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黎明媚態

露出系、羞恥系の18禁小説を書いています。関連の同人・版権作品のレビューも書きます。18歳以下の閲覧禁止。

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第5章 1


 その使用人は、脇目も振らずに必死に逃げていた。

 背後からは気味の悪い喚き声と共に、裸足で走る音が追いかけて来ている。
 ひときわ鋭い威嚇の声に、思わず使用人が振り返ると、少し距離はあるが確実に使用人を捉えている様子の小鬼たちが、醜い声をあげながら追いかけてきていた。
 小鬼は人型で人間の子供くらいの背丈しかない小さな魔物であるが、厄介なずる賢い知能と残忍さ、どこにでも湧く性質、そして何より人間の女性を犯して繁殖するというおぞましい特徴を有している。
 スライムや血吸い蝙蝠など、低級の魔物は多々いるが、小鬼は他の低級の魔族と違い、人間のテリトリーを積極的に侵してくる。
 その点で、人間にとって最も身近な脅威だった。

「ひぃ……っ!」

 ゆえに追いつかれればどうなるのか、その使用人もよく知っていた。
 全力で逃げる。どこにどう繋がっているかもわからない天然の洞窟内を、使用人は懸命に駆けていた。
 ルィテ王国の王城で働く彼女は、基本的な魔力の扱いは習熟しているものの、戦闘に慣れてはいない。魔力を纏った手で殴りつければ小鬼くらいは殺せる威力が出るが、彼女にそれができるかと言われれば否である。

(どうして、こんなことに……!)

 彼女は逃げ続けながらそう思っていた。
 王城で働く彼女は、有事の際にどう動けばいいのか、よく理解している。ルィテの王族が様々な状況を想定して、あらかじめ行動指針を定めているためだ。
 突如空から敵国の大軍勢が襲って来た場合でも、ちゃんと行動指針は定められている。
 仮にそういう状況であったとしたら、彼女も落ちついて行動できただろう。
 だが、王城そのものが魔界化し、それに飲み込まれるなどというあり得ない状況に対しては、対策が講じられていない。
 着の身着のままダンジョンに放り出されたようなものだ。

「だれか……! 誰かーッ!」

 彼女は逃げつつも声を張り上げ、助けを求める。だが、返事はない。
 普段の王城なら一声あげればすぐに衛兵がかけつけてくるというのに。
 叫べば呼吸が苦しくなるとわかっていたが、いまにも追いつかれそうな恐怖に声をあげずにはいられなかったのだ。
 健闘虚しく、疲労の溜まってきた使用人の動きは鈍くなり、蹴躓いて転んでしまう。
 その際、悪い躓き方をしたらしく、足を挫いてしまっていた。起き上がろうとすると足首に激痛が走り、彼女はまた転んでしまった。
 足掻く彼女に、小鬼たちが追いつく。
 そして彼女が逃げられないように、その周りを取り囲んだ。獲物を前にして、舌なめずりをしている。

「ひっ……こ、来ないで! 触らないで!」

 伸びて来た小鬼の手を振り払い使用人は抗うが、小鬼たちは嗤うばかりでその場から去ることはない。
 通常、小鬼たちは粗末な武器や衣服を身につけていることが多いが、この場にいる小鬼たちは何も手に持たず、何も身に付けていなかった。
 小鬼に限らず、低級の魔物は大気中に流れる魔力が、何らかの原因で一点に集中した時、形を成して生まれることがある。
 魔界ではそれがより顕著であり、彼らはそうして生まれたばかりの存在であった。
 だが、魔物にとって生まれたばかりというのは無垢であることを意味しない。

「ギッギッギッ」

 怯え震えることしかできないらしい獲物を前に、小鬼たちは潰れた蛙のような、醜い笑い声をあげる。
 本能に従い生きる彼らにとって、弱い人間は格好の獲物であった。
 小鬼たちが強く持つ欲求――所有欲、食欲、支配欲、そして性欲。
 それらをすべて満たす『服を着た』『人間』の『弱い』『雌』は、ご馳走としか言い様のないものだ。
 遮二無二暴れる彼女が疲れるのを待っていた小鬼たちが、彼女の動きが鈍ったのを見て、地面を蹴って一斉に跳びかかる。

 そして、再び地面を踏むことはなかった。

 彼らは謎の力で一瞬空中に縫い付けられたかと思うと、次の瞬間その体を歪ませ、巨大な透明の手に握り潰されたかのように潰れてしまったからだ。
 水袋が破裂したかのように赤い血が迸り、周囲にまき散らされる。
 それを頭から被った使用人は、目の前で起きた異常な事態に唖然とすることしかできなかった。
 その頭上から、細長い何かが彼女に襲いかかる。

「あっ――むぐっ、うぅ!?」

 悲鳴を上げる暇もなく、彼女の上半身はその何かに包まれてしまった。
 生暖かい感触が彼女の上半身を覆う。
 咄嗟に瞼と口は閉じたものの、鼻にどろりとした液体がかかり、危うく吸い込むところだったのを呼吸を止めて凌ぐ。
 もし彼女の状況を傍から見るものがいれば、天井を突き破って出現した細長い筒に、彼女の上半身が飲み込まれた様が見れただろう。
 いまはまだそれに包まれていない下半身が暴れて逃れようとしたが、その筒は彼女を上へと吸いあげていき、彼女の体はどんどん筒の中へと入っていく。

「ンーッ! ンんッーっ!」

 出せる限りの呻き声をあげ、必死に体を捩らせ、足をばたつかせる使用人の彼女。
 だがその抵抗も虚しく、彼女のシルエットは筒の中を移動し、足先まで筒の中に呑まれ、最終的には天井の中へと消えていった。
 そして、彼女を飲み込んでしまった筒自体も、突き破った天井の中へと再び戻っていく。
 彼女の呻き声はすぐ聞こえなくなり、その場所には静寂と、不可視の力で押しつぶされた小鬼たちの血だまりと肉片だけが残った。




