FC2ブログ

黎明媚態

露出系、羞恥系の18禁小説を書いています。関連の同人・版権作品のレビューも書きます。18歳以下の閲覧禁止。

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第八章 おわり


 死告龍の眷族たちはいずれも強大な力を持っていたが、森は大妖精の独壇場だった。

 一頭一頭分断し、人間たちの協力もあって、危なげなく各個撃破していく。
 最後に残った眷族も、四方八方から襲いかかる植物の蔦に四肢を絡め取られ、動きを制限されてしまった。
 その隙を突いて放たれたオルフィルドの攻撃魔法が、その眷族の心臓を穿る。
 断末魔の悲鳴をあげた最後の眷族が倒れ、動かなくなったことを確認してから、オルフィルドは手にしていた剣を鞘に収めた。

「ふぅ……これで終いか? 皆、無事だな?」

 言いながら周りを見渡すオルフィルドに対し、その場にいる各々が無事を知らせる。
 激しい戦いを経て疲労こそ濃かったが、いまの戦いで大きな負傷をしている者はほとんどいないようだ。
 それを確認して安堵の息を吐くオルフィルドの側に、テーナルクが勢いよく近付く。
 思わず体を引いたオルフィルドに対し、彼女はキラキラとした、憧憬の輝きを放つ目を向けていた。

「さすがはオルフィルド叔父様ですわ! 戦場に立つ叔父様を見る機会はありませんでしたが……噂に聞く以上の戦巧者っぷりでした。わたくし、改めて叔父様を尊敬いたします!」

「あ、ああ。ありがとう、テーナルク」

 テーナルクの掛け値無しの賛辞を、オルフィルドは苦笑しながら受け容れる。
 そんなふたりの様子を見ていたバラノが、ルレンティアとアーミアにこっそり尋ねた。

「もしかして、テーナルク様は……?」

 言外に含まれた言葉の続きを、ルレンティアとアーミアは正確に理解する。
 ルレンティアはニヤニヤと、アーミアは淡々とバラノの問いに応えた。

「お察しの通りだにゃあ」

「テーナルクは叔父様が好き。……いえ、年上好き?」

「なるほど……なかなか渋い趣味ですね」

「にゃはは。あんまり相手にされてないみたいだけどにゃー」

「親子ほども歳が離れてるから仕方ない」

「聞こえてましてよ? お三方?」

 三人はこそこそと話していたが、その内容は離れた場所にいたテーナルクにも聞こえていたようだ。
 微笑みながら怒る、という器用な顔をしたテーナルクがいつの間にか彼女たちのすぐ側に立っていた。
 テーナルクも加えた四国の女子たちが、やいのやいのと姦しく騒ぎ始める。
 溜息を吐くオルフィルドの肩を、ヴォールドが優しく叩いた。
 もっとも、その優しげな手つきとは裏腹に、ヴォールドは揶揄するような笑みを浮かべていたが。

「お前も、いや、オルフィルド様も苦労しますなぁ」

「……うるさいぞ、兄貴。中途半端に取り繕うくらいなら敬語なんて使わなくていい」

「おっ、そうか? じゃあお言葉に甘えて。お前も苦労するなぁ」

 あっさりと言葉遣いを元に戻すヴォールド。
 オルフィルドはもう一度溜息を吐いた。

「全く……王族の身分を捨てた兄貴は気楽でいいよな。俺はこれからのことを考えると頭が痛いよ……」

「まあまあ。それはまずこの状況を切り抜けてからだろ。態勢を整えたら、すぐキヨズミ様を助けにいかねえと」

 言いながらオルフィルドがいる方向とは別の方向をみやるヴォールド。
 向けた視線の先では、大妖精・ヨウの眷族である大鹿が全身から血を流し、ヨウの目の前で死んでいくところだった。
 そんな大鹿の最期を、その主であるヨウは悲しげな表情で見送る。

『馬鹿な子……みんなのことを考えてのことだったのはわかるけど、独りで死告龍に挑むなんて、いくらあなたでも無謀過ぎるわ』

 呟いてから、ヨウは小さく咳き込む。すこし苦しげだった。
 彼女が大鹿の骸に手を翳すと、地面から噴き出すように蔓が生え、大鹿の骸に絡みつき、地面に飲み込んでしまう。
 彼女の眷族は死ぬと森に還る。彼女たちなりの葬送方法だった。
 大鹿を森に還したヨウに、オルフィルドが近付く。

「いまの眷族……契約違反を犯したのか?」

『……ええ。私と死告龍の契約に反したのよ。私にもすこし影響が出てる。眷族達には死告龍と和解したことは伝えていたのだけど……死告龍への憎悪と畏怖は、私の想像した以上に濃く、深いようね。あの子を抑えきれなかったのは、私の責任だわ』

 悔いるようにヨウは呟いた。
 たとえ眷族の独断専行であったとしても、眷族が契約違反を犯せば、その主にも契約違反の影響が出る。
 自分は知らなかった、部下が勝手にやったこと、というような詭弁はこの世界では通用しないのだ。

「……まだ、戦えるか?」

『もちろん……といいたいけど、しばらくは影響が残りそうだわ。あの八つ首の眷族が相手だと、相当厳しいわね』

 ヨウは自分の手を見詰めて、息を吐いた。
 その目が死告龍本体へと向けられる。
 死告龍の本体は、聖羅が連れ去られた方向を睨み付けていた。
 その小さな体には怒りのオーラがまとわりついているように見え、いまにも飛び出しそうな様子だ。

『死告龍、逸らないで。セイラを助けるためには、人間たちと協力しないといけないわ』

「……グルル」

 不満げに唸るリューを宥めるように、ヴォールドが声をかける。

「あの八つ首の奴に主導権を握られるのはヤバそうだからな。もちろん俺たちも協力するぜ。八つ首を相手にしようってんだ。こっちも頭数くらいは揃えないといけないだろ? あんたも万全じゃないんだしな」

 弱体化しているとはいえ、死告龍相手に全く怯む様子もないヴォールド。
 そんな彼に驚きつつ、他の人間たちも声を揃えた。

「当然、わたくしたちも協力しますわ」

 最初に声をあげたのはテーナルクだ。
 ルレンティアやアーミア、バラノも続く。

「安全圏なんてないからにゃあ。攪乱程度には役に立って見せるにゃ」

「あの眷族はまだ赤子。圧倒的な潜在能力ではあるけど、戦闘経験は浅い。八つの首があっても、魔力源になる体はひとつ。意識を四方八方に散らせれば……勝機はある」

 逆に言えば、八つ首の眷族が完全に成長を遂げた時、死告龍以上に止められる者はいなくなるだろうと考えられた。
 死告龍最大の武器は、即死属性を宿したブレスだ。しかし、連続で放てるにしても、ブレスを吐く口はひとつしかない。
 八つ首の竜は同時にブレスを放つことが出来る。
 その分、一発ずつの威力は落ちるだろうが、即死属性を持つブレスは単発よりも複数放てる方が良いに決まっていた。
 扱いこなす前に仕留めなければ、死告龍以上の脅威になるであろうことは容易に想像がつく。

「より効率的に意識を散らすための戦略を考えてみます。私は直接戦闘には参加できませんから……」

 バラノはあくまで軍略家である。
 正面に立って戦える戦闘力は持ち合わせていなかった。
 そんなバラノに対し、同じく軍略家であるオルフィルドが微笑みを向ける。

「戦略は重要です。知恵を出し合いましょう」

 なお、オルフィルドが微笑んだ際、彼に懸想しているテーナルクはなんとも形容しがたい顔をしてバラノを見ていた。
 さすがに差し迫った状況であり、ただならぬ事態である今、表だって何かいうことはなかったが、彼女の友人でもあるルレンティアとアーミアは、そんな彼女に同情し、優しく肩を叩いてあげていた。
 そんな若々しい乙女たちのやり取りを目の端で把握して苦笑しつつ、ヴォールドが話を先に進める。

「少し頭数が足りないな……大妖精様。眷族に戦ってもらうことは可能か?」

 ヴォールドに視線を向けられた大妖精が頷くと、その背後に兎と鳥が並び立つ。
 どちらも普通の兎と鳥程度の大きさしかなかったが、その体に宿った魔力は並みの魔物を遙かに凌駕していた。

