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黎明媚態

露出系、羞恥系の18禁小説を書いています。関連の同人・版権作品のレビューも書きます。18歳以下の閲覧禁止。

露出旅行記 温泉街編

「ずいぶん長く休憩しちゃったわね、ルミナちゃん――旅はまだまだこれからよ」
「……はい」
 エミリさんは朗らかな笑顔でそう言った。
 いきなり色んなことがあって、もう何年もこの宿にいるような気がするけど、時計を確認してみれば宿に到着してまだ一時間も経ってない。
 昂ぶってしまったからとはいえ、やっぱりいきなりやりすぎたような気がする。
 まあ、もうやってしまったものは仕方ない。気持ちを切り替えよう。幸いにしてまだ体力には余裕があることだし。
「ところで……エミリさん。本気でこの格好で外に出るんですか……?」
 私とエミリさんは今、浴衣に帯を締めた温泉宿特有の無防備な格好だった。浴衣はそう薄い材質ではないけど、下着を身につけていないから、かなり心許ない。
 本当の湯上がりのお客さんでも、こんな無防備な姿をしている人はいないだろう。
「着物の下には下着を着けないものだから大丈夫よ」
 そんな風にあっけらかんというエミリさんの、大きな乳房がゆさりと揺れる。下着を着けていないことが明らかだった。
 私も人のことは言えない状態なので、両腕を身体の前で交叉させることで揺れることを防いでいる。
「それ……仮にそうだったとしても……私たちがいま着てるのは着物じゃなくて浴衣ですよね……?」
「細かいことは気にしちゃだめよ?」
 にっこり笑顔のエミリさんには敵わない。
 私は溜息と共にそれを受け入れる決意をした。それにエミリさんと同じ露出ッ子の私としては――この格好にドキドキしているのも事実だったし。
 それに、この宿の浴衣はきちんとしたもので、いまの状態でもその下が透けて見えるようなことはまずなさそう、ということもあった。色自体は白を基調としているけど、材質がしっかりしているから着ているだけで透けるようなことはない。
 だからドキドキはするけど、過度に恥ずかしくはならず、比較的落ち着いて動くことが出来そうだった。

 あとから思えば――エミリさんともあろう人がその程度のドキドキで満足するはずもなかったのだけど。

 エミリさんに背中を押されるようにして、私は部屋を出る。
 部屋の鍵を閉めたエミリさんは、さりげない動きで私の手を取り、楽しげに歩き出す。
「え、エミリさんっ」
 せっかく胸が揺れないように抑えていたのに、片手を取られたことで抑えきれなくなった乳房が揺れてしまう。
 エミリさんは自分の胸が揺れるのには一切構わず、楽しげにスキップしながら廊下を歩き出した。
「ほらほら、ルミナちゃん! 早くいきましょ! ゆっくりしちゃった分、取り返さないとね!」
「わわっ、歩きます! 自分で歩きますからもう少しゆっくり!」
 取られた手をぐいぐいと引っぱられて、私は慌てて歩くスピードを速める。

 エミリさんに引っぱられていく先で、想像を超えた恥辱が待っていることを、このときの私はまだ知らなかった。




「いってらっしゃいませ」
 旅館の受付で鍵を預けた私たちは、温泉街へと足を踏み出した。まだ明るい時間帯。都会ほどではなくとも、人通りは結構ある方だ。
 そんな中を、浴衣一枚の頼りない格好で歩くことになるのかと思うと、心臓の鼓動が痛いほど高まった。
「さあ、ルミナちゃん。まずは温泉街を散策しましょ」
「は、はい……」
 相変わらずエミリさんは私の手を離してくれない。片手が塞がってしまい、胸を押さえる手が足りなくて困る。
「ルミナちゃん、そうしてると逆に気づかれちゃうわよ? 堂々としなくちゃ」
「わ、わかってますけど……っ」
 エミリさんも人の目がある場所では、さすがに歩く速度を緩めてなるべく揺らさないように歩いている。そうすると胸を抑えている私の方が逆に不自然に思えた。
 まじまじと観察されてはいないけど、すれ違った人たちがなんとなく注目して来ているような感じはする。
 意を決して胸から手を離し、エミリさんの動きを参考になるべく上半身を揺らさないように歩く。そうすると少し気取っているような感じもするけど、お淑やかに歩いている範疇になった。
 明らかに親子ではない大人の女性ふたりで手を繋いで歩いているのはどうしたって悪目立ちするけども、そこまで注目されているような感じはしなくなる。
 いや、やっぱり注目されているかも。通りの反対側を歩いている男性グループからの視線が痛い。
「うふふ。ルミナちゃん可愛いから、皆の視線を釘付けね」
「……それをいうなら、原因はエミリさんだと思います」
 自分の容姿の判断はできないけど、エミリさんに関しては絶世の美女というのが相応しい容姿の持ち主だ。同性の私でさえ思わず目で追ってしまう程度には綺麗で、魅力的だ。
 そんなエミリさんが色っぽい浴衣姿で歩いているのだから、そういうのに敏感な男性に注目されるのも仕方ない。
 そのために私への視線が減ることに繋がっているのだから、ありがたいと思うべきか。
 普通は向けられないはずだった視線をも集めることに繋がっているのだから、厳しいと見るべきか。難しいところだ。
 いずれにせよ、露出ッ子という強力な仲間意識がなければ、エミリさんは隣に並んで歩くのは遠慮したいほどの美女だった。
 そんなエミリさんに、私なんかが釣り合うわけがないと思っていたら。
「あっ、ルミナちゃんルミナちゃん! 温泉まんじゅうがあるわ! 食べましょ!」
 楽しそうなエミリさんに手を引かれて、歩き方が乱れてしまった。普段はブラジャーや服で抑えられているおっぱいが、ぶるんと揺れる。
 慌てて立て直したけど、男性グループからの視線が私に集中するのを感じた。
 ノーブラの乳房が揺れたところを見られたのかもしれない。
 見られたかもしれない、と思ったら、かっと頬に熱が集まってきた。恥ずかしい。下着もつけずに外出するなんて、痴女だと思われても仕方ない。
 私は恥ずかしさで赤くなる頬をごまかしつつ、男性グループの方は見れなかった。
 エミリさんに急いでついていき、試食の温泉まんじゅうを頬張る。
 できたてのまんじゅうはとても美味しかったはずだけど、ドキドキのしすぎで味なんてわからなかった。
 エミリさんはそんな私の様子を見つつ、楽しげに笑っていた。
「ルミナちゃん、今度はあっちの店に入ってみましょうか」
 次にエミリさんが入ったのは、こういう温泉街にはなぜかある、射的を楽しめるお店だった。
「いらっしゃ……しゃい」
 いかにも射的屋の店主さん、という感じの中高年くらいのおじさんが、店に入って来た私たちを見て一瞬声を詰まらせる。おじさんの気持ちは痛いほどわかる。
 エミリさんみたいな絶世の美女が色気たっぷりの浴衣姿で入ってきたら、それはもう驚くだろう。その視線が釘付けになっている。
 視線に気づいていないわけもないだろうに、エミリさんは楽しげに景品が並んだ棚と、古めかしい店内を見渡していた。
「懐かしいわね-。子供の時にお祭りでよく遊んだわ」
 にこにことした笑顔で、エミリさんはカウンターに置かれていたおもちゃの銃を手に取る。
「そうそう、こういうコルクの栓を撃ち出すのよね。ルミナちゃんはこういうので遊んだことあるかしら?」
 呼びかけるエミリさんの影になるようにしながら、私は質問に答えた。
「見たことはありますけど、遊んでみたことはないですね……」
「じゃあせっかくだし遊んでみましょ! まずは一回、お願いできるかしら?」
「へ、へい! まいど! 弾は五発、危なくない範囲で、身を乗り出して撃ってくれて構わないですよ」
 エミリさんは堂々と店員さんに向き合い、コルク栓の弾を受け取っていた。
 とても楽しそうにエミリさんは一発目を込めていた。
「よーし、じゃあまずはお手本を見せてあげるわね」
 エミリさんがカウンターの前に立ち、そして――
「……っ!」
 思わず、声をあげてしまうところだった。エミリさんはほとんどカウンターに乗っかるようにして、上半身を前に傾け、銃を持った手を限界まで伸ばして、景品に狙いを定める。
 それ自体はたぶん射的ではよくある体勢なのだろうけど、エミリさんはいまの格好が格好だ。ブラジャーを着けずにいる豊満な乳房が、浴衣越しにも明らかに揺れ、「ゆっさ」という擬音が発生したかのようなインパクトを与えていた。
 当然それは店員さんにも見られているわけで。明らかにその視線がエミリさんの胸に向いていた。店員さんから見れば、エミリさんが伸ばしている手が邪魔になって胸元はみえていないと思うけど、逆から見ている私には、胸元が大きくはだけてしまっているのが丸見えだった。明らかにブラジャーをつけていないのが見えてしまっている。
 けれど、ここで騒ぐとかえってまずいので、私は必死に言葉を飲み込んだ。エミリさんは慎重に、時間をかけて狙いを付けた後に。
 ぱこん、と音をさせて棚に置かれていたキャラメルの箱を吹き飛ばした。
「よしっ! やったわ! エミリちゃん、みた?」
 無邪気に喜ぶエミリさんは、まさか気づいていないのだろうか。
「ええ……見てました。すごい、ですね」
 私は笑顔が引きつっていることを自覚しつつ、なんとか無難な答えを返す。
「お、お見事! いやぁ、うまいもんですなぁ」
 店員さんが若干うわずった声でそう言う。
 エミリさんは二発目を銃に装填する。その一発は景品と景品の間を通過してしまった。
「うーん。やっぱり、右手で撃った方が安定するかしら?」
 何気なく呟かれた言葉。
 まさか、と私が思うまもなく。

 エミリさんは銃を逆の手に持ち替えて、同じように身を乗り出した。

 結果、店員さんの方に胸元を向けるような形になってしまう。
 私は店員さんの目がかすかに見開かれるのを、見てしまった。確実にエミリさんがノーブラであることに気づいたはずだ。エミリさんの胸元に食い入るような視線を向けている。
 ぱこん、とエミリさんの放った弾はまたも景品を打ち落とした。
「やった! うふふ。案外当たるものね。子供の頃は全然当たらなかったけど」
 そう呟くエミリさんは純粋に射的を楽しんでいるように見えるけど、露出ッ子の先輩たるこの人が店員さんの視線に気づいていないわけがない。
 わかっていて、射的も露出も、同時に楽しんでいる。
 無邪気に笑うエミリさんは。

「ほら、ルミナちゃんもやって見て?」

 当然私にもそれをやるように、自然に求めてくるのだった。
 どくん、と心臓が高く鼓動を奏でる。
 差し出された銃を受け取ると、それは思っていたより軽かった。
 おもちゃなのだから当然なのかもしれないけど、確かにこれなら片手で持っても大丈夫そうだ……なんて、現実逃避気味に思う。
 そんな私を現実に引き戻すように、エミリさんが背後に回っていままでエミリさんが立っていた位置に私を押し出した。
「ほらほら! まずは弾を入れて……」
 いままでは多少はエミリさんが店員さんの視線の盾になってくれていたけど、いまはエミリさんが私の背後に回り込んでいるために、まったくその役割は果たしてくれなかった。
 店員さんの嬉々とした視線が、私の全身に――主に胸のあたりに突き刺さって来ているのを感じる。頬に熱が上ってくるのがわかった。
 エミリさんに促されるまま、銃の先端に弾を込め、同じ位置に立つ。
「なるべくまっすぐ前に手を伸ばして、腰をカウンターの角に置くようにして……」
 細かな、そして具体的な指示に、思わず従ってしまう。
 上半身を倒すようにした際、抑える物のない胸が揺れるのがはっきりとわかった。さらに大きく揺れたことで、胸の先端が浴衣に擦れ、びりびりとした快感を生み出してしまう。
「ひゃぅ……っ」
 声をあげそうになるのを必死に堪えたけど、狭い店内のこと。店員さんにも聞こえたかもしれない。そう思うと余計に恥ずかしい思いが強くなって、顔が真っ赤になっているのがわかった。
 こんなの、「なにか顔を赤くするような理由があります」と言っているようなものだ。
 さっきみたエミリさんの姿からして、ノーブラであることは明確にわかってしまっただろう。銃を持っていない方の手で胸を抑えたかったけど、前のめりになっている上半身を支えるために使っているから動かせない。重力に従って揺れるのに任せるしかない。
(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……っ!)
 いままで散々露出プレイをしてきて、何をいまさら、かと冷静な私は思う。
 けれど、この距離で、全く知らない人に見られるという経験はそんなに多くない。裸ならまだしも、浴衣一枚という中途半端な状態が余計に恥ずかしさを助長していた。
 身体が震えて、狙いが定まらない。早く撃ってしまえばいいのに、真面目な私が弾を無駄遣いするのを許してくれなかった。
 けれどそうして固まってしまうと、余計に店員さんに見られる時間が多くなるということで、板挟みの状態になってしまった私は、パニックを起こしかけた。
「――ルミナちゃん、落ち着いて」
 そんな私に、エミリさんがそっと寄り添ってきた。
 伸ばした手に柔らかな手が重ねられ、腕の震えを止めてくれる。
 寄り添って来ているエミリさんの胸が背中に触れ、その柔らかさに余計恥ずかしくはなったけど、それ以上の安心感が私を包み込んでくれていた。
「よーく、狙って……いま!」
 エミリさんの合図に従って引き金を引き絞る。
 ぱこん、と音を立てて何かが倒れた。
「きゃー! やったじゃないルミナちゃん!」
「やっ、やった――ひゃあっ!? え、エミリさんっ!」
 喜んだエミリさんが抱きついて来て、柔らかな胸が押しつけられたのと同時に、故意なのか偶然か、エミリさんの手が私の胸を鷲掴みにしていた。
 いや、むにむにと指先で揉んできたから、確実に故意だった。
 どさくさに紛れてなんてことをしてくれるのか。私はますます恥ずかしくなって、エミリさんの抱擁から逃れる。案外あっさり離れてくれた。
「ほらほら! まだもう一発あるから、頑張って!」
「わかりましたよ……もう」
 ひたすら恥ずかしい想いをさせてくれるエミリさんに呆れつつ、私は最後の一発を銃に込めるのだった。