「妙、ですね」

 床を塗らすその液体を検分していたバラノが、ふと呟いた。
 周囲を警戒していたテーナルクが、その呟きを聞き咎め、苛立ち混じりに問う。

「なにが、ですの? 調べられたのなら、ちゃんと詳細を教えてくださりませんか?」

 トゲのある言い方になってしまっているのは、元よりバラノとそりが合わないということもあるが、彼女が緊迫した状況下で神経を尖らせているためであった。
 テーナルクは王族らしく、魔法の扱いに長けた実力者ではあるが、王族であるが故に実際に戦場に出たことはほとんどない。
 戦地を視察することがあっても、その際には腕利きの護衛を伴っている。
 ゆえに、何が起きるかもわからない状況下で、戦える者が自分しかおらず、守らなければならない相手は本来敵国に属する者、となれば神経を尖らせるのも無理はないことだった。
 そんなテーナルクの心情を正確に理解しているのか、バラノはテーナルクに対して「申し訳ありません」と、不用意な呟きを聞かせてしまったことを詫びつつ、応えた。

「この液体は、スライムの体が溶けた……いえ、崩れて出来たもの、というべきでしょうか。いうなればスライムの残骸です。宿っている魔力の乏しさから、生まれて何も吸収することなく死んだと思われます。ただ、もし魔界化に伴って発生した魔物であるならば、死告龍の眷族ということになり、そう容易く死ぬとは思えません」

 バラノは戦闘力を持たない代わりに、分析力に長けていた。テーナルクも探査の魔法は使えるが、バラノはそういった魔法に加えて知識と知恵で分析を行う。
 テーナルクは深く息を吸って吐き、尖り気味の気を静め、冷静であろうと努める。
 そして同時に、バラノにひとつ上をいかれていることを自覚し、忌々しげに唸った。

(情けない……ルィテ王族ともあろうものが……いえ、その誇りもいまは不要ですわ)

 つい先ほど、魔界化が始まる前まで、テーナルクとバラノは互いに嫌悪を隠さないやりとりを繰り広げていた。
 無論、表立って敵意を露わにすることはふたりともしなかったが、思うところがあるのはお互い様であり、駆け引きの一種として嫌味の応酬くらいはしていたのだ。
 だが魔界化に呑まれ、ふたり孤立した時――戦える者と戦えない者の違いはあるとはいえ――テーナルクは先のやりとりの尾を引いてしまったのに対し、バラノはこの状況では協調するべきと即断し、先のやりとりの影響などまるで感じさせないように振る舞ったのだ。
 結果、テーナルクはバラノの態度もあって、頭を冷やさせられた。

(本当に、これを全部狙ってやっているのだとしたら質が悪すぎますわ……)

 冷静にならなければならなかったことは事実であり、ひとまずテーナルクはバラノの態度については考えるのはやめて、改めて問う。

「王城には兵士や魔法を使える者もいたはず……その者達が倒した、ということではありませんの?」

「そうかもしれません。ただ、それにしては周りに戦闘した後が何もないのです」

 そういってバラノは周囲に視線を走らせる。
 テーナルクはスライムの痕跡にばかり目がいって、周りを見渡せていなかったことに気づかされ、顔をしかめた。

「……確かに、そうですわね」

「見るべきものは見ましたし、ここから移動しましょう。なんであれスライムを倒すような存在がこの付近にはいるわけですし」

 テーナルクとバラノは移動を開始する。
 彼女たちがいる場所は城の廊下のような広い空間だった。しかしルィテの王城とは違う場所であることは明らかで、廊下は複雑怪奇に入り組み、先が霞むほどの遠くまで続いている廊下さえあった。天井は高く、魔法の灯りが天井からつり下がって照らしているため、視界はそれほど悪くはない。
 ふたりはなるべく目立たないように廊下の端を、周囲に警戒しながら進む。
 バラノが先に立って進み、テーナルクは背後に立って広く俯瞰して周囲を見つつ、背後にも気を配っていた。

(本当に、腹立たしいほど有能ですわね……)

 テーナルクは前を進むバラノの背を複雑な気持ちで見つめる。
 戦闘力をほとんど持たないバラノが先頭を歩いている理由は、端的にいえば囮である。
 最も危険な初撃をバラノが受けることで、背後に控えたテーナルクが対処しやすくするという目論見だ。
 確かに初撃でテーナルクが戦闘不能になってしまっては、バラノも結局はやられてしまうだろう。戦闘力がないといっても基本的な護身術は抑えているので、バラノが初撃で死ぬようなことはよほどの攻撃でなければない。
 とはいえ、それでも自ら攻撃を受けるかもしれない立ち位置を躊躇わず選択できる辺り、非戦闘員らしかぬ覚悟を決めていると言えた。
 移動しながら、テーナルクとバラノは会話を続ける。

「スライムは弱い魔物ではありますが、物理的な攻撃では核を的確に打ち抜かねばならず、とても激しい戦いになるはずですし、魔法でならばまだ対処は容易ですが、焼き払うという形になる以上、その痕跡は多く残るはずです」

「それほど強力な眷族ではなかった、ということかもしれませんわよ?」

「私もその可能性が高いと思うのですが……仮説として聞いてください。即死属性なら、相手がスライムであろうと痕跡ひとつ残さず、難なく殺せます」

「……? それは当然では……ん、いえ、そうではないですわね」

 スライムを痕跡ひとつ残さず倒すには、熟練した技か、即死属性持ちの攻撃が必要だ。
 前者でないとすれば、即死属性を持つ者がこのスライムを殺したことになる。そうなるとその候補の筆頭に上がるのは死告龍である。
 死告龍レベルの即死攻撃が出来るものを、テーナルクもバラノも他に知らない。
 死告龍であれば、気にくわないという理由でせっかく生まれた眷族を殺す可能性もないわけではない。
 ただ、死告龍の眷族であれば、眷族も即死属性を持っているはずなのだ。

「属性持ちの魔物は、持っている属性に対する耐性も合わせて持っているのが普通……でなければ、死告龍は自分の吐く即死ブレスで死んでしまいますから」

「もしあのスライムが眷族であったとするなら、即死属性で容易く死ぬはずがない、というわけですわね」

「ええ。基本的に眷族は主に忠実とはいえ、死ねと言われて死ぬほどではありません。何の抵抗もしなかったのはおかしい……つまり、あのスライムは抵抗する間もなく、死告龍、もしくはその眷族に即死属性で倒された、死告龍の眷族ではないスライムの可能性があります」