『眷族たちも契約違反の影響は受けているわ。力を集中させて、二頭が限度ね。もう少し時間があれば、森を修復して力を回復できるのだけど……』

 森は散々荒らされており、そこから得られる魔力も少なくなっていた。
 ヨウが森を修復することは可能だが、それには長い時間がかかる。

「時間をかけるわけにはいかんな」

「ああ。キヨズミ嬢を助けるためには、時間の猶予はそこまでないだろう」

 ヴォールドの言葉に、オルフィルドが同意する。

「キヨズミ嬢は攫われた時、バスタオルをきちんと身に付けていなかった。つまり兄……イージェルド陛下の魔法を弾くほどの、絶対防御の加護が発動している状態にない。捕まっている状態では整える余裕もないだろう」

「完全な加護の元にいてくださるのなら、時間をかけて準備を整えることも出来たのですけど……やむを得ませんわね」

 オルフィルドやテーナルクの分析に対し、ヨウも賛同する。

『加護が完全な状態でなければ、脱がされることを防いでいる神々の加護を一時的に解除して、あのばすたおるを奪うことが出来てしまうわ』

 かつて、加護が緩んだ状態だった時に、聖羅からバスタオルを奪ったことがあるヨウがいうと説得力が違った。
 そのヨウに、テーナルクが尋ねる。

「しかし、加護が緩んでいて、さらに解除するのは一瞬でいいとはいえ……あのレベルの神々の加護を解除するのは至難の業であるはずですわ。あの八つ首の眷族は誕生したてとは思えない実力ですが……果たして、可能ですの?」

『そこまでは私にもわからないわ。ただ、楽観すべきではないわね』

 ヨウはそう断じた。
 ヨウがバスタオルを強奪するに至ったのは、身に付け方によって加護が緩んでいたということもあるが、ヨウ自身が魔法に長けた種族で、それ相応の年月を生きてきた経験があるためだ。
 いかに八つ首の眷族の潜在能力が計り知れないものであったとしても、発生間もない魔物が簡単に解除できるような加護ではない。
 しかし、今回の相手は、規格外に規格外を積み重ねて生まれた存在だった。
 これまでの経験から『出来ないはず』という認識であっていいとは、この場にいる誰も考えていなかった。

「一刻も早くセイラさんを救出するのが肝要、ということですわね……」

「……気になっていたのですが」

 バラノが口を開く。

「死告龍様とセイラさんの間で『危害を加えない』といった契約は交わしていないのでしょうか? もし交わしているのであれば、眷族は主が交わした契約に縛られるはず。仮に加護が解除されてしまったとしても、即座に危害は加えられないはずですが」

 バラノがした質問の内容に、その場にいた人間達の間に緊張が走った。
 一見、バラノの質問は聖羅を救出するまでの猶予を確認しているだけに聞こえる。
 しかし約束や契約が重いこの世界において、他者と他者が交わした約束事に関しては基本的に触れないのが礼儀だ。

 約束事に、当事者以外の他者の思惑が絡むと、それは間違いなく揉め事の元になるためである。

 今の場合、もし聖羅と死告龍の間に「危害を加えない」という制約があったのだとすれば、死告龍と対決する最悪の事態になった際に、聖羅を盾にすることが出来る。
 絶対防御の加護以外何もない聖羅をどうにかする方が、死告龍を直接相手にするよりはまだ希望が持てるためだ。
 こういった情報を集めることはこの世界の争いにおいて基本であり、侵略国家の戦略家であるバラノはそれをよく理解していた。
 状況を利用し、聖羅と死告龍の間にどんな制約が存在するのか、確かめているのだ。

(まったく……これだからザズグドズ帝国の人間は油断ならないんだ……)

(いまの状況からすると、重要で必要な情報なだけに、答えないわけにもいかないですしね……ああ、本当に厄介な方ですわ)

 オルフィルドやテーナルクがそう考えている前で、ヨウが彼女の疑問に応える。

『私の知る限りでは、そういった約束は交わしていないはずね。さっき私もろともセイラを結界で縛り上げることもしていたし……交わされていないと考えた方がいいわ』

 誠実であることに重きが置かれる世界だからこそ、明確に行動を縛る約束や契約は滅多なことでは交わされない。
 なお、ヨウは聖羅と死告龍に対して『裏切らず助けになる』という契約を結んでいるが、それもそれ相応の理由があってのことだ。
 死告龍とは、元々敵対関係にあったことや、真正面から戦いを挑んで敗北したこともあって、半ば強制的な契約として結ばされている。とはいえ、死告龍側も『森にブレスを吐かない』という条件を呑んでいるため、妥当な契約の範疇だ。
 一方、聖羅とはヨウが一方的に『裏切らず助けになる』というものであり、聖羅にはヨウに対して何の制約もない。
 これには、聖羅を騙してバスタオルを強奪したことに対する償いと、聖羅が命を張ってヨウを救ったことに対する恩義があるためだ。
 それでも一方的な契約はかなり重い。ヨウが契約を交わした際、リューが驚いていたのはそれが極めて重い契約だったからだ。

「そう……ですか。そういった約束があれば、救出するまでの時間に少し余裕が持てたのですが」

 行動を縛るような重い契約が、聖羅と死告龍の間に存在しないことを確認したバラノは、少し残念そうな様子だった。
 そんなバラノをフォローするように、ルレンティアが口を開く。

「仕方ないにゃ。せいらんと死告龍様は敵対する間柄になかったわけだしにゃ」

 四国の中でルィテ王国と敵対関係にあるバラノが唯一「ルィテ王国に危害を加えない」という契約を結んで入国しているように、友好関係にある者同士で「相手に害を与えない」という制約が結ばれることは基本的にはない。
 聖羅の元いた世界でいうならば、親しい友人と「お互い仲良くし続けよう」「私はあなたを裏切らない」などと言い続けることはないのと同じだ。
 まして誠実であることが求められるこの世界で、友好関係にある相手を騙し討ちなどすれば、例え契約による代償がなくとも、それを実行した者は未来永劫誰からも信用されなくなる。
 一時的に得られるアドバンテージを考えても、普通は取られることがない選択肢だ。
 無論、国を背負う彼ら彼女らはただ相手の善意を信じるだけでは成り立たないので、互いに裏切らずに済むための道を模索し続けてはいるが、それはそれ、これはこれである。

「あとは、あの眷族がどの程度キヨズミ嬢のことを重視し、加護の解除にどの程度の力を割くかが問題だな」

「死告龍様の本体を含む私たちは最大の脅威であるはずです。まるきり無視するとは思えません。確実になんらかの攻撃をしてくるはずですが……」

 戦略家のバラノがそう呟いた時、森全体が揺れた。
 否、森が存在する魔界そのものが揺れ始めていた。
 警戒を強めた全員が違和感を覚えて上空を見上げる。
 その見上げた空にヒビが入り、開いた空の隙間から次々と瓦礫が飛来するのを確認した。
 その現象の理由を即座に看破したバラノが声を上げる。

「なんて、豪快な……! 魔界の一部を放棄することで、私たちに攻撃を仕掛けるなんて!」

「魔界を放棄。長期的に見れば愚策だが、いまに限っては会心の一打だな……! ただ魔界の制御を放棄しただけなら……全ての力をキヨズミ嬢へと割ける!」

「オルフェルド! どうやら迷っている暇はないようだぜ!」

 落下してくる魔界の瓦礫。
 その中には、死告龍の眷族と思わしきモノ以外にも、自然発生したと思われる魔物たちが混ざっていた。
 自然発生した魔物は、居た場所の崩壊に巻きこまれて落ちてきているだけだが、眷族達は明確な意思を持って、オルフェルドたちに襲いかかって来ようとしている。
 オルフェルドが戦闘態勢を取り、仲間達に檄を飛ばした。

「全員、俺の側に集まれ! 一点突破だ!」

「……っ、それしか、ありませんね!」

 バラノは言いかけた言葉を飲み込み、オルフィルドの方針に従う。
 本来は、即死属性の攻撃を行う敵に対し、一カ所に固まるという行為は愚策である。
 集まればその場所に攻撃を受けた際、一網打尽になってしまう可能性があるためだ。
 しかし、一刻も早く聖羅の元に行かなければならない現状では、散開して対処している暇はない。
 一か八か、全員の力を合わせて一点突破を試みるのが最善であった。
 オルフェルドの周囲に集まった者達の足下に、彼が生み出した魔法の足場が出現する。

「魔力消費は激しいが……仕方ない!」

 オルフィルドが合図を出すと、全員を乗せた足場が勢いよく上昇し始める。
 彼ら目がけて魔法やブレスが飛んでくるが、それらは的確にヨウやその眷族が撃ち落としていく。
 生じた爆煙を突っ切って、彼らは高速で上昇していった。




