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黎明媚態

露出系、羞恥系の18禁小説を書いています。関連の同人・版権作品のレビューも書きます。18歳以下の閲覧禁止。

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第七章 おわり


 砂浜で大爆発が起こり、細かな砂が舞い上がった。
 大鹿が絶え間なく攻撃魔法を仕掛けるのに対し、死告龍が恐ろしく正確な反撃をくり出して迎撃しているのだ。ことごとくが空中で撃ち落とされ、炸裂しては爆風を撒き散らす。
 大鹿の攻撃魔法は雷が主体であり、その速さ・鋭さは並みの魔法使いでは対応できない。
 森から魔力の供給を受けていることもあり、物量によって圧倒することも容易だ。
 事実、死告龍の眷族であった大蜘蛛はその飽和攻撃に耐えきれず、屍を晒した。
 死告龍の魔力も無尽蔵ではないが、小さな攻撃魔法で大鹿の魔法を撃墜することで、防御魔法を張り巡らせるより遙かに少ない魔力消費で耐えている。

(遠距離戦では、埒が明かないでござるな……ならば!)

 一息に距離を詰め、大きな角を振るって直接攻撃に出る大鹿。
 その一撃を、死告龍は振るわれる角に合わせ、空中を滑るように動くことで、威力を殺しながら受け止めた。
 見る者が見れば、武術の合気道のように相手の動きを完全に読み切って動いたのがわかっただろう。
 さらに、死告龍は前脚で大鹿の角をしっかと固定すると、今度は逆に、力任せに大鹿を振り回す。

『なんとっ!?』

 大鹿が驚愕する間にも、振り回す勢いは更に増し、空高く放り投げられた。
 死告龍の口が大きく開き、黒い光が口内に集中する。
 背筋に悪寒を感じた大鹿は空気中に魔力で足場を形成。
 その足場を蹴って素早く、大きく移動した。
 即死のブレスが大鹿の一瞬前までいた空間を薙ぎ払うのを感じつつ、大鹿は歯噛みする。

(なんという……! 奴も消耗はしているはず……なのに、どんどん攻撃が鋭くなるでござる! これが、死告龍……!)

 死告龍は幼体化し、確かに弱体している。
 だが、戦いが続くにつれて『現在の状態での最適解』を見出しているかの如く、戦闘技術が向上していた。
 戦い始めた当初は互角だった実力が、時間が経つごとに開いていく感覚を大鹿は覚えていた。その事実に焦りが生まれる。
 この戦いは、主であるヨウと死告龍との間で交わされた契約に違反する。
 そのことを大鹿は半ば知りながら死告龍に戦いを挑んでいるため、時間が経つごとにその力は減じてしまっていた。
 だが、自身の消耗を差し引いても、ここまで急激に死告龍が成長し、差を付けられるのは想定外であった。

(まずい、このまま、では……!)

 砂浜から一端退いて、森との境界線に移動した大鹿。
 死告龍はその大鹿に向けて追撃の攻撃魔法を放った。魔法には即死効果は乗らないため、大鹿も得意の雷撃魔法を放って普通に撃ち落とす。
 『森に向かってブレスを吐かない』という契約は有効であるようで、森を背にすればブレスを封じることは可能だった。
 だが、大鹿は死告龍が直接攻撃に来ないことを不思議に思う。

(なぜ森の中に入って来ない……? ブレスを放つことは出来なくとも、直接即死の効果を乗せて殴ることは出来るはずでござる。木々の生い茂った森の中は、小回りの利くあやつならば有利に戦えるであろうに……)

 無論、大鹿とて森の中が本来いるべきところであるため、自分が絶対に不利だとは思わない。
 死告龍の力を鑑みると、植物を操って動きを封じることは出来ないであろうが、目隠しに利用したり、視界の端で動かして気を散らしたりとやれることは多い。
 森の中での戦闘は完全に有利とは言いがたいが、不利であるわけではなく、もし死告龍が踏み込んでくるのならば迎え撃つ用意は十分にあった。
 だが、予想に反して、死告龍は砂浜から離れようとしない。

(……まさか、あの人間どもを守っている、とでも? 馬鹿な、あり得ぬ)

 戦いが始まってすぐ、水上拠点の中に引っ込んでしまった人間たち。巻きこまれればただでは済まないし、死告龍と連携が取れない以上、邪魔にならないところに引っ込んでいるのは正しい選択だった。
 死告龍が執着している清澄聖羅に関しては、大鹿もヨウを通じて情報を得ているため、気にかけている理由はわかっていた。
 正確には死告龍の真意こそわからなかったが、聖羅が異世界からの来訪者であるという情報は得ているため、何らかの理由でその特異性に惹かれたのだろうと推測が出来たのだ。
 その聖羅がその場にいるのであれば、死告龍が砂浜から動こうとしないのは納得がいく話なのだが、聖羅がそこにいないことを大鹿は知っている。
 この場にいるのは、死告龍にしてみれば取るに足らない人間だけのはずだった。
 それを守ろうとしているとは、大鹿には考え難かった。

(いずれにせよ、このままではジリ貧……ならば!)

 大鹿は狙いを変えることにした。
 森の中で呪文の詠唱を開始し、巨大な雷撃の槍を森の木々に隠れて生み出す。
 その狙いは、人間たちが隠れている水上の建築物。
 死告龍が人間たちを守ろうとしているのなら、必ず受けざるを得ない。
 詠唱を重ね、死告龍の防御魔法では凌ぎきれないほどに強力な魔法を練り上げる。
 意図に気づいたらしい死告龍が攻撃魔法を放ってきたが、それは木々を盾にして凌いだ。木々にダメージを受けるのは、長期的に見れば得られる魔力を削られていることになるが、いまこの瞬間を凌げれば、魔法は練り上げられる。
 魔法を放つ寸前、死告龍が大鹿と水上拠点の間に割り込んだ。

(やはり守ろうとしているのは間違いないのでござるか――)

 災厄の化身とも呼ばれる死告龍が、何かを守ろうとしている。
 その事実に大鹿は死告龍の変化を感じたが、しかし攻撃をやめるつもりはなかった。
 死告龍を倒す機会はいまここにしかないと考えているためだ。
 練り上げた雷撃の槍の切っ先を、死告龍へと、正確にはその向こうの水上拠点へと合わせる。
 必殺の威力を込めた槍。
 いまの大鹿の状態では、それが決定打にならなければ敗北は必定である。
 全てを賭けた一撃。

『これにて仕舞いでござる――喰らえ』

 大鹿の巨大な体躯を遙かに上回る巨大な雷槍が、轟音と共に放たれる。
 その穂先は空中を高速で走り、狙い通りにルレンティアの作った水上拠点に着弾した。
 雷槍に込められた魔法が炸裂し、石造りの水上拠点を粉々に爆散させる。

 飛び散った水上拠点の欠片が湖上に落ち、大きな水柱が立ち上った。




「死告龍の魔界は――要の役割を、その眷族が奪い取りつつある状態にあるからだ」

 アハサから告げられた内容に、聖羅は目を見開く。
 彼女はこの世界の常識にまだまだ疎く、そういった眷族の行動がどの程度危険なのかは、正直実感出来ていないところもある。
 しかし、死告龍の眷族がリューの魔界を乗っ取ろうとしている、ということは理解出来たし、それをアハサが歓迎していないことも明らかだった。

「それは……とてもよくないこと、ですよね?」

「無論だ。現状の奴は死告龍の眷族であることで行動に制限がかかっている。魔界内に囚われている人間たちをひとりも殺さず、すべからく魔力供給源にしているのも、死告龍の契約に縛られているからだと考えられる」