「……まさか。魔界化がそこまで進行しているというのですの?」

「あくまで可能性の話ですが……十分あり得るかと。本来なら、城が魔界化すること自体あり得ないことなのですし」

「……それもそう、ですわね」

 反抗心ゆえではなかったが、否定する材料を探したテーナルクは、バラノの推測を否定することが出来なかった。
 魔界化にはいくつか段階がある。
 ある一定の大きさを有する魔界には、魔力溜まりがよく出来るようになり、魔界の主とは直接関係のない魔物が多々発生するようになるのだ。
 それがさらに深まっていくと、魔界から出られない眷族以外の魔物が魔界から溢れ出すようになる。その中でも強力な魔物がまた別の魔界を生み出して広がり、やがて魔界は迷宮――いわゆるダンジョン――へと呼び名を変えていく。
 元々混沌とした魔界がさらに混沌とし、思い掛けない素材や財宝も生まれるようになり、そういった迷宮は人々にとって最大の脅威にして最高の狩り場になる。

「全く……死告龍は本当に何もかもが規格外すぎますわ……迷宮は『古代魔王の大迷宮』だけで十分ですのに……」

「あそこは魔界の中核を成す魔王が封印されていて、比較的安全ですからね。ただ、最近は各国の調査団が殺到しすぎて、少々面倒なことになっているようです。迷宮を管理しているシュルラーヌ共和国から、しばらく転移を控えるように通達がありましたし」

「一昔前に比べると、転移魔法に改良が加えられて、発動に必要な魔力量も抑えられて来ておりますから……というか、その面倒を起こしている筆頭の国が、人ごとみたいに言うんじゃありませんわ」

「我が国にとっても重要な迷宮ですので」

 テーナルクのトゲのついた言葉を、しれっと受け流すバラノ。
 その役者ぶりにテーナルクは深く溜息を吐いた。
 ザズグドズ帝国は侵略政策を主とする軍事国家だ。ゆえに『古代魔王の大迷宮』にも頻繁に調査団――という名の冒険者の一団――を派遣し、貴重な資源や財宝を回収している。
 大抵の国で冒険者は上位になればなるほど自由人の気質が強くなり、縦の繋がりは弱くなっていく。国のいうことを利かなくなる者が多くなるのだ。
 だが、ザズグドズでは、冒険者と国の結びつきが強く、各国の迷宮調査団の中でも破格の実績をあげている。

「あれだけ優秀な冒険者たちを国がまとめ上げている手腕には関心してしまいますわ。一体どんなカラクリがあるんですの?」

「機密でもなんでもないですよ。単に駆け出しの頃からきちんと支援しているだけです」

 帝国では冒険者というのは「一攫千金を目指す向こう見ずな若者がなるもの」という認識ではなく、「未知に挑み、困難に打ち勝つ専門家」という認識である。
 食うに困った寒村の若者や周囲に馴染めない乱暴者が仕方なくなるもの、ではないのだ。商人や職人と同様にひとつの職業であり、向いているものが目指すものなのである。
 ゆえに教育や指導などの支援が充実しており、他の国に比べると駆けだし冒険者の死亡率は極めて低い。

「なるほど、そうやって育った冒険者は、国に恩があるから指示も聞かせやすく、作戦行動も取りやすいというわけですのね……」

「特にいまの王は徹底した実力主義者ですから。冒険者を軽んじたとある貴族のご令嬢を毒沼に蹴り落としたこともありましたね」

「聞き及んでおりますわ……その噂、帝国の野蛮さを端的に表す話となっていますわよ? 真実は違うのですの?」

「もちろんです。王はドレスに身を包んだご令嬢に、その姿で毒沼を歩けるかと問うたのです。無論、ドレスはめちゃくちゃ、ご令嬢も毒に侵されてまともに歩くことも出来なくなりました。王はそんなご令嬢を冒険者に命じて助けさせ、己が分を弁えよとおっしゃいました」

 バラノは自分の主君を誇るように、話を続ける。

「すっかり大人しくなったご令嬢の元に、王は彼女が着ていた以上の素晴らしいドレスを贈り、伝えたのです。『お前の分は華やかに着飾り、美しい所作と振る舞いで我が国を美しく魅せることにある。それは冒険者には出来ないお前の仕事だ』と」

「なるほど……飴と鞭で諭したというわけですわね。周辺国家には鞭の部分しか伝わっていないようですけども」

「逆の話もありますよ? 貴族を軽んじた冒険者に対し、巧みな話術で極めて不公平な契約を結ばせたのです。その解消を貴族に命じて、貴族の交渉術というものを見せつけさせたことも」

「なんとも厄介な……そこまで優秀なのに、なぜ侵略政策など取るのでしょう」

「王曰く、必要なことだからだそうですが……私も詳しくは教えられておりません。王自身に『王を盲目的に信じるな』と命じられておりますので、私も独自に色々と調べて考えてはいるのですが……ん?」

 そこで不意にバラノの進む足が止まった。
 テーナルクが警戒を強める。バラノはそんなテーナルクに人差し指を立てて静かにするように合図してから、廊下の角から奥を静かに覗き込み――その身体が、天井に向かって吹き飛んだ。
 一瞬の出来事だったが、テーナルクは何が起きたのか正確に把握出来ていた。
 角から先を覗き込んだバラノの背中に、白い糸のようなものが上から降って来て、張り付くと同時に引き揚げたのだ。

「バラノ様! ――くっ!」

 テーナルクは咄嗟に頭上に魔法障壁を張りながら後退する。
 展開した魔法障壁に粘着性のある白い糸がぶつかり、障壁をたわませた。

(上からとは……不覚ですわ!)

 カサカサと、天井を這う音がする。
 バラノはその音に気づいたが、角を曲がる直前だったため、曲がった先から聞こえていると勘違いしてしまったのだ。
 天井を見上げたテーナルクは、天井に巨大な蜘蛛が張り付いているのを見た。その大きさは、口の部分だけで人間の頭部を囓れるほどに大きく、膨らんだ胴体や、細長いが大きく広がる八本の足まで含めると、死告龍並みに大きい。
 蜘蛛はお尻の先から白い糸を射出し、バラノをぐるぐる巻きにしていた。バラノはミイラのように全身が白い糸で覆われており、芋虫のように身体をくねらせることしかできていなかった。

(まずい……あのままでは呼吸ができませんわ……!)

 一刻も早く助けなければ命が危ない。
 テーナルクが攻撃的な魔法を唱えようとしたとき、蜘蛛が再びテーナルクに狙いを定める。
 障壁を展開して備えるテーナルク。その背筋に悪寒が走る。
 彼女は咄嗟に魔法を中断し、横っ飛びでその場から逃れた。
 その次の瞬間、黒い霧のようなものを纏った糸を蜘蛛が射出し、テーナルクが展開していた障壁を突き破って、一瞬前まで彼女がいた場所に白い糸が着弾した。

(障壁を一瞬で――? これは、即死属性……死告龍の眷族……っ!)