 一方、八つ首の竜に連れ去られた聖羅は、彼が魔法で生み出した結界術によって、体を絡め取られていた。
 四肢を絡め取られ、中空に磔にされた聖羅に抵抗する余地はない。
 むき出しになってしまっている胸を隠すことも出来ないのだ。
 拘束を解くなど、不可能に等しい。
 抗うことも逃げることもできない彼女は、目の前に迫る死の恐怖に震えるしかない――はずだった。

 しかし彼女は取り乱さず、ただ恐怖に震えるわけでもなく、八つ首の竜をまっすぐ見詰めていた。

 その瞳に、絶対優位にいるはずの八つ首の竜の方が怯んでいた。
 聖羅は恐怖を感じていないわけではない。体が震えているのを、結界術を通して、八つ首の竜は感じていた。
 なのに、瞳はまっすぐに八つ首の竜を見据えている。
 それが八つ首の竜には理解出来ず、恐ろしいものに映っていた。
 だが、様々な種族の強者と戦ってきた経験の豊富な死告龍本体であれば、それはよく見てきた瞳だった。

 志を持って決意を秘め、誰しもが当たり前に持つ死への恐怖を押し殺し、絶望的な戦いに挑まんとする勇者の瞳だったからだ。

 そういった意思の強さこそ、人間の強さの根源だと、死告龍ならば知っている。
 得体の知れない恐怖を感じるものではなく、敬意を持って相対すべき瞳だと判っている。
 だが、八つ首の竜にはそれがわからない。
 発生したてで、ほとんど容易な戦いしか経て来ていない経験の浅さが恐れに繋がった。

『……何か言いたいことでもあるのか、人間』

 だからそう尋ねてしまったのは必然であった。
 得体の知れないものを恐れるあまり、問うことで把握しようとしてしまった。
 そんな八つ首の竜に対し、聖羅は震えながらも口を開く。
 八つ首の竜の方から質問しなければ、彼女は口を利けなかったかもしれないのに。
 彼から聞いてしまったことで、最後の後押しをしてしまった。
 そして聖羅は、八つ首の竜にとって、想定外の問いを口にする。

「あなたは本当に――本気で、リューさんを殺す気なんですか?」

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第八章 3


 その日の真夜中。
 ルィテ王国に住む者達は、国の滅亡を覚悟した。

 空を飛ぶ魔物に対応するため、国の上空に張り巡らされている大規模な結界。
 王国屈指の魔術師たちが協力して張り巡らせたそれは、仮に質量の大きな巨石が飛来したとしても完璧に凌ぎきるほどの防御力を有する。
 戦略級の魔法兵器でさえ、ヒビを入れるのがせいぜいだろうその結界が――わずか一撃で砕かれたのだから、そう覚悟するのも無理はなかった。
 そんな芸当が出来る存在を、彼らはよく知っている。

 この世の全ての存在に死を告げる龍――死告龍。

 ルィテ王国を護る大結界を一撃で粉砕した漆黒の龍は、大胆不敵にも王城の中庭へと直接降りてきた。
 その圧倒的な威圧感と存在感を前にしては、王宮に勤める騎士や兵士でさえ、まともに応対することが出来ない。
 その場でブレスを吐かれれば、それだけで何百といる城勤めの人間が死ぬだろうと考えれば、下手に動けないのも無理はなかった。
 幸いにして死告龍は問答無用でブレスを吐くことはしなかった。
 ただ、何かを探すように周囲に集まった人間達を睥睨するのみだ。
 そんな死告龍の元に、ルィテ王国の頂点――国王イージェルド・ルィテが進み出る。

「……如何様かな、死告龍殿」

 彼の身を包むのは国宝級の装備品の数々。
 その手に持つ杖は、魔法を補強する物品としては、世界に数えるほどしか存在しない至高の杖だった。
 しかしそれほどの品々で身を固めていても、イージェルドは死告龍に勝てないことを理解していた。
 ゆえに対話を試みる。
 相手の意図を見定めると同時に、少しでも時間を稼ぎ、一人でも多くの国民を逃がす必要があった。こうしてイージェルドが会話している間にも、彼の指示で城下町の民を逃がしているのだ。
 自らの命は捨てる覚悟で、死告龍との対話に臨んだイージェルドだったが、死告龍は思いがけないことを口にした。

『りょうりにん?っていうのが欲しい』

 幼い声音で放たれた端的な命令。
 死告龍がドラゴンの中では幼い部類であることを、イージェルドはこのとき改めて実感した。
 死告龍の存在が噂されるようになって、まだそれほど長い年月は経っておらず、死告龍が年齢的には幼いドラゴンであることは簡単に推測がつく。
 それなのに通り名が世界に知れ渡っているのが異常なのだ。それだけ、死告龍の戦闘力がずば抜けて高いことを示している。
 イージェルドはそのことを噛みしめつつ、死告龍の目的を新著云為尋ねた。

「料理人が欲しいのかい? ……理由は聞いても構わないだろうか?」

『必要だから』

 死告龍は端的に返す。
 イージェルドはその時点で詳しく理由を尋ねるのを断念した。
 他国の王族たちとの舌戦に関してならば、イージェルドも負ける気はしなかったが、今回の相手はそういった交渉術が意味を成さないからだ。
 下手に情報を引き出そうとして、死告龍の気分を損ねれば国が滅ぶ。
 ルィテにのみ存在する者を探しに来たのならともかく、料理人であればルィテ王国でなくともいい。
 そう思い至れば、死告龍は攻撃を躊躇することをしないだろう。

「わかった。我が国の誇る料理人を選出しよう。少しだけ時間をもらっていいかな? すぐに連れてくる」

 死告龍はぴくりと顔を引き攣らせたが、渋々と言った様子で頷いた。

『なるべく早く。急ぐ』

 そういってイージェルドから視線を外した死告龍は、中庭の周囲に集まって、イージェルドと死告龍が会話するのを見詰めていた兵士や騎士を見渡す。
 彼らも職務上、決死の覚悟でいたのだが、死告龍が尻尾で地面を打つと、蜘蛛の子を散らすように顔を引っ込めた。

「グルル……」

 不機嫌さを隠そうともしない死告龍は、軽く唸る。
 一瞬、口内に黒い光が滲んだが、思い直したのかその光はすぐに収まっていった。
 いまにもブレスを吐きそうな危うさを感じたイージェルドは、頬を冷や汗が流れるのを感じた。
 死告龍を刺激しないよう、兵士や騎士に見えない場所まで後退するように命じつつ、その場を離れたイージェルドは、頭をフル回転させる。

(どうする? 料理ではなく料理人を求める以上、どこかに連れて行くつもりだと考えるべきだ……だが、死告龍と相対してまともに動ける料理人など……)

 戦いが専門の兵士や騎士でさえ、死告龍の強大な存在感を前に怯えているのだ。
 普通の料理人がそんな死告龍に連れていかれて無事に済むわけがない。
 最悪、死告龍に相対した段階でショック死する可能性もある。
 普通の料理人は死告龍級の魔物と相対することを想定していない。
 そう――『普通』ならば。

「兄……いや、陛下。こちらにいたか」

 一人の候補に思い至っていたイージェルドは、まさにその候補が目の前に現れたことになんとも複雑な表情を浮かべた。
 職人らしい気難しげな相貌に、屹然とした表情を浮かべてその彼はイージェルドに声をかけていた。
 城の厨房に勤める、料理人の一人。
 城に勤める料理人は多く、イージェルドも全ての料理人の名前を把握しているわけではない。しかし、その彼については把握していた。

「ヴォールド」

 彼の名前を呼んだ時のイージェルドの声は、複雑怪奇な声音だった。
 安堵と苦悩と、その他色々な感情が篭もっていて、一言で表すことはとても出来ない。
 一方のヴォールドは普段と全く変わらぬ様子で、進言する。

「俺に行かせてく――ださい」

「……わかっているのかい。相手は死告龍なんだよ」

「だからこそ、だ。俺以上に適任はいないだろ――でしょう」

「いまは言葉使いは気にしなくていいから。不問にする」

 そうイージェルドが告げると、ヴォールドはニヤリと笑った。
 彼との付き合いが長いイージェルドはそれが微笑みの類いであるとわかったが、わからぬ者が見れば不敵すぎる笑みだ。
 ヴォールドは片手で頭を搔く。

