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黎明媚態

露出系、羞恥系の18禁小説を書いています。関連の同人・版権作品のレビューも書きます。18歳以下の閲覧禁止。

バスタオル一枚で異世界転移 第九章 3

「イージェルドさん、お願いがあります。私に……身体強化の魔法をかけてください」

 あそこに行かなければならないと、私は直感で考えていました。
 バスタオルの加護もなく、防御力は紙切れ以下。
 身につけている服とも言えないボロ布は、胸から膝の下くらいまでは隠してくれていましたが、非常に頼りない状態です。
 その状態でも、行かなければなりません。
 当然、イージェルドさんには正気を疑う顔をされました。

「……キヨズミ。それは――」

 イージェルドさんが何か言おうとしたのを、私は遮ります。
 彼が言わんとしていることはわかっていました。
 その判断は的確であり、正しいのであろうことも理解しています。
 ですが、そんなことは承知の上です。

「イージェルドさん。お願いします」

 彼の目をまっすぐ見つめ、再度そう言います。
 イージェルドさんも私の覚悟を汲んでくれたのか、言いかけていた言葉を飲み込み、頷きました。
 その豪華な杖を構えることはせず、空いた手の手のひらを私に向けます。

「『俊足』」

 恐らく杖を必要としないレベルの基本魔法なのでしょう。
 イージェルドさんの手に光が宿り、そこから放たれた光が私の身体を包み込みます。
 すると途端に、頭にものすごい激痛が走りました。

(ま、たこの痛み……っ! 痛ぅ……!)

 歯を食いしばって痛みを堪えます。
 目が覚めてから頭が痛いのは、瓦礫に頭を打ち付けたためだと思っていたのですが、どうやら違うようです。
 ですが、いまはその痛みの原因を考えている暇はありません。

「あり、がとうございます、イージェルドさん……!」

 私はお礼を言うのもそこそこに、ヨウさんが落ちた塔に向かって走りだしました。
 身体が羽のように軽く、ものすごい勢いで景色が流れていきます。
 身に纏ったボロ布の裾が舞い上がり、イージェルドさんやオルフィルドさんには、色々大事なところを見られてしまったような気がします。
 顔から火が出るほど恥ずかしかったですが、それを気にしている余裕はありません。

(急がないと……!)

 塔の入り口に扉などがなくて助かりました。
 物見櫓のような役割を持つ塔なのでしょう。内側に螺旋階段が上へと伸びています。
 ぱらぱらと上から塔の破片のようなものが落ちてきており、いつ塔自体が倒壊するかわかりません。
 だから私は、全力で螺旋階段を駆け上がりました。
 途中落ちていた破片を踏みつけてしまい、めちゃくちゃ痛い思いをしましたが、根性で走り続けます。

(頭が痛いのが幸いするとは……!)

 足の裏だけの痛みだったら、耐えられずに走れなくなっていたかもしれません。
 けれど、今の私は頭の中で激痛そのものが暴れ回っている状態です。
 アドレナリンが激しく分泌されているのか、足の裏からの痛みはそれほど感じなかったのです。
 それを幸いとしていいのかはさておき、とにかく私は塔を駆け上がりました。
 身体が軽いことも相成って、三段四段飛ばしで上っていきます。
 この勢いで転んだら、それは悲惨なことになるでしょう。

(慎重に……! 転ばないようにだけ気をつけて、走る!)

 ところが、順調に駆け上がっていた途中で、突然塔が揺れました。
 リューさんのものと思われる咆哮が塔を揺さぶったのです。
 とんでもない咆哮でした。思わず階段から足を踏み外し、盛大に転んでしまいます。
 とっさに腕をクッションにして頭を打つことだけは避けました。
 ですが、腕を石造りの階段に擦り付けてしまい、血が出るほどの擦り傷を作ってしまいました。
 さらに悪いことに、身体に巻き付けていたボロ布が外れてしまいます。

(そう、でした……加護があるわけじゃないから……!)

 これを失うと私は全裸なのですが、もう一度拾って身体に巻き付けている時間的余裕は恐らくありません。
 足にまとわりついて走りにくかったのもありますし、私はボロ布を放置して生まれたままの姿で再度塔を上っていきます。
 この歳になって全裸での全力疾走を行う羽目になるとは。
 頭痛でまともに考えることもできないのが逆に功を奏しました。

 そうして、私はついに塔の最上部にたどり着くことが出来ました。

 ヨウさんが叩きつけられて粉砕された塔の先端。壁が無くなって吹きさらしの屋上みたいになっています。
 崩れた瓦礫の中から這い出て来た様子のヨウさんが、その場に膝を突いて、呆然と空を見上げています。
 そして、空からリューさんがそのヨウさんに向かって降りてこようとしていました。
 私は最後の力を振り絞り、ヨウさんとリューさんの間に立ち塞がります。

「ダメです! リューさん! 止まってください!」

 恐ろしい勢いで迫ってきていたリューさんが私の姿を認め、慌てて急減速を行いました。
 私の目の前に魔方陣がいくつも生じ、空気のクッションのようなものがリューさんの勢いを殺し、衝突寸前で止まりました。
 リューさんは翼を広げ、羽ばたくのとは違う力でその場に滞空し始めます。
 ひとまず止まってくれたことに、私はほっと内心胸をなで下ろしました。
 もし構わず突っ込んで来られていたら、私は間違いなくミンチ肉になっていたでしょう。
 しかし、まだ危機は脱していません。
 リューさんの目が怒りで真っ赤に染まっているからです。

『セイラ、なんでそれをかばうの?』

 リューさんの声は、想像していたより数段高い声でした。
 喋り方もどこか子供っぽいので、リューさんはドラゴンとしては子供なのかもしれません。
 思えばリューさんの行動にはどこか子供っぽいところが多かったように思います。単に人とドラゴンの感覚の違いゆえかと思っていましたが、純粋に子供に近かったようです。
 死告龍、などという呼び名自体は大層だと思いますが、そこまで恐れられている理由もその年齢にあるのかもしれません。

(子供ゆえの残虐性に加え、行動も感情的になりうる……そりゃ、怖いですよね)

 成熟した精神の持ち主であれば、取引や駆け引きが有効でしょう。
 多少は不快なことがあっても、ぐっと我慢するだろうと信用できます。
 ですが、子供相手だとすると、どうでしょうか。
 その場では納得したように見えても、その時々の感情でそれがひっくり返されるかもしれません。
 普通の子供ならば、約束を破ったり暴れたりすれば、拳骨のひとつでも落として叱るところですが、リューさんはドラゴンで、しかも即死の属性持ちです。

 人が神か悪魔とばかりに恐れるのも、納得出来るというものです。

 とはいえ、いまはそのことを気にしてはいられません。
 怒気がリューさんの全身から立ち上っているのがわかります。
 リューさんが私を気に入っている理由がなんであれ、それ以上に気にくわないことをすれば当然不興を買うでしょう。
 そして私を裏切った形になるヨウさんを、リューさんから庇うという行為は、リューさんにとって十分に不愉快な行為に他なりません。

『それはセイラのものを盗ったのに、なんでセイラはかばうの?』

 頭が割れそうな痛みを発する中、私はどう応えるべきか考えていました。
 一言でいえば『死んで欲しくなかったから』なのです。バスタオルを奪うためについてきていたのだとしても、私がヨウさんの存在に救われていたのは事実です。
 それに、ヨウさんは私が巻き込んだようなものであり、本来であれば森の奥で穏やかに暮らしていられたはずの存在です。
 そういった負い目もあるにはあるのですが。

(それでは、納得してくれなさそうですね……)

 何かリューさんを納得させられるような、いい理由を模索します。
 ですが、頭痛が酷くて思考も定まらない中では、上手い言い訳を考えることができませんでした。
 いくつもの考えが浮かんでは消えていきます。
 リューさんが爆発するまで、時間もありません。
 ですから、私は次に頭に浮かんだ言葉を、そのまま口に出すことにしました。

「受けた恩を――返すためです」

 口にしてしまえば、それがすっと胸に落ちて来ました。
 それが一番の理由なのだと、頭ではなく心で言うことができます。

『……恩?』

 それはリューさんではなく、背後に庇ったヨウさんからの呟きでした。
 肩越しに振り返ると、ヨウさんは私を呆然と見上げています。
 そんな彼女に向けて、私はほんの少し笑って見せました。

「果実を、分けてくださったでしょう?」

『そんな、程度のことで……?』

『なにそれ……そんなことで――』

 ヨウさんとリューさん、両方から呆れられているような気がしました。
 けれど私はそうは思わないのです。
 ですから、リューさんの言葉を遮って口を開きます。

「いいえ、リューさん。そんなこと、じゃないです。ヨウさんが最初にくださった金色の果実……あれは、とても希少なものだったのではありませんか? 例えば、そう――知恵の実とか」

 あのときはただの果実だと思ってしまいましたが、冷静に考えるとそうであるわけがないのです。
 普通の果実もその後で食べさせてもらっていましたし、あの金色の果実だけが異彩を放っていました。
 私があれを食べたあと、言葉が通じないとわかっているはずのヨウさんたちが話しかけて来ていて、私がその意味がわからないという当たり前のことに対し、絶望していました。
 つまり本来、あの実を食べれば言葉が通じるようになるはずだったのでしょう。
 そしてそのことをリューさんは知っていたからこそ、わざわざあの大森林に行って、ヨウさんたちを脅しつけて用意させたはずです。
 案の定、リューさんは気まずげに視線を逸らしました。

『……食べればなんでも知ることができる実があそこだけにあるって、物知りなお兄ちゃんに聞いたから。セイラに食べさせればリューと喋れるようになるんじゃないかって思って』

 ご兄弟がいらっしゃったんですね。
 そういえば、最初リューさんは私を咥えて持ち運んでいたのに、グリフォンを狩ったあと、私を手で持って運ぶようになっていました。
 もしや、私が気絶している間にご兄弟に会っていたのでしょうか。
 その時に、仮称『知恵の実』の情報だけでは無く、人間は掴んで運ぶようにアドバイスされた、とか。

「なるほど……ではやはり、とても貴重なものを分けていただいていたわけですね」

 その実の効果が発揮されなかったのは、バスタオルの所為でしょう。
 恐らくその実は高度な魔法をかけてくれるようなものなのではないでしょうか。だから、加護によってあらゆる魔法を弾いてしまう私には通じなかった、と。
 いまから思えば、それで良かったのかもしれません。『俊足』の魔法ですら、死にそうなほどの激痛を受けたのですから、「なんでも知ることができる」なんていう効果を受けていたら、その場でショック死していたかもしれません。
 つくづく、バスタオルの所為で苦労しましたが、バスタオルのおかげで命を繋いで来れたのだと実感します。

『セイラ……貴女、おかしいわ。どうして、そんな風に思えるの?』

 ヨウさんが正気を疑う目で私を見ていました。

「一応、他にも理由はありますよ? バスタオルを奪った後、私を殺さなかったじゃないですか。それだけじゃなく、守るための魔法もかけてくださったでしょう?」

 バスタオルだけが目的なら、奪ったあとの私なんてどうでも良かったはずです。
 その場に捨ておくだけでよかったのに、守るための魔法を使ってくれたのです。
 それを指摘すると、ヨウさんは気まずげに目線を逸らしました。

『別に……強いて殺すほどの価値がなかっただけよ……』

「それでも、恩は恩ですから」

 そう言葉を返すと、ヨウさんは項垂れてしまいました。
 本気で呆れられているのか、それとも少しは感じるところがあってくれたのでしょうか。
 大妖精の感性がどういうものなのか、私にはよくわかりません。
 ひとまず、ヨウさんにはもう戦意はないようです。

『……そもそも、それがセイラから盗らなければよかった』

 リューさんはまだ納得が行っていないのか、不満げに唸ります。
 私の側に顔を寄せてきて、その口を開きました。

『そうしなければ、セイラがこんなに傷つくことはなかったのに』

 全身傷だらけで血だらけな状態を思い出させないで欲しいです。
 そう思う私の前で、リューさんの口から舌が伸びてきて、私の身体を舐めました。
 改めて裸であることを意識させられてしまい、恥ずかしく思ったその刹那。

『――ッ!? 死告龍!? ダメ!!』

 項垂れていた顔をあげたヨウさんが、目を見開いて叫びました。
 しかし時すでに遅し。
 リューさんの舌から、黒い霧のようなものが私の身体に伝わってきました。

 即死の『力』は、ブレスだけに乗るものではなかったのです。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第九章 2

 清澄聖羅から「ヨウ」という呼ばれている大妖精は、この世界において間違いなく最強の一角に数えられる存在である。

 城から飛び上がった大妖精を、死告龍が追いかけて飛翔する。
 忌々しき仇敵のためらいのない追撃に大妖精は歯噛みしつつも、ここで向かえ打つ覚悟を決めた。
 本来なら、死告龍が聖羅を気にかけているうちに、極大魔法の準備をするつもりだったのだ。国をも吹き飛ばす規模の魔法を受けて無事でいられる存在はいない。
 それがもっとも確実な方法であるはずだったが、死告龍はそれを防いだ。
 死告龍の判断は早く的確で、すでに戦闘経験の差が如実に表れている。
 それを感じつつも、大妖精に戦わないという選択肢は無かった。

(絶対に、あなたたちの仇を取るわ……!)

 彼女の脳裏には、死告龍によって薙ぎ払われた森の木々たちの無残な姿が浮かんでいた。
 本来、木が切り倒されたり、燃やされたりしたとしても、それは怒りを向けるべき行為ではない。なぜならその木は次の糧となり、森を豊かにすることになるためだ。
 無闇に危害を加える行為には怒りもするが、人間が人間を殺された時ほど、彼女たち妖精は木を倒されても怒りや恨みの感情を抱かない。
 そんな彼女が死告龍に対し、激しい恨みの感情を向けている理由は単純だ。

 死告龍が『即死』の属性を持つブレスを用いて木々を薙ぎ倒したためである。

 普通に倒された木と違い、そのブレスによって倒された木は、文字通り『死んだ』。
 次の糧になることもなく、朽ち果てるだけの亡骸となってしまったのだ。
 それが大妖精には許せない。
 必ず死告龍に復讐を遂げると、虎視眈々と機会を狙っていたのである。

(森の管理者として……絶対に許さない!)

 八万平行キロメートルもの広大な面積を誇り、いまなお拡大し続けようとしている、人呼んで「貪り喰らう大森林」。
 その管理者である「三柱大妖精」の一体。
 三体の中で最も若い個体であるが、その身に宿す魔力が強ければ強いほど寿命も延びる魔物たちにとって、ある一定以上の魔力を持つ者にとっては年齢に大した意味はない。
 その身に宿している魔力だけでも絶大だが、妖精の特性として管理する植物の魔力を流用できるというものがある。

 つまり、大森林を管理する彼女には、魔力切れが起きることがまずない。

 空中に浮かんだ彼女の周りに無数の魔方陣が展開され、そのすべてが超級の威力を持って放たれる。
 氷、雷、風、炎。
 様々な属性の攻撃が、雨のように死告龍に降り注ぐ。
 多種多様な魔法を扱いこなすことができる大妖精であるために、ほとんどの外敵は魔法のごり押しだけで倒すに至る。
 人間が彼女に立ち向かおうと思えば、大国同士が連携を密にし、魔法騎士団や戦士団を波状的に投入し、少しずつ森を削っていく、地道かつ時間のかかる方法か。
 あるいは、大妖精本体は比較的脆いという点を突き、勇者という個の極みにある存在が単身突入し、本体の撃破という一点突破を目指すくらいしか取る方法がない。
 幸いにして大妖精は攻撃的な性格ではなく、また侵略という概念も薄いために、大きな城壁などで遮り、そもそも植物が広がらないようにすることで領域を定め、大妖精との衝突が起こらないように回避している。

 そんな大妖精が、絶対防御の『神々の加護』を得ればどうなるか。

 本体が撃破される、という大妖精がもっとも避けたい事態が起こらなくなり、大妖精自身が堂々と前線に立つことが出来るようになる。
 事実上無尽蔵な魔力を存分に振るい、大魔法を連発することが出来るため、並の存在ではその前に立つことすらできなくなるだろう。
 最強を超え、無敵と言われるようになったとしても、おかしくはない。
 そして、その絶対防御の『神々の加護』を実現する装備品が、大妖精が完全な形で身につけられる形で現れた。

 実のところ、魔物も『神々の加護』を持つ武器や道具を使うことが出来る。

 だが、手に持って使う武器や道具ならばともかく、衣服や鎧になると人間とは身体のつくりが違う魔物たちには身につけられない物が多くなる。
 人とほとんど変わらない妖精たちですら、背中に羽があるためにまともな服はほとんど身につけることが出来ないのだ。
 しかし、バスタオルならば。
 背中の羽に影響なく身につけることが出来る。

 だから彼女はそのバスタオルを手に入れようと画策した。

 言葉は通じずとも、聖羅に信用されていることは大妖精にもよくわかっていた。
 いずれはバスタオルを手にする機会がくるはずだと考え、離れてもいいと言われても聖羅から離れようとしなかったのだ。
 本来であれば、十分過ぎるほどの信頼を築いた上で、聖羅に友好的にバスタオルを譲渡してもらっても良かったのだが、人間同士の交流が深くなるにつれて、大妖精の自分の立場が怪しくなっていくことをヨウは感じていたのだ。
 一週間もあれば、聖羅の操る言語を、翻訳する魔法に組み込むことはヨウにも出来たが、そもそも自分の声が届かないのでは意味が薄い。

 そんな時、聖羅の部屋を訪れた彼女は、神々の加護が緩んでいるところに偶然遭遇してしまった。

 この機を逃せば、次はないかもしれない。
 そう判断したヨウは、聖羅からバスタオルを奪う計画を実行に移し、そして見事強奪することに成功した。
 すべては彼女の目論見通り、上手くいった。
 絶対防御を手に入れ、攻撃に専念し、死告龍に向かって多種多様な魔法を叩き込んだ。
 しかし、最大の誤算がひとつ。

 死告龍は、大妖精が想定していたよりも遙かに強かった。

 放った魔法のことごとくが黒いブレスで薙ぎ払われる。
 生物ではない魔法に即死属性は関係ないはずだから、純粋に威力が上回っているのだ。
 大妖精もそのブレスに巻き込まれたが、バスタオルの効果で無事だった。
 無事とは言え、即死の効果を持つブレスをその身に受けているのだから、平静ではいられない。
 バスタオルが絶対防御の加護を持っているらしいのは彼女もよく知るところではあったが、即死効果を完全に無効化しているのかどうかはわからない。

(無知というのは、羨ましいわね……!)