 悪寒の正体を悟りながら、テーナルクは走る。
 逃げるためではなく、同じ場所に留まらないための足運びだ。
 テーナルクの判断は正しく、蜘蛛は次々糸を放射し、テーナルクをも絡め取ろうとする。
 避け続ける彼女は、蜘蛛を倒すのは難しいと判断した。

(蜘蛛には炎系の魔法が有効……ですが、いまそれを放つとバラノ様まで巻き込んでしまいますわ……)

 蜘蛛の糸は良く燃える。それゆえに、もしいまテーナルクが炎の魔法を使って攻撃をすれば、燃え広がる火がバラノまで燃やしてしまうだろう。
 魔法の火は放った者の意思である程度制御することが出来るが、選択した者だけ全く焦がさないほどに制御出来るのは、魔法を極めた者だけだ。
 ましてや、炎の制御だけに集中できる状況でもない以上、延焼してバラノを焼いてしまうということになりかねない。

(ここは、撤退すべ――きっ!?)

 天井に張り付いていた蜘蛛が、突如落下して来た。空中でくるりと身体の向きを変えた蜘蛛は、床に着くや否や、もう加速してテーナルクに迫る。
 蜘蛛の口の前、鎌のような形状をした鋏角がテーナルクに食らいつかんと開いていた。
 硬直しかけたテーナルクだが、ギリギリ回避行動が間に合った。床を蹴り、突っ込んで来た蜘蛛の頭上を越える形で、突進を回避する。
 その際、着ていたドレスの裾が蜘蛛の身体に引っかかり、太ももまでむき出しになるスリットが新たに生まれてしまった。
 だが、そんなことに構っている余裕はない。

(いまが好機ですわ!)

 蜘蛛の速度は確かに脅威だったが、テーナルクがギリギリでかわしたことにより、蜘蛛は一瞬テーナルクの姿を見失った。
 テーナルクは無防備な蜘蛛の背に攻撃魔法を撃ち込む――ことはせずに、強化した身体能力を活かし、天井に向けて跳躍。
 糸によってぐるぐる巻きにされていたバラノの近くに移動すると、風の刃を生み出す魔法を使い、バラノを巣から切り離した。
 肩に担ぐようにバラノを回収すると、天井を蹴って床へと移動。着地すると同時に勢いよく駆けだし、蜘蛛から離れていく。
 決して無理はせず、救出を優先したテーナルクの判断は正しかった。

 だが、警戒が一つ足りなかった。

 確実に逃げられると考えたテーナルクの身体が突如減速し、空中につなぎ止められる。
 テーナルクは自分の身体に、目を凝らさないと見えないレベルの、細い糸が絡みついているのを感じた。

(罠――!?)

 テーナルクは失敗を悟る。
 蜘蛛の死角を行こうと咄嗟に駆けだした方向は、まだ彼女たちが歩いていない場所、つまりは蜘蛛がいた方向の廊下だった。
 すでにその場所には蜘蛛によって罠が張られており、迂闊に走りだしたテーナルクはその罠にまんまと引っかかってしまったのである。
 魔法を使って抜け出そうとしたが、それは致命的なタイムラグだった。

 テーナルクの腹部に、激痛が走った。

 即座に距離を詰めた蜘蛛が、その毒針をテーナルクの腹部に突き刺していた。
 刺されたことによる激痛と、流し込まれた毒液による痺れが全身を襲い、テーナルクの意識は暗転してしまった。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第四章 おわり


 アーミアの尊い犠牲――羞恥と下着だ――もあって、聖羅たちに襲いかかってきた大きな花の魔物は倒すことができた。
 囮として花の魔物に捕まったアーミアは、神聖法衣という神々の加護を有する衣服を召還し、身体的な負傷はせずに済んだ。
 しかし花の魔物の蔓の締め上げと、丸呑みされてからの消化液らしきものの効果によって、神聖法衣の下に身に付けていた下着を喪失してしまったのだ。
 今後の行動に支障が出かねない、大きな損失だった。

「ルレンティア……換えの下着、持ってない?」

 神聖法衣は薄いレースを幾層にも重ねたベールを組み合わせ、服の形を成している。
 その完成度は芸術品の域だが、服装としては一つ大きな欠点があり、光に透けてしまうのである。
 下着を着ることはできるが、それ以上の服を着ると神々の加護が緩んでしまう。
 現在、アーミアは花の魔物のせいで下着を失っているため、神聖法衣越しにその肢体が微かに透けて見えてしまっている状態にあった。
 要所を手で隠す事はできるが、アーミアにとっては無防備で頼りない状態である。
 新しい下着があれば済むことなのだが、変質した異界の中では探すこともできない。
 ゆえに誰かが下着を持っている、という可能性にかけるしかないのだが。

「さすがに持ってないにゃあ」

 ルレンティアは苦笑気味に応える。
 彼女は開放的な風土を持つ湖の国の姫であり、露出度の高い服装を着ることに抵抗感はないが、強いて脱ぎたがりというわけではない。
 常に下着の替えを準備してはいないのである。

「服系の装備を呼び寄せられるようにはしてないのかにゃ?」

「わたしが呼びだせるのは通常の神官服だけ。でも、神官服は何の効果も持たない服だから、いまの状況では神聖法衣を脱ぐわけにも……」

「それはそうだにゃあ」

 推定、死告龍が作ったと思われる魔界。
 何が起きるかわからず、即死属性を有する敵がいるために、アーミアは神聖法衣を脱ぐことができないのだ。

「さっき脱ぎ捨てたドレスが使えればよかったんだけど」

 脱ぎ捨てたアーミアのドレスは、花の魔物との戦闘中に消えてしまっていた。
 花は消化液を垂れ流していたために、それに触れて溶けてしまったのだと思われる。

「神官服を加工して、下着にするしかないんじゃないかにゃ?」

 要は布切れを下着にできればいいわけであり、その方法は可能だった。

「……それしかない、か」

 それはまともな服を失うということでもあり、うら若き女性であるアーミアには耐えがたいことである。
 しかし背に腹は替えられない。アーミアは神官服を呼び出すと、その裾を魔法で切り取って、細長い布切れとし、下着として体に巻き付けた。
 その間に、ルレンティアは木の上で待たせていた聖羅を抱えて、降りてくる。
 地面に降りた聖羅はルレンティアにお礼を言い、アーミアにも話しかけた。