「そう言ってくれると正直助かるぞ。兄貴に対して畏まった口調は、どうにも違和感が強くてなぁ」

「こら。そこまで砕けるんじゃない。いまのお前は弟ではあっても、王族ではないんだからな」

 そう窘めつつ、ヴォールドがそういう人間だとよく知っているイージェルドは、諦めていた。
 城の厨房に勤める料理人・ヴォールド。
 彼はその我が道を行く破天荒な性格に育ち、王族に最も必要とされる交渉力を欠如しており、料理という道を究めたいという目標を持ってしまったことから――その王位継承権を放棄し、王族という身分を捨てた存在だった。
 王族であったときの名をヴィグォルドという。
 現国王イージェルドの弟であり、軍事部門の責任者であるオルフィルドの兄だ。
 彼はヴォールドと名前を変え、一介の料理人としてルィテ王国のために働いている。
 ちなみに、後にイージェルドの娘であるテーナルクが料理をしていると告げた際、イージェルドが苦い顔をしたのは、料理に傾倒する余り王位を捨てたヴォールドの存在があったためである。

「で、兄貴。どうする? 早くしないとまずいだろう?」

 ヴォールドはイージェルドの複雑な心境を知ってか知らずか、そう問いかけてきた。
 イージェルドは腕を組んで考え込みながらも、答えはほぼ出ているようなものだった。

「……確かに、死告龍と相対して死なずにいられそうな料理人は、お前くらいなんだよなぁ」

 ヴォールドは王位継承権を捨てたが、捨てるまでは王族としての教育や鍛錬を積んでいた。残念ながら政治的な能力は開花しなかったが、代わりに彼は純粋に強かった。
 魔法に関してはイージェルドの方が高度なものを会得していたが、代わりにヴォールドは体術においてはイージェルドには出来ない水準のものを体得している。
 現国王たるイージェルドは貴重な装備品を身に付けているため、実際の戦闘ではイージェルドに分があるが、素のままの戦闘力でいえば、勝るとも劣らないものをヴォールドは有しているのだ。

(そういう意味では、いまこの瞬間こそ、ヴォールドを最大に活かせるかもしれないな)

 ヴォールドは強い。
 しかし、継承権を放棄したとはいえ、元王族である彼は気安く表に出すことの出来る存在ではなく、国としては『万が一の時のための切り札』という役割しか与えられなかった。
 だが死告龍という国の危機であるならば、その切り札を切る理由になり得る。

「……うん。やはりここはお前に行ってもらうしかなさそうだ」

 イージェルドは総合的に考えてそう判断を下した。
 ヴォールドは野性味溢れる顔で、にやりと笑う。

「ああ、任せておいてくれ。なあに、料理人を求めるってことは殺す気はないんだろう。もしかすると、俺が死告龍の胃袋を掴んで懐かせてしまうかもしれないぜ」

「ははっ。そうなったらいいけどねぇ……まあ、無理はしないでいい。不興を買わないように気をつけてくれ」

「もちろんだ。俺も死にたくはないからな」

 イージェルドとヴォールドは頷き合い、死告龍の待つ中庭へと向かった。
 待たせていたのは短い時間だったが、死告龍にとっては長い時間だったようだ。
 イライラと尻尾を地面に叩きつけていたが、イージェルドの姿を認めるとぴたりと動きを止める。

『やっと来た。おそい』

 ぴりぴりとした苛立ちの波動を受け、イージェルドは内心肝が冷える。
 王族の矜持として表に出すことはしなかったが、普通の人間なら全身から冷や汗が流れて止まらなかっただろう。
 一方、そんなイージェルドの隣に立つヴォールドは、いつもと変わらぬ様子だった。

「お初にお目にかかります、死告龍。私が料理人のヴォールドと――」

 外行きの口調と振る舞いで挨拶をしようとしたヴォールドだったが、死告龍が口を開いて首を伸ばし――端的に言って噛みついて来たため、思わず全力で避けた。
 目の前でガチンと牙と牙が当たる音を聞き、さすがのヴォールドも青ざめる。
 外したことを知った死告龍は、苛立ちを募らせる。

『なんで、避けるの?』

「いやいやいや! 誰だって避けるわ!」

 思わず素のままの言葉遣いで死告龍に抗議したヴォールドに、傍で見ていたイージェルドは青ざめた。
 だが、幸いそれが死告龍の怒りに触れる前に、『あ』と口を開け、死告龍は何か思い出したようだ。

『そうだ。人間はくわえて運んじゃダメなんだった』

 ただ運ぼうとしていたことを知り、一瞬安堵が広がる。
 その安堵を握りつぶすように、死告龍は前脚で器用にヴォールドを掴みにかかった。
 今度は避けられなかったヴォールドは、再度声をあげる。
 とっさに身体強化の魔法などをフル活用して耐えられるヴォールドでなければ、掴まれた時点で重傷だっただろう。

「いででで! だ、からっ、殺す気か!? 力加減を考えてくれ!」

『むー、うるさい。……これでいいの?』

 言うことを聞いたというには渋々だったが、一応力は緩めたようで、ヴォールドは安堵の息を吐く。
 その頬には一筋の冷や汗が流れていた。

「俺じゃなかったら、内蔵飛びだして死んでたぞ……おぉっ!?」

 ヴォールドの台詞が終わるのも待たず、死告龍は翼を広げて空へと舞い上がる。
 イージェルドはそれを呆然と見送るしかなかった。
 文字通り嵐のように去って行ったのを確認すると、深く息を吐く。

(まあ、あいつならなんとかしてくれるか……頼むぞ)

 気持ちを切り替えたイージェルドは即座に周りの者に命じ、退去命令の撤回と結界魔法の張り直しなどの指示を出していく。
 後始末にかかる苦労は甚大だった。
 そんな負担をルィテ王国にかけた気などさらさらない死告龍は、ヴォールドを掴んだまま高空を高速で移動する。
 魔法を使って環境に適応したヴォールドは、死告龍に尋ねてみることにした。

「なあ、どこに向かってるんだ?」

『お婆ちゃんのところ』

「……まさか始祖龍のことか?」

『なにそれ?』

「……あー、山のように巨大なドラゴンのことなんだが」

『そう呼ばれてるの? お婆ちゃんは確かに山みたいにおっきいけど』

 ヴォールドは人間の間で最大最強のドラゴンと呼ばれているドラゴンの元に連れていかれようとしていると知り、思わず遠い目になった。
 死告龍にも怯まないヴォールドではあるが、恐怖心がないわけではない。

(冗談じゃないな……俺でも震えが来るってのに……料理長のじいさんを行かせなくて本当に良かった)

「そこで何をさせたいんだ?」

『餌を……いや、りょうりっていうんだっけ? それを作って』

「食べたいのか?」

『違う。食べさせたいの』

「……始祖龍に?」

 話の流れ上、仕方なかったがヴォールドはそう尋ねた。
 だが、死告龍は話がうまく伝わらないことに苛立ってしまう。

『ちーがーうー! 行けばわかる!』

 ヴォールドはこれ以上聞き出そうとすると無闇な刺激になってしまうと判断し、質問を止めることにした。

(行けばわかるっていうなら、いますぐ聞き出すこともないか)

 ほどなくして、死告龍に連れられたヴォールドはとある山の一角にたどり着いた。
 そこは相当数のドラゴンの気配がそこかしこから漂ってくる、魔境も魔境だった。
 ヴォールドは人間であるがゆえに気配だけではそこまで影響は出なかったが、気配に敏感な魔物などにしてみれば恐怖の対象でしかないだろう。
 まだマシなヴォールドでさえ、全身を走る悪寒に気が遠くなったほどだ。
 その山の一角。死告龍が入れる大きさの洞窟の前に降り立った死告龍は、ヴォールドを無造作にその場に放り捨てる。
 周りの気配に気を取られていたヴォールドは、受け身も上手く取れずに地面に投げ出された。

「どわっ! おまえな……! 乱暴に扱うのもいい加減に……」

 一言文句を言ってやろうと口を開き賭けたヴォールドだったが、その前に視線を観じて残りの言葉を飲み込んだ。
 視線を感じた方向――洞窟の入り口付近に、目を引く二人の女性の姿があったから。
 こうして彼は出会ったのだ。
 背中から薄い羽根の生えた妖精と思わしき者と、もうひとり。

 白い布を腰に巻き付けた、ただの人間にしか見えない――清澄聖羅に。




 上空から八つ首の竜に斬りかかったヴォールドがその手に握っていたのは、彼が愛用する包丁だった。
 その包丁自体は立派なものだったが、巨大なドラゴンの首を切るにはとても長さが足りない。
 とはいえ、それはあくまで物理的な話で、魔力を乗せた一撃の攻撃範囲は刃渡りの長さだけに留まらない。
 斬撃の勢いに合わせ、八つ首の竜の首に深い傷が刻まれる。