 ヨウが思い出すのは、最初に聖羅が死告龍と共に森に現れた時のことだ。
 森を破壊し、降り立った死告龍。ヨウたち三体の大妖精は、死告龍という存在を知っており、そのブレスの効果も直前に放たれたためよくわかっていた。
 長年、彼女たちの森を脅かせるような外敵はいなかったため、突如訪れた消滅の危機に震えることしか出来なかった。
 死告龍の能力、自分たちの能力。それらを明確に理解しているからこそ、抗おうという気さえ起きなかったのだ。

 そのとき、何も知らない聖羅は――だからこそ、彼女たちを庇った。

 絶対防御があるにしても、確実に防いでいる保証もないのに、聖羅はヨウたちと死告龍の間に立ち、死告龍に対して異を唱えることが出来たのだ。
 結果として、死告龍は牙を納めたが、もし余計に怒りを買っていたらどうするつもりだったのか。
 ヨウが聖羅の無知を羨ましく思うのは、そういうところだった。
 実際にバスタオルを身につけてみて、改めてヨウはそう思う。

(く……っ! 補助系の魔法も全部カットしちゃうなんて……!)

 防御は必要ないにせよ、移動の補助に魔法を使うことはある。
 妖精が元々持つ羽による飛翔能力まではカットされないのが救いだったが、体力向上や身体能力向上の魔法もすべて無効化してしまうため、機動力が大きく削がれてしまっている。 距離を詰めてきた死告龍がその前脚の爪を振るう。弾き飛ばされて姿勢が崩れるのを嫌ったヨウは、爪を受ける寸前に風の魔法を暴発させ、あえて自分から位置を大きく変える。
 きりもみ状態で空を滑るように移動しつつ、羽の力を使って姿勢を制御。
 同時に再び魔法を展開し、追撃を防ぐために攻撃魔法をばらまいた。
 その狙いは甘く、ほとんどの魔法は死告龍に当たらず、地上へと降り注ぐ。

 その外れた魔法を、死告龍が展開した攻撃魔法が撃ち落とす。

 ヨウの魔法に反応してから展開しているはずなのに、その精度は正確で、一発たりとも眼下の街に魔法を落とすことはしなかった。
 魔法制御の水準が違いすぎた。ヨウとて大妖精の一体。その魔法知識や技術に自信はあったが、こと戦闘魔法に関しては死告龍の方が遙かに上回っていた。

(ブレス頼りじゃなかったの……!? なんで、こんな正確に!)

 即死属性などというブレスを持っている以上、大抵の敵とは勝負にならないはずだ。
 勝負になるような相手だとしても、即死属性を意識して戦わなければならない以上、まともな戦いになるわけがない。
 そのため、ヨウの想定では死告龍は決して戦闘に長けているわけではないはずだった。自分たちもそうであるが、絶対防御の補助がある分、有利に立てると思っていた。
 だが、実際の死告龍はヨウの想定を遙かに超え、戦巧者であった。
 そうでもなければ――死告龍などと呼ばれてはいないのだということに、ヨウは思い至らなかったのだ。
 焦って魔法を放てば放つほど、ヨウは追い詰められていく。
 そして、不意にヨウの頭に激痛が走った。

(まずい……! 魔法の連続使用限界が……っ)

 魔力は無尽蔵に用意できる大妖精にも、出力限界というものが存在する。
 いくら体力が無限にあったとしても、その者が有する筋力が持ち上げられる重みには限界があるように、魔法にも似たような原理が存在する。
 魔力をいくら込めても、ひとつひとつの魔法の威力には限度があり、無尽蔵に魔力を扱えても、それを扱う大妖精の精神――頭に過負荷がかかってしまう。
 それでも人間に比べれば遙かに許容量は大きいが、ここまで大量の魔力を一度に使用する経験はヨウにもなく、過剰な魔力を受けたヨウは軽度の魔力中毒に陥っていた。
 飛翔能力にも影響が発生し、空中でふらつくヨウ。
 その隙を死告龍が見逃すわけもなく。

(よけ、な、きゃ……っ!)

 一瞬で距離を詰めた死告龍が、身体ごと回転させて放った尾の一撃が、ヨウを空中から地上へと叩き落とした。
 バスタオルの加護で痛みこそなかったが、高速で墜落した衝撃はヨウの全身を貫き、一時自失の状態に陥らせる。
 叩きつけられた尖塔自体が崩れなかったのは奇跡だった。
 ヨウは瓦礫の中から這い出しつつ、空中に浮かんでいる死告龍を見あげる。
 散々魔法を叩き込んだはずなのに死告龍に傷らしい傷はない。

(ああ……ほんとうに……なんて、化け物……!)

 ヨウと同じだけ魔法やブレスを用いていたにも関わらず、魔力酔いや中毒を起こしている様子も無い。
 爛々と赤く光る瞳が、ヨウを見据えていた。
 ヨウは最終手段に出るしかないと判断する。
 しかし、果たしてそれを死告龍が許すだろうか。
 想定を遙かに超えてくる死告龍を相手にして、ヨウの気持ちは折れかけていた。

(でもやらなきゃ……わたしは……みんなのために……!)

 森の管理者としての矜持が、ヨウを奮い立たせていた。
 そんな彼女のなけなしの決意をへし折るように、死告龍がひときわ大きな咆哮を放つ。
 世界そのものを震わせるような凄まじい怒号に、立ち上がりかけていたヨウの身体は、自然と膝を着いていた。
 存在そのものの格が違うと、頭では無く身体が理解してしまう。
 バスタオルの加護があるから死ぬことはないはずだという理性的な考えが、むなしく霧散していく。
 死告龍が再度突撃をかけてくるのを、ヨウは呆然と見上げることしか出来ず――


「ダメです! リューさん!」


 目の前に立ち塞がった清澄聖羅の姿に、唖然とすることしか出来なかった。
 崩壊しかかった塔を全力で駆け上がってきたのか、大粒の汗を額に浮かべて肩で息をし。
 途中で瓦礫にぶつかったり、踏みつけたりしたのか、至るところから血を流しつつ。
 何も身に纏っていない、生まれたままの姿で。
 何の加護もないただの人間の女が。

 死告龍を止めたのだ。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第九章 1

 バスタオルを剥ぎ取られた瞬間、目が覚めてからずっと感じている頭痛が激しくなりました。
 けれど、それに構っている場合ではありません。バスタオルに手を伸ばそうとして、まだ両手両足に蔦が絡み付いていることを思い知らされました。
 幸い、締め潰されるほどの力ではなかったのか、肌に軽く食い込む程度で済んでいます。
 痛いのに違いはありませんでしたが。

「ヨウ、さん……! 返して、くださいっ!」

 抵抗する術のない私には、そう声をあげることしか出来ませんでした。
 バスタオルを掴んだまま、ふわりと浮かび上がったヨウさんは、そんな私の呼びかけに対して。

『……ごめんなさいね。これがどうしても必要なの』

 日本語で、そう答えたのです。不思議な声でした。耳ではなく、頭に直接響いてくるような、涼やかな声音。
 外見から想像していた通りの声でした。
 突然ヨウさんの声が聞こえるようになって、思わず目を瞬いて驚いてしまう私の前で、ヨウさんがバスタオルをその身体に巻きつけます。
 それと同時に、異変を察知したのでしょう。隣の部屋から、クラースさんが駆け込んできました。

「キヨズミ、サマっ……!?」

 部屋の状況を見て、クラースさんが驚きで目を見開きます。
 ヨウさんがクラースさんを見やり――その目に宿っている、塵芥を見るような冷たい光に、背筋が泡立ちました。
 それは、いけないものだと。
 クラースさんが危ない、と直感で悟りました。

「っ……! クラースっ!!」

 逃げろ、という日本語は教えていなかったので、咄嗟に名前を呼びました。
 危ないという意思を込めて、声の限りに叫びます。
 クラースさんは私の言葉に反応して、開けたばかりの扉を閉めながら部屋の外に転がり出て行きました。
 一拍遅れて、拳大ほどもあるバラの棘のようなものをヨウさんが放ち、それらは扉を貫通して、太い穴だらけにしてしまいます。
 もし、その場所にクラースさんが立っていたら――そう思うと背筋が凍りました。

「なん、で……」

 仲良く出来ていた、と思っていました。
 最近はヨウさんも自由に動き回ることが多く、常に一緒にいたわけではありませんでしたが、それでも毎日会って友好的に接していたはずです。
 私のそう言った想いが篭った言葉に、ヨウさんは何も言ってくれませんでした。
 いえ、正確にはヨウさんが私の言葉に対し、哀しげに何かを口にしようとしてはいました。ですが、それは言葉になりませんでした。

 部屋の壁を突き破って現れたリューさんが、ヨウさんに襲いかかったからです。

 怒号とわかる凄まじい咆哮が、耳を劈きます。
 部屋全体が歪み、縛り付けられたベッドごと身体が浮くのがわかりました。
 リューさんの突撃によって壁が砕け、部屋が崩れていく音と咆哮とが混ざって、頭痛がひときわ酷くなって――何も聞こえなくなりました。




 死告龍が突然城を襲い始めた――周りからすれば、そうとしか思えない状況だった。

 吹き飛ぶ城の外壁を掻い潜り、一体の大妖精が空を行く。それは半透明の羽を広げて鱗粉のように光の筋を残しながら、一気に空高く舞い上がった。
 それを追いかけて死告龍が飛び上がる。
 城の上空には空を飛ぶ魔物を撃ち落とすための迎撃魔法が展開されていたが、大妖精は展開された魔方陣を打ち消し、死告龍はもっと単純に発動した迎撃魔法をぶち破った。

 そして、死告龍と大妖精の激しい空中戦が始まる。

 大妖精が無数の魔方陣を生み出し、雷や石飛礫で死告龍を撃ち抜こうとすれば、死告龍は黒いブレスでそれらを迎撃する。
 大魔法使い同士の戦いでもありえないほどに、様々な魔法が飛び交う。
 普通ならば大惨事であっただろう。
 二体の魔物はお互いのみを敵として認識しているようで、あえて他を狙って魔法を放つことはなかったが、稀に軌道が逸れた魔法は、眼下の街に降り注ぐからだ。
 しかし、その逸れた魔法は、即座に別の魔法が発動して空中で撃ち落とされていた。
 そのため派手で豪快な戦闘の光景ほど、人間の街に被害は出ていない。

 だが、あまりに次元の違う魔物同士の戦闘を前にして、人々は逃げ惑うことしかできなかった。




 瓦礫に埋もれた状態で、私は目覚めました。
 身体中が悲鳴をあげていますが、死んではいないようです。
 幸い、大きな瓦礫の下敷きにはなっていなかったようで、私の力でもなんとか這い出すことが出来ました。
 細かな粉塵が舞い上がり、それを吸い込んでしまって激しく咳き込みます。

「げほっ、ごほっ……! 一体、何がどうなって……っ」

 瓦礫の下から這い出した私は、まず自分が全裸であることを思い出しました。
 慌てて手で隠しつつ、たまたま近くにあったボロ切れを体に巻きつけます。
 ボロ布と言いましたが、物自体はかなり上質なものでした。恐らくベッドを構成していた一部でしょう。
 私にあてがわれていた部屋は盛大に崩れ、原型を留めないほどに破壊されていました。
 当然部屋に置かれていた高価であったであろう調度品などもめちゃくちゃです。
 被害総額はいくらになるんだろうかと、現実逃避気味な心配をしてしまいました。

「痛、ぅ……!」

 そんな私を、身体に走った痛みが現実に引き戻します。
 床に着いていた手のひらに、瓦礫の破片が食い込んで痛みを発していました。
 それを摘まんで抜き取ると、少し血が滲んで来ます。
 いままでならこの程度平気でしたのに、明らかに加護がなくなっていました。
 しかし、全身を確かめてみたところ、建物の崩落に巻き込まれたにしては、驚くほど怪我らしい怪我をしていません。
 もっと血が出るような傷を負ってもおかしくなかったはずですが。

(加護はなくなったのに……? 運が良かったのでしょうか……)

 そう思ったものの、運がいいだけとは思えません。
 素肌の上に瓦礫が落ちて来て触れただけで、普通は皮膚が破れて血まみれになってしまうでしょう。
 頭痛は酷いものでしたが、打ち身や擦り傷があまり見られないのが不思議です。
 じっと体を見つめてみると、ほんのりと光っているように見えました。

(加護が残っている……あるいは、何か別の魔法がかけられていた……?)

 でもバスタオルを身につけていた時には、すべての魔法を弾いてしまっていたはずです。
 イージェルドさんの協力の元、【探査】などの魔法だけではなく、【治癒】や【堅固】といった回復や防御の魔法も弾いてしまうのを確認していました。
 そうなると、バスタオルが剥がされたあとに、魔法がかけられたということになるはずです。
 それはつまり――結論を導こうとした私の耳に、鋭い声が飛び込んで来ました。

「キヨズミ嬢!」

 それは、完全武装したオルフィルドさんでした。同じく武装した兵士たちに囲まれ、険しい表情を浮かべています。
 心配して見に来てくれた、というにはあまりに表情が険しすぎました。
 激しい金属音を響かせながら、オルフィルドさんが私の側に近づいてきます。文字通りの布きれ一枚しか身につけていない私と、完全武装かつ従者も連れているオルフィルドさん。
 発される威圧感に圧倒され、蛇に睨まれた蛙の如く動けませんでした。
 オルフィルドさんは座り込んでいる私の側に膝をつくと、手甲に包まれたその手で、私のむき出しの肩を掴んできました。
 焦燥していて力加減を間違えたのか、かなり痛かったです。肩が握り潰されるかと思いました。

「一体何があったんだ!? どうして死告龍が急に暴れ出した!」

 肩を揺すられながら厳しい口調で詰問され、なんと応えるべきか迷いました。
 ヨウさんが神々の加護を持つバスタオルを私から奪い、それを察知したリューさんがヨウさんに襲いかかった、とは言えません。
 返答に窮していると、オルフィルドさんが連れてきた兵士さんたちが、そんなオルフィルドさんに向けて口を開きます。
 その声は震えており、明らかな恐怖が滲んでいます。

「オルフィルド#&’%! %$&$’%$、$#$()%……」

 言っている内容は私にはわかりませんでしたが、恐らくオルフィルドさんに逃げるように言っているのではないかと思われました。
 兵士さんはオルフィルドさんに向かって叫びつつも、その視線は上空へと向けています。目が離せないというか、目を離したら死ぬと思っているらしい、必死な様子でした。
 私がその視線を追いかけてみると、城の上空でリューさんとヨウさんが激しく戦っているところでした。
 とんでもないスピードで飛び回り、ぶつかり合っては離れ、魔法を連発し、それをブレスで迎撃したりしているようです。
 片方は人間サイズなので的確な表現ではありませんでしたが、怪獣大決戦というのが的確な表現である気がしました。
 暮れかけた夕刻の空に魔法やブレスの軌跡が妙に映えています。それが演舞や演習であったなら――さぞかし見応えのある光景でしょう。
 ですがいま上空で展開されているそれは、見世物でも何でもありません。一歩間違えば街が消し飛ぶ核弾頭同士のぶつかり合いです。綺麗だなんて悠長なことは言ってられませんでした。
 オルフィルドさんは忌々しげに上空のリューさんとヨウさんを見上げます。