「アーミアさん、お怪我はありませんか? すみません。私が囮になるべきところを……」

「気にしなくていい。魔法の補助なしで反応するのは無理」

 聖羅の謝罪に、アーミアはそう応えた。
 その内容に対し、聖羅は抱いた疑問を尋ねる。

「魔法の補助……あの一瞬で、魔法を使ったんですか?」

「正確には常にかかっている反射魔法と呼ばれるもの。危機的状況に陥った時、自動的に発動して、体感速度や思考速度を加速させる」

「急な襲撃や暗殺に警戒しなければならない立場の者には必須の補助魔法だにゃ。その昔、超強くて正面からの戦闘では誰も勝てなかった覇王が、腹心だったはずの部下の裏切りで後ろから魔法で焼き殺されたことがあったのにゃ。隣にいた覇王の寵姫も続けて殺されるところだったにゃが、最初の狙いが覇王だったことで、寵姫の反撃は間に合い、裏切り者は殺されたのにゃ」

「その時の経験を踏まえて、その寵姫が生み出したのが反射魔法。この魔法を使っておけば、例え背後からいきなり魔法で攻撃されても、反撃が間に合うようになる」

「ただ、取り扱いには注意が必要な魔法でもあるのにゃ。この魔法、使いすぎると早死にすると言われてるにゃ」

「常に反射速度も思考速度も速めた状態では精神が保たないから」

「なるほど……だから、とっさの時に自動的でしか発動しないようになっているんですね」

 聖羅は以前、リューが不意打ちで火球を放たれた時、即座に反撃していたことを思い出していた。
 彼女には攻撃されたことすらわからなかった一瞬出来事であった。その超反応を可能にしたのは、そういった魔法の恩恵あってのことだったのだろう。
 話が一通り済み、落ちついたところでルレンティアが話題を改める。

「さて、この結界を作り出していたと思われる魔物は倒したけど……出られるようになったかにゃあ」

「それも気になりますが、あの花に捕らえられていた妖精さんたちは無事でしょうか?」

 花の魔物には、何体もの妖精が捕らえられていた。
 傷つけられてはいなかったようだが、本当に無事かどうかはわからない。
 そう思って聖羅が周囲を見渡してみるが、妖精たちの姿はすでになかった。
 消滅してしまったのか、それとも解放されたので姿を隠してしまったのか、不安に思う聖羅に対し、アーミアとルレンティアが応える。

「消滅、はしていなかったように思う。たぶん」

「あの花は妖精たちから魔力を吸い取って結界を構築していたと思うから……恐らく魔力が枯渇したんだろうにゃ」

「魔力を消耗した妖精は、それが回復するまでは姿を隠すのが普通」

「そうですか……それなら、とりあえずはそっとしておいた方が良さそうですね」

 そう判断した聖羅は、妖精たちのことは一端脇に置いておくにした。
 空間からの脱出を試みるべく、三人は移動を開始する。
 その道中、片手に荷物を抱えているアーミアを見て、聖羅は呟いた。

「そういえば、この世界にはアイテムボックスみたいな、荷物を運ぶための魔法はないんですよね」

 魔界のような異空間が生まれうるなら、そう言ったものがあってもおかしくないと、聖羅は思ったのだ。
 その疑問に対し、アーミアとルランティアは首を横に振る。

「便利だとは思うけど、そういった魔法は聞いたことがない」

「魔界を生み出せるのは魔物だけだからにゃ。空間に作用する方法はよくわかっていないのにゃ。協力的な魔族もいるけども……彼らにも原理はよく分かってないみたいだにゃあ」

「魔族自身は研究とか、そういうことはしないんでしょうか?」

「する者もいると思うにゃ。けど、死告龍がそうであるように、魔界を生むほど強い魔族はそういったことには興味がないみたいだにゃ」

「……というより、その域に達するとそれは等しく人類の敵だから。友好的に話を出来た例がほとんどない」

 アーミアは躊躇いながらではあったが、その事実を聖羅に伝える。
 聖羅もまた、その事実が躊躇いつつ告げられた理由を理解していた。

(魔界を生み出す魔族は人類の敵……つまり、リューさんもそうだと言いたいんですよね。まあ、そのことは前から聞いていましたが……)

 その話をアーミアが改めてした、ということに何か意図があると聖羅は感じていた。

(リューさんが危険な魔族であることを実感させようとしている……とかでしょうか)

 なんの後ろ盾もない聖羅にとって、死告龍の存在は安全を担保するための強力な切り札である。
 だが、それを切ることは極めて危険な賭けにもなる。誰にも負けないかもしれないが、すべてを敵に回す可能性を孕んでいる。
 安全をアーミアやルレンティアが安全を確保してくれるのなら、聖羅としてはリューから離れても問題ない。リューへの個人的な感情はおいておくにしても、だ。

(ルーさんもアーミアさんも、それぞれ国の代表であるという面を差し引いて考えても、信用のおけそうな人物であるというのはわかってきましたし、あとは、リューさんが私から穏便に離れてくれれば……)

 そう考えかけた聖羅だが、同時に大きな問題にも気づく。

(もし……リューさんが私に番になってほしいという望みを抱かなくなったとして。リューさんはその後どうするのでしょう?)

 普通に考えれば、恐らく次の番候補を求めて動き出すのだろう。
 数々の英雄クラスの者たちを薙ぎ払ってきた危険な存在が、再び世に放たれるということだ。
 それは極めて危険なことだった。

(やはり、どこかでお二人に協力をお願いするべき……でしょうね。私一人では最適解を見出すことができません)

 そう思いつつ、いまここで話して良いことでもなさそうだと考えた聖羅は、この場を凌ぐ方向に頭を切り替えた。

「話が逸れてしまいましたね……結界がどうなったか見に行きませんか?」

「それがいいにゃ」

「わかった」

 三人は先程聖羅が弾かれてしまった結界の境界へと向かう。
 その場所はすでに大きな変化を見せていた。

「扉……? ですよね」

 森はまだ先に続いているようにも見えるが、明らかにその景色に綻びが生まれていて、そこに半透明の扉のようなものがあるとわかった。
 扉に対してはいい思い出のない聖羅であったが、明らかに変化が生まれているということに希望が見えた。
 しかし、アーミアとルランティアは難しい顔をしている。