「皆さん、生きていらっしゃるんですか!?」

 ことごとくが規格外の魔界だったため、すでに犠牲者が出ていておかしくない、と聖羅は覚悟していたのだ。
 どういう理由であれ、まだ犠牲者が出ていないとすれば、それは歓迎すべきことである。
 聖羅の驚きの声を、アハサは頷いて肯定する。

「ああ、驚くべきことに、いまのところ囚われた者に死者は出ていない。だが、もしあの眷族が死告龍の眷族でなくなれば、主が交わした契約を遵守しなければならないという制限もなくなる。いまは活かさず殺さず、魔力を搾り取っているようだが……制限がなくなれば、全ての魔力を根こそぎ奪って殺すだろうね」

「そんな……! なんとか、しないと……!」

 聖羅は焦りを滲ませて立ち上がったが、それをアハサが制する。

「落ち着け、清澄聖羅。ここが夢の世界だということを忘れているだろう。焦って目覚めたとして、どうしようもなかろう?」

 アハサに指摘され、聖羅は自身が植物の蔦によって拘束されている現実を思い出した。
 仮にこの夢の世界から醒めたとしても、どうしようもできない。
 浮かび上がらせていた腰を、再び落とす。

「……ど、どうしましょう」

「少々難しいが、蔦の拘束に関しては私がどうにかしてやろう。君が考えるべきは、目覚めたあとどうするか、だ」

「そのあと……? あっ! そういえば……! まずいです、ヨウさんの眷族さんが、リューさんを倒そうとしているんです!」

 早く止めなければ、死告龍が倒され、その時点で要の役割が引き継がれることになりかねない。
 益々焦る聖羅に対し、アハサは顎に手を当てて考え込む様子を見せた。

「……それに関しては心配する必要はないと思うがね。主の大妖精でもどうにもならなかった死告龍を、その眷族如きがどうにか出来るとは思えない。たとえ死告龍が弱体化している状態であったとしても、だ。……とはいえ、戦いにおいて絶対は存在しないし、万が一でも死告龍が倒されることがあれば、囚われた者達は終わりだ」

「とにかく、まずは鹿さんを止めないと!」

「どう止めるのかな?」

 即座に問われ、聖羅は考える。
 止まって欲しいと願ったところで、あの大鹿が止まることはないであろうことは容易に想像できる。ヨウの庇護を受けている聖羅を、縛り付けてまで戦いに赴いたのだ。それを覆すには、聖羅本人の力ではどうしようもなかった。

「……ヨウさんと会って、鹿さんを止めるように頼みます。ヨウさんの言うことなら、聞いてくれると思いますし」

「そうだな。それが現実的だろうね。だが……大妖精のいる場所はわかるのか?」

 アハサの問いに、聖羅は唸る。

「難しい……ですが。鹿さんは私がリューさんが弱体化していることを知るまでは、私をヨウさんの元に案内するつもりがあったようでした。向かおうとしていた方向に行けば……」

 徐々に聖羅の声が小さくなる。
 森の中というのは、方向がわからなくなりがちな場所であり、何の知識も道具も持っていない聖羅が狙った方向にまっすぐ歩けるかといえば、そうではない。
 すぐに方向を見失って闇雲に進むことになるのが、容易に想像出来てしまったのだ。

(それでは、ダメですね……最短でヨウさんに会うためには……どうしたら……)

「ふむ。大妖精のいる場所までには、様々な妨害魔法が張り巡らせてあるはずだ。それならば、やりようはある」

 アハサはそう呟きつつ、目を閉じ、瞼の上から人差し指と中指をそれぞれの眼球に触れさせる。
 すると、青白い光が指先に灯り、まるで鬼火のように揺れた。

「私の『目』を貸してあげよう。君の感覚でいうところの『コンタクト』だと思えばいいから、魔力酔いの心配はないよ。これによって君の目も魔力を見ることが出来る。そうすれば、どの方向に魔法が多いか、わかるはずだ」

 そう告げたアハサが、聖羅に向けて指を振り、その鬼火を放った。
 鬼火は吸い込まれるように聖羅の目に滑り込み、聖羅は思わず目を瞑った。
 目に熱を感じると同時に、体の感覚が揺らぎ、自分が座っているのか、立っているかもわからなくなる。

「ではまたな、清澄聖羅。次こそはゆっくり話が出来ることを祈っているよ」

「……っ、ま、待ってください! アハサさん、なぜあなたは――」

 夢の世界に現れては、親切にも助言をしてくれるアハサ。
 今回に至っては『目』を貸すという助力までしてくれている。
 その真意がわからず、そうまでしてくれる理由がわからない聖羅は、そう口にしかけた。
 目を開けようとしたが、光に眼が眩んだ時のように、瞼を開いてもそこに映像は映し出されなかった。
 ただ、銀河の瞬く夜空のような、強大な存在が見えていた。

「私のような存在にとって――君の存在はとても興味深いからさ」

 楽しげに告げられたその言葉を最後に、聖羅の意識は再び闇に落ちていった。
 夢の世界から、現実の世界へ。
 意識が戻っていくのを聖羅は自覚できていた。

「……ッ、はっ!」

 全身を締め上げられる息苦しさに、聖羅の意識が覚醒する。
 禍々しいオーラのようなものを纏った植物の蔦が、聖羅の体に巻き付いていた。

(これが、もしかして魔力……? こんなにはっきりと見えていたなんて。……いえ、これはアハサさんの『目』だからでしょうか……?)

 新しい視界に聖羅が驚いていると、植物の蔦が宿している魔力とは別の色の魔力がじわりとその植物たちを浸食していった。
 すると、植物たちが枯れ始め、聖羅の力でも引きちぎれるほどボロボロになった。
 バスタオルを腰に巻いて、胸を手で庇っている形になった聖羅は、残った蔦を振り払い、自分の足で地面に立つ。

「アハサさん……! ありがとうございます!」

 聞こえているのかどうかはわからなかったが、アハサに礼をいう。
 その後、聖羅は素早く周囲を見渡した。周囲の鬱蒼とした森は変わらずそこにあり、方向はわからない。
 ただ、遠くから大きな爆発音が轟いたのを、聖羅は耳で捉える。

「急がないと……!」

 目を凝らし、かけられている魔法が多そうな方向を探す。
 聖羅は圧倒的に魔力が多く渦を巻いている方向を見ることが出来た。
 曼荼羅のように複雑に魔力が絡み合っているのを見て、思わず足が竦んだが、バスタオルの加護を信じ、突き進むしかなかった。

(完全な状態にしておくべきでしょうか……? いえ、それだともし誰かが話しかけてきてくれた時にわかりません)

 ヨウならば目の前に現れてくれるかもしれないが、そうでなければ姿は現さない場合もありうる。また、ヨウもすぐに目の前に出てこれない可能性もあり、危険はあったがそのままの状態で走る。
 揺れそうになる胸はしっかり腕で押さえ、聖羅は走った。

(……っ、恥ずかしい、ですけど……! あの時に比べたら!)