「……そうだな。街に被害が出る前に、住民を避難させ――」

 オルフィルドさんが呟きかけた時、いくつかの魔法が街に向けて落下していくのが見えました。
 落ちる、と私が感じた次の瞬間、それらは別に打ち出された魔法によって打ち落とされていました。
 被害が出ずにほっとしましたが、時間の問題でしょう。
 オルフィルドさんも胸をなで下ろしていましたが、不意に顔を顰めました。

「いまのは兄上……か? それにしては妙な気が……」

「私の仕業ではないよ。驚いたことに……死告龍が約束を守っているようだ」

 オルフィルドさんの疑問に答えるように、イージェルドさんが現れました。彼もまた従者を連れていました。
 いつもと変わらぬ豪奢なローブを身につけ、複雑怪奇な装飾が施された杖を手にしています。
 また、ズキリ、と頭痛が酷くなりました。
 オルフィルドさんはイージェルドさんに向かって食ってかかります。

「死告龍が約束を守っているだと!? 城を破壊したじゃないか!」

「オルフィルド。あれが本気で城を破壊しにかかっていたら、いまごろ我らは生きておらんよ。死告龍の力を忘れたわけではないだろう?」

 リューさんのブレスは即死属性を有する広範囲攻撃です。以前の街で見せたように、街の一角を吹き飛ばすくらいの威力があります。
 本気で破壊しようとしたならば、確かにいまの破壊の規模で済むわけがありません。
 さらに即死の効果までついてくるので、私たちは生きていないでしょう。
 冷静なイージェルドさんの言葉に、オルフィルドさんも冷静さを取り戻したようです。
 イージェルドさんの視線がこちらを向きました。

「キヨズミ。二体が争い始めた経緯はだいたい察しがつく。決着がつくまで、我らと共に避難するといい。安全な場所に移動しよう」

 そういって移動を始めようとする二人とそのお付きの人たち。従者の人たちが私を囲み、立たせようとします。
 私はとっさに、二人を呼び止めていました。

「ま、待ってください! 決着がつくまで……というのは、どちらが勝つのか、イージェルドさんにはわかっているのですか?」

 恐ろしい即死効果持ちのブレスを放てるリューさん。
 対して、その即死効果を打ち消すことの出来る『神々の加護』を得たバスタオルを身につけた大妖精たるヨウさん。
 元々の力の差がどれくらいかはわかりませんが、リューさんは最大の武器を封じられたに等しい状況のはずです。普通に考えれば、リューさんが不利とみるべきでしょう。
 しかし、イージェルドさんは全く違う風に考えているようです。

「……決まっているだろう。大妖精は絶対防御の『神々の加護』を得て、攻撃に専念すれば勝てると思ったのかもしれないが、見込みが甘すぎる」

 イージェルドさんは終始淡々と、言葉を続けました。

「その程度で討伐出来るなら――人間はあれを死告龍などとは呼ばなかったよ」

 その言葉に被さるように、ひときわ大きな爆発が上空で巻き起こりました。
 全員の視線がそちらに向きます。上空で、小さな人影がふらふらと飛んでいました。
 それに対し、巨大なドラゴンは悠然とその小さな人影に近づいて。

 身体ごと回転させた鋭い尾の一撃で、人影を城の尖塔へと叩き落としました。

 ずずん、と私たちのいるところまで衝撃が伝播してきます。
 それを見たオルフィルドさんは、苦い顔を浮かべていました。

「見張りは逃げた後のようだが……壊すなよ……」

「人と違って物ならいくらでも直せるさ。さあ、早く逃げるぞ」

 それはきっと、とても正しい判断なのだと思います。
 魔物同士の争い。イージェルドさんやオルフィルドさんにとっては、傍迷惑な争いでしかないのでしょう。
 明らかに優位に立っているリューさんが、街に被害を出さないように戦っていることは明らかですから、なおさらやり過ごすのが正しい選択なのは理解できました。
 ただ、それでも。あるいは――だからこそ。

「……待ってください、イージェルドさん。お願いがあります」

 他の誰でもない私が、ここで動かなければならないと思ったのです。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第八章 おわり

 胸に巻いた布を、折り返して手を放しても落ちないように固定しました。
 身体に触れている手から、ドクンドクンと心臓が激しく高鳴っているのを感じます。
 そして、私は胸に巻いた布から手を放したのでした。

 腰に巻いたバスタオルは、爆発しませんでした。

 しばらくじっと立ったまま、様子をうかがっていましたが、やはりバスタオルが何かしら反応する様子はありません。
 そうしているうちに、じわじわと実感が沸いてきました。
 これで、バスタオル一枚という状況からは脱することが出来たのです。

(や、やりました……! 布地が被らないようにさえすればいいなら……!)

 いまは腰にバスタオルを巻いていますが、胸の方をバスタオルで隠し、下は普通の下着やスカートを履けば、より恥ずかしさは緩和されるでしょう。
 ついに私は羞恥地獄から解放されるのです。
 もちろん、色々と確かめなければならないことはあります。
 バスタオルは滅多なことでは脱げないように、不思議な力が働いていました。それはバスタオル以外に身につけた衣類にも適用されるのか。
 試しに胸に巻いた布を意識して体を捻ったり、前後に曲げたりしてみると、止めが甘かったのもあってか、あっさり布が外れてしまいました。
 露わになる胸を慌てて腕で隠しつつ、床に落ちた布を拾い、再び胸に巻き付けます。

(……さすがにバスタオル以外の服には、バスタオルに宿った不思議な加護は適用されないようですね)

 絶対防御も恐らくバスタオルだけ、と考えた方が無難でしょう。
 服を着ているからといって、下手に加護を当てにしてはならないということです。
 とはいえ、この城の中にいる以上、そう加護が必要になるような状況になるとは思えません。リューさんも落ち着いていますし、イージェルドさんやオルフィルドさんのいる城が戦地になることはそうそうないでしょう。
 こうなってみると、慎重になりすぎていた感はあります。
 もう少し早くに決断出来ていれば、オルフィルドさんとの会食はもっとまともな姿で迎えることが出来たでしょうに。

(いえ、それは言っても仕方ありませんね……)

 過ぎたことは仕方ありません。イージェルドさんやオルフィルドさんの人となりが判明する前にバスタオルの加護を失うわけにはいきませんでしたから、慎重だったのも間違いではない、はずです。
 いま考えるべき問題は、これからどうするか、です。
 イージェルドさんに「事情があってこの姿でいなければならない」という話はしてしまっています。いきなりそれを覆すようなことをすればどう思われるか。
 バスタオルは外さないまま、他の服を身につけることになるわけですから、バスタオルにその『何らかの事情がある』と喧伝するようなものです。
 どうすべきか考えを煮詰めたかったのですが、急に体が重くなり、頭がぼうっとして来てしまいました。

(っ……安心したからでしょうか……? 急に眠気が……)

 今日は朝からオルフィルドさんとたくさん話したり、たくさんの使用人に囲まれたりと、慣れない環境に身を置きすぎたせいでしょう。
 体が重く感じるほどの眠気に、思考を妨げられてしまいます。
 これではろくな考えは出せません。今は考えるのを保留することにします。
 バスタオルをパレオ方式で腰に身につけたまま、ベッドの上にごろりと寝転がりました。
 この何気ない動きだけでも、安心感が違います。いままではちょっと身じろぎするとバスタオルの裾がまくれ上がって、隠しておきたいところが露わになってしまっていました。
 いまも裾がめくれ上がってはしまいますが、そうそう大事なところまでは露わになりません。
 久しぶりの安心感に包まれながら、私はゆっくりと意識を睡魔に委ねていき――

 気づいたら、白いローブの人と、バスタオル一枚で向かい合って立っていました。

 そこは、なんとも不思議な空間でした。
 広い室内のようなのですが、塔のように天井は高く、天井が見えないほどです。
 四方を囲む壁は名高い大聖堂にあるような、厳かなステンドグラスで、柔らかな月の灯りがそれらを綺麗に輝かせています。
 どう考えても室内のはずなのに、頬に風を感じます。室内にいるのに屋外に立っているような、そんな不思議な空間でした。
 夢の中、という表現がぴったり合う場所です。
 私が驚いて周囲を見回していると、目の前の白いローブの人から、いたずらが成功した子供のような、楽しげな含み笑いが聞こえてきました。

「やあ、清澄聖羅――また遭ったな」

 その人は、私の名前を正確なイントネーションで呼びました。
 翻訳魔法が使えるイージェルドさんやオルフィルドさんでも、『キヨズミ』となんとなく違うイントネーションで呼んでいたというのに、です。
 そういえば、この人のことはまだ誰にも話していませんでした。どう聞いたらいいのかわからなかったということもありますし――何より、他に聞きたいことや優先して明らかにすべきことが多すぎました。
 けど、それはこの人のことを後回しにしていたということであり、この人に対してそれを告げるのは躊躇われます。
 なんと言うべきか迷っていると、先にその人が「ふむ」と首を捻りました。

「なんだ……その様子だと、私のことはまだ知り得ていないようだな?」

 図星を指され、返答に窮してしまいます。頷いていいのか悪いのか。いまのところ怒っているような様子はありませんが。
 さすがに気分を害するのでは、と思うと口を開くのも躊躇われました。もごもごと言葉が詰まって口を開くに開けず、沈黙してしまいます。
 するとその人は鷹揚に笑い、気にしていないことを示すように両手を広げました。

「なに、構わないとも。仮に聞いていたとして――人間どもが正確なことを伝えるとは限らないしな」

「……どういう、意味ですか?」

「そのままの意味だ。私のことは誰もが知っている。君が身を置いているルィテ王族の連中も当然知っている。だが、私に関する正確な情報を君に伝えるとは限らない。彼らは王族だからな。国にとって一番いい選択をする」

 それは、私も薄々感じていたことではありました。
 イージェルドさんもオルフィルドさんも、親切ではありましたがどこか一線を引いている感じは受けていました。彼らが知ることをすべて包み隠さず話してくれているわけではない、ということはなんとなく感じていることでした。
 とはいえ、それに関しては私とて同じことをしていましたし、何の隠し事もない方が不審であるということもあって、同じ人間としてはむしろ安心材料ですらあったのです。
 白いローブの人は、その顔を覆うフードを後ろに払い、顔を露わにしました。

「ゆえに、ここで私自ら名乗ろう。私の名はアハサ――『月夜の国』の王である」

 ぞくりとするほど、美しい人でした。
 真っ白な髪が腰まで広がり、どこからともなく吹く風にふわりと靡いています。
 その瞳はブルームーンのような青色で、月の光そのものを閉じ込めているかのようです。
 ふっくらとした唇に、長い睫といい、人の姿をしているのに人にあらざる美しさをしているといえました。ヨウさんに近いものを感じます。

(綺麗な人……って、あれ? いま、確か、王って言ってましたよね……?)

 私はその人の性別を掴みかねていました。
 ゆったりとしたローブで身体の線は見えないため、顔で判断するしかないのですが、顔だけで見るとどう見ても女の人なのです。
 ただ、声は低く、男の人と言われれば信じてしまいそうですし、逆に女の人と言われてもこういう声の女性もいるよね、と思えてしまえる感じです。
 どっちなのか聞くのは、相手の気分を害する危険もあります。
 私は悩んだ末、触れないことにしました。いずれにせよ浮き世離れした人外っぽいので気にしなければいい気がしたのです。

「ええと、アハサさん……と呼んでも構いませんか?」

 相手は王様ですから、まずはその確認です。
 幸い、アハサさんは呼び名などどうでもいいのか、頷いてくださいました。

「こうしてお話出来ているのは、アハサさんの魔法によるもの、ですか?」

「ああ、そうだ。『夢渡り』という魔法でな。魔物は夢を見ないから、人間限定とはなるが、世界中どの人間の夢の中にでも入り込むことが出来る。まあ、今回は逆で、君を私の夢の中に招いたのだが」

 なるほど、だから私が見た覚えもない光景になっているわけですね。
 もしかしてアハサさんのいる月夜の国には実際にこういう塔が建っているんでしょうか。柱も何もなく、普通なら崩壊してしまいそうですが、魔法がある世界なのですし、こんな建築物があってもおかしくありません。
 ルィテ王国は私の見た限り、地に足のついた堅実な建築物しかありませんでしたが、本来魔法のある世界なんですから、こういうのがあってもおかしくないはずです。

「どうして今日その魔法を使ったんですか?」

 この一週間、いつでもチャンスはあったはずです。
 前に夢に出てきたときの最後の言葉からすると、もしかして私が訪ねてくるのを待っていたけど、なかなか来ないから焦れて、ということでしょうか。
 私の問いに対し、アハサさんは不思議そうな顔をしました。
 そして、聞き捨てならないことを口にしたのです。

「どうして、だと? それはむしろこちらが聞きたい。加護が緩んだのはなぜだ?」

「加護が、緩む?」

「そうだ。この一週間、ずっと清澄聖羅の夢に干渉しようとしていたが、加護に弾かれて叶わなかった。今日、完全なはずの加護に隙が出来たから呼ぶことが出来たのだ。そもそも、以前清澄聖羅の夢に入れたのも、加護が緩んでいたからだぞ?」

「ちょ、ちょっと待ってください。神々の加護が緩む……なんてことがあるんですか?」

 前回のことについては、バスタオルが吹っ飛んで再生中でしたから、加護が緩みもするでしょう。
 ただ、今回はそういうことはありません。そもそも神々の加護が弱まることがあるなんていう話はイージェルドさんからはされませんでした。
 アハサさんは長い髪の毛に手櫛を通し、髪先を指で弄びながら考えているようでした。

「ふむ……清澄聖羅。君は神々の加護についてどういうものだと聞いている?」

「……稀に生まれることがある、優れたものに宿っている不思議な力だと」

 イージェルドさんは確かそう言っていたはずです。
 アハサさんはその私の答えを聞いて、なんとも奇妙な顔をしました。

「なるほど……そのニュアンスでは、意味が違うな。故意か偶然かは知らんが、その説明では不足している」

「どういう、ことですか?」

「簡単な話だ。君の認識だと、優れたモノが生まれつき持っているのが『神々の加護』という認識なのだろう?――逆だ。優れているモノにこそ、『神々の加護』が宿るのだ」

 例えば、とアハサさんはどこからともなく古ぼけた剣を取り出しました。
 それは鞘がなく、歪んだ刀身には赤錆のようなものが浮いていて、お世辞にもいい剣とはいいがたいものでした。

「これはかつて『神々の加護』を宿していた剣だ。加護を宿していた時、この剣はどうやっても折れず、曲がらず、錆びもしなかった」

「それが、どうしてそんなボロボロに……?」

「簡単な話だ。これはいまから数百年は前に作られた剣だからな。いまではこの剣より遙かに優れた剣がいくらでも打たれるようになっている。だから、加護を失った」

 つまり、とアハサさんは私にわかりやすいようにか、新しい剣を取り出しながら、古い剣と比べて見せてくださいました。

「『神々の加護』というのは、ポテンシャルじゃなくて、ボーナスなんだよ。もっと言うなら、一等賞を取ったモノに対するメダルみたいなものだ。だから実際は『神々の加護』はひとつのモノだけに与えられる加護じゃない。それこそいま私の着ているこのローブ。これにも『神々の加護』は宿っている」

 もっとも、とアハサさんは苦笑を浮かべました。

「恐らく君がこちらの世界に現れてから、その加護の力は大きく減ったがね。私は元々加護などに頼っていないから問題はないが」

「え……? ちょ、ちょっと待ってください。『神々の加護』というのは、どういう基準で優れてるとか優れてないとか決めているんですか? 剣と盾じゃどっちが優れているとか、比べられませんよね?」

「……そのことも聞いていないのか? それに関しては聞かれなかったから教えなかったのか、あるいはやはりわざとか……まあいい。清澄聖羅、君はどうしてこの加護が『神々の加護』と呼ばれているかわかるか?」

「こちらの世界では、信仰は八百万の神々に対するようなモノが主流だと聞きました。だから……ではないのですか?」

「おしいが違う。確かにこの世界ではひとつの神に対する信仰心は薄いが、それでも分野ごとに違う神が宿っているという考え方はある。『武器の神』『防具の神』『鍛冶の神』『食物の神』『衣服の神』……などだな。君たちの世界のように神ごとの名前はないが」

「つまり、『神々の加護』もそれらの分野ごとに別と考えられるわけですか?」

「その通りだ。剣ならば剣の神の加護ということになる。剣において優れているとは切れ味、耐久性、形状の美しさ、などだな。それらが総合的に見てもっとも優れてる剣に『神々の加護』が宿るわけだ」