「あれは……なんだと思う? ルレンティア」

「普通の扉ではなさそうだにゃあ。明らかに違う場所につながっていそうだにゃ」

「例の、国と国とを繋いでいる門のように、ですか?」

「いや、この場合は遠くに行くというよりは、別の空間につながっているというべき」

「完全に夢幻迷宮だにゃ。協力しているとも思えないし、死告龍の魔界はどうなってるんだにゃー」

 疲れたようにため息を吐くルレンティア。
 聖羅は彼女のいう言葉が気になった。

「ルーさん、夢幻迷宮というのは……?」

「妖精が生み出す妖しの術の中でも極意と呼ばれる魔法だにゃ。大妖精レベルの者が扱う術で、普通の妖精がただ道に迷わせる程度だとすれば、大妖精の物は本当に違った道を歩むことになる……それが突き詰められると、こんな感じで全く別の空間同士が繋がるのにゃ」

「その時、空間と空間を行き来する手段として、こういった扉が生まれることがある」

「なるほど……だとすると、ヨウさんがこの空間に関わっている可能性がありますね……」

 聖羅が素人考えを自覚しつつ呟くと、アーミアとルランティアもそれに賛同するように頷いた。

「関係ない、と思わないほうがいいとおもうにゃ」

「自発的なのか、さっきの妖精たちみたいに無理やり使われているのかはわからないけど、大妖精の力を使っているとみるのが自然」

 アーミアは深くため息を履く。

「現状ですでにありえないけど……その上、こんな複雑な空間をゼロから作ったというよりは、大妖精の力を流用していると考える方がまだマシ」

「……少なくともヨウさんは私への義理立てを誓ってくれています。ヨウさんに接触して、夢幻迷宮の力を使わないようにお願いすれば、聞いてくれるかもしれません」

「事態打開のためには必要な工程かもしれないにゃあ。いまのままじゃ、どこに魔界の主がいるのかもわからないし、最悪永遠に逃げ続けられるかもしれないにゃ」

「とにかく、まずはこの結界から出よう」

 そう言ってアーミアが結界に向かい、杖を使って魔法を使おうとした時。
 唐突に扉が開いたかと思うと、そこから黒い塊が飛び出してきた。
 聖羅はもちろん、アーミアとルレンティアも反応できなかった。
 ふたりは反射魔法で飛び出してきたものは認識できていたが、認識出来ていたからこそ、反応できなかった。
 いずれにせよ、その場にいる誰も反応しなかったことで。

「ごっふぅっ!」

 聖羅はその黒いものの直撃を腹に受け、くの字の形で吹き飛ばされた。
 そのまま仰向けに倒れた聖羅は、痛みこそ感じなかったものの、突然の衝撃に目を回していた。

(こ、この感じ、なにか、覚えがあるのですけど……っ)

 そう思う聖羅の視界に、ひょっこりと入り込んでくるものがあった。
 ヘビのような、トカゲのような。立派な角を生やした、爬虫類の顔。
 本来聖羅は爬虫類の区別をつけられるほど、爬虫類に対して詳しくなかったが、その存在のことだけはわかった。数週間、毎日のように顔を合わせていれば当然である。
 その黒い鱗を持つ存在は、どっしりとした重みで聖羅の身体の上に乗っかっていた。

「くるるっ、きゅるるる~」

 楽しげな鳴き声は、聖羅がよく聞いていた声と相違なく、それが間違いなく自分の知るあの存在だということを、聖羅は確信できていた。
 だが、同時に戸惑いも大きくなる。

「りゅ、リューさん……?」

 思わず語尾にハテナマークが浮かんだのも、無理はない。
 聖羅は自分の胸の上に乗っていたその存在を、両手で持ち上げて上半身を起こす。
 聖羅の呼びかけに、トイプードルやポメラニアンなどの小型犬ほどのサイズのドラゴンが――全世界全種族から恐れられている死告龍のリューが、嬉しげに啼いて応える。

「くるるるるるっ!」

 サイズ以外は死告龍とまるで変わらない姿をしたその小さなドラゴンは、自分の名前を呼ばれるのが嬉しいと言わんばかりに、聖羅の上で高らかに啼くのであった。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第四章 3


 襲いかかってくる植物の魔物。
 最初に反応したのは、フィルカードの姫・ルレンティアだった。
 彼女は獣人の身体能力を遺憾なく発揮し、聖羅とアーミアを抱えて横へと逃げる。
 本当は後退したいところだが、聖羅は結界に移動を阻まれてしまうため、横に逃げざるを得なかった。

(これは――まずいにゃ!)

 植物の蔓が進行方向を遮るように伸びていた。
 ルレンティアひとりなら爪を振るって切り裂くこともできるが、左右に抱えている状態ではそれもままならない。
 どちらかは手放さなければ、全員捕まってしまう。
 即断即決の判断力には自信のあるルレンティアだったが、このときばかりは数瞬躊躇した。神々の加護の防御力を持つ聖羅を手放すべきとは考えたが、彼女の心証的にはどうか。
 ルレンティアは聖羅と交流するためにやって来ている。
 見捨てるつもりなどなく、全員が捕まらないために必要な処置とはいえ、一度抱えた相手を囮のように使うことを聖羅がどう感じるか。その見極めはまだし切れていないのが現状である。
 アーミアならば間違いなく戦略的判断だと理解してくれるだろうが、アーミアには聖羅ほどの防御力がない。先ほど殺されかけていたこともある。
 二人のうち、どちらを優先すべきか、さしものルレンティアも即断は出来なかった。

「ルレンティア!」

 そんなルレンティアの思考の迷いを、アーミア自身が叱咤する。
 はっ、としたルレンティアは、その短いアーミアの呼びかけの真意を受け、アーミアを手放した。
 片手が自由になったルレンティアは、爪を振るって伸びていた蔦を切り裂き、包囲網を突破する。
 その場に落とされたアーミアは、地面に向けて杖を振るい、その場に空気のクッションを発生させ、落下の勢いを殺す。
 だが、その時にはアーミアの眼前には数多の蔓が迫っていた。
 ルレンティアに抱えられながらその光景を見た聖羅が悲鳴をあげる。

「アーミアさん!」

 青ざめたその顔は本気でアーミアを心配しているものだった。
 アーミアはそんな聖羅の表情を見て、彼女が邪悪な者ではないことを確信する。
 そして、この場を凌ぐために、切り札を用いることにした。