『ぬグゥッ!?』

 突然走った激痛に八つ首の竜が唸り、攻撃してきた者を迎撃しようとしたが、その前にヴォールドは次の攻撃に移っている。
 長い首を伝って移動し、回転しながら、八つの首を高速かつ連続で切りつけていく。
 瞬く間に無数の傷を作った八つ首の竜の全身から、血が噴き出した。
 首の切断までは至らない傷ばかりだったが、浅くもない。
 ヴォールドの猛攻に、その巨体がぐらりと揺らいだ。気付けば、八つ首の竜の翼にも裂傷が走っている。

『糞がッ!』

 八つ首の竜の全身から黒い霧が滲み出した。
 即死の力を全身に纏っているのだ。全身に分散している分、低い確率ではあるが、触れた者は即死させられる可能性が生じてしまう。
 ゆえに、ヴォールドは即座に八つ首の竜の身体から離れた。優位な位置取りを躊躇無く捨てることが出来るのは、戦い慣れている証拠だ。
 高空から体勢を崩すこともなく、地面に降り立ったかと思うと、素早くオルフィルドの側に移動する。

「やっぱ硬いな。一本に集中した方がよかったか?」

 包丁を振るってこびり付いた血を払いつつ、ヴォールドがぼやく。

「どっちにしろ切断までには至らなかっただろう。十分だ」

 軽い調子で言葉を交わしつつ、オルフィルドは中空に魔方陣を描き出していた。
 そこから放たれた光が、空中に捕らえられていた聖羅とヨウへと放たれる。
 その光は、彼女たちを捕らえている結界に干渉すると、その結界にヒビが入った。

『解除魔法か……! おのれ、人間如きがッ!』

 怒り狂う八つ首の竜が、再び魔法とブレスを放とうとする。
 だがそんな彼を牽制するように、ヨウの眷族達が一斉に攻撃に動いた。
 八つ首の竜はそちらの対処に追われ、オルフィルドの魔法を止められない。
 程なくして聖羅とヨウを包み込んでいた結界が完全に砕ける。
 聖羅を抱き抱えながら空を飛ぶヨウは、全身から憤りを滲ませていた。

『散々好き勝手にやってくれたわね――お返し、するわ』

 聖羅を片手で抱えながら、ヨウが空いた片手を振るうと、周囲の森の木々が一斉に動き、その枝の先からレーザーのような魔法攻撃が八つ首の竜へと殺到する。
 それらを魔法で防御する八つ首の竜だったが、劣勢なのは明らかだった。

『ぐぅぅ……! おのれおのれおのれ!』

 八つ首の竜が吼えたかと思うと、その巨体が陽炎のように揺らぐ。
 誰もが逃げる気かと思い、追撃の構えを取った。
 だが、八つ首の竜は人型に転じると、まっすぐ聖羅とヨウに向かって飛ぶ。

『ッ! しまった!』

 咄嗟にヨウは魔法障壁を張って突撃を防ごうとしたが、八つ首の竜が即死属性を纏わせた拳を振るってその障壁を打ち消し、さらにヨウの胸部に蹴りを入れて地面に向けて吹き飛ばす。
 その衝撃に、ヨウは抱えていた聖羅から手を離してしまっていた。

「ヨウさん……!」

 フリーになった聖羅が自由落下する寸前、人型の八つ首の竜がその身体をつかみ取る。
 追撃しようとしていた他の者達は、聖羅がいるために一瞬攻撃を躊躇してしまった。
 その隙を逃す八つ首の竜ではなく、聖羅を抱えたまま再び高空へと飛び上がる。
 遙か上空に達したところで、聖羅ごと忽然とその姿を消してしまった。

「セイラさんが、攫われた……!」

「てーなるん! 周囲を警戒するにゃ!」

 呆然としかけたテーナルクを、ルレンティアが叱咤する。
 それと同時に、周囲から迫ってきていた死告龍の眷族達が現れた。
 気付いていたのはルレンティアだけではなく、イージェルドたちもだった。すでに戦闘態勢を整えている。

「やれやれ、一難去ってまた一難、か」

「イージェルド、援護頼むぜ。こいつらさっさと倒して、あいつのあとを追わねえと」

 八つ首の竜の支配下にあると思われる眷族たちは、一斉に彼らに向かって襲いかかって来た。
 激しい戦いが繰り広げられる中、事態はさらに深刻な方向へと向かっていた。

つづく

露出旅行記 露天風呂編 おわり


 温泉に浸かり、エミリさんに絶頂させられ、のぼせる寸前まで火照ったはずの頭から――さっと血の気が引く。
 私は思わずエミリさんの腕を強く掴んでいた。
「え、エミ、リ、さっ……むぐッ!?」
 こちらを窺う人のことをエミリさんに伝えようとしたら、また唇を塞がれた。
 両頬に手を添えられ、顔も反らせない。
「ムゥーッ」
 こんなことをしている場合じゃない。
 そう言おうと思ったけど、それより前にエミリさんが唇を合わせながら囁いてきた。
「ん……だいじょうぶ、落ち着いて」
 どうやらエミリさんもこちらを窺う人影のことには気付いていたみたいだった。
 けれど、それなら早く逃げないと。
 そう思って焦る私に対し、エミリさんは余裕があった。
「茂みの向こうで固まっちゃってるみたいね。思いがけないところに出くわしちゃって、どうしたらいいのかわからないって感じかしら?」
 自信に溢れたエミリさんの言葉には、そうだと思わせるだけの力があった。
 そのおかげで、焦りかけていた私は少し冷静になる。
「気付いていることに気付かれたら、かえって面倒になるかもしれないわ。このまま気付いてないふりをして、何食わぬ顔で立ち去りましょ?」
(そんなこと言われても……)
 いままででも十分恥ずかしかったのに、確実に見られている状態で続けるなんて。
 焦りで引いたはずの頬の熱が、あっという間に戻ってくるのを感じた。
(の、のぼせちゃう……!)
 けれどエミリさんは容赦してくれない。
 ディープ・キスをしながらも、私の手を掴むと、自分の胸に私の手を導く。
「ねえ、ルミナちゃんも、私も気持ちよくさせて欲しいな?」
 エミリさんの胸に触れたことはこれまで何度もあった。けれど、こんな風に人に見られながら、かつ、汗やローション以外のものでじっとり濡れたエミリさんの胸に触れたことはなかった。
 手のひらではとても収まりきらないボリュームもすごいのだけど、いまはあまりに触り心地自体が良かった。
 温泉に入っていたこともあってか、人肌よりも少し高めになっている体温が、また一段と心地よく感じる原因だろう。
 思わず言われるがままに手を動かして、エミリさんの胸に刺激を与えると、エミリさんの口から熱くて甘い息が滲み出した。
「ふぁ……ああ、いいわ……その調子……」
「エミリ、さん……」
 手のひらで乳房の表面を擦るようにしながら、すくい上げるようにして重みを感じる。
 ずっしりと来るその感触はなんとも言いがたいほど素晴らしくて、いつまででも揉んでいられそうだった。
 そうしているうちに、エミリさんの乳首が硬く存在を主張し始める。
 親指と人差し指で挟み込むようにその乳首に触れると、さすがのエミリさんも思わず肩を震わせ、はっきりと感じていた。
「んぁっ、ルミナ、ちゃ……っ」
 そんな状態でも、私の名前を愛しそうに呼んでくれるエミリさん。
 私はエミリさんと一緒にこうしていられる幸せを噛みしめながら、エミリさんがイくと同時に再び絶頂した。
 エミリさんとふたり、互いに抱きしめ合って、息を吐く。
「はぁ……はぁ……行きましょうか」
「はぁ……はぁ……は、はぁい……」
 促され、私は立ち上がった。
 エミリさんと互いに支え合いながら、ゆっくりと露天風呂から上がり、脱いでおいておいた浴衣を手に取る。
(あ……でも、タオルが……)
 濡れた身体を拭くタオルがないことにいまさら気付く。ドキドキしすぎてて、そこまで頭が回っていなかった。
 浴衣を手にしたまま、どうしようかと思っていたら、エミリさんは私の手を引いて、遊歩道の方へと歩きだした。
「え、ちょっと……っ」
 近くに人がいるのはわかっていたので、名前を呼ぶのはまずい。
 言葉を飲んだ私に対し、エミリさんは微笑みながら言う。
「少し歩いて乾かしましょ。大丈夫。この遊歩道を使う人は少ないから」
 そういうエミリさんの目が一瞬隠れている誰かの方を向く。ここで立ち止まって乾かすことは出来ないという意味だろう。
(確かに、ここから離れることが先決……)
 私はそう覚悟を決め、エミリさんに手を引かれるまま、ついていく。
 幸い、隠れていた人は私たちを追いかけては来なかった。少し気になるけど、何もしてこなかったのであれば、問題はないはずだ。