「どうもありがとさん-」
 幸いにして店員さんは私やエミリさんの半ば痴女行為を見ても、悪感情を抱くことはなかったようで、むしろ機嫌良く送り出してくれた。
 もしそういうのに厳しい人だったらどうするつもりだったんだろう。
 散々恥ずかしい想いをさせられたため、少々トゲのある言葉で聞いてしまったのだけど、エミリさんは飄々と応えてくれた。
「それは大丈夫。そういうのが嫌そうな人だったら、射的はせずにすぐに外に出てたわ」
 要は露出ッ子特有の観察眼を持ってして、相手が危ない人かどうか、許容してくれるか、怒るか、喜ぶか、そういったことを見抜いていたらしい。
 全く、エミリさんには適わない。
「良心的なお店だったわね」
「そう、なんですか?」
 露出プレイに寛大だったことを指してはいないようだ。
「だってほら。こんなに景品が取れちゃったじゃない」
「まあ……そうかもしれませんけど」
 五発あった弾を使って、三つも景品が取れたのだから、確かにそうなのかもしれない。
 取れた景品はキャラメルの箱がひとつ、小さくちゃちな剣玉がひとつ、そして、これまた景品によくある虹色のバネのようなおもちゃがひとつ。
 どれもいかにもお祭りの景品として如何にも安物っぽいとはいえ、子供のおもちゃとしては十分かもしれない。
「うふふ。剣玉もレインボースプリングも、どっちも造りはしっかりしてるし……いいのが取れたわ」
 エミリさんはそう言って私の手首に虹色のバネを通して来た。ちょっと小さいかとおもったけど、案外すっぽり私の手首に嵌まる。
「うん。太さもちょうどいいわね。このためにあつらえたみたいだわ」
「……あの、エミリさん?」
 何か、嫌な予感がした。
 にっこりとした笑顔を浮かべたエミリさんに手を引かれ、裏路地のようなところに連れて行かれる。
 嫌な予感がさらに膨らんだ。
「ルミナちゃん。両手を後ろに回して?」
 さりげなく後ろに回り込んだエミリさんが、私の手を取って後ろで合わせる。
 抵抗を考える前に、さっき手首に通されたスプリングが一端引き抜かれ――今度は両方の手首に通された。
「えっ、ちょっ、エミリさん!?」
「即席手枷――なんてね。まあ、抜こうと思ったらすぐ抜けると思うから、安心して」
 思わず両手を前に持って来ようとして、思った以上の抵抗にあった。手を後ろに回した状態から、動かせない。
 エミリさんが前に戻って来た。その手にあるのは、赤い玉と持ち手が紐で繋がった、昔ながらの剣玉。
「最近は安物でもいい造りをしてるわよね。ほら、みて? 全然ささくれだってない、綺麗な玉だと思わない? 繋がっている紐も、かなりしっかり繋がってるし」
「あ、あの、エミリさ……!?」
 エミリさんの手が、浴衣の裾から内側に入り込んでくる。
 そして、さっきの射的屋さんで散々恥ずかしい想いをさせられ、興奮して濡れたその場所にエミリさんの指が触れてきた。

「これなら――ここに入れても大丈夫そうよね?」

 羞恥と刺激に満ちた温泉旅行は、まだまだ始まったばかりだったのだ。


露出旅行記 ~温泉街編~ 終わり

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第二章 2

 聖女・清澄聖羅は暇である。

 死告龍・リューとの友好的な関係を維持すること以外、これといってやれることがないためだ。
 王城では聖羅に出来るレベルの雑用や用事は、すべて使用人が済ませてしまう。聖羅の身の周りの世話も、クラースがやってくれるので問題は無い。
 ゆえに本人は自由に好きなことが出来るのだが、異世界人である聖羅に出来ることはほとんどなかった。
 本を読む、というのが情報収集の鉄板だが、異世界人である聖羅にとって、この世界の文字は難解すぎた。翻訳魔法は文字までは対応してくれないのだ。

(五十音表みたいなものすらないと言われてしまっては……もう、お手上げです)

 聖羅は彼女なりにこの世界の言語について解析を進めていたが、わかったことといえば、この世界の言語というものは根本的に聖羅の知るものとは違う、ということだった。
 曲がりなりにも言葉として存在するのだから、聖羅が学習できないはずもないのだが、この世界の言語学習には魔法が用いられているのが問題だった。
 ゆえに、もはや母音や子音というような根本から仕組みが違って出来ていて、聖羅の言語の理解の仕方では習得できない言語になっていた。

(向こうはこっちの言語を覚えられるというのが、地頭の差を示されているようでなんというか哀しいですが……それは言っても仕方ありませんね)

 聖羅は魔法を使えない。
 かけてもらうことは出来るが、肉体を治したり強化したりする効果ではなく、精神に直接作用する魔法は危険を感じてかけてもらうことができなかった。
 この世界では治癒魔法があって、生きたままの解剖や致死ギリギリの人体実験が容易なため、人体の構造の理解は進んでいる。
 肉体の構造に、少なくとも聖羅の見る範囲で違いはない。
 しかし、各臓器が何の役割を果たしているかなど、機能面の差異となると聖羅にはまったくお手上げだった。そこに作用する魔法をかけてもらって無事に済む保証がない。
 そもそも、元いた世界の人体の構造自体、そこまで詳細に覚えているわけではないというのも問題だった。

(スマホかパソコンがあれば調べられるのですけど……)

 文明の利器を恋しく思ったのも、何度目だろうか。
 とはいえ、そう思ったところでそれが都合良く手に入るわけもなく、聖羅は「人に尋ねる」という原始的な方法で情報収集を行う他なかった。
 目下の課題は、式典や会合で何をすればいいかの情報を得ることである。
 ルィテ王国への義理立てとして、式典や会合への参加を許容した聖羅は、マナーやルールを知らなければならない。
 しかし一般的なことならさておき、国家規模の式典や会合でのこととなると、使用人にすぎないクラースでは教えられないことの方が多かった。

(オルフィルドさんはそのあたりの心配は無用とおっしゃってましたが……いくら主催者側が構わないと言っても、何も知らないままというのは不安ですし……)

 マナーや作法にうるさい日本で育った聖羅は、横紙破りは極力避けたいと考えていた。
 そして当然、オルフィルドが心配無用と言ったのは、その対策を取っていたためである。
 ある日のお茶会で、聖羅はオルフィルドからひとりの女性の紹介を受けた。

「キヨズミ嬢。この者は――」

「初めまして、聖女様。私はルィテ王国第一王女、テーナルク・ルィテですわ。以後、お見知りおきを」

 ドレスの裾を摘まんで広げながら、優雅に聖羅に向けて頭を下げるテーナルク。
 突然のお姫様の登場に、聖羅は一瞬「そういうドレスを着た時の挨拶の作法は元の世界と変わりないんですね……」などと思考が散漫になったが、慌てて彼女も頭を下げた。

「は、はじめまして。清澄聖羅、です。お世話になっております……」

 聖羅はテーナルクと同じように裾を摘まんで挨拶するべきか迷ったが、恐らく普通に下着を身につけているであろうテーナルクと違い、聖羅の下半身はバスタオル一枚しか纏っていない。
 そのバスタオルは膝下までを覆ってくれてはいるが、もしテーナルクと同じように裾を摘まんで広げれば、聖羅は改めてバスタオル以外何も身に付けていないことを思い出してしまうだろう。
 ゆえに、両手は前で揃えて頭を下げるだけに済ませた。文化の違いと思ってくれるようにと願いながら。
 幸いにして、テーナルクは聖羅のお辞儀に対して何も言わなかった。

「彼女は社交界を知り尽くしている。キヨズミ嬢は極力何もしなくて済むようにするが、式典や会合に関して不安なことがあれば彼女を頼ってくれ」

「それは……とても助かります」

「では、紹介も済んだし、私は今日はこれで失礼する。会場の警備体制や各国の使節団の受け入れなど、やらなければならないことが多いからな」

 言い訳をするように言って、オルフィルドは部屋から去っていった。
 聖羅にも、それが便宜上の理由で、聖羅とテーナルクを二人きりにするのが目的なのだと気づくことができた。実際に忙しいのも決して嘘ではないのだろうが。

(……お姫様、という存在に会うのは初めてですね……むしろいままで会っていなかったのが不思議なくらいです)

 聖羅は自分と同年代であろうテーナルクを、『お姫様らしいお姫様』だと感じていた。
 豪奢なドレスに、洗練された所作。
 堂々たる態度はまさに王者の貫禄を思わせる。
 イージェルドと似た雰囲気を持っているが、それが血縁によるものなのか、それとも王族が共通して得るものなのかは聖羅にはわからない。

(そういえば、イージェルドさんが王様で、テーナルクさんが第一王女ということは……彼女はイージェルドさんの娘さんってことですよね……?)

 聖羅はイージェルドが子持ちで、それも自分と同年代の子供がいるくらいの年齢だったということに驚きを隠せない。
 自分よりは年上でも、イージェルドは二十代後半だと思っていたからだ。
 聖羅は彼らの正確な年齢を聞いていなかった。

(まだまだ知らないことは多い……ということですね……っと、いけない)

 思考に没頭しそうになった聖羅は、ひとまずテーナルクに座るように提案する。

「ええと。とりあえず座りましょうか……手をお貸しした方が良いですか?」

 座るだけにも関わらず、聖羅が彼女にそう尋ねたのには理由がある。
 テーナルクは、目隠しをしていたのだ。
 分厚い布のようなもので目を覆っており、とても周囲が見えているようには見えない。
 目に怪我をしたのか、それとも生まれつき目が見えないのか。
 理由を尋ねるのは無神経かもしれないと考えたが、全く手を貸さないのも不親切だろうと、苦慮した結果の質問だった。
 テーナルクはそんな聖羅の気遣いに対し、口角を柔らかく持ち上げる。

「ありがとうございます。大丈夫ですわ。魔力による感知で物の輪郭は掴めますので」

 その言葉が嘘でないことを示すように、テーナルクは部屋に置かれた椅子に、迷いなく腰かけた。
 聖羅もその対面に座り、改めてテーナルクと向き合う。

「改めまして。テーナルク・ルィテと申します。聖女様のお好きにお呼びくださいませ」

「あ、はい。どうぞよろしくお願いします。清澄聖羅です……テーナルクさん、とお呼びしてもよろしいですか?」

 聖羅は名前呼びを選んだ。
 普通ならば相応に親しくなってからでなければ名前呼びなどはしないのだが、ルィテと呼ぶとこの国の名前と被る上に、聖羅がよく顔を会わせるイージェルドやオルフィルドとも被ってしまう。
 そのため「テーナルクさん」呼びでいいかと確認したが、呼称としては『王女様』でも良かったか、と言ってから気づく。
 馴れ馴れしい奴と思われたのではないかと、聖羅は内心冷や汗を搔いたが、テーナルクに特に気にした様子はなかった。

「もちろんですわ、聖女様」

「すみません……その、聖女様というのはやめていただいてもいいですか……?」

 聖羅としては自身が聖女であるつもりは欠片もないため、そう呼ばれることに違和感しかなかったのだ。
 テーナルクは即座にその聖羅の求めに応じる。

「わかりましたわ。では――セイラ様とお呼びしても構いませんか?」

 そういうテーナルクの提案に、聖羅は少し迷った。
 友人ではない相手に名前で呼ばれるのも、聖羅にとって違和感のあることではあったが、そこまで嫌悪感があるわけではない。
 同年代の女性ということも良い方向に作用していた。
 加えて、少しの打算も働く。

(テーナルクさんは同じくらいのご年齢みたいですし……今後、色々と相談に乗って欲しいこともあります。出来れば仲良くなりたいですから……名前で呼び合った方がいいですね)

「はい、構いません。……様付けもしなくていいです。仲良くしていただけると嬉しいですから。テーナルクさん」

「それはこちらの台詞ですわ、セイラさん。仲良くしてくださいまし」

 互いに探り探りではあったが、こうして聖羅とテーナルクの邂逅は果たされた。
 クラークにお茶の用意をしてもらった後、クラークを含めた使用人が全員部屋から退出する。
 テーナルクは目隠しをしたまま、正確にカップの位置を把握してそれを手にしていた。