「来たれ――神聖法衣」

 アーミアの身体を覆うように、幾重にもベールが重ねられた形状の服が現れる。
 同時にアーミアは着ていた聖女風ドレスを脱ぎ去っていた。神聖法衣が下着姿の彼女を覆う。
 その彼女の身体に蔦が絡みつき、締め上げるが、神聖法衣が光を発し、アーミアは蔦が絡みついた状態でも平然としていた。
 それを見た聖羅は目を見開く。

「あ、あれは一体……?」

「にゃるほど、あれが神聖法衣なんだにゃ。せいらんのバスタオルと同じ『神々の加護』を持つ衣服のひとつだにゃ」

 枝から枝に跳んで、襲いかかってくる蔦を避けながら、ルレンティアは聖羅に教える。
 非常に細かいレースを幾重にも編んで作られたその神聖法衣は、芸術品の域に達しており、有する加護もかなり強いものだ。

「衣服の神はどうも単純な造りで丁寧な縫製の衣服の方を好むみたいなんだにゃ。それを目指して作られたのが、あーみんの身に付けている神聖法衣ってわけにゃ。聞いた話にゃけど、防御力だけでなく、魔法の効果や威力も向上するらしいにゃ」

「そ、そうなんですね……なら、大丈夫なのでしょうか」

「いや、それでも完全防御とはいかないのにゃ。だから、あーみんが時間を稼いでくれてる間に、なんとか本体を叩くにゃ」

 つかず離れずの距離を取りながらルレンティアは植物の魔物の隙を伺う。
 そんなルレンティアに対し、聖羅は声をかけた。

「……ルレンティアさん、私を囮に使ってください。大丈夫ですから」

 本来なら、最初に囮になるべきは自分だったと聖羅は理解していた。
 絶対防御を持つ自分なら、隙を見極めるまでに多少時間がかかっても平気である。
 なのにルレンティアがアーミアを先に手放したのは、自分に対する遠慮が原因だと、察していたのだ。
 ルレンティアは聖羅の言葉を受け、彼女の表情を見て、先ほど自分が心配したようなことはないと悟った。聖羅の本質が少しずつわかってきたのだ。
 こうして交流しに来た甲斐があるというものである。

「……ありがとうにゃ、せいらん。一番良いタイミングでそうさせてもらうにゃ!」

 ルレンティアは植物の動きを見極めるべく、さらに行動を開始する。
 一方、アーミアは全身を植物に締め上げられつつも、先ほどと違って少し余裕があった。
 神聖法衣はその加護の力を発揮し、締め上げてくる植物の蔦の力を弱めてくれている。

(さて、どうしよう)

 アーミアは杖を手放していなかった。攻撃魔法は撃てるが、それで刺激するのが正しいのかどうかわからない。
 それに、植物に捕らえられている妖精たちを巻き込んでしまうというのも問題だった。
 妖精は比較的人間に好意的な魔族であり、極力殺さないことが良いとされている。
 妖精殺しは今後妖精の助力を得られなくなることを意味し、極力避けなければならない。

(この植物のコアはどこ?)

 中央の大きな花がそうかと考えていたが、彼女の鋭敏な魔法の感覚は魔力の集中度合いから、それが魔物のコアではないということを察していた。
 植物とはいえ、這って移動していることから、地中にあるわけでもないことも確かだ。
 植物の周囲を跳び回りながら移動しているルレンティアと視線が合う。
 ルレンティアもコアが見つけられないらしく、首を横に振っていた。

(最悪なのは、この大きな花さえも末節にすぎないってことだけど……)

 結界の端に到達していたアーミアたちは、空間の端にいることになる。
 そうすると、本体は空間の中心にいて、この大きな花は末節という可能性も高い。魔界が出現してからの時間を考えれば、そこまで巨大な存在に育っているとは考えにくいが、可能性は零ではない。
 空間の中心にルレンティアたちに向かってもらうべきか。
 そう考えるアーミアの身体を、植物の魔物が持ち上げた。
 中央の花の中心に開いた口が上を向く。

(まるごと飲み込む気……?)

 アーミアはぞっとするものを感じたが、神聖法衣の防御力があれば耐えることは可能だとも感じていた。
 しかし、植物の魔物が開けた大口に黒い霧のようなものが満ち始める。
 即死属性が宿っている証拠だった。
 神聖法衣は神々の加護を有するため、即死属性にも高確率で耐えることが出来るが、死ぬ可能性はある。
 だが、アーミアは動じなかった。それが来た時のために準備はしてあるのだ。

「現し身――召還」

 そうアーミアが杖に力を込めながら唱えると、空中にアーミアの分身が現れた。
 そのアーミアの分身は、重力にしたがって植物の魔物の口の中へと落ちて行く。
 植物の口が動き、分身の身体に食いついた。口の内側に生えたトゲが分身の身体を容易く食い破っていく。
 ベキベキと骨が砕け、プチプチと肉が千切れて潰れる音が響く。
 分身とは言え、自分と同じ姿をした者が食われていく様は、相当恐ろしい光景であった。
 しかしその甲斐あって、植物の口の中に発生していた黒い霧は消滅している。

(……ん? この感じ、もしかして……)

 現し身はただの分身ではない。
 限りなく本人の性質に近く、本人を危険に晒さずに様々な実験が出来るということで、分析調査に活用されている。
 それはもし自分がこの植物に食われていたらどうなるか、という実験が行えたということだ。
 分身の身体を構成していた魔力はアーミアの指揮下にあり、その魔力がどう植物の中を流れていっているのかが手に取るようにわかる。

「あーみん! 助けた方がいいかにゃ!?」

 そうルレンティアが声をかけたのは、植物の魔物が今度こそアーミア本人を開いた口の中に入れようと動き出したためである。
 ルレンティアもアーミアの使った現し身の性質を知っている。ゆえにアーミア本人を助けた方がいいのか、尋ねたのだ。
 その質問に対し、アーミアが応える。

「大丈夫! 中から魔力を流すから、それを辿って!」

 最低限の指示であったが、ルレンティアはアーミアの意図を汲み取った。
 高い位置の木の枝に飛び上がり、全体を俯瞰して見れる位置取りを行う。

「せいらんも見てて欲しいにゃ! いまからあーみんが魔力を流してくれるにゃ!」

「え、あ、はい!」

 聖羅にはルレンティアやアーミアが何をしようとしているのかわからなかったが、良く見ろと言われたため、下に広がる光景を見た。
 その彼女たちの前で、アーミア本人が植物の大きな口の中へと落下していった。
 アーミアが食われる様を見て、聖羅の顔が青ざめる。