 以前、争うリューとヨウを止めるため、全裸で全力疾走した時のことを思い出していた。
 あの時に比べれば、腰にバスタオル巻いている分、まだましというものだ。
 決してそういった格好になれてしまってきているわけではない、と聖羅は自分に言い聞かせつつ、森の中を疾走する。

「ヨウさん! もしくはヨウさんの眷族さん! 助けてくださいっ!」

 そう叫びながら聖羅は走る。
 大鹿との対話を経て、少なくとも眷族にも話が通じるということは確認が取れた。
 会うまでは話が通じないという可能性を高く見積もって、防御力を最大にしておく必要があった。
 実際、大鹿は出会って即座に襲いかかってきたため、防御力を最大にする判断は間違っていなかった。
 だがいまは状況が違う。
 一刻も早くヨウとコンタクトを取り、大鹿を止めて貰わなければならない。
 そして眷族にも翻訳魔法が周知されているというのであれば、助けを求めて叫びながら走るという行為が最善策になり得る。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……! ヨウさん! 助けてください!」

 ヨウと交わした契約がある以上、明確に助けを求めている聖羅を眷族が傷つけることは出来ない。
 それでもなお攻撃される危険はあったが、それを踏まえても叫ぶことを聖羅は選んだ。
 そして、その結果。

『せいら、せいら。こっち、こっち』

 小さな一体の妖精が、聖羅を呼んだ。
 聖羅はその妖精の先導に従って、その後を追う。
 周囲に張り巡らされた魔法はどんどん数を増し、その密度も途方もないものになっていっていた。

(これは……なるほど、ルレンティアさんたちのいうことがわかりました……!)

 聖羅は見えるだけだが、魔力を持つこの世界の人間はその密度の魔法があるということを感じ取る。
 見えるだけでも尻込みしてしまう威圧感があるのに、感じることも出来るのなら、確かに死告龍や大妖精の前に立つのは恐ろしいだろう。
 聖羅は魔力を持った者の視覚を経験したことで、彼女たちの気持ちを理解することが出来ていた。

(ですが、いまはそのことを気にしてるわけにはいきません……!)

 聖羅は小妖精の導きに従って、森の中を走る。
 ヨウがいるはずの場所に近付いているという確信があった。
 そしてその確信は過たず、確かに聖羅はヨウの傍までたどり着いた。
 木々の開けた広場に、巨大な植物の蔦で形作られた籠がある。
 球形の籠の中には、聖羅と契約した大妖精・ヨウが浮かんでいて、その裸身に無数の蔦を絡ませていた。
 目を閉じ、何かに集中しているようなその姿。
 聖羅はようやく、ヨウの元にやってくることが出来たのだ。

 だが、しかし。
 そこには先客がいた。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第七章 3


 清澄聖羅を木々の蔦を操って拘束し、動けないようにした大鹿。
 聖羅がヨウと呼ぶ大妖精の眷族の一体である彼は、そのような状態にした聖羅を放置し、砂浜へと走っていた。
 そこには憎き死告龍・リューが、四人の人間たちと共に残っているはずだった。
 大鹿が聖羅を無理矢理縛り付けてでも、いま行動したのは至極単純な理屈。

(あの死告龍を斃す機会は――いまをおいて他にないでござる!)

 細かい理由は不明であったが、死告龍の弱体化は本当であると大鹿は確信していた。
 聖羅から聴いた話だけが根拠ではない。
 普通の状態であるならば、大鹿と死告龍が勝負になるはずがないからだ。
 大鹿としては悔しいことだが、本来の力の差を考えれば、大鹿では死告龍の相手にならない。
 死告龍側に森に対してブレスを用いない、という制限はあるが、その程度はハンデにもなり得なかった。

 ブレスではなく、通常の魔法や物理的な手段であれば、森の中で戦えるからだ。

 死告龍の強さはブレス頼りの強さではない。
 様々な攻撃魔法、格闘術、観察眼や探知魔法など、あらゆる面に及ぶ。
 そのことごとくが磨き抜かれているのだ。
 たとえ大鹿が森の中に逃げ込んでも、本来であれば木々をなぎ倒し、大魔法で森を吹き飛ばし、大鹿の優位はあっというまに覆されてしまうだろう。
 だが、いまの死告龍はそうではない。
 弱体化している死告龍はそこまで理不尽な強さではなく、なればこそ、大鹿が優位に立てる環境に引き込めれば、十分に勝てる可能性があった。

(あれが眷族ではなく、本体というのであれば、拙者が命を賭けてでも斃すのは正しいはずである!)

 そう考え、森の中を走る大鹿。
 力強く駆けていた足が、急に傾いだ。
 巨体が揺らぎ、慌てて体勢を立て直す。大木に寄り掛かり、身体を支える。
 大鹿は激しく咳き込み、その口から大量の血を吐き出した。
 先ほどの戦闘で死告龍から受けた攻撃の影響、ではない。
 大鹿の体は、内部から傷ついていた。

(ぐっ……! やはり、完全には誤魔化し切れないでござるか……!)

 この世界では、誠実であることが求められる。
 それは、言葉に出した内容を遵守すればいいというだけの、単純なことではない。
 特に眷族は、自分だけではなく、主が交わす契約にも大きく縛られてしまうものだった。
 直接契約としてやり取りしていなくとも、主と他者の契約に反する不誠実なことを行おうとすれば、自身の魔力が自分自身を傷つけてしまう。
 聖羅の行動を縛り、死告龍を斃さんとする大鹿の行動は、ヨウが交わした「聖羅と死告龍を助ける」という契約から明確に背くものだ。

(知らぬままであったなら……支障はなかったのでござるが……)

 砂浜で戦ったときは、小さなドラゴンが死告龍本体だとは知らなかったし、聖羅の意図も不明だったゆえ、攻撃を仕掛けても辛うじて影響は出なかった。
 しかしいまは聖羅が「ヨウに助けて欲しい」という意図と、小さなドラゴンがヨウと契約を交わした本体であるということを知ってしまっている。
 誤魔化しの利かない状態で、明確に契約と異なることをしようとすれば、自身が傷つくことになるのは当然であった。

(だが……! それでも! ここであやつと刺し違えたとしても! 拙者の命と引き替えでも! あやつはここで斃しておかねばならぬ!)

 死告龍という存在は、この世界に生きる者にとって、災厄そのものなのだ。
 彼の主である大妖精にどんな危害を及ぼすかわからない。
 ヨウの忠臣である大鹿は、それゆえに自分の命と引き替えにしてでも、死告龍を斃さなければならないと考えている。
 決意を新たに、無理矢理体を動かして再び走り出す。
 大鹿は森から魔力を吸いあげ、自身の力を補充していた。
 急激に魔力を回復させる行為は森に負担がかかるが、それを行ってでも決戦を急ぐ必要があったのだ。

(この事実を、我が主が認知してしまっては、契約違反が致命的な域に達する――その、前に!)

 ヨウは「聖羅と死告龍を助ける」という契約を交わしている。
 ゆえに、眷族である大鹿もその契約を極力尊重しなければならない。
 いまはまだ、とある事情からヨウは聖羅・死告龍・大鹿の状況を把握していない。
 その間に死告龍を斃す。
 明確な違反を行った大鹿はいずれにしても死に至るだろうが、何も知らないヨウへのダメージは最小限に留めることが出来る。
 死告龍の脅威から主を解放できるのなら、大鹿は自身の命など惜しくはなかった。

(拙者の死に場所は、ここに定まったでござる!)