「……テーナルクさん。まず、お聞きしてもいいですか?」

「目が見えないわけではありませんわ。この方がセイラさんがご自身の格好を気にしなくて済むかと思いまして。同性とはいえ、初対面の人間に見られたくない姿というのもございましょう?」

 聞こうとした質問の答えを先に言われてしまい、聖羅は息を呑んだ。
 口に運んでいたカップを置きながらテーナルクjは続ける。

「オルフィルド叔父様も決して無神経な方ではないのですけども、セイラさんのことに関しては警戒が先に立ってしまっておられるようですわ……叔父様に変わって謝罪いたします」

「い、いえ。よくしていただいていますから……」

「わたくしが来たからには、もうセイラさんにお恥ずかしい思いはさせませんわ。なんでも相談してくださいまし」

 自信満々に言い切るテーナルクに、聖羅は確かな自負を感じた。
 少々自信家の気配はあるが、それに似合うだけの実力と実績を有しているのだろう。

「魔力による感知というのは、大まかに人や物の形がわかるだけのものですわ。元から目が見えないなどで、魔力の感覚を極めた者であれば、触れたものが柔らかいか堅いかくらいまではわかるそうですが」

「便利ですね……魔力って」

「セイラさんは魔力のない異世界からいらっしゃったそうですわね」

「そう、ですね。魔法がない分、機械……カラクリや科学、医術は発達していましたけど、こうして魔法のある世界に来ると、高度なんだか原始的なんだかわからなくなります」

 しばしふたりはとりとめもない話を繰り広げた。
 しばらく話し、ほどよくお茶が減ったところで、テーナルクが本題に関係あることを切り出す。

「セイラさんが元いた世界では、今回の式典のような行事はあったのでしょうか?」

「まったくなかったですね……いえ、正確に言えば私には縁がなかったというべきでしょうか。天皇……ええと、こっちでいう王様の誕生日などに国の偉い人が集まってお祝いの式典みたいなのはやってたみたいですが、私の立場では出席なんて出来ませんでしたし、大抵の人は縁がなかったと思います」

「小規模でも、舞踏会や晩餐会に出席した経験もありませんの?」

「ない、ですねぇ……」

 晩餐会と聞いて、聖羅の脳裏に一瞬部活などでの打ち上げの記憶がよみがえったが、現状に則したものではないと判断して打ち消した。
 この場合の晩餐会で当てはまるのは、企業などの創立記念や新店舗オープンの際に行われるレセプションパーティーの方が近いだろう。
 だが一般的な大学生である聖羅に、そういったものに参加した経験はない。
 その後も、二人はとりとめも無い話を交えながら、式典と会合に備えて準備を整えていった。




 その日の夜、イージェルドの居室に、オルフィルドとテーナルクが集まっていた。
 イージェルドは愛娘たるテーナルクを労う。

「よく来てくれたね。それで、テーナルクから見てキヨズミはどうだった?」

 その質問に対し、テーナルクは「まだ初日ですから確実なことは言えませんが」と前置きをしてから言う。

「良くも悪くも平凡、ですわね。確かに邪悪な感じはしませんでしたが、どこか不自然に一線を引いたような物言いが引っかかりますわ」

「やはりお前でもそう思うのかい?」

「少なくとも、聖女というほどの神聖さも潔白さも感じませんわね。言葉は悪いですが、極普通の平民の方を相手しているような感覚です」

「ふむ……そうか。しかし、それなら懐柔策は一応実っているとみるべきかな?」

「それは問題ないでしょうね。食事や住居を提供されていることを、セイラさんはとても感謝している様子ですわ。……まあ、死告龍が一声命じれば出さざるを得ないのですから、本当は恩に感じる必要はないのですけども」

「そのまま勘違いしてくれていればいいのだけどね……オルフィルド。死告龍の様子はどうだい?」

「今のところ動きはない。式典や会合の参加については、テーナルクがキヨズミ嬢と話をしている間に、俺からも確認のために直接話をしてみたんだが――」

 そのオルフィルドの言葉を聞いて、真っ先に反応したのはテーナルクだった。

「オルフィルド叔父様。今後、そんな危険なことはしないでくださいませ。せめてセイラさんが一緒にいるときにしてください」

「いや、しかし――」

「しないでくださいませ」

「……わ、悪かった」

 有無を言わせないテーナルクに、武力派オルフィルドが押し負けて頷かされていた。
 その光景を傍で見ていたイージェルドは、なんとも複雑な表情を浮かべている。
 気を取り直すように咳払いをしたオルフィルドは、報告を続けた。

「死告龍は式典や会合自体、興味がないようだ。キヨズミ嬢が参加するならするし、しないならしないと。特に問題はないだろう」

「キヨズミには、しっかり手綱を握ってもらう必要がありそうだね……会合中に暴れ出されたら大惨事だ。……ああ、胃が痛くなりそうだよ」

「ここのところずっと胃が痛くなるような状況が続いているからな……」

「でしたら、お父様、叔父様。わたくしが特製スープをお作りいたしますわ。疲労回復になかなか評判が良いのですよ? 胃にも優しいですし」

「……テーナルク、お前、そういうことは料理人に任せなさいと言ったじゃないか」

「王族が料理をしてはいけないなんていう法はないはずですわ」

「いや、確かにないけどね……」

「まあまあ。いいじゃないか、兄さん。聞いた話じゃ、キヨズミ嬢も元の世界では自分で料理することもあったようだし、話の種になるだろ」

「オルフィルド叔父様ならそういってくださると思って、準備させておきました! この部屋に持ち込んでも構いませんわね? お父様」

「……ああ、いいよ」

「いや、しかしさすがはテーナルクだな。段取りが早い。こんなことなら、確かに最初からテーナルクにキヨズミ嬢の相手を任せれば良かったな。再三の打診を却下して悪かった」

「ふふふ。お褒めに預かり光栄ですわ。…………同じ年頃の女と聞いて気が気ではありませんでしたが、セイラさんはライバルにはなりそうもないですし、本当に仲良くできそうですわ」

 ぽそりと呟かれた言葉をオルフィルドは聞き逃したが、イージェルドにはハッキリと聞こえてしまった。
 自分の娘ながら欲しいもののためには手段を選ばない姿勢に、なんとも薄ら寒いものを感じるイージェルドであった。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第二章 1


 ルィテ王国は王城のある首都を、三つの中核都市が囲む形をしている。
 東にはザズグドス帝国の侵攻を防ぐ目的で作られた要塞都市ラドスがあり、西南には海のごとく巨大な湖を往くための港街レーテがある。
 そして北北西には位置的に最も戦火が遠く、文化的にもっとも豊かに成長した、歌と踊りと芸術の街ロアルがあった。
 王族や貴族の本邸や別荘が立ち並ぶ、ルィテ王国の中でも豊かな町並み。
 その一角の豪邸に、王弟にして軍事関係の最高責任者、オルフィルド・ルィテはやって来ていた。
 勝手知ったる家だと言わんばかりに、案内も伴わずに廊下を歩き、とある一室の前で立ち止まった。

「どうぞお入りくださいませ」

 ノックもしないうちに中から促され、オルフィルドは苦笑しながら扉を開く。
 そこは品良く整えられた部屋だった。決して華美ではなく、しかし質素でもなく。部屋の主の趣味の良さを伺わせる。
 その部屋の主は、オルフィルドが現れたというのに立ち上がって出迎えるわけでもなく、優雅に椅子に座ったままティーカップを口元に運んでいた。
 身分的にはオルフィルドは王族であり、ルィテ王国のほぼすべての民が下位に属するはずだというのに、部屋の主は実に不遜な態度だった。
 オルフィルドが身分と作法に厳格な性格だったなら、罰が与えられていてもおかしくない態度だ。

「お久しぶりですわね、オルフィルド叔父様。ようやくわたくしの出番ですの?」

 だがそんな心配は無用だとばかりに、彼女は平然と話を始める。
 オルフィルドがそんな些細なことを気にする性格では無いと熟知しているからだ。
 そして実際、オルフィルドはそんな彼女の態度には言及せず、遠慮せずに部屋に入ると、彼女の対面の椅子に座った。

「ああ。お前の力が必要だ――テーナルク。聖女お披露目の式典と会合の話は知っているな?」

 テーナルクと呼ばれた彼女は、当然だとばかりに軽く頷いて見せた。
 長く丁寧に櫛を通されたらしい波打つ金髪が、その動作に合わせてふわりと揺れる。
 その青色の瞳には落ち着いた光が湛えられ、理知的な輝きを示していた。
 外見からすると十代半ばほどの者が浮かべるには、あまりにも落ち着いたものに感じられる。

「当然ですわ。お父様から連絡がありましたし……なにより、わたくしは常に聖女様の情報を集めておりましたから」

 ちらり、とテーナルクは部屋の壁を見やる。
 オルフィルドが視線に釣られて壁を見ると、そこには『聖女キヨズミセイラ』の肖像画がかけられていた。最初に描かれた本物により近いのか、筆遣いの質感まで伝わってきそうなほどの品だ。
 裸婦画ではあるのだが、元々の作品がもとより芸術性が高いのと、納められた額縁が部屋に合わせて作られた物であることもあって、見事この部屋に飾られていて違和感の無いものになっていた。
 本人が見たら恥ずかしさで悶絶することだろうが、幸いこの場に本人はいなかった。

「むしろ、わたくしは前々から聖女様と交流を行わせてくださいと、再三進言したではありませんか」

 テーナルクは若干非難の意思を込めて、オルフィルドに視線を戻した。
 オルフィルドはそんな彼女の視線に、苦笑を浮かべる。

「悪かった。だが、こちらとしてもキヨズミ嬢の性質を見極めるまでは、重要な者を会わせるわけにいかなかったんだ」

「その見極めのためにも、お父様や伯父様ではなく、同年代の同性であるわたくしが接した方がよいとも言ったでしょう?」

「……返す言葉もないな。だが兄……いや陛下の心境も加味してあげてほし――」

「それも踏まえて申し上げておりますわ。王族があまっちょろいこと言ってんじゃないって話ですの」

「お、おう……」

 若干乱暴な言葉遣いで論破され、オルフィルドは言葉も出なくなる。
 確かに聖羅の相手をするのに、テーナルクほどの適任はいない。
 現国王の実子であり、魑魅魍魎が跋扈する貴族の社交界を渡り歩いて来た実績。
 聖羅と見た目の歳が近く、何より同性だ。
 相手の警戒を解き、心を開かせ、その本質を見極めるには、確かにテーナルクという存在が最も適任であると言えた。
 それなのに今の今まで彼女が聖羅に接触していなかったのは、イージェルドやオルフィルドが取った慎重策のためである。

「それで、叔父様。わたくしに話を持って来たということは……聖女様は危険では無いと判断できたのですか?」

 国の戦力をすべて注いでも勝てない死告龍。
 それを制御する聖羅という存在は、国をあっさり滅ぼしうる存在だった。
 そのため、イージェルドとオルフィルドは極力国の有力者を首都から遠ざけ、万が一の時に最小の被害で済ませるようにしていたのだ。
 聖羅が国に危害を加えない無害な存在だと判断出来たら、すぐにテーナルクに交流してもらうつもりはあったのだ。
 しかしこの世界の者からすると、聖羅の言動は非常に怪しかったのが問題だった。

「まだ見定めきれていないところはある。だが、少なくとも邪悪な存在ではないと判断した。怪しいところは多々あるんだが……」

 体内に魔力を持ち、それが性質に影響する彼らは、基本的に嘘が吐けない存在である。
 ゆえに極力誠実であろうとするし、嘘を吐くというのは文字通り身を切るような覚悟を持ってすべきことだ。
 一方、魔力の無い世界から来た聖羅はそうではない。むしろ人の世の常として嘘、虚構、見栄、裏切りなどは常識だ。
 聖羅自身は、そんな世界でいえば稀なほど誠実で嘘の吐けない人間だったが、この世界ではそれが普通のことであったため、聖羅の向こうの世界を基準とした言動は、有り体にいって胡散臭く感じられてしまうのだ。
 聖羅は聖羅で、周りが誠実に接してくれているのは死告龍という強力な後ろ盾があるからだろう、と考えているために、いまだお互い認識の齟齬に気づいていないのである。

