をまとめてみることにしました。

(異世界の住民との意思疎通が困難で、最高の防御力はあっても攻撃的な装備はなく、世界に対する基本的な情報すら不足していて、さらに私を守ってくれている力に時間制限があるかないかも不明……うん、ほんとふざけてますね)

 さらに、いまは好意的ですがいつなにがきっかけでそれが覆るかわからない、魔王級ドラゴンのおまけつき。
 ドラゴンがいなければ魔王さんの時点で詰んでいたので、感謝するべきなのでしょうけど、ドラゴンがいるために今後の行動は相当難しくなってしまっています。

(とにかく、まずは落ち着いて、目標を整理しましょう……)

 最終目標はこの世界から元の世界に帰ること。
 中期目標はこの世界での生活基盤を確保すること。
 短期目標はこの世界の基本的な情報と、装備を手に入れること。

(……いえ、それよりもまず、ドラゴンさんとの意思疎通ですね)

 それができないと、まず人里にいくことが出来ません。
 今の段階では途方もない話ですが、一つずつクリアしていくしかありませんでした。
 私は改めてドラゴンとの意思疎通を試みることにします。
 美女さんたちにやったように、絵を描いてこちらの意思を伝えるのです。

つづく
 

バスタオル一枚で異世界転移 第三章 2

 これから私はどうすればいいのか。
 まずは、言葉が通じる存在とコンタクトを取ることです。
 魔王さんの例から考えると、魔法が使える人ならば、言葉が通じるようにしてくれる可能性があります。
 あの魔王さんの使っていた魔法がどの程度の難易度の魔法になるのかはわかりませんが、まさか魔王さんしか使えないような魔法ではないでしょう。
 いずれにしてもまずは人里を訪れて見る、というのが妥当な方針なのですが、そうするために立ちふさがる大きな問題がドラゴンです。

(いっそ小さくなったり、人型になったりしてくれたら話は楽なんですけどね……)

 物語では、人外の存在は「人化の術」とかで気軽に人型になるものなのですが。
 もちろん、もしかしたらこのドラゴンもそういったことが出来るのかもしれません。
 ドラゴンの目が覚めたら、絵を駆使して出来ないかどうか尋ねてみようと思っています。
 まあ、とはいえ。
 この不親切極まりない世界でそんな都合のいいことはないだろうな、と半ば確信しており、それは諦めていました。

(……ん。ちょっと一息つけちゃったせいですね……)

 程よくお腹も満ち、周囲に目立った脅威もなく、悩みの種であるドラゴンも寝ている、という状況になったためか、尿意を覚えました。
 いままでは気にする余裕がなかったので、かえって催していなかったのですが。
 私は椅子代わりにしていた倒木から立ち上がります。
 その私の動きを敏感に察知したのか、三人の美女さんたちが一斉に私の方を見ました。

「あ……えーと……」

 どう説明しましょう。
 人間相手ならまだしも、彼女たちは明らかに人間ではない存在です。
 彼女たちが排泄がしている姿は想像できませんし、ジェスチャーで伝わるでしょうか。
 恥を忍んで、股間を指さし、そこから何かがでるような仕草をしてみましたが、案の定あまり伝わっていないようです。
 困りましたが、とにかく付いてこないようにしてもらえばいいだけです。
 私がその場を離れようとすると、三人はついてこようとします。
 それを手で制し、すぐ戻ってくることを手振り身振りで示します。
 渋々、という様子でしたが、三人はその場に留まってくれました。

(……まあ、彼女たちからすれば私はドラゴンが連れてきた存在ですもんね)

 ブレスを吐こうとしたのを止めたのもあって、何らかの重要な存在だと思われているのではないでしょうか。
 私から眼を離して、いなくなったということになれば、ドラゴンは彼女たちにその責を押しつけるかもしれません。
 そう考えれば、私から眼を離したくないというのが本音でしょう。
 それでも私の意思を優先してくれたことに感謝しつつ、彼女たちやドラゴンからあまり離れない位置で、ほど良い茂みを探します。

(ん……ここなら、背の高い草に隠れていいですね)

 私は茂みを掻き分け、程よいスペースを確保して用を足します。
 野外でおしっこなんて、子供の頃にトイレもないような山道を登ったとき以来です。
 あのときも恥ずかしかったですが、大人になったいま、恥ずかしさはその時の比ではありません。
 しかもバスタオル一枚の格好で、なんて。
 こんな非常事態でもなければ、羞恥のあまり死にたくなっていることでしょう。
 とにかく早く人里に行って、服くらいは着たいものでした。

「ふぅ…………あっ」

 そこで私は、致命的なミスに気づいてしまいました。
 用を足した後、拭くものを何も用意していなかったのです。
 いえ、バスタオルはあります。
 濡れてもあっという間に乾くという不思議な力を持つようになったこのバスタオルなら、汚れてもすぐ綺麗になるとは思いましたが、それはあくまでそうらしいというだけです。
 そもそも心情的に、最後の砦であるバスタオルで尿を拭くのは、ためらわれました。

(う、うーん……かといって拭かずにかぶれてしまっても困りますし……)