 大きな角に雷撃を宿し、大鹿は跳んだ。
 先ほど死告龍と戦った砂浜に到着する。
 戦闘の跡も生々しい砂浜。
 その一角に、聖羅たちが乗ってきた水上拠点が着岸している。
 離れていても大鹿の接近を感知していたのか、拠点の中から小さなドラゴン――死告龍・リューが外に現れていた。
 すでに戦闘態勢を取っており、小さな体に魔力が凝縮されているのがわかった。
 弱体化しているにも関わらず感じる威圧感。
 死告龍と呼ばれる存在の底知れなさを痛感しつつも、大鹿に退く気は一切なかった。
 雷を宿した角の先端を死告龍に向け、殺意を練り上げてぶつける。

『その命、頂戴いたす!』

 死を覚悟した大鹿が、死を司る怪物――死告龍へと挑む。
 大鹿の放った雷が、死告龍の展開した防御魔法に激しくぶつかって、空中で炸裂した。




 聖羅は気づけば、畳の敷かれた小さな庵に、正座で座っていた。

 庵の外に広がっているのは、時間がゆったりと流れているように錯覚するほど、落ちついた和の空間。
 恐ろしいほど精密に整えられた砂地の模様は、聖羅の知る日本庭園そのもので、これまで彼女が見てきた異世界の景色には決して無かったものだ。
 聖羅はイージェルドやオルフィルド、テーナルクに対し、日本での日常生活について色々と話していたが、日本庭園の話は話題に出なかったため、まだ話していない。
 ゆえに、聖羅は日本庭園に自分がいることにすぐ違和感を抱けた。

(この世界に日本庭園が存在するわけがない……ということは……これは……夢、ですね)

 植物の蔦に締め上げられた結果、気を失ってしまったのだと聖羅は察する。
 厳密に言えば気絶と睡眠は違うものであるため、気絶して夢を見る、というのもおかしな話なのだが、状況的にそうだとしか思えなかった。
 そして、どうしてこうなってしまったのかも思い出した聖羅は、がっくりと肩を落とす。

(うぅ……失敗してしまいました……ヨウさんのところに案内していただくまで、リューさんのことには触れないでおくべきでした)

 聖羅とて、ヨウの眷族たちがリューのことを快く思っていないであろうことはわかっていた。
 だが、まさか自分を縛り付けてまで、リューを斃しに行こうとするとは読めなかった。
 聖羅はヨウとリューがそれなりに上手くやっているところを見ていたが、眷属たちは情報としてしかそのことを知らない。
 認識の違いは仕方のないことであったが、致命的な齟齬だった。

(早く眼を覚まさないと……ん?)

 ふと、聖羅は気づく。
 夢にしては、妙に意識や体の感覚がしっかり感じられることに。
 普段普通に見ている夢の中とは違うその感覚に、覚えがあることに。
 それを確かめるため、自分の身体に視線を落とした聖羅は、その感覚が間違っていなかったことを知る。

 聖羅はいまや着慣れた――バスタオル一枚の姿だった。

 純和風な庵の中で、バスタオル一枚でいることを自覚した聖羅の頬が赤く染まる。
 バスタオル一枚の格好にも慣れてきてはいたが、畳敷きの部屋で取る格好としては違和感がことさら大きく、薄れかけていた羞恥心が煽られるのだ。
 とはいえ、バスタオル以外に持ち物はなく、耐えるしかない。
 聖羅は、何か身体を隠せるものが無いかと庵の中を見渡した。

 その眼に、のんびりと茶を点てている、美しい人型の姿が映し出された。

 聖羅が思わず目を点にしてしまったのも無理はないだろう。
 茶を点てる、という行為自体は、庵という場所に合っていると言える。
 だが、その点てている人物は、ファンタジー色の強い真っ白なローブを身に纏っており、明らかに日本人とは違う顔立ちをしているのだ。
 バスタオル一枚の聖羅とて、この場に即した姿とは言えないのに、その人物の異質さ加減は聖羅の比ではなかった。
 そんな違和感は気にしていない様子のその人型は、十分にかき混ぜたお茶を呑み、苦さにか、あるいは別の理由でか、顔を顰めた。

「ふむ……こんなものか。なかなか面白いな。このようにして茶を呑む文化はこちらの世界にはない。わびさび、というのか? 悪くない」

 ゆったりとした動作でお椀を置いたその人型は、自分を呆然と見つめる聖羅へと向き直った。

「さて、しばらくぶりだな清澄聖羅。……まさか私のことを忘れたとは言わんよな?」

 じろり、と睨め付けられた聖羅。
 無論、聖羅がその人型のことを忘れているわけがなかった。

「は、はい。ちゃんと覚えています……アハサさん。お久しぶりです」

 聖羅がこちらの世界に来てから、数度夢を通じて干渉してきている存在。
 人間ならば誰もがその存在を知るという――『月夜の王』アハサ。
 着ているローブだけではなく、その長い長髪や肌の色まで、白で統一された姿をした美しい人型。
 人の形をしているが、果たして本当に人なのかはわからない。
 その超然的な存在感からは、人外の者の気配もしていた。
 王を自称していて、口調も男性寄りではあるが、あまりに容姿が整いすぎていて、男性か女性かも判然としないのである。
 色んな意味でインパクトのあるアハサのことを忘れられるわけがない。
 聖羅の答えに、アハサは満足げに頷いた。

「うむ。まあ当然の答えではあるが、覚えていないなどと抜かしたらどうしてやろうかと思っていたところだ。新たに出会ったあの四人――テーナルク、ルレンティア、アーミア、バラノにも私のことを訊いていないだろう? まさかとは思ったが、忘れられているのかと思ってな」

 若干拗ねているようなアハサの言い様に、聖羅は言葉に詰まる。
 かつて、聖羅がアハサのことを誰にも訊けていなかったのは、以前はルィテ王国の者達を警戒してのことだった。
 騙されるのではないかということを危惧し、ルィテ王国の者とは別の情報源として、アハサを考えていたためである。
 ただ、その彼ら、彼女らと打ち解けてからも、アハサのことを訊けていなかったのは、ただ純粋に訊くのを忘れていたからだ。
 他に訊くべきこと、気にするべきことが多すぎるということもあるのだが、アハサからしてみれば自分のことを気にしていないのか、と感じても無理はなかった。

「うっ……ご、ごめんなさい」

 アハサの存在を軽んじていたつもりはないのだが、実質的には軽んじていたことになるため、聖羅は素直に謝った。
 若干拗ねていたようにも見えたアハサは、聖羅の謝罪を受けて笑顔を浮かべる。

「いいさ、許すとも。私は狭量ではないからな。それに……君がずいぶんと複雑な状況におかれていることくらい、わかっている」

「そ、そういっていただけると、助かります」

「死告龍の魔界に囚われたようだな。だからさっさと離れた方がよいと言ったのに」

「……アハサさんは、こうなるとわかっていたのですか?」

 確かに、聖羅はアハサから「死告龍とは離れた方が良い」という忠告をされていた。
 こうなることがわかっていたのかと、訊いた聖羅に対し、アハサはあっさりと首を横に振った。

「いや。こうなる、とまではわからなかった。だけどまあ、あの域に達する魔物が同じ場所に留まり続ければ、いずれ何らかの騒動を引き起こすだろうとは予想していたのだよ」

 全く迷惑な話だと、アハサは溜息を吐く。
 聖羅はアハサに対し、訊いてみることにした。

「アハサさんはリューさんの魔界の外におられるんですよね? 外はどうなってしまっているのですか? ルィテ王国の街は……どうなっていますか?」

 その問いにアハサはすぐに答えず、まず確認する。

「ふむ。そちらではすでに半日以上の時間が経過したのだったかな? 内と外で時空の歪みが生じることは稀によくあることだが、死告龍の魔界はそれが顕著だ。具体的には、外では魔界が生じて一時間も経過していない」