「式典の流れや作法を教える、という名目で接すれば良いのですわね?」

「そうだ。とはいえ、聖女は極力目立つことを嫌っているし、本人の希望もあるから挨拶は最小限に留める。歌や踊りもなしだ。教えることはそう多くないだろう」

「つまり、本命の役割はそれを通じて聖女様と仲良くなること……加えて、式典中彼女の側にいてフォローするということですわね」

「ああ。異世界から来たキヨズミ嬢はこの世界の関係性に疎い。他の国の連中を全く近づかせないわけにはいかないから、その辺はお前が補ってやってくれ」

「承知しましたわ。わたくしにお任せくださいませ。さっそく首都に移動する準備を始めましょう……ところで」

 テーナルクはそこで一度話を区切った。

「なんだ?」

「周辺各国にも招待状は送ったんですの?」

「ああ。北のログアンにも、南のフィルカードにも……東のザズグドスにも、だ」

「ログアンとフィルカードはともかく、東の蛮国にも送ったんですのね……」

 嫌そうな顔をしてテーナルクは呟いた。
 それを聞いたオルフィルドは苦笑を浮かべる。

「お前は本当にザズグドズが嫌いだな」

「敵対国を好きになれるわけがありませんわ。あの国のせいで何度この国に血が流れたか」

「気持ちはわからんでもないが、それを言うならログアンやフィルカードとも戦ったことはあるぞ?」

「あの二国との戦いはこっちが仕掛けた戦争でしたし、その賠償は終わって友好的な交流もありますから。ザズグドズはいつまで経っても侵略政策しか取らない野蛮な国家ですもの」

 つん、と素っ気なく言い捨てるテーナルク。

「まあ、それもそうなんだがな……」

「式典に参加しにくるのも、きっと獰猛な動物か危険な魔獣みたいな女ですわ。出来れば会いたくありませんわね」

「まあそういうな。いくらザズグドズでも死告龍を敵に回すような真似はするまい。お前はひとまずキヨズミ嬢との交流に集中してくれればいい」

 オルフィルドはテーナルクの手腕を信頼していた。
 かつてこの国で有力貴族達が離反しかけて国の存続が危うくなったとき、数多の貴族を説き伏せ、時に懐柔し、再び王権に力を取り戻させたのがテーナルクという女性の力だ。
 極力誠実であることを強いられるこの世界で、本当の本音を隠し、自分の良いように相手の心情を誘導し、数多の意思ある人間の間で立ち回ることは、下手をすれば魔法飛び交う戦場で活躍するよりも難しい。

 彼女なら、一歩間違えば国が滅びかねない、死告龍を従えた聖女との交流も出来ると、オルフィルドは確信しているのだった。




 ルィテ王国から見て北の国・ログアン。
 首都とされる最重要拠点そのものが巨大な陸亀の上にあり、その移動によって常に首都の位置が変わる国家。
 破城亀・グランドジーグの頭部の上にある王宮の一室で、一人の女性神官が祈りを捧げていた。
 静謐な雰囲気を纏ったその女性は、薄いベールを幾重にも重ねた法衣を身に纏っていた。
 明るいところでは下手をすれば光に透けて、身体が見えてしまいそうな造りの衣服だ。そんな格好で、彼女は一心に祈りを捧げていた。

「……ルィテ王から式典開催の連絡が来た。ログアンからはわたしが参加する」

 淡々とした、感情の窺えない声だった。
 短い赤い髪が彼女のわずかな動きに合わせて揺れる。
 未成熟な体つきといい、この世界の基準に照らし合わせても子供に寄った姿であったが、その落ち着きようは揺るぎなき巨岩を思わせた。

『お主が、行くのか……?』

 そんな彼女に、遠雷のような低い声がかけられる。
 跪く彼女の真下に光り輝く魔方陣が展開され、彼女の身体を照らした。
 結果として、ベールが透けてその下の身体が見えるようになった。彼女は法衣の他に衣服を身に着けておらず、その体が見えるようになってしまう。
 だが、いまこの場には彼女以外の人間がいなかったため、それを見れる者はいなかった。
 女性神官は目を閉じたまま、ゆっくりと口を開く。

「……わたし以外に適任がいない」

『それも、そうか……』

「……グランドジーグ様、国をお願い」

『任されよう……行くが良い、アーミア……』

 必要最低限の、短いやりとりだった。
 アーミアと呼ばれた少女は、その瞼を開く。
 赤銅色をした瞳には、強い意志の光が宿っていた。
 ログアンの守護獣にして、ログアンという国そのものである破城亀グランドジーグとの対話を終えたアーミアは、その部屋から出る。
 その彼女に、駆け寄る者がいた。若い男で、神官服を身につけている。
 満面の笑みで、手を振りながらアーミアに近づく。

「アーミア様! こちらにいらし――へぶあっ!?」

 そして、素早く振るわれたアーミアの蹴りを顔面に叩き込まれた。
 彼が激痛に顔を押さえてのたうち回っている間に、アーミアは素早く薄いベールで出来た法衣を脱ぎ去り、同時に呼び寄せた極普通の神官服を身に纏う。
 一息吐いた後、アーミアはいまだ地面に転がる青年の背中を踏みつけた。その頬が少し赤くなっており、先ほどの格好を見られたことを恥ずかしがっているようだ。

「……ヘルゼン。忠告を聞く気がないの?」

 魔力のあるこの世界において、見た目の非力さなど何も関係が無い。
 アーミアが足に力を込めると、ヘルゼンと呼ばれた青年の背骨が軋んで嫌な音を立てた。

「あいたたたた!! ごめんなさいごめんさい! ここにいるかいないかわからなかったし、もしいるなら愛しいアーミア様のあのお姿が見られるかなってちょっと期待――あだだだだ!!」

「……次やったら背骨を折る」

 最後にヘルゼンの脇腹を蹴って、アーミアは彼から離れた。
 悶絶することもなく、すぐに復活したヘルゼンは、アーミアについて歩きながら話し始める。
 背骨を折られかけても飄々としているあたり、優男に見えてヘルゼンは相当タフだった。

「いやー、一応大事な用事はあったんですよ? だから探してたんだし」

「なに?」

「フィルカードのお姫様からの伝言です。『あーみんと式典と会合で会えることを楽しみにしてるにゃー、にゃはははは!』と。それだけ言って切られました」

 正確に言葉の抑揚まで真似をしてヘルゼンは伝言をアーミアに伝える。
 アーミアはその報告を聞き、なんとも微妙な顔をした。

「あ、嫌そうなお顔で。やっぱりあのお方はお嫌いですか?」

「……嫌い、というか」

「ぶっちゃけ苦手なんですよね。わかりますよ。あのにゃはにゃはお姫様、何も考えてないようでガチで利権取りに来ますもんね。アーミア様は弁の立つ方ではありませんし、あのペースに呑まれそうになりますしね」

「…………」

「個人的な感想を言うなら、あのお姫様はアーミア様を本気で気に入っているようですし、そこまでこちらが不利になるようなことはしないでしょう。同じくアーミア様に惹かれている僕が保証しますよ」

「……だといいんだけど」

「現に、この間などは神聖法衣を着たアーミア様の肖像画がぜひに欲しいとおっしゃって――あっぶなっ!」

 振り返りざまにヘルゼンの顔面に向けて容赦なく放たれたアーミアの拳を、ヘルゼンは紙一重でかわす。
 アーミアの赤銅色の瞳が、怒りで真っ赤に燃えていた。

「……ヘルゼン? なんで神聖法衣のことを……いえ、それを身に着けた時の姿のことを彼女が知ってるの?」

「あ。いや、その、色々とやりとりをしている間に、ついぽろっと……」

「死ね」

「あー! お待ちくださいアーミア様! 魔法はなしで! アーッ!」

 アーミアの放った魔法が、ヘルゼンを軽々と吹き飛ばす。
 自分の頭の上でアーミアとヘルゼンが、いつも通りじゃれ合っていることを感じたグランドジーグは、呆れつつその進路を南に向けるのだった。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第一章 おわり


 突如現れたキヨズミセイラという聖女の存在は、その国にとって邪魔なものだった。

 西の豊かな土地を手に入れたいこの国は、長年侵略戦争を西の国――ルィテ王国に仕掛け続けていた。豊かな土壌と豊富な人的資源を有するその国を攻略することは容易ではなかったが、表から裏から侵略を徐々に進め続けていた。
 そして、あと一押しで国境を越えて雪崩れ込めるかという矢先のことだ。
 その国の首都に死告龍が現れ、あろうことかそのまま居座り続けるようになった。
 しかも、ただ暴れるのではなく、同時に現れた聖女という存在によって制御されているというのだから、この国にとっては最悪の展開であった。
 軍事的な戦略を立てることを生業とする、アーズーザゥ将軍は気難しげに腕を組み、深々とため息を吐く。

「どうせなら、あの忌々しい王を殺して去ってくれれば話が早かったのだがな」

 彼は現在、城の最上階に位置する円卓の間にいた。
 重要な会議を行うための空間であり、そこにはアーズーザゥ将軍以外にも幾人かの要人が集っていた。

「ふぉふぉふぉ……死告龍を制御しているという聖女がいなければ、我々は今頃ルィテ王国の城に集っていたであろうにのぅ……全く、忌々しい話じゃ……どうにかできんのか?」

 老人は豊かな白い髭を手でさすりながら、隣の席に座る怪しげな仮面と外套で身体を隠している者に尋ねた。老人の問いかけに対し、その者は静かに首を横に振る。

「すでに幾度も刺客を送り込んでみようとしたが……ことごとく失敗させられた。警戒レベルが尋常じゃ無い。ルィテ王もぬかりないというべきか。情報に関しても徹底した統制が取られていて、ろくなものがあがってこない。手に入ったのは一般にも広まっている例の肖像画の高品質なものくらいだ」

 仮面の男が外套の中から額縁に入った肖像画を取り出す。それを円卓の上に放ると、その肖像画は魔法によってふわりと浮かび、円卓の中心でゆっくりと回転して全員が見られるようになった。
 その肖像画は『聖女キヨズミセイラ』を描いたものだ。
 崩れた尖塔に立つ裸の女性が、巨大な死告龍の前に両手を広げて立ち塞がっている様子が描かれている。
 怒り狂う死告龍を身を挺して鎮めた際の様子らしい。臨場感たっぷりに描かれたそれは、歴史に伝わる勇者や魔王の戦いを描いたそれのように感じられた。

「見事なものですね。やはり元は高名な画家が描いたものでしたか」

 肖像画の存在自体はその場にいる者全員がすでに承知のことだったが、ルィテ王国の国外に流通している肖像画は、粗悪な模造品だった。
 魔法による複製は繰り返すほどに劣化が進む。ルィテ王国と決して友好的な関係とは言えないこの国に流れてくる物は、ピンぼけしたような不鮮明なものであった。
 今この場に出された物は、ルィテ王国内で入手したものである。緻密な線で構成されており、人物の容姿がはっきりとわかるほどのものだった。

「ふむ……粗悪品の時からわかってはいたが……聖女は黒髪黒眼なのだな。取り立てて珍しいわけではないが……」

 肖像画を睨みつけるように眺めていた、粗野な風貌の男が口を開く。

「顔立ちは珍しいっつーか、こういう感じは見たことねえな。どこの生まれだ? 少なくともルィテ国の生まれじゃねえだろ。おい、バラノ。おめえならわかるんじゃねえか?」

 バラノ、と呼ばれたのは線の細い優等生然とした女性だった。
 モノクルをかけており、それに軽く触れながら男の質問に答える。

「そうですね……端的に申し上げて、はっきりどこの生まれかまでは断定できません。ですが、辺境には少し変わった顔立ちの者が生まれることがあることは事実です。顔立ちの変化は異種族と交わった場合に見られる傾向ではありますので、聖女はあるいは人間と異種族の混血の可能性があると言えなくはないでしょう」

 澄んだ声で淡々と告げられる言葉。
 しかし要点をまとめれば何もわかっていないと言っているのに等しかった。

「なんじゃそりゃ? 結局、どうなんだよ」

「わかりません。この絵が正しいかどうかもわかりませんので、これだけを見て下手に判断することは控えた方が無難とも言えます」

 だいたい、とバラノは続ける。

「服装などから文化圏など判断できることも多いのですが、裸婦画では得られる情報が少なすぎてなんとも……恐らくはルィテ王の策略でしょうね。まさか聖女が裸族ということはないでしょうし。とはいえ、こんな裸婦画が拡散することを許容する聖女というのもどうかとは思いますが……恥ずかしくは無いのでしょうか」

 早口でまくし立てるバラノの様子に、他の者達が顔を見合わせる。元からバラノという女性は蓄えた知識の量が膨大ゆえに説明や解説が長くなりがちではあったが、いまの彼女からはいささか不自然なものを感じたのだ。
 彼女を慮ってあえて触れようとはしない者達の中で、バラノの隣に座る粗野な男だけは躊躇わずそれに触れにいく。

「バラノ、お前……生娘じゃあるまいし、まさか裸婦画を恥ずかしがって――いってぇ!」

 言葉の途中で突然声をあげて悶絶する男。
 その直前に聞こえた鈍い音から、その場にいた者達は円卓の下でバラノが彼の足を蹴っ飛ばしたのだろうと察した。
 蹴られた男が怒り出す前に、アーズーザゥ将軍が口を開いてバラノを窘めた。

「痴話喧嘩はやめんか。会議中だぞ。バラノ書記官」

 将軍に窘められ、バラノが頭を下げる。

「失礼いたしました。しかし、痴話喧嘩ではありません。昔なじみなだけです」

 バラノと彼は同年代かつ同じ農村の出身であった。
 この国では身分よりも能力が重視されており、結果として力を示すことができれば出自や年齢は問われない。
 生まれつきの魔力量は血筋に影響されるところが大きいため、王族や貴族身分に関しては血筋がそのまま当てはまる場合があるが、それすら「ひとつの要素」でしかなく、時代によって王族であったり貴族であったりした血筋が存在する。
 完全実力主義なのである。
 若くしてこの場にいるふたりはそれだけ優秀、ということではあるのだが、若くして自分の立場を自ら掴んだという自負があるためか、公的な場であれ、思うがままに振る舞うことがあった。
 特に武闘派の男はその傾向が強い。