 私は葉っぱでもいいので何か拭く物がないかと周囲を見渡します。
 すると、少し向こうに小さな池があることに気づきました。
 水で流したあとなら、直接拭くよりはだいぶマシです。
 私はバスタオルの裾が汚れないように軽くたくし上げつつ、急いでその池に近付きます。
 池の水はとても綺麗で、かつ、小さな魚が泳いでいるのも見えました。
 これなら身体に害はないはずです。

(問題はどれくらい深いかですが……)

 私は池の縁に腰を下ろし、恐る恐る足を池の中に入れていきます。
 ほどなくして、池の底に足が着き、膝下くらいの深さしかないことがわかりました。
 綺麗な水を汚してしまうのは少し申し訳なかったのですが、洗剤を流すわけではありませんし、構わないでしょう。
 私は腰を下ろして股間を洗おうとして、バスタオルが水に着きそうになり、慌てて腰をあげました。

(濡れてもすぐに乾くでしょうけど……一端外しましょうか)

 それは普通の常識に則った判断でした。
 いくらすぐ乾くとわかっていても、バスタオルが水に浸かって濡れるのは、気持ちが悪かったのです。
 再度周囲を確認し、三人の美女さんたちも他の存在も近くにいないことを確認してから、身体に巻いていたバスタオルを外しました。
 そして、軽く折り畳んで池の縁に置き、手を離した――その瞬間でした。

「……ッ、ひゃぁっ!?」

 突然、水に浸かっていた足が、ひやりとした感触に包まれたのです。
 最初は、いままで普通の水だったのが、急に氷水になってしまったのかと思いました。
 けれど、すぐに全身の肌が粟立ち、私がいままで普通に感じていた周囲の気温が、嘘みたいに下がったのを感じました。

(な、な、なんですかいったい!?)

 歯の根が合わなくなって、震え始めるのを感じ、私は慌ててバスタオルを再度手に取りました。
 バスタオル一枚でも、全裸よりはマシだと思ったのです。
 ところが、バスタオルを手に取って身体に巻き付けていると、感じていた寒さが嘘のように消えていきました。
 粟立っていた肌もすぐさま落ち着き、水に浸かっている足からも普通の水の温度が伝わってきます。

「……え?」

 あまりに変化が唐突だったので、事態を理解するまでしばらく時間が必要でした。
 私は何の変化もない周囲の状況を呆然と見つめつつ、自分が身体に巻き付けたバスタオルに視線を落とします。
 これまでの経験上、なんとなく察してはいましたが。
 これはもしかして、もしかしなくとも。
 私は再度バスタオルを身体から外し、池の縁にそっとおきます。
 触れていた手を、ゆっくりと離しました。

「……ひっ!」

 すると、案の定。
 私の全身に鳥肌が立ち、足は氷水に漬けているように凍えました。
 慌ててバスタオルを掴み、胸にかき抱きます。すると、それだけで寒さがなくなっていくではありませんか。
 これは、もう間違いありません。
 このバスタオルが、外気温などの様々な影響を打ち消してくれているようです。
 考えてみれば不思議でした。
 私自身の身体能力はほとんど変わっていないのに、石が当たっても痛くなく、高所から落下しても平気で、魔王を倒すドラゴンのブレスにさえ耐え、超高空を移動しても凍えもせず、ドラゴンの牙が食い込んでも血すら滲まない。
 異世界に転移、もしくは転生する際、チート能力を得るというのはその手の物語の鉄板です。
 私の異世界転移の場合も、その「おやくそく」は適用されていたのです。

 ただ――そのチート能力は私ではなく、バスタオルに宿ったということなのでしょう。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第三章 1

 私は三人の裸の美女に囲まれながら、黄金じゃない普通の果実を食べていました。

 男性の方ならば羨ましく思えるシチュエーションなのかもしれませんが、あいにく女の私にとっては劣等感に苛まれる、苦痛でしかない状況です。
 なにせ三人が三人とも絶世の美女なのですから。
 その身体には何も身に纏っていないのですが、それゆえに完成されたプロポーションというのがはっきりわかり、その傍でバスタオル一枚でいる私にとっては何の拷問かと思ってしまうほどです。
 比べないでください。
 相手は人間ではない人外ですし、気にすることはないのかもしれませんけど。

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」

 私は一通り果物を食べ、満足したところで手を合わせて御礼を言いました。
 言葉は伝わっていないようですが、三人はにっこりと笑顔を浮かべていたので、私の感謝の念はちゃんと伝わっているようです。
 三人は私に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていました。
 ドラゴンのブレスから守ったことを感謝しているようなのですが、ドラゴンが来る原因は私が作ったようなものなので、感謝してもらうべきなのか悩むところではあります。
 さて、そのドラゴンというと。

「グウ……グウ……」

 一端はこの森から飛び去ったドラゴンでしたが、私が三人に果物を食べさせてもらっている間に、戻ってきていました。
 例の木々がなぎ倒されて森が開けた場所で、ドラゴンは暢気に丸まって眠っています。
 その口元がべっとりと血で濡れているところを見ると、どうやらドラゴンも食事をしに行っただけだったようです。
 ドラゴンから解放されたと思っていたのですが、そう上手くはいきませんね。
 今のところ眼を覚ます様子はないですし、いまのうちにやれることを試しておくとしましょう。