 こうして私たちは露天風呂を満喫した後――ふたりして素っ裸のまま、遊歩道を再び歩き出したのだった。


露天風呂編 おわり

露出旅行記 露天風呂編 3


 ざぶりざぶりとお湯をかき分け、エミリさんに近付く。
 エミリさんは立ち上がって、浴槽の縁でもある石に腰掛け、自分が座った場所のすぐ隣を優しい笑顔で指し示す。
 そこに座れということだろう。そこに座ると遮るものは何もなく、裸の背中を温泉街の方に晒すことになってしまう。
 暖かな湯の中にいるはずなのに、指先が震えた。
 意を決してエミリさんの示す場所に座ろうとして。
「あ、ちょっと待って」
 エミリさんがやんわりと私の肩を押して制止した。
「しゃがんで」
 言われるまま、私は脚を折ってしゃがみ、肩までお湯に浸かった。
 どういうつもりかわからず、疑問符を浮かべる私に対し、エミリさんは笑顔だった。
「うん、いいわ。それじゃあこっちに座って」
 改めてエミリさんに促され、私は露天風呂の縁を形作る石のひとつに腰掛ける。
 どうしてエミリさんが一度私を湯に浸けたのかは、すぐに理解した。
 濡れた身体は普通よりも敏感に風を感じるようになってしまっていた。裸でそこにいるということが余計に強く意識され、湯に火照っているだけじゃない赤色が頬に混じる。
 温泉街から見られているかどうか、背を向けている私にはわからないけど、妙に背中がむず痒い感じがした。私だけじゃなくてエミリさんもいるのだし、気付かれる可能性はより高まっていると考えるのが普通だ。
 エミリさんは楽しそうに温泉を脚でかき混ぜている。大きく伸びをして、身体を晒すことに抵抗がないかのようだ。
「ルミナちゃんも、そんなに縮こまってないで。ほら、背筋を伸ばして?」
 自分で思っていたより、萎縮した気持ちは態度に出ていたらしく、エミリさんの手が私の背中をそっと撫でる。滑らかなエミリさんの手が、私の背筋を撫でて降ろされた。
 その感触から、自分で思うより背筋が曲がっていることに気付かされた。
「……っ、は、はいっ」
 せっかくここまでやったのだから、と思い、私は精一杯背筋を伸ばす。そうすると自然と胸を張るような姿勢になってしまい、より強くさらけ出しているという実感が得られた。
 大自然の中で解き放たれたような、そんな開放感。
 これを味わうために露出プレイをしていると言っても過言ではない、心地良さ。
「は、ぁ……」
 思わず口から吐息が漏れた。自分でも感じている事が明らかな熱を帯びた吐息。
 そんな吐息が零れた口を、エミリさんが急にその唇で塞いで来た。
「んっ、うッ!?」
 驚く私に対し、エミリさんは妖艶な笑みを浮かべていた。
「んふ……っ、ルミナちゃんがあんまり可愛いから、つい」
 ごめんね、と謝りつつもエミリさんは止まらない。
 エミリさんは身体を絡めてきながら私の唇に自分の唇を重ね、さらに舌まで入れてきた。
 恐ろしく早い動きに抵抗を考える暇すらない。
 身体に回されたエミリさんの手が私の乳房を柔らかく揉んで、もう片方の手は私の股間に触れてきている。
「ふあっ、あっ、んんんっ」
 乳房、秘所、そして口内。
 三点を同時に責めてくるエミリさんに、私は反撃するなんてことも考えられなかった。
 ただ、与えられる刺激に悶え、せめてものお返しに侵入してくる舌に自分の舌を絡める。
 少しはエミリさんを感じさせることが出来たけど、三点同時に責められている私が敵うわけもなく、エミリさんの手と口によって絶頂させられてしまった。
「ん、んっ、あ、ああああああ~っ!」
 肩が跳ね、溢れる感情を抑え込むために、エミリさんの身体にしがみつく。びくんびくんと動いてしまうはしたない身体を、エミリさんはしっかり受けとめてくれた。
 やがて絶頂の波が過ぎ、脱力した私はエミリさんに身体を預けつつ、呼吸を整える。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
 誰が来るともわからない、それどころか温泉街から丸見えなところで、それだけ感じてしまったことが恥ずかしい。
(誰か来てたら大変なことになってた……良かった、誰も来ない、で……ッ!?)
 そう思った私は、気付いてしまった。
 絶頂したばかりでぼんやりとする視界。

 その端に、私たちのことを窺っている人物がいることに。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第二部 第八章 2


 上空には禍々しい姿をした八つ首の竜。
 そのすぐ下に聖女・清澄聖羅と大妖精・ヨウが、幾何学模様の結界の中に捕らえられている。
 さらに彼女たちの下、地面に出来たクレーターの中心部に、子犬ほどに小さくなった死告龍・リューが横たわっていた。

 そんな場に駆けつけたのは、四人の人間と、数多の魔物たち。
 ルィテ王国の姫・テーナルク、北の国ログアンの姫御子・アーミア、南の湖国の獣人姫・ルレンティア、東の大国ザズグドズの戦略家にして書記官・バラノ。
 彼女たちは各国の要人である。
 ヨウの眷属である大鹿。その雄々しい角の片方は折れ、いまにも倒れてしまいそうなほど消耗している。
 ヨウの眷属は大鹿の他にも数体その場に集っており、主たるヨウの危機に気炎をあげていた。

『貴様……っ! 我が主を放すでござる!』

 満身創痍でも気力だけは衰えていないのか、大鹿が八つ首の竜に向かって吠えた。
 空に浮かぶ八つ首の竜は、そのハ対の瞳で、地上にいる者達を見下ろしている。

『ふん、いまさら貴様ら眷属風情が何匹集まろうと無駄なこと』

 八つの首がそれぞれ魔法を唱え、首ごとに違う属性の魔法を紡ぎ出し始める。
 その膨大な魔力の渦を前にして、相対した者達の身体が強張った。

『くっ……! 雷よ!』

 大鹿は力を振り絞って対抗魔法を唱えたが、魔法が激突した結果、衝撃波が襲いかかってその巨体がなぎ倒される。
 その他の魔法については、大鹿以外の眷属が迎撃したり、結界術を得意とするアーミアが防いだりしたが、力の差は歴然だった。

「なんて強さだにゃ……! いままでの死告龍の眷属に比べて、桁が違いすぎるにゃ!」

 全身の毛を逆立て、ルレンティアが唸る。

「でも、おかしいです! 死告龍様と大妖精様は契約を結んでいるはず……なら、眷属同士が争うことはしないはずですのに……っ」

 侵略国家であるザズグドズ帝国に所属するバラノはそう呻く。
 侵略が国是である帝国では、侵略する対象は人間の国家だけではない。
 むしろ魔物が治めている地域こそ、帝国にとって積極的に攻略する対象だった。
 それは魔族との戦いが頻繁に起こるということでもあり、当然その魔物に対する対策というものが積極的に練られている。
 その常識からすると、一時的にとはいえ、主同士が一定の友好関係にある場合、眷属同士でも争うことはなかった。
 通例を踏まえた疑問に、八つ首の竜は平然と応える。

『なに、簡単な話ですぞ? 確かに主の交わした契約はその眷属にも影響を与える……ですが、その眷属が主を超えた存在になれば、主の交わした契約に縛られる道理などありません』

「主を超えた、存在……?」

 四人の人間の中で、魔物の眷属に関して最も詳しいのはアーミアだ。
 特定の魔物とその眷属と交流を古くから続けているログアンの姫御子である彼女は、それだけ魔物と眷属との交流も深い。