「お前なんかこっちから願い下げだよ無愛想女!」

「モーズダ軍隊長、控えろ。いまのはそもそもお前が悪い」

 アーズーザゥ将軍はため息を吐きながらモーズダも窘める。
 粗野な男、モーズダは不満そうにはしつつも、将軍に逆らうつもりはないのか、大人しく引き下がった。
 場が落ち着いたのを見て、将軍は再び口を開く。

「さて……改めて本題に入ろう。先日、ルィテ王国から書簡が届いた。内容としては『聖女キヨズミセイラを讃える式典および大会合の開催告知』。式典などと書いてはいるが、要は『聖女が気になるのなら直接見に来い』というわけだ。どちらかといえば、その後の大会合の方が本題だろうな。ここで聖女に関する国際的な取り決めをするつもりのようだ」

「敵対している我々にも送ってきたのですね」

「ああ。来なくてもいいが、来る者は拒まないそうだ。聖女が死告龍を制御出来るということを知らしめて、我らの侵略を牽制する狙いだな。当然、我らに対しては少人数のみの許可しか出ていないが」

「どうするんだ……ですか、将軍。下手な奴を送り込むわけにもいかないでしょ」

 書簡には式典と大会合の間に限定した停戦協定を結ぶことを提案する、ルィテ王の名前が記された契約書が添付されていた。
 魔法的な契約書はその契約を破れば、契約した者が大きな損失を被るように出来ており、契約をかわした時点で互いにその約束を履行するように努力せねばならない。
 王の力を削いでまで騙し討ちを行う可能性は限りなく低く、念には念を入れるにしても、契約が破られる心配はアーズーザゥ将軍もしていなかった。

「うむ……今後どのように動くとしても、聖女キヨズミセイラの見極めはせねばならない。ゆえに私が参加する予定だ」

 そう力強く断言する将軍に、異を唱えるものはいなかった。
 王を除き、彼がもっとも地位と権力、そして実力を持っている。
 聖女という今後の国の動きを左右する重要案件に判断を下すなら、彼が出ないわけにはいかなかった。
 万が一ルィテ王国に騙し討ちされても、彼ならば生きて逃げ延びる可能性が高いということもある。

「それと、バラノ書記官。付いてきて欲しい。知識も重要だが……君は聖女と同性で、体格などから推定される聖女の年齢とも近い。そして何より非戦闘員だ。近づく機会があるとしたら一番可能性があるはず。非常に危険な任務であるゆえ、辞退するのは自由だ。罰則もない」

 この国にも女性の兵士や戦士は多数存在するが、掴んだ情報では聖女が武器や魔法を扱ったというものはない。
 恐らく本来は非戦闘員に属する立場のもので、それゆえに戦闘が出来る者では近づけない可能性が高かった。
 そういう意味では、バラノはもっとも理想的な高官ということになる。バラノが好ましいとされるのは武器だけではなく、魔法もほとんど扱えない無力な存在なためだ。
 非戦闘員の警戒を解くのにこれ以上うってつけの人材もいない。
 とはいえ、敵地のど真ん中にいくことになるのは事実であり、非常に危険な任務であることは間違いなかった。
 普通ならば躊躇うところだろう。

「わかりました。謹んでご一緒いたします」

 だが、バラノはそう即答した。
 将軍の言葉に納得したということもあるし、なにより彼女自身聖女のことは気になっていたからだ。
 純粋に国のためになることでもあるし、彼女自身の知識欲も刺激されている。この世界にも聖女なる人物の伝説はいくつかあるが、いずれも過去の記録でしかない。
 観察眼に自信のある彼女は、聖女の本質を見抜くことが自身に出来る最大の貢献であると理解しているのだ。

「おいおい、大丈夫なのか……です。アーズーザゥ将軍は大丈夫だろうけど……もしルィテ王が盟約を破ってでも仕留めに来たら、バラノはやばいんじゃ……」

 そんな彼女の昔なじみであるモーズダはそう呟いた。
 侵略政策をとっているこの国は、周辺諸国からは恐れられ、恨まれている。
 ルィテ王は周辺各国の要人を呼んでいるが、そのほとんどはこの国と敵対関係にある国だ。一部中立だったり、この国の属国だったりする国もあるが、全体としては文字通り敵中に飛び込んでいくのと代わりない。
 それでも、アーズーザゥ将軍はこの大会合に参加しないつもりは微塵もなかった。

「最悪の場合でも、私や彼女の代わりはいる。私たちが殺されたことで、侵略に手心を加える必要もなくなる。そうなったら有利なのはこちらだ。もしルィテ王がそんな策略をとるような愚王であれば、ルィテ王国の攻略にここまで苦労はしなかったさ」

「私はアナタみたいに戦えはしません。けれど、この国に殉じる覚悟はあるつもりです。最悪の場合は敵将校のひとりやふたり、道連れにして差し上げましょう」

「……無茶すんなよな」

 何かとやりあうことの多い二人であるが、別に相手が嫌いなわけではない。同郷の顔馴染みではあるし、互いの出世を喜ぶ程度の友好的な感情くらいはある。
 それ以上の感情を問われると二人は揃って首を横に振るが。
 同郷だというだけで親交以上のものに発展すると思う方がどうかしているというのは本人たちの談。
 話し合いも終わりという段階になったところで、思い出したように将軍が言う。

「ああ、それと、式典では舞踏会も開催されるようだ。農村出身のバラノ書記官はあまり縁の無い行事だっただろう。我らは軍国ゆえ、上手く踊れるようになる必要は無いが衣装や段取りはきちんと確認しておくようにな」

「問題ありません。知識はありますので、教師を雇って当日までに実技のすりあわせと――ドレスに関しては最新の流行を確認後、申請させていただきます。場合によっては、ルィテ王国のドレスを取り寄せるか、現地で購入するかした方がいいかもしれませんね……聖女に近づこうと思えば、紛れることも必要かと思われますし」

 よどみなく応じるバラノの言葉に、アーズーザゥ将軍は満足そうに頷いた。
 優秀な部下を持って幸いだ、と彼は自身の率いる国の――ザズグドス帝国を誇りに思うのだった。
 後に、バラノはルィテ王国で新しく考案された『聖女スタイル』のドレスを着ることになり、結果としてかなり悪目立ちをしてしまい、羞恥地獄に立たされることになる。

 だが――そんなことはこの場にいる誰にも予想出来なかった。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第一章 3


 死告龍が聖女の制御下にあり、無差別に破壊をまき散らす脅威でなくなったことを証明する。
 イージェルドやオルフィルドが周辺国家の重鎮を招いて開こうとしている大会合の目的は、端的に言ってそういうことである。
 その目的は理解できるし、ルィテ王国に身を寄せている聖羅本人は、実際のところ何もしていないため、出来る限りルィテ王国に協力したいとも考えていた。
 だが、人前に出るのを極力避けたい聖羅は、リューと相談するという体で、出欠の解答を保留にしていた。

(はぁ……必要なことだということはわかるんですが……)

 内心ため息を吐く聖羅は現在、中庭にいるリューの元にやって来ていた。
 ツガイになるにせよならないにせよ、リューとの触れ合いは大事なことだ。いまだリューの求愛への返答はしていないものの、それはそれとして毎日の触れ合いは続けていた。
 触れるだけでも即死の能力が発揮してしまうリューは、他者と触れあう機会自体が少なく、気兼ねせず触れあえる聖羅との触れ合いを嬉しく思っているようだった。

『セイラー。なでてなでてー』

「はいはい、動かないでくださいね」

 巨大なドラゴンの頭部が、人間の聖羅にも撫でやすい位置に降りてきて、聖羅の手を待っている。
 聖羅はそんなリューの側に立ち、両手を使ってリューの鼻先を撫でてあげていた。リューはくすぐったそうに目を細めている。
 即死効果はリューから動いた時にのみ発動することがわかっていた。
 現在聖羅は会話を成立させるために、バスタオルを腰に巻いてその加護を緩めた状態だが、リューから動かなければ大丈夫なのだ。
 聖羅とリューは「会話が出来る状態の時はリューからは触らない」という取り決めを交わしており、いまのところリューはそれを遵守している。
 魔力を持たない聖羅は、リューの内包する強大な魔力を感じ取ることが出来ないため、触れあっているうちにリューの本質を理解しつつあった。

(うーん。やっぱり、私と接している時のリューさんは、死告龍なんていう大層な存在じゃありえないですよね……)

 聖羅はリューのことを「暴走気味のやんちゃな子供」だと思うようになっていた。
 喋り方がそうだから、というわけではなく、気安くすり寄ってくる様子や喜びなどの感情を素直に表に出すところなど、小さな子供だと思うとしっくりくる言動が多い。
 邪悪なわけでは決してない。
 攻撃されたらやり返すことはするが、それも無差別に行うわけではなく、攻撃してきた相手をピンポイントで狙っている。
 死告龍とまで呼ばれる理由がわからなかった。

「私と出会う前、リューさんは何をやっていたんですか?」

 そこで、聖羅は相互理解のためと称して、自分と会うまでのリューがどういった行動を取っていたのか聞くことにした。
 聖羅と話すことが楽しいのか、リューは嬉々として聖羅の質問に答える。

『もちろん、番う相手を探してたの! 種族を強くするために、なるべく強い相手を選んで。……でも、リューと戦いになる相手ってそんなにいなかったの』

「それは……まあ、そうでしょうね……」

 リューは最強種族のドラゴンな上に、即死のブレスを放つことが出来る。
 同種のドラゴンですら相手が出来ない者を、他の種族がそう相手にできるとは思えない。
 しかし聖羅の反応に対し、リューは首を横に振った。

『ん-、探し始めてすぐはそうでもなかったよ? 最果ての吸血王とか、深淵の星巨人とか、旭光の勇者とか、天空の魔神王とか、みんな強かったもん』

「……なんだか、どれもとんでもない存在のような気がするのですが?」

 聖羅も知らないなりに察していたが、それでもその認識は甘かった。
 リューが挙げた者たちは、この世界の者が聞けば誰もが震え上がるほどの化け物揃いだったからだ。

 例えば、最果ての吸血王は北にある大陸をまるごと支配し、そこを足がかりに吸血鬼の世界を作り上げようとしていた。
 人間は吸血鬼の『材料』になるため、北の大陸では吸血鬼の家畜となって生かされつつ、子供を産むだけの機械にされているのだ。
 吸血王を討伐しようと国が幾度となく軍をあげたが、結果はいつも悲惨なものだった。
 船の乗員すべてが出来損ないの吸血鬼もどきにされて送り返され、バイオハザード並の大混乱が起きたという惨事の記録もある。
 吸血王は血を吸う度に強くなる、という吸血鬼の中でも異常な特殊能力を有しており、その力は世界を支配しうる十分なものだった。
 もっとも、現れた死告龍によって、吸血王は灰と消え、絶対的な旗印を失った北の大陸では、配下の吸血鬼同士での後継者争いが激化しているという。
 人間から見れば、吸血王の野望を阻止した形になるのだが、敬われるのではなく恐れられるのは、死告龍が無差別だったためだ。

 例えば、旭光の勇者は人間の希望だった。
 この世界には勇者と魔王は一人ずつ、というような決まり事はない。
 人々のために尽力し、多大なる困難を乗り越えて、強大な魔族や自然的脅威を打ち払う者が自然と勇者と呼ばれるようになる。ゆえに勇者はひとりとは限らない。
 旭光の勇者はその勇者の中でも脅威に立ち合う回数が多く、まるで彼を狙って困難が舞い込んできているようなものだった。
 彼が立ち寄った国で悪しき儀式が行われて魔王が創成されたり、通りかかった森で異常成長した植物族が暴れ出したり、乗りかかった船の航路に爆発的な繁殖をした大海蛇の大集団が押し寄せたり。
 いずれも放っておけば人間の世界に多大な影響を与えていたであろう事件ばかりだった。それらを、旭光の勇者は解決に導いたのである。
 創成された魔王もろとも、原因となった首魁を打ち破り、国をまとめあげ兵をあげさせて、爆発的な数の魔物に対応させ、折れそうになった民衆の心を鼓舞し、人々をまとめ上げ、希望の旗印として活躍していた。
 人間側の希望であったということは、魔物側の絶望ということだ。
 旭光の勇者が人間至上主義であったこともあり、魔物側にとって、勇者の名前は聞けば震えあがるものだった。

 そんな勇者も、死告龍は葬り去った。

 とある貧困にあえぐ国の生息圏を広げるため、隣接していた魔物の縄張りを奪おうと準備を進めているところだった。
 旭光の勇者が民衆の前で演説をしているところに、飛来した死告龍は挨拶代わりのブレスを一閃。巻き込む意図はなかったが絶大な威力のブレスは勇者だけではなく、小さいとはいえ弱小国の半分を消し飛ばしたという。
 激怒した旭光の勇者はいつものように死告龍にも怯まずに挑み――そして敗北した。
 死告龍が次の候補を探して飛び去った後、勇者を失った弱小国は魔物の生息圏に呑まれて消えたとされている。
 人間にも魔物にも等しく脅威となるそのドラゴンが、すべての存在から死告龍と呼ばれるようになるのに、そう時間はかからなかった。