「そんなに、ズレが……!」

「ちなみに、魔界に飲まれたのはルィテ王国の王城のみ。城下町までは影響は出ていない。王城にいた三百二十八人は、ほぼ全員取り込まれたがね」

 淡々と告げられた事実に、聖羅は青ざめる。

「そんなに取り込まれた人が……!」

「完全に展開する前の混乱に乗じて、魔界化から逃れることに成功したのは、イージェルドのみのようだ。小国の王でも、王は王と言ったところか」

 アハサの告げた事実に、聖羅は少し安堵する。
 色んな国の重要人物が取り込まれている時点で大問題であるが、国の頂点に位置する王が魔界から逃れているというのは、数少ない明るい情報だった。
 だが。

「ちなみにそのイージェルドは今現在、魔界に取り込まれた者達を救出すべく、戦力をまとめ上げているようだ。もっとも、外と中では時間の流れが違うから、実際に彼らが突入できるのは、取り込まれた君たちの感覚では何週間も経ってからのことだろうけどね」

 明るい情報を塗りつぶすほどの絶望的な情報を示され、安堵に緩みかけた聖羅の表情が再び強ばった。

「そ、そんなに……! それでは、ダメです……!」

 聖羅は焦りと共にそう呟いた。
 助けが来るにしても、そんなに時間が経ってからでは遅すぎる。
 取り込まれた人々が助かる可能性も低くなってしまう。
 聖羅はアハサに対し、必死になって尋ねた。

「アハサさん、どうにか、どうにかならないんでしょうか……!」

「ふむ……そうだねぇ」

 アハサは少し考え込む様子を見せてから、聖羅の問いに答える。

「死告龍の魔界化は極めて特異なものだ。外側からの干渉が難しい以上、内側で対応するしかないだろうね。……ただ、少し調べてみたが、魔界の対応策として基本である『起点となっている主を斃す』という対応は現段階ではお薦めしない」

 その方針はすでに一度話題に出ていたことであった。
 聖羅としては出来れば取りたくない方針であったため、アハサから「お薦めしない」と言ったこと自体は、聖羅には歓迎できることだ。
 しかし、死告龍に対して良い感情を抱いていないらしいアハサがそう言った理由は気になった。

「どうして、ですか?」

「うむ。魔界を発生させた主を斃すというのは、もっともシンプルで確実な対応策ではある。魔界における主という存在は、基盤であり、要だ。魔界がなくとも主は存在出来るが、主がいなければ魔界はその存在を維持できずに自己崩壊してしまう。それはどんな魔界でも変わらない基本なのだよ」

「では、それを推奨しないという理由は……?」

「なに、とても簡単な話だよ、清澄聖羅」

 アハサは相変わらず超然とした態度であったが、わずかに、忌々しげな表情を浮かべていた。
 そして、その理由を口にする。

「死告龍の魔界は――要の役割を、その眷族が奪い取りつつある状態にあるからだ」

つづく

露出旅行記 温泉街道編 おわり


 単純な人の多さでいえば、有名な温泉地に比べて遙かに少ない。
 けれどそこが寂れているわけでもない、普通の温泉地には違いなくて。

 私たちの踏み出した表街道には、普通に人が行き交っていた。

 何事もなく、普段通りに歩く人たち。
 そんな中で私は――あそこと肛門に玩具の剣玉の持ち手と玉を入れ、歩いている。
「…………っ!」
 ゾクゾク、と悪寒のようなものが背筋を這い上がった。
 手は後ろで固定されているから、自分で自分の体を抱きしめて暖めることもできない。
 そんな私の傍にエミリさんが立って、肩に手をそっとかけてくれる。
「あ、あの……っ、エミリさ……っ」
「落ちついて。変に声をあげると、その方が目立っちゃうわよ?」
(いや、もうなんか十分目立ってないですか!)
 そう言いたくなるのをぐっと堪え、私はせめて変じゃないように歩こうと、脚に力を込めて前に進む。
 けれど、わかる。
 いくら私が頑張って何事もないと装って歩こうと――女性がふたり、身を寄せ合うようにして歩いていて、片方はなぜか両手を後ろに回したままで、もうひとりがその肩に手を添えていて。
 おまけに手を後ろに回している方は、茹で蛸のように真っ赤な顔をしている、なんて。
 どう見たっておかしくて、奇妙で、普通の人なら注目せざるを得ない姿だ。温泉にのぼせたと考えてくれるというのは余りに都合のいい話だろう。
 遠くから、こちらを見ている人が何人もいるのがわかる。私の状態が正確にわかっているわけではないと思う。
 でも、何かがおかしいということには気づいているようだ。
 怪訝な視線がちくちくと、体に注がれているのが、薄い浴衣越しにわかる。いまさらだけど、いまの私は下着を身に付けていないのに。
 凝視すれば胸の先端が浴衣の布を押しあげていることに気づかれるかもしれない。
 そう。

 私のイヤラシい体は、こんな異常すぎる状況で興奮しているのだ。

 いや、異常な状況だからこそ、かもしれない。
 エミリさんに誘われて、露出の道に踏み込んでしまった私の身体は、もうすっかり変わり果ててしまっていた。
 恥ずかしい格好をして道を歩くだけで、股の間からはしたなく液体を垂らすように。
 歩く度に、体が疼くのがわかる。
 視線が集まるのを感じ、体が火照る。
 ふわふわと雲の上を歩いているかのような、現実感のない状況。
 私は頭が混乱して、いまどこを歩いているかもわからなくなりつつあった。
(あ……ああ……っ)
 両足の内側、太ももの辺りに愛液が筋を作っているのがわかる。剣玉の持ち手の柄が突き込まれているだけで、新しい刺激を与えられているわけじゃないのに、私のそこは次から次へと新たなオツユを垂らしていた。
 思わずあそこに力を入れると、突き入れられている剣玉の柄の形がよりよくわかるようになる。
 お尻の穴の方はまだマシだった。剣玉の玉は完全に私の身体の中に入っていて、出てこようとはしないから。異物感はあるけど、そんなに意識はしなかった。
 問題はやはり、筋を作るほど愛液を垂れ流している前の方だった。
(気づかれちゃう……気づかれちゃうよぅ……)
 そんな風に、大量の潤滑油が出ればどうなるか。元々細い剣玉の持ち手は、だんだんと私の中から自重で抜け落ちつつあった。
 その事実に焦る。なんとか落とさないようにと意識して膣を締めてみるけど、とてもそれじゃどうにもならない。
「え、エミリさん……っ」
 助けを求めると、エミリさんはわかっているのかいないのか、変わらぬ笑顔で私を促す。
「もうちょっと頑張って」
 温泉街の表街道を抜けるには、まだ少し歩かなければならなかった。
(こ、こんなの……無理……っ)
 必死の抵抗は虚しく終わった。
 どれほど強く締め付けようと思っても、露出プレイによって興奮しきった私の身体はちょっとしたことで気持ちよくなり、自然と全身から力が抜ける。