「それは……神様が決めているのですか?」

「神に我々のような意思はないが、ある程度の傾向はある。まあ、その傾向も完全に読み切るのは難しいんだが。神が勝手と言われるのはこの世界でも変わらないのさ」

 アハサさんがやれやれ、と言わんばかりに首を横に振ります。

「特に傾向が読みづらいのは『衣服の神』だ。いまこの世界でもっとも強力な『衣服の神』の加護を受けているのは、君のそのバスタオルだ」

「……このバスタオルが?」

「ああ。加護だけの力で私の魔法を弾くなど、過去に例がない。以前からシンプルな作りの方が『衣服の加護』は得やすいのではないかと言われていたが……まさか単なる一枚の布でそのレベルの加護を成り立たせるとは、誰も予想できなかった」

「このバスタオルは機械縫製ですから、精密な縫製なのは間違いないでしょうけど……それだけでそんな過去例もないような加護を得ることになるのでしょうか?」

「十分あり得る話だ。しかし、なるほど。機械で寸分狂わぬ縫製を実現しているのか……なるほどなるほど……機械技術の発展していないこの世界の衣服が適わぬのは道理だな」

 ああ、そうでした。この世界、魔法が発達している分、機械関係の発展は後回しになっているみたいですしね。
 織機くらいはあるみたいですが、それと現代日本の最新縫製機械で作ったものを比べたら、精密さに関しては比べものにならないでしょう。
 だからとんでもない加護が宿っているというわけですか。

「……でも、とするとなぜ加護が緩んだりしたのでしょう?」

「手に持って用いる道具の加護と違って、衣服の加護にはやっかいなことがもうひとつある。それが着方だ」

 アハサさんは今度は全身鎧を自分の真横に取り出しました。中身がなければ普通は崩れてしまいそうですが、その鎧はなぜか自立しています。
 おそらくは魔法によるものなので気にしません。

「この全身鎧も鎧の加護を持っているのだが、その加護が最大限に発揮されるのは、頭からつま先まですべての装備を身につけた時のみだ。頭の部分を外していたり、手甲の部分を外していると、とたんに加護の力が弱まってしまう」

 次に胸当てだけの簡素な鎧を取り出しました。

「一方、こっちの軽鎧に関してはこれひとつ身につけるだけで最大の加護が発揮される。胸当てだけを付けて戦えば、軽鎧側が勝つだろうな。ただし、全身鎧側が完全に鎧を身につけると、加護の力も逆転して全身鎧側が圧勝するだろう」

 つまり、とアハサさんは取り出した道具をすべて消しながらまとめてくれました。

「まずモノとして優れているかどうか。そして、それを想定されている通りの形で着用することで初めて『神々の加護』は最大の効果を発揮する、というわけだ。逆に想定されていない形で使用しようとすると、加護が拒絶して何らかの不利益が起きることがある。わかりやすい例を出すなら、調理の加護を得た包丁を戦いに用いようとするとかだ」

「想定されている通りの形……? ――あっ」

 もしかしなくても、バスタオルはバスタオル一枚で身体に巻くことのみが、『想定された形』と認識されているのではないでしょうか。
 だから、バスタオルの上にズボンを履こうとしたから加護が拒絶した、と。
 ではパレオ型で爆発しなかったのはなぜなのか。

(……水着に着替える時、似たような格好になることはあります……だから、加護が弱まりはしても、爆発まではしなかった……と考えれば一応のつじつまは合います、ね)

 私はアハサさんに気になっていたことを聞いておいてしまうことにしました。

「……あの、アハサさん。加護が宿っている衣服って、他人が無理矢理脱がしたり、逆に加護を弱める目的で別の服を着せたりできちゃうんでしょうか?」

「その心配はいらない。君にわかりやすいように言うなら、装備状態の衣服はその状態で固定されるから、それを上回る力の持ち主でもない限りは脱がせられない。特に君のバスタオルが得ている加護は強力だからな。緩んでいる今ならともかく、ちゃんと加護が発揮される状態なら誰からも脱がされることはない」

 別の服を着せられた場合だが、とアハサさんは続けます。

「その場合拒絶する力は着せようとした側に行くことになる。具体的には軽く吹っ飛ばされる程度だろうが、君自身の意思で受け入れない限りは問題ないと思っていいだろう。無理矢理着せられた場合でも、君が受け入れたならまた話は違うだろうが」

「そう、ですか……」

 安心していいような、自分の意思で痴女でいろと言われてしまったような、複雑な心境でした。
 それにしても、『神々の加護』について急にいろんなことがわかってしまい、困惑してしまいます。
 イージェルドさんやオルフィルドさんはこのことを知らなかったのでしょうか。

(……いえ、そんなわけがありませんよね)

 私自身、わかっていることでしたし、最初にアハサさんも言っていた通りです。
 ふたりはルィテ王国の王族。国にとって、一番いい選択をする人たちです。
 私を騙し、真実を隠すことがルィテ王国のためになると判断したなら、そうするであろう人たちです。
 『神々の加護』のことがわかっているのであれば、当然バスタオルを奪う算段も付けるはず。加護の宿る条件や緩む条件などは私が知らない方が当然いいに決まっています。
 上手く誘導して意図的に加護を緩ませ、その隙に奪取することが出来るわけですから。

(人間の化かし合いはどんな世界でも変わらないんですね……)

 悲しいことですが、人間が人間である以上、清廉潔白な世界なんて理想郷でしかないのかもしれません。

「そうそう、清澄聖羅。いまの話を踏まえて、もう一つお節介を焼いておこうか」

 まだ何かあるのでしょうか。
 夢の中なのにずいぶんと疲れてしまったのですが。

「死告龍とは早めの決別をお薦めしておく。あれは――『神々の加護』持ちの正真正銘の化け物だ。そもそも、魔物と人間が真に心を通わせるなど、幻想でしかない」

 真剣な瞳で、アハサさんはそう告げました。
 どういう意味なのか、聞こうと口を開いたところ、急に周囲の景色がひび割れました。
 私も驚きましたが、アハサさんも驚いていました。

「『夢渡り』中に目が覚める、だと――? っ……しまった! いかん! 早く戻れ清澄聖羅!」

 そういってアハサさんが手を振るうと、激しい風が吹き荒れ、周囲の景色やアハサさんが遠ざかっていきます。
 突然の状況の変化についていけない私は、その流れに身を任せたまま何もない空間をすごい勢いで移動し――

 ベッドの上で、目を覚ましました。

 頭の中で鐘が鳴らされているような、鈍い頭痛がして顔を顰めてしまいます。
 とりあえず起き上がろうとしましたが、抵抗にあい、それが叶わないことを知りました。

 両手両足に植物の蔓が巻き付いて、私を縛り上げていたからです。

 植物の蔦は私の身体を大の字に広げていました。
 寝ている間に外れてしまったのか、胸に巻いていた布はどこかにいってしまっており、私は腰にバスタオルを巻いただけの、酷く恥ずかしい格好で磔られていたのです。

(……え? これ……え?)

 困惑する私の視界に、部屋いっぱいに広がる魔方陣が飛び込んできました。
 その魔方陣の中心にいたのは。

「ヨウ、さん……?」

 ヨウさんは目覚めた私に気づいて、ほんの少し悲しげに目を伏せましたが、その動きは止まりませんでした。
 魔方陣を凝縮させ、その右手に宿した上で。

 私が腰に巻いていたバスタオルを掴んで――それを剥ぎ取ってしまったのです。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第八章 3

 羞恥に耐えなければならないオルフィルドさんとの会食は、残念ながらそう簡単には終わりませんでした。
 ルィテ王国の食事というのは――庶民的な物はわかりませんが、少なくともお城で私が出してもらっている物は――元の世界でいうフランス料理のフルコースみたいなものです。
 前菜からメイン、デザートまでの流れがあって、食事の進行に合わせて少しずつ出されるものなのです。
 オルフィルドさんとの会食も当然その形式で出され、自然とゆっくり食べることを求められます。
 その味は非常に美味であり、元の世界でいうところの一流レストランに匹敵するのではないかと思います。
 元の世界で一流レストランに行ったことがないので想像ですが、美味しいのは間違いありません。

「キヨズミ嬢の元いた世界には王権制ではないと聞いたが、どうやって国を動かしていたんだ?」

 食事をしながら、オルフィルドさんとは様々なことについて話をしていました。
 これも相互理解の一端として、逐一応えていきます。

「正確には王権制ではなくなった、というべきですね。元は似たような制度もあったんですが、いまでは民主制と言いまして、一般庶民の間から複数のリーダーを投票で決めて、その人たちの話し合いで決めていく感じです」

 オルフィルドさんからすると民主制は奇怪な制度に思えたようで、顔を顰めていました。

「それでうまく国は回るのか?」

「……どうでしょう。複数の目がある分、致命的な間違いはしにくいとは思いますが、即応性や決断力に関しては……必ずしもうまくいっている、とは言い切れませんね」

 元の世界が抱えていた様々な問題について思い起こすと、遠い目になってしまいます。
 正直、そういうことに関してはよくわかっていないというのが本音です。

(……うーん、いまさらながらちゃんと勉強していなかったことが悔やまれます)

 ネットがある世界では、わからないことがあればその都度調べることができました。
 だから、もしネットに繋げられる端末があれば、使えそうな知識を引っ張って来て、知識チートみたいなことができたかもしれません。
 けれど、私の持つ物はバスタオルひとつ。
 手に職があるわけでもなし、そういう方面での活躍はできそうにありません。

(料理は出来なくはないですけど、普通にこの世界の料理はおいしいですし……)

 この城で暮らし始めた当初、そういう方面で何か自分だけの価値を見いだせないかと考えたことがありました。
 料理人であるヴォールドさんに無理を言って、料理をしているところを見せてもらったのですが、あの人の包丁さばきはもう完全に職人でした。
 料理が多少出来る程度の私が作ったところで、感動も何も生まないだろうことがよく理解できたものです。

(当たり前ですけど、この世界の食材を一番理解してるのは、この世界の人たちですしね……)

 下処理の仕方や調理法に至るまで、この世界の食材に合わせて腕を磨いているヴォールドさんや他の人に勝てるわけがないのです。
 不完全だったであろう伝聞だけで和食を再現してくれて、逆に感動させられてしまいましたしね。
 知識や技術で有用性を示すことは出来そうにありません。

(せめて何か独創性の高い趣味があればよかったんですが……そういうのもないですし)

 歌が上手いとか絵が上手いとか、せめてそんな特技があればよかったのですが。
 とはいえ、異世界に来て通用するような特技や趣味がある方が珍しいでしょうし、そこを嘆いていても事態は好転しないでしょう。
 気持ちを切り替え、やれることを精一杯やることに努めます。

「オルフィルドさん、この国の状況について、詳しくお聞かせ願いたいのですが……」

 まずは情報を収集することです。
 基本的な情報はイージェルドさんから聞いてはいますが、本当に基本的なことしか聞いていませんし、戦に関する情報は軍を指揮しているというオルフィルドさんからしか聞けないこともあるでしょう。
 オルフィルドさんは何から話したものかと、思案してくださいます。

「そうだな……まず、キヨズミ嬢はこの世界における人と魔族の関係について、どの程度聞いている?」

「イージェルドさんからは、強い魔族が存在する場所はその魔力の影響を受けて変質してしまい、その魔族の特徴が反映されたテリトリーとなる……いわゆる『魔界化』すると聞いています。そこでは新たな魔物が生まれ、魔界を生み出した『主』に従うようになるんですよね」

 例えばヨウさんたちがいたあの大樹海が、ヨウさんたちの力が影響している『魔界』となるようです。自身が作り出した『魔界』の中では、ヨウさんたちは通常よりも遙かに協力な力を振るえるのだとか。
 だから魔物は『魔界』を作り出そうとするし、人間はそれを防ぐ。
 端的に言ってしまえば生存競争なのです。

「そうだ。生物と魔物の関係と同じようにどちらが先かはわかっていないが、強い魔物が滑る場所は徐々に変質し、通常の空間にはあり得ない現象が起きる『魔界』と化す。『魔界』は基本的に人間が住むのに適さないため、人間は原因である『主』を倒して、その場所を通常化しなければならない」

 その『主』の中でも飛び抜けて強い魔物が『魔王』と呼ばれるようになるのです。
 魔王を超える脅威であるリューさんは魔王と呼ばれていませんが、それはリューさんが定住しないからだという話でした。
 もしリューさんが定住し始めると、それは恐ろしい『魔界』が誕生すると推測され、恐れられているのだそうです。
 私が連れて行かれたあの巣穴は何の変哲もない巣穴でしたし、たぶんあそこに定住しているわけではないのでしょう。
 いずれにせよ、『即死』属性なんていうものを持っているリューさんが生み出す『魔界』からは、その属性を持った魔物が生まれる可能性が高いらしいです。
 リューさんだけでも手がつけられないのに、恐ろしい話です。

「……いまここには死告龍さんや大妖精さんが留まっていますけど、ここが魔界化する心配はないんですか?」

「魔物の影響で魔界化すると言っても、数年は居続けない限り何の影響も出ないさ。魔力が強ければ強いほど影響が出るまでの期間も短いとは言われているが……いかに死告龍と大妖精がいるとはいえ、一週間程度で周辺の魔界化が始まっていたら、今頃世界は魔界に沈んでる」

 そもそも、とオルフィルドさんは続けてくださいました。

「小さな物ならともかく、土地や建物といった大きな物が魔界化することは滅多にない。原理は不明だが、人間が住んでいる土地や建物は魔界化しにくいらしくてな。急速に広がる大きな魔界の中に呑まれても、人間の村や町が残っているケースはよくある」

「なるほど……」

「とはいえ、気をつけておくことに越したことはない。中庭には人があまり近づけなくなっているし、もし魔界化の兆しが見えたらすぐに教えてくれ」

「わかりました。魔界化の兆しというのはどういった物になるのでしょう?」

 それがわかっていないと、報告することもできません。
 私の確認に対し、オルフィルドさんは例えば、と丁寧に教えてくださいました。

「基本的な影響としては、時間感覚や方向感覚の狂いが生じたり、動くはずのないものが動いたりなんだが……そうだな、あの場所なら、草木がおかしな成長をし始めるのが一番わかりやすい変化かもしれん」

「何の障害もないのにねじれ曲がった生育をし始めたり、咲きそうにもない場所から花が咲いたり、とかでしょうか?」

「そういうことだ。あとで中庭に植えてある草木に関する資料を部屋に届けさせておこう。通常を知らなければ異常にも気づけんだろうからな」

 的確なオルフィルドさんの采配に、私は頭の下がる思いでした。異世界があるという概念がないはずなのに、前提となる知識が異なる可能性を想定して行動してくれています。非常に頼りがいがある人でした。
 そこまで想定してくれるのに、私の羞恥心に関しては想定してくれないのかと少し思ってしまいましたが。

「さて、話が逸れてしまったが、この国の情勢についてだったか。キヨズミ嬢が心配するようなことは何もない。今朝にも言った通り、戦端が開かれかねなかった東の国は兵を退いたしな」

 そうだといいのですが。
 その気持ちが顔に出ていたのでしょう、彼は何から話したものかというように顎に手をやり、唸ります。

「そうだな……まずいまも言った東の国……マーゴシカ帝国はルィテ王国と昔からやりあっている大国だ。侵略政策をとっているから全方位に領土争いを仕掛けていて、もっとも危険な国だな。とはいえ、逆に言えば機を伺うのに長けているため、そう容易なことでは再侵攻はしてこないだろう」

「まずはこちらの状況を把握してから……と考えられるわけですね」

「ああ。まあ、それはマーゴシカ以外のところもそうだろうが。北には首都ごと回遊するログアン、南には広大な湖に浮かぶフィルカードがあるが、どちらも内向的な国家でこちらに積極的に何かしてくるとは思いにくい。西はラドリシア山脈がある不可侵の魔界だが、ドラゴンが統べる魔界だ。そこの魔物が死告龍に喧嘩を売るとは思えない」

 もしかして、長老さんのことなのでしょうか。
 あの巨体といい、広大なテリトリーを持っていてもおかしくないと

「ドラゴン同士は仲が良い、ということですか?」

「無論、個体ごとに様々ではあるし、個々の事情によっても変わるようだが、魔族は同族同士で殺し合うことはまずない。テリトリー同士が被った場合も、より力の強いものが弱いものを従えるようになることが多いようだな。死告龍の場合はその能力もあるし、よほどのことがない限りは攻撃されることはないだろう」

「……なるほど」

 長老さんのいた場所の近くにたくさんのドラゴンたちがいたのは、長老さんのテリトリーに取り込まれて恭順しているため、だったのでしょうか。
 リューさんと長老さんのやりとりの印象からすると、主従という関係ではなさそうでしたし、もしかすると親子の可能性もありますね。

「そういえば、魔界からは新たな魔物が生まれてくる、とおっしゃっていましたが、魔物はどうやって増えるんですか?」

「魔界となった場所から染み出るように発生する場合もあるし、生物が変質して魔物となる場合もあるし、魔物同士の生殖行動の結果生まれてくる場合もあるようだ。その辺は魔物によって、それも個体によることすらあって、本当に様々だからなんともいえないな……キヨズミ嬢に言うべきか迷うが、魔物の中には多種族を孕ませて種を増やす奴もいる。魔物には気をつけることだ」