『最近は強いのがいなくなっちゃってて。こうなったら、次に一発でもブレスに耐えられる存在にしよう! って決めて探してたら、とても強いのが現れて……そして、セイラに会えたの!』

 この話を聞いて、聖羅はようやくなぜあの場所にリューがやってきたのかを知った。
 あの封印から解き放たれた魔王は、それほどに強い存在だったのだろう。
 本来は扉がなければ実用に耐えない、とされている空間転移の魔法を咄嗟に使おうとしていたことからもそれは明らかだ。
 それほどの存在だったからこそ、強者を探していたリューの感知に引っかかり、喜び勇んでやってきたリューに殺されることになった。
 なんとも皮肉な話で、魔王にとっては災難な話である。
 だが、もしも魔王が運良くブレスに耐えていたら、魔王と死告龍という最悪のツガイが生まれていたかもしれず、そうなっていたら人間にとっては最悪の展開だっただろう。
 巡り合わせの運に、聖羅としては戦慄する他ない。

「……あの、それで、気になったんですが、その流れで、なぜ私をツガイにしてもいいと思ったんですか? 私がリューさんのブレスに耐えられるのは、このバスタオルに宿っている加護のおかげであって、実際の私は……強いどころか最弱の存在ですよ?」

 聖羅はそのことをリューに聞くことにした。
 リューの目的を聞いた時から、彼女は気になっていたのだ。種族をより強いものにしたいのであれば、当然強い相手を選ぶのが普通である。
 その点、ブレスに耐えることは出来たものの、自分の力ではない聖羅にとって、リューが自分を気に入る理由がわからないのだ。

『そうだけど、そうじゃないの。強さはもういい。リューの時点でもう十分強いっていうのはわかったから』

 リューの脳裏にはいままで戦ってきた強敵たちの姿がよぎっていた。
 いずれも、リューに勝るとも劣らない力を持っていた者たちだったが、結局はリューの力の前に敗れ去った。
 すでに強さとしては頂点に位置するリューにとって、別の種族からさらなる『強さ』を欲する必要はなくなっていたのだ。
 そう考えた時、リューが次にツガイに求めるのは『強さ』ではないものだった。
 そしてそれを聖羅は理解してしまう。

「強さじゃないところ……まさか、運ということですか?」

『そうなの! リューがなかなかツガイを得られずに苦労したみたいに、強くても出来ないことはあるでしょ? リューのツガイにはそれを補って欲しかったの!』

(いや、私幸運じゃないですよ!?)

 思わず叫びそうになった聖羅だが、言葉を飲み込んだ。
 聖羅はずっと、自分が不運であると思っていたが、この異世界のことを知るにつれ、別の視点から見れば幸運と言えなくもないと知ってしまったからだ。
 もし仮に、普通の格好をしている時にこの世界に来てしまっていたらどうなっていただろうか。
 聖羅の持つバスタオルが得た加護は、バスタオル一枚というシンプルな姿で完成し、そしてバスタオルそのものが、その材質や縫製にもこだわったおろしたての一品だったからこそ得られたものだ。
 もし普通の服で来ていた場合、何の加護も得られなかった可能性がある。材質や縫製は向こう基準なのだから、多少の加護は得られるかもしれないが、バスタオル一枚並の加護は得られなかったかもしれない。

 その場合、魔力を持たない聖羅はいまも生きていられただろうか?

 体調の問題もそうだし、物理的な防御力にも不安がある。
 最悪、最初に出会ったゴブリンから受けた投石によって転倒するなどの怪我をして、ゴブリンたちに捕らえられ、犯されて食い殺されていたかもしれない。
 それゆえに、考えようによっては幸運と言えなくはないのだ。
 そもそも、異世界に転移するということ自体、不運とみるか幸運とみるかで大きく変わってくる。

(向こうに何十億といる人間の中で、偶然であれなんであれ、『こっちに来れた』というのは、考えようによっては宝くじに当たる以上の幸運ですもんね……)

 その上で、偶然そのときしていた格好が、こちらで生きていけるだけの加護を得られる格好だった。
 一度は魔王に捕らわれ、すぐにでも嬲り殺されかねなかったところを、死告龍がツガイを探していたタイミングだったがゆえに救われた。
 さらに、加護を失った状態で、死告龍の能力を受けたにも関わらず、たまたま即死が発動せずに生き延びることができた。
 本人の気持ちを無視して、起きたことだけ考えれば、確かに聖羅は超の付く幸運を持っているといえなくはない。

(その幸運を取り込みたい……なるほど、種族をより完璧にしたいリューさんからしてみれば、ツガイの相手に私を選ぶのは妥当かもしれません……でも)

 聖羅はいよいよ困ってしまう。
 リューの事情は理解できた。
 この世界にはこの世界のルールがあり、ドラゴンという種族がより良いツガイを求めて行ったことに人間から見た善悪の問題を持ち込むのは間違っていると考える。
 なにより聖羅個人としては、リューには借りも恩もある上、個人的な感情でいえば特に嫌ったり忌避したりするような性格の存在ではない。
 聖羅個人としてはリューと仲良くなれると思っているし、実際それ自体はそう難しいことではなかった。

 だが、ツガイになれるかというと話は違うのである。

 例えるなら、家族同然に育ち、関係の浅い友達よりも大事な飼い犬がいたとして。
 もしその犬の意思が正確にわかるようになって、恋愛対象として見られていると知ったとしよう。
 その犬を異性として見れるかどうかという話だ。
 見れる人間も中にはいるのかもしれない。聖羅の世界ではあまり見られない例ではあるが、この世界では異種族同士がツガイになることもあるのだから、聖羅の世界の基準よりも、異種族を恋愛対象として見られる者は多いのだろう。

 だが残念ながら、聖羅は普通の感性の持ち主である。

 異種族間恋愛は物語の中の話であり、聖羅本人にそういう気持ちは微塵もないと言って良い。
 巨躯であるドラゴンが人間の自分とどう結ばれるつもりなのかという疑問は、魔法のある世界なのだからどうにかなるのだろうと想像はつくが、そういう問題でもない。
 いずれにせよ、リューの求愛は聖羅にとって受け入れがたいものなのだ。

(しかし……全く受け入れる気がないと言ってしまうのは……)

 そうなったとき、リューがどんな行動に出るのかわからない。
 聖羅にとって、リューは最大の攻撃カードであり、防御カードである。攻撃の手段を一切持たない聖羅にとって、リューの庇護はどうしても手放せないものだ。
 最大の防御力はあるが、聖羅自身は非力な存在であるため、魔王の配下の触手に捕らえられてしまったように、防御力が意味のない攻略の仕方をされては抗う術がない。
 そうなればバスタオルも奪われてしまうわけで、聖羅にとってバスタオルを奪われるということは死に等しい。
 ゆえに、リューという存在に庇護してもらわなければならないのだ。

(でも、受け入れる気がないのに、思わせぶりな態度を取って利用するとか……リューさんに申し訳なさすぎますし……どんな悪女かって話ですよね……)

 もしも聖羅が本当に悪女であったならば、こんなことで悩みはしないのだろう。元の世界に帰る道筋が出来るまで、リューを利用するだけ利用して、元の世界に逃げ込めばいいだけの話だ。
 それがためらいなく出来るのなら、聖羅も苦しまずに済むのだが。

『ねえねえセイラ! リューから触りたい!』

「……ちょっと待ってくださいね」

 無邪気に触れようとしてくるリューに対し、申し訳ない思いをしながら、セイラは上半身に巻き付けていた布を取る。
 それを近くに生えていた木の枝にかけておき、腰に巻いていたバスタオルを胸の上まで引き上げた。
 バスタオル一枚の姿になることで、バスタオルの加護が最大に発揮されるようになった。 この状態でなら、リューの即死効果を完全に無視することが出来る。

「くるるっ!」

 代わりに魔法の類いの一切を弾くようになった聖羅には、リューの声が聞こえなくなり、物理的に喉を鳴らす音しか聞こえなくなった。
 リューが長い首を伸ばし、聖羅の身体にその頭部をすり寄せる。聖羅が身体に巻き付けているバスタオルがめくり上がりそうになり、顔を真っ赤にしながら慌てて抑えつつ、聖羅からもリューの頭部を撫でてやった。
 楽しげにすり寄って来られて、聖羅としても悪い気分ではない。だが慕われていると思うほどに、騙しているようで申し訳ない気持ちになるのも確かだった。

(それでも……死にたくはないですからね……)

 誠実を旨として生きる聖羅ではあるが、誠実であるために命を投げ出せるかというと、そこまで達観はしていない。
 申し訳なく思いつつも、リューの気持ちを利用することしか出来なかった。

「リューさん、お願いがあるのですが……」

 せめて自分が元の世界に帰るまでに、リューが人間たちと健全な交流を持てるようにしようと、聖羅は心に決めるのであった。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第一章 2

 与えられた寝室に、清澄聖羅はいた。
 バスタオルを腰に巻き、胸には別の布を巻き付けてチューブトップのようにしている。
 彼女はベッドの上で寝転がり、天井を見上げながら考えていた。
 極めて困難な状況に置かれた自分の状態を。

(……とにかく、最終目的は元の世界に帰ること。それは間違いありません)

 魔力を持たない聖羅は、この世界において最弱以下の存在である。
 神々の加護を宿したバスタオルの防御力がなければ、魔力を持つ子供のおふざけで死んでしまうし、そもそも魔力に溢れたこの世界ではまともに生きていくことができない。
 死告龍や大妖精といった強大な魔力を持つ存在が側にいることを差し引いても、聖羅はバスタオルを外すと寒気を覚え、体調が崩れがちになってしまう。

(古代人じゃあるまいし、一生バスタオル一枚で暮らすとか無理ですしね……)

 腰にバスタオルを巻き、胸は別の布で隠すスタイルを確立することで、多少マシにはなったが、これまで下着をきちんと身につけ、極力露出を抑える文化で生きてきたのだ。
 聖羅にとって、辛い服装であることに違いはない。
 さすがにひとりで部屋にいるときは慣れて来ていたが、人と関わる時には恥ずかしい思いをするし、その恥ずかしさに慣れてはいけないと彼女は思っている。

(問題は、元の世界に帰る方法ですね……来れた以上は、帰ることだって出来るはずなんですが)

 死告龍・リューが聖羅を気にかける目的は、純粋にリューの事情であることが判明した。
 仮にリューが神からの使いで、神からの指令として守ってくれているのであれば、聖羅にも何らかの使命や、この世界に喚ばれた訳が存在するはずであったが、そういうわけではなかった。
 聖羅の考えでは、自分がこの世界に来てしまったのは偶発的な事象によるものであり、何かを達成すれば元の世界に戻してもらえる、というものではないと考えていた。

(何らかの理由でふたつの世界の境界が開き、その結果私が偶然迷い込んでしまった……というのが順当でしょうね……となると)

 聖羅が探るべきは「ふたつの世界が繋がった理由」である。
 聖羅の世界では扉はただのバスルームのものであったし、魔法のない世界で起き得ることが異世界を繋げたとは思えない。
 そもそも仮に聖羅の世界に原因があったとしても、この世界に来てしまっている聖羅にはどうすることもできないので、こちらの世界に異世界と繋がってしまった原因があると考えるべきだった。

(そうなると怪しいのはあの扉ですね……あれがもしかすると、どこにでも繋がるドアみたいな力を持っていて、誤作動で異世界に繋がったとかありそうです)

 聖羅がこちらの世界にやって来たとき、聖羅は巨大な扉を背にしていた。
 そこから出てきたと考えるのが自然であり、その扉を調べることができれば、帰還の手がかりが掴めるかもしれない。
 一番いいのはその扉のところにいくことだが、そのためにはリューに協力してもらう必要がある。
 ゆえに、聖羅はまずはそういった『テレポートすることが出来る扉』のようなものがあるのかどうかを調べてみることにする。
 彼女はこの世界の文字を読めないため、調べるには誰かに尋ねる必要があった。
 聖羅は身体を起こしつつ、虚空に向けて声を放つ。

「ヨウさん。すみませんが、来ていただけますか?」

 そう聖羅が呼びかけること数秒。
 聖羅のすぐ側に光が凝縮し、美女の姿をした大妖精――聖羅が「ヨウさん」と呼び名をつけている者が現れた。
 彼女は妖精であるため、光の粒子となってある程度自由に物体をすり抜けることが出来るのだ。完全密封された場所ならばともかく、窓や扉があるこの部屋に入ることは造作もないことである。
 裸の美女に、透明で光る蜻蛉のような羽を背に生やした彼女は、その涼やかな相貌に優しげな笑みを浮かべていた。