「これがリンゴ、です」

 美女さんたちのおかげでお腹を満たすことができたので、彼女たちと少しでも意思疎通ができないかと試みてみました。
 果物の余りを使い、地面においた果物の傍に「リンゴ」と文字を書いてみたのです。
 もしこれで美女さんたちが同じように文字を書いてくれれば、それがこの世界においての「リンゴ」という文字になるわけで、その要領で文字の語彙を増やすことができます。
 しかし、この試みは上手くいきませんでした。
 美女さんたちは「リンゴ」の文字をリンゴのことだと認識してくれましたし、何か喋ってくれてはいたのですが、相変わらずその言葉は音として聞こえませんでしたし、文字を書いてくれることもありませんでした。

「ううーん。少なくとも私の声は聞こえてるんですよね……わっ!」

 ちょっと悪いとは思いつつ、不意に大きな声をあげてみました。
 美女さんたちはその声に反応して驚いていたので、こちらの声は音として聞こえているのは間違いないようです。
 もしかすると英語とかフランス語とかなのかもしれないと、知りうる限りの言語を言ってみましたが、反応はありませんでした。
 言語での意思疎通は無理、なのかもしれません。
 でも、ジェスチャーのことといい、文字をリンゴと認識してくれたことといい、相互理解が完全に不可能なわけではないはずです。
 試しに文字では無くリンゴの絵を描いて示して見ると、複数ある果物の中から正確にリンゴを手にとって見せてくれました。
 意思疎通できる素地は間違いなくあるはずなのです。しかし、どうすればいいのか。

「ううん……困りました。……あ。そうです!」

 計画の頓挫に頭を抱える寸前、閃きました。
 少なくとも絵で「リンゴ」を示したことがわかってくれているのなら、人の絵を描いても通じるはず。
 私は簡単な人型を地面に描き、それと自分を交互に指し示します。
 三人の美女さんたちが頷くのを見てから、次にその人型の絵をたくさん書き、その近くに家のような図を書きました。
 これで「たくさんの人がいる場所」を示せたはず。
 もし美女さんたちが村とか町とかの場所を知っていれば、そっちを指し示してくれるはずなのです。
 美女さん達は顔を見あわせた後、ある方向を指さしてくれました。

(やりました! 成功です!)

 そっちに村か町か、とにかく人の集まる場所があるはずです。
 問題は歩いていけるほど遠いのか近いのかなのですが。
 自分たちのいる場所を「人型ひとつと、羽の生えた人型みっつ」で示し、さっき三人が指し示した方向に向け、矢印を短いのと長いのを書いて示しました。
 近いのか遠いのか、という問いのつもりです。

「どうでしょうか?」

 三人はしばらく話し合ってから、揃って長い矢印を指さしました。それどころか、その矢印を延長して示して見せてくれます。
 相当遠いようですね。さて、困りました。
 彼女たちの「遠い」がどれくらいの感覚なのかはわかりませんが、下手をすると歩いて行けるような距離ではないのかもしれません。
 そうなるとドラゴンになんとかお願いして運んでもらうしかないのですが、まずその意思疎通が出来るのかということ。
 さらに、よしんば意思が通じて運んでもらえたとして、その時ドラゴンに対してこの世界の人たちがどんな反応をするのかが未知数でした。

(いかにもヤバそうな魔王さんを倒せちゃうような、恐ろしげな……いえ、立派なドラゴンさんですもんねぇ……)

 人類最大の敵、といわんばかりだったあの恐ろしい魔王さんを瞬殺してしまうようなドラゴンです。
 恐らくですが、その強さはこの世界でも屈指のものでしょう。あの魔王さんが見かけ倒しの本当は弱い魔王だったというのでも無い限り。
 そんな魔王級のドラゴンが突然村に現れたとしたら、住民が恐慌に陥ることは間違いありません。
 混乱で済めばいいですが、最悪の場合、攻撃を受けてドラゴンが反撃し、あのブレスで村や町をなぎ払いかねません。
 三人の美女さんたちの時はなんとかなりましたが、同じように立ちふさがったとして、ドラゴンが攻撃をやめてくれるという保証はありません。やめてくれたとはいえ、結構渋々でしたしね。
 ちゃんとドラゴンの意思がわかっているならともかく、無闇に命を危険に晒したくはありませんでした。

(むむむ……弱りました……ここにいればとりあえず命の危険はなさそうですけど……)

 美女さんたちに迷惑がかかっている自覚はあるのです。
 いまはドラゴンが大人しく眠ってくれているからいいのですが、放っている威圧感は相当なものです。
 美女さんたちにしてみれば住んでいる森を破壊した元凶ですし、いまもことあるごとにドラゴンの方を見て警戒しているのがわかります。
 明らかに怯えているのです。
 このままここに居続けるのは、彼女たちに申し訳がありません。
 さりとて言葉も通じないドラゴン相手にどうすればいいのか。
 私は途方に暮れているのでした。

つづく
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