 思わず、身を竦めてしまいました。
 そういえば、魔王の配下の中にミノタウロスみたいな魔物がいましたね。触手に絡め取られ、犯される寸前だった時の恐怖を思い出し、身震いしてしまいます。
 思い出したくなかったので、当たり障りのない話題に変えましたが、オルフィルドさんは何も言わずにそれに合わせてくださいました。
 その後も様々な話をオルフィルドさんとは交わしました。
 デザートも美味しくいただき、会食が終わります。

「非常に有意義な時間だった。感謝しよう」

「いえ、それはこちらがいうべきことです。おかげでだいぶこの世界について知ることが出来ました」

「国の機密に関わることでなければなんだって応えるさ」

 冗談めかしていうオルフィルドさん。
 仮に重要な機密を聞き出したところで、私にはそれを活かしてどうこうできるコネも何もないんですけどね。
 私は椅子から立ち上がり、オルフィルドさんに頭を下げます。

「少し話し疲れてしまいました。今日は部屋に戻ります。またよろしくお願いしますね」

「ああ、こちらこそよろしく頼む。翻訳魔法の開発は任せておいてくれ」

 心強いオルフィルドさんの言葉に、私は安心して任せることができました。
 なんだかんだと羞恥に堪えた甲斐があったというものです。
 私はオルフィルドさんと別れ、自分の部屋に戻りました。
 出迎えてくれたクラースさんに寝室で少し休むことを伝え、夕方になったら呼んでもらうようにしました。
 寝室でひとりになって、ベッドの上に寝転がります。

(はぁ……それにしても恥ずかしかったですね……本当に、これどうにかならないでしょうか)

 せめて、もうちょっと長ければワンピース的な感覚でいられたかもしれません。
 歩いたり座ったりする度に大事なところが見られるのではないかとひやひやしながら動かなければならないのです。
 さすがに人がいない状況でなら慣れましたが、今日のようにたくさんの人がいる中では、それぞれの視線や立ち位置などが気にかかり、いつもの倍は疲れてしまいました。

(たとえば……そう、バスタオルは腰に巻いてパレオみたいにして、上は別の布で隠したり……とかできないでしょうか)

 それができればかなり違います。
 水着でいるような感覚になるかと思いますが、バスタオル一枚よりはだいぶましです。
 前のズボンを履くのと違って、布同士が被さることもありませんし、もしかしたら上手くいくかもしれません。
 この国の最高権力者である、イージェルドさんやオルフィルドさんの人となりもわかってきましたし、ここでひとつ思い切って実験してみるのも手のひとつです。

(えーと、まず、バスタオルを腰までずり下げて……と)

 上半身はむき出しになってしまいましたが、下半身はロングスカート並に隠すことが出来ています。
 この部屋には衣装棚はないですが、一応の防寒対策なのでしょう、ストールのような布がいくつか用意されています。
 これをチューブトップのように胸に巻いて、平気だったなら完璧です。

 緊張で高鳴る心臓の鼓動を感じつつ、ゆっくりとその布を胸に巻いて行きました。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第八章 2

 私が中庭に入るや否や、リューさんが突進して来ました。
 そして私が反応できないうちに、その首を伸ばして、私を掬い上げるようにしてその鼻先に乗せてくれました。

「げっっふっっ!!!」

 女性らしからぬ潰れた声をあげてしまいました。
 何度も言いますがリューさんの体躯は巨大で、頭部だけで熊並の大きさなのです。そんなものが勢いよくぶつかってくればどうなるか。
 私は交通事故に遭ったかのような衝撃に全身を貫かれ、バスタオルの加護がなければ確実に内蔵が潰れて死んでいたところでした。

「だっ、かっ、らっ……! 加減してくださいって言ってるじゃないですか!!」

 リューさんの鼻先に掴まり、落ちないように体を支えながら、なんとか言葉を絞り出します。
 言葉の意味は通じずとも、怒られたことはわかったのでしょう。
 リューさんは弱々しく「きゅるる……」と鳴きました。
 わかってはいるのです。これでもリューさんにしてみればかなり加減したつもりの一撃だったと。
 私の言葉の意味が正確にわかるイージェルドさんに翻訳してもらい、「人間は脆いのだから、ふれ合う時には十分注意して欲しい」ことはリューさんに伝えられています。
 しかし、狩りの直後など、リューさんのテンションが上がっている時には、手加減を忘れて突っ込んで来ます。
 普通なら死んでいる衝撃を、何度受けたかわかりません。

(まったくもう……はしゃいで力加減を誤る子供じゃあるまいし……)

 私はため息を吐きつつ、もう怒っていないことを示すため、乗っかっているリューさんの鼻先を、手のひらでぽんぽんと軽くたたきました。
 足が地面に着かず、空中に浮いていた私を、リューさんがゆっくり下ろしてくれます。そして、地面に降り立った私に、今度はちゃんと手加減してすり寄ってくれました。
 いや、体格の差が圧倒的なので、十分加減されていても思わずよろけてしまうレベルなんですけどね。
 これが存在するだけで戦争を止め、世界を震撼させる魔物であるというのが信じられません。

(……ほんと、大変な存在に好かれてしまったものです)

 死告龍。敵対した者がことごとく葬り去られたことからついた呼び名。
 元々ドラゴン自体が最強種族のひとつに数えられる存在だそうですが、リューさん以外のドラゴンは国でなんとか対処可能なレベルだそうです。
 確かに強大な魔力や強靱な体躯は有しているものの、魔法を用いるこの世界の人々とて負けてはいません。練度の高い魔法騎士隊ならば、魔物が用いない魔法の道具を駆使して元々の力の差を埋めうることができるのだとか。
 できるなら敵に回したくないのは普通のドラゴンでも変わらないそうですが、犠牲を覚悟で戦えば決して対処不可能な脅威ではないのだと。
 では、なぜリューさんだけが、相手をすれば国が滅ぶとまで恐れられているのかといえば、リューさんが吐くブレスの属性に問題がありました。

(魔王が最期に言い残した『耐性持ち』……ほんと、バスタオルの加護様々です)

 ドラゴンは生まれつき決まった属性のブレスを吐くことができるそうです。
 わかりやすいところだと炎とか毒とかですね。珍しいものだと、雷のブレスだとか氷のブレスとかを吐くドラゴンもいるそうです。
 そしてリューさんの吐くそれは、『即死のブレス』というべきものでした。
 なんでそんな属性がリューさんに宿ったのかは、リューさん自身が語ろうとしないので不明ですが、とにかくその効果がえげつないものでした。

 確率で、死ぬんです。

 その身に宿す魔力の多い者――イージェルドさんがいうところの勇者や魔王であれば、その確率は大きく下がるそうですが、普通の兵士レベルではまず耐えられないようです。
 そして致命的なことに、この世界には「無効化魔法」というものが存在していないのだそうです。
 一応『耐火魔法』のようなものはあるようですが、例えば、防火服を着ていたとしてもある程度の炎に耐えられるだけで、炎を無効化できるわけではありませんよね。すこしは影響が出てしまいます。
 そして、炎相手なら、表面が焦げる程度の影響ですみますが、即死相手にちょっとの影響でも受けるというのは致命的なことらしいです。

 要はどんなに備え、どれほど確率を小さくしても、死ぬときは死ぬのだとか。

 そしてリューさんは体力や魔力が保つ限り、そのブレスを連発できるそうです。当たれば死ぬかもしれないブレスを連発できちゃうわけです。
 当然、二発、三発と繰り返せばその分相手が死ぬかもしれない確率はあがります。
 イージェルドさんにそういう話を聞いた時、私はリューさんこそ「チート」持ちの転生者なんじゃないかと疑いました。
 だってズルすぎじゃないですか。そりゃ軍隊が意味をなさないわけです。
 リューさんにあっさりやられてしまったあの魔王も、一発目で運悪く死ぬ確率を引いてしまったんでしょう。
 どのくらいの確率だったかはわかりませんが、即座に撤退しようとしたあの魔王の判断は的確といえます。下手に相手したら負けなわけですから。

(あの街で逃げていった人たちの怯えようも納得です)

 リューさんの力を知るにつれ、あれだけ人々に恐れられていた理由がわかりました。大妖精という魔物の中では上位に存在するヨウさんたちが怯えるのも無理はありません。
 森を管理するという性質上、逃げるわけにもいきませんから、リューさんは天敵以外の何者でもないわけです。
 私にバスタオルがなければ、最初の一撃で終わってましたね。
 しかし、そうなると気になってくるのは、バスタオルの加護はリューさんのブレスを無効化しているのかどうか、ということです。
 いまの状態でそうそうブレスを吐かれることはそうないと思いますが、私が平気だと判断してブレスを放ってくることがあるかもしれません。
 最初にブレスを無効化できたのは単に運がよかっただけで、次は運悪く死ぬかもしれないのです。

(神々の加護、っていうくらいですから無効化されてると嬉しいんですが……せめて、どれくらい耐性があるのか知れれば……)

 イージェルドさんの【探査】の魔法を弾いてしまうので、それもわからないのが厳しいところです。
 最高の防御力が、かえってその把握を妨げているというのは、実に皮肉でした。
 ともあれ、わからないならわからないなりに、凌いでいくしかないでしょう。
 私はリューさんが満足するまで戯れた後――弄ばれたというべきかもですか――私は城内に戻ることにしました。

「それでは、また夕方に会いにきますので……」

 すこし離れてそう言うと、リューさんは目に見えてがっかりしたような態度を取ります。肩を落とし、寂しげに「ぐるる……」と唸るのです。
 ここだけを見れば、しゅんとしている大型犬みたいで、可愛いのですが。
 私はリューさんが寄せてきた鼻先を、最後にもう一度撫で、中庭から城内へと戻ります。 振り返って見ると、リューさんはとぐろを巻いて体を休める体勢になっていました。
 一見隙だらけのように見えますが、あれで周囲の警戒は怠っていないというのだから最強種族は伊達ではありません。

(そうでなければ、奇襲や不意打ちなどが有効なのでしょうけど……ドラゴンを一撃で斃すというのも難しいみたいですし)

 まあ、いずれにしても攻撃力皆無の私には無理な話ですが。
 自分にあてがわれた部屋に向かって歩いていると、目の前の廊下の角からオルフィルドさんが歩いて来るのが見えました。
 思わず身体を硬直させてしまう私に対し、オルフィルドさんはフレンドリーに片手を挙げて挨拶して下さいます。

「やあ、キヨズミ嬢。ちょうどよかった。いまから貴女の部屋を訪れるところだったんだ」

 相変わらず眼光は鋭いですが、オルフィルドさんは和やかにそう告げます。
 しかし、私は言われたその内容に少し戸惑いました。

「何か御用でしたか?」

「なるべく多く話した方が翻訳が早くなるからな。ちょうどいい時間だったし、共に食事でもどうかと思って」

 そういえばもうそんな時間でしたか。リューさんと戯れている間に、時間が経っていたようです。
 できれば遠慮させていただきたいところです、が――私は喉元まで出かかった否定の言葉を飲み込みました。
 いくら本人がいいと言っているとはいえ、相手は会社で例えるなら副社長とか常務とかのいわばお偉いさんです。貴族社会のようですから、実際はもっと偉いでしょう。
 そんな人がわざわざ時間を割いてくれているのに断る、というのは日本の庶民感覚で生きてきた私にとって、心苦しいことでした。

「……喜んでご一緒させていただきます」

 本当はご飯の時くらいはゆっくりしたいのですが、これは自分のためになることですから。そう自分を納得させ、営業スマイルを浮かべます。
 オルフィルドさんはそんな私の笑顔をどう思ったのか、嬉しげに頷きました。

「では、案内しよう。こちらだ」

 そういって、オルフィルドさんは私があまりいかない方向へと誘導し始めました。
 流されつつ、どこに連れて行かれるのかと焦りました。

「あ、あの」

「大丈夫だ。ちゃんと承知しているとも。人払いは済ませてある」

 それなら、まあいいかと思ってしまった私は、忘れていました。
 オルフィルドさんが生粋の王族であり、その感覚はどうしても私のような庶民とずれているのだということを。
 案内されるがままたどり着いたのは、やたらと豪華で広く、ばかでかい食卓が鎮座している一室でした。
 ドラマでしか見たことのないその部屋の豪華さに圧倒されてしまいます。

「キヨズミ嬢。こちらに」

 そういって促された席に座ると、その対面にオルフィルドさんが座ります。
 さすがに声を張り上げないと会話もできなさそうな距離の誕生日席同士に座る、みたいなギャグみたいなことにはなりませんでしたが、普通の感覚で言えば十分以上に距離がありました。
 私の場合、かえってそれくらい離れてくれた方がありがたいので、すこしほっとします。
 しかしきちんと整えられた部屋、食器やフォーク・ナイフが並べられた食卓に、バスタオル一枚というのは落差が激しすぎて、恥ずかしさも倍増です。
 この一週間、自分にあてがわれた部屋で食事は取っていたので、これだけ広く豪勢な部屋での食事は、羞恥心が改めて沸き上がってきます。

「キヨズミ嬢はお酒は飲めるのか?」

 状況を意識しないようにしようと、私はオルフィルドさんの問いに答えます。

「一応、飲める年齢ではありますね。ただ、さほど強くはありませんので……嗜む程度です」

 そういえばバスタオルにとってお酒による酔いはどういう扱いになるのでしょうか。
 この一週間、バスタオルをつけたまま食べたり飲んだりしていますが、いまのところ体に異常はありません。
 もしバスタオルの加護が食事によって得られる栄養なども『外部からの影響』として弾いてしまうのであれば、とっくに影響が出ているはずですし、少なくとも栄養は問題なく取れているはずです。
 そうなると毒物はどうなのか。アルコールのように毒のようだけど毒とは言い切れないものはどうなのか。
 いろいろと試そうにも試せないものが多く、いまだ加護の全容は把握できていませんでした。

「ならば、食前酒くらいなら問題なさそうだな。我が国自慢の酒がある」

 オルフィルドさんが言いながら手を叩きます。
 嫌な予感、と私が思う暇もなく。

 続々と給仕の方々が現れました。

 男性女性、それぞれ満遍なく存在し、彼ら彼女らは一様にオルフィルドさんを見て、そして私を見て――ひと瞬き。
 非常に訓練された方々なのか、表だっては何も言わず、何も表さず、淡々と食事を並べたりお酒をついでくれたりしましたが、明らかに視線が向けられていました。
 硬直した私をどう判断したのか、オルフィルドさんは安心させるように言います。

「ああ、この者たちは昔から我が王家に仕えてくれている信頼のおける者たちだ。キヨズミ嬢のことや、ここで交わされる会話を外にだすようなことはないから安心してくれ」

(そこじゃないんです!!!)