『セイラ、呼んだ?』

「はい。お呼び立てしてしまってすみません。少し、お聞きしたいことが」

 バスタオルを奪取されるという騒動はあったが、その結果、聖羅とヨウはかなり打ち解け合っていた。
 普通の人間がヨウと相対した場合、その身に宿す絶大な魔力に恐れおののくが、聖羅は魔力を持たないため、自然と接することが出来た。
 相手がどれほど魔力を宿していようが、その魔力を感じることが出来ないので、見た目から神々しいと思っても、実感できないのだ。
 もしも生まれつき魔力を持つこの世界の人間であれば、例えバスタオルを持っていても恐れや警戒が消せなかったであろうが、魔力を持たないことがここでは活きていた。
 もっとも、もしバスタオルが無ければ魔力を持たない聖羅はヨウと一緒にいるだけで身体を蝕まれることになるため、善し悪しではある。

「ヨウさんは魔法を使えますよね? テレポート……空間転移系の魔法というものはこの世界にあるのでしょうか?」

 聖羅にとってヨウはこの世界で唯一、信用できて相談のしやすい存在である。
 リューも信用できないわけではないが、リューは聖羅を気にかけている事情が事情なため、下手なことは聞けない。
 元の世界に帰ろうとしている、ということはリューには絶対に教えられないことだった。
 ヨウは突然の聖羅の質問に首を傾げつつも、知っていることを話した。

『わたしは使えないけど、確か人間がそういう魔法を創っていたように思うわ』

「そうですか……ありがとうございます」

 聖羅は念のため、ヨウに質問したことを誰にも話さないようにお願いする。
 ヨウが詳しく知らないとなると、人間に聞いてみなければならない。
 折良く、オルフィルドとの茶会の時間が近づいて来ていた。




「空間転移系の魔法?」

 聖羅に問われたオルフィルドは、そう応えた。
 聖羅とオルフィルドは、広い応接室で向かい合って茶を飲んでいた。
 テーブルを挟んで向かい合っているため、下半身はそのテーブルによって隠れている。
 チューブトップスタイルの上半身は見えているわけではあるが、下半身が隠れているために恥ずかしさも少しはマシだった。

「はい。人に限らず、物体をいまある位置から一瞬で移動させる魔法、というのは存在するのでしょうか?」

「ふむ……あることはあるが、どうして急にそんなことを?」

 いままで、聖羅とオルフィルドの茶会は、当たり障りのないことが主だった。
 この世界に関しての常識や周辺の地域に関する情報、聖羅の世界の衣食住などの基本的なことだ。
 聖羅の方から魔法に関して聞いてきたことはいままでなかったのである。
 その疑問を抱かれることは当然予想していた聖羅は、あらかじめ考えておいた便宜上の理由を話す。

「私は突然予兆も無くこの世界に来てしまいました。もしそれが空間転移系の魔法によるものだとすると、また予兆無く向こうに戻されたり、あるいはまったく別の場所に放り出されたりしかねないと思いまして……悪意のある者に利用されたら大変ですから」

 聖羅は「元の世界に戻る手がかりを探す」という本命の理由は隠し、「突如攫われる可能性を危惧している」という理由を示した。
 死告龍を制御出来る聖羅は、ルィテ王国からすれば重要な存在だ。素直に「元の世界に帰りたい」といえば阻まれる可能性もあり、できる限り聖羅としては本命の理由は隠しておきたいと考えていたためだ。
 しかし実際のところ、リューやヨウという庇護者の元から引き離されることは聖羅が警戒しておかなければならないことであったため、便宜上の理由も嘘というわけではない。
 その危惧はオルフィルドにも納得のいくものだったらしい。

「なるほど……まず、そうだな。キヨズミ嬢が心配しているような、例えば城内に忍び込んできた間者によって強制転移させられる……ということはまずない」

「ない、と思って良いんですか?」

「ああ。そもそも空間転移、それも生物を移動させるとなると相当高度な魔法となる。下手な術者が用いれば命にも関わる。普通は空間転移を用いる場合、それ専用の門を用意するものだ」

 聖羅はそのオルフィルドの言葉に思わず反応してしまった。

「門、ですか?」

「ああ。周りに空間転移用の魔方陣を刻んだ門だ。それによって繋げる空間同士を定義する。そうしなければ不安定でとても使える域に達しない。兄……陛下でも無理だろうな。もし出来る者がいるとしても、そんな存在ならそこまで危険な行為をする意味がないだろう」

「どういうことですか?」

「もっと安全に光速移動する方法が考え得るからだ。わざわざ命の危険を冒す意味が無い。多少の距離なら飛べばそれで済む。……そもそもそんな高度な魔法を自在に制御しうる存在がわざわざ隠れて何かするというのも考えにくい」

「……確かに、そうですね。では、元からある扉を利用されるという危険性はないのですか?」

「魔方陣は魔力さえ注げば誰にでも起動させることはできるが、空間転移の魔法は並の魔力じゃ起動しない。国が計画を立てて大量の魔力結晶を用意し、一度になるべく多くの物品を移動できるように整えて初めて開かれるものだ。間者が逃げるために起動するというのは現実的では無いな」

 魔力結晶は文字通り魔力を固めて作られる結晶であり、魔法を発動する際の代替物として用いられる。魔方陣が刻まれ、魔力を注ぐことで稼働する魔法具などを扱う際に、電池のように使われるものだ。
 ただし、魔力結晶を扱うためには魔力として動かすための呼び水として、わずかに自前の魔力を必要とするため、聖羅にはいくら大量にあっても使えないものである。
 つくづく、聖羅に優しくない世界なのだ。

「この国にも、そういう扉はあるんですよね?」

「ああ。行き先などは国の機密上、教えられないがあるにはある。ただ、これはどの国でもそうだが、友好国との間には扉を用意するのが慣例になっているな」

「友好の証、というわけですね」

 とはいえ、外敵の侵入経路になり得る扉は相応の警備で固められている。
 そこを悪意を持って利用することはまず不可能であろうという結論だった。

「そういえば、生物を移動させるのは相当に高度な魔法のようですが、物体に限ればそうでもない、ということのですか?」

「……そうだな。自分の魔力を十全に馴染ませたものに限るのだが、ある程度熟練した者なら――」

 そう言いつつ、オルフィルドは翳した手の中に長剣を取り寄せて見せた。
 目を見開いて驚く聖羅に、悪戯が成功したように笑うオルフィルド。

「このように手元に喚び出すことが出来る。万が一の時の手段としてはそれなりに有効ではあるが……相応に使い込まなければ召還できないし、破損の危険もわずかながらある。緊急手段以上のものではないな」

 第一、とオルフィルドは召還した剣を使用人に預けながら続けた。

「自在に呼び出せるといっても、元の場所に戻せるわけではないからな。下手な時に呼び出してしまうとあとが困ることにもなり得る」

「確かにそうですね……」

「敵に捕らえられている状況で呼び出すと考えても、そもそも捕らえられている時点で魔法を使えない状態にされている可能性が高いから難しいだろうしな」

 そうオルフィルドの説明を受けながら、聖羅は以前森の中で着の身着のまま連れて来られていた様子だったヴォールドが、包丁を持っていたことを思い出す。
 あれも彼が愛用していたもので、オルフィルドがそうやったように召還したものと考えられた。

(そう考えると便利は便利ですが……アイテムボックスみたいなものはなさそうですね)

 どのような方法にせよ、どうやっても魔法が使えない聖羅にしてみれば使えないのだ。
 聖羅は気持ちを切り替えて、得た情報を今後の方針に活かすことを考える。

(しかしそういった魔法が普通にあるというのは行幸です。……あの扉がそういった魔方陣が刻まれていたものだとすると、もう一度あれを潜れば元の世界に帰れる、のでしょうか。魔力に関しては……ヨウさんに協力してもらえばなんとかなります……かね?)

 異世界に関する魔法はないはずなのに、異世界に繋がる扉があるというのもおかしな話だが、事実聖羅はそこを通って来たとしか思えない。
 単に一般に知られていないだけで、誰かが異世界に移動する方法を編み出しているのかもしれず、聖羅の方針としてはやはり『もう一度あの扉の元に行く』ということになりそうだった。

(あそこに行くなら、リューさんの協力は不可欠……何か理由を用意しないと……でもツガイになって欲しいというリューさんが、私が異世界に帰ることに協力してくれるとは思えないですし……)

 少し道筋は見えたが、まだまだ聖羅の前には難問が積み上がっていた。
 考え込む聖羅に、その様子をうかがっていたオルフィルドが声をかける。

「キヨズミ嬢、大変申し訳ないのだが、こちらからも相談したいことがあってな」

「なんでしょうか?」

(お世話になっていますし、場合によってはイージェルドさんやオルフィルドさんの協力が必要になってくるでしょうから……私に出来ることってそうないですけども)

 異世界転移ものでは主人公の知識や能力が高く評価されることがあるが、聖羅はそういった特殊技能や技術を全く持ち合わせていなかった。

(そんな私に相談って……何か嫌な予感がします……)

 不安に思いつつ、オルフィルドの言葉を待つ聖羅。
 果たして、その聖羅の不安は的中した。

「近く、この国で周辺各国の重鎮を集めた大会合を行う。キヨズミ嬢にはそこに聖女として――死告龍と一緒に出席してもらいたいんだ」

 大勢の観衆の前に立って欲しい、という要請であった。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第一章 1

 ルィテ王国国王、イージェルド・ルィテは執務室で頭を悩ませていた。
 彼の目の前にある執務机の上には、周辺各国からの書簡が山積みになっている。
 それぞれ、立場や関係などによる語調は違えど、要約すると「聖女キヨズミセイラに関する詳細を開示せよ」という内容だった。

「全く……板挟みになって苦悩するこちらのことも考えてほしいものだね……」

 新しく届いた書簡の内容もそれに準ずるものだと見たイージェルドは、その書簡を山のてっぺんに放り出しながらため息をついた。
 浸かれた様子のイージェルドに対し、部屋にいた彼の弟――オルフィルドが慰めるように声をかける。

「周辺各国も死告龍の動向には注意を払わないとだからな……仕方ないさ、兄さん」

 鋭い眼光が特徴の彼は、軍人らしい礼服に身を包んでいる。
 そんな彼は自ら用意したティーポットを傾け、紅茶をカップに注いでイージェルドの前に置いた。
 イージェルドは軽く礼を言ってからそのカップに口を付ける。

「ああ、わかっているとも。わかってはいるんだけどね……」

「兄さんがうんざりするのも、まあ、わかるけどな」

 イージェルドとオルフィルドはこの国の王族であり、この国の民を守る責務がある。
 一般的に災害でしかない死告龍を抑えられるというのは、不確定な脅威を制御できるということである。それを制御出来る機会を放棄することはありえない。
 ゆえに、それを成し得る聖羅を厚遇するのに問題はない。
 ただ、死告龍の制御に『聖女キヨズミセイラ』という存在が仲立ちになっているというのは、ある意味では行幸で、違う面から見れば不確定なことが多く危ういことであった。

「聖女呼ばわりも肖像画の拡散も、今後のためになるといって納得はさせたけど……いつ彼女自身の不満が爆発するか、不安でね……どうだい、そのあたり? オルフィルドの方が彼女と接する機会は多いだろう?」

 死告龍を制御出来るのは聖羅だけ。
 聖羅が命じれば、死告龍がルィテ王国に牙を剥くということである。
 ゆえに、聖羅の動向は彼らが常に気にかけて置かなければならないことであった。

「ああ。毎日の茶会は続けてるからな……いまのところ本気で嫌がってる感じはしない。少なくとも、理屈としては納得してるみたいだ。あとは、まあ、恥ずかしがってるだけだな」

「そうかい……そうだといいんだけど。オルフィルドがそういうなら大丈夫かな。彼女は読みにくくて困る。いまだに警戒されているんだろ?」

「そこなんだよなぁ。そろそろ信用くらいはしてくれてもよさそうなもんなんだが……いまだに俺たちの言葉すら疑ってる節があってな……ここまで信用されないなんて、敵対国相手でもまずないぞ」

 彼らは聖羅という人間について『ごく普通で一般的な善良な人間』と見ていた。
 特筆すべきほどの何かを見いだしているわけではない。一定の誠実さは感じても、この世界の人間にとって、誠実というのは個々の性格によるものではないためだ。
 身体に魔力を宿すこの世界の人間、ひいては生物にとって『嘘を吐く』というのは相応に覚悟のいる行為なのである。
 彼らは『嘘を吐く』行為をする度に、言い様のない嫌悪感に襲われるのだ。だから極力『嘘を吐かない』ように動くし、吐く時は相応の覚悟を持って行う。
 知っていることを言わないこと、あるいは言わない行為そのものの裏を探ることによって駆け引きは生まれるが、明白な嘘は吐けないのが、この世界の生き物なのである。
 無論例外はいくらでも存在するが、聖羅がいた世界とは比べものにならないほど詐欺師や悪人が蔓延りにくい環境なのだ。