 ずるり、と嫌な感触がした。

 私の濡れに濡れた秘所は、とうとう剣玉の持ち手を離してしまった。ぶらりと垂れ下がり、愛液の垂れた太ももに、剣玉の持ち手が当たる。
「はぅっ……!」
 それだけでは済まなかった。
 垂れ下がった持ち手は糸で肛門に入れた玉と繋がっている。剣玉自体が射的屋の景品だけあってチープなものだから、そんなに重いわけじゃないけど、それでも確かな重みはある。
 持ち手が揺れる度に、体の中を引っ張られるような感覚が私を襲う。
 おまけに、脚の間に垂れ下がっている持ち手が邪魔で、普通に歩くことも難しくなる。がに股で歩くわけにもいかず、かといって脚が持ち手に触れると垂れ下がるのとはまた違う感覚が生じて、翻弄されてしまう。
 垂れ下がっているとはいえ、浴衣の裾から持ち手が見えてしまうほどそれぞれを繋ぐ糸は長くなかった。
 だから、それを見られて変態行為をしていることがバレることはない。
 そうは思うのだけど、それで私自身が私のしていることを忘れられるわけもない。
(もう……だめ……っ)
 足下がおぼつかない。ふらりと体が傾いだ拍子に、思わず脚を大きく動かし――その拍子に剣玉の持ち手を強く引っ張ってしまった。
 その衝撃が最後のトドメになった。
「んぅ……っ! ぁ……っ!」
 堪えようとしても体が勝手にびくんびくんと跳ねてしまう。
 ガクガクと脚が震え、目の前の景色が明滅して一瞬霞んだ。
 恥ずかしい私の身体は、色んな人が行き交う温泉街道のど真ん中で、激しい絶頂に達してしまったのだ。
 ぱた、ぱた、と私のあそこから液体が地面に零れるのがわかる。
 絶頂の余韻でぼうっとしていた私の肩をエミリさんが抱き、その場を離れるように促す。するりと私の手を後ろで戒めていたスプリングを抜き、普通に手を引いてくれる。
「ルミナちゃん、ちょっと移動しましょうね」
 エミリさんはいつも通りの態度だったけど、そうしようとしている理由は明らかだ。
 明らかに悪目立ちしてしまっている。
 ひそひそと、遠くで交わされているのは私たちに関係のない話ではなさそうだった。
 改めて、とんでもないところで絶頂してしまったことを自覚し、顔から火が出るかと思うほど恥ずかしい気持ちが心から沸き上がってくる。
 心持ち急ぎ足でその場を離れる。
 幸い、私たちを追いかけてくる人はいなかった。
 エミリさんは表街道を外れ、遊歩道が整備されている山道へと入っていく。そこはお風呂上がりの火照った体を冷ますにはちょうど良い自然の道であり、浴衣姿で脚を踏み入れても不自然なところではない。早朝や夕方などの時間帯が人気らしく、いまの時間帯はほとんど人が見当たらなかった。
 それは、私たちにとっては最高の時間帯ということである。
 遊歩道に入り、しばらく進み、人の視線が届かないところまで来た。
 すると、エミリさんは感極まったように私に抱きついてきた。
「ルミナちゃん! さっきの、すごく、可愛かったわ! うふふ。もうあの場で襲わないように堪えるのが大変だったんだから!」
「あ、ありがとうございま、す?」
 エミリさんも大興奮してくれたようで、私としても嬉しいような恥ずかしいような。
 そんなことを考えていたら、エミリさんが「もう我慢できない」とばかりに。

 浴衣の帯を解き、そして、浴衣をばさりと脱いでしまった。

 均整の取れた、素晴らしいエミリさんの体が露わになる。
 匂い立つ女の気配に、見慣れている私ですら、思わず圧倒された。
 そんな私に対し、エミリさんは笑顔を浮かべた。

「次は――私の番ね」

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第七章 2


 清澄聖羅は大鹿と対峙していた。
 大鹿からはいまだ殺意と敵意が滲み出ており、それと相対している聖羅は、緊張でごくりと生唾を飲み込んだ。
 頬を冷たい汗が流れていく。

(あ、危なかったです……!)

 聖羅は内心、そう呟いていた。
 彼女にはバスタオルの加護という絶対防御がある。
 その加護は彼女の意思に従って、その効果を増減することがわかっていた。
 ゆえに、攻撃に怯みさえしなければ、例え大鹿が全力を込めた一撃を振るおうと、その一撃を完全に防ぎ、それによって吹き飛ばされたり、地面に埋め込まれたりしなくなるのだ。

(ルーさんと簡単な実験をして、おそらく大丈夫なのはわかってはいましたが……やはり、実践は怖いです)

 聖羅は数十分前のことを思い返す。
 大鹿と一対一で対話すると提案した時のことを。




 聖羅が独りで大鹿との対話に望むと宣言した時、最初に声をあげたのはバラノだった。
 戦略家にして策略家たる彼女は、反対の意思を表明する。

「それは無謀すぎると考えます。……確かに現状を鑑みると、犠牲者を出さずに済む道はそう多くありません。あの鹿との交渉が成る道としては……攻撃されても生き残れるセイラさんが単独で交渉を行うことが理に適っています」

 しかし、とバラノは首を横に振る。
 観察と分析を得意とするバラノは、その方針の成功率の低さも導き出していた。

「先ほどの戦闘でセイラさんは鹿の一撃によって砂に埋められてしまっていました。もし助けがない状態でああなった場合、セイラさんは窒息して死んでしまいます。その対策は取れますか?」

 絶対防御の神々の加護があったとしても、聖羅自身は魔法が使えない普通の人間だ。
 先ほどの戦闘で起きたことを考えれば、単独で大鹿に対峙することは危険だった。
 もちろん、それは聖羅もわかっていてその対策を考えていた。

「たぶんですけど……大丈夫だと思います。ルーさん。私の手を軽く叩いてみていただけますか?」

 そう言ってルレンティアに向けて手を差し出す。
 ルレンティアは怪訝そうな顔をしながらも、その差し出された聖羅の手に向けて、自分の手を振り下ろした。
 バシッ、という鋭い音がして、ルレンティアの掌が聖羅の掌と重なる。
 聖羅の手は、微塵も動いていなかった。いくらルレンティアが加減していたとはいえ、勢いからすると聖羅の手を多少なりとも動かしておかしくなかったが、全く動かなかった。
 むしろ、ルレンティア側が驚いたように手を引く。

「なんだか、すごく硬い感触だったにゃ。まるで地面が何かを叩いたような……」

「大丈夫、そうですね」

 ルレンティアの反応を見て、聖羅は満足げに頷く。

「一体どういうことですか? 説明していただけますか、セイラさん」

 説明を求めるバラノに対し、聖羅は「はっきりとわかっているわけではないのですが」と前置きをしてから言った。

「着用者の意思によって加護が増減するという話を聴いて、『攻撃を完全に受けきる』ことが出来るかもしれない、と思ったんです」

 絶対防御と呼んではいるものの、聖羅もバスタオルの加護がどういったものか完全に理解できているわけではない。
 少なくとも死告龍の『即死』の効果を無効化出来る程度には、何らかの力を打ち消すことが出来るということは確かだった。
 死告龍の『即死』効果は、普通は防ぎようのない力であり、打ち消すには神々の加護がいるほどの特殊な力だ。
 それなら、腕力のような、誰にでも振るえる普通の力程度なら、完全に防げるのは道理だった。

「完全に力を無効化出来るのであれば――吹き飛ばされることもないはずです」

「しかし……それでもやはり危険です。あなた自身を吹き飛ばさなくても、地面自体を掘り下げ、巻きあげた土でセイラさんを埋めたり、植物を操って絡みつかせ、行動出来なくするようにすることは出来るはずです」

「でもおそらく、最初は先ほどのように蹄で攻撃してくると思うんです。それさえ防げれば、呼びかける時間くらいはあると思います。そこでお聞きしておきたいんですが……」

 聖羅は確認しておかなければならないことを聴く。

「あの鹿さんは……喋っていましたか?」

 そもそも言葉を解さない相手には、交渉もなにもない。
 聖羅は大鹿の目に理性の輝きを見たが、それが正しいかどうかは、他の四人に聴かなければわからないことだった。
 その質問に答えていいものか、四人は悩んでいたが、嘘を吐くことの出来ない彼女らは観念したように応える。