 哀れみというべきか、好奇というべきか。
 そういった視線がこの格好でいる私に集中することが、どれほど恥ずかしいことか。
 そのことを訴えるべきかと思いましたが、裸同然の格好でいなければならないという話に持って行ったのは私自身です。
 すべてを暴露して、いっそバスタオルを手放してでも、保護してもらう形にしていれば、こんな羞恥を受けることはなかったでしょう。
 耐えるしかないのです。
 私は努めて料理に集中して、周りのことを気にしないようにしましたが、皿を下げられるとき、水を注いでもらうとき、給仕の方が接近してくるので、とても無視し切れるものではありませんでした。

「本当に酒に弱いのだな。顔が真っ赤ではないか」

 そっちじゃないです。
 ツッコミたかったですが、これは私とオルフィルドさんの感覚の違いなので無闇に指摘しても理解は難しいでしょう。
 オルフィルドさんにとって、給仕の人たちというのは空気と同じ感覚なのでしょうから。
 庶民と王族には感覚の違いがあるということを、私との会話でオルフィルドさんが早めに学んでくれることを祈りつつ、私は羞恥の中で食事を続けるのでした。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第八章 1

 オルフィルド・ルィテさんは国王であるイージェルドさんの弟さんでした。
 見覚えのある顔つきだと感じたのは、イージェルドさんのご兄弟だったからなのですね。
 いかにも賢者という雰囲気のお兄さんに比べ、オルフィルドさんはいかにも武闘派という感じです。鎧の上からでもわかるほど、鍛え上げられた体つきをしていました。
 顔つきが整っているから、余計になんというか、いかにもフィクションで良くいる眉目秀麗な青年騎士、という感じです。

「最近は地方に出ていてな。つい昨晩ここに戻ってきたのだよ」

 この一週間、一度もお会いしていなかったのはそれが理由のようです。
 私はオルフィルドさんに誘われ、城の一室で彼と向かい合ってお茶を飲んでいました。
 中庭で会ったあと、色々と話がしたいと誘われたのです。
 リューさんがいないと強いてやることがない私は、断ることが出来ませんでした。
 いまはこの部屋に私とオルフィルドさんしかいませんが、先ほどまではオルフィルドさんのおつきのメイドさんたちがいました。
 彼女たちも私のことは知らされていたらしく、大きな反応はしませんでしたが、あのなんともいえない微妙な視線には参りました。

(あの人達からしてみれば、娼婦か痴女みたいな格好をした女と、自分たちの主人がお茶しているわけですもんね……あの視線も、まあ、仕方ないですよね……)

 好きでこの格好でいるわけではないですし、事情あってのことだと彼女たちも理解してくれているとは思いますが。
 見た目の印象というのはとても大事です。
 そういう意味では、オルフィルドさんとのお茶会は改めて羞恥を煽られるものでした。
 王族のひとりであるオルフィルドさんは、全身鎧とはいかずとも、いますぐ戦闘になっても大丈夫そうな軽装鎧姿です。
 当然、その鎧には華美にならない程度の装飾が施されており、いかにも王族らしい威厳と輝きに満ちた格好といえるでしょう。
 それに対し、バスタオル一枚を身にまとっただけの私。
 並べてみるまでもなく、おかしいです。防御力がシャボン玉の膜とカーボン樹脂並の差があります。
 最近は互いに慣れてきた人たちとしか会っていなかったこともあり、オルフィルドさんの視線に感じる恥ずかしさはいつもの比ではありませんでした。
 顔に熱が集中しているのは自覚しつつ、せめて態度には出さないようにと努めて冷静にオルフィルドさんと向かい合っていました。

「そうですか、地方に……。目的は視察など、ですか?」

 王族との会話のノウハウなんてものは私にはありません。現代日本で暮らしている人で、そんなのがある人の方が珍しいでしょうけども。
 この一週間でイージェルドさんとは時々会話して相互理解を深めていましたが、それは知識や情報の伝達というのが主で、世間話をすることはあまりありませんでした。
 失礼にあたらないかと冷や冷やしながら、探り探り会話をするしかありません。
 私の問いかけに対し、オルフィルドさんは唇の端を歪めて苦笑しました。若干芝居がかった所作ですが、それが似合ってしまうのですから美形はすごいですよね。

「いや、残念ながらそう穏やかなことではなくてな――開戦に備えていた」

 開戦。平和な世界で暮らしていた私には、ドキリとする言葉でした。
 もしや、ルィテ王国というのは、そんな戦争の火種を沢山抱えているような国なのでしょうか。
 そんな話は誰からも聞かされていませんが、そんな危険な国であることをわざわざ言うことはしないでしょうし。
 青ざめた私のことをどう思ったのか、オルフィルドさんは私を安心させるように笑顔を浮かべてくれます。

「ああ、心配しなくてもいいぞ。東の国の蛮族どもが攻めてくるかも、という噂があって備えに行っていたんだけどな。その可能性はひとまず考えなくてもよくなった」

「……それは、やはり?」

「ああ、死告龍さ。あれがここで大人しくしてるって事実はとっくに知れ渡ってるからな。侵略政策をとってる東の国の奴らも、死告龍を刺激する真似は出来ないってわけだ。下手に刺激して攻撃の矛先が向いたら、国が滅びる可能性さえある」

 リューさんの存在が戦争を止めたということのようです。
 その事実に少しだけほっとします。
 いい方向にばかり働いているわけではないでしょうが、少なくとも戦争が止まったというのは、いい話のはずです。
 はずですが、一応念のため確認しておくことにしました。

「その……もし気を悪くするような質問でしたら申し訳なく思うのですが、戦争が回避されたということは、こちらの世界でも良いこと……ですよね?」

 何せ物理法則からして違う世界に来ているのですから、そういったことに対する倫理観が全く違う可能性もあるのです。
 一応、すでにこの国の法律や倫理観などはクラースさんやヴォールドさんを通して確認済みで、殺人や盗難、強姦などの犯罪行為に対する感覚はそこまで違いがないようです。
 ただ、国家戦略的な意味での、戦争や侵略に関しては必ずしも忌避されるものではないかもしれません。
 ひょっとしたら、戦争・侵略上等、弱肉強食こそ世の真理なり――みたいな価値観かもしれないのです。
 少なくともイージェルドさんは抑止力としてのリューさんを歓迎しているようでしたが、武闘派っぽいオルフィルドさんがどう考えているかは訊いておくべきでした。
 私の問いに対し、オルフィルドさんは少し唸ってから。

「むぅ……それは、少し難しい。もちろん、無辜の民の命が危険に晒されなくなったのは良いことだ。兵団を率いる俺の立場としても、手塩にかけて育てた戦士たちを失わずに済んだのだから、良いと言える」

 そこまで言って、オルフィルドさんは顔を歪めました。

「だが、東の国の驚異がなくなったわけでも、俺たちの兵団が急激に強くなったわけでもないからな。死告龍がここにいてくれる間は戦いが起きないというだけで、明日それが居なくならないという保証もない。いままでとは違い、はっきりと見えないところで火種が燻っている分、危険という見方もできるからな」

 私の質問に、オルフィルドさんは真摯に答えてくれていました。
 確かに、オルフィルドさんの立場では手放しに喜べることではないのでしょう。
 見えないところで、というのは恐らく東の国のことだけではないはずです。
 周りの国の立場であれば、リューさんが存在するルィテ王国は厄介な存在に思えているでしょう。
 イージェルドさんは国内や周辺国に対し、包み隠さず状況を説明しておくとおっしゃっており、実際に布告も出したそうですが、それを愚直に信じる人や国ばかりではないでしょうし。
 こっそりと刺客や間諜を放ったり、あわよくばリューさんを暴れさせてルィテ王国を壊滅させてやろうと考えている人もいるかもしれません。
 そういった複雑かつ不安定な状況にあると、オルフィルドさんは認識しているようです。

「キヨズミ嬢には窮屈な思いをさせるが、君が望むことを最大限叶えられるよう、我々に出来る限りの協力はしよう。俺もこう見えてもそれなりに魔法に造詣が深いから、色々と役に立てるだろう。兄上……陛下ほど多忙でもないしな」

 そう言ってオルフィルドさんは笑いました。いままでイージェルドさんしか使えていなかった特殊な翻訳魔法を使えていることからも、それは事実なのでしょう。
 しかし、王弟という身分で兵団を率いるような立場の人が多忙でないわけがありません。
 ツッコミを入れたかったのですが、さすがに躊躇われました。
 そう言った仕事より優先するほど、私たちの存在が重要ということかもしれませんし。

「……わかりました。お世話になります。よろしくお願いします」

 そういって私が頭を下げると、オルフィルドさんは満足そうに頷きました。
 朗らかな笑みを浮かべて話を続けます。

「さて……さしあたって、なのだがキヨズミ嬢の使う……ニホン語、だったか。それを普通の翻訳魔法のレベルでも訳せるようにしたいと思う。兄……じゃなくて陛下以外と不完全なコミュニケーションしか取れないのは不便だろう?」

 確かに、クラースさんやヴォールドさんに一方的に負担を強いているような現状は好ましいものではないので、もし翻訳魔法が効くのであれば、それに越したことはないのですが。

「できるのですか?」

 魔法の改良というのが、どの程度の困難を伴うものなのかわかりません。いわゆるコンピューターのプログラムの書き換えみたいな感じでできるのでしょうか。
 私の問いに対し、オルフィルドさんは自信満々に頷いてくださいました。

「人が使う言語である以上、可能でないはずはないさ。ただ、キヨズミ嬢にも協力してもらう必要があるが」

 オルフィルドさん曰く。
 通常の翻訳魔法というのは、私たちの世界でいうところの、翻訳機を使っているようなものだというのです。
 つまり、元々登録されていない言語は訳せない代わりに、登録しさえすれば訳せるようになるのだそうです。
 一方、ドラゴンの長老さんやイージェルドさんたちが使う翻訳魔法は厳密には翻訳魔法とは違い、世界を解析して部分的に真理と接続しているのだとか。
 どういうことなのか全くわかりませんが、とにかく普通に魔力を込めて呪文を唱えるだけで発動する魔法とは、根本的に違うものだそうなのです。

「真の魔法と呼ぶべきものだからな。素養がないものには使えない。……とはいえ、言語の翻訳くらいならばそれほど難しいものではない。大抵の国の王なら使えるはずだ」

 王なら使える、というところに少し引っかかるものを感じましたが、それだけ血筋が重要ということなのでしょう。

「話が逸れたな。それで、キヨズミ嬢に協力してもらいたい内容なのだが……簡単な話だ。俺と日常的に会って会話をして欲しい」

「……え?」

「多く話せば、それだけ言葉に対する理解が深まるからな。なに、ニホン語というのはそれほど複雑な言語ではなさそうだし、一週間も話せば問題ないだろう」

 さらりと言ってますが、一週間で未知の言語を訳せる翻訳アプリを作る、といっているようなものです。
 やっぱりこの世界の人たち、頭の良さの平均値が元の世界を軽く上回ってますよね。
 私の会っている人が特殊なのかもしれませんが、少なくとも私よりずっと優秀なのは間違いありません。
 こうなってくると、うまいこと丸め込まれかねないわけで、内心危機感が募ります。
 いえ、それを気にするよりも、いまは。

「……毎日、ですか」

 オルフィルドさんと会って話す。
 普通ならば躊躇するような内容ではありません。多くの人と円滑にコミュニケーションが取れるようにしてもらえるのは歓迎すべきことです。
 もしかするとこの先、私と同じように転移してくる人がいるとして、日本語対応している翻訳魔法が広まっていたら、その人が救われるかもしれないわけですし。
 拒否するような内容ではなく、拒否すべきことでもないのは、そうなのです。
 頭では理解しているのですが。

(この格好が……この格好でなければ……!)

 バスタオル一枚の格好で、男性と長時間一緒にいる。
 想像するだけで恥ずかしくて死にそうです。
 ヴォールドさんとは毎日のように顔を合わせていますが、ご飯時の短い時間ですし、ご飯に集中していればさほど気にせずにすみました。
 挨拶以外の言葉を交わさない日も普通にありましたしね。
 しかし、オルフィルドさんとは話すことが目的で会わなければならず、それはつまり彼の視線にずっと体をさらし続けることになります。
 本音を言えば避けたいことです。ですが、私のための提案である以上、断ることなどできるはずもないのです。

「よ、よろしくお願いします……」

 結局、私はそう言うしかありませんでした。
 私の内心を知らないオルフィルドさんは、嬉しそうに頷きました。

「ああ、任せておいてくれ。キヨズミ嬢。俺が貴女の力になろう」

 力強く言われ、思わずどきりとしてしまいます。
 オルフィルドさんは仕事のつもりでしょうし、リューさんのことがあるから、私に対しても気を遣ってくれているというのは自覚して置かなければなりません。
 そこを勘違いして、自分が特別な存在だなんて思ってはいけないのです。
 それでもオルフィルドさんのような顔立ちの整った美青年に、そんな台詞を言われると反射的に嬉しく思ってしまうのは女の宿命でしょうか。
 猛禽類のように鋭いと感じた眼光も、人となりを知れば真剣でまっすぐな目の光のように感じるのですから、人の認識とは揺らぐものです。
 オルフィルドさんに見つめられ、緊張がピークに達しようかという時、不意に彼の視線が遠くに泳ぎました。

「……戻って来たか」

 オルフィルドさんの呟きをかき消すように、中庭の方向から激しい風の音が聞こえて来て、軽く地響きが轟きました。
 リューさんが戻ってきたようです。
 見つめ合って恥ずかしくなっていた私は、思わずそれを機に立ち上がっていました。

「オルフィルドさん、すみません。リュー……死告龍さんが帰ってきたようなので、ちょっと行ってきます」

「ああ、すまないが頼む。キヨズミ嬢のようにか弱い女性に頼むことではないが……あれの気が変わったら国が滅ぶからな」

 苦々しい顔でオルフィルドさんはそう言ってくださいました。
 けれど、そのリューさんがいなければオルフィルドさんが私に気を遣ってくれることもないのでしょうし、ままならないものです。

「……それでは、失礼します」

 私はなんともいえない思いでオルフィルドさんに頭を下げ、部屋を出て中庭へと急ぎました。
 せめてこの国にこれ以上の迷惑をかけないように、リューさんの機嫌を取るのが、いまの私にできる精一杯のことなのですから。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第七章 おわり

 目覚めると、そこはふかふかのベッドの上でした。
 ただ、掛け布団はかけておらず、バスタオル一枚の格好でベッドの上に横になっていました。
 服と布団は違うのですから、身体に被せても恐らく大丈夫だろうと思ってはいましたが、試す気にはなれなかったのです。
 幸い、バスタオルの力のおかげで、寒いとか暑いとかは感じませんし。

「ふわぁ……」

 私はあくびをしながら、身体を伸ばして眠気を払います。
 このルィテ王国に身を寄せて早一週間。
 これまでの困難が嘘のように、安定した生活を送っていました。
 寝相で開けてしまっていたバスタオルの裾を直し、ベッドの端に腰かけます。そこはとても豪華な部屋でした。
 一般庶民の私には恐れ多い、いかにも高価そうな調度品がセンス良く飾られており、ルィテ王国の財力が伺いしれます。そもそも、私が寝ていたベッドからして、天蓋付きな上、私程度なら3,4人は並んで寝れそうな巨大なものですし。
 恐らくは国賓レベルの人を泊める客間なのだと思われます。私が使っていていいのかと最初の数日はびくびくしていましたが、いまは少し慣れました。

(ええと……まずは……と……)

 私はベッドの横に置かれている、いわゆるサイドボードのような小机の上にあるベルを手に取り、チリンチリンと鳴らしました。
 すると、隣の部屋に続くドアが外からノックされます。

「どうぞ、入ってください」

 入室の許可を出すと、ドアが開いて一人の女性が入室してきました。
 彼女はイージェルドさんが付けてくれた侍女さんで、名前をクラースさんと言います。
 燃えるような赤毛と透き通ったオレンジ色の瞳をしている方で、とても美しい方でした。
 年齢的には私と同じか、少し年上だと思われますが、顔つき自体が日本人とは違うので、もしかすると年下の可能性もあります。

「クラースさん、おはようございます」

 私が笑顔を浮かべて挨拶すると、クラースさんは仰々しく一礼してくださいます。

「オハヨウ、ゴザイマス。キヨズミサマ」

 そして、クラースさんは拙い日本語で挨拶してくれました。
 この一週間、相互理解を深めようとした成果です。
 ただ、逆に私の方はほとんどこちらの世界の言葉を話せるようになっていませんでした。
 努力はしているのですが、こちらの世界の言葉はあまりにも発声が難しいのです。
 何で単語レベルでさえ、文脈が違うと発音が変わるのでしょう。それもそれがまた微妙なレベルの発音の違いで、日本語で育った私の耳では聞き取ることすら難しいのです。
 日本語でいうと、ひらがなとカタカナの表記レベルの発音の違いを、一音節ごとに要求される、といえばどれほど難しいかおわかりいただけるでしょうか。
 なので優秀なクラースさんに甘え、会話は主に日本語で交わしています。

「水をお願いします」

「ワカル、マス」

 向こうはまだ完全ではないにせよ、ちゃんと聞き取れているようですし、発音することだって出来るのです。
 ここまで差があると、純粋に頭の良さが違う可能性もありますね。
 身分制度とか色々あるのかもしれませんが、それほどに賢い彼女が侍女でいるあたり、この世界での基準は恐ろしいことになってそうですが。
 私はクラースさんが容器に出してくれた水で顔を洗います。この世界では魔法が生活に活用されており、朝に顔を洗うのも本来は自分で魔法を用いて済ませてしまうそうです。
 もちろん私には魔法なんて使えない上、人の魔法も弾いてしまいますから、毎朝クラースさんに水を出してもらって顔を洗っていました。

「ふぅ……ありがとうございます」

 冷たい水で顔を洗ったらスッキリして目がパッチリと冴えました。用意されたタオルのような布で水気を拭き取ります。
 自分の体に巻いているバスタオルの方が肌触りなど優れているのですが、同性とはいえ人前で裾を持ち上げて顔を拭く気にはなれません。
 クラースさんは穏やかに微笑むと、魔法を使って飛び散った水も含めてすべて綺麗に片付けてしまいます。本当に魔法は便利ですね。
 実際、本当の上流階級の人は水で洗うなんて悠長なことはせず、魔法で直接身体を綺麗に保つそうなのです。
 さすがに一般庶民で毎回魔法を使う者はいないそうですが、周期的に魔法を使って清潔さを保つことはしているらしく、見た目の文化水準より遥かに清潔な世界でした。
 下手したら元の世界より清潔かもしれません。

(魔力を浴びすぎることによる『魔力中毒』のように、この世界特有の病気はあるみたいですが……私の知る疫病などはほとんどないってすごいですよね……)