「あ、アーミアさん、大丈夫でしょうか……」

「大丈夫にゃ。神聖法衣が守ってくれてるにゃ」

 そういうルレンティアであったが、さしもの彼女も不安そうな目をしていた。
 花の中に取り込まれたアーミアと言えば、周囲から絡みついてくる細い触手のようなものや、どろどろとした粘性のある分泌液に辟易しながらも、冷静であった。
 トゲが体に食い込もうとしても、神聖法衣の防御力は遺憾なく発揮されており、今のところ身体が傷ついたり、痛みを発したりすることはなかった。
 どろどろした液体を容赦なくかけてくるため、呼吸には難儀したが、完全に呼吸が阻害されるということはない。

(ああもう、気持ち悪い……! 早く、して……!)

 全身くまなくどろどろになりながらも、アーミアはその時を待つ。
 程なくして、ようやくアーミアの目的の行為が始まった。
 魔力を吸われる感覚。この植物は捕らえた者から魔力を吸い取り、それによってアーミアをも幻惑する結界を生み出していたのだ。

(魔力を吸い取るのなら……その魔力に細工をしてやればいい!)

 アーミアはあえて植物に魔力を流した。
 その魔力には、色の変わる細工をしておく。
 それによって吸い取った魔力がどこにどう流れていくのか、はっきりわかった。
 残念ながら魔力を持たず、魔力を感知できない聖羅には見えなかったが。
 ルレンティアには、アーミアの目論見通り、吸収された魔力がどこに向かっているのか、よくわかった。

「よし、見つけたにゃ! せいらん、ごめんにゃ!」

 ルレンティアは聖羅を枝の上に置いて、全速力で移動を始めた。
 おいて行かれた聖羅の元に蔓が迫っていたが、ルレンティアは脇目も振らずに一点を目指して跳ぶ。
 気づかれたことに気づいたのか、植物の魔物が慌ててルレンティアに向かって蔓を伸ばしかけたが、もう遅い。

 ルレンティアが何もない空間に向かって爪を突き出すと、その爪の先に光り輝くオーブのようなものが貫かれていた。

 魔物のコアは、最初から植物のすぐ近くにあったのだ。
 ただ、何重にも幻惑の魔法がかけられており、アーミアやルレンティアにも気づけなかった。
 だがアーミアが捨て身で魔力を植物に流し、その魔力をコアが吸収してしまったことで、移動していた魔力が唐突に見えなくなる空間があることを、ルレンティアに見破られてしまった。
 コアを破壊された植物の魔物は、全体が急激に枯れていき、捕らえていたアーミアや妖精たちを力なく解放した。

「あーみん! 大丈夫かにゃ!?」

 ルレンティアは枯れた大花の中で、同じく枯れ果てた触手達に絡みつかれた状態であった。
 かけられた液体は消滅したりしなかったため、全身どろどろのままである。

「無事だけど……動けない。これ切って」

「任せるのにゃ」

 アーミアの身体に絡みついているものを、ルレンティアの爪が切断していく。

「……助かった」

「お互い様なのにゃ。というか、あーみんが言ってくれなかったら全員捕まってたかもしれないのにゃ」

「大丈夫ですかーっ、おふたりともーっ」

 木の上から聖羅が声を張り上げる。彼女にはバスタオルの加護があるため、飛び降りても死にはしない。
 だが、死なないからと言って、建物でいう三階分はありそうな高さから飛び降りれるかといえば、そうではなかった。
 それがわかっているので、ルレンティアはのんびりと応える。

「大丈夫にゃー。でもあーみんの拘束を解くから、ちょっと待ってて欲しいのにゃー」

「はーい、周囲の警戒をしておきますねー」

 心得たという様子の聖羅に、ルレンティアは安心してアーミアの解放に集中することができた。

「せいらん、良い子だにゃ」

「それはわかってた」

「えー、そういうの、ずるいにゃ」

「……むぅ。言い方を間違えた。信頼してもいいと思う。気になることはあるけど、たぶんセイラさん自体は邪悪じゃない」

 そういうアーミアが、ようやく自由の身となった。
 花の中から引っ張り出され、地面に降り立つ。

「ありがとう、ルレンティア」

「どういたしましてにゃ。……それにしても、ちょっとその服は刺激強すぎじゃないかにゃ?」

 そうルレンティアが指摘したのは、アーミアの身に纏う神聖法衣のことである。
 薄いレースで出来たベールを幾重にも重ねた形状のそれは、彼女の体を透かして見ることが出来るほどだ。
 いくら神々の加護を得るためとはいえ、うら若き娘であるアーミアが身に着けるには少々、過激な服装ではあった。
 指摘されたアーミアは顔を赤くしながら、そっぽを向く。

「ほっといて……仕方ないじゃないこういう構造なんだから」

 言いながらアーミアは魔法を唱え、植物の分泌液を綺麗に除去する。
 この世界の者であれば大抵の者が使える、清潔化の魔法であった。
 液体で全身ドロドロになっていたアーミアだったが、その魔法のおかげでそれらを消すことができた。
 ルレンティアは恥ずかしがるアーミアを見て、からからと楽しげに笑っていた。

「大丈夫だにゃ。フィルカードならそれくらいの服装はふつ……あーみん?」

「なに?」

「言いにくいんにゃけど……その、下着が……」

「下着?」

 アーミアはルレンティアの指摘に、自分の身体を見る。
 神聖法衣は無事だった。宿っている神々の加護に問題はなく、若干それ自体が光っているようにさえ見える神々しさだ。
 問題は、その下。レース越しにうっすら見えるアーミアの身体である。
 そのすべてがはっきり見えていた。
 身に着けていたはずの、下着がなくなっていたのだ。
 それは植物の分泌液の効果か、あるいは神聖法衣の下に潜り込んだ触手にいつの間にかはぎとられていたのかは、定かではない。

 現実として――アーミアはうっすら透ける神聖法衣だけの姿になっていたのだった。

 その事実を認識するまでに、アーミアは数秒の間を必要とした。
 そして、普段の物静かなアーミアからは考えられない、大きな悲鳴をあげるのであった。

つづく
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