「ちゃんとした言葉を聞いたわけじゃにゃいけど、言葉を理解してる感じではあったにゃ」

「そう、ですね。死告龍様を死告龍様だと認識していたようで、明らかに」

「怒りが強くてわかりにくかったけど……あれは理性ある者。本能に従って暴れるだけの知性のない魔物とは違う」

 彼女たちの言葉を受け、聖羅は安堵する。
 もし大鹿が全く会話の通じない相手であれば、聖羅独りで交渉にいくのはそもそも無意味となるからだ。

「でしたら、やはり私が独りで交渉してみるべきです」

「せいらんはなんで交渉できると思うにゃ? その根拠が聴きたいにゃ」

 ルレンティアの疑問は四人の総意でもあるようで、興味深そうにその答えを待っていた。
 聖羅はその疑問を当然のものとして受け、交渉が出来ると考える最大の理由を答える。

「あの鹿さんなのですが……一度、お目にかかったことがあるんです。本当に、一瞬だけでしたけど」

 聖羅は思い返す。
 それは、リューと共にヨウの大森林に行った時のこと。
 森を離れる時、聖羅はヨウ以外の、森に残った大妖精ふたりの傍に、森の住民らしき様々な魔物が現れるのを見た。
 彼らは恐らく、大妖精の眷族たち。
 その中にあの大鹿もいたのである。

「あの鹿さんは――おそらく、ヨウさんの眷族です」

 あの広い大森林を支配下に置く大妖精たちが、最も傍においていたくらいなのだから、相応の実力者であろうことは想像に難くない。
 下手な戦力は余計な刺激にしかならず、そして唯一対抗できそうな死告龍は、もっとも敵視されているのも道理だ。
 魔界の主とその眷族たちとの関係は、その魔物次第ではあるようだが、大妖精たちの眷族は彼女たちを慕っていたようだから。
 だが、ヨウの眷族だということは、その性質を多少ならずとも受け継いでいるということである。

「ヨウさんの眷族であれば……話をしようとする私の言葉を完全に無視することはできないはずです」

「それは……そうかもしれませんが」

「せいらんひとりで行かせるのは心配だにゃ」

「鹿さんを刺激しないためには仕方ありません。そういうわけですので……」

 聖羅は腕に抱いたリューの様子を窺う。
 リューは閉じていた目をパチリと開け、聖羅を見上げていた。
 聖羅はそんなリューをいったん腕から下ろし、真正面から見つめ合う。

「リューさん。私がいない間、皆さんを守っていてくださいませんか?」

 果たして、いまの状態のリューにそういった交渉が通じるのか、賭けではあったが、聖羅はただ誠意を持ってリューにお願いする。
 結果として、その誠意は通じたようだった。

「くるる……」

 大変不満そうな顔をして、聖羅の腕に擦り寄る。
 その様子に内心申し訳ない気持ちになりつつ、聖羅はリューの身体を優しく撫でる。

「お願いします、リューさん。襲いかかってくる敵は鹿さんだけとは限りません。いまの皆さんを守れるのは、リューさんしかいませんから……」

 再度聖羅がお願いすると、リューはやはり不満そうに啼きながらも、渋々と言った様子で頷き、半身を起こしていたアーミアの傍にいくと、その膝の上に飛び乗る。
 アーミアは驚いたが、伊達に普段から最大級の魔物と触れあっているわけではないのか、落ちついた様子でその行動を受けとめていた。
 種族的に魔力などに敏感で、死告龍を恐れがちなルレンティアはほっとした様子で胸を撫で下ろしていた。
 同じように膝の上に乗って来られでもしたら、何も出来なくなっていただろう。

(リューさんも本能的なものかもしれませんが……なんとなく恐れられているのは理解しているのでしょうか)

 ともあれ、リューにこの場の守護を任せることが出来るとなれば、あとは聖羅が大鹿との交渉を成功に導けるかどうかが問題だ。
 聖羅は交渉術に長けているわけではないが、それでも己にしかできない役割を持ち、その決心は定まっていた。
 善は急げ、とばかりに立ち上がる聖羅。
 実際、大鹿が消耗しているうちに行く方が、交渉の成功率は高いと聖羅は踏んでいた。余力があると、聖羅に攻撃を仕掛ける選択肢が増えてしまうからだ。

「それでは……行ってきます」

 こうして、聖羅は単独で大鹿との交渉に挑んだのだった。




 聖羅の考えは見事的中し、大鹿の初撃を防ぐことに成功し、大鹿に呼びかけるところまではたどり着くことができた。

(問題はここから……)

 聖羅は改めて深呼吸を行って気持ちを落ち着け、睨んでくる大鹿の目を見つめ返す。
 大鹿は聖羅の出方を窺っているようだ。続けざまに攻撃を仕掛けてこないのは、聖羅に攻撃が通じないとわかっているからだろうか。
 聖羅はそんな大鹿に向け、言葉をかける。

「鹿さん。私の話を聞いていただけませんか? ……聴いていただけるのであれば、首を上下に動かして、頷いていただけますか」

 聖羅のバスタオルは、魔力を用いた干渉を完全に無効化してしまう。
 ゆえに、大鹿が喋っていたとしても聖羅の耳には届かない。
 動作で意思を示して欲しいという聖羅の求めに対し、大鹿はしばらく動かなかった。
 言葉が通じていない可能性もあったが、おそらくそれはないと聖羅は信じていた。

(翻訳魔法を改良したのはヨウさんですし、他の大妖精さんたちとは知識や記憶を共有しているという話でした……なら、この鹿さんにも、その魔法は伝わっているはずです)

 聖羅について森から出てきたのは特殊な例だが、大妖精が外界に出る基本的な理由は、森の中に籠もっているだけでは得られない、新しい知識や経験を蓄積するためだという。
 そういった習性のある彼女たちならば、当然、改良した魔法を知識として蓄積しているはずだった。
 いまのところ、その魔法が活きるのは聖羅を相手にするときだけだが、今後もしも聖羅のような存在が増えるとすれば、その知識が存分に活かされることになる。
 可能性は高いと考えられたが、伝達されているかは賭けだった。

 幸いにして、大鹿は聖羅の言葉を理解しているようで、その首を上下に動かした。

 聖羅はほっと息を吐きつつ、さらに言葉を続ける。

「いまの状態だと、私はあなたの言葉を聴くことができません。聞こえるようにしますから、攻撃しないでくださいね?」

 そう告げると、聖羅は身体に巻いていたバスタオルを腰まで下げた。
 露わになる胸を左腕で隠しながら、聖羅は四人の内の誰かから胸を覆うための布を借りてこなかったことを後悔する。

(相手が鹿さんで良かったです……イージェルドさんやオルフィルドさんのように人間の男性だったら、恥ずかしくて仕方ないところでした)

 そんなことを思いつつ、トップレスの姿になった聖羅。
 改めて大鹿に向けて口を開こうとしたところ、大鹿が先に口を開いた。

『それだけで、言葉が通じるようになったのでござるか?』

 なぜか、語尾がござるだった。
 思わず笑ってしまいそうになった聖羅だったが、翻訳魔法の効果でそう聞こえているだけなのだということを思い出す。
 ルレンティアの語尾が「にゃ」であるのも同じ原理であり、あくまで聖羅の認識上それが相応しいとされているにすぎない。
 この大鹿の語尾も、聖羅の感覚的に照らし合わせ、それがもっとも適切な訳であるというだけなのだ。相手がそういった古めかしい言い方をしているのかもしれないが。
 ごほん、と聖羅は咳払いをし、笑いを誤魔化す。