「彼女がもう少しわかりやすければ、案ずることも少なくて済むのだけどね……」

 そういう事情を持つこの世界からすると、聖羅の誠実さや素直さというものは『至って普通』なのである。
 聖羅の世界でいえば、聖羅は『馬鹿正直』と呼ばれるほど、嘘の吐けない誠実な性格であるが、この世界ではそれが普通なのだ。
 そして聖羅はそれを理解しないまま、騙し騙されが当たり前の彼女の世界の基準で物事を考えている。
 イージェルドやオルフィルドの言葉を頭から信用していないのはそのためだ。
 それは正しいことではあるのだが、この世界の者たちからしてみれば、「明確に言葉として発された内容にも疑いを抱くほど、度を超して慎重。あるいは自分たちを全く信用していない証」となってしまっていた。

「交流してる限りは悪意を感じないし、異世界に来ちまって単に警戒してる……だけだと信じたいところだ」

「まだしばらくは様子見……かな。となると……」

 そう言って、イージェルドは山積みになった書簡を見渡し、再びため息を吐いた。
 周辺各国をどう納得させるか――問題は再びそこに帰結するのである。




 少し、時間は遡る。

『リューはね――セイラにツガイになって欲しいんだ!』

 あの日、清澄聖羅に『リューさん』と呼ばれている死告龍はそう告げた。
 告げられた聖羅は一瞬、なにを言われたのかよくわからなかった。
 しかし言葉の意味を徐々に理解するにつれ、戸惑いの気持ちが沸き上がってくる。

「ええと……すみません。その、『ツガイ』というのは……どういうことでしょうか?」

 聖羅は、例え元の世界と聞こえている言葉が同じでも、全く違う意味合いになる言葉もあるという前提で考えていた。
 翻訳魔法は驚くほど意思疎通を円滑にしてくれているが、それが万能では無いということも彼女は朧気に理解しているためだ。
 稀ではあったが、本来の言葉の意味とは全く異なる意味合いで同じ単語が使われることもあった。
 ゆえに聖羅は怪しく思えた時は、慎重に言葉の意味を確認するように心がけている。
 今回の『ツガイ』という言葉も彼女が想像しているのとは違う、この世界独特の意味を持つ可能性があった。
 そのため、尋ねたのだが。

『そのままの意味だよ? リューと子供を創って欲しいの』

 死告龍は聖羅が受け取った通りの意味だと、さらりと告げる。
 聖羅はそのことで嫌悪感や忌避感を覚えることはなかった。
 知らぬ仲ではなくとも、出会ってまだ一月も経たない相手に「自分と子供を作って欲しい」などと言われたとしよう。
 よほど親しい関係にでもなっていない限りは、拒否するのが普通だし、下手をすれば嫌悪感が湧いてくるところだが、聖羅はそう思わなかった。
 と、いうよりは――ドラゴンから『番いになって欲しい』と言われることが、想像の埒外のことすぎて実感が湧かなかったのである。

「……ええと、まず確認なのですが、リューさんは……男性だったのですか?」

 目の前に野生の熊が出没したとする。
 そうなった場合、その熊の雄雌が気になる人間はそうはいない。まずはその熊が襲ってくるかどうか、あるいは逃げられるかどうかを考えるのが普通だ。
 それと同じで、聖羅は死告龍が雌か雄かなど気にしたことがなかった。
 言葉を交わせるようになって、外見からの想像より声が高いとは思っていたが、それは雄雌の影響というよりは年齢が幼いという方向に取ったため、雄雌どちらかは意識していなかったのだ。
 聖羅の問いに対し、死告龍は少し困ったように首を傾げる。

『んー。男か女かって言われると……リューたちドラゴンにはセイラたち人間みたいに決まった性別がないから。どっち、っていわれても、ないっていうしかないなぁ』

 この世界のドラゴンには明確な性別の区別がない。
 普段は無性で、必要に応じて男性器や女性器が出現するのだ。
 その事を聞いた聖羅は、意外に感じて目を丸くした。

「そうだったんですか? お兄さんがいらっしゃるといっていたので、てっきり、性別はあるものかと……」

『お兄ちゃんにはもうツガイがいるからねー。強いお兄ちゃんの方が雄になってるの。でも、その気になればまた雌にもなれるはずだよ』

 しかしドラゴンは一度ツガイが成立した後、別のツガイを創ることを滅多にしないため、性別を次々変えるということは、そうそうないことではある。

「……そのお相手さんはドラゴン、ですよね?」

『うん、そう。普通のツガイはドラゴンであることが多いよ』

「普通ではない場合があるんですね……」

 自分に『ツガイになって欲しい』などと死告龍が求めて来ている時点で、そのことは聖羅にも予想の出来ていたことではあったが、彼女はそう呟いた。
 死告龍には彼女の複雑な気持ちを斟酌することはできず、平然と話を続ける。

『ドラゴンという種族にはね。種族として高みを目指す習性があるの。大昔はセイラよりもちっちゃなトカゲだったんだって』

 かつては、いまでいう『ドラゴン』という種族自体存在していなかった。
 元はただ生存能力に特化しただけのトカゲであったと言われている。
 それが長い年月の果てに徐々に力を得て、種族として強くなっていった存在、それが『ドラゴン』という種族である。
 元々は人間に踏みつぶされる程度だった弱小種族が、何千、何万という時間をかけて強くなったのである。
 そして、いまでは最強種族の一角に数えられている。
 その中でも、戦闘能力が突出した存在がリューという個体。死告龍なのだ。

『リューは強くなるためにがんばったの。身体を鍛えたし、魔法も覚えた。ドラゴンの中でもリューに勝てるのはお婆ちゃんくらいなんだよ?』

「お婆さん……もしや、私もお会いしたことがある、あの長老さんのことですか?」

『そうそう! リューでもお婆ちゃんには勝てないの。あ、ブレスだけの勝負ならたぶん勝てるけど……ドラゴンはブレス頼りになったら終わりだから』

 魔法や爪、尻尾なども駆使して戦うのがドラゴンである。
 確かに死告龍の即死ブレスは強力だが、必ずしも無敵ではないのだ。

『リューは十分強くなったから……次は、もっとドラゴンを強くするの』

 そう言われれば、聖羅にもどういう意図を持っての行動かわかった。

「つまり、リューさんは個としてのドラゴンとしては、突き詰めるところまで強くなったから、さらなる強さを目指すために、多種族の血を取り入れようと……そういうわけですか?」

『そういうこと!』

 聖羅は死告龍がどういう理由で多種族の自分に求愛しているのか、その意図を正しく理解した。
 話としてはありがちな話ではある。
 純血主義、とは全くの逆だが、要はその『血』そのものを強くしようという話で、そういった行為自体は聖羅としても納得できない話ではない。
 ただ、それに自分が関わってくる話となると――それも、ドラゴンを産むという話になると――話はまた違ってくる。
 端的に言えば、断りたい。
 だが、聖羅の身の安全というのは非常に危ういものであるため、申し出を拒否した時の影響が自分や周りにどう及ぶか、わからない。

「か、考えさせてください……」

 だから聖羅は時間稼ぎの言葉を口にする。
 リューは少し残念そうに顔を歪めつつ、いまのところ聖羅の意思を尊重する気はあるようで、無理強いはしなかった。
 だが、もしもその気になれば、死告龍を止められる存在はこの世界にほとんどいないのだ。

 ゆえに、聖羅は改めて「早く元の世界に帰らなければ」という決意を固めたのであった。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 序章

 バスタオル一枚の姿で異世界に転移してしまった清澄聖羅は、ルィテ王国という国にその身を寄せていた。
 紆余曲折あった結果、聖羅は人々から「聖女」と呼ばれるようになっており、その身柄はルィテ王国の王族によって保護されている。
 死告龍という天災級の力を持つドラゴンを鎮めることのできる能力の持ち主で、死を届けるとされる死告龍のブレスにも耐えるという。
 その性格は慎ましく穏やかで、その姿は伝説に歌われる天使の如く清らかで美しく――

「……ちょっと待ってください。クラースさん」

 城勤めの侍女・クラースの言葉を遮った聖羅は、頭痛を堪えるようにその額を片手で押さえていた。
 聖羅の髪を整えながら、『聖女キヨズミセイラ』の噂を当の本人に聞かせていたクラースは、話すのをやめて小首を傾げる。

「いかがなさいました? キヨズミ様」

 彼女は聖羅付きの侍女として、聖羅がこの城に滞在することが決まってからずっと彼女の世話を担当していた。
 日本語に対応した翻訳魔法を用いることで、意思疎通に問題はなくなっている。
 そのため、翻訳間違いや解釈違いがないことは聖羅も承知していたが、このときばかりはその可能性であって欲しいと願っていた。

「いえ……なんというか……それはどこの聖女様のお話ですか……?」

 聖羅はいまだこの世界の一般常識には疎い。
 クラースは城勤めとはいえ、世界の一般常識について聖羅に教えられないほど世間離れはしていないため、聖羅は彼女からこの世界の一般常識を学んでいた。
 聖女なる者の話は聞いたことがなかったため、きっとこの世界には一般的に聖女という存在がいて、その話をしているのだろうと聖羅は現実逃避気味に考えたのだ。
 しかしもちろん、クラースは首を横に振って、聖羅の疑問に答える。

「キヨズミ様のことでございますよ? 私の知る限り、ルィテ王国やその周辺国家にはキヨズミ様の他に『聖女』と呼ばれている者はおりません」

「……別人のお話のような気がするのですが?」

 聖羅がそう感じるのも無理はないほど、『聖女キヨズミセイラ』の噂は美辞麗句で飾られ、聖羅に覚えのないエピソードが山ほど盛られていた。
 曰く、凶暴な死告龍をひと撫でで大人しくさせただとか、大妖精を惹き付けて離さないだとか、降臨した際の輝きは人々の苦悩を浄化しただとか。
 噂とは大げさになるものなのだと、改めて聖羅は実感したものだ。

「その噂を信じると……私は天使か女神になってしまうのですけど」

 特に聖羅が自分のことではないと思ったのは、その容姿に対する表現だ。
 聖羅は自分の容姿が凡庸なものであると理解している。別に強いて醜いわけでもないが、間違っても『天使のようだ』と言われるほどのものではない。
 この世界でも美的感覚はほぼ変わらないはずで、自分がそう呼ばれることに違和感しか覚えないというのが聖羅の正直な気持ちだった。
 だが、クラースは別の捉え方をしているようだ。

「キヨズミ様は私どもからすると見慣れない容姿をされておりますし、身に纏っている衣類も私どもが見たことのないものですから……」

 かつて、初めて欧米人を見た日本人は、欧米人の顔立ちを見て、天狗と勘違いしたという話がある。
 この世界の人間は西洋寄りの顔立ちをしており、聖羅のような純日本人の顔立ちはまったく見られない。
 つまり、この世界の人間にしてみると、聖羅の顔立ちは未知であり、美醜以前の問題で判断のしようがないということだった。
 その結果、聖女という肩書きも相成って、得体は知れないがとりあえず美しい存在・天使と称されうることになっているのだ。

(うーん……私もよっぽどの場合はともかく、外国の方というだけで顔立ちが整っているように見えてしまうところはありますしね……)

 聖羅はそういう風に納得はしたものの、さりとて自分が天使や女神と形容されることに納得がいくわけではない。
 ただでさえ聖羅には抱えている問題が多いのに、これ以上気を病むことを増やさないで欲しいというのが本音だった。
 だがクラースは気を回したつもりなのか、衣装のことについて話を変えた。

「キヨズミ様が普段お召しになっている衣装に関しても、貴族の方の間でアレンジが加えられて舞踏会の衣装になりそうだとか」

「絶対に止めてください……」

 聖羅にしてみれば、彼女がしているバスタオルを腰に巻いて胸を布を隠している今の格好は、苦渋の決断である。
 魔力を持たず、それに対する抵抗力を持たない聖羅は『すべての魔力の影響を遮断する』という加護を持つバスタオルを身に着けていないと気分が悪くなってしまう。
 本来なら、バスタオルの上から普通の服を着たいところだ。
 だが、バスタオルに宿った加護には『定められた着方以外をしようとするとそれを拒絶する』という厄介極まりない性質がある。
 そのため、聖羅はバスタオル以外の物をその上に身に着けることができず、バスタオルをスカートのように扱い、胸に別の布がバスタオルに被らないように巻きつけることで、なんとかまだマシな格好を保っているにすぎないのだ。

(私のせいでこんな痴女みたいな恰好が流行ったら、この世界の人たちに申し訳がありません……)

 最悪、ルィテ王国の国王であるイージェルドに命令してもらってでも止めるべきかと聖羅は思考する。
 禁止するうまい言い訳を考えなければならないが、それに関しては彼らと相談しても構わないだろう。
 しかし、聖羅はなんとなくそれが結果としてまた『聖女』としての噂を悪化させるような気がしてならないのだった。

(この格好は聖女しかしてはいけない格好だとか……なんだかまた大げさな方向に噂が広がる気がするんですよね……)

 いっそ自分は『神々の加護』持ちのバスタオルを身に着けているだけの、魔法も使えないどころか魔力も持たないただの一般人である、と公言してしまおうかと思ってしまうが、それは身の安全を考えるとできないことだった。
 死告龍という危険な存在を止められるのは事実であり、それは加護のことを差し引いても、彼女を特別な存在足らしめる事実である。
 それになによりも、聖女という噂が一人歩きするのは都合がいいことでもある。

 死告龍に求愛されている、などという事実は絶対に伏せなければならないことだからだ。

つづく
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