「眷属の力が強くなりすぎて、主の眷属じゃなくなるってこと……? そんなこと、聞いたことない」

『普通はないでしょうな。……実際、我が主がその力の大半を失わなければ、超えることなど、とても敵わぬことだった』

 得意げに、しかしどこか寂しげに八つ首の竜は呟く。
 その瞳の一部は、地上のクレーターの中心に倒れたまま動かないリューへと向いている。

『しかし、こうなった以上は儂こそが、この魔界の主に相応しい力を有する――誰にも邪魔はさせませぬ』

 八つの竜から、再び膨大な魔力があふれ出す。
 そのあまりに強大な力を前に、居合わせた者達の間に絶望が広がった。




――少し時間は巻き戻る。

 大鹿を説得する役割を担い、単独で森の中に入った清澄聖羅。
 大妖精の元まで案内するように大鹿に頼むことには成功した聖羅だったが、話の中で死告龍が弱体化していることを大鹿に話してしまい、大鹿に決死の覚悟を決めさせてしまう。
 自分の命と引き替えにする覚悟を持った大鹿によって聖羅は森の中に拘束され、置き去りにされてしまったのだ。
 そんな彼女を助けてくれたのは、彼女の夢の中にたびたび現れる『月夜の王』アハサ。
 彼は聖羅を拘束していた植物の蔦を枯らして彼女を解き放ち、さらには魔力の流れを見ることが出来るようにする『目』を貸し与えた。
 そのアハサの助けのおかげで、無事大妖精・ヨウの元にたどり着くことに成功した聖羅であったが、そこで想定外のことが起きた。

 大妖精・ヨウの元には、先客が存在したのだ。

 ヨウは彼女を守るように展開する植物の蔦の籠の中で丸まり、目を瞑っていた。眠っているようにも見える。
 そんなヨウの前に、人型の『何か』が立っていた。
 それは一見、人間の老紳士のように見えたが、その場違いなほど余裕のある態度や、森の中を進んで来たとは思えない豪華な衣服など、違和感の大きな姿だった。
 そしてなにより、月夜の王・アハサから借り受けた『目』を有する聖羅には、その老紳士が警戒しなければならない存在だと理解出来た。

(こ、この人の全身から……明らかにおかしい量の魔力が溢れ出してます……! 顔が、よく見えません……!)

 聖羅の接近に気付いて振り返った老紳士の顔は、その身体から立ち上る怪しげな光によって、覆い潰されていたのだ。
 明らかに普通の人間ではありえない、と聖羅は直感していた。
 聖羅にとって、魔力が見えるようになってから初めて見る人の姿であったが、その確信があった。
 魔力を感じられない聖羅には、その魔力らしき光が本当に禍々しいのかどうかまではわからなかったが、見た目だけでも十分警戒するべき対象に見えたのである。
 思わず固まってしまった聖羅を、その老紳士も認識し、ヨウの方を向いていた身体を聖羅へと向ける。

「これはこれは……キヨズミセイラ様ではありませんか。貴女様が単独でいらっしゃるとは……少々意外でしたな」

 本気で意外に思っているらしい声音だった。
 聖羅は警戒は解かないまま、茂みをかき分けて老紳士の正面に立つ。

「……わたしのことを、ご存じなんですか?」

「無論、存じ上げておりますとも。我が主が懸想しておられる方ですからな」

 その声音は柔らかく、友好的なように感じる。
 だが聖羅は元の世界で培われた警戒心から、その言動に引っかかるものを感じた。

「あなたはヨウさんの眷属ではなく――リューさんの眷族の方、で間違いありませんか?」

「我が主を、そのような間抜けな名で呼ぶのは止めていただきたいですな」

 強い拒絶の念が、その言葉には籠もっていた。
 いままでその呼び名について、そういった反応を受けたことはなかったため、聖羅は息を呑む。

「……失礼しました。あなたは、死告龍さんの眷属の方ですか?」

「ええ、そうですよ。我が主の最初の眷族として、この魔界に誕生しました」

 誇らしい様子だった。
 だが、聖羅を見る視線には、友好的な気配は微塵もない。
 聖羅は身を竦めながら、問いかけを続ける。

「死告龍さんが弱体化していることを、ご存じですか?」

「ええ、もちろん存じておりますとも。……貴女様のせいでね」

 魔力を感じられないはずの聖羅が、肌に突き刺さるような刺激を、悪寒を感じた。
 聖羅の『目』には、老紳士の身体を覆う光が、一際大きく膨れあがるのが見えていた。
 それは一定の大きさまで広がると、ゆっくりと元の大きさに戻っていったが、それはまるで怒りを堪えて震えているようにも見えた。
 思わず数歩後ずさった聖羅に対し、老紳士が纏う怪しげな光は益々大きく波打つ。

「ああ、本当に貴女様はただの人なのですな。いや、ただの異世界人というべきですか。存在自体は確かに希少も希少。……ですが、本当に解せない。我が主はなぜこのような女をツガイに、と」

 怒りを滲ませてぶつぶつと呟く老紳士の姿を見れば、聖羅も何を問題視しているのか察することが出来た。
 恐る恐る、問いかける。

「あなたは、死告龍さんがわたしを気にかけているのが、気に入らないのですか?」

 その問いかけが届いた瞬間、老紳士の輪郭がゆらりと揺らいだ。

「……逆にお聞きしますが、貴女如きが、我が主に気に入られてしかるべきだとお思いで?」

 声には憤怒が籠もっていた。

「我が主は至高の存在。この世界において並び立つ者のいない、究極の存在なのです。人間の王は無論、いかなる魔王も我が主に並び立つには力不足……だったというのに!」

 爆発的に老紳士の質量が増大し、その本性を露わにする。
 八つの首を持つ大きなドラゴン。太い四つ足は像よりも逞しく、その尾は鋭いトゲも相成って凄まじく攻撃的だった。八つの首を支える胴体には巨大な翼も生えており、ただでさえ巨体の身体を更に大きく見せている。
 本来の死告龍の大きさをも遙かに超えた巨躯は、八つ首であることもあってか、威圧感は八つ首の竜の方がよほど大きい。
 八対の目から睨み付けられた聖羅は、身体を縮ませ、息を呑むことしか出来ない。
 そんな聖羅の、人間としては真っ当な反応。
 それに対し、八つ首の竜の全身から、より強い憤慨が燻る。

『こんな程度の! 我が真の姿に怯えて動けぬ程度の! 愚かでか弱い人間に懸想しているなど! そんなことが許されるとお思いで!?』

 聖羅は死告龍という存在と交流を深める内に、ドラゴンの姿には慣れていた。
 しかし、いま聖羅が目の前にしている八つ首の竜は、死告龍を相手にするのとはまるで違う。
 彼は敵意を持って睨み付けてきているのだから当然だ。
 飼い犬と毎日触れ合い、犬という存在に慣れている人間でも、他人が飼う大型犬が牙をむき出しにし、吠えてきたら恐怖を感じずにはいられないだろう。
 まして、いま聖羅が相対しているのは、人間を一呑みに出来そうなほど巨大な竜なのだから。
 牙から滲んだ毒液が、地面に落ちる。その部分の地面が溶け、湯気があがった。
 その恐ろしい形相も相成って、聖羅は何も応えられなかった。
 聖羅の一般人としては極普通な反応を受け、八つ首の竜は不満げに呟く。

『我が主は究極にて至高……でなければ、私が仕える価値がない。貴女のような凡人に現を抜かすようなことは許されないのですぞ』

 ゆえに、と竜は続ける。

『我が主が、儂の主として不適格であるならば――望ましい主に儂がなればいい。そのために、主を惑わし、力を切り離させ、さらに力を蓄え、魔界に対する支配力を増したのです』

「そんな……無茶苦茶な」

 思わず聖羅はそう呟いていた。
 この眷属は、主が気にくわないから、その主に成り代わろうとしている。
 理屈としては、まず主を諫めるのが順番として先ではないのか。
 自分に相応しい主を得ようと、自分が主になるというのは、破綻した理論ではないか。
 そう思いはしたものの、目の前に敵意溢れる竜の頭部がある状態では、相手を刺激するようなことは口に出来ない。

『我が主と儂の力関係はすでに逆転しております。いまだ主と眷属の関係に縛られる部分はありますが……それも時間の問題でしょう。主が切り離した力の大半を儂が取り込んだ時、儂は全ての柵から解き放たれ、究極の存在へとなれる』

 八つある首の内ひとつが、聖羅を喰らわんと動いた。

『貴女に何が出来るとも思えませんが……勝手に動かれても面倒です。ここで捕らえておきましょうか』

 当然ながら、魔法の使えない聖羅がそれに対応することなど出来るわけもなく。
 迫る顎を呆然と見詰めることしか出来なかった。
 だが。

『――させないわ!』

 その場には、彼女を守護することを誓った大妖精・ヨウがいた。
 何重にも展開した蔦の結界の中から飛びだしたヨウは、破砕した結界の光を目くらましに、一瞬で聖羅の元に移動した。
 だがそれは、八つ首の竜の想定内であった。