「はい。このバスタオルはこの形で身に付けることで、加護の強弱を変えることが出来るんです。いままでは弾いてしまっていたあなたの声もちゃんと聞こえます」

 その聖羅の言葉に、大鹿はフン、と鼻息を荒くする。
 そして、瞬く間に聖羅との距離を詰めた。
 巨大な大鹿の体躯は小山のようで、聖羅は象に目の前に立ち塞がれたかのように感じた。

『ならば――攻撃も通るということでござろう?』

 蹄を振り上げる大鹿。
 その蹄は聖羅の胸板ほどはあり、聖羅など一撃で踏みつぶすことが出来るのだと暗に示していた。
 大鹿が蹄を振り上げたことで、ただでさえ巨大な大鹿の体躯はさらに巨大に見え、気の弱い人間であればその場から逃げ出して誰も責められないほどの威圧感を醸し出している。
 だが、聖羅は怯まず、大鹿の目をじっと見つめていた。

「話を聞いてくださるのでしょう?」

『……怯みもせんとは。ただのひ弱な人間の小娘かと思えば、とんだ変わり者でござったか』

 面白くなさそうに、大鹿はその蹄を下ろす。
 元々本気で攻撃する気はなかったのだ。
 もし大鹿が本気で攻撃するのであれば、聖羅は反応すら出来ないのだから、聖羅には大鹿が攻撃をしないことがわかっていた。
 目の前で蹄を振り上げた、ということを聖羅が認識出来る時点で、大鹿は本気ではないのだから。

「私は弱いですから。逆に開き直れるんです」

『それが出来るのが、変わり者の証でござるよ』

 大きな溜息をついた大鹿は、『それで?』と聖羅を促す。
 四肢を折り畳んでその場に体を横たえ、話を聞くつもりがあると言うことを、その態度で示していた。

『拙者と話をしたいとのことでござったが?』

 促され、聖羅は目的を果たすべく口を開いた。
 何を言うかは、決まっているのだ。

「ヨウさん……あなたの主である大妖精さんに会いたいんです」

『会って、なんとする? 我が主を利用するのでござるか』

 大鹿の敵意が膨れあがり、その威圧感はより強くなった。
 実際の圧力すら感じるその迫力に、聖羅は思わず身を引いたが、目は逸らさない。
 震えそうになる体をその場に抑え付け、ぐっと顔をあげて応じる。

「そう取られても仕方ありません。ですが、ヨウさんは私を助けると誓ってくださいました。それに甘えるのは心苦しいのですが、無力な私にはヨウさんの助けが必要なんです」

 聖羅の本心であった。
 彼女にしてみれば、ヨウの助力はとてもありがたいものであるが、同時にそれに頼り切りになるのは心苦しいところでもある。
 だが契約を重んじるこの世界で、『助けになる』と誓ってくれたヨウは、聖羅にとって唯一頼りに出来る存在であることも事実。
 例え心苦しくとも、その誓いに頼らなければならなかった。

『……なんとも、手前勝手な話でござるな』

「返す言葉もありません」

 大鹿になんと言われようと、聖羅がヨウの助けを必要としているのは事実で、ヨウは聖羅を助けることを誓っている。
 それを知ってしまった大鹿は、聖羅の提案を拒否することは出来ない。
 溜息を吐きつつも、重い腰を上げた。

『ついてくるでござる』

 そういって、歩き出した大鹿。
 後について歩きながら、聖羅は笑顔を浮かべた。

「ありがとうございます! ……そういえば、ヨウさんはどうしていらっしゃるんですか? この森はヨウさんが作り出した魔界、なんですよね?」

『作り出したのは我が主でござるが、正確には魔界ではなく、我が主の力のひとつでござる。植物を操るのは我が主の得意とするところ。その力を用いて生み出した、いうなれば仮初めの森でござる』

 ただ、と大鹿は呟いて周囲の森を見渡した。

『この規模の森、それも眷族を召還することが出来るほどの森を造り出すには、我が主といえども時が足りぬ。この空間の特異性が良い方向に働いた結果でござるな』

「リューさんの魔界が影響している、ということですか?」

『いかにも。時空の歪みというものは通常の魔界でも生まれうるが、この魔界は普通とは比にならないほど歪んでいるようでござる』

「なるほど……それもあって、リューさんの魔界は普通ではあり得ないほどに広がっているのでしょうか」

『それでも規格外すぎるゆえ、他にも秘密があるのでござろう。……そういえば、さきほどお主が抱えていたあの死告龍の眷族は、他の眷族と雰囲気が違ったでござるな。もしやあれが何らかの要になっているのではござらんか?』

 その大鹿の推測を聞き、聖羅は首を傾げる。
 彼の言う眷族が何のことかわからなかったのだ。しかし、該当するのは一頭しかいないことに気付く。

「私が抱えていたのは、眷族ではなくて――リューさんそのもの、だそうですよ? 幼体化してしまっているようですが」

 ぴたり、と大鹿の歩みが止まる。
 ぐるりとその首を聖羅の方へと向けた。

『あれが、死告龍そのもの、であると?』

「私は感覚的なものでしかわかりませんが……魔力を感知できるルレンティアさんやアーミアさんは、リューさんであると確信しているようでした」

 そう告げた聖羅は、気づけなかった。
 立ち止まって聖羅の方を向いていた大鹿の視線が、一瞬別方向を見やったのを。
 大鹿は聖羅から視線を外し、再び前を向く。

『そうでござったか……確かに生まれたての眷族にしては、戦巧者であると感じていたでござるが、死告龍そのものでござったか』

 聖羅は大鹿の静かな語調に、なぜか嫌な悪寒を感じた。
 何か言おうと、聖羅が口を開こうとしたその時。

 脇から伸びてきた植物の蔦が、聖羅の全身に絡みついた。

 聖羅が驚く間もなく、その蔦は強い力で聖羅の体を締め上げ、食い込ませ、彼女の肺から空気を絞り出す。
 加護が完全な状態であったなら蔦に行動を遮られようと、喋ることに影響が出るほど締め上げられはしない。
 大鹿と会話するために、加護を緩めていたがために、発声を阻害されるほどに締め上げられてしまったのだ。
 声もあげられずにもがく聖羅を、大鹿は申し訳なさそうな目で見つめていた。

『安心するでござる。お主を殺しはせぬ。あとで我が主の元に案内もしよう。だが――』

 主が交わした契約を、眷族は無視できない。
 ヨウが聖羅を助けると言ったのなら、眷族である大鹿もそれを最大限守らなければならないのだ。
 だが、である。

『これは死告龍を殺す千載一遇の機会――活かさせてもらうでござる』

 固い決意も露わに、大鹿が駆けだした。
 蔦に縛られ、動けない聖羅を残して。
 聖羅は大鹿を止めようと、声を振り絞ろうとしたが、口から出たのはか細い呻き声だけだった。

(まって……! くぅ……っ! う、くっ……これ、息も、できな……っ)

 ギシギシという軋む音を立てているのは、蔦か、あるいは聖羅の体か。
 いずれにせよ、締め上げる蔦の力によって呼吸が出来なくなった聖羅の意識は、為す術もなく暗転してしまった。

つづく
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