 私はクラースさんに髪の毛を梳かしてもらい、身支度を調えながら思考に没頭します。
 本当は自分でやれるのですが、こういったことはクラースさんの仕事らしいので任せる方が無難だという判断です。服装が弄れない分、侍女としての仕事がただでさえ少なくてクラースさん的には困るのだとか。
 仕事が少なくて困るというのも、就業意識がすごいというべきなのかどうなのか悩むところです。
 さておき、一週間の間にこの世界に関する様々な知識を教えてもらいました。

 この世界には魔法があり、それから生まれた魔族がいます。

 最初に魔力を持たない生物がいて、それが魔力を得て魔族になったのか。
 最初から魔力を持つ者として魔族が生まれ、それが魔力を失って普通の生物になったのか。
 その起源はハッキリしていないという話でした。
 そう、なんとこの世界には異世界によくいる、創造神何某様とか、光の神・闇の神何々様などの「世界を創った意思を持った神様」が、少なくとも一般には認識されていないというのです。

(私の転移が意図的なものだとしたら、一番怪しいのはそういう神様なんですけどね……当てが外れました)

 ただ、宗教が全くないわけではないそうです。
 この世界の信仰はどちらかというと一神教のそれではなく、日本の八百万信仰に近いものらしいです。
 万物に宿る魔力そのものが私の感覚で言う神様に近く、それに対する感謝や畏敬の念を向けることが多いとか。
 そして、ごく稀に通常よりも強度や耐久力の優れた者や物が生まれることがあり、それが『神々の加護持ち』と呼ばれる存在らしいです。

(『神々の加護持ち』……夢に出てきた白いローブの人が言っていたのはたぶんこれのことですよね……)

 元の世界では何の効果も無かったバスタオルが、その加護を得たという認識で間違いないでしょう。
 あらゆる【探査】魔法や【鑑定】魔法を弾いてしまったので確証はありませんが、この国最高の魔術師であるイージェルドさん曰く、「そうでなければ説明が付かない……というかそうでなかったら私の立つ瀬が無いよ」とのことでした。
 いまのところ、イージェルドさんは私自身がそういう『神々の加護』を持っていると思ってくれているようですが、一度もバスタオルを手放していない以上、たぶん怪しんではいます。
 私自身ではなく持ち物であるバスタオルに、死告龍と呼ばれるリューさんのブレスをも防ぐ加護が宿っていると知られたらどうなるか。
 私だったら、バスタオルを奪うことを検討します。

(色んなこと知ることはできましたが……同時に問題も出てきてしまいましたね……)

 私は溜息を吐きます。
 クラースさんが私の髪に花飾りを付けながら、不思議そうに首を傾げました。溜息を吐いたのを聞かれていたようです。

「すみません。なんでもないです」

 鏡を見て、綺麗に髪が整えられているのを確認します。
 バスタオル一枚で髪だけセットするのも妙なのですが、せめてそれくらいはと思う女心というものが、私にもあるのです。
 クラースさんに御礼を言って、鏡台の前から立ち上がり、先ほどクラースさんが入ってきたのとはまた別の扉に向かいます。
 先んじて動いたクラースさんが扉を開けてくれました。
 扉の先の部屋はいわば居間であり、普段大抵の時間をこの部屋で過ごしています。
 そこもまた豪華な調度品で固められた部屋で、中央のテーブルの上に今日の朝ご飯がすでに用意されていました。

「おはようございます。キヨズミ様」

 テーブルの脇に立って挨拶してくれたのは、ヴォールドさんでした。
 翻訳魔法を使っているわけではなく、日本語での挨拶を覚えてくれたのです。
 流暢な日本語での挨拶に、私は郷愁をくすぐられてしまいます。

「おはようございます。ヴォールドさん」

 リューさんによって連れて来られた森の中で料理を用意してくれたことでわかっていましたが、ヴォールドさんはこの国でも指折りの料理人でした。
 あの時は就寝していた時間だったために私服を着ていたらしく、いまのヴォールドさんはちゃんと一目で料理人とわかる服装でした。

「今日は、キヨズミ様から聞いた、『ワショク』作り、ました」

 ヴォールドさんは日本語でそう教えてくれました。さすがにフレーズとして決まり切った挨拶と違って、拙い感じでしたが十分会話として成り立っています。
 そんなヴォールドさんの言葉に驚いてテーブルの上を見ると、確かに、焼き魚にご飯のような穀物、さらには海藻らしき具が浮かんだお味噌汁のようなもの、と和食に見える食事が並んでいます。
 ダメ元で元の世界で食べていた食事を教えてみたのですが、まさかここまで再現してくれるとは思っていませんでした。

「ありがとうございます……! さっそくいただいてもいいですかっ」

 ヴォールドさんはいかにも気難しげな職人の顔を、穏やかに緩めて頷いてくれました。
 早速席に着いて食べてみました。
 さすがに完全な再現とは行きませんでしたが、かなり似た味です。
 さすがにお味噌そのものがないだけに、お味噌汁だけは似通っている、程度の物でしたが、十分美味しくいただけるレベルでした。
 食べながら教えてもらったところによると、穀物に関しては米の特徴と似た穀物を食べている地方があるらしく、そこから取り寄せたそうです。
 そこまでしてもらっていることに感謝しつつ、私は久しぶりの和食テイストの料理を堪能しました。
 一息ついて、気合いを入れ直します。

「……さて、それでは今日も行ってきます」

 いまの私に出来る、この国に対する最大の貢献。
 それは、リューさんの機嫌を取ることでした。
 リューさんが気に掛けている私を遇することで、この国はリューさんの脅威にさらされることがなくなっています。
 それはとても大きなことであるらしく、イージェルドさんからは「何でも要求してくれて構わないけど、死告龍殿の機嫌だけは絶対に損ねないでくれよ」と言われています。
 城内で暴れでもされたら大変ですから、私もそれは重々承知しているつもりです。

(実際、いまの私に出来るといえばそれくらいしかありませんし……がんばりましょう)

 クラースさんとヴォールドさんと別れ、城の中庭へと向かいます。本当はひとりで動きたくないのですが、クラースさんはリューさんを非常に恐れているので、連れていくわけにはいかないのです。
 リューさんとは朝と夕方に会うことにしていました。そのことにリューさんは不満そうでしたが、私と直接会話をするためと思って我慢してくれています。
 私自身、リューさんの機嫌を損ねたくはないので、会ったときには精一杯スキンシップを取るようにしています。
 イージェルドさんが中庭に人を近付けないようにしてくれているので、助かっていました。

(いつものことながら、リューさんは遠慮がないですからね……)

 またあられもない姿を晒すことになるのかと思うと、中庭に向かう足も鈍ってしまいます。
 とはいえ、私の仕事といえばそれくらいしかないのもあるので、しっかり役目は果たすつもりです。
 中庭が見えてきました。相変わらず綺麗な中庭でしたが、少し荒れてきているように感じました。
 リューさんがいるために庭師の方が入れないためでしょう。
 いくら危害は加えられないと言っても、恐ろしいものは恐ろしいのですから仕方ありません。

(イージェルドさんも無理に命令する気は無いみたいですしね……妥当ですけど)

 リューさんは気にしないでしょうし、そのリューさんがいる限り中庭に人が立ち入ることはまずありません。
 ならば、無理に整備させる理由もないのですから。
 とはいえ、あまりに荒れ果ててしまうのは悲しいですし、長い間お世話になることになれば、その時はなんらかの対策を取る必要はあるでしょう。
 そんなことを思いながら、静かな中庭に足を踏み入れます。
 人気がなく、静かなのはいつものことですが、それにしても静かすぎることに気付きました。

(あれ……? もしかして、リューさんがいない……?)

 リューさんも食事をとる必要があります。
 ただ、リューさんが満足できる食事を国が用意するのは難しいため、リューさんは食事時になると自分で狩りに出かけることになっていました。
 普段リューさんが食べている獲物は、人族にとっては国の存亡をかけて戦うレベルの魔物らしいです。
 人にも魔物にも畏れられる死告龍というのは伊達ではないのでした。

(もし本気でリューさんが暴れたら……そりゃあ、私がする程度の要求くらい、いくらでも飲むわけですよ)

 私の責任は重大なものなのです。
 ともかく、リューさんが狩りに出かける周期は人間と違って不定期なのですが、タイミング悪くそこ時間に当たってしまったようでした。

(仕方ありません……リューさんが帰ってきたら、教えてもらうように頼んで、またきましょう)

 そう思った私が、踵を返した時でした。
 中庭の入り口、城側の廊下にひとりの青年が立っていることに気づきます。
 その青年はどこかで見たような顔つきで、爽やかな笑顔を浮かべていました。
 格好はいかにもな騎士のようで、兜こそ被っていませんでしたが、腰には装飾の凝った白銀の鞘に収められた剣を提げています。
 思いがけない遭遇に身を硬くする私に対し、その人は悠然とした態度でした。まるでこの場にいることが自然なように、堂々としています。

「やあ、初めましてキヨズミ嬢。お会いできて光栄だ」

 翻訳魔法を使っているらしい流暢な日本語で彼は優雅に挨拶してきました。

「俺はオルフィルド・ルィテという。仲良くしてくれれば嬉しいね」

 言葉や態度はとても紳士的な彼でしたが、その目は。
 獲物を狙う猛禽類のように鋭かったのです。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第七章 3

 すべてを曝け出し、ことの判断をイージェルドさんに委ねてしまうのもひとつの選択ではありました。
 これからのことを考えると、イージェルドさんにお願いすることは多くなるでしょうし、そんな人に対して隠し事をしながら接するというのは、不義理であるとも言えます。
 非常事態にも関わらず、そんな風に考えてしまう自分は頭が固いと自分でも思います。昔からの友人にも「聖羅はクソ真面目だからなぁ」とよく言われたものです。
 もっと上手く立ち回ろうと思えば出来るはず、いえ、出来たはずなのです。
 でも、そう考えてしまうのですから、こればかりは性分というしかありません。

(とはいえ……今回ばかりは、命に関わってきますからね……)

 命運を託すのと命を投げ出すのは違います。
 いまのところイージェルドさんは私のことを丁重にもてなしてくれていますが、リューさんがいなければこうはならなかったでしょう。
 何の後ろ盾もなければ「異世界から来たなどと与太話を吐く気の狂った女」と判断されてもおかしくないのですから。

(このバスタオルのことを喋るのはあまりに危険です……)

 リューさんが私を気に掛けているのには、何らかの理由があるのはわかりました。
 ただ、恐らくその理由は、私が異世界に来たこととは無関係だと考えています。
 仮に私が何らかの使命があってこの世界に呼ばれたとすると、リューさんはその私を保護する使命を受けているということになります。
 しかし、リューさんは出会い頭に私を巻き込んでブレスを浴びせて来ました。
 もし保護が目的なら、ブレスに巻き込んで来たりはしないはずです。
 無論、リューさんの力では死なないようになっている、という可能性もありますが、それにしてもリューさんは保護役に適していないことが多すぎます。

(第一、もしそうだとしたらリューさんの声が聞こえないのはおかしいです)

 使命を受けてそれを保護しに来たのなら、意思疎通できないのはおかしいです。
 そもそも、本当にそんな存在がいたとしたら、私はここまで苦労しなくても済んでいるはずなのです。
 試練、ということであえて苦労させているという可能性もないではないですが。そうだとしてもあまりにお粗末なのでそうではないと考えます。
 なので、リューさんが私を気に掛けてくださっているのは『魔王さえも斃すブレスに耐えることができたからである』という可能性が高いです。
 私自身になんの能力もないとすると、バスタオルこそがその原因です。
 これを手放すことになるかもしれない状況は避けなければなりません。

(でも、私の世界の風習を誤解されるのは避けるべきですよね……)

 私が元いた世界が文化基準の低い蛮族の世界だなんて思われては、今後私と同じように迷い込んでくるかもしれない人たちに迷惑がかかります。
 今後そういう人が出るかどうかもわからない以上、考えすぎかもしれませんが、下手な情報を伝えてしまうのは避けたいと思いました。
 それに、私は嘘が苦手なのです。
 極力、明確な嘘は吐かずにおくに越したことはありません。
 イージェルドさんの目を見て、ハッキリと告げます。

「……この格好は一般的、ではありません。大変申し訳ありませんが、説明できない事情があって、私はこの格好でいなければなりません。お優しいお気遣いには感謝いたしますが、出来れば触れずにいてくださると助かります」

 リューさんの事情に続いて、イージェルドさんには言わないことばかりで申し訳ないと思います。
 逆の立場であったならば、さぞかし不愉快なことでしょう。超級の爆弾を持ち込んでおきながら、秘密を多く抱えられるというのは。
 イージェルドさんは難しい顔をしていましたが、理由を問わないことを決めてくれたようでした。

「触れるなというならば触れずにおくとしよう。無用な詮索はしたくないしね。ただ――キヨズミの行動を制限する気はないが、なるべく目立たぬように行動してもらえると助かるよ。君に手を出すような愚か者はいないとは思うが……その格好は、少々刺激的すぎるからね」

 イージェルドさんは明言しませんでしたが、やはり彼らの基準でもこの格好は相当破廉恥な格好なようです。
 ヴォールドさんの反応などからわかってはいましたが、改めて意識させられると恥ずかしくて死にたくなります。
 なるべく平静を装いましたが、頬に熱が集中してくるのを自覚してしまいました。

「それは、もちろん。私としても……目立ちたくありませんし」

 やはり全てを正直に話して、イージェルドさんの厚意にすがるべきだったでしょうか。
 恥ずかしさのあまり、弱気になってそう思ってしまいます。
 ああいってしまったことで、この格好で居続けなければならなくなってしまいました。
 うら若き――と自分でいうのはどうかと思いますが、恥じらいを完全に捨てることは出来ない私にとって、かなり厳しい状況です。
 人間いつかは慣れる、などと思っていましたが、とんでもなく甘い考えでした。

「それでは……改めて。キヨズミには部屋を用意しよう。口の硬い、弁えた侍女をつけるから、必要なことはその侍女に何でも申しつけてくれて構わない。死告龍殿には中庭を利用してもらうとして……」

 イージェルドさんの視線が、ちらりとヨウさんを見ました。
 そういえばヨウさんのことには、まだお互い触れていませんでしたね。
 妖精か精霊だろうという予想はしていましたが、これでハッキリします。
 リューさんに連れられて行った先の森で出会い、行動を共にしていることを伝えると、イージェルドさんは得心のいった顔になりました。

「なるほど……大妖精がなぜ森を離れて行動しているのか不思議だったが、そういうことか。ああ、大妖精という存在はだね、森の管理者であり、支配者なのだよ。生じた森の中から出るという話はあまり聞かないが、前例がないわけでもない。森に危害を加えなければ温厚で、比較的話も通じる魔物だね」

「彼女がその森を離れてついてきてくれている理由については、何かおっしゃっていますか?」

 イージェルドさんがヨウさんに向けて何かを言い、ヨウさんがそれに応えていました。

「どうやら、君が死告龍殿を止め、森が守られたことに対する恩返しのようだね」

 最初にリューさんの前に立ち塞がったことでしょうか。
 確かにあの時、リューさんを放っておいたら、ヨウさんたちごと森をなぎ払っていてもおかしくなかったかもしれません。
 咄嗟の行動でしたが、それが良かったようです。
 それに対する恩義だけでは、ヨウさんの献身は釣り合っていないように感じますが、ヨウさん自身が納得しているのならそれで良いのでしょう。
 私が精神的にとても助かっているのは事実なのですから。

「大妖精に関しては、自由に行動してくれて構わないと伝えておこう。小妖精はどこにでもいるし、いまは死告龍殿に怯えていなくなってしまったが、本来はこの中庭にもいるくらいだしね」

 その小妖精たちに恨まれていなければ良いのですけど。
 いまは気にしても仕方ありません。

「ひとまずはこんなところかな。こちらからはキヨズミの衣食住……服は含まないことになるが、それらの提供と、キヨズミと死告龍どのの交流が出来るように協力しよう」

「はい。よろしくお願いします。……こちらは死告龍さんにこの国に危害を加えないようにしていただくのと、私はなるべく目立たないように行動する、ということで。細々と必要なことは侍女さんを通じてお願いすればいいですか?」

「ああ、それで構わない。友好的な関係を築ければ幸いだ」

 イージェルドさんが立ち上がり、手を差し出して来ました。
 こちらの世界でも握手は友好の証のようですね。
 私も立ち上がり、イージェルドさんの手を握りました。

「こちらこそです。イージェルドさん」

 イージェルドさんの手は男の人らしく大きく、想像以上にがっしりしたものでした。
 自分の格好も相成って、人の存在をより強く意識してしまい、鼓動が早くなりました。
 手を離した後、イージェルドさんはひとつの提案をしてきました。