『ようやく、出て来てくれましたか』

 聖羅を抱えて逃げようとした大妖精の周囲を、八つ首の竜が生み出した結界術が囲む。
 結界は大妖精の移動を制限し、聖羅ごとその場に縛り付ける。
 大妖精もまた魔法を唱えてその結界に抵抗しつつ、上空に向けて光弾を撃ち出した。

『すべての眷属に告げる! 私の元に来て、セイラの守護を最優先! 彼女を護って!』

 上空に撃ち出された光弾は煌々と光り、彼女たちの場所を周囲に知らしめる。
 だが、八つ首の竜は動じなかった。

『いまさら無駄な足掻きを……』

 そうしている間にも、聖羅と大妖精を包む結界は十重二十重に練られ、彼女たちの自由を指先のひとつに至るまで奪っていく。
 全身を締め付けられる息苦しさを感じつつも、大妖精は不敵に笑った。

『残念だけど、こうなった以上は、賭けるしかないのよね……』

 その言葉と同時に、森の一角が吹き飛んだ。
 瞳を真っ赤に輝かせた、死告龍が現れた。
 八つ首の竜は即座にそちらに向き直った。

『おお、我が主! ずいぶんと、お労しいお姿で!』

 言葉だけなら、主の身を案じる忠臣の姿だ。
 だが、聖羅はそこに嘲りのニュアンスを感じた。
 それは死告龍・リューにも伝わったのだろう。
 益々その瞳を激怒に輝かせる。

『おまえ……! セイラに、なにしてる!』

 一喝すると同時に、いまの死告龍の体格からすれば、凄まじいサイズのブレスを一呼吸で放った。
 黒い光が宿っていないそれは、即死属性をあえて込めなかったのだとわかる。
 森に即死のブレスが当たらないようにという配慮が見えた。
 そんなブレスを、八つ首の竜は空中に飛び上がることで避ける。

『我が主よ……それは愚行でありましょう!』

 上空に逃れた八つ首の竜が、それぞれの首の口からブレスを死告龍に向かって放つ。それもまた即死属性が込められていない素のブレスであった。
 リューはそれを打ち消そうと連続でブレスを吐いたが、体格の差と数の差は如何ともし難く、為す術もなく押し切られる。
 複数のブレスに押し潰されるようにリューが地面に激突し、大爆発が起きた。

「リューさんッ!」

 聖羅の悲鳴が森の中に木霊する。
 砂煙が晴れた時、森の中に出来た巨大なクレーターの中心に、リューが横たわっていた。
 そこにようやく、ヨウの眷属達と、四人の人間達がやって来た。

 しかし、彼女たちが加わっても――八つ首の竜を止めるには至らなかった。




 捕らえた人々から膨大な魔力を吸いあげ、さらに強大な魔法を放とうとする八つ首の竜。
 ヨウと共に捕らわれている聖羅は、何も出来ずにそれを見詰めるしかなかった。

(このままでは、皆さんが……!)

 八つ首の竜という、あまりに強大な魔族を前に、テーナルクたちは満足に動くことも出来ないようだ。
 聖羅は彼女たちがリューと相対したときのことを思い返す。
 あのとき、リューは友好的な態度とは言いがたかったが、それでも彼女たちに対して敵意や殺意を抱いていたわけではなかった。
 それでも、強大な存在を前にして、ルレンティアに至っては体調を崩すほどの重圧を受けてしまっていたのだ。

 その時のリューに匹敵する存在の八つ首の竜が、殺意を向けている。

 彼女たちの身体は蛇に睨まれた蛙の如く、硬直してしまっていた。
 頼みの綱だった大妖精のヨウは聖羅と共に囚われの身にあり、とても彼女たちを助ける余裕はない。
 彼女の眷属たちは魔法の発動を止めようとして突撃を仕掛けているが、八つ首のいくつかが軽くあしらっていた。
 大鹿はすでに死に体であり、死告龍本体は地面に横たわったまま動かない。

(誰か……!)

 死告龍相手でも臆することのない存在は限られている。
 聖羅は、その数少ない存在である、この国の王族達を思い浮かべたが、ルィテ王国の国王たるイージェルドは、魔界の外に脱出しているとアハサから聴かされていた。
 その弟で、軍事関係の責任者であるオルフィルドは魔界にいるはずだったが、彼がいまどうしているかはわからない。すでに囚われている可能性もある。
 死告龍レベルの魔物に対抗出来る者はそうそういるものではない。
 仮に騎士や兵士が無事に残っていたとしても、助けにはならないだろう。
 そこでふと――聖羅は思考の隅に引っかかるものを感じた。

(あれ? そういえば『あの人』は、リューさんに、全く怯んでなかったような……?)

 当時、聖羅はリューやヨウと意思疎通が出来なかったため、そのことを気にする余裕もなかったが、死告龍や大妖精といった存在を相手にしても、全く怯んでいなかった存在がいたことを思い出した。
 いまから考えれば、それはとても不自然なことだった。
 各国の要職に就いていて、対策をしていたはずの四人の女性達ですら、死告龍や大妖精相手に怯んでしまったというのに。

 何も持っていないはずの『彼』は――彼らに怯んでいなかった。

 そのことを聖羅が思い出した時、地面に倒れたままだったリューが起き上がる。
 大きく口を開き、黒い光がその口内から溢れた。
 今度は、即死属性を有するブレスだ。上空を飛ぶ八つ首の竜に向かって放てば、森にブレスは当たらない。
 それにいち早く反応した八つ首の竜は、三つの首の口内にブレスを溜める。

『無駄なことを……! 儂もまた即死属性を持つということをお忘れか!』

 残りの五つの首の内、四つが魔法を放つ動作を続けている。
 例えリューが即死のブレスで押し切ったとしても、同時に放たれる魔法がリューたちを穿つだろう。
 攻撃と防御、両方同時に行うことは、いまのリューには出来ない。

 リューのブレスと、八つ首の竜のブレスが激突する。

 八つ首の竜は、リューのブレスを相殺することを狙っていたらしく、同等の力を持つブレス同士は触れあった瞬間、大きな爆発を起こした。
 本命はその爆発の中で放たれた強力な魔法攻撃だ。
 攻撃の直後で動けないリューや、動く余裕もないテーナルクたちを八つ首の竜の魔法が襲う――寸前で打ち消された。

『なにっ!?』

 八つ首の竜が驚く。
 ルィテ王国の王族のひとり――完全武装したオルフィルド・ルィテが、テーナルクたちを庇う位置に立っていた。
 その身を覆う鎧には幾何学模様が浮かび上がっており、魔法を打ち消したのはその力であると、魔法の知識の無い聖羅でも察することが出来た。
 それだけではなく、オルフィルドはリューに向かって手を翳しており、それが生み出したと思われる結界が、リューへの攻撃も防いでいた。

「叔父様!」

 思わず、といった様子で歓喜の声をあげたテーナルクに、オルフィルドは微笑みを返した後、その鋭い目で八つ首の竜を睨み付ける。
 八つ首の竜は新たに現れ、自分の攻撃を防いだ存在に警戒心を持ったが、人間ならばいまの彼にとって恐れるほどの存在ではない。
 だから、ほんの少しだけ、気が緩んだ。
 その気の緩みは、戦場において致命的な隙だった。
 空を飛ぶ八つ首の竜より、さらに上空からの奇襲を見逃してしまうくらいには。

 空から降ってきたその者――ヴォールドの渾身の一撃が、八つ首の竜に炸裂した。

つづく
カウンター
プロフィール

夜空さくら (旧HN:黒い月)

Author:夜空さくら (旧HN:黒い月)

はじめに
当ブログは露出・羞恥系の18禁小説ブログです。関連の同人誌・版権物のレビュー、個人的な語りなども書きます。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。

『このブログについて』
・当ブログについてです。

『twitter』
・管理人のツイッターです。取りとめのないことを呟いています。

管理人運営の姉妹ブログ一覧
『黄昏睡蓮』(猟奇・グロ系)
『白日陰影』(箱詰・拘束系)
『夕刻限界』(時間制御系)
『極夜天蓋』(催眠・改変系)
『東雲水域』(性転換交換系)
『星霜雪形』(状態変化系)
『異種祭祀』(異種姦系)

『pixiv』
・イラストは全て3Dカスタム少女を使用し作成して投稿しています。基本は小説の投稿です。

『ノクターンノベルズ』
・一部の小説をこちらでも掲載しております。
カテゴリ