「ところで……こちらからひとつ試させて欲しいことがあるのだが。君にとっても悪いことではないはずだ」

「なんでしょうか?」

「魔法で君を調べさせて欲しい。【探査】というもので、魔力量や体質などを把握することの出来るものだ。異世界から来たということが明らかに出来るかも知れない」

 つまりはステータスを調べる魔法ということでしょうか。少し悩みます。
 それが私が異世界から来たという証拠になるのであれば、それに越したことはないでしょう。
 私自身が希少な存在ということになれば、見識のある人は私を乱雑に扱おうという気はなくなるでしょうから。
 しかし、それが平凡極まりないものだった場合はどうでしょう。不利な情報になるかもしれません。

(いえ……リューさんに大人しくしてもらえている、という事実は変わりませんし、自分自身のステータスがどういうものかわからないままであるより、ここで把握しておいた方がいいでしょう)

「わかりました。お願いします」

「では気を楽にしてくれ。すぐに済む」

 そういって、イージェルドさんが杖を私に向けます。
 恐らくは呪文を呟いたのか、イージェルドさんの口が動き――杖が光り始めます。
 その際、私には不思議と呪文の内容が聞こえませんでした。

(あれ? 聞き逃した……わけないですよね)

 不思議に思っていると、イージェルドさんの杖から出た光が、私の身体を照らし、そして硝子が砕け散るような音が響きました。
 驚いたのは私だけではなく、イージェルドさんもでした。
 少し困ったように、私を見ています。

「……キヨズミ。魔法に抵抗されると調べられないのだけどね?」

 硝子が割れるような音は、魔法が破られる際の音と考えていいようです。
 抵抗するつもりはなかったのですが、自然と抵抗してしまったということでしょう。
 しかし、そう言われても私の意思で抵抗しているわけではないので、どうしようもないのです。たぶん魔法を拒絶したのって、バスタオルの力でしょうし。
 バスタオルを脱いだら調べてもらえるのではないかと思うのですが、そんなことが出来るわけがありません。
 一瞬、イージェルドさんやヴォールドさんの前で裸になっている自分を想像してしまい、一気に頬が赤くなってしまいました。顔を俯けて慌てて誤魔化します。

「す、すみません……抵抗するしないの切り替えが良くわからなくて……」

「……ふむ。普通は抵抗する方が難しいのだけどね。まあ、仕方あるまい」

 そう言ってイージェルドさんは退いてくれました。
 明らかに不審がられているような気はしましたが、どうしようもないのでそのまま流れに任せます。
 イージェルドさんはローブを翻して、少し私から離れました。

「それでは私はそろそろ失礼するよ。死告龍殿の存在やキヨズミとの交渉の結果について、皆に報告しなければならないからね。すぐに部屋を用意させるから、しばらくそこで休んでいてくれるかい?」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「改めて、死告龍殿がこの国に――ルィテ王国に危害を加えないようにしてくれる限り、キヨズミ、君を歓迎しよう。良き関係を築けるように祈っているよ」

 そう言ってイージェルドさんはヴォールドさんを伴って去って行きました。
 それを見送った後、私はイージェルドさんが言い残した言葉を反復します。
 彼は確かに言いました。
 この国の名前は――ルィテ王国であると。

(ルィテ……ああ、なるほど。そういうことですか)

 彼の名前は、イージェルド・ルィテ。
 最初に筆頭魔術師と名乗っていましたが――同時に彼は王族のひとり、あるいは彼こそがこの国の王、なのかもしれません。
 そんな彼が直々に出てきたのは、死告龍と呼ばれるほどの存在であるリューさん関連だったからでしょう。
 最大限の敬意を持って遇した、ということなのでしょうね。

(私、この世界に来てからとんでもない存在とばっかり会ってますね……)

 元の世界では小さな会社の社長と会うこともなかったのに。
 あとから知れて良かったと思うべきでしょう。
 イージェルドさん……陛下とか言った方がいいんでしょうか。
 ただでさえ、この格好での気疲れが酷いのに、王様との謁見とか神経がすごい勢いですり減りそうです。
 私は再度椅子に座り、盛大に溜息を吐いて机に突っ伏しました。

(はぁ……早く元の世界に帰りたいです……)

 もう何度この言葉を口にしたことか。
 リューさんやヨウさんがこちらを窺っているような感じはしましたが、反応する気力もなかった私は、しばらく立派な城の中庭で蹲っていました。

つづく

バスタオル一枚で異世界転移 第七章 2

「さて……まずは改めて名乗っておこうかね。私の名はイージェルド・ルィテ。この国の筆頭魔術師だ」

 見た目の印象通り、イージェルドさんが魔法使いであることは間違いないようです。
 私はイージェルドさんに頭を下げました。

「ご丁寧にありがとうございます。私は清澄聖羅と申します……えーと、清澄は性……家族名でして、私個人を指すのが聖羅となるのですが……イージェルド・ルィテさんのお名前にもそういった区別はありますか?」

 私の質問に対し、イージェルドさんは少し目を細めました。

「……ふむ。異世界から来た、だったね。質問に質問を返すようで申し訳ないが、君はどうしてこの世界が自分の住んでいた世界と違うと判断したのかね?」

 どうやら、イージェルドさんは私が異世界から来たということが信じられないようです。
 巨大な扉が消えるという、元の世界の物理法則ではありえないことが起きたことと、ゴブリンやらドラゴンやら魔法やらが存在していることが理由なのですが、それで納得してくれれば良いのですが。

「私の住んでいた世界では、ドラゴンも魔法も存在しないんです。だから、法則すら異なるまったく違う世界に来たと考えました」

「単に君が知らなかったという可能性はないのかね? 君を無知と蔑む気はないが、例えば何らかの閉塞された環境で暮らしていれば、そういったものを知らずに育つ可能性もあると思うが」

 むぅ、そこから疑われているのですね。
 しかし言われてみればこの人の疑問ももっともです。
 私が携帯みたいな明らかにこの世界と文化レベルの違うものを持っていれば、話は違ったのかもしれません。
 ですが、私が持っている向こうの世界の物は、丁寧な縫製が有名で肌触りが好みだから愛用しているこのバスタオルのみ。
 これを見せて文化が違うでしょうと言われても納得はできないでしょうし、そもそも下手にこのバスタオルに注目されたくありません。

「……私の喋る言葉は証拠にはなりませんか?」

「通常の翻訳魔法が利かないほど、異質な言語であることは確かだがね。閉塞された環境であるのなら、そういった言語が生まれないとも限らない」

 イージェルドさんはとても慎重に考える方のようです。
 確かに、異世界転生や転移を題材にした創作物が流行っている私たちの世界ならともかく、そういった魔法や伝承が存在しない世界なら、異世界の存在を疑ってかかるでしょう。
 異世界が存在すると考えるよりは、ひとりの狂人が戯言を言っているという可能性の方を高く見積もるのは仕方ないことです。
 夢の中に出てきた白いローブの人が言っていたことを思い出します。

「やっぱり、異世界に関するような魔法は……あるいはそういったところから来たという人などの伝承などは存在しないんですね?」

「……? そうだな。私の知る限りでは異世界からの来訪者というのは君が初めてだ。伝承についても、聞いたことがないね」

 あの白いローブの人が言っていたことが真実だとすると、元の世界に帰りたい私にとっては嬉しくないことなのですが、それはここで言っても仕方ありません。
 私は気持ちを切り替えて、話を戻すことにしました。

「貴方の疑問はごもっともだと思います。では、一端私が本当に異世界から来たのかどうかという話はおいておきましょう。いま議論しても答えは出せませんし、建設的な話をしましょう。私は皆さんの常識や文化を全く知らないということだけ理解していただければ、と思います」

「ああ、そうだな。……すまない。確かにいまは君が本当に異世界から来たかどうかは大きな問題ではなかったね」

 イージェルドさんはそう言って切り替えてくれるようでした。
 よしよし、とてもいい感じです。
 話に集中している間は格好を気にしなくて済みますからね。

「名前の話だったね。イージェルド・ルィテという名前は、ルィテというのが君のいうところの家名となる。イージェルドが私個人に付けられた名前だ。例えば、私の弟はオルフィルド・ルィテという」

「では、私は貴方をなんとお呼びすればよいでしょうか? あ、私のことは清澄と呼んでください。私たちの文化では名前は家族や友人などの親しい相手だけが呼ぶものなのです」

 非常事態なのですから気にすることはないと思うのですが、やはりあまり親しくない人に聖羅と呼ばれるのは、一般的な日本人として抵抗があります。

「ふむ……そうだな。その認識に関しては私たちの文化とそう変わらないようだ。ただ、私を指してルィテと呼ぶのは不都合が多いだろう。キヨズミは特別にイージェルドと呼んでくれて構わない」

 なんだか引っかかる物言いですが、イージェルドさんが呼んでいいと言うのであればそう呼ばせていただきましょう。

「わかりました。イージェルドさん。私の疑問に答えてくださってありがとうございます」

「礼は不要だよ。お互いに解消したい疑問が山のようにあるはずだ。いちいち礼を言っていては、それだけで疲れてしまうだろう?」

 苦笑気味にイージェルドさんがそう言ってくださいました。
 緊張を解すための冗句なのでしょうけど、向こうからそう言ってくれるのはありがたいことです。実際、聞きたいことが山のようにあるわけですし。

「ふふ……そうですね」

 冗談も交えられるほど、まともに話が出来るということが嬉しくて、思わず笑ってしまいました。
 朗らかなムードになった、そのときです。
 急にイージェルドさんの表情が強ばりました。
 遅れて私も、その異様な空気を感じ取ります。

「グルル……ッ」

 なにやら不機嫌顔になったリューさんが、こちらを、いえ、イージェルドさんを睨み付けていました。
 どうやら私とイージェルドさんが和やかに話しているのが面白くないようです。
 面倒くさい彼氏のようだと思いましたが、それとは嫉妬の質が少し違うような。

(なんでしょうこれ……なんというか、仲間はずれにされて拗ねてる子供みたいな……)

 なんとなく、なんですが私はそう感じました。
 リューさんから感じる重圧は本当に恐ろしいものではあるのですが、それはどちらかというと巨大な体躯に起因するものであって、それを差し引いて考えると、なんというか向けられる感情自体はどうにも子供っぽいんですよね。
 とはいえ、それは私が多少ならずともリューさんに慣れて来ているから感じ取れるものらしく、イージェルドさんは冷や汗を掻きながら早口で言葉を紡ぎました。

「話を本題に戻そうか。まず我々としては君が『シコク龍』と共に行動している理由を知りたいのだよ」

「四国、龍?」

 この世界にも四国という地域が存在するのでしょうか、などど一瞬馬鹿なことを考えてしまいましたが、冷静に考えてそんなわけがありません。
 シコク――恐らくは「死告」。
 ミカエルなどの告死天使のように「死を告げる龍」という意味であると推測されます。

「ああ。魔物に名前はないはずだから、人族の間での通称だがね。『死告龍』と言えば人族の間で知らぬ者はいない。いや、魔物たちの間ですら知らない者はいないんじゃないかな。災害と災厄の化身のような存在だよ」

 やっぱり予想通りと言いますか、リューさんはとんでもない存在だったようです。
 というか災害と災厄の化身って何ですか。
 一体何をしでかせばそう呼ばれるようになるのでしょう。

「この世界の基準で言うと、相当お強いんですか?」

「強いなんてものではないね。この国の総力を結集して挑んだところで恐らくは勝てないだろう。対抗できるとすれば勇者か魔王か……個としての強者のみだろうね」

 その魔王らしき人がリューさんに瞬殺されているのですが、言わない方がいいでしょうか。
 うん、やめておきましょう。

「ええと……どうして私が一緒に行動しているか……ですよね。正直なところ、私もそれが気になっていまして。なにせ私にはリュ……死告龍さんの声も聞こえなくて、意思疎通ができないんです」

 その謎の解明もひとつの目的です。
 しかし、それ以前にイージェルドさんはリューさんの声が聞こえないということに反応しました。

「死告龍の声が聞こえない? そんなはずはないが……」

「皆さんは普通に会話できているんですよね?」

 イージェルドさんが頷きます。当然のことだと思っているようなので、やはり聞こえない方がおかしいようです。
 とはいえ、その謎の解明は後回しにしてもいいでしょう。

「通訳のような真似をさせて申し訳ありませんが、死告龍さんに『どうして私を気に掛けてくださっているのか』尋ねていただいても構いませんか?」

「ああ、もちろん構わない」

 快諾してくださったイージェルドさんは、こちらの世界の言葉でリューさんに聞いてくださりました。
 その声自体は聞こえているわけですから、やはりこちらの世界の言語が問題というわけでもないのですよね。
 その問題はさておき、いよいよリューさんの真意がわかるわけです。どういう理由で私を気に掛けているのか。それがわかれば、今後の方針が立てやすくなります。
 そう思っていたのですが、イージェルドさんの顔が曇ったことで、そう上手くはいかないことを悟ります。

「……どうやらその理由は非常に重要なことらしいね。君に直接伝えたいとのことだ」

 理由次第ではその気持ちもわからなくもないですが、私にはリューさんの声も聞こえないのにどう伝える気なのでしょう。
 ここは無理を言ってでも伝えてもらうべきでしょうか。

(……いえ、やめておきましょう)

 直感で私はそう判断しました。
 直接伝えたいというものを無理矢理聞き出すと気を悪くさせそうですし。
 加えて、なまじ理由を聞いてしまい、その理由が受け入れがたいことであったら、今後リューさんへの態度が変わらざるを得なくなるかもしれません。
 それなら、いっそ知らずにいまのままの方がいいこともあります。
 知りたいのは確かですが、全てを知るのがいいとは限らないのですから。

「そうなると……どうして言葉が通じないのか、どうすれば話せるようになるのか、考えていかないといけませんね」

「キヨズミが良ければだが……我が国がその謎の解明に協力しようか?」

 ここぞ、とばかりにイージェルドさんがそう切り出しました。
 好意からの言葉のようにも思えますが、そんなわけがありません。
 というかそもそも、国家の方針をイージェルドさん個人で決めていいのでしょうか。

「ありがたい申し出ですけど……なぜそう言ってくださるんですか?」

「ああ。とても簡単なことだ。死告龍殿と取引が可能になるからだよ。私たちは君たちが交流できるように協力する。代わりに、死告龍殿には我が国に対して攻撃しないことを約束してもらいたい。君からの頼みならば、死告龍殿も聞き入れてくれそうだしね」

 災害や災厄の化身、でしたか。
 元の世界で例えるなら、いつ起きてどんな被害を出すかわからない地震や台風と交渉が出来るようになって、地震に被害の少ない地域で起きてもらったり、台風に進路をずれてもらったりする感じでしょうか。
 そう考えると、私とリューさんの交流に協力するくらいはするでしょう。
 異世界という与太話を口にしてはいても、私とは普通に話が出来るのですし。

「わかりました。私としても、この世界の常識や状況を知りたいですし、皆さんに協力していただきたいと思います。死告龍さんには貴方と直接話をするためにこの国の方々に協力してもらうので、危害を加えないように配慮して欲しい、とお伝えください」

 問題はリューさんがどう考えるかでしたが、イージェルドさんが交渉した結果、その案を受け入れてくれたようです。
 まあ、かなり不承不承な感じはしましたが。
 リューさんはヘビやトカゲがそうするように、とぐろを巻いて腰を落ち着けていますが、その目にはどこか不満げな光を宿していました。
 この国の人たちが不安な思いをしないよう、そんなリューさんの機嫌を取るのが私の役目ですね。
 私はイージェルドさんに断ってから、立ち上がってリューさんの傍にいきました。

「リューさん。私のお願いを聞いてくださってありがとうございます。……喋れるようになったら、あなたからも色々とお話を聞かせてくださいね」

 そういって、笑顔を心がけつつ、触れられる位置に降りてきていたリューさんの鼻先を掌で優しく撫でます。
 リューさんは「ぐるる……」と不満を残した声で唸りましたが、不機嫌そうなオーラは少し和らぎました。
 そのリューさんの口が少し開き、赤い舌が伸びて来て、軽く身体を舐め上げられました。

「ひ、ゃ……っッ!」

 危うくバスタオルの裾が捲られかけ、悲鳴をあげそうになったのを飲み込みます。
 イージェルドさんもヴォールドさんも見ているのです。せっかくここまで順調に来たのに、この格好を恥ずかしく思っているということを知られるわけにはいきません
 ドラゴン流の親愛の表現だというのはわかるのですが、いまの私が受けるにはあぶなすぎるスキンシップでした。
 なんとか耐え切り、イージェルドさんの前に戻ります。

「お、お待たせしました。話を続けましょう」

「ああ、それは構わないが……その前にひとついいかね。ある意味重要なことなのだが」

「……なんでしょう」

 この世界に来てから、嫌な予感が外れた試しがありません。
 そして今回も、その嫌な予感は見事的中したのでした。

「キヨズミの世界では――その格好は一般的なのかね? そうでないなら話を続ける前に服を用意させるが」

 さっきので、ごまかせるわけがないんですよね。顔も赤くなっていたでしょうし。
 イージェルドさんの視線を感じつつ、どう応えるか決めなければなりませんでした。

つづく
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